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2009年2月 4日 (水)

ドニゼッティ・パシャ、イスマイル・ハック・ベイ

イスマイル・ハック・ベイについて、ジェム・ベハール著/新井政美訳「トルコ音楽にみる伝統と近代」(東海大学出版会)には以下のように書かれていました。
「イスタンブルに生まれ、13歳で美声を買われて宮廷の音楽学校へ入り、トルコ古典音楽と西洋の楽譜とを併せて学ぶ。一時期グアテッリにも学んだ。1908年の青年トルコ革命以後、オスマン音楽学校を作り、そこで多くの弟子を育成した。声楽学校が設立されると、トルコ音楽部門の責任者となり、演奏の長も兼任した。」
イタリア・オペラの作曲家として有名なガエタノ・ドニゼッティの兄であるイタリア人音楽家、ドニゼッティ・パシャ(1788-1856 パシャというトルコ風な名前になっています)がオスマン帝国に西洋音楽を本格的に導入して以来、西洋の記譜法がトルコ式に改良され広まったようです。9分の1音の微分音を表記するために、フラットが180度反対向いたりシャープの線が増えたり減ったり、最初は面食らいますが、曲と併せて見ている内に、実に合理的にできているなぁと感心します。上記のようにイスマイル・ハック・ベイ(1866-1927)の頃には、最初から西洋式のメソッドが取り入れられていたようですね。その事実を知ってしまうと、ドニゼッティ以前の、完全に口伝されていた頃はどんなだったのか、知りたくなったりもしますが、録音などは全くない頃ですから、諦めざるを得ないですね。しかし、ハック・ベイにおいても、勿論古くからのトルコ音楽の微妙な味わいのほとんど(全て?)は、失われずに保たれているはずだと信じています。
さて今日はタイムオーバーになりましたので、未アップのイスマイル・ハック・ベイのペシュレヴを一本上げておきます。前にフェラフェザのペシュレヴを弾いていた人です。非トルコ人かも知れませんが、中々のテクニックの持ち主です。

Hisar Buselik Pesrev

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