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2010年11月

2010年11月30日 (火)

Ciocarlia名演集

ここでちょっとルーマニアのチョカリーア(ひばり)の妙技の幾つかをアップしてみます。大分前にルーマニアの枠で何度か上げてダブる映像もあります。ブレゴヴィッチの曲に登場したように、ルーマニアを越えて東欧中で愛好されているのかも知れません。日本でもお馴染みのファンファーレ・チォカリーアのように、グループ名に入っている例も、実は多いのでは。
大分前にも書きましたが、ルーマニアのTV局TVRでは頻繁にルーマニア伝統音楽の番組が出てきます。ご興味のある方はチェックされてはいかがでしょうか。ライヴ放送のリンクを載せておきます。
http://www.tvr.ro/live_tvri.php

Victor Copacinschi - Ciocarlia

ツィンバロム名人の76年の映像。ツィンバロムも凄いですが、バックのヴァイオリンがこのテンポで裏打ちを刻み続けているのにも驚きを隠せません。Victor Copacinschi - Ciocârlia, ~1976

Grigoras Dinicu - Ciocarlia

「ひばり」はグリゴラシュ・ディニクの書いた名曲。今ではこの曲を弾かないルーマニア音楽の演奏家はいないのではと思う程。この映像は本当にそのディニク自身の演奏なのでしょうか? だとしたら超貴重映像でしょう。

George Enescu, Ciocarlia (click "more")

確か大分前にアップした映像です。これは本当にエネスコの演奏でしょうか? バッハの無伴奏を弾いた同一人物とは信じがたいものがあります。George Enescu was a Romanian composer, violinist, pianist, conductor and teacher, preeminent Romanian musician of the 20th century, and one of the greatest performers of his time.

Baldi Olier - Ciocarlia

フラメンコのトレモロ奏法ならこの猛スピードも可能なようです(笑) しかし、凄いテクです。A famous Romanian tune, originaly composed for violin, here magnificently performed by the phenomenon Baldi Olier. Filmed at "Tur Sinai" Farm in Jerusalem, 2006.

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2010年11月29日 (月)

カラシニコフと雲雀

今日もブレゴヴィッチをもう少し見てみます。「アンダーグラウンド」の中のヒットチューン、カラシニコフですが、曲の途中でルーマニアの「ひばり(チョカリーア)」のフレーズ(1分過ぎの辺り)が出てきます。バルカン・ブラスのど迫力は勿論魅力ですが、この辺りは古くからのルーマニア音楽ファンも「にやり」とさせた箇所ではないかと思います。何故ひばりのフレーズが挿入されたのか、知りたいところです。

Goran Bregovic Kalashnikov

ブレゴヴィッチ自身がヴォーカルとコンダクターをやっている?ライヴ映像。

Gheorghe Zamfir, Ciocarlia

比較サンプルとして、ルーマニアの「ひばり」を上げておきます。ルーマニア時代のザンフィルのパンパイプ(ナイ)の演奏。フランスに行ってからはジョルジュと呼ばれましたが、本国ルーマニアではゲオルゲでした。タラフ・ドゥ・ハイドゥークスの十八番でもありますが、まずこの曲を世界中に有名にしたのは、エネスコのルーマニア狂詩曲であり、ザンフィルの演奏でした。

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2010年11月28日 (日)

ゴラン・ブレゴヴィッチ

ボスニアの首都サラエヴォ出身の音楽家、二人目はゴラン・ブレゴヴィッチ。私が最初に彼の音楽を聞いたのは89年頃で、その盤とはクストリッツァ監督の映画「ジプシーの時」のサントラでした。あの頃はまだユーゴが混乱に陥る直前で、当時はこの国の民族音楽のLPやCDはほとんどなかったと思います。「お、ユーゴの音楽家なんて珍しいな」と思ったりしたものです。その後、00年のタラフ・ドゥ・ハイドゥークスの来日前後から盛り上がったロマ音楽ブーム辺りからは一気にユーゴ音源も増えました。(cf.旧ユーゴの音楽
この頃でしょうか、95年のクストリッツァ監督の映画「アンダーグラウンド」が大ヒット。ユーゴの内戦から収束の時期と重なるように、注目度がアップしていたように思います。では9・11後はどうでしょうか。バルカンから中東に注目の軸が移ったように思います。現在は?・・と言うと、最近きなくさい東アジアの方にはまだ向いていないようですが(笑)。このようにどうも政治情勢とワールドミュージックの人気動向は関係があるようにも思います。硝煙の匂いに惑わされることなく民族のルーツを探る、そういう方向性で当ブログは今後もやっていきます。

Kalashnikov

カラシニコフは、アンダーグラウンドの中で一番のヒット・チューンでしょう。このやぶれかぶれのようなブラスの強烈な響きのかっこよさは衝撃でした。

Goran Bregovic - Mesecina

同じく映画アンダーグラウンドからメッセチーナの実演。

Goran Bregovic - Kustino Oro

「ジプシーの時」からクスティノ・オロ。このようにバルカンの民族音楽を完全に血肉化している彼の音楽は魅力的でした。

EDERLEZİ - GORAN BREGOVİC

そして、何と言ってもこのエデルレズィです。「ジプシーの時」に入っていましたが、バルカン・ロマのアンセムと言われた感動的な歌です。

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2010年11月26日 (金)

サラエヴォの音楽家 ヤドランカ

ボゴミールについてもっと掘り下げたいところですが、余り分かりやすい映像はなさそうですので、次はボスニア出身の音楽家について見てみたいと思います。
首都のサラエヴォからは日本でもよく知られている音楽家が何人か出ています。1984年のサラエヴォ五輪の主題歌を歌い、戦火の収まらぬ祖国を離れ88年から日本に移住し、90年代から注目を集めてきた女性歌手ヤドランカさんと、映画監督のエミール・クストリッツァとのコラボレーションで知られるゴラン・ブレゴヴィッチがその代表格だろうと思います。彼らはボスニアに止まらず、旧ユーゴを代表する音楽家と言って良いのでしょう。ブレゴヴィッチはセルビア人、クストリッツァはボスニア人(ムスリム)、ヤドランカはセルビアとクロアチアのハーフ。このように文化的背景は異なっても、音楽を通してコラボ可能であることを証明して見せてくれた3人です。
今日はヤドランカさんの歌声から。60年代からロック畑等で活躍し、フランク・ザッパなどの先端的な音楽への関心を持ち続けたという彼女ですが、今日の2曲のような切々としたギター弾き語りには、アグレッシヴさではなく、先日来見たようなスラヴの吟遊詩人の伝統が脈々と生きているように思えます。

Jadranka Stojaković - Što te nema

Jadranka Stojakovic - SVE SMO MOGLI MI

Babuna i Zrze

ボゴミール関係も一本上げておきます。Region of exceptional beauty and cradle of Bogomilismと解説にありますが、後半がその「ボゴミリズムの発祥地」の探検映像でしょうか。だとしたら非常に興味深いものがあります。

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2010年11月23日 (火)

ボゴミール派

ボゴミール派は、中世のブルガリア中心にバルカン一帯に広がったキリスト教の一派で、東方正教会では異端とされました。ペルシアに興り古代地中海世界に広まったマニ教の流れを汲み、善悪二元論と現世否定に特徴のあるグノーシス的な教義を受け継いでいました。後に東欧だけでなく、イタリアやフランスにまで広まり、同じく異端のカタリ派に強い影響を及ぼしたことでも知られます。
オスマン帝国領に入ってからはイスラームに改宗する者が増え、14世紀末頃には消滅したとされますが、前に当ブログ(9月29日のゴーラ人についての記事)で見ましたように、ボゴミール派の末裔と名乗る少数民族がバルカンには残っているようです。特にボスニア・ヘルツェゴヴィナにはボゴミール派の遺跡が残っているようで、ボスニアに回ってきたら是非取り上げようと思っていた次第です。ヨーロッパの裏精神史の一端がバルカンには残っていました。

God,Bosnia and Bosnians

ボゴミール派の墓地と墓碑

Bogomili Bogomilsko dvizenje vo Makedonija 1/3

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2010年11月22日 (月)

再びセヴダ

昨日は所用のためアップできませんでした。今週は後2日ほど書けない日があるかも知れません。今日で記事数が1100になりました。
ボスニアのセヴダについては、見れば見る程、どういう歌をセヴダと言うのか分からなくなります。一般のボスニア民謡とは別と考えるのでしょうか。19日の最初の2本の歌手が歌っていたのはセヴダだったようです。今日はポップス寄りな演奏で、オリエンタル色が強めに出ているナンバーを。セヴダの初日に見たような儚げな曲調とは対照的です。

Bosna i Hercegovina.SEVDAH.ceri moja dal da te dam



イスラムの服装を纏った女性歌手といかにもバルカン的なリズム。これはセヴダになるようです。

Nihad Alibegovic i Donna Ares-Kceri moja Aliji dal da te dam-uzivo

同じ曲のようですが、更にオリエンタル色が濃厚に。

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2010年11月19日 (金)

SILVANA ARMENULIĆ 他

ボスニアのスーフィー音楽関連ももしあればと思っていましたが、今の所見つかっておりませんので、他の気になる映像を少しまとめて上げてみます。民謡の女性歌手、イスラーム圏由来の楽器を手に歌う男性歌手、他です。ボスニアでは、後は音楽と離れる内容になるかも知れませんが、ボゴミール派の件を当たってみる予定です。

SILVANA ARMENULIĆ - ZAPJEVALA SOJKA PTICA

内戦前の歌手でしょうか。艶やかな雰囲気を持った人です。歌っているのはセヴダか一般の民謡かは不明。

ismet agovic sevdalinke zapjevala sojk zapjevala sojka ptica

男性の持っている弦楽器は、アメリカのバンジョーやクルドのテンブールに似ています。

adhan from bosnia

アザーンと一緒に出てくるのは、ボスニアの美しい自然と建造物。

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2010年11月18日 (木)

サラエヴォのコーラン朗誦

アザーンだけでなくコーラン朗誦の映像もありましたので、併せて上げておきます。イスラームの聖典、コーランのより正確な表記はクルアーンで、ボスニアの首都サラエヴォのイスティクラル・モスクでの映像です。スーラというのは「章」の意味で、その後が章の名前です。朗誦者(ハーフェズ)はアジズ・アリリという方。
CD等で聞く限り、ビクターJVCの「偉大なクルアーン」ではアラビア語特有の喉音が控えめに感じられましたが、ボスニアの発音は本家のアラブの朗誦とほとんど変わらないように聞こえます。旋律的にもトルコのキャーニ・カラジャはトルコのマカームに乗せて読んでいましたが(仏Ocora盤は廃盤)、ボスニアの方はトルコ風な感じもなく、元のアラブの節のままという印象です。
ムスリムでなくとも厳粛な気持ちになる朗誦ですが、特に2本目のイブラヒームの章は、厳粛も極まって恐いほどです。

hafiz Aziz Alili - Sura Az-Zuhruf 81-89, Ad-Duhan 1-6

hafiz Aziz Alili, istiqlal mosque Sarajevo, Bosnia nad Hercegovina, May 2007

hfz. Aziz Alili - Sura Ibrahim 35 - 42

Veče Kur'ana, Novi Pazar, Sandžak, Bosna i Hercegovina (inšallah) 06.5.2006

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2010年11月17日 (水)

サラエヴォのアザーン

少々わき道にそれましたので、戻します。旧ユーゴではクロアチアとスロヴェニアも残っていますし、その後はルーマニア、ハンガリー巡りが控えていますが、年内にそこまで終えられるか微妙になってきました(笑)
さて、ボスニアの音楽で忘れてはいけないのは、イスラームの音楽です。オスマン帝国領だった時代以降、現在でもボスニアとコソヴォはムスリムの多い土地。長らくキリスト教徒とイスラム教徒が共生してきましたが、一度バランスが崩れると、宗教の違いが内戦の火種になりました。
ボスニアにはスーフィーの儀礼歌などもあると思いますが、まずはアザーンから。youtubeにはムアッジンが唱えるアザーン(礼拝への召喚)中心に結構見つかりました。イスラーム圏のアザーンの節回しはいずれも似ていて(アラブの旋法で言えばヒジャーズでしょうか)、言葉もアラビア語ですし、ボスニアらしさをこの中に探すのは難しいことかも知れません。
噂には聞いていましたが、モスクとサラエヴォの町並みは本当に美しいです。アザーンとセヴダが同時に聞こえる町というのも信じられない事実です。音源はSmithsonian FolkwaysとVDE-Galloからありました。

Azan Sarajevo (Bosnia) - Best Muezzin in Balkan ever

73 years old Muezzin from Sarajevo 1997. A incredible voice given by Allah. Muezzin Haghi Abdul Gani Hosi.

Tuzla (Bosnia) Athan / Azan / Ezan during the Ramadan 2009

Ezan in Sarajevo (Bosnia and Hercegovina)

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2010年11月16日 (火)

セヴダと「愛の嵐」

昨日の歌とセヴダの接点を少し当たってみました。チャイコのスラヴ行進曲では2曲のセルビア民謡が使われていますが、フリードリッヒ・ホランダーがイメージした元歌(あるとすれば、ですが)も、セルビア辺りの民謡である可能性は大いにあるのではと思います。現在のセルビア民謡よりも、周辺の音楽の要素が混然と溶け込んでいるセヴダの方がそんな可能性ありかもと思ったりした次第です。
昨日はマーラーの7番の3楽章も似ている云々と書きましたが、それは映画「愛の嵐」の中のテーマ曲(オープニング?)でした。似ているというか、編曲ものかも知れませんが。見たのが25年余り前なもので、混同しておりました。

MOSTAR SEVDAH REUNION-Cije je ono djevojce

音階的には似ていますが、曲調はセヴダに割りと多い南国的(ここではラテン的アレンジ)な雰囲気。

Ciganine sviraj, sviraj - Mostar Sevdah Reunion i Ljiljana Buttler

こちらも同じくモスタル・セヴダ・リユニオンの演奏で、タイトル通りジプシー音楽風。例の曲、ジプシー音楽の音階にはやはり近いと思います。
結局手がかりのないまま、モスタル・セヴダのコクのある素晴らしい歌声を堪能する2本のアップになりました(笑)

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2010年11月15日 (月)

「愛の嵐」の挿入歌 Wenn ich mir was wünschen dürfte

今日の曲はセヴダではないとは思いますが、ここ数日思い出して仕方ないので、この際アップしておきます(笑) Wenn Ich Mir Was Wünschen Dürfte(「望みは何と訊かれたら」)は、70年代のイタリア映画「愛の嵐」に使われ、一部のファンの間にはかなり知られた歌だろうと思います。この歌は30年代にマルレーネ・デートリヒが初めて歌いましたが、70年代になってシャーロット・ランプリングが「愛の嵐」の中の衝撃的なシーンで再び歌い演じました。知ってる人は激しく知っているシーンだと思います。
Friedrich Holländerが詩・曲とも書いたこの退廃美を極めたような陰鬱なメロディ、セルビアかどこかスラヴ圏のメロディに雛形があるようなことを読んだような記憶が薄っすらとありますが、残念ながらその詳細がすぐには分かりませんでした。詳細ご存知の方、いらっしゃいましたら是非お教えください。この歌を聴いてすぐに連想してしまうのが、チャイコフスキーのスラヴ行進曲と、マーラーの交響曲第7番の第3楽章です。この類似の件についても、どこかで指摘していたのを見かけた記憶があります。明らかに似ているように思いますが、いかがでしょうか。

Charlotte Rampling "Wenn Ich Mir Was Wünschen Dürfte"

映画「愛の嵐」より。最後の生首の場面はサロメを想起させる。

Marlene Dietrich - Wenn ich mir was wünschen dürfte

マルレーネ・ディートヒの歌唱。

Tchaikovsky - Marche Slave

Mahler: Symphony No. 7: Mov. 3

バーンスタイン指揮ウィーン・フィルによるマーラー交響曲7番の3楽章。

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2010年11月14日 (日)

セヴダの女性歌手

一昨日も見たように、色々な文化が重層的に聞き取れるセヴダについては、youtubeが豊富で選びきれない程です。そんな中で、女性歌手のもので特に素晴らしいと思ったものを上げておきます。

Emina Zecaj: Pita Fata Halil mejhandziju

特にこのサズ~タンブール系弦楽器伴奏の歌唱は素晴らしいです。

Emina Zecaj: Kraj tanana sadrvana

同じEmina Zecajの歌唱ですが、一本目の方は、かなりお若い頃のようです。曲は、例のハイネの詩に曲付けされたと思しき歌。

Hanka Paldum- "Stade se cvijece rosom kititi" Nad lipom 35

一昨日Kraj tanana sadrvanaを歌った映像を上げたハンカ・パルドゥムですが、この人は現代セヴダの「四天王」的存在の一人と言われているそうです。(参考図書:バルカン音楽ガイド) 名前で検索すると1400以上もの映像が出てきますが、彼女のレパートリーは、ジャンル的に一般的なボスニア民謡とセヴダに分かれるようです。この曲はセヴダです。

Hanka Paldum - Psenicice sitno sjeme LIVE Meraklije

こちらはロマ楽団伴奏の歌唱、でしょうか。

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2010年11月12日 (金)

Kraj tanana sadrvana

セヴダと言うのは、ボスニアに古くから伝わる叙情歌の一種で、スラヴとオスマンの音楽がブレンドした、憂いに満ちたメロディの味わいは格別です。同時に、アドリア海沿岸の音楽のような地中海的な明るさもかすかに感じられるところも魅力です。昔PLAYA盤で聞いたOh Ljubav, Ljubavという歌が結構気に入っていましたが、あれはセヴダだったのかもと思いましたが、youtubeは見当たりません。ボスニアでは有名な歌らしいのですが。
ということで、今日は少し似た雰囲気の歌をアップしてみました。ほとんどフリーリズムの、ゆったりしたラメント(哀歌)と言えるでしょうか。youtubeが何本もありました。一本目に以下の英文解説がありましたが、本当にハイネの詩なんでしょうか。驚きの事実です。
Here's yet another Bosnian song. Well, I found out, it's not 100% Bosnian. Just like "Kad ja podjoh an Bentbasu" came to Bosnia through Sephardic Jews, this one was originally written by two Germans! Amazing! I don't know what the song itself sounds originally, but I'm posting the German text, written by H. Heine.

Also, for the Bosnians who may have heard a different text, (only some words),I chose to sing this one, with "ropce" instead of "momce" because that's what's in the German text as well. ("Sklave")

Kraj tanana sadrvana, Bosnian Sevdah, (ww & vb)

Hanka Paldum - Kraj tanana sadrvana

Kad ja podjoh na Bentbasu, Bosnian traditional, Sevdah

この曲が一本目の解説にあるセファルディー(スペイン系ユダヤ人)の歌に由来すると言うセヴダ。しかし、驚きの連続です。(そう言えば、ハイネはユダヤ系詩人でした。)
It's an old traditional, one of the most famous in Bosnia, but few people know that it's actually a sefardic melody. When the jews were persecuted, chased away by the Inquisition from Spain and Portugal, many of them flew to the Ottoman Empire and specifically, in this case, to the Balkans. They brought us their cultural heritage and here's one exemple of the beautiful mixture with the local culture.

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2010年11月11日 (木)

モスタル・セヴダ・リユニオン

ボスニアのセヴダの大御所グループ、モスタル・セヴダ・リユニオンの動画が見つかりましたので、今日はそれらをアップしておきます。深みと哀愁味溢れる歌唱、バルカン音楽の躍動感、現代性も併せ持つ素晴らしいグループです。3本目は戦火のボスニアをくぐり抜け再結集を遂げたモスタル・セヴダ・リユニオンのドキュメンタリー。こんな悲惨な状況を乗り越えての歌声です。ボスニアの人々には、さぞ感動的に響いたことでしょう。50年程の活動歴を持つ歌手イリヤ・デリッチの歌声は、素晴らしいと言う他ないです。

Mostar Sevdah Reunion - Oj, djevojko pod brdom

Moj Dilbere

マケドニアのエスマ・レジェポーヴァがゲスト参加。この曲は例の楽譜にあったように思います。

BBC Documentary Mostar Sevdah Reuinion , Reunion ( 2. Dio )

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2010年11月10日 (水)

ボスニアのセヴダ

今日からボスニアヘルツェゴヴィナの方へ移動しまして、まずはボスニアの名高い民謡ジャンルのセヴダを見てみます。90年代のユーゴ内戦の中心地の一つで、悲劇の地として世界に知られることになってしまったボスニアですが、オスマン帝国以来のフォークロア、セヴダはボスニア人の心を表現する音楽として行き続けています。Snail Records(日本盤はビーンズ)からモスタル・セヴダ・リユニオン(モスタルの名を冠しているように南部のヘルツェゴヴィナのグループでは)のCDが出ていて、彼らの演奏で日本では広く知られたと思います。戦火のボスニアをくぐり抜けたボスニアのフォークロアは、バルカン的な憂いに溢れ、忘れられない印象を残す曲が多いです。
Boosey & Hawkesからヴァイオリン&ピアノの輸入楽譜Sevdahが出ていて、セヴダを知るには格好の資料だろうと思います。(同シリーズの楽譜にはジプシー・フィドラーとクレズマー・フィドラーというのもありまして、併せての参照をお薦めします)

Kraj Tanana Sadrvana, Bosnian Sevdah

Moj Dilbere, Traditional Bosnian- Sevdah

Moj dilbere, Bosnian traditional sevdah

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2010年11月 9日 (火)

ヴォイヴォディナ

セルビア北部のハンガリー系住民の多い地方は、ヴォイヴォディナと呼ばれています。第一次大戦後にオーストリア・ハンガリー帝国からセルビア王国が獲得した土地なので、ハンガリー系が多いのは当然でしょう。音楽もセルビアとハンガリーの両方が聞こえてきます。住民構成は、セルビア人:65%、マジャル(ハンガリー)人:14%、クロアチア人:3%、スロベニア人:3%とのこと(ウィキペディアより)。不明なパーセントが多いのも、気になります。ユーゴスラヴィア人というカテゴリーも存在するそうで、これは混血が進んだ結果、どのエスノグループにも入らない「南スラヴ(ユーゴスラヴ)」としか言いようがない人々を指すそうです。
しかし、東部のブラフや、南のコソヴォ、西のボシニャク(ボスニア系のムスリム)などでは音楽的にも大きく開きがあり、大きな国ではないのに、その多様さには驚かされます。

српске песме-где је српска војводина

ヴォイヴォディナの一種の愛国歌のような曲でしょうか。あるいは州の歌? これはセルビア、クロアチア、スロヴェニアのどれかになると思いますが、伸びやかな明るさからはクロアチア風に聞こえます。

Hungarian Folk song - TRIO

セルビア北部のSuboticaのハンガリアン・レストランでのチャールダッシュ。1分30秒辺りから演奏されているのは、ハ短調の作者不詳のチャールダッシュとして、ハンガリー国立民族楽団のLP「エチェル村の結婚式」に入っていて聞いたことのある曲でした。77年の来日の頃に出た音源で、フンガロトンからCDも出ていました。良い曲です。

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2010年11月 8日 (月)

セルビアとハンガリー

イムレ・カールマンさんの故郷、セルビア北部のハンガリー系音楽を調べてみました。逆にハンガリーでセルビアの音楽や舞踊が披露されることもあるようで、同じHNで両国の舞踊をアップしている人がいました。一つの催しに出てきたのではと思われます。セルビア北部とハンガリーは民間の交流が盛んということでしょうか。

Hungarian folk song and dance in Subotica Serbia part 8

セルビアのSuboticaでのハンガリーの歌と踊り。これはハンガリー本国ではなくセルビア側の伝承でしょうか? 音楽的には完全にハンガリーです。

MLADOST Folk Dance Serbia in Hungary

ハンガリーでのセルビア民族舞踊のステージ。音楽だけでなく衣装も東方的(あるいはオスマン風)な印象です。

Hungarian Verbunk Internationally

こちらはハンガリーの民族舞踊ヴェルブンク(ヴェルブンコシュとも)。上と同じ人がアップしています。

Република Србија - what does this mean?

ハンガリーとの国境に近いセルビアの踊りのようですが、両国の折衷的な印象があります。

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2010年11月 7日 (日)

セルビアのクラシック音楽家

今日は少し寄り道します。セルビアのクラシック音楽家で思い出すのは、ピアニストのイーヴォ・ポゴレリッチと、2年余り前にチェロによるシャコンヌでyoutubeをアップしたことのある(バッハ枠)イムレ・カールマンです。ポゴレリッチについては、クラシックを聞く方には説明不要でしょうが、イムレさんはドイツ語圏中心に活躍されている方のようですので、広く知られているとは言えないでしょう。ポゴレリッチは首都ベオグラード生まれ、イムレさんはセルビア北部出身のようで、この辺りはハンガリー系住民の多い所です。

Pogorelich plays Islamey

前に北コーカサスの時に何度か取り上げた、ピアノの難曲中の難曲で知られるバラキレフのイスラメイを弾いています。

Pogorelich Plays Scarlatti

前にスペイン枠で取り上げたドメニコ・スカルラッティのソナタ。この美しい曲はK(カークパトリック)の1番。

Kalman Imre Cello Johann Sebastian Bach: Chaconne part 1

無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ2番からのシャコンヌ。2年ほど前にイムレさんの名演には度肝を抜かれました。Norbert Hilgerによる無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ全曲(チェロによる演奏)も出ていますが、ヒルガーがト短調で弾いているのに対し、イムレさんは原調のニ短調で演奏しています。ハイポジをフルに使わないと弾けなくなってくるので、こちらの方が難度が増すと思います。やはりニ短調の方が音のハリも出て良いです。

Kalman Imre Cello Johann Sebastian Bach: Chaconne part 2

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2010年11月 5日 (金)

セルビアのブラス

今日もセルビアのブラス音楽を少し。私はブラス楽器は何もやったことがないので、よく分かりませんが、こういう演奏をするのは相当なテクニックがいるのではと思います。クラシックでも、シンフォニーのソロをやったりする際にはかなり経験と練習を積んだ人が吹いてましたので、大体それより複雑なことをやっているバルカンのブラスの場合、間違いなく超絶的なテクニックのはず。ブラス・バンド経験者にとっては驚異の演奏なのでしょう。右手ではなく、アンブシュアーのコントロールが要なのでしょうか。個人的には、メロディを吹いているトランペットより、中低音域でリズムを刻む(リズム・ギターならぬリズム・ブラス?)バリトンやユーフォニウム、チューバ、スーザフォン?に強く惹かれます。
youtubeはグチャだけに絞っても多すぎて選びきれませんので、取りあえず今日の3本を上げておきます。

GUČA Serbia festival dei trumpecari Србија фестивалу трумпецари

Serbia In Your Pocket - Guča Trumpet Parade

Serbia Guca Brass Festival 2.avi

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2010年11月 4日 (木)

グチャのブラス

セルビアの音楽と言えば、やはりブラスは絶対避けて通れません。セルビア南部のグーチャという村で、毎年5万人もの人が集まる世界最大のブラス・バンド・フェスティヴァルが開催されていて、Network Medienから秀逸な編集盤が生まれています。面白い形のバリトンが目を引きます。音はエネルギッシュさの一方、どこか懐かしげな響きもあり、これはオスマン帝国時代の軍楽の影響を受けていることから来ているのでしょうか。そこにスラヴとジプシーの音楽の憂愁が混ざり、遠い日本の我々の耳にもストレートに入ってくるものが確かにあります。
しかし、チトーの時代にはユーゴの音楽というのは謎に包まれていましたが(当時の音源は数えるほどしか知りません。先日の「ヴァンパイアを追い払う音楽」はその数少ない一つでした)、クストリッツァ~ブレゴヴィチ・コンビの映画「アンダーグラウンド」の大ヒット辺りから一気に火が点き、今ではワールドミュージックで最も活況を呈している地域の一つではないでしょうか。

Serbia In Your Pocket - Guča Trumpet Madness

Gucha GUCA Suknjica

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2010年11月 3日 (水)

Zoran Dzorlev

マケドニアのZoran Dzorlevというヴァイオリニストのグループでは、マケドニア(南スラヴ系)の歌とヴラフ(ロマンス語系)の歌の両方を歌っていて、その両立具合がなかなか興味深いので、今日はそれらを上げておきます。1,2本目はヴラフ(アルーマニア語?)、3,4本目はマケドニア語。音楽的にはかなり近いと言えそうですが、ヴラフの方が確かにラテン的に聞こえるようにも思います。ダラブッカのようなオリエンタルな楽器も、ヴラフの歌ではより映えます。

Zoran Dzorlev - Igor Uzunov: Vlaska pesna (Vlach song)

Zoran Dzorlev - Vanco Tarabunov: Una dumanica (Vlach song)

Zoran Dzorlev - Bravo bend: Splet Makedonski pesni

Zoran Dzorlev - Zuica Lazova: Vo Strumica na ulica

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2010年11月 2日 (火)

ヴラフの歌と踊り、ガイダ

今日はヴラフ(ヴラヒとも)の歌や踊り、バグパイプを。昨日の伝統行事の映像も多くて選びきれない程でしたが、歌関係なども意外に多いです。スラヴ世界に埋没せず、バルカン南部を中心とする広大なエリアに点々と住んでいる彼らの音楽の共通性は見えるでしょうか。ギリシアではアルーマニアンはギリシア人と見なされるそうですが、それでふと思い出しました。現代音楽の作曲家ヤニス・クセナキスはルーマニア生まれのギリシア人でした。もしかしたら・・と思いました。

Vlach Song From Macedonia

マケドニアのヴラフの歌。民謡でしょうか? かなりマケドニア的だとは思いますが。

Vlach bagpipe

この特徴的な曲の入りは、すぐにオコラ音源を思い出させます。Mirocでの録音でしょうか。

Vlach aromanian dance

アルーマニアンの踊りとありますが、これはギリシア側ではなくマケドニアでの映像のようです。

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2010年11月 1日 (月)

ヴラフの音楽

ヴラフと総称されるロマンス語を話す人々は、広義にはルーマニア人も含むようですが、一般にはルーマニア以外のバルカン各地でロマンス語を話す人々を指すことが多いようです。バルカンの先住民がローマ化された人々のようで、元はイリュリア人、ケルト人、ギリシア人等だったのではとのこと。
思い出しましたが、フランスのChant du mondeの廃盤音源に「ルーマニア東部ドブロジャのアルーマニア人の音楽」という盤がありましたが、彼らは典型的なヴラフということになります。アルーマニアという紛らわしい名前ですが(最初はアルメニア系かと思いました)、同じ系統のロマンス語を話していてもルーマニア人とは異なると見るようです。現在もギリシア、ブルガリア、マケドニア、セルビアなどにそういったロマンス語を話す少数民族がいるというのは、少なからず驚きの事実だと思いますが。
昨日の「吸血鬼を追い払う曲」ですが、セルビアのヴラフには、死者が甦るのを恐れる時に、死者の胸に木の杭を打ち込む風習があって、その際に演奏される笛の曲でした。そんな陰惨さはほとんど感じさせない飄逸な音楽で、ひらひらと蝶々が飛ぶ様のようにも聞こえます。そんな所にもヴラフの民俗の特異性があるのでしょうか。

Padure, soro padure

昨日のミロジ村の葬送音楽の続きに収録されていた曲。「吸血鬼を追い払う曲」の前のトラックです。この太い音は、ヴァイオリンなのかどうか、確認したいところです。

Aromanian (Vlach) Wedding from Greece part.1

ギリシアのアルーマニア人の結婚式の歌。確かによく聞いていると、ロマンス系(ラテン系)の言葉に聞こえます。

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