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2008年9月 6日 (土)

ブハラ系ユダヤとカライム、ハザール

今日もゆったりと雅びなウズベク古典シャシュマカームの歌。昨日もコメントいただきましたhasugeさんからの情報では、ロシェルというのはユダヤ人としては珍しい名前のようですが、ブハラ・ユダヤ人の間には見られるそうです。今日の歌手も昨日と同じロシェルという名の人。キパらしき被り物もメンバーに見られます。おそらくユダヤ人音楽家ではと思われます。
更にこれは非常に重要なポイントですが、ブハラとサマルカンドは、トルコ系のウズベク語ではなく、イラン系言語のタジク語圏で、ブハラ・ユダヤ人の使用言語も、伝統的にタジク語だったとのこと。確かにルーミーの詩(あの有名な「葦笛の詩」)なども歌詞に聞こえることがありました。ただイラン本国の場合とは少し発音が違うように聞こえました。
New Standard Jewish Encyclopediaによると、ブハラにユダヤ人が初めて足跡を残したのは13世紀とのこと。おそらく彼らはペルシアから移住してきたユダヤ人のグループと考えられているようです。下記のカライムのルーツと同じペルシアというのが、また大変に興味深い点です。17、18世紀には彼らの独立した文化圏を形成し、Judeo-Persianの詩人も多数登場したそうです。ユダヤ系音楽家が多いウズベクの古典音楽は、現在でもその流れを少なからず汲んでいるのではないでしょうか。

Sar'akhbori Rost by RoshelAmin

Tanbur: Roshel Amin
Doira: Emanuel Amin
Vocal: Roshel, Emanuel, and Rano Amin - Aminov

関係記事として、1月9日の記事を一部転載しておきます。
リトアニアの古都トラカイに多くが住むというカライム人は、その名の通りカライ派のユダヤ教を奉じるチュルク系少数民族でしたが、彼らの起源は、8世紀頃ペルシアに生まれた、タルムードを捨て、旧約聖書のみを取った、特別なユダヤ教団に発しているようです。彼らが話す言葉は、バシキール語、タタール語、チュヴァシ語などと同じキプチャク系チュルク語で、中世のハザールの言語にも近いそうです。ユダヤ教徒、トルコ系というキーワードが揃っていますので、彼らこそ謎のハザール帝国の生き残りなのかも知れませんが、ペルシア出身なのに何でペルシア系の言葉じゃないのだろうとか謎が謎を呼びます。ハザールには西突厥の末裔(彼らもおそらくトルコ系)も流れ込んだだろうと考えられるので、もしかしたらカライムが彼ら(ハザールの王族)を教化し、多数派のチュルク系の言葉を採用した、ということなのでしょうか。

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コメント

今日のビデオの3人も明らかにブハラ・ユダヤ人で、夫婦と息子という感じですね。タジク語とイランのペルシア語の違いは、ウイグル語とウズベク語の違い程度ではないでしょうか。ところで、5日のベーディル(ビーディルとも)ですが、インド生まれ(異説あり)で、17~18世紀にペルシア語で書いた詩人で、イランでは評価されませんが、アフガニスタンやタジキスタンなどでは高く評価されています。恥ずかしい話ですが、Nim Chopani というのが曲名だと思って調べてみると、これはセガー・マカームの一部分の名称で、ウズベキスタンではナヴァーイーの詩が、タジキスタンではベーディルの詩が歌われるとありました。

投稿: | 2008年9月 7日 (日) 12時23分

昼に書いたコメントに、名前を入れず送信してしまいました。ウズベキスタンとタジキスタンで違う詩が使われるということに、4日のHomayun様の疑問の答のヒントがありました。私も同じ疑問を持っていましたので、手元にあるシャシュマカームのCDの解説を読んでみました。すると、Ari Babakhanov の盤の解説の中に面白いことが書いてありました。かつて、ブハラのシャシュ・マカームはタジク語で演奏され、必要があったり、客のリクエストがあった場合、チャガタイ語で演奏したとありました。これを裏付けるものとして、フハラ・ハン国の最後の3代の君主の宮廷歌手であったAta Jalal Nasirov の言葉を記録したシャシュ・マカームのテキストは、ほとんどタジク語であったとも書かれています。現在のブハラはウズベキスタン領ですから、ウズベキスタンはシャシュ・マカームを自分たちの文化遺産と考えており、それがタジク語で歌われては具合が悪いのでしょう。そのため、本来タジク語で歌われていた部分を、意図的にウズベク語に置き換えていったのではないでしょうか。タジキスタンは当然シャシュマカームは自分たちの文化遺産と考えており、タジク語で歌うわけです。演奏家にしても、ブハラ出身のAta Jalal Nasirov を、ウズベキスタンはウズベク人と、タジキスタンはタジク人と主張しています。

投稿: hasuge | 2008年9月 7日 (日) 21時51分

>hasuge様
詳しいコメント有難うございます。ベーディルはインド生まれなのですね。驚きました。Nim Chopaniというのは、どれかのマカームの中の小曲(イランならタスニーフ)かなと思っていました。

後日回りますが、タジクの西部は東部のバダフシャンと音楽的にかなり印象が違いますね。バダフシャン音楽のあの強いテンションは、ウズベクの大らかなシャシュマカームと正反対に思えます。パミール山中のタジク本来の音楽と、ウズベクに近い音楽がシャシュマカームという風に捉えていましたが、その西部の音楽もほとんど完全にタジクだったとすれば、ウズベクの要素は詩以外の部分(発声とか楽器の合わせ方とか)ということになるのでしょうか。世界中見渡しても、こういう文化的共生は余り記憶がありません。表面的にいがみあうようなことはなく、上手く住み分けされてきたのだとすれば、中央アジア民族のバランス感覚の素晴らしさを見る思いです。

投稿: Homayun | 2008年9月 8日 (月) 23時58分

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