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2008年1月30日 (水)

悲しき天使

バルバラのシャンソンの洗練された素晴らしさで、もう少しフランスに長居したくなりましたが、取り合えずロシアに戻りましょう。
と言いつつ、今日の歌も一本目はフランスの歌手が歌っていますが、元はロシアの曲。日本では森山良子さんの歌などでお馴染みだと思います。下記の解説にも出ていますが、19世紀以来のジプシー・ロマンス(先日の記事参照)のカラーが出ている歌だと思います。ユダヤのクレズマー風味まであるかどうかは分かりませんが。

Vicky Leandros -Le temps des fleurs

「悲しき天使」はダニエル・ヴィダルなど沢山の歌手が歌っていましたが、このヴィッキーの歌唱もなかなか良いです。赤いブラウスはロシアのルバシカ風。この人は以下の「恋は水色」を最初に歌った人。本題からそれるので、リンクでアップしますが、この歌はポール・モーリアや森山良子の歌でお馴染みですね。ヴィッキーはギリシア系フランス人で、いかにもギリシア系の顔立ち。だからでしょうか、少し訛りがあるように聞こえます。
Vicky Leandros - L'amour est bleu

Ансамбль Российской Армии - Дорогой длинною

同曲をロシアの赤軍合唱団が歌ったビデオ。カメラワークはよくありませんが、珍しい映像です。

歌の由来がウィキペディアに出ていましたので、以下に転載しておきます。メリー・ホプキン版をリンクで入れておきました。

悲しき天使 (Those Were the Days) は、イギリスのメリー・ホプキン(Mary Hopkin)が歌ったヒット・ソング。ビルボード(Billboard)誌では、1968年11 月2日に最高位の第2位を獲得。ビルボード誌1968年年間ランキングでは第17位。原題は、直訳すると「あの頃は……の日々だった」という意味であり、歌詞の大意は、壮年期の人間が、青春時代を思い返してロマンティックに美化するというものである。したがって、日本語訳の名称は、英語歌詞の内容とは何の関係もない。
イギリスで活躍したアメリカ合衆国出身の歌手、ジーン・ラスキンの作詞作曲とされているが、正確に言えば、ロシアもしくはウクライナの歌謡曲をラスキンが編曲したものにほかならない。
より厳密に言うならば、コンスタンチン・ポドレフスキー(Konstantin Podrevsky)の詩にボリス・フォーミン(Boris Fomin, 1908年~1948年)が、クレツマーないしはジプシー音楽の様式で曲づけした歌“Дорогой длинною”(この道に沿って、この道を)にほかならない。ソビエト連邦からの亡命者によって欧米に広められるうち、いつしか作者不詳の「ロシア民謡」と呼ばれるようになり、その後1962年にラスキンが自作として発表したために、ラスキンの作品と呼ばれるようになったらしい。

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コメント

nagaimichi-kanasiki kennsi

投稿: kitagawa | 2008年7月 7日 (月) 07時31分

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