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2010年9月

2010年9月30日 (木)

Macedonian folk

グノーシス派の流れを汲み、いかにも黒魔術を想起させるボゴミル(ボゴミール)派についても少し触れておきたいと思いますが、どちらかと言えば、山岳ムスリムのゴーラよりもボスニアと繋がりの深い内容になりそうですので、もう少し先に送ることにします。他にも吸血鬼伝説と関係のあるセルビアのヴァラキア族の儀礼(仏OcoraからCDもありました)など、そちら方面の話題には事欠かない土地柄のようです(笑) 今日のところは、もう少しマケドニア音楽の特色を明確にできればと思い、探してみました。

"Mashala" - Melodija - Macedonian Folk Music

少しポップ・アレンジ入りですが。Macedonian folk music group "Melodija" and the Folk dance ensemble "Keramicar" from Veles, Republic of Macedonia

Violeta Tomovska - Oj devojce (ti tetovsko jabolce)

女性歌手のマケドニア民謡。これは凄く良い感じです。
Macedonian folk singer Violeta Tomovska
She performed with Kiril Mančevski the famous Macedonian folk song "Makedonsko devojce" which was written by the deceased Macedonian folk singer Jonče Hristovski

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2010年9月29日 (水)

ゴーラ人

今日は、先日ポマクを調べていて見つけた映像です。ゴーラ人とは、コソボ、マケドニア共和国、アルバニアにまたがるゴーラ地方に居住する南スラヴ人の集団で、主にムスリムのようです。映像に見られるように、オスマン・トルコ時代からの独特な音楽や文化を現在に残しているようです。
バルカンのムスリムと言えば、アルバニアかコソヴォ、ボスニアの人々がほとんどと思っていましたが、ゴーラ人やポマク(ブルガリア系ムスリム)のような少数派もいることが、今回はっきりしてきました。上記ウィキペディアの記述の中でとりわけ興味深いのは、「ゴーラ人はその後もムスリムでありながら、聖人の日を祝福するなどのキリスト教的な伝統を維持し続け、ボゴミル派の子孫を自認している。」という点。その辺も何か映像資料があったら後日アップしてみます。

Gorani

Гораните 2

Gorani

Goranska muzika

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2010年9月28日 (火)

トロパンカとの比較

ちょっとブルガリアの舞踊と見比べてみたいと思います。ブルガリアのフォーク・ダンスの有名な一曲にトロパンカがあります。日本でもマイム・マイム(イスラエル)やコロブチカ(「魔法使いサリー」の学芸会シーンでお馴染み?のロシアの曲)に継ぐポピュラリティーがあるかも知れません。この飄々とした素朴な曲調を聞くと、いつもバルカンだなぁと感じます。マケドニアの踊りと比べていかがでしょうか。
トロパンカは変拍子ではなく、偶数拍子ですが(複合拍子になるのかも)、アクセントのある位置にバルカン的特徴があるように思います。変拍子のマケドニアの踊りはもちろん複雑なステップですが、シンプルなトロパンカもなかなかに特徴的なステップで、そこにバルカン色を感じます。

Tropanka (Stampdans) Bulgarije

こちらは日本で一般に知られているトロパンカのメロディ。

Tropanka

これが本来のトロパンカでしょうか。オリエンタル風な趣が強くて同じ曲と思えない程。どうやらブルガリア北東部のドブルジャの踊りのようです。

Folklore songs & dances from Macedonia

後半は典型的なマケドニアの踊りですが、冒頭の歌も何か調子外れに聞こえて、それが逆に面白いです(笑)

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2010年9月27日 (月)

マケドニアの舞踊

マケドニアでは、どちらかと言うとジプシー・ブラスよりも一般のフォーク・ミュージックを見てみようと思っていましたので、そちらメインで行きます。ギリシアの時にも書いたかと思いますが、名前が同じなので紛らわしいですが、現在のマケドニア共和国の住民の多数は、アレクサンダー大王の古代マケドニア(こちらはギリシア系)とは直接には関係のないスラヴ系民族で、同じ南スラヴ同士のブルガリアとの文化的繋がりが深いとされています。変拍子の多さでは旧ユーゴの中でトップでしょう。今日の映像の複雑なステップなどを見ても、目が回りそうです(笑) バルカン・ブラスも、こう言ったマケドニア固有のリズムが先にあってのものでしょうね。ビザンツの時代ではなく、やはりオスマン帝国時代に育まれたリズムなのでしょうか。

Macedonian Folklore Dance Ensemble" Tanec " - Pirin Dance from Ririn part of Macedonia

East Macedonian Folklore Dances & Songs - "Kočo Racin"

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2010年9月26日 (日)

コチャニ・オルケスタル

マケドニアのロマ音楽で、エスマと来れば次はコチャニでしょうか。四国ほどの面積のバルカンの小国ですが、ロマ音楽家のビッグネームが結構出ているように思います。
コチャニ・オルケスタルは、ブラスの盛んなバルカンの全ジプシー・ブラスの中でも、ルーマニアのファンファーレ・チォカリーアと並ぶ知名度を誇っています。01年か02年だったと思いますが、タラフ・ドゥ・ハイドゥークスとのジョイントコンサートには私も行きました。白熱のステージは今でもよく覚えています。今日の一本目はその頃に出たCDのおまけ映像だったと思いますが。(かなり記憶があやふやになってます(^^;(笑)) 
あの頃は大変な人気でしたが、最近はどうなのでしょうか。関東から離れたので、状況がよく分からなくなってしまいました。タラフでは長老のニコラエ・ネアクシュが亡くなるし、オールド世代が少しずつ欠けていって、寂しい限りです。(00年、01年は2年連続でネアクシュ爺さんを見れて大満足。彼の芸はとにかく最高でした)

Taraf de Haidouks

Kocani Orkestar - Agonija

Kocani Orkestar

冒頭バリトン(ユーフォニウムに似た楽器)が吹き出すのは、ルーマニアの無拍の哀歌ドイナでしょうか。続いて、ブレゴヴィチのカラシニコフ(映画「アンダーグラウンドより)を経て、最後はルーマニアのひばり(チョカーリア)で締め。こういうソロ演奏も面白いです。

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2010年9月24日 (金)

エスマ・レジェポヴァ

ロマ繋がりで、そろそろ西のマケドニアに移動します。これから旧ユーゴ諸国巡りになります。
この国のジプシー女性歌手でまず思い出すのは、エスマ・レジェポヴァです。2001年には来日も果した「ジプシーの女王」の迫力のある歌声は別格の感があります。彼女はヨーロッパ最大のロマ・コミュニティのあるマケドニアのスコピエ出身。Network Medienの「ジプシーの女王」のカバーを飾っていましたし、最近の録音も何点か出てきていますが、若い頃の歌唱もアメリカのMonitorからLPで出ていて、大分後になってジプシー音楽ブームがやってきてから、あれはエスマだったんだ!と気が付いたことがありました。そのLPの可憐な少女が「ジプシーの女王」のカバーと同じ人だと知って少なからず驚いたものです。

Esma Redžepova "Romano horo", gypsy song

Esma Redžepova- Davaj, Davaj, Čičo

これは正にMonitorのLPの頃のイメージと歌です。マケドニアの典型的なフォークメロディ。

Esma Redžepova i Ansambl teodosokovski-Stani mome da zaigraš

Esma Redžepova- Čaje Šukarije/Bojate Bane Buski

ESMA REDŽEPOVA - CHAJE SHUKARIJE

「ジプシーの女王」のカバーに近いイメージ。

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2010年9月23日 (木)

ブルガリアのロマ

もう少しブルガリアのジプシー(ロマ)音楽を追ってみます。西隣のマケドニアの方が有名なロマ音楽家が多かったようにも思います。豪快なバルカン・ブラスも出てくるのに対し、ブルガリアでは比較的小ぢんまりしてるとも言えるでしょうか。しかし、よく見ていると面白いことをやっていたり、昨日のようにチャールダッシュ風だったり、ヴァラエティに富んでいるとも言えそうです。全く行き当たりばったりの検索結果にもかかわらず、ロマ楽士の芸達者振りには、舌鼓ならぬ耳鼓を打ちました (^-^)3

Jim Gold Bulgaria Tour 2010--Roma Band at Chalin's Farm Pirin Mountains

南西部のピリン地方での演奏風景のようですが、この地のロマではないのかも知れません。クラリネット、アコーディオン、打楽器のトリオですが、タパンを叩くように左手にマレットを持ってダラブッカ(ダンベク?)を叩いているのが(ダラブッカは本来こういう風に叩くものではないだけに)、とても印象的です(笑)  August 25, 2010. Jim Gold Bulgaria Tour 2010. Dancing and dinner at Chalin's Farm in the Pirin Mountains. Roma Band performs. Videographer Carol Karels.

Bolgár roma zenészek - Bulgarian gypsy musicians - Ederlezi

これはユーゴの曲ですが、ゴラン・ブレゴヴィチの音楽で有名になったエデルレズィを演奏しています。バルカンのロマにとってAnthemのような歌だと称揚されていました。私自身も、90年頃にエミール・クストリッツァ監督の「ジプシーの時」のサントラで聞いて以来、忘れられない一曲です。

bulgarian gipsy musicians 2

ツィンバロム2台がフロントで大活躍する演奏。速いパッセージのメロディ・ラインや曲の展開から見ると、これはルーマニア南部のワラキア・ジプシーの音楽にそっくりに聞こえます。

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2010年9月22日 (水)

ブルガリアのジプシー音楽

ブルガリアに戻りまして、ジプシー関係をほとんど見てなかったので、調べてみました。特徴的なリズムとバルカン・ブラスなどでお馴染みのくねくねしたメロディは共通したものだと思いますが、色っぽい踊り子たちはブルガリア人でしょうか? オリエンタルな踊りになってくると、その旋律などにはインド西部にまで繋がる東方的な要素を確実に感じさせます。しかし、同時にバルカンらしさもはっきりと刻んだものであるのがユニークなところでしょう。

BULGARIAN Gypsy - Sevgilim Apaz taifa - Mis Dibi

Romani-Gypsy-Bulgarian Ot Hisarskia Pop"Dai si syrceto"soulful performance by Simich

bulgarian gipsy musicians

どこかハンガリーのチャールダッシュに似た感じなのが面白いです。

Mishka Ziganoff - Odessa Bulgar (classic klezmer accordion)

20日にアップしましたクレズマー曲、オデッサ・ブルガールの異ヴァージョンを作曲したMishka Ziganoffの演奏と映像。Rounderの「クレズマーのパイオニア」収録の一曲です。こないだふと思ったのですが、この名前ですから、彼はもしかしたら、ジプシーなのでしょうか? (よく調べれば分かることかも知れませんが)

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2010年9月21日 (火)

往年のクレズマー大御所3人

クレズマーを取り上げるのは今回は今日までにしますが、最後に往年の大御所3人を。リヴァイヴァル・クレズマーの面々などの曲には、特にデイヴ・タラスとナフテュール・ブランドヴァインの名前はしばしば出てきます。とても尊敬を集めている二人で、70年代にムーヴメントを起こした面々が彼らの演奏を聴くことがなければ、クレズマーはリヴァイヴァルしなかったのではと思われる程。3人ともウクライナやルーマニアなどの、正にブルガールの盛んだった地域から、20世紀初頭にアメリカに移住した音楽家たちです。その波乱万丈の人生の喜び、悲しみを、これらの演奏は映し出しているようです。

DAVE TARRAS - Chusen Kala Mazel Tov

Dave Tarras, 1897-1989, born Dovid Tarraschuk in Ternivka, (a village in Teplytskyi Raion, Vinnytsia Oblast, Ukraine), possibly the most famous 20th century klezmer musician. He is known for his long career and his very skilled clarinet playing.

DAVE TARRAS TRIO (1941): Branas Hassene

このトーキー(無声?)映画に付けられた音楽なのかどうか不明ですが、デイヴ・タラスのクールな演奏が実にぴったりな気がします。

Naftule Brandwein - Heiser Bulgar

Rounderから出ていたナフテュール・ブランドヴァイン(1884–1963)の復刻盤の確か一曲目。「King of Klezmer Clarinet」のタイトル通り、デイヴ・タラスと並んで往年のクレズマー・クラリネットの重鎮。

Abe Schwartz Yiddisher Orchestra - Gelebt un Gelacht Freylekhs (classic klezmer)

This is the same tune known famously as "der Heyser Bulgar". In fact, I'm pretty sure Naftule Brandwein is playing clarinet on this version as well.とあるように、ナフテュール・ブランドヴァインと同じハイザー・ブルガールの演奏。ブランドヴァインは、一時エイブ(アベ?)・シュヴァルツの楽団にいたようです。This is the same tune known famously as "der Heyser Bulgar". In fact, I'm pretty sure Naftule Brandwein is playing clarinet on this version as well. 
(From Wikipedia) Abe Schwartz (1881-1963) was a well-known klezmer musician of the 1920s. He was born outside of Bucharest, Romania, and moved to the United States in 1899. He soon distinguished himself as a talented arranger and composer of music, as well as a violinist, pianist, and bandleader. The famous klezmer clarinetist Naftule Brandwein played for a time in Schwartz's ensemble.

HALEVAI - Moishe Oysher and The Barry Sisters

横にあったので、一緒にアップしておきます。ユダヤ版ザ・ピーナッツとでも言えそうな(笑)女性デュオ、バリー・シスターズ。ハシディックな旋律が横溢しながらも、同時に何とポップなんでしょうか。

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2010年9月20日 (月)

複数のオデッサ・バルガー

今度はブルガリアからクレズマーの方にそれていますが、この機会にもう少しクレズマーのブルガールを見てみます。最も有名なクレズマー曲の一つと言って良いオデッサ・ブルガール(バルガー)ですが、よく聞くメロディは昨日の一本目でしたが、往年の名人の演奏を収録したRounderの「クレズマーのパイオニア」に出てくるのは、全く異なります。これもとても良い旋律です。
前者の方は何か映画に使われていたのを覚えていますが、それがパッと出てきません。確かトポルがテヴィエ役の「屋根の上のヴァイオリン弾き」だったように思いますが。(ポーランド映画「宿屋」だったかも?) ちょうど今日の3本目のような、ハシディックな雰囲気の溢れる場面でした。

Klezmer Pioneers [1905~1952] - Odessa - Bulgar

1905-52年の往年の名人の演奏を収録したRounderの「クレズマーのパイオニア」から。映像はそのジャケット写真。90年代にはクレズマーのヒストリカル音源が色々出て、このラウンダー盤も随分と人気のあった盤ですが、現在入手困難になっているようで、残念です。

Odessa Bulgarish | Klezmerband Spiel Klezmer Spiel

ヴァイオリンとアコーディオン、ユーフォニウム(ではなくバリトンのようです)のトリオ。オランダのグループで、クラリネット奏者はこの曲では休んでいます。こういう小編成で聞くのも曲の生まれる過程を見ているようで楽しいものです。

Melech Mechaya - Bulgar from Odessa (ao vivo em Pombal)

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2010年9月19日 (日)

クレズマーのブルガール

もう一つ、ユダヤの音楽に「ブルガリア」の名前が刻印されている音楽があります。クレズマーの典型的なダンス・チューンの一つ「ブルガール」(英語ではバルガーと発音しているようです)で、オデッサやキシニョフなどが頭についている通り、黒海北岸の町で盛んだったことを物語っているようです。
ヴォルガ・ブルガールの時に触れましたように、中世の黒海北岸はテュルク系遊牧民ブルガール人(ロシアにとってはタタール=韃靼人の一つと言って良いでしょう)が幅を利かせていました。相前後してハザール帝国(テュルク系遊牧国家で国教がユダヤ教だったことで有名)も近くに出現した訳で、大いに関係ありと見て良いのでしょうが、アシュケナジーム(イディッシュ語を話す東欧系ユダヤ人)が古代パレスティナからの離散ユダヤ人の末裔ではなく、ハザール系だとしてしまう傾向(最近も結構この見解を見かけます)には大いに疑問を覚えます。多少はアシュケナジームのグループにも流れたとは思いますが。主な理由は、大分前にハザールについて書いた時と同じで、ハザール消滅からアシュケナジーム・コミュニティーの出現まで何百年も開いていること、ハザールの言葉はテュルク系なのに対しアシュケナジームはドイツ語が骨格のイディッシュ語である点、ハザールの支配層がユダヤ教だっただけで一般民衆はムスリムが多かったこと等です。テュルク系言語を話す少数民族のカライムは、ハザールの直系かも知れないというのは、大分前にも取り上げました。しかし、アシュケナジームとカライムは、直接には関係ないのではと思います。
と、またハザール問題をつつきだしてしまいましたが(笑)、何度も立ち寄りたくなる興味尽きない問題ではあります。まずは代表的なクレズマー曲の一つ、オデッサ・ブルガールなどをどうぞ。
ユダヤの「ブルガール」の起源は、もちろん遊牧民ブルガールの音楽までさかのぼるものではなく、ベッサラビアやモルダヴィア、ルーマニア東部にいたブルガリア人の舞曲に基づいて、19~20世紀初頭のクレズマー名人(クラリネット奏者のデイヴ・タラスなど)が名演奏を聞かせ、一気にポピュラーになったクレズマーの舞曲&ジャンル名です。その位、黒海北岸のブルガリアンの音楽が魅力的だったということでしょう。

Odessa Bulgar / Bessarabye Hora - Ben Paley & Tab Hunter

GUWISAKALIGULI II - 14 Bulgar aus Kishinev.

モルダヴィアの首都キシニョフの名のついた長調のブルガール。有名なクレズマー曲ですが、余りyoutubeはないみたいです。しかしこういう素人の(しかも可愛い子供たちの)演奏も悪くないです。

Klezmer op Muziekschool Groningen

ここでもキシニョフのブルガールなどをやっています。うまい演奏ではないけど、新鮮です(^-^) こんな風に子供たちに弾き継がれているのは素晴らしいことだと思います。

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2010年9月17日 (金)

再度La rosa enflorece

セファルディーの名歌「La rosa enflorece」をもう少し当たってみます。enfloreseではなくenfloreceとした方が色々と出てきます。昨日一度アップした後に訂正しましたが、この有名なメロディは、ソフィアのセファルディー・コミュニティーのもので、今回の捜索にぴったしかんかんの一曲でした。セファルディーの歌を一躍有名にしたエステル・ラマンディエの80年代のLPのトップを飾っていたのも、この歌でした。その時の解説は、スペイン・中南米音楽(クラシック中心)の権威、濱田滋郎氏だったと思います。
この歌のセファルディーらしさ、というのはその哀切なメロディにありますが、中でもエキゾチックに聞こえる増二度音程の所が(2番の歌詞のロス・ビルビリ~コス・カ~ア~ンタンと歌われる中の、ア~ンの部分)その肝の部分で、この音程はセファルディー歌謡だけでなく、アシュケナージのアハヴォ・ラボ旋法にも出てきますし、アラブ音楽にも多いものです。セファルディーの場合アラブ色に彩られながらも、アラブ音楽のような畳み掛けるような押しの強さはなく、そこはかとない哀感がはらはらと漂うような感じが、その特徴と言えるでしょうか。何だか抽象的ですが(笑)

Esther Lamandier La Rosa enflorece circa 1492

エステル・ラマンディエの歌唱で。この映像は当ブログ2,3回目の登場です。

LADINO - La Rosa Enflorese ( Los Bilbilicos -the nightengales) Sephardic Judeo Song

最初に出てくる歌い手は、ブダ盤数枚でお馴染みのフランソワーズ・アトランだと思います。ヤスミン・レヴィなどが続きます。50秒くらいの箇所にセファルディーのディアスポラ(離散)のルートが地図で出てきます。イタリアにも多いですが、フランスも南仏などに多く、ラマンディエはフランスのセファルディーだったかも知れません。ポルトガル~オランダと渡った中で最も有名な人は、哲学者バルーフ・スピノザでしょう。

la rosa enflorece

La rosa enflorese
en el mez de mars
i mi alma se s'kurese (2x)
d'estar en este mal.

Los bibilikos kantan
sospiran del amor
i la pasiyon me mata (2x)
muchigua mi dolor.

Los bibilikos kantan
en el arvol de la flor
debasho se asentan los (2x)
ke sufren del amor.

バラが花開く
5月になって、僕の心は月光の下
翳っている。

ナイチンゲールは歌う。
恋のためいきをつきながら、
情念は僕を殺し、
僕の悩みを研ぎ澄ます。

ナイチンゲールは開花した樹木の上で歌い、
下では恋に苦しむ人たちが座っている。

訳詩:先日も出てきた「セファラード」(而立書房)より引用

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2010年9月16日 (木)

Hija mia mi querida、La rosa enflorese、Noches, noches

BulgariaとSefardiでyoutube検索したら、今日の3曲が見つかりました。一本目は解説に「ブルガリア」と入っているだけかも知れませんが、二、三曲目はブルガリアかユーゴのセファルディー・コミュニティー起源と思われます。3曲とも、セファルディー・ナンバーとしては、かなりよく知られている歌です。バルカン風な面も聞こえるように思いますが、いかがでしょうか。

MASHALÁ * Hija mia mi querida *

Este versátil grupo interpreta hermosas y evocadoras melodías de los reinos del exilio sefardí, como Turquía, Grecia, Marruecos, Argelia, Bosnia o Bulgaria. Una selección ecléctica y amplia de canciones posteriores a la inquisición, de origen sefardí, mizrahi y al andalus en ladino (judeo-español), hebreo, hebreo rashí (del Magreb), arabe y francés.

"La rosa enflorese" tradizionale sefardita (Sofia, Bulgaria)

82年頃にエステル・ラマンディエが来日した際に歌っていた曲「バラが花開く」をリコーダー?で演奏。当時TVで彼女のハープ弾き語りが放映されました。間違いなく最も有名なセファルディーの歌の一つでしょう。この有名なメロディは、ソフィアのセファルディー・コミュニティー由来。このロマンセはトルコなどに異ヴァージョンが色々あるそうですが、今日のブルガリアのメロディが一番知られていると思います。

Jana Lewitova - Noches, noches - Sephardic Songs

チェコの古楽歌手ヤナ・レヴィトヴァーの歌唱。映像のArta盤からです。訳せば「夜よ、夜よ」となると思います。この曲もメロディーに異ヴァージョンが色々あって、先日のTitanicのブルガリア&ユーゴスラヴィアのセファルディー編に入っていましたので、今日アップしてみました。(メロディは少し違います)

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2010年9月15日 (水)

Una Pastora (羊飼いの女)

昨日のブルガリアのセファルディーの歌「ウナ・パストーラ」(邦訳は今日のタイトル通り)は、何人の歌手が歌っていたか覚えられないほど、音源もあったと思います。そのしみじみとした哀感は日本人の耳にも馴染みやすいはず。今日は而立書房から96年に出ていた「セファラード」(リリアーナ・トレヴェス・アルカライ・著、谷口勇・訳)から、解説と訳詩を転載しておきます。セファルディーの音楽についての名著で、刊行から14年経っていますが、まだ入手できるようです。

Dina Roth - Una pastora yo ami

僕は恋した。
一人の羊飼いの女、優しい少女に。
子供の時から愛してきた、
ただ彼女だけを。

ある日庭の中に座っていた時、
僕は彼女に言った、「甘い花よ、
お前への愛のせいで、僕は死にそうだ。」

彼女は両腕に僕を抱きしめ、そっと口づけした。
僕に優しく答えて言った。
「あんたは恋するには若すぎるわ。」

僕は大人になり、彼女を探した。
彼女は結婚していて、僕は彼女を失った。
彼女は僕のことを忘れてしまったが
僕は今でも彼女を愛し続けている。

ソフィア由来の歌。青春期の恋人なるテーマはセファラードの伝統的な詩では稀ではない。実際このテーマは多くのロマンセにおいて見出されるのである。はなはだ年下の男に惚れ込まれた、大人の女なるテーマも、たとえば、アリアルダのロマンセにおけるように、しばしば見られるものである。

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2010年9月14日 (火)

ブルガリアのスペイン系ユダヤの歌

ブルガリアは近世までオスマン・トルコ領だった訳ですが、そのブルガリアに中世以来のユダヤ訛りのスペイン語(ラディノ語)を話すユダヤ人がいたことはほとんど知られてない事実かも知れません。バルカンのスラヴ世界にスペイン語? まるっきりヨーロッパの東西の端どうしではないか? 関係があるのか? というのが大方の感想でしょう。
15世紀末のレコンキスタの時期のスペインから、イスラム教徒と共に追放されたユダヤ人が移り住んだ先は、対岸のマグレブ(現在のモロッコ、アルジェリア、チュニジア)や、東地中海方面のオスマン帝国領内が中心でした。オスマン帝国内と言うのは、現在のトルコだけでなく、バルカン半島ではブルガリア、旧ユーゴ諸国が中心で、更にはパレスティナ(16世紀から20世紀初頭にイギリスの委任統治領になるまで長らくオスマン帝国領でした)にもセファルディーのコミュニティーがあったことはIneditの音源「ハザヌート」でも明らかです。スペイン系ユダヤ人(セファルディー)などのユダヤ音楽については、当ブログにも度々触れていますが、併せてこちらの拙文(かなり前のものですが)もご参照下さい。
セファルディーの歌では、女性の歌う哀切なロマンセ(物語歌のようなジャンル)が大変に美しく、80年代のエステル・ラマンディエの来日の頃から日本でも比較的知られているかと思います。大分前にTitanicレーベル(現在はおそらく活動してないと思います)からVoice of the Turtleというグループのセファルディー歌謡のCDが3枚ほど出ていました。ハヌカーのコンサート、トルコのセファルディー、ブルガリア&ユーゴのセファルディーの3枚で、こういう盤が出る位、どのセファルディー民謡がどこのセファルディーのコミュニティーに由来する歌か分かっているようです。
明らかにブルガリアのセファルディーの歌だと分かる名曲Una Pastoraがyoutubeにありましたので、今日はこの一曲を上げておきます。歌詞については、時間切れになってしまったので、また明日に回します。この曲は色々なCDに収録されています。ディスコグラフィーはこちら
セファルディーの歌は、一般のブルガリア人にとって、どう聞こえていたのでしょうか。これも前から気になっていた点です。余談ですが、ブルガリア・セファルディーの有名人の筆頭は、作家エリアス・カネッティだろうと思います。

Yasmin Levy Una Pastora (Sentir 2009)

上のディスコグラフィーの一枚目、ヤスミン・レヴィの最近作センティールから。

לאדינו :"אונה פסטורה" תיעוד ד"ר יצחק (איציק) לוי

こういう一般のスペイン系ユダヤの婦人の歌う独唱が本来の姿でしょう。

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2010年9月13日 (月)

Breznitsaの音楽

こないだポマクを見ていて発見した映像ですが、Breznitsaという村の音楽をアップしておきます。Breznitsaの場所はブルガリアの南西部でロドピ地方に近いようです。同じくブルガリアン・ヴォイスの中心地でもあるピリン地方にも近いのではと思います。ギリシアとの国境に近い所ですが、伴奏はタンブーラ系の弦楽器が出てきて、その音楽はかなり中東的(というよりトルコの地方音楽に近いでしょうか)に聞こえる所もあります。

Voices from Breznitsa

素朴で可愛らしい女性の歌。

Voices from Breznitsa 4 - Karaahmed

タンブーラ?弾き語りのデュオ。これがブルガリア?という驚きを覚えました。

Imala Maika - Issa Bektash i Gaitani, Breznitsa village

おじさん達も入ったこういう厚みのあるアンサンブルは、また独特な趣もあって良いです。どちらかと言うと、中東的な色合いもj濃い目に思いますが。

Ot Izvora - Pesni ot Breznitsa

老婦人の二重唱。音は割れていますが、割れてなくても相当強烈だと思います(笑)

Rodopska Kitka Yakoruda

比較のためにロドピの一本も。ロドピに来ると急速にブルガリアン・ヴォイスのイメージが強まります。

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2010年9月12日 (日)

Велико Търново

今日のタイトルはヴェリコ・タルノヴォと読みます。ブルガリア中北部になりましょうか、州都は同じくヴェリコ・タルノヴォという町で、ここは大相撲の琴欧洲の出身地。写真に見えるようにとても美しい古都です。
色々と不祥事続きでしたが、何とか秋場所が今日から始まりました。一大相撲ファンとしては嬉しい限りです。個人的には琴欧洲と白鵬を応援していますが、国技なのに日本人が上位に入ってないのが寂しいですね。しかし、この二人には日本人力士よりも関取としての風格や詫び寂びのようなものも感じます。
タルノヴォの2文字目のъ(ロシア語ならトヴョールディ・ズナークという文字に該当)ですが、ロシア語の場合は音節を区切る文字として使われ、母音が当てられることはありませんが、ブルガリア語の場合は「あいまいなア」のような音になるのでしょうか? ブルガリア(България)の2文字目でもあります。

Veliko Turnovo - Tsarevets, Велико Търново - Царевец

Veliko Turnovo is the old capital of Bulgaria. This is a short clip of the Tsarevets Castle remains that remind us about the existence of one of the oldest Empires in Europe!と解説にあります。ウィキペディアにも「ヴェリコ・タルノヴォはブルガリアでも最古の集落のひとつであり、5千年紀を超える歴史を有する。この地域に人間が居住していた最古の痕跡は紀元前3千年紀のものである。」とありました。トラキア時代かあるいはそれ以前ということになるのだろうと思います。スラヴ民族やブルガールが南下してくるより、はるか大昔です。音楽はこの町のものでしょうか?

Честване денят на Земята - Велико Търново - Хоро 1част

ヴェリコ・タルノヴォのガイダ・デュオ。

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2010年9月10日 (金)

ガドゥルカ

他のブルガリアの楽器と言うと、すぐに思い出すのはガドゥルカとアコーディオン辺りです。アコーディオンは探すのが難しそうなので、今回は割愛します。擦弦のガドゥルカは8月10日にも一本上げました。ロマの放浪楽士の素晴らしい演奏でした。
この楽器、中東のケマンチェやカマンチャ、より近いイメージでは、クレタのリラや、トルコのケメンチェなどの擦弦楽器と同属楽器だろうと言うことは一目瞭然ですが、名前は「ガドゥルカ」とスラヴ的な名前になっています。小さなボディに似合わないほどの豊かな音色(共鳴弦があるからでしょうか)には毎度聞き惚れてしまいます。

Virtuoz - Severnqshko vlashko izpulnenie s gadulka

Folklore music from north Bulgariaとあるように、ルーマニア南部ワラキアの音に近い印象。

Atanas Vulchev Plays solo on Gadulka, Traditional Bulgarian instrument

合唱でも有名なショプ地方の名人のようです。これは、素晴らしい演奏。This is One of the Best Gadulka players ever lived - Atanas Vulchev from Shopski Region, Bulgaria. The Audiance is little "not smart" they dont know when to clap, but.... just listen the music... and enjoy the traditional bulgarian music and Culture.

Atanas Vulchev - Shopsko horo(part 4)

Street Musician Playing Bulgarian Gadulka

Street musician in Zaragoza, Spain bowing a Bulgarian gadulka. The instrument looks a little like the Afghan rebab or the Indian sarod. とあります。何とスペインでガドゥルカの街頭演奏。彼もロマでしょうか。

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2010年9月 9日 (木)

ブルガリアのクラリネット

ブルガリアの楽器を見ていく上で、伝統楽器とは言えないかも知れませんが、忘れてはいけないのはクラリネットです。昨日のテオドシー・スパソフは実はブルガリアのカヴァル奏者で、別格的な存在だそうですが、クラリネットでは何と言ってもイヴォ・パパソフでしょう。ロマ(ジプシー)の音楽家らしく、とてもテクニカルな早吹きです。タラフ・ドゥ・ハイドゥークスに代表されるルーマニアのロマ音楽の場合、メイン楽器はヴァイオリンですが、ブルガリアの場合、花形はやっぱりクラリネットでしょう。この男臭いルックスとぴったり一致するエネルギッシュな演奏だと思います。クラリネットをやってる人から見れば、唖然とするようなテクニックなのでは。

IVO PAPASOV IBRQMA

Ivo Papazov Orkestar-Kozari

Belly Dance Music by Ivo Papazov & Atanas Stoev

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2010年9月 8日 (水)

カヴァル

ブルガリア音楽の楽器編、今日はカヴァルです。この縦笛も旧ユーゴ諸国とブルガリア中心に広く吹かれています。周辺諸国には似た笛が沢山あり、ハンガリーのフルヤ、トルコのネイ、イランのネイ、アラブのナイ、バシキールのクラル(確かこの名前だったと思いますが)などは代表的なものだと思います。日本の尺八とも若干似ている、と言えるでしょう。歌口は実物を見たことがないのでよく分かりませんが、おそらくイランのネイのように、切ったままの筒ということではないと思います。でもトルコのネイの口とも違うように見えます。音はクラリネットのようなシングル・リードが付いているのではと思うほど、息の漏れる音の少ない、明瞭な発音です。節回しは歌と同様に相当込み入ったラインを描いています。哀愁というよりも、スラヴ音楽の灰暗いパッションの迸りを表現するには最適の楽器だと思います。

Bulgarian kaval - Veso Hasabaliev at the Academy

Bulgarian kaval: Stojan Velichkov - Godezharska / Годежарска

Teodosii Spasov - Kaval

セルビアのカヴァル奏者の演奏。歌(声)とカヴァルのダブル・トーンはよく見られるテクニックですが、彼がやっているのはインド音楽の影響も感じさせる実験的なプレイです。

Kosovo song - Marije, bela Marije - played with kaval

コソヴォのプレイヤーのようです。こちらはオスマン・トルコのネイの影響がより近く感じられます。

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2010年9月 7日 (火)

ガイダ

ブルガリア自体の器楽をまだちゃんと見てませんでしたので、少し上げてみます。まずはバルトークのピアノ曲などでも模倣されたガイダから。ドローン(持続低音)の上で装飾的な主旋律を奏でるスタイルは、ブルガリアン・ヴォイスの元とも言えるものでしょう。若手のはつらつとしたデュエットなどもありますが、やはり古老の演奏の方が、味わい深く聞けるように思います。バグパイプのある国は枚挙に暇がありませんが(ヨーロッパの場合ほとんど全てかも)、ブルガリアのガイダ独特な音色というのは、確かにあると思います。

Simitli Gaida Player

Pirin Pee or Pirin Sings Music Festival. It is a Bulgarian Folk Music Festival in August every two years.とありますが、ピリンのガイダ奏者なのか不明。ペザント(農民)・ミュージックですから、ステージではなく、こういう野辺で吹かれるのが一番ぴったりきます。外でもしっかり聞こえる訳ですから、さぞかしけたたましい音だろうと思います。

BULGARIAN GAIDA Bagpipe Solo - instructional video VCD

Gaidarsko nadsvirvane Gela 2007 - My Favorite 2

これは3声に聞こえます。とんでもない超絶技巧では。

Bulgarian talanted musician- enjoy it!

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2010年9月 6日 (月)

ポマクの器楽と民謡

次に行こうかと思っていましたが、ポマク(ブルガリア系ムスリム)で色々興味深い映像が出てきましたので、まとめて少し上げておきます。使われている楽器や歌の節などには、ブルガリアよりもイスラーム世界の音楽との繋がりが強く感じられます。これで言葉はスラヴ系でしょうから、何だか不思議です。

Българи мохамедани 7/8 Pomaks Πομάκοι Pomaklar

8本シリーズの7本目。ギリシア側のトラキア地方に住むポマクの音楽。ポマク版ブルガリアン・ヴォイスも聞こえます。Bulgarians in Greece.The pomaks of Thrace - Greece.

Българи мохамедани 8/8 Pomaks Πομάκοι Pomaklar

同シリーズの8本目。Bulgarians in Greece.The pomaks of Thrace - Greece.

Българи мохамедани 1/8 Pomaks Πομάκοι Pomaklar

同シリーズの1本目。更にご興味のある方は、再生後のリンクからどうぞ。

(Halil Cokyürekli) Pomak gaydasi, Kalenin dibinde bir tas ol

ポマクのガイダとありますが、バグパイプではなく、ズルナに似たダブルリードの管楽器です。(太鼓はタパン?)これはトルコ側のポマクでしょうか。

POMATSKİ PESNE - 2(POMAK TÜRKÜLERİ)

これは前に一度アップしたように思います。トルコのポマクの男性による民謡でしょうか。弦楽器はサズ系。「歌」の意味のPESNEは明らかにスラヴ系語彙。(ロシアではペスニャ)

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2010年9月 5日 (日)

ポマクの歌と踊り

ブルガールの話からブルガリアを少々脱線していましたので、戻しまして、大分前にトルコ枠でもアップしましたブルガリア系少数民族ポマクについて少し見てみます。ポマクと言えば、トルコのKalan Muzikから音源が出ていたのもあって、トルコにいるブルガリア系住民だけを指すのかと思っていましたが、ウィキペディアの「ポマク」を見たところ、ブルガリア人ムスリム全般を指していたようです。国もブルガリア、マケドニア、ギリシア、トルコにまたがってきます。オスマン帝国支配の時代にキリスト教からイスラームに改宗したブルガリア人の子孫で、 その名はポマガーチ помагач(占領者への協力者)やポムチェーン помъчен(拷問された)に由来するとのこと。随分な名前をつけられたものだと思ってしまいますが、彼らの音楽にはそんなプレッシャーなど跳ね返すような強靭なパワーを感じます。

Pomaklar

ここで聞く限り、ガイダの伴奏と女性の歌は、とてもブルガリア的です。

Българи-мюсюлмани / Помаци / Pomaks

ribnovo pomak

POMACI-POMAKS

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2010年9月 3日 (金)

ヴォルガ・ブルガールの芸術と建築

ヴォルガ・ブルガールの芸術&建築関係が数本見つかりまして、これは貴重な映像と思いましたので、今日はそれらを中心に。スキタイの美術は結構見かけるように思いますが、ヴォルガ・ブルガール(現在はチュヴァシとタタールスタンが後裔と言われます)のものを見るのは初めてです。タタールのモスク建築も色鮮やかで素晴らしいですね。序にハザールやキプチャクのも見たくなってきますが(笑) 因みに、宗教ではタタールはスンナ派イスラームが主流ですが、チュヴァシはロシア正教が中心になっているようです。
余談ですが、イスラーム学の大家、故・井筒俊彦氏がアラビア語を最初に手ほどき受けたのは、タタール人だったそうです。氏の著作がロシアの作家論から入って、イスラームの方に移ったのはその辺の経緯があってのことだったようです。

Volga Bulgaria Art

Volga Bulgaria

Kazan-Sofia the road to brotherhood !

このタイトルのような意見はタタール側から出てきているのでしょうか。昨日に続いてこれだけ出てくるとさすがに驚きます。言うまでもなく、カザンとはタタールスタンの首都、ソフィアはブルガリアの首都です。

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2010年9月 2日 (木)

広大なブルガリア世界

二日間見たように、時にモンゴルやハザールの下に隠れながらも、特に中世においてブルガリア世界はヴォルガ中流域から黒海北岸、ドナウ下流、現在のブルガリアと、帯状に広がっていたことになります。父クブラトの帝国が黒海北東岸中心、次男の興したヴォルガ・ブルガールがヴォルガ河中流域、三男の興したドナウ・ブルガールがドナウ下流からトラキアにかけて、と非常に広大な面積を占めていて、youtubeにはその「栄光の大ブルガリア」を描いたような内容のものが結構あります。
現在はかなりな部分がウクライナに入っている点に注目でしょう。ウクライナはクリミア・タタールやスキタイ、ブルガール、ハザールなど、遊牧文化が紙芝居のように次々現れては消えて行った場所です。その中でウクライナ独自のスラヴ文化がどう培われたかも興味深いところです。
ブルガリア以外のブルガールの文化は歴史の波に埋もれながらも、クレズマーのOdessa Bulgarなどにひょっこり出てきていると思います。ほぼ同じ地域にいた古代のイラン系遊牧民スキタイとの関係を云々する向きもあるようですが、そこまでさかのぼるのはどうなのでしょうか。今日はそんな中から、気になる映像をいくつか。

United Bulgaria

Bulgarian Empire

CHUVASH: Căvašlannă Ukrajyn Şynni

ヴォルガ・ブルガールの末裔と言われるヴォルガ中流域のチュヴァシのお婆ちゃん。

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2010年9月 1日 (水)

ドナウ・ブルガール

テュルク系遊牧民ブルガール人のルーツの地はウラル山脈以西で、現在のヴォルガ中下流域辺りでしょうか。6世紀中頃、ハーン(可汗)として、アゾフ海の北岸からヴォルガ川下流域に部族連合国家「大ブルガリア」を打ち立てたクブラトの死後、北方のヴォルガ・ブルガールと西方のドナウ・ブルガールに分裂。その前にはカフカス北麓のテュルク系遊牧民集団ハザール(何度も当ブログに登場しました)によって支配され、ハザールと同化して行きますが、そのハザールも10世紀には滅びます。
クブラトの次男コトラグに率いられた部族集団がヴォルガ中流域に興したのがヴォルガ・ブルガールで、彼らはハザール可汗国の支配下に入るも、アッバース朝と通行を結んでイスラム教を受容、ハザールの衰退とともに独立して王国を形成しますが、13世紀にモンゴル帝国に征服されて滅亡します。ヴォルガ・ブルガールの人々はジョチ・ウルス(キプチャク・ハン国)の領民となり、その後裔とされるのが、現在もほぼ同じ場所に住むヴォルガ・タタールやチュヴァシということになります。
一方クブラトの三男アスパルフに率いられドナウ川の下流域に定住した一団は、ドナウ・ブルガールと呼ばれ、彼らは東ローマ帝国と戦って現地のスラヴ人を支配する国家を形成し、680年に第一次ブルガリア帝国(ブルガール・ハン国)を建国。ブルガール・ハン国のブルガール人たちは9世紀頃にキリスト教を受け入れ、次第にスラヴ人と同化して、ブルガリア人を形成していった、という流れになります。(以上ウィキペディアの記述を中心に要約)
今日はそのドナウ・ブルガールについての歴史映画Величието на хана(ハーンの栄光)からの2つのシーン。第一次ブルガリア帝国建国を描いたブルガリア映画のようです。族長アスパルフと思われる男性も出てきます。凄惨なシーンなど出てくるかも知れませんが、史実に忠実なのではと思います。

"Величието на хана" - The glory of the khan 681 - part 1

"Величието на хана" - The glory of the khan 681 - part 7

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