エステル・ラマンディエの竪琴
古代パレスティナの周辺諸国に広まった竪琴(キノール)は現在のユダヤ人の間では使われなくなったと数日前に書きましたが、これは周知の通り紀元後70年のエルサレム第二神殿の崩壊後、都の消滅を悼んでシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)ではショファル(雄羊の角笛)以外の楽器の使用が禁じられたためとされています。ユダヤ人がディアスポラ(離散)する前の古代イスラエルの神殿時代に、シナゴーグの典礼でキノールが使われていたことは詩篇など旧約聖書の方々に記述が残っています。興味深いことに、現代ではキノールはヴァイオリンを指す言葉にもなっているようです。
竪琴で思い出す歌手が、1984年頃に来日したフランスの女性歌手エステル・ラマンディエです。もっとも彼女の弾く楽器はハープ系で、キノールとは少し系統が違うのかも知れませんが。彼女は、まずセファルディー(スペイン系ユダヤ人)の民謡集のLPで登場したこと、聖書にも出てくるユダヤ人女性に多い「エステル」という名前、どこか東方的でエキゾチックな容姿などから、ユダヤ人説が有力なようです。私も長らくそのように想像していましたが、その後彼女がリリースする録音を見ると、古いキリスト教の伝統を色濃く残すシリア教会やアラム語(ヘブライ語の後に広まり、イエス・キリストも話していたと推測されるセム系の言語)の聖歌を歌ったり、セファルディーの歌との関係も深い聖母マリアのカンティガを歌ったりと、ユダヤ音楽の枠に捕らわれない活動を繰り広げていました。その録音は彼女の母国フランスのAlienorなどから数点CDでも出ましたが、今ではいずれもほとんど廃盤状態で入手困難になって久しくなっています。TVで憂いに満ちたセファルディーの歌を弾き語るこの佳人の姿を見たのも、もう25年程前のことになりました。彼女が弾いていた竪琴、自身では「ダヴィデの竪琴」を意識していたのかどうか、可能ならば聞いてみたいものですが、最近は名前を聞くことすら皆無に近くなっています。
Esther Lamandier La Rosa enflorece circa 1492
おそらく彼女のセファルディーの歌の歌唱の中で一番有名な曲でしょう。増2度音程が入るところがユダヤ的に聞こえます。84年頃NHKでこの歌唱が放送されていたのをはっきり覚えています。邦訳すれば「バラの花開く」で、1492年後にスペインからイスタンブールかブルガリアのソフィアに離散したセファルディーが伝承したロマンセ(恋歌)。数多くのヴァージョンがあるそうですが、このメロディはソフィア説が有力なようです。
Esther Lamandier Noches buenas
ここで弾いているのはオルガンですが、竪琴を構えた図が良いので。歌はセファルディーの民謡です。
Cantiga de Santa Maria
これは中世スペインの「聖母マリアのカンティガ」集から。
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コメント
素晴らしいですよね♪
投稿: Mariamagdalena | 2020年7月17日 (金) 08時46分
Mariamagdalena様
コメント有難うございました。11年前ですので、何を書いたか忘れていました(笑) おそらく今もCD再発はされてないかも知れません。
投稿: Homayun | 2020年7月22日 (水) 15時17分