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2011年4月 7日 (木)

あいやとよされ

じょんからを見ましたので、津軽の三つ物と言われる後の2曲、津軽あいや節と津軽よされ節も竹山さんの演奏でアップしておきます。あいやは唄の技巧、よされは、三味線の華麗な技が映える曲だと思います。よされは、同じく三味線が華麗な秋田荷方節と比較したくなる曲です。以下の曲目解説は日本の民謡から。何度か引用している素晴らしい民謡の情報サイトです。よされには新内がアンコとして入れられたらしい点、津軽三つ物の解釈が異なっているのも興味深いです。あいやは人によって外れることもある、ということでしょうか。
先ほど大きな余震が東北でありました。とても心配です。

津軽あいや節 Tsugaru Aiya Bushi 唄 須藤雲栄、三味線 高橋竹山



「津軽あいや節」(青森)

《唄が流れる 津軽の唄が よされ じょんから あいや節》

江戸時代、熊本県牛深(うしぶか)港で唄われていたハイヤ節は、北前船の船頭たちによって各地の港に伝えられた。北前船は大阪から下関を回り、北海道の松前に向かう。「ハイヤ節」は、津軽領では鯵ヶ沢や青森、野辺地(のへじ)などの港へ移入され、港の女たちが酒席で盛んに唄っていた。アイヤは、唄い出しのハイヤがなまったもの。初めは「南部アイヤ節」程度の素朴なものであったが、津軽三味線の伴奏に助けられ、技巧的な唄になっていった。「津軽じょんから節」「津軽よされ節」と共に、津軽の三つ物といわれる。

津軽よされ節 Tsugaru Yosare Bushi 唄 成田雲百合、三味線 高橋竹山

津軽よされ節 Tsugaru Yosarebushi/高橋竹山Takahashi Chikuzan



「津軽よされ節」(青森)

《りんご畑で 別れてきたが 顔が夜空に ちらついて 思い切る気を 迷わせる 未練月夜は 薄曇り》

唄の終わりに”ヨサレソラヨイヤー”と付ける。もとは「黒石よされ」のような七五七五調の短い詩型の唄だった。この種の唄が秋田県鹿角市方面へ入ると、二つ合わせて七七七五調の唄に変えられ、「南部よしゃれ」に発展。それが再び津軽に逆輸入された。瞽女や座頭にとって、七七七五では短かすぎて座が持たないため、字余りの長編ものにした。大正の初め、新内入りと称してアンコ入りの「字あまりよされ節」を嘉瀬の桃太郎が作る。これが現在の「津軽よされ節」で、長編の「よされ節」の場合は”調子変わりのよされ節”と枕を付けてから唄っていた。よされ、おはら、じょんからを津軽の三つものと呼ぶ。津軽三味線に一歩も譲らず、歯切れのよい津軽弁をぶつけていくところが三つものの魅力。東北各地によされ節があり、地名を付けて区別しているが、いずれも津軽地方を巡り歩く遊芸人が唄っていたもの。

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