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2007年9月 6日 (木)

「粋」の源流 ~ 新内節

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新内流し

 

 「あと十分で死ぬと言うときに、なにか二曲だけ音楽が聞けるとしたら、まず私が世界中で一番好きなイランの歌、その次に新内を聴きたい。」(「西アジアの古さ、新しさ」より)これはあの世界的な民族音楽学者、故・小泉文夫氏の言葉である。世界中の音楽を訪ね、聴きつくした小泉さんが語った言葉だけに重い。
 14年ほど前にテイチクから、故・岡本文弥さんの自作曲の素晴らしい7枚シリーズが出ていた。文弥さんの淡々とした語りで「情」の音曲が演じられる時、「粋」の極致を聞く思いであった。その後、文弥さんが101歳で亡くなったのは96年。テイチク盤も全て廃盤になって久しく、「新内(しんない)」と言うジャンルを耳にする機会がすっかり減ったと思うのは筆者だけだろうか。確かに「江戸の生き証人」のような巨匠はいなくなってしまったが、新内がなくなった訳ではない。
 新内はリズミカルな音楽ではない。これが現代人に今ひとつ受けない理由だろうか。「間」が伸びたり縮んだりする音楽と言う点では、ペルシアの声楽とも通じる部分がある。節回しも表の声と裏声を交錯させる非常にテクニカルな歌唱で、小泉さんも新内と義太夫は、専門的訓練を積まなければ面白さの片鱗も表せない難しい音楽だと語っていた。
 歌舞伎の伴奏音楽として発達した同じ江戸系浄瑠璃の常磐津、清元、河東などと違い、吉原を中心とした遊廓の座敷芸、あるいは流しの音楽(吉原被りに着流し姿の二挺三味線の流しは時代劇でお馴染みでしょう)として伝承されてきた新内は、テーマとしては遊女の悲恋物語、心中物が多い。小泉さんの言葉がずっと頭にあって、謡曲で邦楽に目覚めた後、ちょうど文弥さんが亡くなった頃(1996年)、筆者は新内に入門した。師匠は富士松鶴千代さんという女流名人で、名曲「蘭蝶」のサワリの部分に完全にはまっての入門だった。
 多少でも興味を持たれた方は、論より証拠、一度耳にされてみてはいかがだろうか。色々音楽をかじった人こそ、日本人のDNAが騒ぐことは請け合いである。
 - Pop Biz Free Paper: Doo Bee Doo Bee Doo #04より転載 -

新内の各論は追々追加する予定です。

参考盤はこちらで・・
http://homepage1.nifty.com/zeami/j-3mi.html#Anchor2694072

  (ZeAmi代表 近藤博隆=富士松千嘉太夫)

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コメント

「新内節」、はじめて聞きました。
常磐津のお師匠さんとかは、
時代劇や本にでよく出てくるよねぇ。
分類的には、似てるのかなぁ???
よくはわかんないけど、、、
そういうものが、「粋」ということは、分かるなぁ^^

投稿: ナムナム | 2007年9月 7日 (金) 10時39分

新内、常磐津共に、豊後系の浄瑠璃なので、多少は似ています。
新内も今度お聞かせしますよ。
時代劇では、手ぬぐいのような、新内流しの図ってよく出てきますよね。あ、でも最近は余り見ないかも。
高田浩吉なんかがよくやってました。映画「白鷺三味線」などでw (古すぎw)

投稿: Homayun | 2007年9月 7日 (金) 18時50分

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