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2010年9月 2日 (木)

広大なブルガリア世界

二日間見たように、時にモンゴルやハザールの下に隠れながらも、特に中世においてブルガリア世界はヴォルガ中流域から黒海北岸、ドナウ下流、現在のブルガリアと、帯状に広がっていたことになります。父クブラトの帝国が黒海北東岸中心、次男の興したヴォルガ・ブルガールがヴォルガ河中流域、三男の興したドナウ・ブルガールがドナウ下流からトラキアにかけて、と非常に広大な面積を占めていて、youtubeにはその「栄光の大ブルガリア」を描いたような内容のものが結構あります。
現在はかなりな部分がウクライナに入っている点に注目でしょう。ウクライナはクリミア・タタールやスキタイ、ブルガール、ハザールなど、遊牧文化が紙芝居のように次々現れては消えて行った場所です。その中でウクライナ独自のスラヴ文化がどう培われたかも興味深いところです。
ブルガリア以外のブルガールの文化は歴史の波に埋もれながらも、クレズマーのOdessa Bulgarなどにひょっこり出てきていると思います。ほぼ同じ地域にいた古代のイラン系遊牧民スキタイとの関係を云々する向きもあるようですが、そこまでさかのぼるのはどうなのでしょうか。今日はそんな中から、気になる映像をいくつか。

United Bulgaria

Bulgarian Empire

CHUVASH: Căvašlannă Ukrajyn Şynni

ヴォルガ・ブルガールの末裔と言われるヴォルガ中流域のチュヴァシのお婆ちゃん。

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