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2011年6月

2011年6月30日 (木)

Värttinä

現在のフィンランドでおそらく最も有名なグループ、ヴァルティナの歌唱を少し見てみましょう。3人の女性歌手を中心にした彼女らは、3度来日もしています。ヴァルティナは、フィンランド東部のカレリア地方の女性ヴォーカルの文化と、ルノと呼ばれるフィンランド語の古代詩 (叙事詩「カレワラ」に代表される)などをベースにした伝統音楽のグループとして結成されました。結成当時はカンテレだけの伴奏だったそうですが、すぐにバンドは大所帯となり、一時は15人〜20人のシンガーを配していたとのこと。(以上は一本目の解説参照)
シンプルな3重唱を聞いていると、やっぱりモルドヴィンなどロシア連邦内のフィン系民族の合唱との類似性を感じます。派手なステージの歌唱を見ていても、ウラル系民族に共通する音楽のカラーは確かに出ているなと思います。

Värttinä - ON THE SHELF

finnish folk band värttinä

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2011年6月29日 (水)

モルドヴィンとフィンランド

モルドヴィアは小国ながらエルジャ語モクシャ語の地域に分かれているようです。同じフィン・ヴォルガ諸語に属する2つの言葉は、近い関係にあるけれども、それらの間に相互理解性は無いそうです。比較例として、ポップアレンジの歌ですが、エルジャとモクシャの伝統的な歌を2,3本目に上げておきます。
モルドヴィンでカンテレ関連映像は見当たりませんが、今日の一本目などは人々の日常と音楽の姿が垣間見えてなかなか興味深いものがあります。モルドヴィンと言えば、男性コーラスグループ、トオラマの活動を通してのイメージのみに近かったのですが、youtubeでは色々と出てきて、謎が徐々に解けていくようです。
今日は4本目にフィンランドのコーラス・グループを並べてみました。余り北欧の方は詳しくないのですが、カンテレの音楽に近いメロディが聞き取れるように思います。同じフィン系民族としての音楽上の共通性も多少あるのでは、と思いますが。

Мордовия: жизнь в согласии

Erzyan song "Söksj" (Autumn)

Moksha traditional song "Aj säźgata, aj šäkšata"

Loituma - "Ievan Polkka" (Eva's Polka)1996

昨日のトオラマや女声合唱と聞き比べてみていかがでしょうか。

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2011年6月28日 (火)

モルドヴィンには?

他にもカンテレ系の楽器がないか、フィン・ウゴル諸族の他の民族を当たってみます。まずはモルドヴィンから。国名はモルドヴィア共和国で、モルドヴァやモルダヴィアと混同しやすいので、注意が必要です。カンテレと同類の楽器はフィンランドの対岸のエストニアなどバルト海周辺でも弾かれるようです。マリ・エル(チェレミス)やハンティ・マンシにもありましたから、マリの近くのモルドヴィンにもあるのでは、と思って見ましたが、あの地声コーラスが中心でした。何年か前にヴォルガ中流域を取り上げた時にもモルドヴィン関係を見ましたので、ダブっているかも知れませんが、いくつか上げておきます。カンテレに似た楽器が見つかったら、また後日アップします。モルドヴィンの歌は、ロシアの本当の民謡(日本でよく知られているのは民謡と言うより戦時歌謡や軍歌が多いので)に近い味わいです。

Erzyan folk song, Baevo

モルドヴィン諸語の内、エルジャ語の民謡。

TOORAMA 1

男性コーラスのトオラマは、大分前にCDが出ていました。この歌を聞いてフィン系とは思わないかも知れません。ロシア平原に住む人々は、何系に関わらずこういう歌を歌うようになるのでしょうか。

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2011年6月27日 (月)

カンテレとグースリ

フィンランドのカンテレと言えば、日本のワールド・ミュージック・ファンの間でも人気の高い楽器でしょう。ウィキペディアによると「三角形の板に5本の弦を張ったカンテレは、ツィターの成立以前、2000年前にはすでに最古のカンテレが存在したという説もあれば、その歴史は1000年もないと主張する説もあり、今のところ定説はない。」とありました。弦の数は5弦から39弦まであるそうです。グースリの記事にも5弦のものが出ていましたし、ロシア内のウラル系民族の間でも使われているということになると、ルーツはロシアに住むフィン・ウゴル系民族にあるのかも。更にその元を辿れば、アラブのカーヌーンや中世イランのチャングなどに行き着くのかも知れません。ロシアのドムラのルーツがカザフのドンブラで、モンゴルの侵入と共に持ち込まれたらしいのですが、それと似たケースのように思います。

Martti Pokela - Pour Elam (Ziemeļbriedis), Sanita Sprūža

こうやって並べてみると、グースリとの類似性は明確だと思います。カンテレの巨匠として有名なマルッティ・ポケラの曲でしょうか。ルーツはどうあれ、カンテレは北の地で磨きぬかれた清冽な音色の美しさを持っています。

Gusli-Гусли Как под яблонькой

このグースリはアラブやトルコのカーヌーンに見た目はそっくりです。ここで演奏されているのは、カマリンスカヤでしょうか。

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2011年6月26日 (日)

グースリ (ロシア、マリ、ブリヤート、プスコフ、カレリア)

ハンティ・マンシにグースリのような弦楽器があったのが気になりましたので、調べてみましたら、ロシア連邦各地のグースリを取材したシリーズが出てきました。おそらくフィンランドのカンテレとも関係があるのでは、と思われるこの美しい音色のグースリは、元は中世以来のロシアの漂白楽士スコモローフ(Скоморох)が弾いていた楽器だそうです。民族音楽を聞く方はすぐに類推されると思いますが、類似のツィター系の楽器は他の国にも色々ありまして、オーストリアのツィターだけでなく、アラブのカーヌーンなども入るでしょう。打弦の場合はイランなどのサントゥールと原理は同じです。それらの中でどの楽器がルーツに当たるのか、それはもはや分からないことかも知れません。一般にはペルシア起源が多いようですが、この種の楽器はどうでしょうか。ブリヤートの打弦のツィムバリーも入っていますので、類似の楽器の総称のように使われているのかも知れません。
ロシア、マリ(チェレミス)、ブリヤート、プスコフ、カレリアのグースリは、それぞれ奏法や音色、形にも特色があります。シベリウスの曲でお馴染みのカレリアは、フィンランド人の心の故郷とも言われ、今でも10パーセント余りはフィン・ウゴル系のカレリア人とフィンランド人が住んでいます。

Gusli\ Гусли - 1\ Russian gusli

Фрагмент из передачи Сергея Старостина "Странствия музыканта" посвященной замечательному народному инструменту - гуслям и родственным ему иструментам. Этот фрагмент рассказывает о русской разновидности гуслей

Gusli\ Гусли - 2 (Марийские гусли\ МарийЭл\ Mari)

Фрагмент из передачи Сергея Старостина "Странствия музыканта" посвященной замечательному народному инструменту - гуслям и родственным ему иструментам. Этот фрагмент посвящен гуслям распространенным в республике Марий Эл (кöрш). Марийский народ относится к угро-финской языковой группе. Mari on suomalais-ugrilainen kansa (volgalainen kieliryhmä)

Gusli\ Гусли - 3 (Бурятcкие цимбалы\ tsymbaly)

ブリヤートの場合、サントゥールと言うより中国の揚琴(ヤンチン)との類似性が顕著です。Фрагмент из передачи Сергея Старостина "Странствия музыканта" посвященной замечательному народному инструменту - гуслям и родственным ему иструментам. Этот фрагмент посвящен инструменту распространенному в республике Бурятия (цимбалы ёучин ?)

Gusli\ Гусли - 4 (Псков \ Pskov)

Фрагмент из передачи Сергея Старостина "Странствия музыканта" посвященной замечательному народному инструменту - гуслям и родственным ему иструментам. Этот фрагмент рассказывает о музыкальном коллективе из Пскова

Gusli \ Гусли - 5 ( Karelia\ Karjala)\ Arto Rinne

Фрагмент из передачи Сергея Старостина "Странствия музыканта" посвященной замечательному народному инструменту - гуслям и родственным ему иструментам. Этот фрагмент посвящен инструменту, распространенному в Карелии и Финляндии(Кантеле). На кантеле играет замечательный музыкант из Карелии Арто Ринне.

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2011年6月24日 (金)

Khanty-Mansy dances and songs

昨日の口琴演奏は古そうだからでしょうか、かなりプリミティヴな風合いがありましたが、今日の数本を見てやはり音的にもハンガリーの民謡に似ているかなと思いました。1年以上前でしょうか、既にアップ済みの映像もあったように思います。よく見るとロシア人がハンティやマンシの歌を歌っている映像も結構ありそうですが、それらを抜いても意外にアジア的な感じの薄い音楽が並んでいるように思います。人々の顔立ちもモンゴロイドよりコーカソイドに近いという印象ですが、何とも言えず中間的な風貌の人が多いです。

Khanty-Mansy dances and songs

寝かせて弾いている琴のような楽器の音は、フィンランドのカンテレやロシアのグースリーに似通っています。フィンランドは同じウラル系なので不思議ではありませんが。形はアイヌのトンコリにも似ています。

Khanty Song

チェレミスでは比較的5音音階が目立ちますが、ハンティのこういう歌は、ロシアの素朴な民謡にも近い味わいです。アジア的なようでやっぱりどちらでもない、ウラル民族とは不思議な存在です。

Mari music (folk)

マリと言ってもアフリカのマリではなく(笑)、ロシアのマリです。旧称はチェレミス。この国の民謡にはこういう5音音階を結構耳にします。

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2011年6月23日 (木)

Ханты-мансийとマジャール

そろそろハンガリーのマジャール人のルーツの地にも目を向けてみたいと思います。(追分ロード探索といいながらオルティンドーとブリヤート以外でサンプルが見つからないもので)
マジャール民族は前にも書きましたがウラル系(更にその中のフィン・ウゴル語派)で、テュルクやモンゴル、ツングースのアルタイ系よりも北(正確には北西か)に住んでいる民族です。九重温泉のエンジェル君でも有名なサモエド犬はタイミル半島の先住民ネネツ人の飼っていた犬種で、彼らもウラル系です。
そしてサモエードよりも言語的にマジャールに近いのがハンティ語(オスチャーク語)とマンシ語(ヴォグル語)と言われています。音楽的にはヴォルガ中流域のチェレミス(現マリ・エル共和国)の方がマジャールの民謡に近いのですが、言語的にはウラル山脈の東側に近縁がいるというのが、面白いところだと思います。youtubeのように、彼らの間では口琴が盛んに演奏されているようです。アイヌのムックリのような紐付きのタイプです。
余談ですが、テニスのマリア・シャラポワはハンティ・マンシ自治管区の出身ですが、彼女がハンティ人ということではなく、両親はベラルーシ出身で、チェルノブイリ原発事故のためにハンティ・マンシ自治管区に移住してきたそうです。ハンティ・マンシはハカスからさほど遠くないことがロシア連邦の地図から分かります。

Ханты-мансийский варган - супертетушка

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2011年6月22日 (水)

オイラトの音楽

昨日はちょっと強引なアナロジーでしたが(笑)、北アジア~中央アジア史の複雑さ・面白さと共に、マイケル・ナイマンを知っている人にはナイマン族のことが強く印象付けられたのでは。
今日はオイラトの色々な音楽を拾ってみました。モンゴル高原の西部から東トルキスタン(新疆)の北部にかけて住んでいるオイラト人の音楽は、ホーミーや馬頭琴からウイグルのモンゴル系音楽、更にはカスピ海北部のカルムイクの音楽まで、非常に広大な地域に散在しています。モンゴルの最もモンゴル的と思われているホーミーは、どうやら最初は西モンゴルのオイラトの間で盛んに歌われ始め、後に全モンゴルに広まったようです。馬頭琴の演奏についてもオイラトとそれ以外の地域では何か違いがあるのかも知れません。
ウイグルのモンゴル音楽ですが、松戸にいた頃に新松戸祭のウイグル屋台の催しでモンゴル舞踊を見ましたが、あれはオイラト系の踊りだったのだろうと思いました。2,3本目はウイグルのオイラトです。
カテゴリー分けですが、これほどウラル・アルタイが膨大になるとは当初思ってなかったのですが、せめてウラルとアルタイに分けておけば良かったと、今になって後悔しています。

дөрвөн ойрдын уриа - durvun oirad

見事な馬頭琴(モリンホール)ソロ。「草原のチェロ」(現在は「チ・ボラグの馬頭琴」)というキング盤のイメージ通り。

Halimag Mongol 6 (Ovor Mongoliin Odon TV)

Jangariin Magtaal (Oirod Mongol)

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2011年6月21日 (火)

ナイマン違いですが、もしや・・

ナイマンの名が出た所で、キリル文字でそれぞれどう綴るか見てみましたら、全く同じНайманでした。マイケル・ナイマンと言えば、イギリスの作曲家ですが、ユダヤ系であることもある程度知られていると思います。彼も家系としてはおそらく東欧系ユダヤではないかと思いますので、そこでまたハザールのことがふと脳裏に浮かびました。(昨日から浮かんでいましたが伏せていました(笑))
その類推経路は、突厥~ナイマン族~西遼(テュルク系?)~ウズベク、あるいはハザール~アシュケナジームという繋がりで、おそらく同じことをイメージした方もいらっしゃったのでは。~マンとつく名前にユダヤ系が多いのもよく知られたことですので多分偶然の一致だとは思いますが、もし言葉の表面上だけでも東方から来たものだったとしたら、非常に興味深いものがあるように思いました。
肝心のM.ナイマンのルーツについてよく分からないのと、現在のモンゴルにおいてナイマン族はどういうイメージで見られているのかが分からないのがもどかしいのですが、今日の所はyoutubeなどがもしあれば(できれば韃靼的な作品など)と、Найманで検索したところ、ロシアの音楽家と演奏しているものはありました。典型的な彼のミニマル調作品で、韃靼的ではありませんが、ノヴォシビルスクというのは良い線行ったかも(笑)
なおアシュケナジム・ハザール起源説を全面的に信用している訳ではありませんが、多少はハザール遺民がアシュケナジームに流入することもあったのでは位には思っています。

Майкл Лоуренс Найман "Взгляд на оптическую теорию"

"Markells Voices" choir ensemble. Conductor - Igor Tjuvayev. Andrey Turygin, saxophone, Novosibirsk String Quintet by Stanislav Ovchinnikov. Novosibirsk State Philharmonic society, 13.09.2010. Dedicated 100-years anniversary of mission by Hazrat Inayat Khan. Concert "Mysticism of Sound"

Sharav - Jargaliin naiman mori "Шарав - Жаргалын найман морь"

モンゴルのモリンホール(馬頭琴)中心の楽団が演奏しているのは、ナイマン族と関係があるように思いますが。
Б.Шарав - Жаргалын найман морь
Монгол Улсын Морин хуурын чуулга, Удирдаач АЖ Ц.Батчулуун

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2011年6月20日 (月)

ナイマン、メルキト、オイラト

シベリア南部のテュルクでは一番有名なトゥヴァが残っていますが、少しモンゴル系の方向も探していたら珍しい映像が見つかりまして、今日はその辺りを取り上げてみます。
タイトルに3つの部族を上げました。いずれもモンゴル系とはっきり記述はありませんが、モンゴル、テュルクと並べるなら、モンゴルに近い方なのではと思います。この辺には遊牧部族集団をどちらに位置づけるかの難しさが表れているように思います。
ナイマンと言えば、イギリスの現代作曲家マイケル・ナイマンを即座に連想しますが、ナイマンという名前の部族がチンギス・カンのモンゴル統一以前にいまして、その部族名です。現在もカザフスタン東部で40万人以上のナイマン族が居住しているそうです。
オイラトは、モンゴル高原の西部から東トルキスタン(新疆)の北部にかけて居住する民族で、オイラト人と呼ばれる人々は今ではモンゴル民族の一員とみなされているので、モンゴル音楽として知られているものでもオイラト系の音楽が多いのかも知れません。(ですので、今日はオイラトのyoutube検索は外しました)大分前に取り上げましたカスピ海北部のカルムイクは、モンゴル系の飛び地と書きましたが、正確にはこのオイラト系になるようです。
メルキトはモンゴル帝国以前の時代にモンゴル高原北部から東南シベリアにかけての地域に割拠していた遊牧民の部族集団で、ブリヤートに近い民族系統になるようです。ルーツはウラル系のサモエード、後にテュルク化を経て最終的にはモンゴル化したらしい、という流れはブリヤートと同じです。
これらの民族については追分ロードにも密接に関わってきそうですので、またそれぞれ個別に当たってみようかと思っています。

Монгол Төрийн Найман Их Хүлэг

ナイマン族関連の資料。音楽はモンゴルのオルティンドーだと思いますが。

Песня "Беш меркит"/ "Besh Merkit" song

メルキトの伝統音楽ですが、これはキルギスやカザフの音楽にかなり似ています。そこに喉歌も入ります。

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2011年6月19日 (日)

Khai epicとХакасский язык

今年は梅雨らしい梅雨で体が重くていけません。今日はハカスの女性歌手ジュリア・チャルコヴァの喉歌ハイを交えた叙事詩朗誦と、ハカス語講座(第5課)を上げておきます。地声では普通の女性の音域なのに、喉歌になると何でこんなに低くなるのか、不思議極まりないです。
ハカス語講座はロシア語での授業ですが興味深い内容で、いかにもテュルク系と分かる発音です。テュルク諸語のこんな映像が他にもあったらまた取り上げてみます。生徒の少年はロシア人でしょうか? ピエールヴィー・ウローク(第1課)からあると思いますので、ご興味のある方はリンクからどうぞ。

Julia Charkova Khai epic

Julia Charkova sings Takhpakh

Хакасский язык. Пятый урок.

ハカースキー・イズィーク、ピャーティー・ウローク (ハカス語 第5課)

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2011年6月17日 (金)

Хакасия ハカス

さて次はアルタイ共和国の北、トゥヴァの北西に位置する小国ハカスの音楽です。ハカスの音源は、おそらく日本口琴協会(NKK)から出ているハイジラル~ハカスのチャトハンとハイだけでしょう。NKKらしい史料価値の高い一枚です。ハカスはキルギスとは近縁関係にあるそうで、キルギス人が南西に移住した時に、この地に残ったのがハカス人かもしれないとも言われているようです。
ハカスの音楽では、国民楽器とも言えるチャトハン(箏)とハイ(喉歌)の組み合わせが多く、チャトハンの見た目は日本の筝に似ていますが、スチール弦の涼しい響きは、中国南部潮州の筝や、フィンランドのカンテレにも少し似ています。
ハカスの国名は唐書のヒャガスにちなんだものとか。南シベリアのアルタイ、トゥヴァ、ハカス辺りの民族は、大昔に中国から匈奴とか突厥と呼ばれたテュルク系の人々と近いことは間違いないのだろうと思います。

Taglar koi

これは素晴らしいチャトハン弾き語りのハイです。

Dmitriy & Zina - Cheerful Khakass song - Tohpah

ドンブラに似た2弦の楽器と倍音唱法ハイの入った歌

Хакасия

ハカス(ハカスィヤ)の映像。やっぱり美しい自然が一杯の所のようです。聞こえているのはロシア語ではないので、ハカス語でしょう。勿論テュルク系の言葉です。トルコ語が分かる方は多少ヒアリング出来るかも。

Хакасия - страна живых тайн

これはハカス・ポップスでしょうか。

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2011年6月16日 (木)

アルタイのカイ

2500年以上前のスキト=シベリアの名残を現在の音楽に探すのは無茶な話だとは思いますが、トランスオクシアナ(中央アジアの古いイラン系文化の中心地)の辺りからキルギス、カザフ、アルタイ、ハカス、トゥヴァなど見ていけば、共通する部分が見えてくるかも知れません。
何年か前にも書いたと思いますが、キルギスやカザフの辺りは、モンゴルのオルティンドーなどの5音音階と違って、短音階が多いように思います。これはアルタイ共和国(「アルタイ系」と紛らわしいので「共和国」まで付けておきます)にも言えることだと思います。ロシアとの接触が数百年にはなりますので、その結果なのか、一部のテュルク系に共通して昔からあるメロディラインなのか、どちらかなのでしょうか。
アルタイの喉歌カイの名人ボロット・バイルシェフの歌声は、しばしば短音階の哀愁を帯びたメロディで始まります。途中から倍音唱法が加わり、低音部分の倍音が入ってハモッてきます。モンゴルでは倍音が上にかかるパターンがよく知られていたと思います。アルタイのカイでは、ボロットさんの歌で聞く限りは下に倍音が入ります。これはトゥヴァのホーメイにも共通していたと思います。このあたりにはチベット仏教の声明の影響が強いのかと思いましたが、トゥヴァでは盛んですが、アルタイでは特にチベット仏教が盛んという記録は見当たりませんでした。
中央アジアの古いイラン系文化とテュルク、モンゴル、そこにスラヴも入れて複眼的に見ていく必要性を感じています。

Bolot BAIRYSHEV in Altai

SCYTHIANS (Скіфи, Сколоти) ♦ ancient people of UKRAINE from 2600 - 1700 years ago

スキタイについて、昨日よりもっと良い内容のビデオです。古代とは思えないスキタイの高度な金細工も素晴らしいですが、旧約聖書のエゼキエル書にスキタイがマゴグの名で登場しているとか、現在ウクライナ~ロシアにあるドン川とかドニエプル川とかのドンが、イラン系のスキタイの「水」を意味する言葉に由来している等、興味深い話が多いです。

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2011年6月15日 (水)

スキト=シベリア(スキタイ~シベリア)

突然のクルド~ペルシア音楽の前はシベリアを巡っていました。この展開は唐突な感じはあると思いますが、スキト=シベリア文化(ウィキペディア明夜航記)という古代の東西の繋がりがあったことを思えば、驚くほどではないかも知れません。スキト=シベリア文化とはいかにもスキタイ~シベリアの略のような用語ですが、「広義のスキタイ文化」を指します。一般にスキタイはヘロドトス以来、イラン系として知られている古代の遊牧騎馬民族で(近年モンゴル系説も出てきたようです)、現在のウクライナからトゥヴァ辺りの南シベリアにかけて勢力を広げていました。隣り合っていた同じイラン系のサルマタイは、後のアラン人や現在の南北オセチアのオセット人とも繋がりがあることは、前に北カフカスの時に触れた通りです。
そのイラン系と思っていたスキタイの文化が、シベリアのアルタイ系諸族の地にまで広まっていたと知った時は非常に驚いたものです。上記リンクのサイトの地図にあるように、東方ではアルタイ系遊牧民(テュルク、モンゴル、ツングース)、西方では印欧語系遊牧民が担っていました。因みに「シベリア」という言葉は、15世紀のジョチ・ウルス(キプチャク・ハン国とほぼ同じ)の流れを汲むテュルク系民族中心のシビル・ハン国から来ています。
イラン人やインド人の祖先も元はほとんど同じ場所にいた訳で、スキタイ人は南下した彼らアーリア人達より長く(あるいはそのまま?)中央アジアに残っていたグループということになるでしょうか。神秘思想家グルジェフの伝記映画「注目すべき人々との出会い」では、時代は遥かに下りますがこれら東西地域の楽士の競演がありました。イラン、トルコ、モンゴル、ユダヤなどの楽士の競演でした。現在は旧ソ連邦にほとんどが属する旧スキト=シベリア諸民族のそのような交流は、現在でも興味尽きないシーンを形成するように思います。カージャール朝以降、高度に洗練されたペルシア古典音楽よりも、イランの地方音楽やクルド音楽との繋がりはよりはっきり見えるようです。逆に、現在のようにテュルク~モンゴル化される前のアルタイ系民族達は、古代スキタイの文化をも享受していたのでしょうか。その頃にはホーミーや口琴はなかったのかも知れません。

Sarmatians and Scythians - Ancient Iranic peoples

古代のサルマタイとスキタイを描いたドキュメンタリー映画でしょうか。

side khalil alinjad : tanbuorali

このタンブール演奏と歌唱、素晴らしいです。クルド人の祖先は、クルドの間では古代のメディア人とされているようです。古代イランにおいてメディア人はペルシア人と並んで中心的なイラン系民族。同時代ですから、スキタイとの関わりも色々あったようです。

Bolot Bairyshev - Pazırık

アルタイ側の代表として、来日もされたアルタイ共和国のボロット・バイルシェフの演奏を。

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2011年6月14日 (火)

ダリウーシュ・タライー&ジャムシド・シェミラーニ

一昨日のコンサート告知を出来るだけ多くの方に見て頂きたいので、昨日はブログをお休みしました。ラアナーイー・ファミリーのタンブール演奏を聞いていると、06年来日時のナーゼリー&バシプール、来日はまだのアリ・アクバル・モラディのビデオなどを思い出しますが、彼らが演奏するクルド・マカームの音楽については3年ほど前に集中的に取り上げましたし、ラアナーイー・ファミリーの映像は他に見当たらないので、今回は追わないことにします。しかし、本来タンブールだけの所にウードがベース音として入ると(一昨日の2本目)、とても締まった感じになるなと思いました。来日公演が楽しみです。
ナーゼリーさんの来日の際のライヴ音源は、キングのワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリーから出ていまして、3年前にそのライナーノーツを担当させて頂きました。執筆の際にはイラン留学中の北川さんと慶九さんには大変にお世話になりましたことを、ここでまたお礼を申し上げておきます。
関連ビデオの中にこれまた懐かしいダリウーシュ・タライー&ジャムシド・シェミラーニの映像がありました。Harmonia Mundi FranceのLP時代から彼らの音源は、サントゥールのファラマルズ・パイヴァール音源と並んでペルシア音楽の数少ない音源の一つでした。ムンディらしい重低音は、トンバクの本質を捉えていたと思います。個人的にも95年にトンバクをかじったのは、シェミラーニとその師匠ホセイン・テヘラーニの妙技を聞いたから、でした。
タライーはアリザーデと同世代のもう一人の巨匠で、70年代にはファーテメ・パリサーの伴奏もしていたペルシア古典音楽の正統派名手です。Al Surのラディーフ集成5枚シリーズ(セタール独奏)以降、音源を余り見ないのが寂しいところですが。

Persian Tar - Dariush Talai
当ブログを始めた頃に取り上げたかも知れません。残念ながら埋め込み禁止。

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2011年6月12日 (日)

ラアナーイー・ファミリー来日公演

シベリア巡りの途中ですが、今日はペルシア音楽のお薦めコンサート情報です。
Hermes RecordsからEtherealというアルバムをリリースしていたシューレシュ・ラアナーイーと彼のファミリーのコンサートです。youtubeの一本目の通り、アリザーデ氏直系のような深遠な演奏を繰り広げる若手名手です。ペルシア(ペルシャとした方がヒットしそうですが)音楽のコンサートは06年のナーゼリーさん以来でしょうか(この時は会場での即売に出ておりました)。今回は聞きに行きたいところですが、なかなか難しそうです。
明日以降たまに関連情報をアップするかも知れません。(以下の情報はmixiのイラン音楽コミュからのペースト)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ラアナーイー・ファミリー
クルド系イラン人タンブール奏者一家   初来日公演

6000年の歴史をもつ元祖撥弦楽器タンブールと歌
ヤヒヤー・ラアナーイー:全イラン芸術祭タンブール部門名誉ディプロマ賞受賞

出演
ヤヒヤー・ラアナーイー Yahya Ranaei(父)タンブール、歌
シーリーン・モハンマディ Shirin Mohammadi(母)タンブール、歌
クーフザード・シューレシュ・ラアナーイー Koohzad Shooresh Ranaei(長男)タンブール、タール、ウード、ディーヴァーン、キャマーンチェ、歌
プーヤン・ラアナーイー Pouyan Ranaei(次男)タンブール、トンバク、歌
ゲスト : 慶九 Keiku タンブール、セタール、歌

2011年8月26日(金) 19:00開場 19:30 開演  青山 「月見ル君想フ」
自由 前売 4,500円  当日 5,000 円 ドリンク別
オープニング・アクト 金子竜太郎 和太鼓

2011年8月28日(日) 17:30開場 18:00 開演   代官山 「山羊に、聞く?」
自由 前売 4,500円  当日 5,000 円 ドリンク別
オープニング・アクト 狩野泰一  篠笛

イラン・クルド族の住むケルマンシャー州サハネ市は、古代よりタンブールという楽器が宗教的な場において用いられてきた代表的地域の一つです。タンブールは、その原型が約6000年前の壁画にも描かれ、すべての撥弦楽器の先祖とも言われています。古くより聖なる楽器と考えられてきたタンブールの音色と調べは、音楽と精神の結びつきが知られていた古代より現代まで、人々の尊重と共に伝えられてきました。

同市には家族全員がそのタンブールを奏でるクルド族のラアナーイーというファミリーがいます。彼らはクルドの音楽のみでなく、ペルシア古典音楽にも造詣が深く、ケルマンシャー地方の大自然に育くまれるとともに、首都テヘランでも活動を続けてきました。彼らの奏でるタンブールの調べは、素人から音楽の巨匠まで、イラン国内外を問わず、聴く人に深い感動を与えることで知られています。

一家は地方都市からテヘランへの移住始め、様々な困難を乗り越えながら、常に音楽を奏でる道を選択してきました。生命力の強さと、肯定的、また温和な性格は、彼らの音楽が愛されてきた理由の一つでもあります。類まれな才能を持った家族が音楽で一つになる姿をご覧いただくとともに、美しく強く心に響く音楽をお楽しみください。

メンバー
◎ヤヒヤー・ラアナーイー Yahya Ranaei(父)
1962年生。12歳の頃、当時最も優れたタンブール奏者であった故セイエド・アムロッラー・シャーエイブラヒミ師に師事。14歳の頃、シャーエイブラヒミ師の弟子であった故セイエド・ハリル・アリネジャド(最も名を馳せたタンブール奏者の一人)含む弟子兄弟たちとの12人のタンブール・グループが結成され、最年少でグループに所属。王制時代に結成されたこのグループは、イランで初めて公の場で演奏を行ったタンブール・グループとして名高く、イラン地方都市やテヘランのオペラハウスと言われる大ホールでも演奏を行い、古代のタンブール楽曲の録音を多く残している。1975年の全イラン芸術祭において、タンブール部門で名誉ディプロマ賞を取得。1977年より一年間ほど、国営放送のプロジェクトにより30~40名ほどの生徒を抱え、タンブールを教える。息子2人誕生後、テヘランに移住し、タンブールとセタールの工房を構え、タンブールを教える。1989年、再びタンブール・グループのコンサート活動を開始し、シリア、トルコで演奏。子供たちが小学生くらいになり演奏できるようになると、テヘランや地方のホテル・文化会館・大学等にて家族4人、またゲストミュージシャンと共に、コンサートを多数行う。

◎シーリーン・モハンマディ Shirin Mohammadi(母)
1968年生。幼少の頃より、タンブールの旋法・マカームの歌を現在最も多く記憶する実父の歌を聞いて育ち、後に夫にタンブールを教わる。美声を持つ父親に似て、優れた声の持ち主であり、後に巨匠ホセイン・アリザデ氏(2002、2004年来日)やアフサーネ・ラッサーイー女史(2004年来日)のペルシャ古典声楽の手ほどきを受ける。テヘラン移住後、夫と共に設立したタンブール&セタール工房で自ら楽器制作を始め、イランで初の女性タンブール制作者として免許を取得。タンブール奏法を習得してからは自ら生徒を持ち、イランで初めての女性タンブール・グループを結成し、テヘランにて大々的にコンサートを開く。その他、夫や息子たちと共にコンサートを多数行う。2008年春、自身のホール「ザマーヴァン」にて行われた「先生の日」の祝賀祭のため、ソロコンサートも行っている。

◎クーフザード・シューレシュ・ラアナーイー Koohzad Shooresh Ranaei(長男)
1986年生。幼少の頃よりタンブールを父に習い、後に巨匠ホセイン・アリザデ氏に才能を見出され、イラン撥弦楽器タールを学び始める。アリザデ氏の一時フランス移住を機に、最も優れたタール指導者の一人、ファリボルズ・アズィズィ氏に師事し、その後タハマスビー氏にも師事。10代前半期より数々の音楽フェスティバルにおいて優勝し、現在は得意とする即興演奏や作曲を行い活動。2008年、自作曲と即興演奏をアリザデ氏の監修下に録音、2009年CD作品「アスィール」をリリース。2010年7月、テヘランにて大々的に開かれたイラン若者音楽フェスティバルにて、4つの楽器部門で参加。そのうち、タール、タンブール、ディワン部門で一位となり、イラン古典音楽、地方伝統音楽、西洋音楽全部門の演奏家の中で、トップの座を獲得。イランの大統領より直接表彰、また故郷のケルマーンシャー地方でも表彰され、「イラン暦1389年の秀才人」のリストに名前が挙げられている。

◎プーヤン・ラアナーイー Pouyan Ranaei(次男)
1988年生。幼少の頃よりタンブールを父に、トンバクを故ダリウシュ・ザルガリ氏に学ぶ。小学生の頃より、両親や兄と共にコンサートを多数行う。10歳の頃、アリアクバル・シェカールチー氏にキャマーンチェを学ぶ。現在、テヘランの大学にて音楽を専攻。また、母親の美声を受け継ぎ、イラン古典声楽も習得中。

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◎慶九 Keiku
1996年よりアメリカ・ボストンにてワレン・センダース氏に、2003年~2006年にヴィーナ・サハスラブッデ女史に北インド古典声楽家を師事。1999年より、歌い手として活動。2004年、イラン音楽の巨匠ホセイン・アリザデ氏のグループが来日し、それまで持っていたイラン音楽への興味が増し、2007年、イランへ語学留学。アフサーネ・ラッサーイー女史(2004年、アリザデ氏と共に来日)にペルシア古典声楽を、セタールを、ディナ・サッファーリー女史に手ほどきを受けた後、クーフザード・ラアナーイー氏に師事。タンブールを、ラアナーイー・ファミリーに師事。現在、テヘランの国立芸術大学・イラン音楽演奏科に所属。

・前売チケットのお申し込み、お問合せ  : Real & True

Real & True にメール(名前・住所などの聞き間違いをなくすため、できればメールで)或いは電話 03 3728 5690にてお願い申し上げます。mubig@bigstream.co.jp宛まで必ず、お名前、ご住所(郵便番号も)、ご自宅お電話番号、ご希望公演日、ご希望枚数をご連絡下さい。尚、以下URLにてチケット郵送に関しての注意事項をご覧下さい。http://www.bigstream.co.jp/music/tickets.html

企画:狩野泰一、金子 竜太郎、Office Ohsawa
制作:Office Ohsawa
協力:国際交流基金、アース・セレブレーション実行委員会、MTJ、ワンエイトクリエーション
制作協力:プランクトン

Tar: Shooresh Ranaei -- Daf: Soheil Sa'adat -- 2010/11

Tanbour group -- Ranaei family -- 2010

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2011年6月10日 (金)

Дани Мирошенский

風光明媚なバイカルを後にして、この後もしばらくブリヤートに留まりチベット仏教~シャーマニズムとバイカル湖を回るか、西のハカスに行こうか、ビロビジャンのユダヤ音楽を探ってみようか、迷っていました。取り合えずビロビジャンで当たっていましたら、ヴィソーツキーやオクジャワのようなバルド(ロシアの吟遊詩人)系の歌手ダニ・ミロシェンスキーを見つけまして、これがなかなか良いので、バイカル湖畔のシャーマン~チベット仏教の映像と併せて上げておきます。(何とも脈絡がないですが(笑))
バルドのあのギターの掻き鳴らし方はこうやってるのか、と目から鱗でした(笑) チューニングの外れ具合までヴィソーツキーにそっくりです。バルドの歌の強烈なインパクトとメッセージ性をこの人は受け継いでるなと思いました。ビロビジャンに関係のある人かどうかは不明ですが、どうやらこの人ユダヤ系のようです。ダニは、ダニエルの略でしょうか?

Еврейская цыганочка

エヴレイスカヤ・ツィガノーチカというタイトルにまず惹かれました。ユダヤ~ジプシー風の、というような意味だと思います。しかし、ヴィソーツキーの歌い方にそっくりです(笑) ロシアン・ジプシーの歌「二つのギター」にも似ています。

Хаим Фишман

このハイーム・フィシュマンというタイトルはヘブライ語では。

Фаворит

EuroNews о Байкале

バイカル湖の絶景と、周辺に暮らすブリヤート人のシャーマニズム儀礼(哀れな羊には思わず目を背けました)、チベット仏教寺院の声明まで。イメージ的にかけ離れているように思いますが。

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2011年6月 9日 (木)

озеро байкал

せっかくバイカル湖の近くに来ましたので、「シベリアの真珠」と讃えられるバイカル湖の美しい自然に触れてみたいと思います。バイカル湖(ロシア語では今日のタイトルのオーゼラ・バイカル)の面積は琵琶湖の約60倍、瀬戸内海よりも広いようです。深さと透明度は世界一で、ここにしかいない淡水魚やバイカル・アザラシがいることでも知られます。
南西部から少し離れたイルクーツクが玄関として知られますが、周辺は完全にブリヤート共和国に入っているようです。昨日の歌は何とも不思議でしたが、バイカル湖の東と西とでは、ブリヤートの文化にかなりの違いがあるそうで、首都ウラン・ウデのある東側では、ブリヤート固有の文化を維持しているのに対し、西側は生活がロシア化され、ロシア人との混血も進んでいるとのこと。昨日の歌はやはり西側の民謡になるのでしょうか?
バイカルの辺りも19世紀までは流刑地として知られ、流されてきたデカブリストや政治犯はインテリ揃いですから、日本でもよく知られる「バイカル湖のほとり」(今日の4本目)なども彼らが作ったと言われています。一般には1947年の映画「シベリア物語」の挿入歌として知られていて、日本のうたごえ運動で盛んに歌われました。

BAIKAL.БАЙКАЛ

озеро байкал (オーゼラ・バイカル)

Байкальское лето (バイカルの夏)

По Диким Степям Забайкалья-Лидия Русланова

ブラジャーガという名でも知られる「バイカル湖のほとり」。こういう歌い方が本来のものかも知れません。リディヤ・ルースラノーヴァの歌唱。年代は不明ですがヒストリカル・レコーディングでしょう。

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2011年6月 8日 (水)

Шамхандаа

またまたブリヤートですが、昨日の3本目の2曲目を歌っていたAriuun Bulagというグループの歌唱で、シャムハンダアという曲を取り上げてみます。これまで見たブリヤートの歌とは違う異色のメロディで、これはロシア化の影響なのでしょうか。ハシディック・メロディにも似た感じです。あの追分風な民謡と同じ国の民謡とは信じられない程です。しかし、耳に残るとても良い曲だと思います。この歌の出所を知りたいものですが、なかなか容易ではなさそうです。
前述したように、ウラル系がルーツのブリヤートは、テュルク、モンゴルに比べるとロシアとは一番関わりが短いとは言っても、300年以上にはなると思いますから、この位のヴァリエーションは生じて当然なのかも知れません。

昨日の3本目には仏・露語の解説がありましたので、フランス語の方を転記しておきます。
Cette vidéo regroupe 4 chansons enregistrées en mai 2010 dans la région d'Ust'-Orda en Sibérie : - La première chanson est chantée par Galina Baliuevna-Mikhakhanova. La photo montre la clôture traditionnelle entourant les maisons de la région.
- La deuxième chanson (2 couplets en bouriate et le dernier en russe) est chantée par Antonina T. Tatarova, soliste de l'ensemble Ariuun Bulag. Cet ensemble traditionnel bouriate est dirigé par Lilia Eronova dans le village d'Oloï. Les photos montre le lac Baïkal vu depuis l'île d'Olkhon. En mai, le lac commence seulement à dégeler.
- Les troisième et quatrième chansons (avec musiciens) sont chantées par Bayarma Guiliazova. L'enregistrement a été effectué lors d'un concert de l'ensemble Stepnye Napievy dans le théâtre Erdèm d'Ust'-Orda. Les photos accompagnant ces chants sont prises au musée Talci, musée en plein-air d'ethnographie et d'architecture traditionnelle situé à 50 km d'Irkutsk.

Шамхандаа - Shamkhandaa, a Buryat folk song

どこかで聞いたことのあるようなこの哀愁の節が気になって仕方ありません。以下youtubeのフランス語解説です。 La chanson Shamkhandaa improvisée par quelques chanteuses de l'ensemble Ariuun Bulag, avec les paroles. Le festin, dans le cadre du rituel d'accueil d'hôtes de marque, était déjà bien avancé, d'où le petit flottement sur les paroles, notamment au deuxième couplet!

Buryat Folk Song, Lake Baikal, Siberia

こちらも民族衣装は着ていますが、発声にはロシアの古い民謡の影響が少し聞き取れるように思います。Traditional song performed for travelers of BaikalNature during a dinner with a Buryat family on the shore of Lake Baikal, Siberia, Russia. Tours to Lake Baikal in Siberia with an incoming English-speaking tour operator - BaikalNature.

buryatia

この倍音唱法入りの民謡がモンゴル化の遺産だとしたら、シャムハンダアはやはりロシア化の歌でしょうか?

Buryat

前に一度アップ済みの映像。遅々として進まぬ追分ロードの探索ですが(笑)、この追分風な民謡もブリヤートの民謡で、1本目との違いは相当なものだと思います。このタイプの民謡もモンゴル化の影響でしょうが、その前段階のテュルク化の遺産は倍音唱法と口琴ということになるのでしょうか。しかし、ブリヤートの口琴演奏は未だ見つからずです。テュルク系諸民族では周知の通り倍音唱法が目立ちますが、追分風な歌は意外に少ないように思います。その辺も探りどころのように思います。

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2011年6月 7日 (火)

韃靼とユダヤ

シベリアのアジア系民族の音楽に視点を戻します。タタールとは、広義には北アジアで活動したモンゴル系、テュルク系、ツングース系諸民族の総称で、中国では韃靼(だったん)と表記されました。こちらは韃靼蕎麦とか「韃靼人の踊り」(ボロディンの歌劇「イーゴリ公」から)などで有名です。狭義のタタールは、何年か前に取り上げたようにヴォルガ・タタールやクリミア・タタールなどの、現在もタタールの名を自称している民族を指します。
追分ロードの手懸りを探してサハとブリヤートで検索していたら、不思議な映像がありました。何故かバックで流れているのが、東欧系ユダヤの特徴的なメロディ(アハヴォ・ラボ旋法)で、それに強く反応してしまいました(笑)
ハバロフスクの近くにユダヤ自治州が今もあって、首都のビロビジャンの名は、例えばクレズマー音楽ファンの間とかでは割とよく知られているかと思います。タタールとユダヤと言えば、何年か前に取り上げたハザール問題を思い出しますが、カスピ海から遠く離れた極東では、現在もテュルクやツングース系民族と隣り合って住んでいるという事実に改めて気付かされました。

MONGOL+KAZAKH+BURYAT+TUVA+KYRGYZ+KALMYCK+ALTAI+KHAKASS=TOGETHER WE ARE

ここで聞こえるのはモンゴルのオルティンドーでしょうか。日本の追分や、ヴォルガ中流域のタタール民謡などにも似ていることは、これまで見てきた通りです。

ПОЗДРАВЛЕНИЕ НА БУРЯТСКОМ. БУРЯАД ХЭЛЭН

ブリヤートかカザフのご婦人が映っていますが、バックの歌は紛れもないユダヤ・メロディです。この催しにたまたまかかっていたのでしょうか。おそらくそうだと思いますが、と言う事はユダヤ自治州のブース?も近くにあるのでは? 非常に不思議に感じた一本でした。

Бурятские народные песни - Buryat folk songs

こういうプレーンなブリヤート民謡のクリップも珍しいです。追分のような歌、ロシア風なメロディ、少し中華風味のある歌など、色々あることが分かります。もしかしたらユダヤの節も入ってきているかも知れません。

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2011年6月 6日 (月)

ヴィソーツキーとコージンの歌うマガダン

本道からまた逸れますが、シベリアで是非触れておきたい町とロシアの歌があります。ウラディーミル・ヴィソーツキーがその荒涼とした様子を歌い、往年のロマ系のロシア・ロマンスの名歌手ワジム・コージンが後半生住んだことでも知られる、マガダンという町です。カムチャツカ半島の付け根の西に面し、サハからオホーツク海北部に抜けた所にあるこの町は、極東の強制収容所や強制労働の拠点になったことで知られています。スターリンの時代には、流刑者はまずこのマガダンに送られてからシベリアの各地へ送られていったそうです。そんな歴史を持つこの町も、今ではモスクワよりも治安の良い町と聞きます。
コージンの歌に惚れ込んだガルガンチュア(新宿ゴールデン街にある居酒屋)店主の歌手・石橋幸(みゆき)さんは毎年マガダンの町を訪れ、自身のアルバム「友よ祈りを」が出ているレーベルはマガダンと名づけられています。辛く悲しい歴史を刻んだ町だからこそ惹きつけるものが強そうです。私もマガダンと聞くと、コージンの歌、ヴィソーツキーの歌が自然と耳の奥で鳴ります。ヴィソーツキーの深く激しい歌、それとは対照的なコージンの切なく甘美な歌声と分かちがたくイメージがダブっています。

V.Vysotsky "Мой друг уехал в Магадан" (другу И.Кохановскому)

オウマガトキからLPの頃から出ていた「大地の歌」には「俺はマガダンに行ったぜ」という歌がありますが、こちらは別な曲でした。ウイェーハル・ヴ・マガダン(уехал в Магадан)という部分だけは一緒ですが。どちらも前にヴィソーツキーを取り上げた時にはアップしてなかったと思います。

Высоцкий - Про Магадан - Я уехал в Магадан (1968)

こちらが「大地の歌」に入っていた曲、「俺はマガダンに行ったぜ」。さびでは「お前はナガーイ湾を見てない。馬鹿野郎、ただ何となく行けるとこじゃねえぜ ~」と吐き捨てるように、ヴィソーツキーの激情調で歌われます。

Вадим Козин "Осень"/Vadim Kozin "Autumn"

コージンの歌のタイトルは「秋」ですが、石橋さんは「行かないで」というタイトルで歌われてます。

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2011年6月 5日 (日)

ベルホヤンスク

小学校の頃に世界一寒い土地だと先生から聞いて以来、ずっと頭の片隅にあったベルホヤンスク。今日はyoutubeが見つかって感激しました。音楽からは離れますが、サハの地方都市ですので、この機会に少しどんな所か覗いてみたいと思います。
ベルホヤンスクでの記録は19世紀末の氷点下67.8度ですが、その後の記録更新で同じサハのオイミヤコンという町が世界最低気温-71.2℃を叩き出しています。しかし、この記録は測定法に議論があるようで、そのためベルホヤンスクの方が知られることになったのでしょうか。
ベルホヤンスクをローマ字、ロシア文字共に見てみましたが、ロシア語で検索すると狩猟の残酷な光景ばかりで、動物好きの一人としては非常に辛いものがありましたので、景色を追ったものが中心になりました。
極寒の地ベルホヤンスクは、盆地のため夏は30度を越すこともあるそうで、冬との差何と100度程になります。そこでは、日本人に似たサハの人々が暮らしていました。口琴大会が行われているのは首都のヤクーツクで、ここでも十分に極寒の地であることは3本目の通りです。

Verkhoyansk, December 2006, -46 C

冬のヴェルホヤンスク。おそらくこの温度なら標準の寒さなのでしょう。

Promo Video: Travel to Kisilyakh, Verkhoyansky region / Yakutia

夏はこんなに美しい場所に。

Yakutia: The coldest place on earth - RT 120108

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2011年6月 3日 (金)

女性ホムス・トリオ Ayarkhaan

今日は女性の口琴トリオ、アヤルハーンの演奏です。彼女らの凄い演奏を聞くと、おそらくテクニックでは最高峰なのでは、と思います。ここまでやるかという驚異的な超絶技巧を披露しています。アンサンブルではまるでミニマル・ミュージックかノイズ音楽のようにも聞こえたり、馬や鳥の模倣に至っては一体どこから音が出ているのか不思議に思う程。シャーマニックな歌も口琴に優るとも劣らず、非常に興味深いです。サハ共和国には、サハ人だけでなくロシア人やウクライナ人なども住んでいるので、メンバーにはウクライナ系の人もいます。

以下の解説は直川礼緒氏の主催する日本口琴協会のページから。民族音楽好きの方にとっては周知の事実でしょうが、直川礼緒(ただがわれお)さんは日本口琴界のパイオニアにして、世界でも屈指の名手です。

アヤルハーン
超絶技巧のホムス(口琴)、多彩な声などを駆使して、東シベリア・サハの自然を描写する。2002年結成以来、世界各地のワールドミュージック・フェスティヴァルに参加。2004年、第2回世界エスノ・ミュージック・フェスティヴァル「サヤンの環」(クラスノヤルスク)にてグランプリ獲得。2006年、第5回国際口琴大会(オランダ)参加。

●メンバー
アリビナ ジェグチャリョーヴァ(Albina Degtyaryova):ホムス(口琴)、声
国立ヤクーツク大学言語文学部在学中、イヴァン アレクセイエフの口琴アンサンブル「アルグィス(祝福)」のメンバーとなる。1991年、サハ共和国で開催された第2回国際口琴大会をきっかけに、世界各地で演奏を行う。2000年日本ツアー「ホムス・トゥオヤル ~ホムスは歌う~」(日本口琴協会)、2005年(愛知万博)をはじめ、数度に渡り来日。 CD「夏が来る」(日本口琴協会)。

ユリヤナ クリヴォシャープキナ(Yuliyana Krivoshapkina):ホムス(口琴)、声

オリガ プロコプチュク(Olga Prokopchuk) :ホムス(口琴)、声
ウクライナ系サハ人にして口琴の名手。2000年には、日本口琴協会の招聘により、アリビナ、イヴァンらと共に来日。現在は結婚して姓も変わったが、来日当時14歳であった。

Ayarkhaan Khomus

アヤルハーンのトリオでの演奏。遊牧騎馬民族だったテュルク系のサハ人にとって、馬がいかに身近で大事な動物か、この鳴き声によく表れていると思います。

Ayarkhaan - Daybir's Song

シャーマニックな印象の掛け合いの歌も披露しています。発声やピッチの微妙な変化など、大変に興味深い歌唱。サハ語だと思いますが、独特な発音が耳に残ります。

Turkic wonders - Turaditional Yakutistan Khomus (Harp) Music by Albina Degtyar

アヤルハーンのメンバーの一人、アリビナ ジェグチャリョーヴァの驚異のホムス・ソロ。動物の鳴き声はホムスのバックで声を出しているのでしょうが、遠くから聞こえるように出ているので、まるで本物のように聞こえます。

Greeting from Yakutia!

イヴァン・アレクセイエフ(国際口琴センター代表)とスピリドン・シシーギンからのロシア語の挨拶に続いて、最初の演奏がアヤルハーンだと思いましたが、どうでしょうか。

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2011年6月 2日 (木)

アレクセイエフ&シシーギン

よく見ていると、イヴァン・アレクセイエフの出ている映像がありました。ステージの映像は一本目のみのようです。2,3本目はレクチャかワークショップなどでの演奏でしょうか。93年の来日時と同じスピリドン・シシーギンとの共演で、サハのホムス音楽の大御所バトルです。アレクセイエフ氏は来日の際の毛皮の帽子を被ったイメージが余りに強かったので、見落としていました。この二人の演奏を聞いていると、カッコーなど鳥たちや馬だけでなく、サハの森羅万象の音が聞こえてくるかのようです。

07. İvan Alekseyev - Kuzey Destanı-Yollar-Yakutistan

トルコから独奏映像がアップされていました。

Improv by Khomus Musicians from Yakutia

Khomus (Vargan) National Musicians from Sakha/Yakutia (Shishigin Brothers and Ivan)

シシーギン兄弟とイヴァンとあります。真ん中がイヴァン・アレクセイエフ氏。左の人がシシーギンの兄弟のようです。

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2011年6月 1日 (水)

サハのホムス2 スピリドン・シシーギン

今日からブログアップする時間を変えてみようかと思っています。年のせいか遅くまで起きているのが困難になってきましたので(笑) と言いながら、また戻るかも知れませんが。
サハのホムス二日目です。ヴェルゴからCDも出ていた名人スピリドン・シシーギンの映像はいくつか見つかりました。やはりこの人の演奏には、音色の豊富さ深さがあります。口腔内の内部奏法(本来はピアノに使われる用語です)が特に凄いと思います。93年の来日時にも披露していた彼の十八番、カッコーの音真似もかすかに聞こえます。一緒に来日したイヴァン・アレクセイエフの映像はローマ字では出てきませんでした。ロシア語で探して出てくるかどうかでは、と思います。
この後はもう少しホムスやサハという土地について見た後に、ブリヤートとの共通点などを当たってみます。

Spiridon Shishigin Спиридон Шишигин

"Waltz" on Khamus by Spiridon Shishigin, Yakutia

Spiridon Shishigin play maultrommel Jofen

ここで演奏しているのはスイスのマウルトロンメルのようです。

Khomus player Savvina Anna

おまけで今日もヤクーツクのホムス大会での女性奏者の映像を一つ。カッコーも入っています。最初の奏法は向きを反対にして口の中で舌で弁を弾いているのでしょうか? Savvina Anna is nominated for Listener's Choice Award on competition "Khomus Kuo" in Jakutsk in 2009.

Khomus playing

もう一つおまけで、こちらは日本での口琴大会の映像。力強い音と素晴らしいテクニックです。Kim Borisov's performance at Japan Jew's-Harp Congress.

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