2021年4月19日 (月)

パイドゥシュカ 2+3の5拍子

ゼアミdeワールド255回目の放送、日曜夜10時にありました。21日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。今日はパイドゥシュカだけ上げておきます。デュオでは分かりにくいですが、踊りを見て2+3の5拍子の舞曲とはっきり分かりました。ブルガリアを中心にマケドニア、ギリシア、トルコ、ルーマニアで踊られているそうです。

マケドニアの音楽の5回目になります。今回はまだユーゴスラヴィアが一つの国だった頃の音源3枚から、マケドニアの曲を抜粋してご紹介したいと思います。イタリアのアルバトロス、フランスのプラヤサウンド、アメリカのノンサッチ・エクスプローラーの、それぞれの民族音楽シリーズの内の3枚です。ごくごく大まかに言えば、最も西ヨーロッパや中欧に近い印象のスロヴェニアやクロアチアから、セルビアになるとぐっと南スラヴ色が強くなり北部ではハンガリー音楽の影響も見えたり、ボスニアではイスラム教の音楽があり、コソボではアルバニア系音楽、マケドニアではトルコ音楽のカラーが濃くなります。このように多文化国家ユーゴスラヴィアの往年の姿を今に伝える貴重な録音です。
3枚ともに言えることだと思いますが、これらが録音された1970年前後にはあった村落が、もうそのままではない可能性が高いことを思うと、胸が痛みます。

まず一枚目は、イタリアのアルバトロス盤からです。キングから2002年に出た時のタイトル名は「アルバトロス名盤復刻30選 [13] 旧ユーゴスラビアの音楽」です。2曲目のクラリネットとヴァイオリンのデュオが見事な典型的なマケドニア農村音楽の「パイドゥシュカ:マケドニアのダンス」ですが、ロバノフスキの2人の兄弟の演奏です。

<2 パイドゥシュカ:マケドニアのダンス Pajduska 2分53秒>
Pajduska

Pajdusko Oro-Plus Minus Band Skopje

4曲目にはダブルリードのズルナと打楽器タパンによるマケドニアのジプシー音楽が入っています。ほとんどが結婚式で演奏される類似の音源はイギリスのトピック盤など数枚ありますが、ここで演奏されているテスコトと言う曲は、元々出稼ぎの男たちが家を離れる際に踊った「別れのダンス」だそうです。更に演奏しているジプシーたちの母語はマケドニア語でもロマ語でもなく、アルバニア語とのことです。

<4 テシュコト・イ・ショタ:マケドニアの2つの舞曲 Teskoto I Shota 7分>

プラヤサウンドのChants & Danses De Yougoslavie (Yugoslavian Songs & Dances)には解説が全くないため詳細は不明ですが、22曲中マケドニアの曲が4曲あります。Ensemble Pece Atanasovski'の演奏がラストに入っていますが、バグパイプ(ガイダ)の特徴ある吹奏から始まるZensko Pusteno Oroからまずおかけします。

<22 Ensemble "Pece Atanasovski" / Zensko Pusteno Oro (Macedonia) 3分47秒>

この盤の22曲中20曲を演奏しているアンサンブル・ラキアの演奏では、3+2+2の7拍子の特徴的な、少しクレズマーにも似たKaravlosko Oroと、どこか懐かし気なPotrculkaとKopackaの3曲を続けておかけします。

<12 Ensemble "Rakija" / Karavlosko Oro (Macedonia) 2分23秒>
<10 Ensemble "Rakija" / Potrculka (Macedonia) 3分>
<5 Ensemble "Rakija" / Kopacka (Macedonia) 2分57秒>

残るノンサッチ・エクスプローラーの盤のタイトルはVillage Music of Yugoslavia: Songs & Dances from Bosnia-Herzegovina, Croatia & Macedoniaですが、マケドニアの音源は、ラストのガイダ・アヴァシのみでした。ギリシアと接するヴァルダル地方の町ゲヴゲリアのトルコ風の音楽で、やはり野外での婚礼の音楽です。ガイダとありますが、ズルナとタパンの演奏です。この曲を聞きながら今回はお別れです。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<15 Gaida Avasi 3分46秒>

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2021年4月16日 (金)

エデルレジ

エデルレジを最初に聞いたのは、1989年の現代音楽雑誌ミュージックトゥデイで映画「ジプシーのとき」を知って、サントラを手に入れた時でした。それから長い間、この映画の音楽を担当したゴラン・ブレゴヴィチの作曲と勘違いしていました。彼がリーダーだったボスニアのロック・バンドBijelo Dugmeが88年のアルバムでカバーしていましたが、原曲は春の訪れを祝うバルカン・ロマの民謡だったことを知ったのは、ずっと後でした。この郷愁を誘う名旋律は最高で、ずっと忘れられない一曲なのに、32年経った今でも映画を見れてないのが残念です。色々な歌手がカバーしていますが、何より映画に出てくるマケドニアの歌手Vaska Jankovskaの天使のような歌声が、やっぱり一番です。火が水上に灯され、春の訪れを祝う灯篭流しのようなシーンは、映画を見てなくても、この旋律と共にずっと記憶に残っています。

Ederlezi: Time of the Gypsies - Goran Bregović, Emir Kusturica

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2021年4月15日 (木)

Македонски нарoдни песни(マケドンスキ・ナロードニ・ペスニ)

今週のトピックは、後はエデルレジですので、それは明日に取っておきます。色々と見ていましたら、マケドニアの音楽シーンは盛況のようで(コロナ前ですが)、今日の2本を見て歌の上手さと層の厚さに驚きました。しかも90分の番組が1/27とか1/10という事は(笑) ポップスか演歌的な歌なのか不明ですが、民謡がベースだと思います。曲によってはオリエンタルなビートが聞こえたり、実に様々です。Македонски нарoдни песниはロシア語で訳せますが、マケドニア民謡の意味です。番組名のМерак меанаはセルビア語かマケドニア語だと思いますが、意味はよく分かりませんでした。こんな番組が日本の民謡でもあれば良いのにと思います。マケドニアでは民謡が若い世代にも受け継がれているようで、羨ましい限りです。

Македонски нарoдни песни - Мерак меана 1/27

Македонски народни песни - Мерак меана 1/10

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2021年4月14日 (水)

涙腺上の名歌 So maki sum se rodila

エスマのSo maki sum se rodilaは余りの絶唱で、スタジオで聞いていて涙腺決壊したのは初めてのことです。すぐに続けられず、数分待って収録を再開しました。エスマの旦那さんのスティーヴォが亡くなったのが1997年という事で、この盤(ジプシー・カーペット)は10年後のリリースですが、この歌には何か亡き夫への思いが投影したのではと思います。名曲名旋律ですから、色々なアレンジがありました。涙腺を刺激する曲と言えば、クラシックならマタイ受難曲の終曲とか、無伴奏チェロ組曲5番の後半とか、イゾルデの愛の死とか、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲13番の5楽章とか、個人的に色々ありますが、民族系では「アルフォンシーナと海」などと並ぶのではと思います。1989年にミュージックトゥデイで「ジプシーのとき」を知ってサントラを聞いて以来、エデルレジもそうでしょうか。ペルシア音楽なら、シャヒーディーのウード弾き語りDar Madh e Aliとか。5本目は放送の最後にかけた音源です。

Esma Redzepova - So maki sum se rodila

So maki sum se rodila. Macedonian song

Klapa Cesarice - So maki sum se rodila / Со маки сум се родила - HGZ 9.3.2010

Pere Jovanov - So Maki Sum Se Rodila /Macedonian Folk Song/

So maki sum se rodila (I was Born in Sadness) (arr. L. Dimkaroski)

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2021年4月12日 (月)

エスマの絶唱 So maki sum se rodila 他

ゼアミdeワールド254回目の放送、日曜夜10時にありました。14日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。ジプシー・カーペットの2曲以外は、また後日。

マケドニアの音楽の4回目になります。今回は前々回に続いてジプシー・クイーン、エスマ・レジェポヴァの他の音源から、特に素晴らしい2曲をおかけした後で、ゼアミブログの方で取り上げたジェレム・ジェレムと言う曲を、エスマとコチャニ・オルケスタルの音源でご紹介します。

2001年に来日も果した<ジプシーの女王>ことエスマ・レジェポヴァは、ヨーロッパ最大のロマ・コミュニティのあるマケドニアの首都スコピエ出身で、600曲以上の録音と1万本以上のライヴを行ってきたそうです。2007年にリリースされたドイツNetwork Medienの「ジプシー・カーペット」から、7,8曲目の「大きな苦しみに生まれて」と「我が黄金の50年」の2曲にとりわけ感銘を受けました。特に沁みた曲「大きな苦しみに生まれて」について、以下のように解説がありました。

マケドニアではよく知られた歌。エスマとシメオンが感動的なバラッドに改変。「私は大きな苦しみに生まれ、多くの心配と共にいる。死にたい。この苦しみを自分の墓石に刻みたい。山に登り、暗い渓谷に向かおう。そうすれば私の目は乾き、もう太陽を見ることはない。そして山を下り、カーネーションやフレッシュなバジルが茂る、花で満たされた庭園で横たわろう。」 シメオンとは、本作のプロデュースを手掛けたバックバンドのアコーディオン奏者シメオン・アタナソフのことです。

<7 Esma Redžepova / Gypsy Carpet ~So maki sum se rodila (Born with Hard Aches) 4分42秒>
So maki sum se rodila

「我が黄金の50年」の方は以下のように解説がありました。
エスマがその生涯を歌った自叙伝的な歌。「まだ若い時分にスコピエの家を離れた。神が私に与えた贈り物は、山脈と同じくらい大きな魂だ。スティーヴォと私は一緒に歌い、涙を流し、時には悩んだ。だけど私は喜んで彼ら全員にパンと少しの知識を与えた。すぐに数年が経った。まぶしい星のように私の子供たちは光り輝いたけど、今は散らばってしまった。私は黄金の50年を美しいネックレスと共に祝福する。一世紀の半分は半年のように過ぎて行った。それでもあなたたち全員に歌うことを好んでいる。もしあなたが私のホームタウンをどこかと尋ねたら、こう答える。スコピエ、愛するマケドニアの、と。」 スティーヴォとは、エスマの発掘者で後に伴侶になったスティーヴォ・テオドシエフスキのことです。バックバンドの名前はアンサンブル・テオドシエフスキになっています。

<8 Esma Redžepova / Gypsy Carpet ~Moite zlatni 50 (My Golden 50) 3分50秒>
Moite zlatni 50

エスマと言えば、この曲は忘れられない圧倒的な歌唱ということでゼアミブログに上げたDjelem Djelem ですが、Bonus Trackとしてジプシー・キャラヴァンと言うコンピレーションに入っていました。独Network Medienの「ジプシー・クイーン~Flammes du Coeurs」(2CD)にも入っていたように思いますが、記憶違いかも知れません。流浪の民の悲しみを感じさせる絶唱で、Žarko Jovanovićが1949年に書いたこのジェレム・ジェレムは、しばしば「ロマのアンセム」と言われます。

<Djelem Djelem (Bonus Track) 1分21秒>

同じDjelem Djelemが、バルカン・ブラスのグループ、コチャニ・オルケスタルのL'Orient Est Rouge(オリエントは赤い)と言う盤に入っていますので、併せておかけします。

<Kočani Orkestar / L'Orient Est Rouge ~Djelem, Djelem 4分5秒>

「ロマのアンセム」と言えば、エミール・クストリッツァ監督の1988年の映画「ジプシーのとき」に出てきたバルカン・ロマの民謡「エデルレジ」も、そう呼ばれていたように思います。音楽担当はゴラン・ブレゴヴィチでした。エデルレジとジェレム・ジェレムは、どちらも大好きな曲で、甲乙つけられません。これからの旧ユーゴ音楽巡りで何度か登場すると思いますが、セルビアに行く前に一度おかけしておきます。マケドニアの後は、アルバニア、コソボ、モンテネグロ、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、セルビア、ダルマチア、クロアチア、スロヴェニアの予定です。

<1 Le Temps Des Gitans & Kuduz / Ederlezi (Scena Durdevdana Na Rijeci) 4分59秒>

では最後に、先ほどの「私は大きな苦しみに生まれ」原題はSo maki sum se rodilaを、Struneと言うグループの演奏で聞きながら今回はお別れです。イギリスARCから出ていた「マケドニアの伝統音楽」に入っていた演奏です。エスマと違って、コブシを回さず、すっきりと歌っています。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<Strune / So maki sum se rodila (I was Born in Sadness) 4分23秒>

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