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2008年5月 7日 (水)

ゾロアスター教の話

今日はゾロアスター教エトセトラということで、興味深いエピソード(昨日と一部ダブりあり。既にかなり有名だとは思いますが)と、ビデオは聖典アヴェスターの朗唱、ドイツのドキュメンタリー番組という内容です。ドキュメンタリーは、ゾロアスター教とイスラームが共存するヤズドを紹介する番組のようです。秀逸な番組ですが39分を越えますので、お時間のある方はどうぞ。

 ゾロアスター教は、キリスト教や仏教へ大きな影響を与えたとみられていますが、ではミトラ教とかゾロアスター教、その後を受けて出てきたマニ教とかがキリスト教の代わりに世界宗教になっていたら。。。どうなっていたのでしょう。これは大きな大きな歴史のロマンです。
 民族宗教のゾロアスター教とグノーシス的なマニ教の場合は可能性は低いでしょうが、ミトラ教などは可能性がない訳ではなかったのでは。ローマ帝国にもかなりの信徒がいたとみられています。また興味深いことに、古代キリスト教の神学者アウグスティヌスは、改宗前はマニ教に入信している時期もあったようです。マニ教は、ユダヤ教、キリスト教、ゾロアスター教、仏教、グノーシス主義の影響の下、ササン朝ペルシア(現在はイラク領内)に生まれた宗教。白蓮教など形を変えて近世まで中国にも残存していたようです。
    西洋ではニーチェのツァラトストラで突然出てきたように思われ勝ちかも知れませんが、モーツァルトのオペラ「魔笛」に出てくるザラストロもゾロアスターのことですし(こちらはフリーメーソン関係)、新約聖書の「東方の三博士」以来、東方の賢者に一目置く伝統は地下水脈としてあったのでしょう。
    お盆の正式名称「盂蘭盆」も、古代ペルシア語?のurvan(霊魂)から来ている説が有力だそうで、それがインドのサンスクリットを通して日本にも入ってきたと。しかも大文字焼きのように火を祭りますし。偶然とは思えません。東大寺二月堂の修二会(しゅにえ)との関連性を唱える学者もいるようです。

とにかくイランは、東西のルーツが音楽だけでなく色々と見つかる国です。

余談ですが、7世紀のイスラーム勢力のイランへの侵入から逃れたゾロアスター教徒の末裔は、インドではパールシー(明らかに「ペルシア」の意味の「ファールスィー」に由来している言葉)と呼ばれますが、パールシーで有名な人は、指揮者のズビン・メータ、クイーンの歌手フレディ・マーキュリー(英領時代のザンジバル生まれ)がいます。メータがリヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」をよく演奏するのは、実に似つかわしいと言えるのかも知れません^^

Zoroastrier & Islam - Yazd, zwischen Licht & Dunkelheit

Avesta - Yasna 27.15 - in Gathic

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