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2008年8月 2日 (土)

アマン・ニサハーンとオンイッキ・ムカム

昨日ペルシアのダストガー音楽の影響がウイグルのムカムにも見られると書きましたが、これは西トルキスタンのウズベクとタジク(タジクはペルシア系民族ですが)とウイグル両方に言えることで、ではペルシアの音楽文化の中央アジアへの伝播がいつだったかと言うと、ティムール(1336-1405)の時代に遡るようです。彼は西トルキスタンを統一しましたが、ペルシアの文化的影響はパミールを越え東トルキスタンにも及んだようです。
ウイグル(東トルキスタン)の12ムカムは、ウイグル語でオンイッキ・ムカム(中国語では十二木卡姆と表記)と言われます。オンイッキは12の意味。12ムカムの伝承ですが、昨日はKashgar-Yarkand(カシュガル~ヤルカンド), Turpan(トゥルファン), Qumul(クムル), Dolan(ドラン)の4つと書きましたが、実は更にあるようです。新疆ウイグル自治区は、東疆、北疆、南疆に分かれますが、東疆のハミ(クムル)とトゥルファン、北疆のイリ、南疆のカシュガル、ドラン、ホータンのそれぞれの都市に固有の12ムカムの伝承があり、それぞれが少なからず異なるようです。また北疆と南疆の間にあるクチャにも固有のムカムの伝統があるそうで、そうすると6つないしは7つの地方の様式があることになります。その中で特に一般に知られているのが、16世紀のヤルカンド・ハーン国の中心だったカシュガルやヤルカンドのヴァージョンということのようです。(地図はこちら
そのヤルカンド・ハーン国で16世紀頃から発展し、18世紀までにはほぼ今日の形を整えていたというウイグルの宮廷音楽。第二代君主アブドレシートは、広くトルキスタンの各地から音楽家を招聘し、ヤルカンドの音楽文化を発展させましたが、その妃アマン・ニサハーン(1533-67)は、その美貌と詩才、楽才でスルタンの心を射止め、以来夫婦でムカムと音楽家の擁護者として貢献したそうです。アマン・ニサハーンと彼女の師匠のキディル・ハーンが、今日の12ムカムの基礎を作った人物とされているそうです。
(参考文献 日本イラン協会「チャシュム」2002年6月号の柘植元一氏の「マカームをめぐって」より)

今日のビデオは、その34歳の若さで亡くなったアマン・ニサハーンの伝記映画(1994年)のようです。

Movie: Amannisahan (part1)

Movie: Amannisahan (part2)

Movie: Amannisahan (part3)

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