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2008年8月15日 (金)

クチャの鳩摩羅什

お盆ですので、早めのアップ^^
ウイグルで仏教関連のビデオ、想像がつきにくいかも知れませんが、ありました。7日に書きましたが、ウイグルは元朝以降にイスラム化するまでは仏教やマニ教が盛んだった土地。昨日4世紀の訳経僧、鳩摩羅什(くまらじゅう)の名が出ましたので、youtubeを調べてみました。1本目は中国で製作されたビデオ。彼の訳書がずらりと並んでいます。2本目はクチャのキジル千仏洞のビデオで、「考える人」のような黒い銅像が鳩摩羅什坐像。3世紀から8世紀末に作られた石窟で、ここは西域の仏教芸術の宝庫です。
ウィキペディアを見ていただければ分かりますが、この人は般若心経や法華経、阿弥陀経などの仏典のサンスクリット原典を漢訳して中国に伝えた人。彼の訳は羅什訳として最重要視されてきました。彼は亀茲国(現在のクチャ周辺)生まれのインド系の人でした。鳩摩羅什と玄奘(三蔵法師)の二人は二代訳聖と言われ、もし彼らがいなかったら日本に伝わった仏教も全く違うものになっていたのかも知れません。
トルコ系のウイグル人が北からやってくる前の古代の新疆の地は、インド・イラン系の人々が中心でしたが、当時は仏教が盛んでした。鳩摩羅什の頃には胡旋舞の原型のようなものがあったようですが、昨日の「楼蘭の美女」の頃は仏教が興る遥か前。当時の宗教や言葉、音楽や踊りはどんなだったのでしょうか。

鳩摩羅什的貢獻

Silk Road Xinjiang Baicheng Kezil Grottoes 新疆拜城克孜尔千佛洞

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ウイグル」カテゴリの記事

コメント

山梨のKです。クチャと聞いて、懐かしくて、書き込みです。

滞在許可証を持たずに確信犯で途中下車してしまったクチャ。罰金覚悟で人民政府に出頭したところ、ほんの数週間前に外国人に対して解放されたとのことで、すっかり歓迎ムード。すぐに解放軍のジープを雇ってキジル千仏洞へ走りました。管理のおじさんが一人だけいて、危なっかしいはしごを上って洞窟をいくつも見ました。ちょうど20年前の話です。ビデオを見ると、今ではずいぶん整備されましたね。クチャは居心地がよくて10日くらい滞在していました。帽子を見るとわかるのですが、他のシンジャンの町のどこよりもキルギス人が多い町でもありました。カシュガルへ行くとタジク人が目につくようになりますが。
当時は、たぶん今よりも政府による締め付けがきつくて、少数民族は形見の狭い思いをしていたように思います。伝統音楽なんかも最近の方がおおらかに復興しているのではないでしょうか。

懐かしくなって、今日の我がブログには、カシュガルの屋台で求めた飾り物をのせてみました。

投稿: クリッタ | 2008年8月16日 (土) 20時35分

>クリッタ様
コメント有難うございます。20年前のお話は貴重です。やっぱり90年代に入って民族固有の文化も、ちゃんと見直されるようになったのでしょうか。私は87年頃に北京放送でウイグル民謡と題された「マイラ」という歌を聴きましたが、大分前にブログに書いたように、これはカザフスタンでもよく知られているカザフ族の歌だったようです。少数民族の音楽も全部一緒くたになる位、当時はウイグルの伝統文化が分類されて知られてはなかったのでしょうね。

投稿: Homayun | 2008年8月17日 (日) 18時08分

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