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2010年6月 2日 (水)

カルシラマース Ta Tsilika

昨日アップしましたDimitroula mouについて「白いリンゴ」さんから、イスタンブル民謡、もしくはイズミル民謡のEntarisi ala benziyorが原曲でしょうとのご指摘を頂きました。(いつも有難うございます。m(_ _)m) 早速調べてみましたら、沢山出てきました。1,2本目にトルコの女性歌手の映像を上げておきます。こうして見てみると確かに聞き覚えがあります。この複合拍子ですが、4+5との解釈もあるようですが、2+2+2+3のリズム周期と取る方が自然で、トルコ音楽との類似性が明らかになると思います。
この9拍子の曲調、トルコのカルシュラマがギリシアに根付いたカルシラマースの踊りのリズムの典型です。Entarisi ala benziyorがギリシアでも歌われるようになってDimitroula mouと呼ばれるようになったのか、あるいはアレクシーウが単にトルコ民謡を歌っているのか、どちらかなのでは。アレクシーウのTa Tsilikaにカモマトゥという歌がありましたが、あの曲もカルシラマースでした。(残念ながらyoutube見つからず)

 

candan erçetin entarisi ala benziyor

(Havva Karakas) Entarisi ala benziyor

ΑΛΕΞΙΟΥ-ΔΥΟ ΜΑΓΚΕΣ ΜΕΣ'ΤΗΝ ΦΥΛΑΚΗ



上記Ta Tsilika収録の一曲。この映像がアルバムジャケットです。これはライカかレベティカか、いつも悩みます(笑)

ΧΑΡΙΣ ΑΛΕΞΙΟΥ ΔΕΛΒΙΝΟ ΚΑΙ ΤΣΑΜΟΥΡΙΑ



これは普通の偶数拍子ですが、やはり泥臭いトルコ風の歌です。アレクシーウも若い頃はこんな歌を色々歌っていました。

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ギリシア」カテゴリの記事

コメント

Δημητρούλα μου/Dimitroula mouを調べたらトルコのイズミル(=ギリシアではスミルニ)出身のレベティカの音楽家Παναγιώτης Τούντας/Panayiotis Toundas/パナヨティス・トゥンダス(1886-1942)によって書かれた、とありました。

レベティカは、スミルネイカとピレオティカに分けられて、その内のスミルネイカはスミルニのギリシア人の間で歌われた歌、

また、スミルニの伝統的な歌「スミルニア」はマリカ・パパギカによってレコーディングされているなどレベティカとして知られている、

1922年9月にギリシア軍がアナトリア半島から一掃される(いわゆる「小アジアの悲劇」)前後にトゥンダスはギリシアにやって来た、

ということから考えて、イズミル/イスタンブル民謡のEntarisi ala benziyor(トルコ語の歌詞)→トゥンダスによってギリシア語の歌詞が付けられて?Dimitroula mouへ(旋律はほぼそのまま)ということなのかなぁ、と思います。

Melihat Gülsesがトルコ語→ギリシャ語→トルコ語の順で歌っていました:
http://www.youtube.com/watch?v=4G6BBrLVD14

投稿: 白いりんご | 2010年6月 3日 (木) 02時38分

白いリンゴ様
いつも有難うございます。トゥンダスの曲と知って驚きました。今日のブログに事の次第を書きました。
レスの形ですと見る方が少ないと思いまして、一部今日の記事に転載させて頂きました。

投稿: Homayun | 2010年6月 3日 (木) 22時55分

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