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2007年11月

2007年11月30日 (金)

ダゲスタンのチュルク系

昨日に続いてダゲスタンですが、今日はチュルク系の2民族を中心に。
チュルク系は主にクムクとノガイの2グループですが、彼らがコーカサス系よりカスピ海寄りにいるのは、古来東西交易を担ってきた存在だからでしょう。ロシア語に取って代わられるまでは、クムク語やアラビア語が商業言語として機能していたようです。首都のマハチカラもクムク人の多いカスピ海沿岸にあります。

Kumuk Dansı www.uyanturk.org

クムク、クミク、クムイク、クムィクと、日本語表記はばらばら。チュルク系ですが、このビデオで見る限りは、メロディや踊りはかなりコーカサス的に感じられます。

Nogay Turkleri ногай татар Тюрк NOGAY TATAR TURK KIRIM

ノガイ人やクリミア・タタール人の集ったコンサートでしょうか。この辺りは日本人やモンゴル人と見間違えるような人が結構います。ノガイはダゲスタンの北東部からチェチェン北部にかけて住むキプチャク系のチュルク系民族。コーカサス的なクムクとは大分違う感じの音楽が多いようです。

Magomed-Tamir Sindikov  about Rasul Gamzatov- great avar writer-poet

こちらはコーカサス系のアヴァール関係の貴重なビデオ。アヴァール人の民族詩人(Avar Folk Bard)ラスル・ガムザトフ(1923-2003)が書いた有名な「鶴」のアヴァール語による歌唱。この詩はロシア語に翻訳されてから作曲され、「ロシア民謡」として日本でもよく知られている曲です。

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2007年11月29日 (木)

北コーカサス7 ダゲスタン

北コーカサスの音楽と舞踊を巡ってきましたが、ようやく最後の国にたどり着きました。
今日は、カスピ海側のダゲスタン。コーカサス系とチュルク系の諸族がモザイク状に住んでいる所です。これだけ詰まって色々な民族がいる国は、世界でも珍しいと思います。
516pxcaucasusethnic_ensvgダゲスタンとは、トルコ語で「山の国」という意味で、地図の通りどちらかと言えば、山側にコーカサス系、カスピ海に近い方にチュルク系がいるようです。(地図はウィキペディアより転載)
今日はまずコーカサス系諸族の踊りを中心に5本。
チェチェンに比べれば平和な国のようですから、ビデオも沢山見つかります。

MARINA MUSTAFAEVA-MOJ IZBRANIJ ( DAGESTAN )

ダルギン族のポップス系になるのでしょうか、女性歌手マリナ・ムスタファエヴァのビデオ・クリップ。レズギン族がレズギンカの名前の由来だという説がありますが、ダルギンでもこのリズムが多いのでしょうか。

Lezginka Dagestan (Gorskiy Jenskiy Tanec)

こちらはオーソドックスなダルギンのレズギンカ。北コーカサスもダゲスタンまで来ると、衣装とか楽器の音色などに中央アジア風味が増すように思いますが、いかがでしょうか。

Фаризат Зейналова

レズギン族の女性歌手ファリザト・ゼイナロヴァの歌唱。ハチャトゥリアンのレズギンカでは、スネアドラム奏者を悩ませる(ハッスルもさせるw)あの猛スピードの3連譜を、いとも簡単に叩いていますw  身体に染み付いたリズムなのでしょうね。

"Vatan" Dagestan

コーカサス系では一番人口も多そうなアヴァール人の男性の踊り。チェルケスの踊りなどにかなり似ていると思います。5~9世紀に中央アジアから東欧にかけて活躍したチュルク系遊牧騎馬民族のアヴァール人とは、綴りは同じ(Avar)ですが、全く別の民族。中世のアヴァール人はスラヴ民族に同化したようです。

Progressive lezginka

この女性が何人か等、詳細は不明ですが、ポップスと上手い具合にブレンドするリズムですね。レズギンカは。

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2007年11月28日 (水)

今日もチェチェン

3日目です。何かチェチェンにギアが入った感じがしていますw 
今日はチェチェンの熱いスピリチュアル・ナンバーを揃えてみました。
明日はダゲスタンに進む予定です。

Grozny

女性歌手Solja G1ala(ソルジャ・ガラ? 多分そんな発音だと思いますが)の歌う「グローズヌィ」。チェチェンの首都グローズヌィの惨状を訴える愛国的な歌のように聞こえますが、どうなのでしょうか。これはイスラム的な節も感じられる哀切な絶唱です。 何故かたまに回線が悪くなるようで、再生が途中で止まることがあります。

Moulid (Мавлид)

一昨日もアップしましたが、チェチェンのポップス歌手、マッカ・サガイーポヴァの歌うマウリドと言う曲です。ふぁどさんのブログで紹介されていました。預言者ムハンマドの誕生を歌った曲のようで、若手らしからぬ、とても熱いスピリットを感じます。

Chechen Dance By Jaffar ismail
another TV show for chechen dancing in jordan. BY ATV New Jordanian channel
チェチェンからの移民は中東諸国中心にかなりいるようですが、こちらはヨルダンに移住したチェチェン人グループの映像のようです。レズギンカのリズムはどこに行っても忘れないのですね。

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2007年11月27日 (火)

チェチェン・クズ

昨日に続いてチェチェン関係です。タイトルはオスマン・トルコ末期の偉大な音楽家、タンブーリ・ジェミル・ベイの書いた曲「チェチェン・クズ」。正確にはチェチェン・キュズュになると思いますが。意味は「チェチェンの娘」。可憐な小品ですが、ヴァイタリティ溢れるコーカサスの人々を連想させます。小耳に挟んだ話で真偽の程は?ですが、オスマン朝のハーレムにはコーカサス出身の女性が多かったとか。確かに容姿端麗なとびきりの美人が多いように思います。
チェチェン・クズのモデルは、もっと若い少女だろうと思いますが、タンブーリ・ジェミルはどんなイメージでこの曲を書いたのでしょうか。オスマン・トルコの古典楽曲の中では、とても親しみやすい曲で、日本のウード奏者の常味さんもよく演奏されていて、生で聞いたことがあります。

DÜNYA RENKLERİ KOROSU&MUSİC FOR THE PEOPLE Sentez Müzik

ヴァイオリン、チェロ、カーヌーン、ダラブッカ、キーボードによるチェチェン・クズ。どれもトルコでも使いますが、西洋音楽との折衷的なスタイルの演奏。

Murat Salim Tokaç

弦楽器サズを中心にしたチェチェン・クズ。ネイ、カーヌーンのようなオスマン古典楽器に混じって、トルコの民謡や吟遊詩人の弦楽器サズが参加しているのがユニーク。

çeçen kızın feryadı

チェチェンの少女の叫び。孤児になってしまったのでしょうか。これは哀れで見てられません。何とかならないものでしょうか。

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2007年11月26日 (月)

北コーカサス6 チェチェン

北コーカサス・シリーズ、遂にチェチェンの回になりました。他国の人が北コーカサスという時、真っ先に思い浮かべる国でしょう。チェチェン人は、イングーシと同じコーカサス諸語の中のナフ諸語(もしくはヴァイナフ)に入るチェチェン語を話す民族で、イングーシと並んで彼らの先祖は7世紀頃には既にこの地に住んでいた記録があるそうです。18世紀に全シベリアを併合したロシアは南下を開始し、ウラジカフカスを拠点にチェチェンとイングーシに進出。19世紀に起こった大カフカス戦争では、激しくロシアに抵抗したそうです。勇敢な山岳民のイメージはその頃形成されたのでしょうか。ロシア語で「恐ろしい」を意味するチェチェンの首都グローズヌィの名が、手強さを象徴しているように思えます。ソ連崩壊後「パンドラの箱」が開いてしまったのはこの地でも同じで、その後のロシア連邦からの泥沼の独立闘争は周知の通りです。今では過激な独立派は少数の模様、いつかこの国にも平和が訪れることを切に願いたいです。

悲劇的なイメージが付きまとうチェチェンですが、レズギンカなどの伝統舞踊をはじめ、大衆の音楽は逞しく生き続けていました。欧米の音源では仏ArionのEnsemble Aznach(グルジアに亡命し活動している女性のみの伝統音楽グループ)位しかないと思いますが、youtubeには伝統音楽や舞踊だけでなく、ポップスも出てきています。悲劇の歴史を反映してか、短調の旋律が多く、激しいカフカスのリズムで歌われる時、その輝きを増すように思います。
      

      
チェチェンの音楽 アンサンブル・アズナシ (Arion)

Lovzar

チェチェンの民族舞踊団Lovzar(ロヴザル)のステージ。ふぁどさんのブログで紹介されていたチェチェンの女性歌手マッカ・サガイポヴァが踊りを習っていたというグループで、まだメンバーだそうです。冒頭はイスラームのズィクルでしょうか。

Makka Sagaipova  Xaza k'ant

そのマッカ・サガイポヴァ最初の大ヒット曲。いやこれは!凄いチェチェン美人ですね。途中レズギンカの舞が出てきますが、その優美さに見とれてしまいます。

CHECHEN SONG - DAYMOHK NANA (inTurkey 1992)

チェチェンの民族アンサンブルの92年トルコでのライヴ。Garmon(アコーディオン系)がSULEIMAN TOKKAEV、Dechk Pondar(太鼓か弦楽器か不明)がBILO HADJ DIDIGOV他。DAYMOHKは祖国の意味。男たちの熱い歌声も良いものです。

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2007年11月25日 (日)

北コーカサス5 イングーシ

さて今日はチェチェン・イングーシと併称されることの多いイングーシ。
チェチェンと同じコーカサス諸語の中のナフ諸語に入るイングーシ語を話す民族で、国土は細長くイングーシ人も15万人ほどしかいないようです。(アディゲでもアディゲ人は10万人程度でロシア人の方が多い)ナフ諸語は、北コーカサス北西部のCircasian(サーカシアンと読むのでしょうか)、ダゲスタン諸語と並ぶグループの一つ。グルジア語とアブハズ語(グルジア北西部のアブハジアの言葉)はどれにも入らないようです。(地図は17日の記事を参照下さい)

北コーカサスは欧米盤で手に入る音源はほとんどない所ですが、チェチェンを含めyoutubeはかなり出てきます。これまで見てきた通り伝統舞踊が多いですが、DVDでリリースされて世界的に出回るほど動くジャンルではないと思いますので、youtubeの存在は本当に有難いと思います。遠く離れた日本などでは、youtubeがなければ見ることは叶わなかったでしょうね。(それを外国人が見てあーだこーだ言っているのも少ないかも知れませんw)

Ingush Dance

イングーシの伝統舞踊。男性のマントから足が見えない所など、チェチェンにもそっくりの舞踊がありました。

Ingush Group LOAM - BEAZAM

カフカスやアイルランド?などの民族楽器を含むフォーク・グループ。その中にもカフカス・リズムがはっきり聞き取れます。イングーシ語とチェチェン語の両方で歌っているようです。

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2007年11月24日 (土)

北コーカサス4 北オセチア

今日はイラン系の北オセチア。カバルディン・バルカルとイングーシの間の国です。
何でこの場所にイラン系民族が、と思いますが、オセチア人(オセット人とも)はコーカサスの北方にいた古代のイラン系遊牧騎馬民族サルマタイの流れを汲むアラン人の末裔と言われています。その名にちなんで、オセチアはアラニアという雅称で呼ばれることもあるようです。ペルシア帝国の最大版図の時の末裔かと思いましたが、もっとずっと古いイラン系民族の子孫でした。
紀元前4,5世紀頃から、現在のウクライナ南部から中央アジアにかけてイラン系遊牧民がいました。黒海北岸にいたのが有名なスキタイ(紀元前8~3世紀頃)、その東にサルマタイ、そのまた東の中央アジアにサカ族と、イラン系民族が並んでいた訳ですね。
それより前の紀元前11世紀頃に、インド・イラン系民族(いわゆるアーリア人)が、彼らの故地である中央アジアからそれぞれ南へ移動し、イラン人の祖先はコーカサスを通ってイラン高原に入ったと言われていますから、オセチアはその集団とは別に黒海、カスピ海北岸の辺りに長く留まっていたイラン系民族の一派の末裔と言うことになります。

大相撲の露鵬と白露山兄弟、若ノ鵬が北オセチアの首都ウラジカフカス(ロシア語で「カフカスの征服」の意)出身なのは有名だと思います。この国はイスラムだけでなくロシア正教の住民がかなりいるそうですが、彼らは(お尻を出して)相撲を取っているくらいですから、イスラムではなくクリスチャンの方なのでしょうね。3人ともロシア人ではなく、オセチア人のようです。

北オセチアの舞踊は、所作といい衣装といい音楽といい、北コーカサス的なものですが、歌声と顔立ちを見ると、あーやっぱりイラン系なのかなぁと思います。
コーカサス系のイングーシとは犬猿の仲らしく、国境問題を巡るソ連崩壊後の紛争は凄惨を極めたようです。どちらかといえば親ロシアの立場に立つ国なので、チェチェン紛争におけるロシア軍の拠点にもなっているようです。04年のチェチェン独立派によるベスランの小学校占拠事件の悲劇は、記憶に新しい出来事です。

North Ossetian State Academic dance ensemble ALAN

北オセチア民族舞踊団アランの公演。盾を持って剣を交わす踊りは、もしかしたら古代のアラニアをイメージしたものかも。

Ossetian dance with knifes

北コーカサス一帯に見られる男性の「短剣の踊り」のオセチア版。レズギンカのような求愛型舞踊と共に代表的な戦闘舞踊の典型。

Ossetian Folk Song

Alla Khadikovaという女性歌手中心に舞踊も交えたステージ。オセチアの歌が聞ける嬉しいクリップ。

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2007年11月23日 (金)

北コーカサス3 バルカル

今日はカバルディン・バルカルのバルカル、チュルク系の方です。
東隣は北オセチア、イングーシ、チェチェンと連なっていますので、政情は不安定なようで、民族紛争の現地録画なども見られるところでもあります。骨肉の争いに終わりは訪れるのでしょうか。
この辺りのチュルク系民族の場合、コーカサス系民族と共通した舞踊、チュルク的な民謡や語り物、グルジア的な合唱、と系統の異なると思われるいくつかの伝統音楽が共存しているのが興味深い点です。
リンクに、中東、ロシア、中央アジアからコーカサスまでのポップスに造詣が深いふぁどさんのブログを追加しました。ふぁどさんにはいつもお世話になっています。
「/mz」 http://fikrimce.sharqi.net/mz/

Balkarya Dev.Halk.D.T.


バルカルのコーカサス的な舞踊。アコーディオンばかり映っていますが。

Otarlanı Umar - Domalay

こちらはバルカルではなく、カラチャイかも知れませんが、グルジアのポリフォニーに似た合唱を聞かせます。チュルク系民族にもコーカサス風の合唱があることが分かります。

Балкария 12.05.07

レズギンカなどのコーカサス音楽のリズムを担当するナガラ?(ここでは違う名称かも)の合奏。バルカルの楽士の今年の映像のようです。結構派手なパフォーマンスが入ります。

Kanamat

アコーディオンとナガラの演奏。ナガラの叩き方がよく分かります。こちらと下の女性歌手はバルカルではなく、カラチャイかも知れません。

Meni Kuvançım

昔の女性歌手メニ・クヴァンチュムの映像。リズムはコーカサスですが、歌声にはすごくチュルク(トルコ)的な味わいが出ています。

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2007年11月22日 (木)

北コーカサス3 カバルディン

北コーカサス特集、3つ目の国はカバルディン・バルカル。
カバルディンがコーカサス系、バルカルがチュルク系です。Kabardin, Kabardino, Kabardey, Kabardaといくつか綴りがあるようですが、もしかしたら非常に複雑と言われるコーカサス諸語の格変化でしょうか。
不思議なのは、ダゲスタンではチュルク系がカスピ海沿い、コーカサス系が山の方中心に住んでいるのに対し、カフカス北西部のCircasianの場合は、コーカサス系が低地、チュルク系が高地にいるようです。何ででしょうか?w  ロシアを悩ませた勇敢で誇り高きコーカサスの民は、山岳民族のイメージが強いのですが。もっともコーカサスは5000m級の山が連なる所、Circasianが住む辺りでも富士山くらいの山はいくらでもあるようですが。  何度も書きましたが、地図は17日の記事に載っております。
バラキレフの「イスラメイ」の原曲らしきクリップは見つからず。残念! 見つかったらまたアップします。

KAFA kabardian dance (feat. Madina Shomakhova)

アディゲの時にUork Kafaという舞踊のビデオをアップしましたが、こちらは同じ系列になるのでしょう、Kafaのカバルディン版。こちらはゆったりとして長閑。レズギンカ型のリズム系が目立ちます。やはり男性はつま先立っていますw  長過ぎる袖は馬に乗る時に寒いからではないかという説があるようです。

Kabardinka Academic Dance Ensemble - K'afa

こちらはカバルディンのカーファの群舞。

Kabardinka Tleperife

レズギンカでもカーファでもないカバルデイの別な舞踊曲のようです。

Yıwan Vladimir / Wored

カバルデイの吟遊詩人?ユワン・ウラディーミル。ロシアのバラライカとグルジアのパンドゥーリの合いの子のような弦楽器(楽器名不明)を弾き語ります。これは珍しいクリップ。終始レズギンカ~イスラメイ型のリズム。

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2007年11月21日 (水)

イスラメイ

今日はコーカサスの舞踊としては、レズギンカと並んで有名なイスラメイ。
と言っても、実はこの2つは同じ踊りを指しているようで、レズギンカは地方によって、ズィルガ、マッガロン、イスラメイ、シャーミレイなどいろいろな名で呼ばれているそうです。

イスラメイと言えば、クラシック音楽ではピアノの難曲中の難曲として有名な曲でもあります。ロシア五人組みの一人、バラキレフが書いた曲ですが、いかにもレズギンカを思い出させる3連譜の連続に始まります。因みにフランス近代の作曲家モーリス・ラヴェルのピアノ曲「夜のガスパール」の終曲「スカルボ」は、イスラメイを超える難曲を目指して書かれたそうです。

Wikipediaにバラキレフのイスラメイについて、以下の説明がありましたので、ご参考までに転載しておきます。カバルディノ(カバルダ)・バルカルは、明日予定しています。

近年の音楽楽研究によって、バラキレフが本作(イスラメイ)に残した旋律が、今なお旧ソ連の民謡に健在であることが明らかとなった。
たとえば第1主題は、カバルディノ・バルカル自治共和国の「レズギンカ」の一種である。ただし、バラキレフの作品とは拍子が食い違っている。
第2主題は、バラキレフが受けた説明のように、起源はタタール人の恋歌であった。

Islamey by Islamey

イスラメイという名のヴォーカル・アンサンブルのようですが、民族舞踊団も抱えているということでしょうか。素晴らしく美しいステージ。

islamey

オーソドックスなイスラメイの舞。いかにも北カフカス的な美男・美女のペア。アディゲかチェルケス辺りのダンサーでは?

Berezovsky plays Islamey  From a 2005 recital in Mexico City

バラキレフのイスラメイを、名手ベレゾフスキーが熱演。軽々弾いてしまっているようですw

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2007年11月20日 (火)

北コーカサス2 カラチャイ

今日はカラチャイ・チェルケス共和国のカラチャイ。
チェルケスがコーカサス系なのに対し、カラチャイはチュルク(トルコ)系。東隣のバルカルも同じチュルク系で、言葉はかなり近いようです。吟遊詩人らしき人のビデオも見つかりました。結構シンガーソングライターは多い様子。語り物を愛好するトルコ系民族らしい特徴と言えそうです。民族楽器の奏法を模したギターのかき鳴らしがユニーク。

北コーカサスの詳細な地図は17日の記事に載ってますので参照してください。

karacay dan görüntüle

カラチャイ・ポップス?に乗せて巡るカラチャイの旅。カフカス山脈北麓の素晴らしい景色に感動。

Algish

カラチャイの吟遊詩人か? ギターのかき鳴らし方が、もろコーカサス。グルジアのパンドゥーリの奏法にも似ているのでしょう。

Nart ciri. Otarlani Omar www.camagat.com

グルジアのような男声合唱も見られるようです。主唱者の節はグルジアと大分異なります。グルジアのはもっと古めかしい感じがあります。

Tauruh

カラチャイのアニメ

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2007年11月19日 (月)

北コーカサス2 チェルケス

今日はアディゲの東隣(ロシアのクラスノダル州を挿んでですが)のカラチャイ・チェルケスのチェルケス。
チェルケスはコーカサス諸語なのに対し、カラチャイはチュルク(トルコ)系。東隣のカバルダ・バルカルもコーカサスとチュルクの民族が一つの国に並んで住んでいます。どうしてそれぞれの語族でまとまらず、こういう風になっているのか不思議です。
チェルケスはアディゲ、カバルダと一緒にCircasian(サーカシアンと読むのでしょうか、邦訳されていない気がします)というコーカサス諸語のグループに入り、言葉はチェルケス語またはアディゲ語と総称されるようです。グルジアからの分離独立を主張し続けている北西部のアブハジアとは、グルジアよりも言語・伝統的に近いそうです。
踊りを見る限り、アディゲよりチュルクやタタールの影響が感じられるような気がします。ここならイスラームと言われても、イメージ的にぴったり来る様な気もしますね。
カルパックの一種になるのか、チェルケスのダンサーは白髪の鬘?を被っています。これを見るとトルクメンを思い出しますが、もしかしたらカスピ海を渡って伝来したのかも知れません。つま先たちはバレエの盛んなロシアから入ったのか、逆にコーカサスがルーツなのか、これも謎w  男性の踊りですが、妙に中性的な感じがします。レズギンカ型の速い8分の6拍子が目立ちます。

しかし、コーカサス(特に北)は驚きの連続です。
北コーカサスの詳細な地図は土曜の記事に載ってますので参照してください。

Mountaineers dance

Shible Wuppertal Wuic
http://www.youtube.com/watch?v=p6V5-ywKxWU
アディゲ(またはチェルケス)の亡命グループか? ピナ・バウシュで有名なヴッパタールでの舞台のようです。残念ながら埋め込み禁止。

Mezagho chesh - Sokur Olga
http://www.youtube.com/watch?v=OL2-Myy40HI
チェルケス(またはアディゲ)の女性ポップシンガー、ソクル・オルガ。レズギンカ型の速い8分の6拍子が目立ちます。残念ながら埋め込み禁止。

Talk in the village (Adyghe spectacle)
http://www.youtube.com/watch?v=zrs1k29ZxCg
アディゲの女漫才?w

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2007年11月18日 (日)

アディゲのレズギンカ

昨日に続いてアディゲの国立民族舞踊団ナルメスの舞台より、今日は世界的にもポピュラーなレズギンカ。北コーカサス各国にありますが、まずアディゲから。
その前に、まず昨日の記事で二つ訂正です。男性陣が着ていたのは「チェルケスカ」と呼ばれるコーカサスの一種のウワッパリだそうです。
またUork Kafaのリズムですが、カフカス民族舞踊の教本(ロシア語からトルコ語に翻訳されたもの)に載っている楽譜では、2/4拍子で表記されているそうです。それで、1拍が3連譜になっているとのことでした。ではペルシアの舞曲に多い、3拍子とも2拍子とも取れるヘミオラ型のハチロク(6/8拍子)かというと、そうではなく、飽くまで2拍子を強調するようです。
以上をご指摘頂いたふぁどさんはモスクワ在住で、色々貴重なコメントを頂いているのですが、最近の日本のブログサービスは海外のIPからのコメントとかトラックバックを一括スパムとしてはじいてしまう傾向が強いそうで、ブログにコメント出来ないらしいので、ここで私が代弁いたしましたw  イランからは大丈夫なのに、ロシアだと何でダメなのでしょうか。謎です。しかし、イランでは逆にyoutubeは見れないようです。

Special Lezginka - Лезгинку танцуют отдыхающие

ハチャトゥリアンがガイーヌで一躍有名にしたレズギンカ(勿論一番有名なのは「剣の舞」ですが)。グルジアから北コーカサス一帯に見られる踊りですが、こちらはアディゲの民族舞踊団ナルメスのソリストによるもの。薪能のような舞台が雰囲気あります。引っ張り出されて踊る観客を見ると季節は夏のようですが、ダンサーたちはコーカサスの正装で身を固めていて、そこがまた素敵です。

Adyge folk music - Попурри адыгской фольклорной музыки

アディゲ国立民族舞踊団ナルメスの伴奏楽隊。ハチャトゥリアンのレズギンカではスネアドラムで代用している太鼓ナガラ?(確か)の独奏も聴けます。樽型の両面太鼓のようですが、よく見えないのが残念。

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2007年11月17日 (土)

北コーカサス1  アディゲ

今日からしばらく北コーカサスの音楽と舞踊を巡ります。南コーカサス(グルジア、アルメニア、アゼルバイジャン)は、またたっぷりかける(かかる)予定です。
Kavkaz 北コーカサスは、独立闘争と戦火の収まらないチェチェンを含むロシア連邦内の小共和国がひしめく所。語族で言えば、コーカサス諸語とチュルク系、イラン系がほとんどです。西からアディゲ、カラチャイ・チェルケス、カバルダ・バルカル、北オセチア、イングーシ、チェチェン、ダゲスタンの順で、イラン系は北オセチア(露鵬&白露山兄弟の故郷ウラジカフカスが首都)のみ、チュルク系はダゲスタンのカスピ海側、カラチャイとバルカル、他は大部分コーカサス系の人々のようです。グルジアもコーカサス系ですが、独立闘争の激しい北西部のアブハジアは、グルジアよりもアディゲやチェルケスとの繋がり(言語、伝統等)が深い所のようです。カラチャイ・チェルケスとカバルダ・バルカルでは、チュルク系とコーカサス系がそれぞれで半々に住んでいる点が興味深い点です。

516pxcaucasusethnic_ensvg北コーカサスは、 チェチェンと北オセチア以外、ほとんど情報の入ってこない地域ですが、舞踊は割と広く知られていて、中でもハチャトゥリアンがバレエ音楽「ガイーヌ」の中に取り入れたレズギンカは有名です。タラフ・ドゥ・ハイドゥークスが近作で取り上げていました。レズギンカはダゲスタン生まれ説が強いですが諸説あります。コーカサス諸語は、インド・ヨーロッパ語族など周辺のいずれのグループにも入らない、独立した語族で、遠く離れたバスク語(スペイン・フランス国境)との共通性が指摘されたりしたこともありました。両者共に、印欧系が東からやってくる前からいる、欧州の原住民なのかも知れません。(詳細は地図をご覧下さい  2枚ともウィキペディアからのものです)

今日はまず一番西のアディゲの伝統舞踊から。イスラームの国らしいのですが、そんな感じが余りしない、古風で優雅な踊りです。youtubeビデオの多さに驚きましたし、その美しさには、しばし我を忘れてしまいましたw

Nalmes is dancing - Танцует Нальмэс (Налмэс Къашъо)

古いアディゲの踊りZafakに基づく振り付けの作品。ナルメスというアディゲの国立舞踊団の2005年黒海東岸のソチでの公演から。男性のカルパックと言われる帽子と、フェルトのマントは、いかにもコーカサスらしい出立ち。それにカイザー髭でしょうか、カッコイイです。

Uork Kafa - Уорк Къафа (Орк Къашъо)

ナルメスのソリストが演じる、古式ゆかしいアディゲの舞踊ウォルク・カファ。さみだれの様な早い8分の12拍子が特徴的。かき鳴らされる弦楽器は、グルジアのパンドゥーリに似た音色。動きがユニークでアルカイックな感じすらしますが、古風でとても美しいステージです。

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2007年11月16日 (金)

シェイフ・ハマダ

コーカサス大特集の途中で、まだまだ続きますが、ちょっと寄り道します。
凄いビデオが見つかりました。アルジェリアのシェイフ・ハマダ、往年の貴重映像です。六本木WAVE4Fのストアデイズにいた頃(94年位)、Club du Disque Arabe(AAA)盤で聞いたことのある人でした。2本目のビデオにはそのジャケットが出ています。音源はこのCDからと思われます。

2004年に来日してエネルギッシュな歌声を聞かせてくれたのは、「ライのゴッドマザー」と言われる、シェイハ・リミティ(1923-2006)でしたが、シェイフ・ハマダ(1889-1968)はリミティより遥か前の人。ベドウィン伝統歌謡の風合いをそのまま感じさせる歌手です。この人辺りから伝統的なライの始まりと言えるようです。しかし、この音域の狭さ、インパクトの強さは只事ではありません。リミティは「ライの帝王」シェブ・ハレドの先生でしたが、ハマダさんwの弟子筋っているのでしょうか?

演奏は、縦笛ガスバ2本(左の人は何というアンブシュアーw)とハマダ自身の太鼓ゲラルの叩き語り。形は細長く、皮の緩んだ感じがベドウィン(アラブの遊牧民 アラビア語ではバダウィ)音楽らしく聞こえます。アルジェリアの知人によれば、こんな古い歌謡を聴きたがる人は、今はアルジェリアにはほとんどいないとのこと。外国人が、古い浪曲や説経節を聞きたがるようなものかも知れません。「物好きだね~」と言われながら、里帰りの時に、シェイフ・ハマダとKhlifi Ahmed(AAAの「サハラの音楽」に入っていた歌手。ライではなく純ベドウィン歌謡系)のCDを頼んで買ってきてもらいました。かなり探したそうです。
さすが現地盤で凄い内容でしたが、中身はCDRで音飛びには閉口しましたw

アルジェリアといえば、最近はラシッド・タハがカバーしてからダーマヌ・エル・ハラシのYah Rayahとかが世界的に流行っているようです。ハラシはジャンルで言えば、シャアビという歌謡になりますが(AAAから音源豊富)、中世スペイン伝来のアンダルシア音楽の影響を色濃く感じさせながら、ライとも共通する演歌的な内容のようです。シャアビですが、古い世代ではモハメド・エル・アンカも素晴らしい歌手でした。ウード弾き語りに近い編成でした。
知人によれば、男性はシャアビ、女性はライを好む傾向が強いようです。これは興味深い話だなと思いました。

Cheikh Hamada

Cheikh Hamada Father of what is now known as RAI

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2007年11月15日 (木)

アリム・カシモフ タブリーズ・ライヴ

アリム・カシモフのイランでのライヴが見つかりましたので、今日はそれをアップしました。アザルバイジャン州のタブリーズでのライヴです。イランですので、残念ながら娘さんとの共演は見られなかったようですが、彼の相棒のマリク・マンスロフの勇姿が拝めます。Buda盤でその超絶技巧に唸った人は必見でしょう。ここでは静かに左手のフィンガリングで余韻を残すようなピアニッシモの妙味も確認できます。奥の深い楽器ですね。ぱっと名前が出てきませんが、カシモフの右の樽型太鼓は、もっとシンプルな奏法かと思いましたが、結構イランのトンバクに似た技巧も出てきます。器楽演奏シーンが豊富に収録されているのが嬉しいところです。

アゼルバイジャンのタール ~ マリク・マンスロフ
      
 http://homepage1.nifty.com/zeami/m-tua_k.html#Anchor818687

このビデオ、おそらく画面に出ているサイトからダウンロードできるようですが、元のビデオは1時間あるそうです。「Tebriz Yolu」とは、「タブリーズへの道」のような意味でしょうか。
マイミクのふぁどさん、このビデオの情報有難うございました。ふぁどさんには、前にもデデ・エフェンディの歌詞の翻訳をお願いしました。

Alim Qasimov Tebriz Yolu

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2007年11月14日 (水)

アゼルバイジャンのアッシリア民謡

今日はちょっと珍しいビデオです。アゼルバイジャンのアッシリア民謡というもので、 Larisa Danilovaという女性が憂いを含んだエキゾチックな節を聞かせてくれます。アラビア語に似た、いかにもセム系らしい言葉の響きですが、現代アラム語(現代アッシリア語とも)なのでしょう。アッシリア人はイランやイラク、アルメニア、シリア辺りに少数民族としていると思っていましたが、アゼルバイジャンにもいたとは初耳。現代アッシリア人は、東方正教会の一つ、アッシリア教会に所属するキリスト教徒がほとんど。西洋からではなく、キリスト教の興った古代パレスチナから直に東へ伝わった古いキリスト教の一つです。

アッシリア帝国は、古代にはイラク(メソポタミア)を中心にエジプトからイラン南部まで拡大し、初のオリエントの覇者でした。古代アッシリア帝国の末裔だといわれる現代アッシリア人ですが、ウィキペディアによると
「この生き残ったアッシリア人と、アッシリア人の末裔と主張するいわゆる現代アッシリア人の関係は必ずしも明白ではない。現代アッシリア人に限らず、中近東のキリスト教徒共同体は起源譚として古代オリエントの民族を持ち出す事が多い。少なくても「民族」と言うものがある古代のある集団から真っ直ぐ繋がるというほど単純なものではないと思われる。」
とありました。真実はどうあれ、現代アッシリア人は「歴史のロマン」を感じさせてくれる存在だと思いませんか?w

Assyrian Folk Song from Azerbaijan

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2007年11月13日 (火)

グーグーシュはやはり・・

アゼリでした。アゼルバイジャン系住民がほとんどのイラン北西部のタブリーズ出身ですから。一昨日と同じ曲ですが、歌われている歌詞はペルシア語ではなく、トルコ系のアゼルバイジャン語のようです。
このAyriliqという曲、よく聞く曲ですが、とても美しく切ない名曲です。南北に分断された(ソ連とイランとにだと思います)アゼルバイジャン民族の悲しみ、魂の叫びのような曲です。2本目は先日もアップしたYaqub Zurufçuの別テイク?。そこに載っていた歌詞の英訳を転載しておきます。一昨日はYaqub Zurufçuの後に曲名まで付けていました。失礼しました。Yaqub Zurufçuもタブリーズの歌手かも。

Ayriliq ( seperation)  Farhad Ibrahimi (soz),  Ali Salimi (muzik)
I cannot sleep at nights, thinking of you.
I cannot get these thoughts out of my mind;
What am I to do since I cannot reach you?
Oh, separation, separation, painful separation.
It's harsher than any pain-separation.
The dark nights are so long in your absence.
I don't know where to go in the dark distance.
The nights have injured my heart so much. Oh, separation, separation, painful separation. When I remember your hazel eyes, I ask the stars of your whereabouts. Have you forgotten me, now that we are apart? Oh, separation, separation, painful separation.

Googoosh-Ayriliq (Azeri)

Ayriliq ( seperation)

作曲者はAli Salimiとなっていました。マーフールから以下のCDが出ていますが、この人のようです。Airiliq (Tasnif-E Bayat-E Shiraz) Reng-E Bayat-E Shirazとして確かに収録されています。バヤーテ・シーラーズのタスニーフとレング(イランの舞曲)が続けて演奏されています。彼の演奏は、Radio Darvishでもよくかかっています。

 オスタッド・アリ・サリミ/Tar      
*往年のアゼルバイジャンのタール名人(1922-97)。首都バクー生まれ。少年時代にスターリンの圧政から逃れ家族ごとイランに移住。イラン北西部アザルバイジャン地方のタブリーズで、亡くなるまで活躍した。同時代のアゼリ系タール名人ビグジェーハーニなどとも親交があり、アゼルバイジャンとペルシア古典の折衷的な演奏を披露している。   イランMahoor Institut
http://homepage1.nifty.com/zeami/m-iran.html#Anchor954800

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2007年11月12日 (月)

アゼリの名歌手アリム・カシモフ

黒海北岸のトルコ系をもう少しと思いましたが、南に下ってしまったので、キプチャク系(クリミア・タタールの追加、ガウガズ、カライムの予定)はまた後日と言う事で、今日からしばらくコーカサス(カフカス)を巡ります。
まず昨日アップしたアゼルバイジャン音楽のサイトから、アリム・カシモフの名唱。娘さんとのデュエットです。ビデオは初めて見ますが、随分モーションが入るんですね。恍惚とした表情に、ちょっと驚きました。最近のアルバム(Network MedienやSmithsonian Folkways)のコンセプトでしょうか。イランの音楽シーンなどからもインスパイアされているのか、Ocoraの頃と感じが変って来たように思います。アゼリ音楽の新しい展開には要注目でしょう。

彼の名は、カシモフとかガスモフとか色々に表記されますが、Qは喉の奥の方をこすらせるようにして出すGの音だと思います。だからガスィモフとでもすると近いかも知れませんが、そもそもカタカナにするのは無理があります。日本語の発音のカシモフでもガスモフでもないことは確かです。

蛇足ながら、既に有名な話だと思いますが、現在も放映中の「NHK 新シルクロード」のテーマ曲の冒頭に流れる高い声は、彼の歌声です。耳に手をやるポーズですが、今は亡き鶴田浩二氏を思い出してしまうのは、私だけでしょうかw (年がばれるかも)

Alim Qasimov

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2007年11月11日 (日)

アゼルバイジャン

今日は旧ソ連のチュルク系ということで、アゼルバイジャンの音楽。
アルタイ系→チュルク系の系譜については、前の記事をご参照下さい。
http://jp.youtube.com/profile_videos?user=azerimusic&p=r
このサイトは、マイミクのMさんから教えていただいたもの。余りの伝統音楽ファイルの多さに驚きました。この国では伝統音楽が初等教育から教えられているとのこと。層の厚さは当然なのでしょう。しかもレベルが高い! ポップスもいくつかあります。ペルシアの影響が強いムガーム音楽(古典音楽)ではなく、アシュク(吟遊詩人)の古い映像もあります。こっちは純トルコ。これは貴重です。サズ(バーラマか?)とバラバン(ドゥドゥクに似た音)にダフという編成。サズは何でそこまで、と言うくらい高く構えています。顔に付きそうw
アゼルバイジャンはチュルク(トルコ)系民族ですが、隣接するイランの音楽の影響を強く受けていて、ペルシア音楽の繊細さを受け継ぎながら、元遊牧民のトルコ系民族としての誇りを表したような躍動感も見られ、そのヴァラエティの多彩さには目を見張ります。欧米盤の多いアリム・カシモフ(Alim Qasimov)が前から一番人気の歌手です。
定番になっているタール、ケマンチェ、ダフ(枠太鼓)の叩き歌いというトリオ編成の弦楽器2つはイランから受け継いだものだろうと思います。タールの構え方は、左腿に載せるのではなく、高く掲げますが、それが凄くコーカサスらしいイメージです。一頃人気を集めたパラジャーノフの映画(アシク・ケリブ等)に出てきたのもこの編成の音楽でした。

Ququş və Yaqub Zurufçu Ayriliq

一本だけ載せておきます。イラン革命前に大変人気のあったイランの女性歌手グーグーシュとアゼルバイジャンの男性歌手Yaqub Zurufçu Ayriliqのデュエット。グーグーシュはタブリーズ生まれだったのでしょうか? タブリーズはイラン側のアゼルバイジャン(アザルバイジャン地方)の州都です。これはびっくり。

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2007年11月10日 (土)

倍音唱法~モンゴル系

倍音唱法(喉歌)の世界、二日目はモンゴル系のモンゴル、ブリヤート、カルムイク。ついでに韓国もありましたので一緒に載せました。
大揺れの大相撲では、モンゴルやロシア周辺諸国の力士が大活躍。何でこんなに多いのでしょうか。グルジア、ロシア、ウラジカフカス(多分北オセチア?)、ブルガリア、と壮観です。次はカルムイク辺り?w
把瑠都と朝青龍(白鵬でもOKですが)は、国で言えばエストニア対モンゴルですが、これはウラル対アルタイですねww  エストニアはフィン系(ウラル諸語の一つ)ですから。

Mongolian Incredible Throat Singing 呼麦

「草原のチェロ」と形容されたりもした馬頭琴(モリンホール)弾き語りでのモンゴルのホーミー。Humaiという人の演奏ですが、モンゴルらしい大らかで雄大な演奏を聞かせてくれる名手です。

buryat song featuring throat singing

ロシアのバイカル湖周辺(イルクーツクの近く)に住むモンゴル系少数民族のブリヤート族の男性歌手と、モンゴルの馬頭琴奏者のデュオ。ブリヤートといえばInedit盤のようなもっとプリミティヴな歌唱もありますが、それはさすがに見当たりません。

O. Tsahan Zam

ヨーロッパ・ロシア内に存在する唯一のモンゴル系の国カルムイク。カスピ海の北、ヴォルガ河の下流域にあり、カルムイク人は明らかにモンゴル帝国の末裔です。モンゴルから遠く離れたこの地でも、チベット仏教が信奉されているようです。カルムイクの喉歌歌手と言えばまずこの人、オクナ・ツァハン・ザム。欧米盤ではInedit盤に入っていたのが初めてだと思いますが、近年は単独盤が色々出ています。しかし見事な倍音唱法ですね。

판소리 (Throat Singing)

昨日書いたようにシャーマニズムは喉歌のルーツのようですが、韓国でも国楽(日本の雅楽のルーツ)、農楽(サムルノリは有名)と並んで巫楽(ふがく)というジャンルがあって、そこでは現在でもエネルギッシュなシャーマニズムが息づいています。確かに浪曲のような喉を絞るような歌い方からは、倍音が豊富に出てくると思います。しかし、このビデオどこに喉声が出ているか、よく分かりませんね。

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2007年11月 9日 (金)

倍音唱法~チベットとアルタイ系

長期化してきましたウラル・アルタイ・シリーズの一環として、昨日はバシキールのビデオをアップしたのに、肝心のウズリャウが聞けませんでした。
これじゃ不完全燃焼だなぁと思いまして、今日と明日は倍音の世界を巡ってみましょう。
まずは、チベットとロシア連邦のアルタイ系(正確にはその中のチュルク系ですが)のトゥヴァ、アルタイ、シベリア。アルタイは、語族の名前そのものの国名。
超自然的とも思われる超絶技巧の倍音唱法が見られるのは、シャーマニズム、チベット仏教(ラマ教)の広まった所が多く、民族で言えばチュルク系とモンゴル系がほとんどではないかと思われます。

Tibetan Throat Singing

倍音唱法のルーツはチベットだったりするのでしょうか。謎です。モンゴル、トゥヴァ、カルムイクはチベット仏教を受け入れている国ですし。チベットの亡命政府がある南インドはダラムサラでの演奏。この低音の世界は、いずれまた再訪すると思います。蛇足ながらチベットはアルタイ系ではありませんので。数日前の語族地図を参照下さい。

Tuvan Throat Singing

既にビッグネームのHuun Huur-Tu他沢山ありますが、現地の雄大な大自然の中で演じられるこのビデオを選んでみました。トゥヴァのホーメイはモンゴルのホーミーより野性味に溢れ、テクニックも多彩。

Altai Kai Throat Singing

Amyr Akchinがアコーディオンを弾き語り。アルタイ共和国の倍音唱法はカイと言います。どこかロシア的なフレーヴァーが感じられる気がします。

Bolot Bairyshev

既に何度も来日公演しているアルタイ共和国の名手ボロット・バイルシェフ。この人の声はCDでしか聞いていませんが、一聴してぶっ飛びました。 トゥヴァやモンゴルにない哀愁味があって良いですね。本人の動画がなくて残念です。

Throat Singing Siberians

これはサハ辺りか? 後ろの流氷から察するに、トゥヴァではないような気がします。素朴な普通の青年がこんな声を出すと、たまげ(驚き)ますw  いてつく環境の厳しさと無縁ではないのでしょう。

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2007年11月 8日 (木)

ロシアのチュルク系3~バシキール

ロシアのチュルク系、3日目はバシキール(国名はバシュコルトスタン)の音楽。タタールスタンの東に位置し、ウラル山脈の中部にあります。タタールよりも言葉、音楽ともモンゴルの影響が色濃いようです。youtubeには馬とカラオケが何故か多く(やはり元騎馬民族のチュルク系ゆえ?)、伝統音楽はほとんどありません。今ではバシキール人は住民の中で少数派になっているようです。

バシキールといえば、倍音唱法のウズリャウ(Uzlyau)が何といっても有名。モンゴルのホーミーやトゥヴァのホーメイとも少し味わいの異なる歌唱です。オランダのPanからCDも2枚出ていました。以下のビデオ、一本目は笛を吹きながらのUzlyauか。笛と声の一人2重唱?には倍音が豊かに感じられます。倍音唱法がある所は大体口琴も盛んなようです。(逆は違うように思いますが) 2本目はバシキールだけではありませんが、ロシア連邦中心に世界中の口琴の映像が出てきます。

Marsel Gutiyev Performansı

Varganautica #1. About Vargan (Jew's Harp). Weird facts

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2007年11月 7日 (水)

ロシアのチュルク系2~チュヴァシ

今日はアルタイ系2の予定でしたが、ブランチで表記した方が系統がはっきりするので、チュルク(トルコ)系2、としました。
チュヴァシ人の祖先は、中世にヴォルガ・ブルガール国を築いたトルコ系の遊牧民ブルガール人と考えられています。その名の通り、ブルガリアの国名の由来にもなっていますし、ユダヤのクレズマー音楽の形式の一つにこの名が見えるのは興味深いです(Odessa Bulgar等)。
ブルガール人の一派は7世紀に現在のブルガリアに侵攻し、スラヴ系の人々を支配下に置きましたが、少数派のブルガールは混血・同化し、ブルガリアが形成されて行きました。ヴォルガ・ブルガール国は、7~13世紀にヴォルガ河とカマ川の合流点に存在し、現在も大体その辺りにあります。タタールスタン、モルドヴィン、マリの間くらいです。
ヴォルガ・ブルガールは、支配者層がユダヤ教に改宗したことで有名なハザール国(7~10世紀)に一度滅ぼされた国ですが、ハザールの滅亡後、また勢力を盛り返したようです。トルコ系のハザール人は、アシュケナージ(東欧)系ユダヤ人の祖先説もあったりしますが、ハザールでユダヤ教に改宗したのは支配者層が中心で、一般住民はムスリムが多かったこと、ポーランド~リトアニアでのユダヤ人増加まで何世紀も開いていることなどから、懐疑論の見方が多いようです。私もそちらの意見です。若干はハザール遺民から東欧系ユダヤ人へも流れ込んだでしょうが。

さて前置きが長くなりましたが、そんなチュヴァシの踊りのビデオを2本。一本目は伝統的ですがロシア的、2本目はポップアレンジですがチュルク的です。

Chuvash dance / Căvash tasshi

Çuvaşça şarkı: Çiçek verecektim - Cecek parăttăm

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2007年11月 6日 (火)

アルタイ系1~タタール2

タタールの2回目は、ビデオを中心に。チュルク系とタタールについての概説は昨日の記事をご覧下さい。
1本目はクリミア・タタールの伝統舞踊の映像。クリミア汗国はモンゴルの後継王朝にしてオスマン朝の保護国で、黒海の北部に突き出たクリミア半島(現在はウクライナ領)が中心でした。クリミアについては、前にトルコ音楽の軍人作曲家ガジ・ギレイ・ハーンの時に少し触れました。
Photo 首都だったバフチサライ(半島南部にあり、「ヤルタ会談」で有名なヤルタにも近い)にあるハーン宮殿(写真)は、アルハンブラ宮殿(現スペイン)、トプカプ宮殿(現トルコ)と並ぶ、三大イスラーム建築の一つにも数えられるそうです。踊る女性たちの衣装も煌びやかで優美ですね。音楽はクレズマーとかジャズ風なアレンジが入っているように聞こえます。第2次大戦中Black_sea_17c にナチスに協力した懲罰として、15万人ものクリミア・タタール人が、ウズベクやシベリアに移住させられたそうですが、今でも少数民族としているとか。クリミアは、とても行ってみたい所の一つです。(左の黒海の地図はWikipediaより)

Crimean Tatar Dance

2本目は今年の5月に横浜で開かれたタタール音楽コンサートの模様。歌あり踊りありの華やかなステージです。ウイグル伝統音楽のコンサートが前に横浜でありましたが、もしかしたらその繋がりかも。中国西部のウイグルに似た所(同じチュルク系だから当然ですが)、ロシア化した所、色々見えて興味深いです。

"Saidash" Tatar Dance Theatre-Yokohama-Japan,2007

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2007年11月 5日 (月)

アルタイ系1~タタール1

今日からロシア連邦のアルタイ系民族の世界を巡ります。初回はチュルク(トルコ)系のタタールスタン。
バルトークとコダーイの音楽から入って、ハンガリー民謡のルーツを求めてヴォルガ河を巡っていましたので、その周辺のタタール、バシキール、チュヴァシだけにする予定でしたが、アゼルバイジャンとトゥヴァなどにも寄り道してみようと思います。中央アジアのトルコ系(ウズベク、カザフ、キルギス、トルクメン)まで入れるときりがないので、またの機会にします^^
2 青=アルタイ系、薄黄色=ウラル系、緑=インド・ヨーロッパ系、黄色=シナ・チベット系、オレンジ=セム・ハム系、赤=コーカサス諸語、ベージュ=古アジア諸語、臙脂=ドラヴィダ諸語
 「世界の言語」(大修館書店)より

アルタイ諸語の民族がいる所は地図の通り、ユーラシア大陸の北東部からトルコ共和国にかけて斜めに横断しています。現在のモンゴル以外はほとんど9割がトルコ系で、ツングースはバイカル湖周辺(ブリヤート族)と満州、シベリア(エヴェンキ族等)の一部位の少数派。
元々トルコ系の人たちはモンゴル高原にいたようです。トルコ系、モンゴル系、ツングース系のアルタイ系3本柱の諸族がモンゴル高原を舞台に離合・集散を繰り返していたそうです。トルコ人は現在では西洋人のような顔立ちの人が多いように思いますが、これはトルコ人が西進する過程で中東の各民族やビザンツ帝国(小アジア)のギリシア人、バルカン半島の民族等と混血した結果でしょう。元々はトゥヴァやサハ辺りの人々の身体的特徴に近かったのかも知れません。言葉の均質性が高く、現在のトルコ人と中国西部のウイグル人、ロシアのタタール人は、それぞれの言葉で話して通じるそうです。これは驚くべきことだと思います。
余談ですが、日本語や朝鮮語もアルタイ系に分類する説が昔は根強かったですが、結論は出ていないようです。その後、日本語のタミル語起源説などというのも出てきています。

参考文献:昨日上げた2冊以外では「アルタイ語のはなし」(池田哲郎著 大学書林)が、「ウラル語のはなし」と姉妹編でお薦め。

ロシアのタタールスタンは、モンゴル帝国の征西の結果できたキプチャク汗国の末裔が住む国。「タタール(韃靼)」という言葉は、元々はロシアから中国にかけてのトルコとモンゴル系諸族の総称でしたが、20世紀に入ってからはカザン・タタール(タタールスタンはカザンが首都)を指すようになりました。カザン方言から成立したタタール文語はカザン汗国だけでなく、クリミア汗国、アストラハン汗国、シベリア汗国の官庁語として使用され、超地域共通語として機能していましたが、ソ連成立後はアゼルバイジャン語、カザフ語、ウズベク語等に分断されたそうです。文字もアラビア文字からキリル(ロシア)文字に切り替わりました。

TNV Tatar Garmunçısı-01

タタールスタンのガルモン奏者の独奏。ガルモンはハルモニウムと同語源だと思います。ロシアの大型ボタン・アコーディオンのバヤンが小型になったような楽器で、音階は東洋的な5音音階。音楽といいアナウンサーのトルコ語(タタール語)といい、ここがロシアとは信じられません。再生後のリンクに出てくると思いますが、タタールはポップスもかなり盛り上がっているようです。日本人と見紛うアイドル?歌手もいました。

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2007年11月 4日 (日)

ウラル系4~コミ

ウラル系の最終回は、コミ自治共和国。
スウェーデンに匹敵する広大な土地に、30万人余りしか住んでいない寒冷地。さいはての島、ノヴァヤ・ゼムリヤ(ロシア語で「新しい土地」の意)もすぐそこ。
ここの伝統音楽らしきファイルは余り見当たりませんでした。ウラル系他民族含めポップスなら結構ありますが。唯一見つかったKomi song "Zil´-Z´ol´"というのも、コミと言うよりロシア的ですが、この地の美しい景色が満喫できます。
映像に出てくる特殊な文字は、14~16世紀まで使われたアプールという文字のようです。コミ語を理解したロシア正教の司祭が考案したとのこと。

Photo ウラル系民族の地図を載せておきます。彼らの移動経路がよく分かります。昨日のウドムルト(旧称ヴォチャーク)の辺りがウラル民族の故地のようです。チュルク系やモンゴル系民族などに追われ、四方に散らばったようです。ジリアンと書いてある所が、コミです。

地図は、「ウラル語のはなし」(小泉保著 大学書林)より
参考図書は、他に「現代ヨーロッパの言語」(田中克彦訳 岩波新書)等

明日からは、アルタイ系の方に行きます。ヴォルガ~ウラル地域のタタール、バシキール、チュヴァシだけでなく、トゥヴァやアルタイ、独立しているアゼルバイジャンなども予定しています。

Komi song "Zil´-Z´ol´"

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2007年11月 3日 (土)

ウラル系3~ウドムルト

ロシアのウラル系、3日目はウドムルト。
タタールスタンの北に接するロシア連邦内の自治共和国で、旧称はヴォチャーク。
昨日ヴォルガ・フィン系と書きましたが、これは間違いで、北のコミと共にペルム語群というのに入ります。作曲家のチャイコフスキーは、ここウドムルトの出身。ウドムルト人ではなくロシア人のようですが。
言葉はタタール語の影響も強いようですが、以下のウドムルトの女性達の歌う民謡は、音階はロシアの歌のようです。誕生パーティーでしょうか、楽しそうですね。
次の春の祭りの方は完全にロシアそのもの。

Udmurtide laul - Udmurt song

Udmurtian Spring Fest 1

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2007年11月 2日 (金)

ウラル系2~モルドヴィン

ロシアのウラル系諸族、2回目はモルドヴィン。
ウラル系のブランチ、フィン・ウゴル語族のそのまたブランチの一つ、ヴォルガ・フィン語族に属します。東北部に繋がるマリ、その北のウドムルトやコミの各自治共和国も同じ語派。
民謡はロシアの地声コーラス(歌謡化した「ロシア民謡」ではない本当の民謡)にも似たポリフォニックなもので、広大で荒涼としたロシア平原が目に浮かびます。東部のエルジャ地方とそれ以外のモクシャ地方では言葉もかなり異なり、民謡も少なからず違ってくるようです。CDなどで知られるのはエルジャの方が多いですが、古風な特徴をとどめているのはモクシャの方らしいです。
Toorama(トオラマと発音するのだと思います)は、おそらくモルドヴィンのエルジャで最も有名な男声合唱のグループ。2曲目は同じメンバーによる器楽演奏です。左の女性は囃子係りでしょうか?w  
3本目は女性のコーラスグループの歌と踊り。かなりロシアの地声コーラスに似ています。ブルガリアン・ヴォイスをシンプルにした感じと言えば近いかもしれませんね。
TooramaのCDは96年にフィンランドのMipu Musicから出ていました。(おそらく今では入手困難) フィンランドのルーツを探るシリーズの一枚でした。

TOORAMA 1

TOORAMA 2

Erzyan folk song, Baevo

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2007年11月 1日 (木)

ウラル系1~マリ(チェレミス)

ウラル系の諸族、よく調べてみるとyoutubeも結構見つかりました。
今日は、まずマリ(旧称チェレミス)から。
バルトークとコダーイは、有名なチャールダッシュとかのジプシー音楽ではない、古い伝承のハンガリー(マジャール)の民謡と、チェレミスの民謡の類似(5音音階のメロディと5度構成の展開)から、「ハンガリー音楽のヴォルガ河流域起源説」の仮説を立てましたが、コダーイの弟子であるValogatas Vikar他の60年代の現地調査で、直接には関係がないだろうと結論付けられました。(その時の録音がハンガリーHungaroton↓から出ています。貴重な資料であることには違いありません)

ヴォルガ-カーマ地域のフィン・ウゴルとトルコ系諸族の伝統歌
http://homepage1.nifty.com/zeami/m-tor-slav.html#%83%8D%83V%83A%98A%96M

結論はどうあれ、ハンガリーもマリも、同じウラル系民族であることは確か。youtubeをお聞きいただければ分かりますが、5音音階のメロディは東洋的で、スラヴ系やヨーロッパの音楽とはかなり異なります。人々の顔立ちもヨーロッパ系ともモンゴル系ともつかない感じで、とても不思議な印象を覚えます。
マリでは、トルコ系やモンゴル系(ロシアから見れば共に韃靼人)、ロシアからも影響を受けて今のような音楽になっているのでしょうね。マリと環境の異なるハンガリーでは、ウラル系の古層を保っている面もあるのかも知れません。

以下は参考サイトです。

多言語社会としてのロシア
http://www.kmatsum.info/mari/980926/index.html
10年ほど前に代々木のロシア語教室に通っていましたが、クラスメイトから「知り合いにマリ語の研究している人がいてね。マリって言ってもアフリカのマリじゃなくて、ロシアのマリなんだよw」、と聞いたことがありました。このページはその方の発表ではないかと思われます。ヴォルガ中流域の地図や写真も出ています。マリはロシア正教化が完了しないうちにロシア革命を迎えたため,固有の土着宗教を保っているそうで、聖職者の写真もアップされています。

多民族国家ロシア 民族一覧
http://dvor.jp/nationalities.htm
ここは一覧になっていてとても便利。

 youtubeは両方とも埋め込み禁止でした。

Mari (Volga-Finnic) Dances and Music from Yoshkar-Ola 1of2
http://www.youtube.com/watch?v=McNl027LeZk

Mari (Volga-Finnic) Dances and Music from Yoshkar-Ola 2of2
http://www.youtube.com/watch?v=pqcPjg_0W6k

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