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2007年10月14日 (日)

謡いのすすめ

Take3 今日のは99年頃に、ある書籍の記事として書きましたが、色々経緯があってお蔵入りになっていたものです。古いのでその後状況は色々変わっていますが、問題提起としては今でも有効かと思います。ご意見、お待ちしております。

<邦楽教育の必要性-謡のすすめ>
 座敷の床には掛け軸、あとは見台とその上の謡本のみ、手には扇を持って師匠と差し向かいで謡(うたい)に集中する。これが大変に良いものである。まず、謡曲は美しい日本語の見本のようなもの。平家物語、源氏物語をはじめとする中世古典文学のパッチワークなのだから。また五七、七五調の8拍子は、誠に日本語を美しく響かせる。
 この良さはやってみないと絶対に分からない、と思う。ただ、初めは何となく照れくさい。発声練習に狂言の太郎冠者のセリフをやったりするものだから、最初はばかばかしく思ったりするのも無理もない。現代人は地声で大声を出すことはほとんど無くなってしまっているから。結婚式で良く聞かされる「高砂や~」(脚注)のイメージ通りで、私も始める直前まで何となく爺臭いイメージをはっきり言って持っていた。しかし、やってみて大変に驚いた。この音楽が持つ独特のリズムの魅力にいつしか虜になっていた。トリップしてしまったと言っても良いかもしれない。とにかく、眠っていたDNAが呼び覚まされた思いだった。これは日本人にとってトランス・ミュージックになりうるかも。(実は、これが店名の由来でもありまして)
 個人的には、どちらかと言えば、洋楽・クラシック、さらに民族音楽を少しかじったことがある者だが、少しかじったから余計にそうなるのかもしれないが、気がつくと心はどっぷり漬かっていた。特に無本(つまり暗譜のこと)が超おすすめ。謡曲特有のリズムがあるので文句も意外なほどに覚えやすく、平家物語などの話がスッと頭に入ってくる。主人公の心が乗り移ったようになることもある。歌舞伎など後の芝居の元になっている曲も多いので、同名の長唄版などを聴くときに大変興味深い。とにかく、良いことずくめである。
 歌い慣れてくるうちに これは医学的に見ても大変に体に良いことだと気がつく。何しろ、一つのものに集中し、腹式呼吸で歌うわけだから。精神修養にもなること請け合いである。小学校で英会話を教えるのも良いが、併せて謡曲や邦楽器などやらせたらどうだろう。日本語の乱れが指摘される昨今、有効な対策だと思うのだが。言葉の乱れはあらゆる所に悪影響を及ぼす。
 また、新しい教育要綱には邦楽器の実習が入っているようだが、今度は純邦楽を教えられる教師が足りないらしい。長く続いた西洋音楽偏重の後遺症は余りに大きいようだ。
 自国の伝統音楽や文化を何も知らないと、外に出ても「日本人て何なの?」ということになるのは目に見えている。グローバルスタンダードは結構だが、根っこにアイデンティティを持っていないと根無し草になってしまう。以上のような理由から、事態は急務だと思うのだが。
Photo  現代人のほとんどは謡曲など忘れてしまったようだが、ほんの数十年前まではその伝統ははっきりと生き続けていた。私の師匠も40年謡を続けた人である。昔の著名な文人たちの中には、夏目漱石や高浜虚子のように謡に大変のめり込む人がいたようだ。また、往年の名優、嵐寛十郎の映画などを見ると鞍馬天狗の一節を謡っていたりする。またこれが渋くてカッコイイことこの上ない。謡曲は時代劇俳優として、当時は必須教養の一つだったのだろう。
 謡曲の節にはそれ以前の声明等の仏教声楽や雅楽、平曲の節が流れ込んでいると言われる。また、能楽以降の浄瑠璃は、謡曲の語りの伝統が無ければ生まれなかったのではないかとも言われる。このようなことから、能楽は西洋音楽史に当てはめればJ.S.バッハ的な役割を果たしたと言えるのではないだろうか。それ以前の要素を統合し、後の音楽の主流の骨格になったという点で。よく言われるように声明がグレゴリオ聖歌なら、観阿弥・世阿弥はバッハ的存在と言えるのかも。
 小学校から三味線、琴もいいが、楽器と違って「歌」は文化そのものにストレートに関わってくる。だから「歌」は押さえておくべきだろう。特に日本の音楽は歌と語りが中心なのだから。そして、ピアノの初学者がバッハのインヴェンションを習うように、まず謡曲から入ってみるのも大変意義深いことに思える。

(註)「高砂や~この浦舟に帆を上げて~」の部分ような、声の勢いや謡い特有の抑揚を重視する強吟(つよぎん)の部分はテクニック的に難しいので、旋律のはっきりした弱吟(よわぎん)の部分を歌えばボロが出ないのにと思ってしまう。

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