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2007年10月21日 (日)

アリーザーデとパリサー

今日はいきなり時代を下って、現代の巨匠ホセイン・アリーザーデ。
彼については、もう説明不要な気もしますが、拙稿を下記に転載しておきます。
ビデオは、めちゃくちゃ映像が悪い上に、前半はチューニングが延々続きますが、現在もペルシア音楽界随一の歌姫であるファーテメ・パリサーの伴奏を、アリザーデ他の楽団が受け持っている大変貴重なビデオです。収録は77年前後くらいでしょうか。アリザーデさん、若い! (下記では言いなれた「アリザーデ」で通していますw)

Parisa_I

 2度来日公演を果たし、日本でも大分知名度が上がってきたイランのタール&セタール奏者のホセイン・アリザーデ。05年には2002年初来日公演を収めたDVDも国内発売された。鮮明な映像で画面に映し出される名手の妙技。長年のファンの一人として感慨もひとしおである。
 ほとんどフリーリズム演奏に変容しているパッショネートな弦楽器の超絶技巧に、これまた当意即妙に応じるマジッド・ハラジのトンバク(ザルブ)も実に素晴らしい。昔ながらのチャハールメズラブやレングなどの、イラン古典の定型リズムに則った演奏からみると、自由奔放と言えるのかも知れないが、それが非イラン人の聴衆にもダイレクトなインパクトを与えていることは確かだろう。北イラン出身の女性歌手ホマ・ニークナムの清楚な歌唱も好感が持てる。2人の即興はKereshmeh盤やBudaの2枚組みなどでファンの間では既にお馴染みのスタイルだったが、それが遂に日本で見られるとなって大興奮の内に会場に出かけたものだった。
 アリザーデは歌も交えた作品でも注目作を連発している。2004年東京の夏音楽祭で披露されたRaze Noは、タハリール(鶯の声と訳されるヴォーカル・テクニック)を利かせたアーヴァーズを複数重ね合わせるというこれまでに例を見ないものだった。ヒントは西洋古典のポリフォニックな歌唱にもあったが、単にハーモニー化することなくイラン版ポリフォニーのように聞こえる斬新さを感じさせた。イスラーム以前のゾロアスター教時代を想起させるコンセプトと衣装も興味深かった。
 更にアルメニアの至宝、ドゥドゥク奏者のジヴァン・ガスパリアンとの共演作が05年発表された。イランの北西部に接し同じ印欧語族で、昔はイラン系と思われていたこともあるアルメニア。Raze Noに出演した2人の女性歌手がアルメニアの歌も歌っているが、これもとても美しい。奇抜な組み合わせに終わらない深さを感じさせる作品だった。

 アリザーデと言えば、筆者が彼の音楽にめぐり合ったのは偶然だった。91年頃だったか、FM放送された彼のネイ・ナヴァーが最初であった。弦楽の透明な響きの上にネイの音がたゆたう、侘び寂びとノスタルジーが絶妙にブレンドしたような大変美しい曲である。解説は当時の気鋭のイスラーム学者、故・五十嵐一氏。氏は「雅びということを感じますですねー」と語っていた。筆者はイランの古典音楽には長年関心を持ち続けていたが、その時点では「アリザーデ」は未知の存在。むしろ五十嵐さんの名前に惹かれて聞いた番組であった。
 その後94年頃だったか、都内にあった某専門店在籍時に、リスト上でアメリカのイラン音楽専門レーベルKereshmehからのHamnava'iに始まる一連の作品を発見し、アリザーデの名前にこれまた偶然再会。入れてみて驚いた。ネイ・ナヴァーのような、西洋音楽との折衷作品ばかりかと思っていたら、タール2本とトンバクの作品(Hamnava`i)や、あのか細くも思えるセタール一本でドラマティックに展開する作品(Torkaman)など、目を見張るような斬新な作品群を耳にすることになった。そして私とお得意様の間でいつしか話題騒然のアーティストになっていた。ペルシアの古典音楽を正統に受け継ぎながら、更に消化しきった上で独創的な息吹を吹き込んでいる、現代ペルシア音楽界の鬼才なのだということが徐々に分かってきたのだ。ケレシュメ諸作品の衝撃もあっただろうし、欧米へのコンサート・ツアーで注目度が急上昇したのだろう。それから数年の内に、BudaやWergoなど、欧米の有名レーベルから次々とアルバムが登場。
 CDで彼の名が初めて登場したのは、キングの旧ワールドミュージックライブラリーに入っていた「ペルシア追想」(現在は「イランの音楽~栄光のペルシア」に収録)だったろうか。1977年シーラーズでのコンサート録音で、名歌手パリサーの伴奏でタールを弾いている。この時の演奏もナヴァーだった。パリサーの歌声はもちろん素晴らしいが、タールで淡々と導入を弾き始める彼の音の何と美しかったことだろうか。ぞくぞくっとするような音だった。
 ペルシアの旋法は大きく分けて12あり、ホマーユンやエスファハーンのような他の短調系旋法にも名演は多いが、アリザーデは妙にナヴァーが似合う人だ。侘び寂びとノスタルジーに、彼独特の熱いメッセージが込められ、中空に放たれる。2004年の来日時に芸大と早稲田大学でのレクチャーで聞いた彼のソロは、あのナヴァーをすぐに思い出させた。女性歌手アフサーネ・ラサーイー他の独唱とのからみも聞かれ、それはもう絶品以外の何ものでもなく、気が付くと感涙を流す自分がいた。 

Hossein Alizadeh=1951年テヘラン生まれ、フーシャング・ザリフ、アリ・アクバル・シャーナズィー、ヌールアリ・ボルーマンド、マームード・キャリーミ、アブドッラー・ダヴァーミ、ユーセフ・フォルタン、サイェード・ホルモズィ他、往年のペルシア音楽の巨匠達に師事。70年代からイラン国立放送管弦楽団の指揮者兼ソリストとしてイランの内外で活躍。一方伝統音楽アンサンブルのアーレフを設立。アンサンブル・シェイダーの活動にも参加し、いつも現代イラン音楽界の前線にいた。海外での目立った活動では、70年代にモーリス・ベジャールのバレエ「Gulistan」の音楽に関わっていたり、モフセン・マフマルバフ監督の映画音楽もいくつか担当している。

以上、06年5月発行のPop BizのFree Paper: Doo Bee Doo Bee Doo #03の拙稿を転載

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