« Il n 'y a pas d 'amour heureux | トップページ | 悪い噂 »

2007年10月 4日 (木)

公衆ベンチの恋人たち

ブラッサンス第6弾、この曲も耳に残る良い曲です。

一体いつまで続けるんじゃい、という声が聞こえそうですがw (あと数曲!)

幾分童謡的にも聞こえるメロディに乗せて、恋愛の真実をブラッサンスらしいニヒルさでもって、さりげなく歌っています。

Georges Brassens - Les amoureux des bancs publics

公衆ベンチの恋人たち   Les amoureux des bancs publics  1952   

   歩道でよく見かけるあの緑色のベンチ
   あれは足の不自由な人や腹の出っぱった人のために
   置かれてるんだと
   はためには見える
   だがそれは見当違いだ
   と言うのは実は
   あれがあそこにあるのは まぎれもなく
   うぶな恋人たちを暫くもてなすためなのだ

   ルフラン あの公衆ベンチでそっと接吻しあう恋人たち
         公衆ベンチで 公衆ベンチで
         乙に澄ました通行人にじろじろ見られる         
         バツの悪さなさなど気にしないで
         あの公衆ベンチでそっと接吻しあう恋人たち
         公衆ベンチで 公衆ベンチで
         感じのいい可愛いい顔をして
         「好きだ」 「好きよ」と言い交わしながら

   彼等が手を取り合って
   話すことと言えば未来のこと
   寝室の壁に貼るのは
   空色の壁紙がいいとか
   夢見心地で話はつきない
   きちんとした幸せな暮し
   縫い物してる彼女 煙草ふかしてる彼
   初めての赤ん坊の名前まで選んだりして

   ルフラン

   信心に凝り固まったみたいな家族連れが
   通りすがりに二人を見て
   やれ慎みのないことと
   聞こえよがしに言葉を投げかける
   家族だれでも
   親爺もお袋も娘も息子も
   彼等みたいに振舞えたらと
   内心思ってるはずなのに

   ルフラン

   何年かが過ぎ
   燃え上がってた
   美しい夢が消えた時
   彼等の空をどんよりした雲がおおう時
   彼等はしみじみ気付くだろう
   二人が一番素晴らしい恋をしたのは
   あの道端にあった
   素敵なベンチに腰掛けてだったのを

   ルフラン

 1939年にパリに出てルノーの工場でしばらく働いてた頃、ブラッサンスはよく街をぶらついた。彼のシャンソンのいくつかには、十四区つまりモンパルナス界隈の訛りが感じられる。『公衆ベンチの恋人たち』もまさにそのひとつだ。このベンチがパリ以外のものとは、まず考えられない。追悼者の頭文字「行け兄弟よ」の足許では、昔も今もつつましい恋が生まれる。だがブラッサンスが描く恋人たちには、ペイネの絵の恋人たちが夢みる幸せな未来はない。<乙に済ました通行人にじろじろ見られるバツの悪さなど気にしないで>どんなに固く抱き合ったところで、その恋は彼らの手すり抜けて行く。トレネの「パリの小鳥達」は、ブラッサンスの空の下で翼を失う。

(注)
・「行け兄弟」 パリのどこかの街角にある何かの記念碑かも知れない。友人のパリジェンヌは知らないと言っていた。
・「ペイネ」  レイモン・ペイネ (1908-1999)フランスのイラスト画家。若い芸術家とその恋人を描くナイーブでロマンチックな作風で知られている。日本でも人気が高くて、彼の生前に世界で始めてのペイネ美術館が軽井沢に出来た。
・「パリの小鳥達」 シャルル・トレネのシャンソンの一つ。小鳥に寄せてパリへの郷愁を歌っている。


訳詩とルネ・ファレ氏の解説はジョルジュ・ブラッサンス全集より
http://www7a.biglobe.ne.jp/~k_ogawa/

(本稿は、地元のSNS、イマソウにアップしていた記事の転載)

|

« Il n 'y a pas d 'amour heureux | トップページ | 悪い噂 »

シャンソン」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 公衆ベンチの恋人たち:

« Il n 'y a pas d 'amour heureux | トップページ | 悪い噂 »