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2008年8月

2008年8月31日 (日)

依克木艾山作曲の旋回舞踊

21日の一本目にアップしたお碗を頭上に載せて踊るダンス、曲が若干通俗的かなと思いつつも、中華風味と中央アジア風味のブレンド具合にすっかり魅了されまして、その別バージョンが見つかりましたので、今日はそれをアップ。
曲は同じですが、衣装が黄色に変っているのと、振り付けも少し違うと思います。依克木艾山という作曲者名、先日リンクしたYuighur.comのユイさんにお聞きしたところ、「イクム・アイシャン」と書かれているそうで、演じているのは、新疆芸術歌舞団の面々なので、この歌舞団か芸術学院所属のウイグル人作曲家なのでは?とのことでした。こういうモダンなタッチの伝統舞踊はかなり多いようです。

Chine ussuli

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2008年8月30日 (土)

ウイグルのポップスとアニメ

ちょっとポップスやアニメも見てみましょう。こうした親しみやすい側面にも、ウイグルの国民性がよく出ているだろうと思います。
1本目はノスタルジックな歌に乗せてウイグル(東トルキスタン)の人と歴史を振り返るような一本。ポップスというより演歌的な歌のように聞こえますが、いい曲ですね~。写真がどれも印象的で良いです。
2本目(2ishek  埋め込み禁止でした)はウイグル語によるアニメですが、作画や動きが日本や欧米のものと雰囲気が違っていて面白いです。童話ではその国の言葉が綺麗に響くように思いますが、ここでもウイグル語が美しく響いています。こういう子供向けカートゥーンのバックにもタンブールのムカム演奏が^^ この流麗な独奏は、チョン・ナグマでは。 こき使われたロバは死んでしまったのでしょうか (ToT)  明るいタンブールの音色が、透き通った悲しみを際立たせます。

East Turkestan

2 ishek (埋め込み禁止)

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2008年8月29日 (金)

ホータンの音楽

今日のゲリラ豪雨は凄かったですね。しっかり今治にも午後9時前後に来ました。1時間に45mbだったようで、前の用水路が少し溢れていました。ちょうど出なければならず、帰ったら落雷のため一時停電したようで、PCが再起動状態でした f(^^;  被害に会われた方、いらっしゃいましたら、お見舞い申し上げます。まだまだ気が抜けないようですので、皆さん気をつけましょう。

さて、ウイグルはそろそろ切り上げる予定でしたが、今日上げたホータンのビデオが見つかったり、他にもまだ色々マストな内容のものが出てきそうですので、もう少し廻るかも知れません^^
前に「ウイグルのトランス・ミュージック」というタイトルでアップしましたが、あのビデオがホータンの楽士によるものだったようです。今日のビデオでも同じような帽子を被っているし、まずリズムが似ています。ダプを叩きながら歌われる歌はどこかからからに乾燥していて、ウルムチやカシュガルの音楽とも大分印象が違います。上記3都市の中では一番チベット寄りの天山南道の町ですが、チベット風な部分は微塵もなく、音楽の印象は完全に中央アジア。ホータン独自の12ムカムも見つかったらアップします。(それともこれらは既にメシュレプの一種でしょうか?)

Hotan Kuyliri

Uyghur Dutar Songs from Hotan: Part 1

ホータンの楽士のドゥタール弾き語り。これはちょっとアルタイやトゥヴァにも似て聞こえます。 Something a bit more traditional for Rouzijie (Eid ul-Fitr), the festival at the end of Ramadan. This clip features a traditional-style song from Hotan in the Xinjiang Uyghur Autonomous Region, only using a dutar (two-stringed guitar) and wooden spoons for rhythym.

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2008年8月28日 (木)

クルドのマジュヌーニー旋法

突然ですが、一日イランのクルド音楽に戻ります。
3月末にアップしたタンブールの名手、アリレザー・フェイゼバシプール氏の以下の演奏ですが、ナーゼリーが2006年の日本ライヴで披露したマジュヌーニー旋法(クルド・マカームの一つ)らしいということが判明しました。演奏はMajnooniからTarze Rostam(?)への移動ではないかとのこと。マイミクのりーずさんからの情報で、「あ~やっぱりそうだったか!」と膝を打ちまして、この件、是非ブログに書いておこうと思いました。
クルド・タンブール特有の右手のアップストローク、微妙な間の取り方など、このタンブール・ソロはとにかく凄いです。2本目も一度アップしたものですが、ナーゼリーのマジュヌーニー旋法(おそらく仏Buda音源)の歌唱で、「ライラとマジュヌーン」らしき独特な絵が印象的。勿論バックのタンブールはバシプールさんです。
しかし来日時の演奏は、冒頭の日没、マジュヌーニー、ビジャンの再生を仏Buda盤より拡大して演奏していて、その代わりロスタム~ジェロシャーヒー以下はカットされていました。後半の展開も出来たら聞きたかったものですが、前半のマジュヌーニーなどの緊迫感溢れる演奏は、仏Buda盤以上の素晴らしさでした。後半のカットは何か意図があったのか、ただ時間がなかっただけなのか、今となっては分かりませんが^^  サハリー旋法も仏Buda盤にはない曲で、マジュヌーニーとの境目が微妙ですが、ビジャンの再生に至る前奏のようにも聞こえます。

Tanbour Alireza Feyz Bashipoor

Shahram Nazeri- Maghaame Majnooni, Moye bar marge Leili

☆以下は、シャハラーム・ナーゼリーの芸術(キングレコードWorld Roots Music Libraryの一枚)のライナーノーツ拙稿からの抜粋

 クルド人は古代のメディア王国(BC708-550に存在したイラン史で一番古い王朝)の建設者だったメディア人の末裔と言われているだけあって、その音楽もとても古い伝承を残している。主にクルド・マカームで用いられるタンブールは、中東の最も古い弦楽器の一つと言われ、クルドでは「神聖な楽器」とみなされている。直接には近世のカージャール朝(18~20世紀初頭)の宮廷音楽がルーツのペルシア古典音楽よりも古く、言わば「イラン音楽の古層」を覗かせているとも考えられるのがイランのクルド音楽。特にヤルサン(あるいはアフレハック Ahl-e Haqq)と言われるクルドの宗教は、イスラーム以前(更に言えば3~7世紀のササン朝期以前という説も有り)の古代ペルシアの信仰に起源があるとも言われ、クルディスタン人口の3~10%いるという推計もある。古代ペルシアの信仰にルーツがあるとは言っても、勿論イスラームと全く関係がない訳ではなく、イスラーム神秘主義(スーフィズム)の中に、古代において大流行した新プラトン主義やグノーシス思想、更にはキリスト教や仏教の影響までが見えるように、ヤルサンの何かがスーフィズム自体に流れ込んでいる(あるいはその逆も)部分もあるのではと考えられる。

●「クルドのシャーナーメ」について
Nazeriwrml  2006年のナーゼリー来日公演のプログラム1部(左のCDの 1~4曲目)は、ヤルサン(アフレハック)の宗教儀礼音楽をベースに、アリー・レザー・フェイゼバシプールが作曲したもの。オリジナルアルバムは、 2001年にフランスのBudaレーベルからMythical Chant(神話の歌)としてリリース(左下)。同内容のイラン盤ではAvaz-e-Asatir Shahnameh Kurdi(アサティールの歌 - クルドのシャーナーメ)となっていたが、アサティールと言うのが 「神話」に当たるアラビア語起源のペルシア語の言葉。この曲の場合 「神話」とはシャーナーメ(王書)や「ライラとマジュヌーン」を指していて、その形態の全体が「クルドのシャーナーメ」と呼ばれている。ヤルサン独自ではないが、クルド・マカームの中ではこの2つがイランの歴史のシンボルとして頻繁にテーマとして登場する。
 中東版のロミオとジュリエットと言われたりもする悲恋物語『ライラとマジュヌーン』は、アラブの伝説をもとに、12世紀の詩人ニザーミーが著したペルシア語のロマンス叙事詩がよく知られるが、この曲の場合「ライラとマジュヌーン」は愛の象徴として入れられていて、ニザーミーの作品と直接関係はない。イラン中の都市や各地域にそれぞれの「ライラとマジュヌーン」の物語があり、その中でニザーミがまとめたものが特に有名になっている、ということに過ぎない。

2)マジュヌーニー旋法
恋人ライラの死を嘆くマジュヌーンを愛の象徴として歌い上げたもの。

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2008年8月27日 (水)

タジク族のポップス&ラワプ

今日はウイグル西部に戻って、タジク族のポップスと、アフガニスタンのバルフと関係があるのかと思わせるような男女のポップス、ウイグルの代表的な弦楽器の一つ、ラワプ(ラワープとも)の独奏。周辺民族の歴史と複雑に絡み合ったウイグル文化の面白さを感じさせる興味深いビデオが次々見つかります^^

Tajik In china jura jon

ちょっと音は割れていますが。この女性歌手はタジキスタン側の歌手かも知れません。

Balkh ma

バルフというのは4月の末頃に出てきましたが、アフガニスタン北部の古都で、ゾロアスター教発祥の地として知られています。バルフはイラン系のタジク族の地ですが、ウイグル側のタジク族もバルフのことを歌うことがある、ということでしょうか。この辺りは、古代に一時期バクトリアとして知られていた場所。コメントにAncient people of Balkh ( Bactria ) were Indo-Europeans, not Altic like these. と反論が見られますが、アルタイ系(そのまたブランチのトルコ系)のウイグル人がバルフを歌うこともある、ということでしょうか?? しかし、ウシュクダラっぽい、なかなかいい歌です。ラワプの流麗なソロも良いです。

urmchi muqam uyghur

こちらはそのラワプのソロ。北疆にあるウイグルの首都ウルムチの名手によるムカム演奏です。ドゥタールは勿論、タンブールよりも音は小さそうですが、独特な共鳴音が魅力の楽器で、これら3つは本当に個性豊かです。ラワプの親戚楽器はウズベクやタジクにもあります。ラワプは蛇の皮を貼っているからでしょうか、沖縄の三線に音が似ています。

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2008年8月26日 (火)

花儿为什么这样红 +ソーラク・シェースチの日に鎮火

今日でсорок шесть(ソーラク・シェースチ)、四捨五入すると何とпятьдесят(ピッヂッスャット)! (露和辞典で意味が分かりますw)
晩夏のため大気が不安定な時期で、小さい頃には近くに雷が落ち、真っ暗の中でCakeに火を付けたことがありました(笑)。そして今日も伊予では雨模様。しかし笠松山の山火事も、これでようやく消えたようです。54日続いたカラッカラの真夏日も今日で一段落、正に恵みの雨ですrain
消失面積は107ヘクタールで、東京ドーム23個分にもなったようです。景観は変わってしまったと思いますが、人的被害が出なくて何よりでした。

さて、中国の「西域観」が垣間見えるような一本を昨日アップしましたが、もう少し辿っておきたいと思います。哀切でエキゾチックな昨日の主題歌「花儿为什么这样红」は、中国でかなり流行した歌らしく、クリップが結構見つかります。中国歌謡史においてどんな位置にある歌なのか、ますます知りたくなりました。

花儿为什么这样红?--Why are All the Flowers so Red ?

英語での歌唱。

花儿为什么这样红/付笛声;任静

若手歌手のカヴァーでしょうか。中国語の字幕で、多少は意味が分かるかも。

why the flowers are so red? 為什麽花兒這樣紅?

香港のジャズ・プレイヤーによる演奏。香港長笛色士風演奏家張智勇用中國笛子來嘗試演奏爵士樂。 採用了中國的傳統民歌來加以即興發揮。如有任何評價,歡迎

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2008年8月25日 (月)

中国のタジク人

五輪も終わって、ほんとに火が消えたようですね^^  笠松山の火事は、全国ニュースでも流れていましたが、明日は雨が降るようですし、徐々に鎮火に向かうのではと思います。ただ消化水が足りないようで、海水を使っているようなので、塩分を含んだ土壌からは今後青々した松が再生することはないかも知れません。今治の南のシンボルが変容してしまうのは、何か悲しい思いです。

そろそろウイグルを後にして、ウズベクに行こうと思いましたが、トゥーランドットがらみで興味深いクリップが見つかりました。ウイグルの西部にもいるイラン系のタジク人ですが、今日の中国の映画に主役でタジク族の俳優が出ているようです。中国語が全く分からないので、詳細は不明ですが、映画のタイトルはWhy are the Flowers Blooming So Red(「なぜその花はそんなに赤く咲くの」でしょうか? 中国語では花儿为什么这样红のようです)で、主題歌であるタジク民謡が重要なモチーフになっているようです。45年前のオリジナル映画~2006年のTVリメイク版~同年のミュージカル版~オリジナルのタジク民謡という構成。主題歌がしみじみとエキゾチックで、なかなかに良い歌です。それが中国の風景の中で聞こえると、何とも不思議な感じを覚えます。中国とタジク、日本にあてはめてみると、アイヌとの関係に近いのかなぁなどと想像してみたりもします。もしこの映画のこと、お分かりの方がいらっしゃいましたら、コメントをお待ちしております m(_ _)m
トゥーランドットのような話しは、考えてみれば唐から元の前位まではありうるのではと思います。西国からペルシア人、アラブ人などが頻繁に中国に渡来していた訳ですから。宗教でも、仏教やイスラームだけでなく、マニ教(摩尼教)、ネストリウス派キリスト教(景教)、ゾロアスター教(祆教)などが中国に伝わり、長安などで盛んでした。しかし現在では仏教とイスラーム以外はほとんど全て消滅し、本来の宗教儀礼は忘れられたようですが、中華風にリフォームされたそれぞれの寺院がいくらか存在するようです。福建の泉州には仏教寺院化した元マニ教寺院があるそうです。まだまだそんなサプライズが中国には色々潜んでそうな気がします。

 以下ゾロアスター教の場合の一例(ウィキペディアより)

「唐代から元代にかけて対外貿易港だった福建省泉州市の郊外には波斯荘という村があり、現在でもペルシャ人の子孫たちが暮らしている。彼らは回族としてイスラム教を信仰しているが、宗教儀式の中にゾロアスター教の名残が見られるという。」

Tajik/Chinese Song - Why are the Flowers Blooming So Red

1 - movie version (1963)
2 - tv version (2006)
3 - musical opera (2005)
4 - original song (2006)

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2008年8月24日 (日)

トゥーランドットとトゥラン + 山火事

遅れて盛り上がった北京オリンピックもいよいよ今日で終わり。今TVでは閉会式をやっています。体操やバレーでは世界の高い壁を実感しましたが、ラストは欽ちゃん走り状態でも100m世界新を作ってしまったジャマイカの怪物ウサイン・ポルトの快挙、イシンバエワの世界記録更新、400mリレーでの記念すべき日本初の銅メダル、北島選手の二冠など、見所も多い大会でした。実は、ちら見しつつこのブログも書いておりましたf(^^;  とりあえずは無事終わって何よりでした。
Photo 愛媛では先月3日の梅雨明け以来、つい数日前までほとんど毎日35度前後という猛暑でしたが、お盆を過ぎてようやく31度くらいで止まる日が続いています。そんな去り行く夏を感じる晩夏の今日、笠松山という地元の350m程の山で大規模な山火事が発生。今治から見ると火山のような形に見えるので、まるで噴煙が出ているかのようでした。まともな道のない山なので、燃えきってしまうしかないのでは、と思います。麓の民家への延焼だけは避けなければいけませんので、消防車がひっきりなしに出動していました。数日後には笠●山になってしまっているのでしょうか。中学の時に友人と登山した思い出深い山なので、寂しい思いで一杯です。頂上辺りは木の根っこを伝いながら登るしかないような大変な山ですが、頂上には神社があって、文化財などがあったら燃えてしまうのでは、と心配です。

さて今日のタイトル、トゥーランドット(Turandot)は、荒川静香さんのスケートで一躍有名になったプッチーニのオペラですが、元はカルロ・ゴッツィというイタリアの劇作家が書いたコメディア・デラルテで、プッチーニ以外にもブゾーニなど、何人かの同名曲が知られています。舞台は北京ですが、「誰も寝てはならぬ」を歌うカラフはティムールの息子という設定、トゥーランドット姫の名のトゥランというのは元々ウイグルやウズベクなどの中央アジアのトルコ族全般を指す言葉ですので、中国なのに何とも中央アジア色が豊かな人物が主役になっています。これは「謎かけ姫物語」のルーツがペルシア(ニザーミーの「七王妃物語」)にあるから、でしょうか。その為か中国では、西洋による中国蔑視の象徴的作品として長らく演奏されなかったようですが、タブー視の薄れてきた98年にインドのパールシーの末裔ズービン・メータが中国初演したそうで、これもとても面白い事実です。ブゾーニの「トゥーランドット」全曲盤(廃盤 オットー・アッカーマン指揮)というのも出ていましたが、グランド・オペラらしいシリアスなプッチーニ作に比べ、コメディア・デラルテ(仮面の道化劇)の面を強調した大ケッサク・オペラでしたw  
今日の3本は、プッチーニの「トゥーランドット」から、不世出の名ソプラノ歌手、マリア・カラスの名唱を2本(トゥーランドットとリューの対照的なアリア2曲)と、トゥランの地の団結を呼びかけるかのような歌を一本。おそらくトルコのアシュク(吟遊詩人)系の歌謡でしょう。

Maria Callas "Signore ascolta" Turandot 1954

「お聞き下さい、王子様」Signore, ascolta ―― リューのアリア(第1幕)

Maria Callas "In questa reggia" Turandot 1954

「この宮殿の中で」In questa Reggia ―― トゥーランドットのアリア(第2幕)

Turan

トゥランの地の栄光の歴史をアシュクの歌に乗せて。

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2008年8月23日 (土)

ドランのムカム

一昨日舞踊をアップしたドラン(解説にDolan Mukam in Turpanとありますので、場所は南疆ではなくトゥルファンのある北疆の東寄りでしょうか?)のムカム映像が見つかりました。枠太鼓のダプを多用するようで、3人の歌い手が叩きながら歌っているのが、まず特徴的です。サタールの棹は短いですね。いや、これはケマンチェでしょうか。琴のように弾いているクァルーン(コーヌーン)は、音の揺れが面白い楽器ですが、youtubeでは音が拾い切れてないようです。全体に、典雅なウイグルの12ムカムのイメージとはかなり異なる、土着的な語り物のような印象を受けます。メンバーの面立ちから、モンゴル系起源らしいというのも分かるような気がします。
対比のために、前にアップしたビデオとダブる内容ですが、4本目に12ムカムを確立した立役者の一人アマン・ニサハーンの伝記映画(このウイグル・シリーズの最初の方でアップしました)の映像を上げておきます。こちらは典雅なウイグル王宮の音楽を再現した内容ですから、特にドラン・ムカムとは対照的です。

Dolan Mukam 003

Dolan Mukam004

Dolan Mukam006

12 mukam

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2008年8月22日 (金)

仏教時代とイスラム期の舞踊

7日の記事中心に何度か書きましたが、ウイグルは古代においては仏教、少し下って一時期マニ教、その後再度仏教が国教的な位置にありましたが、モンゴル帝国の支配後はイスラーム一色に塗り変わって現在に至っています。それぞれの時期の舞踊というのも当然あったはずで、しかしそれらは壁画や文献などからの想像の域は出ないものだとは思いますが、何とyoutubeにそういう古い時代の舞踊を蘇演したものがありましたので、今日はそれをアップしておきます。さすがにマニ教時代の舞踊というのはありませんでしたが、とても興味深い2本です。英文はyoutubeビデオの解説。

仏教時代の方は3世紀頃ということなので、正にクマーラジーヴァ(鳩摩羅什)の頃。天女の舞をイメージしてしまいました^^ イスラームの方も10世紀というのは、イスラーム伝来最初期の頃ではと思います。
余談ですが、ペルシアで生まれたマニ教の国教化というのも、仏教時代の土壌があってのことでしょうね。その流れが中国の浄土教へ影響したのでは(当然間接的に日本の浄土系思想にも)、とか検証の価値ありだと思いますが・・。 私が知らないだけで、もしかしたら既に研究が進んでいたりするのでしょうか。

Ancient Uyghur Dance ( Buddhist period)

This dance was choreographed according to the wall paintings made by buddhist Uyghurs in around 3rd century, so this Uyghur dance is almost the same with the Uyghur dance in that times which is a period when buddhism was flourished among Uyghurs.
Dance by Dilnar Abdulla (2004 WCO World peace award winner)

Ancient Uyghur Dance ( Islamic period)

Uyghur dance in 10th century or later.(Tursunay Ibrahimjan)

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2008年8月21日 (木)

ウイグル舞踊傑作選

そろそろ次に行こうかと思っていますが、次から次に面白いビデオが出てきて、ウイグルから離れられませんf(^^;  選ぶのに困るほどです。タクラマカン沙漠がちょうど日本と同じ面積で、ウイグル全土だと4,5倍ありますから、音楽や舞踊の種類やヴァリエーションも非常に豊富なのだろうと容易に想像はつきます。90年代以降は12ムカム演奏の団体も結成されるし、今日のような色々な舞踊団が出てくるし、非常に活性化しているようですね。 
ウイグルの伝統美をしっかり保持した上で、コンテンポラリーな要素も盛り込み、素晴らしく洗練されたステージを見せてくれます。客席の若者がとても楽しんでいるのがよく分かります。もっとウイグルの外にも知られるべきだと思いますが、いかがでしょうか。

International Art Festival Golden Cup winner Uyghur dance

冒頭のケマンチェの泣きの音色から、碗を頭上に乗せての旋回舞踊まで、幾分通俗的な曲調ではありますが、美しいステージに目が釘付け f(^^;  This is a traditional Uyghur dance called Chine usuli(Bowl dance),the golden cup winner of the International art festival held in South korea.Also, the golden cup winner of the HeHuaJiang dance competition of China.(you can know this from the subtitles if u can read chinese). At the end,dancers pour out water from the last bowl,the bowls stay on their head without using anything, it just requires to practice.

Uyghur dance

歌や太鼓のリズムの感じは、典型的な胡旋舞のイメージ。12ムカムから、隣国ウズベクのシャシュマカームの歌唱までも想起させるコブシの豊かな素晴らしい歌声。シャシュマカームには後数日でしっかり廻る予定です。

Uyghur dance: Dolan meshripi (CCTV dance competition)

これはドランの舞踊のようですが、音は結構コンテンポラリーなアレンジながら素晴らしいステージで、所作の中には、東欧ユダヤ(アシュケナジーム)の踊りに似た部分があるのが興味深いです。ドランの場所は南疆でしょうか? 独自のムカムを持ち、ルーツはモンゴル系とも言われる少数民族。 This dance was the most acclaimed performance among the competition's 120 performances which includes various folk dance,hip-hop,ballet,latin...dances,so it got one of ten best performance and second place award.Last year,the golden cup was given to the Uyghur dance Dolanliqlar,again this year(April,2007) the only Uyghur dance is the best performance!!!

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2008年8月20日 (水)

『若い王子と王女』 シェヘラザードから

昨日ウイグルのHushtarのリンクの中に、非常にビックリした一本がありました。Hushtarの古形Qushtar(鶯の弦)の「ウグイス」でペルシアに繋がったのだろうと思います。イラン関係になりますが、ちょっと一日寄り道します^^  

演奏されているのは、ロシア19世紀の作曲家リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェヘラザード」の第3楽章です。アラビアン・ナイト(千一夜物語)の中のロマンティックな部分をそのまま曲にしたような名曲で、確か何かのCM(浴槽?)にも使われていたと思います。これ程、エキゾチックさと甘美さが同居した旋律も珍しいと思います。日本の童謡名曲「月の沙漠」的なイメージをロシア人が曲にすると、こういう感じになるという、ピッタシカンカン(ちょっと古いかもf(^^;)な曲のようにも思えます。

その曲を、何とヒジャーブを被ったイランのレディース・オーケストラと合唱が演奏しています。演奏の上手い下手ではありません。これは凄いクリップだと思います!w  大分前にCDでもイランのオーケストラがシェヘラザードを演奏している盤があって、ウルドゥー語&ペルシア語がご専門のW大学のM先生と盛り上がったものでした。その白眉の部分のビデオの登場ということで、少々興奮気味ですが w f(^^;  

余談ですが、この第3楽章の中間部はイランの8分の6拍子の伝統舞曲レングのリズムになっています。そこではタールやサントゥールも加わっています。ケテルビーの「ペルシアの市場にて」の中間部が、実際は中国風だったのとは大違いで、さすがペルシアと接するロシアの作曲家による曲だなぁと感心します。この辺のことは、13年前の雑誌エトセトラへの拙稿でも書きました。

shahrzad symphony by ashraf orchestra

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2008年8月19日 (火)

ウイグルの弦楽四重奏

何日か前にウイグル風に変化したヴァイオリンやチェロがある云々書きましたが、女性の四重奏団映像が見つかりました。この弦楽器は大中小問わずHushtarと言うようです。発音はフシュタルでしょうか。左2本がヴァイオリン型、その右がヴィオラ型、一番右がチェロ型のHushtarのようです。ヴィオラ・ダ・ガンバやコントラバスのようなヴィオール族風の、なで肩に特徴があります。高音の方は胡弓式に立てて弓奏。低弦は西洋のチェロ式と同じです。
ビデオの解説によると、この楽器がウイグルで開発された時には、まだ西洋のヴァイオリンはウイグルでは存在しなかったそうです。これは驚くべきポイントだと思いましたが、ヴァイオリンのルーツがトルコ族の楽器にあると音楽学者が唱える根拠になっているようです。

この楽器、元の名前はQushtarだそうですが、QushとはBird, TarとはString.の意味で、これは鶯を象った糸巻き部分に由来するようです。一方現在のHushとはPleasantやJoyfulの意味だそうで、言葉遊びのようなちょっとした音の変化でしょうか、「鳥」が「楽しい」に置き換わったようです happy01 
後ろの楽器は左がQalun, 右がTembur(タンブール、または長母音を入れずタンブルとも), 真ん中のフレームドラムはDapです。10世紀頃生まれたと言われるQalunは、いかにもアラブやトルコのQanunに似た名前ですが、中世イランのチャングという竪琴の流れを引く楽器だと、どこかで読んだ覚えがあります。サントゥールの流れを汲む打弦楽器の中国の揚琴(ヤンチン)とは別系統だと思います。
ここで演奏されている曲はウイグルの伝統的なものではなく、コンテンポラリーなエスニック・サウンドとでも言うのでしょうか。“ウイグル女子四楽坊”とでも形容するとイメージ的にピッタリかも happy01
前にアップした12ムカムの楽団にもHushtarが入っていましたが、この楽器のアンサンブルが入ると、ウイグル・オーケストラとでも言えそうな、華やかな響きになります。

Instrumental Uyghur Music ( Hushtar, Qalun, Tembur, Dap)

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2008年8月18日 (月)

ウイグルのタジク音楽

昨日の一本目の「中国の反対側の端」のビデオについて、お二人からコメントいただきまして(コメント自体は昨日の記事を見ていただければと思いますが)、やはりウイグルのタジク色の強い音楽、またはもっと一般的なウイグルの踊りの歌のどちらかだろうということが分かりました。カシュガルではなく、天山南道の町ホータンの歌だそうですが、天山北道のクチャの西にあるアクス辺りでも親しまれているリズムだそうです。タクラマカン周辺の天山南路(註)だけの音楽なのかどうか、そこまでは明確ではありませんが、やはり12ムカム系の音楽ではないように思います。しかし、昨日はウイグル人ではないのでは?とまで疑ってしまいまして・・・。 m(_ _)m  
ウイグルも南の方では身に付けるものの雰囲気が変ってくるようです。タジクの影響に比例して、人々の顔立ちもアーリア(イラン)系の、より濃い顔になってくるようです。昨日の一本目が本当にトランス音楽かどうかは分かりませんが、タジキスタン東部バダフシャン地方のトランス色が強いスーフィー音楽に似ている感じも確かにあります。

今日はタシコルガン辺りのタジク音楽を2本。1本目はクリッタさんから教えていただいたビデオ。これはバダフシャンの音楽に酷似しています。2本目は中国の竹笛による演奏ですが、この辺りの音楽の特徴をよく出していると思います。ビデオの解説が漢字なので余計に、人々の衣装や音楽に独特なエキゾチズムを感じてしまいます。舞踊は数日前にもアップしましたが、あれもタシコルガンでした。タシコルガンはカシュガルから250kmほど南下した所にあるパミール山中の町で、タジキスタンとの国境のすぐ近く。更に250km余りパミールを越えて南下すると、カシミール地方の秘境ギルギットが近くなります。この辺りは本当に面白い所です。

註) ちょっとややこしいので註を入れました。 以下の引用ページ 
かつてのシルクロードは三本あったとされている。天山山脈の北側にあったのが 「天山北路」、同山脈の南側を通っていたのが「天山南路(北道)」、タリム盆地の南端を通っていたのが「天山南路(南道)」。ウルムチは天山北路の沿線 に、トルファンは天山南路(北道)の沿線に、タリム盆地の最西端にあるカシュガルは天山南路(北道)と天山南路(南道)の合流点にそれぞれ位置していた。

Taxkorgan Tajik folk music

Tajik Music - Spring In The Pamirs

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2008年8月17日 (日)

カシュガルのトランス・ミュージック?

今日の1本目は大分前に誰かに教わって見たものですが、偶然遭遇、久々に見直しました。これは12ムカムのレパートリーとは関係がないもの、のような気がします。沙漠で歌っているのに、やけに音響が良くて、ビデオの計算された演出ぶり。トルコ帽のような被り物。ウイグル版の3ムスタファズ3か?w  楽器は真ん中が前に出てきたドゥタール、枠太鼓はダフ(ダプか?)。
一方2、3本目は12ムカムの要素や、中華(モンゴル?)風味も感じられるトリオ演奏。Dilshat Rahidinがドゥタール弾き語り、右が超長棹のタンブール、左はケマンチェ。Dilshat Rahidinは有名な語り部のようです。何となく北疆(ウルムチ辺り)かなぁという印象。これは紛れも無い本物の新疆の民謡演奏でしょう。こうして並べると、1本目はやはり特殊な音楽に思えます。ウイグルというより、音階的にもアフガンやパミールの音楽の方に似てるようにも思いますが。演奏者もウイグル人ではないかも。 
それから、トルコ語(ウイグル語)に詳しい方、Hajajimの意味がお分かりでしたら、是非コメントをお待ちしております m(_ _)m

Hajajim Uyghur Music Video

Kasghar's Hajajim lures you into a dutar trance in this new video. The editing might be a little boring, but the singing is fantastic.

Dilshat Rahidin - Uyghur Classic music

Dilshat Rahidin

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2008年8月16日 (土)

西域の卒業式?

昨日は今治西高校の同窓会でした。懐かしい面々との再会、同級生だけど初めて話す人、先生も◎十年の年月を越えて(正確に言うと年がばれますのでw)お元気そうで、本当に嬉しく思いました。とても楽しい時間でした。
今日のビデオはウイグルの卒業式、でしょうか。昨日の光景を思い出してしまいましたので、今日はこれにしました。中大オーケストラの合宿では終わりに寮歌の「惜別の歌」(詩は島崎藤村)を歌って、ついほろりなりそうなこともありましたが、今治は何というか南国のドライさでしょうか。湿っぽくは決してならないですね^^  
一方この映像で見る限り、からからに乾燥しているウイグルですが、結構ウェットな一面も。しかし、よく見るとイスラム圏なのにビールらしき飲み物が出ていますが f(^^;

Sawaqdash Uyghur Music

惜別の歌

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2008年8月15日 (金)

クチャの鳩摩羅什

お盆ですので、早めのアップ^^
ウイグルで仏教関連のビデオ、想像がつきにくいかも知れませんが、ありました。7日に書きましたが、ウイグルは元朝以降にイスラム化するまでは仏教やマニ教が盛んだった土地。昨日4世紀の訳経僧、鳩摩羅什(くまらじゅう)の名が出ましたので、youtubeを調べてみました。1本目は中国で製作されたビデオ。彼の訳書がずらりと並んでいます。2本目はクチャのキジル千仏洞のビデオで、「考える人」のような黒い銅像が鳩摩羅什坐像。3世紀から8世紀末に作られた石窟で、ここは西域の仏教芸術の宝庫です。
ウィキペディアを見ていただければ分かりますが、この人は般若心経や法華経、阿弥陀経などの仏典のサンスクリット原典を漢訳して中国に伝えた人。彼の訳は羅什訳として最重要視されてきました。彼は亀茲国(現在のクチャ周辺)生まれのインド系の人でした。鳩摩羅什と玄奘(三蔵法師)の二人は二代訳聖と言われ、もし彼らがいなかったら日本に伝わった仏教も全く違うものになっていたのかも知れません。
トルコ系のウイグル人が北からやってくる前の古代の新疆の地は、インド・イラン系の人々が中心でしたが、当時は仏教が盛んでした。鳩摩羅什の頃には胡旋舞の原型のようなものがあったようですが、昨日の「楼蘭の美女」の頃は仏教が興る遥か前。当時の宗教や言葉、音楽や踊りはどんなだったのでしょうか。

鳩摩羅什的貢獻

Silk Road Xinjiang Baicheng Kezil Grottoes 新疆拜城克孜尔千佛洞

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2008年8月14日 (木)

楼蘭の美女

サハラに次ぐ面積を有する大きな砂漠、タクラマカンとは、ウイグル語で「入ると出られない」という意味だそうで、昨日のカシュガルはタクラマカンの西の端でしたが、楼蘭は東の端にあった古代都市。楼蘭王国の都でもあり、彷徨える湖として有名なロプノール湖(現在は消滅)の西岸にあったと推定されています。
ここで1980年に女性のミイラが見つかりましたが、その内の一体でしょうか、2004年に生前の姿が再現製作され(今日のビデオに出てきます)、インド・イラン系の彫りの深い顔立ちの女性だったらしいというのが話題になりました。そのミイラは紀元前19世紀(約3800年前)に埋葬されたと推定されているようで、楼蘭王国というのが何とそんな大昔からあったことも考えられるようです。中国の歴史で言うなら、殷より前のの時代。最近正確な年代を知って、非常に驚いた次第です^^  しかし、時空を超えて美しい面立ちを見せる木乃伊の表情は、余りに印象的。

7日の当ブログで書きましたが、モンゴル高原にいたウイグル族がキルギスに敗れて天山を下り(8世紀頃でしょうか)、現在の新疆ウイグルの地に入ってから徐々にテュルク(トルコ)化が進む訳ですが、その前の現在のウイグルの地はインド・イラン系(アーリア系)民族の土地でした。法華経などのインドの仏典を漢訳して中国に伝えた4世紀の鳩摩羅什(クマーラジーヴァ)も、亀茲国(現在のクチャの辺り)生まれのインド系の人でした。
話しは飛躍しますが、西にはイラン系のソグドがいて、トルコ化された元の民族はアーリア系というのは(支配民族であったトルコ系ウイグルとの比率がどの位だったのでしょうか? これも知りたいポイント)、音楽にも何がしか影響があったのではと思ったりもしますが、16~18世紀に12ムカムが成立する以前の音楽状況を知ることは、現在ではかなり難しいようです。ウイグル音楽の精華である12ムカムを詳細に調べる、古代ウイグル語文献まで当たってみる、などすれば手がかりが見つかるかも知れませんが f(^^;

さて、今日のビデオは、その「楼蘭の美女」を初め、興味深い古代の祭壇の映像、この地で45回以上も繰り返された中国の核実験に関する映像が収められています。祭壇が楼蘭王国にまで遡るものかどうかは不明ですが。英文ですが祭壇の詳細は以下の通り。バックの歌はロプノール辺りの現在のウイグルの民謡のようです。トルコ化されても、現在のウイグル人の容貌には元のインド・イラン系の面影がはっきり残っています。

what you see at 1:27 is the ancient altar which consisted of 1 sun in the middle and 8 stars around it.
8 stars:
1:32 - symbol of disease
1:36 - symbol of flood
1:40 - symbol of breeding
1:44 - symbol of fish
the others are symbol of ancestors, peace, marriage, wind/gale.
1:56 is the wall painting in a tomb.

Uyghur folk song from Lopnur (Kroran)

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2008年8月13日 (水)

カシュガル民謡と胡旋舞

ウイグルは、しかし実にyoutubeビデオが多くて、やってもやってもまだまだあります。オリンピックをやっている間、ずっとウイグルで行けるかも知れません^^ が、明日からは少し違う角度から見てみようかと思います。

Çimengül Kadir - Kaşgar Halk Türküsü

チメンギュル・カディルというのが、この女性歌手の名前でしょうか。最近ニュースに頻繁に出てくるカシュガルの民謡が歌われているようです。ずらりと伝統楽器が並んでいて、例のウイグル式チェロが一番右に見えます。楽器名をご存知の方、メッセージをお待ちしております^^ ヴァイオリン・サイズの楽器はこのヴィオール的な肩のまま小さくなっていました。
天山北道と南道が合流する辺りに位置し、シルクロードの要衝の地であるカシュガルは、中国の西の果て。北京で行われている華やかなスポーツの祭典と対照的に、この町では自爆テロが起きているという、同じ国の出来事とは思えない、心の痛む現実に思いを馳せずにいられません。

Uygur Mukam Müzik Topluluğu - Meşrep

ムカムの中の舞踊の音楽、メシュレプの演奏。ムカムが不明なのが残念。後半の旋回舞踏はとても華やかで、凄い迫力です。12ムカムを専門に演奏する新疆ムカム芸術団が結成されたのも90年代以降のようですが、このステージを見ていても、昔の素朴な胡旋舞にない洗練されたものを感じます。

※9日の記事で、「満州語はほとんど死語に近い状態ですが、現在のウイグルに何とそのソグド文字系の文字を今でも使い続けている満州系少数民族がいるようですが、ど忘れしまして、すぐに出てきません。m(_ _)m 」と書きましたが、分かりました。シボ族という民族でした。清朝時代の名残とは言え、ウイグルの西の端に満州族の末裔がいるというのも、不思議な気がします。

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2008年8月12日 (火)

サタールとヤイリ・タンブール

ウイグルの楽器編に戻ります。一昨日の記事にえひ山さんから書き込みを頂きまして、その中に、タンブールはNHKの新シルクロードのオープニングに出てきた楽器では?とのお問い合わせがありました。私ははっきり記憶がないのですが、弓奏していたような気がするとのことですので、思い当たる楽器、サタールの演奏をアップしてみました。ただ、ソロはなかったので、インドの楽器との混合ですが、サタールの演奏シーンが確認できます。アンサンブルでの演奏図なら、先日の12ムカムの時に出てきました。
サタールに似た楽器ということで、トルコのヤイリ・タンブールのクリップも対比で上げておきます。同じトルコ系民族ですので、音のゆったりした使い方や動きなど、かなり似ているように思います。オスマン古典音楽では、理論上全音を9分の1(西洋は2つ、アラブやイランでは4つですが)に分けますので、非常に細かいフレットが付いています。
サタールもヤイリ・タンブールも、長い棹をスライドして上がるグリッサンドの音など、ぞくぞくっとしますが、いかがでしょうか。ヴァイオリンやチェロを模したような新しい創作楽器(楽器名がすぐ出てきません m(_ _)m)がアンサンブルではよく使われますが、機能性では勝っても、音の余韻の素晴らしさでは新しい楽器はサタールに敵わないようです。

ShantaaL: Indian-Uyghur Fusion Group

演奏者がよく見えませんが、もしかしたら日本人のグループでしょうか。楽器は左から、タブラ、サタール、シタール、ギター。サタールの超長棹は目立っています^^ この曲ではベンガルの弓奏楽器エスラジなどの代わりのように聞こえますが。

ercüment batanay - yaylı tambur ve tambur

トルコのタンブールとヤイリ・タンブールの名手エルジュメント・バタナイの多重録画。胴の大きい方が撥弦のタンブール。ヤイリ・タンブールは胴が小ぶりで、駒は弾きやすいように多少段差があるのでしょうか。ヤイリ・タンブールはオスマン古典音楽の繊細で妖艶な音の動きを表現できる素晴らしい楽器だと思います。ercüment batanayのCD情報はこちら

Uğur Varol - "Yaylı Tanbur" [1/5]

以前一度アップした若手のヤイリ・タンブール独奏。駒の近くを弾いて倍音を出すスル・ポンティチェロ奏法(ヴァイオリン族の用語ですが)のような音は、ちょっと辛いと思う人がいるかも知れませんが、これもテクニックの一つでしょう。

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2008年8月11日 (月)

ライヴ告知2本 ~チェロ名人とオー・ドーリ・ナイト

今日はウイグル・シリーズを一日お休みして、ライヴ告知を2本。

まず、6月29日に「チェロによるシャコンヌ」をアップしました名手イムレ・カールマンさんですが、8月のワークショップの日取りが決まったそうですので、お知らせ致します。お近くの方は是非!  (~~~~~~~の中)

11月には沖縄と東京でもコンサートも開催されるようです。
Imrekalman97 添付画像は数日前にも載せましたが、先日イムレさんの沖縄のご友人の方から送っていただいた、一般には手に入りにくいと思われるハンガリー製CD(97年ハンガリーのHungaroton製作でアーティスト持ちのカスタム盤では?と思われます)。
イムレさんはハンガリー系セルビア人の方のようですが、奥様とドイツの音楽学校で知り合われたからでしょう、ドイツ語を普段良く使われるようです。奥様は日本人ヴァイオリニストのMegumi Teshimaさんで、youtubeが数本アップされています。CDの曲目は数日前に掲載の通り。パガニーニ以外は現代曲。特にコダーイの無伴奏は素晴らしかったです。

11月の方も、また詳細が分かりましたら告知致します。因みにシャコンヌが入った盤は出てないようです。しかしブログをやっていると、嬉しいハプニングがあるものです^^

J.S.バッハのシャコンヌ、もう一度リンクで上げておきます。おまけでパガニーニのカプリース24番。
Kalman Imre Cello Johann Sebastian Bach: Chaconne part 1
Kalman Imre Cello Johann Sebastian Bach: Chaconne part 2

Kalman Imre performing Paganini Niccolo 24 capriccio

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WORKSHOP 開催報告
イムレ カルマン チェロ ワークショップ 
グーテン モル弦 沖縄
8月17日日曜 PM14.00
浦添市仲間 ちはる歯科クリニック
098-877-6480
参加費 無料 終了後 イムレさんを、囲んで、食事会 <有料>
チェロ愛好家で、興味のある方であれば、どなたでも、歓迎します。
遠慮なく、お電話下さい。

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884024247_200 もう一つは、ジャンルは全く異なります。
2004年のメフル・アリ&シェヘル・アリのカッワーリのコンサートの後で私も生で聞きました。大きな両面太鼓のドーリを叩きながらの旋回はもの凄い迫力で、凄まじくエネルギッシュなステージでした。私は残念ながら行けませんが、ご興味のある方は是非!  
A音楽財団のIさんからも告知を依頼されていましたので・・・w 
しかし、クリスマス・キャロルの名曲Oh Holy Nightを、Oh Dholi Nightと引っ掛けたタイトル、なかなかナイスな洒落です(笑)

同じグループではありませんが、以下のビデオの太鼓がドーリです。
Sher Buta Dhol Wala

(以下村山さんのmixi告知文のペースト)

           *************************

 2004年の「東京の夏音楽祭」に来日し、カウワーリーとの素晴らしい協演を成功させたパキスタンのドーリー:Five Star Musical Group が再来日します。
 ダンマール、バーングラーにパンジャーブの古謡など、芸が本当に豊かなプロ音楽集団です。古典音楽の深みをドールで叩き出せる実力とその評価はパキスタン一といっても過言ではないでしょう。
 この夏、パキスタンがあちらから来てくれます!この機会をお見逃しなく。『聖者の宮廷楽士考』はより小規模な勉強・歓迎会的傾向でやろうと画策中。詳細はおってアップしますね。

           *************************

インドとパキスタンの遊行芸能
8月15日(金) 14:00~、17:30~
8月16日(土) 14:00~、18:00~
8月17日(日) 14:30~、17:30~
※時間は変更になる場合がございます。
出演: ショッタナンダ・ダス(ベンガル、インド)、
ファイブ・スター・ミュージカル・グループ(パキスタン)
六本木ヒルズ・アジアン・フェスタ  Tel.03-6406-6000 六本木ヒルズ・アリーナ

「ドーリー」ファイブ・スター・ミュージカル・グループ(パキスタン)の単独公演

8月16日(土) 19:30~ 『OH DHOLI NIGHT』
驢馬駱駝romarakuda (東中野2-25-6-9F /・03-3366-1310)JR東中野西口スグ
予約¥3,000当日¥3,500、ナビ:サラーム海上+村山和之
予約は、iida@arion-edo.org または080-2024-3321(いいだ)へ
主催:酔踊戯塾マイハーナmaiXana

8月17日(日) 19:30~ 『聖者の宮廷楽士考-スーフィー盆踊りの宴』(現在時間を調整中)
和光大学ぱいでいあビル5F (町田市能ヶ谷町197) 小田急線鶴川駅前
主催:聖者の宮廷講 (080-3428-4262:村山) kohantbalochanikalat@softbank.ne.jp

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2008年8月10日 (日)

ウイグルのタンブール

前にドゥタールのビデオはアップしましたが、タンブールがなかなか見つかりませんでした。この5弦の弦楽器も12ムカム演奏の主要楽器。ようやく数本見つけましたので、それを載せておきます。新松戸祭のウイグル屋台でも毎年ニヤズさんの演奏で耳にした楽器でした。棹がもの凄く長くて、先までは手が届かなさそうですが、ハイポジション中心に演奏する楽器のようです。右手のメズラブ(撥)さばきは、この楽器独特な動き。
1,2本目はTahirjanという男性の演奏。民謡的な曲のように思いますが、特に一曲目はトルコのウシュクダラに似た感じで、懐かしげで親しみやすいのでは。2曲目は邦訳すれば「鶴」でしょうか。ダゲスタン・ルーツでロシア民謡として有名な鶴とは別。3曲目はモダンなアンサンブル伴奏での演奏。合唱の合間の独奏でしょうか。4曲目は学生のデモ演奏でしょうか。決まってます^^
この楽器、胴が小さいからでしょうか、ドゥタールほど響きが豊かでない分、独特な侘び寂びのようなものを感じる楽器です。5本目に対比のために、もう一度ドゥタールの演奏(弾き語り)を載せておきます。あなたはどちらの音色がお好きですか?

Bahar Saylisi - Uyghur (Uighur, Uygur) Tambur performance

Cranes

Nurmuhammat Tursun:-Dil kuyi (Tambur)

Uyghur Tambur Music

Uyghur Dutar

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2008年8月 9日 (土)

ウイグルのタジク族の舞踊と文字の話

ウイグルには少数民族として、塔吉克族(タジク族)、哈薩克族(カザフ族)、塔塔爾族(タタール族)、オロス族(ロシア族)、などがいて、音楽も少なからず異なります。今日はタジク族のビデオがありましたので、それをアップしてみました。タジクはイラン系民族ですが、舞踊と音楽には、ちょっとロシア的な雰囲気が感じられるのが面白いです。
上記でタタール以外はそれぞれウイグルの周辺に国がある民族です。「オロス」などはロシアを日本で「おろしゃ」と言っていたのを思い出させるネーミングです^^ ロシア語のP(エール)は頭に「オ」のような軽い音が入りますが、明治の日本人も、ウイグル人も、その微妙な音を聞き逃さなかったようです。
それから、ウイグル語では現在アラビア文字系の文字で表記されることが多くなっていますが、古代ウイグルではウイグル文字というのが使われていて、そのルーツはシルクロードの商人だったイラン系ソグド人のソグド文字にあります。その文字はウイグルでは廃れてしまいましたが、モンゴル語や満州語(ツングース系)に継承されていて、満州語はほとんど死語に近い状態ですが、現在のウイグルに何とそのソグド文字系の文字を今でも使い続けている満州系少数民族がいるようですが、ど忘れしまして、すぐに出てきません。m(_ _)m  分かりましたら、また書く予定です。しかし、中央アジアのイラン系、トルコ系、モンゴル系などの文化のクロス具合は、やはり非常に興味深いものがあります。

Xinjiang Tashkorghan Tajik Dance 新疆塔什库尔干地区地去的塔吉克族舞蹈

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2008年8月 8日 (金)

未アップ12ムカム関連 北京五輪

今テレビでは北京オリンピックの開会式をやっています。古琴や古筝、京劇に昆劇?も出てきましたね^^ 中国音楽  17日がマラソンらしいので、競技があるのは全部で9日でしょうか。何だか短いような気がしますが・・・  
色々混乱の中での開催ですが、スポーツ自体は何も関係ない訳ですから、何とか無事終わって欲しいものです。 しかし色々慌しくても、体操や陸上には目が行ってしまいそうです f(^^;  昔からかなり興味があるもので。(実は、中学の頃は陸上部に入っていましたし)

今日はウイグルの12ムカムで検索して出てきた中から、未アップのクリップを上げておきます。どちらも中々興味深い演奏です。

Ancient music & dance from the Silk Road

どのムカムか不明ですが、12ムカムに基づいた演奏。舞踊と合唱、ウイグル伝統楽器の合奏。華やかですね。この編成ですから、オスマン・トルコのファスルに似て聞こえる部分もあります。

London Uyghur Ensemble: Rak Muqami with dancing

ロンドン・ウイグル・アンサンブルのトリオ演奏と舞踊。メンバーにはイギリス人もいるようです。詳細はサイトの方で。 Rak Muqam with dancing. (Uyghur Tweleve Muqam suites). Uyghur music. Performed by London Uyghur Ensemble 12/10/2007. http://www.uyghurensemble.co.uk

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2008年8月 7日 (木)

ウイグルとマニ教、仏教

今日はウイグルの歴史を簡単に辿ってみたいと思います。以下の年表と波線まではウィキペディアの「ウイグル」「天山ウイグル王国」からのペースト。(今日はビデオは無しです^^)

  • 5世紀以前 - モンゴル高原北部のセレンゲ川上流域に興る。
  • 6-7世紀 - オルホン川、トラ川流域で東突厥の支配下に置かれる。
  • 8世紀前半 - 東突厥の滅亡後、唐に服属する有力部族連合のひとつとして台頭する。
  • 744 - 懐仁可汗が可汗を称し、遊牧ウイグル帝国(744-840)を興す。
  • 745 - 突厥を滅ぼす。
  • 757-763 - 安史の乱に介入。援軍を送ってを助け、定住文化導入の契機をもたらす。
  • 763 - 第3代牟羽可汗がマニ教に帰依。この頃、ウイグルは繁栄を極め、吐蕃(チベット)と並んで唐の辺境を脅かす。 
  • 779 - 内紛により牟羽可汗が殺され、以降、幼く在位の短い可汗が続く。
  • 795 - 宰相クトルグ・サングンが自ら擁立した幼い第6代可汗に代わって可汗に即位(懐信可汗)。
  • 8世紀初め - 遊牧ウイグル帝国が最盛期を迎え、西はシル・ダリヤアム・ダリヤ両河まで、南は高昌まで版図とし、天山東部の領有を吐蕃と争った。
  • 830年代 - 天災やハン位継承の内紛により混乱。
  • 840 - キルギスの侵入により、ウイグル帝国が滅亡。一部のウイグル人は中央アジアや河西回廊に移住し、天山ウイグル、甘州ウイグルを形成。また、別の一部は中国に逃れて唐や契丹に服属した。
  • 1026 - 甘州ウイグルが西夏に滅ぼされる。
  • 12世紀前半 - 天山ウイグル王国、契丹人の西遼に服属。
  • 1209年 - 西遼の介入に反発したウイグル王国内の勢力が西遼から派遣されてきた総督を殺害し、モンゴル帝国チンギス・ハーンと結ぶ。
  • 1211年 - ウイグル国王(イディクト)バルチュク・アルト・テギン、チンギスの招請に応じて自らモンゴル宮廷を訪れ、モンゴル帝国に服属する。
  • 13世紀後半 - カイドゥの乱勃発により、元とカイドゥの両勢力の最前線に位置したウイグル王国は圧迫を受け、王家が甘粛に移住。王国は事実上消滅する。

<天山ウイグル王国の文化面についての解説から>
19-20世紀に各国の探検隊が敦煌トゥルファンから持ち帰った出土文書の中には、ウイグル文字やウイグル語で 書かれた仏典も多数含まれている。これらの研究より、天山ウイグル王国で信仰された仏教は、マニ教の強い影響を受けつつ、トカラ仏教・敦煌仏教・ソグド仏 教など東西の諸要素を混在させた独特のものであったことが分かってきている。天山ウイグル王国はマニ教文献の宝庫であり、マニ教国教時代にはソグド文字マニ教文字ウイグル文字漢文などで書かれたソグド語パフラヴィー語パルティア語ウイグル語漢語の資料が多数発掘されている。これらの資料は宗教学としてマニ教そのものの究明だけでなく中期イラン語諸語の重要な資料として言語学的にも貴重である。

<引用箇所が不明になりましたが、以下もウィキペディアから>
ウイグル人は、次第に定住化して従来からの定住民と一体化していったため、彼らの支配した天山・タリム盆地一帯は言語のテュルク語化が進み、テュルク人の土地(東トルキスタン)と呼ばれるようになる。

~~~~~~~~~~~~~~~

年表が上記で終わっているのが残念ですが、何故かと言うと、これ以降はモンゴル帝国(元)時代を経てチャガタイ・ウルスのもとで15世紀頃からイスラーム化が進展し、現在に至る訳ですが、古代~中世のマニ教~仏教を中心としたウイグル文化は、イスラーム化の波に飲まれて消滅したためのようです。20世紀に「ウイグル」の名前が復興されるまでは、狭義のウイグルではなくなっていたということでしょうか。
12ムカムが生まれた16~18世紀頃は、華やかなイスラーム王朝文化の時代になりますが、その中には本当にマニ教や仏教の痕跡は皆無なのか? 前からそれが最大の疑問でした。当ブログでは、その点にこだわってみたいと思います。もし何かビデオとかが見つかったらアップするつもりです^^

私が特に面白いと思うのは、イスラーム化以前では以下の点。

・古代においてタリム盆地にイラン系の先住民?がいたこと。(ソグドとは別な集団? 古代トゥルファンのイラン系トカラとは関係ありか?) 印欧系の定住民と一体化してテュルク化していったため、容貌のバラエティが豊富になったのでしょう。イラン人と間違えそうな人や、更にドイツ人かと思うような顔立ちのウイグル人にも新松戸の祭で会いました。

Photo ・現在は直系の人は残っていないとされる、古代中央アジアのイラン系ソグド人の影響で、マニ教やゾロアスター教がウイグルに入ってきて、遊牧ウイグル帝国時代の8世紀頃から勢力を伸ばし、マニ教は国教的な位置にまでなったこと。ササン朝ペルシア領だったバビロニア(現イラク)で生まれたマニ教が、ウイグルで国教にまでなったというのは、最大の驚き。(マニ教については上記リンク参照)  明教(これはマニ教そのもののようです)、白蓮教、義和団などに形を変えて、中国でも近世までマニ教の影響が残存していました。第四の世界宗教と見なされながら、歴史の波に消えたグノーシス的な宗教への素朴な興味です。(左の写真はこちらから)

・天山ウイグル王国時代の仏教は、日本にも伝わってきたか? 来たとしたら浄土系でしょうか。イメージ的にはそれ以外にないような気がしますが。 (この辺は70年代のNHKシルクロードを読めば出てきそうな話しですが)

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2008年8月 6日 (水)

クチャとクムル他の歌 +カールマン・イムレさん

今日ももう少しポップス寄りの歌を見てみようと思います。クムル(ハミ)の曲以外は、かなり民謡的な歌で、地方による節の特色を味わいながら、また現地の映像を眺めながら聞くのは乙なものです。ウイグルの地方の民謡は、ウイグル語でヘルク・ナフシャ(「民族の歌」の意味)と呼ばれるそうです(詳細はこちら参照)。これらの魅力的な歌の詳細については不明ですので、詳しい方いらっしゃいましたら、情報をお待ちしております m(_ _)m

Tar Kucha Uyghur Music

曲名通り、タリム盆地の北側の町、クチャの歌なのでしょう。タールというのは何でしょう? とても気になるところ。タール・クチャというサビの部分が耳に残ります。

★°∴☆.°°Uyghur.*.·★°∴☆.°°

どこの地方か不明ですが、この曲など、ほとんど民謡そのものかも知れません。ウズベキスタンの名歌手Monadjat Yulchievaの歌唱を思い出させるような中央アジアの典雅な歌。エレガントな歌声と節回しに魅了されます。

Uyghur Music

この歌はトゥルファンより東に位置するウイグル東部(一番中国より)の町、クムルの民謡が元だそうですが、大分現代風にアレンジされています。 ビデオ解説=I just had an MP3 of this song,so made this video. not very well matched but it's ok, you can listen to a nice song and watch a nice video. (Uyghur folk song from Qumul)

:*:・'゜★゜'・:*:.。.:*:・'゜☆  ヴィルトゥオーソ・チェリスト Kalman Imreさん

Imrekalman97 6月の末にカールマン・イムレさんの演奏のyoutubeを上げて、「チェロによるシャコンヌ」という記事をアップしましたが、何と沖縄にカールマン・イムレさんのお知り合いの方がいらっしゃいまして、ブログの記事の件で度々ご連絡(書き込みコメント)いただきました。更に何とイムレさんの、一般には手に入りにくいと思われるハンガリー製CD(97年ハンガリーのHungaroton製作でアーティスト持ちのカスタム盤では?と思われます)を一枚送っていただきました。(比嘉さん、有難うございました m(_ _)m )
イムレさんはハンガリー系セルビア人の方のようですが、ドイツ語を普段良く使われるようです。奥様は日本人ヴァイオリニストのMegumi Teshimaさんで、youtubeもあります。ちょうど数日前に沖縄にヴァカンスで来られたようなので、昨日ももしかしたら当ブログを見ていただいているかも知れないと思い、一言くらいイムレさんも分かる言葉を入れようと思って、昨晩はGute Nachtと入れました^^  曲目は以下の通り。パガニーニ以外は現代曲です。特にコダーイの無伴奏は素晴らしかったです。

 ゾルタン・コダーイ/無伴奏チェロ・ソナタ
 ジェルジ・リゲティ/チェロ独奏のためのソナタ
 アンリ・デュティーユ/Paul Sacherの名のための3章
 ニコロ・パガニーニ/カプリース№24

8月には沖縄でワークショップ、11月には沖縄と東京でワークショップとコンサートもされる予定のようです。また詳細が分かりましたら、当ブログでも告知致します。因みにシャコンヌが入った盤は出てないようです。しかしブログをやっていると、嬉しいハプニングがあるものです^^

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2008年8月 5日 (火)

ウイグルのヒデとロザンナ?

今日のウイグル、ちょっとポップスの方にも寄ってみます^^
タイトルはイランの時に何度も出てきた「ライラとマジュヌーン」がテーマのようです。中東の名高い恋物語は、ウイグルにまで浸透しているのですね。男性はShirali Abdulrashidという人のようで、東トルキスタン(つまりウイグル)生まれ。女性の名は不明ですが、 これはまたçok güzel(チョク・ギュゼル)な人です!^^ 「君の名は?」とお聞きしたいものですが。 
歌には特にウイグルらしい民族性が出ている訳ではありません。むしろスパニッシュ調ですが、収録は70~80年代位でしょうか。日本のデュエットを思い出してしまいましたが、ビデオを見る限り、この頃は国情も比較的落ち着いていたのかなと思います。
ウイグルに入ってから結構ヘヴィーになった気もしますので、今日はライトな一本にて。
ではGute Nacht.(何でドイツ語w)

Leyli Mejnun Uyghur Music

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2008年8月 4日 (月)

ウイグルの舞踊とドタール

今日も遅くなってしまいましたので、舞踊を一本と、ドタールの弾き語りを3本上げておきます。12ムカムに基づいているという舞踊のバックには、ウイグルの主要な楽器が大体見えます。タンブールを立てて弾くような擦弦のサタールは、低いポジションに手が届かないほど棹が長いです。ウイグルでは低いポジションはほとんど使わず高いポジション(弦の中央辺り)を使って弾いている楽器が多いように思います。タンブールもそうですが、胴が少し大きいドタールは何とか届きそう。演奏されているのは、舞曲のメシュレプが元でしょうか。 しかし、踊り子たちは超美形揃いですね~^^

※心配していたことが起きてしまいました。せめてオリンピックの間は穏便に収まってくれると良いですが。チベットや内モンゴルと並んで、これからも色々あるでしょうが、彼ら周辺民族は漢民族とは宗教や習慣など大きく異なりますから、中国のこれまでの分裂の歴史を振り返れば、あの巨体をこのまま維持し続ける方が不自然なように思います。

2008 International folk dance festival

このビデオの英文解説は読み応えあります。非常に長いためペーストは出来なかったです。youtubeの方でご覧下さい。

AnA-Til(Uyghur Music)

UYGHUR MUSIC

Uyghurum

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2008年8月 3日 (日)

ウイグルの舞踊とムカムの各部分

さて今晩は、ウイグルのダンス・クイーンTursunay Ibrahimjanさんの舞台映像。いわゆる胡旋舞として知られた踊りといえば良いでしょうか。1本目は少しポップな感じですが、2本目はムカムはどれか分かりませんが、ムカムのマシュラップの歌唱で踊っているようです。マシュラップとは、イランで言えばレングなどの伝統的な舞踊曲に相当するようです。一方音源で聞ける演奏は、チョン・ナグマ(チョン・ナグメとも)の各部分が多いように思います。やはりムカムの中核はチョン・ナグマ部分のようです。

ムカムの形式ですが、先日リンクを載せた鷲尾さんのサイトによると以下のようになっていました。(ウイグルの初日に英文で入れた内容と重複しますが)

一つのムカムは、大きく分けて以下の3つの部分に分かれます。
Ⅰ チョン・ナグマ部 (Chon Naghma)
Ⅱ ダスタン部分 (Dastan)
Ⅲ マシュラップ部 (Mesrap)

それぞれは交響曲の楽章のようにイメージすると近いそうです。
そして、それぞれがまたまた以下の細かい曲に分かれています。

チョン・ナグマ部(Chon Naghma) 字義的には「大曲」の意
①バス・ムカム(Bas)   
*ムカム・ベシとも。イランのダルアーマドに相当する、導入の無拍の部分  。(北インドならアーラープでしょうか) タンブールか擦弦のサタールで、ゆったりと伴奏され、好んで歌われる歌詞は、ニサーハーンやナヴァーイー、クドルハーンの詩句。以下は有拍の歌曲で、間にメルゴルと呼ばれる器楽の間奏曲が挿入される。(昨日のチャシュムの記事より)

②ヌスカ(Nuska)    
③タイゼ(Tazi)    
④サリクァ(saliqa)    
⑤ジュラ(Jula)    
⑥セネム(Senam)    
⑦タキット(Takit)

ダスタン部分(Dastan) 物語、叙事詩(歌と器楽による)
①第1ダスタン
②第2ダスタン
③第3ダスタン・・・

マシュラップ部(Mesrap) 舞踊曲(歌と器楽による)
①第1マシュラップ
②第2マシュラップ
③第3マシュラップ・・・

Dance queen Tursunay Ibrahimjan

Dance queen Tursunay Ibrahimjan (2)

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2008年8月 2日 (土)

アマン・ニサハーンとオンイッキ・ムカム

昨日ペルシアのダストガー音楽の影響がウイグルのムカムにも見られると書きましたが、これは西トルキスタンのウズベクとタジク(タジクはペルシア系民族ですが)とウイグル両方に言えることで、ではペルシアの音楽文化の中央アジアへの伝播がいつだったかと言うと、ティムール(1336-1405)の時代に遡るようです。彼は西トルキスタンを統一しましたが、ペルシアの文化的影響はパミールを越え東トルキスタンにも及んだようです。
ウイグル(東トルキスタン)の12ムカムは、ウイグル語でオンイッキ・ムカム(中国語では十二木卡姆と表記)と言われます。オンイッキは12の意味。12ムカムの伝承ですが、昨日はKashgar-Yarkand(カシュガル~ヤルカンド), Turpan(トゥルファン), Qumul(クムル), Dolan(ドラン)の4つと書きましたが、実は更にあるようです。新疆ウイグル自治区は、東疆、北疆、南疆に分かれますが、東疆のハミ(クムル)とトゥルファン、北疆のイリ、南疆のカシュガル、ドラン、ホータンのそれぞれの都市に固有の12ムカムの伝承があり、それぞれが少なからず異なるようです。また北疆と南疆の間にあるクチャにも固有のムカムの伝統があるそうで、そうすると6つないしは7つの地方の様式があることになります。その中で特に一般に知られているのが、16世紀のヤルカンド・ハーン国の中心だったカシュガルやヤルカンドのヴァージョンということのようです。(地図はこちら
そのヤルカンド・ハーン国で16世紀頃から発展し、18世紀までにはほぼ今日の形を整えていたというウイグルの宮廷音楽。第二代君主アブドレシートは、広くトルキスタンの各地から音楽家を招聘し、ヤルカンドの音楽文化を発展させましたが、その妃アマン・ニサハーン(1533-67)は、その美貌と詩才、楽才でスルタンの心を射止め、以来夫婦でムカムと音楽家の擁護者として貢献したそうです。アマン・ニサハーンと彼女の師匠のキディル・ハーンが、今日の12ムカムの基礎を作った人物とされているそうです。
(参考文献 日本イラン協会「チャシュム」2002年6月号の柘植元一氏の「マカームをめぐって」より)

今日のビデオは、その34歳の若さで亡くなったアマン・ニサハーンの伝記映画(1994年)のようです。

Movie: Amannisahan (part1)

Movie: Amannisahan (part2)

Movie: Amannisahan (part3)

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2008年8月 1日 (金)

ウイグルの12ムカム

イラン西部のアゼルバイジャンから飛んで、中央アジアのトルコ系の兄弟民族を見ていくということで、まずキルギスから入りましたが、今日から中国西部のウイグルのビデオを見てみたいと思います。ちょうど北京オリンピックの直前でタイムリーという感もありますので^^ キルギスとの繋がりでみると、次はカザフですが、また後日廻る予定です。
新松戸にいた頃、毎夏の新松戸祭にウイグルの屋台(日本シルクロード倶楽部主宰)が出ていました。当然毎年のように顔を出し、そこで何人かウイグル人とも知り合いになりましたが、ウイグル人の楽器演奏(タンブールのアブライティ・ムハメドニヤズさんは常連でした)や踊りとあわせて、カバブの羊を焼く匂いが今でも強烈に記憶に残っていますf(^^;  羊肉は好きですが、一日あの匂いの中にいるのは、かなり強烈な体験でした。

ウイグルの音楽ですが、膨大な12のムカムのレパートリーがまずあります。それらはトルコ・アラブ・ペルシアの古典音楽の影響を汲んだもので、アラブやトルコのマカームやアゼルバイジャンのムガームは名前そのもの自体繋がりがあるのは明瞭ですが、イランのダストガーからも影響を受けていることは以下のムカム名からも明白でしょう。「ムカム」は、「旋法」であると同時に、楽曲大系になっている点でも、ダストガー音楽に似ています。
1つのムカムをフルに演奏すると大体2時間ほどかかるそうで、大概はあるムカムのごく一部を断片的に独奏などで演奏したりする場合がほとんどだそうです。CDも色々出てきていますが(音源情報はこちら)、大体そういった断片的な演奏で、全貌はウイグル本国以外ではまだほとんど知られていないようです。
12ムカム一覧
1. ラック(RAK)  2.チャビアット(CHABBIAT)  3.ムシャーヴラク(MUSAVIRAK)
4.チャリガー(CHARIGAH)  5.パンジガ(PANJIGAH)   6.オザール(OZ'HAL)
7.アジェム(AJAM) 8.ウッシャーク(OSHSHAQ) 9.バヤット(BAYAT)
10.ナーヴァ(NAWA) 11.セガー(SIGAH) 12.イラーク(IRAQ)

12muqam_412muqam1 12muqam_back

本国では12ムカムのレパートリーをミュージカル映画のようなセット(ウイグル版時代劇のようなものでしょうか)で各2時間ほど収録した12巻セットのVCD←が出ていて、これを見ていると各ムカムの楽曲がどういうシチュエーションで歌われ演奏されたのかよく分かります。各巻B5サイズ近い箱にVCDが一枚入っているだけという豪華装丁で、正にこれは12ムカム大全と言って良いセットだと思います。しかしこのセットは本国以外で手に入れるのは至難の技。私の所には12巻揃っておりますが、これは知人の友人のウイグル人留学生を通じて信用の置ける現地の店から買ってきていただいたもので、大きな箱での移送になるため1,2セット手に入れるだけでも困難を極めました。そのためHP等で売るほどは確保できないのが現状ですm(_ _)m  手に入れた5年ほど前よりも更に状況は困難になっていると思います。今日のyoutubeはそのVCDの12ムカム大全からです。
12ムカム全部だと視聴に合計24時間かかるという長大さは(実はまだ全て見れておりませんf(^^;)、正に悠久のシルクロード(西域)の調べそのものとの感慨を覚えますが、更に言えば、ウイグルの4つの地域ごと(Kashgar-Yarkand, Turpan, Qumul, Dolan)のムカム体系があるようですf(^^;  その壮麗さと複雑さには驚くばかり。CDでは一部それらも登場してきていますが、どう違うのかについては、何か分かりましたら随時情報を追加していきたいと思います。

ウイグル~ウズベキスタンのいわゆる「西域の音楽」は、間違いなく「民族音楽の華」の一つですから、「ウイグル」で一つのカテゴリーにしました。

お薦めサイト ゆいぐる・どっとこむ   Yuighur.com Music Site

Miracle of Music: Uyghur 12 Muqam

上記VCD2巻目のQabbayat(チャビアット)から。(以下ビデオの解説より)
Known as the "mother of Uyghur music," the 12 Muqam has a long history. Some scholars believe its origin can be traced back to the 206BC-220AD. The Uyghur 12 Muqam is so large in scale and so complicated in rendition that no rival can be found in the world. It consists of 360 sung poetry, stories, dance tunes and instrumental sections. Some of the lyrics of the Muqam are drawn from 44 great classic poets and folk poetry, totaling 4,492 lines of words. To sing the complete Muqam takes around 24 hours. Now it was included in UNESCO' s( United Nations Educational, Scientific, and Cultural Organization)list of "oral and intangible heritage of humanity". 
Contemporary scholars refer to four distinct regional genres: the Twelve Muqam of the Kashgar-Yarkand region, the Turpan Muqam, the Qumul Muqam, and the Dolan Muqam.

Structure of 12 Muqam:The 12 Muqam each consist of suites of fixed melodic sequences and order. Each of the 12 Muqam is structured as follows:
Muqeddime
Chong neghme (Tez, Nusha, Jula, Senem, Chong seliqe, Kichik seliqe, Pishrew, Teikid)
Dastan
Meshrep

Uyghur - Gherip&Senem

中国語字幕が入っているので、上記VCDからではないかも。ムカム・ラークからの楽曲であることは確かなようです。こういう映像を見るたびに、ウイグルが中国に入っているのは無理があるよなぁと思います^^ Gherip&Senem - 12 Muqam(Rak muqami) www.ekber.muzigi.com

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