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2011年9月

2011年9月30日 (金)

シュランメル音楽

ワルツもヨーデルもオーストリア西部のアルプス山麓のチロル辺りから始まったそうなので、ワルツはウィーンへ、ヨーデルはスイスにも広まって、本家より有名になった、ということだろうと思います。ウィーンで19世紀末頃から広まった音楽にシュランメルがありますが、楽器や編成ではクラシック的でも、素材としては当時の民謡が中心のようです。現在も盛んに演じられているとのこと。(ですので、意外に思われるかも知れませんが、昨日はレスに大衆音楽と書きました) この音楽はシュランメル兄弟が始めたので、こう呼ばれています。兄がヨハン・シュランメル(1850ー1893)、弟がヨーゼフ・シュランメル(1852ー1895)ですから、二人とも19世紀の人です。
ウィーンは今でもクラシック音楽の中心都市であるのは、言うまでもありませんが、一方この町は長らくオスマン帝国と接し、オーストリア・ハンガリー帝国の中心でもありましたから、東方世界の文化を北ドイツより柔軟に取り入れたとされます。ツィターもそう言えば東方からもたらされたようです。伝統と異文化の同居する都には、新ウィーン楽派という現代音楽に繋がるムーヴメントも生まれました。
シュランメルの編成は、ヴァイオリン2本、コントラギター、G管クラリネットかボタンアコーディオンという編成が一般的で、その楽団の事を「シュランメルン」と「ン」をつけて呼びます。クラシカルな響きで、華やかな技巧を駆使しながらも、大衆的という興味深い音楽です。

Elisabeth Jess-Kropfitsch crosses over to the famose "Schrammel Quartett"

コントラギターの代わりのチェロ、ということでしょう。弦楽器の鳴らし方、フレージング等々、とても興味深いものがあります。

Wintergruen Boarischer - Guitar & Schrammel Guitar Volksmusik Duet

こういうギターデュオもあります。左がコントラギター

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2011年9月29日 (木)

チロルからザルツブルク

当初はドイツ語圏のバルト民族とスラヴ民族の音楽状況を見て行く予定でしたが、アルマンドと対比させたレントラーから南ドイツ~オーストリアの方にぐいぐいと引っ張られた形になりました。アルプスの音楽は予想以上に面白いので、この際もっと見ておこうかと思います。以前作ってあった「独墺」というカテゴリーがありあましたが、忘れてそれぞれ新たに立てていました(笑)
女性トリオのDie Hoameligenは、やはりチロルの方でしたが、オリンピックが開催されたインスブルック(イザークのルネサンス歌曲「インスブルックよ、さらば」でも有名でしょう)の近くでしょうか、Muttersという町のグループのようです。この辺りはヨーデルやワルツの生まれたところ。アルプスの単数形とも取れるアルプとは「山の牧場」のような意味ですが、アルプごとに少しずつ異なるフォークミュージックが息づいていると言われます。

Familie Rehm - Krippenlied

こういう優しく暖かくコクのある素晴らしいフォークミュージックが村ごとにある訳ですね。終わり辺りにヨーデル唱法が出てきます。

Die Gfierigen - BarbarAlex-Walzer

Die Hoameligenのメンバー中心のセッション。この辺りではヴァイオリン奏者がコントラバスをこなすこともあるようです。

Salzburger Geigenmusik - Gicht Polka

モーツァルトの生まれたザルツブルクのグループ「ザルツブルク・ガイゲンムジーク」(「ガイゲ」はヴァイオリンのドイツ名)によるポルカ。この町はアルプスではないけど、音はアルプス的。

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2011年9月28日 (水)

Die Hoameligen

昨日の3本目にアップしました女性トリオ、Die Hoameligenの活動を少し追ってみましょう。.atとあるので、オーストリアのグループのようです。西部のチロルの方では。
ヴァイオリンのホップするような珍しい奏法の楽しい演奏、実にチャーミングでした。ああいう跳ねるように小刻みな弓使いはアルプスの辺りでしか見ない気がします。ヨーデルも歌唱法に入ってくる地方ですから、そういう掛け声(馬の嘶きのような)も入っていました。
しかし、3人のコーラスは余りに美しくて蕩けそうです(笑)

Die Hoameligen - Und die Liab isch a Bach

Die Hoameligen

Die Hoameligen - Weihnacht ,wie bist du schön

Weihnacht(クリスマス)のコーラス

Die Hoameligen - Geburtstagspolka

昨日の3本目をもう一度アップ。

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2011年9月27日 (火)

マーラーのタイタンにもレントラー

後で気付きましたが、マーラーの第1交響曲「巨人(タイタン)」にもレントラーがありました。おそらくマーラーのレントラーの例では一番有名でしょう。このレントラーは、民族舞踊の楽しさをほぼそのまま感じさせます。3楽章ではAre you sleeping?として広く知られるフランス民謡(童謡)「フレール・ジャック」が短調で物憂く演奏され、これも非常に印象的です。私の場合、30年余り前に巨人を聞いてまず最初に耳に止まった楽章でした。
併せて、弦楽中心で女声の入るレントラーと、比較でアルプス系のポルカを上げておきました。大体同じ地域だと思いますが、何でこんなに、という程異なっていて、それぞれ個性的です。SchleinigeとGeburtstagspolkaというのがよく分からないのが、もどかしいところ。

Symphony No.1 in D Major "Titan" II.Ländler

Florianer Tanzlgeiga - Bruckner Landler und Schleinige

ブルックナーで検索して出てきたレントラーですが、作曲家のブルックナーとは関係なしでしょう。

Die Hoameligen - Geburtstagspolka

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2011年9月26日 (月)

ブルックナーやマーラー作品中のレントラー

レントラーを取り入れたロマン派の作曲家ブルックナーマーラーの曲と言うと、すぐに思い浮かんだのが、ブルックナーの交響曲第5番の3楽章とマーラーの交響曲第9番の2楽章でした。民族的なレントラーが芸術作品として昇華された例として、それぞれアップしておきます。大らかな民族舞曲は、そこでは「精神の踊り」とでも言えるほど高められます。それは諧謔を伴って表現されてこそと思います。
ブルックナーは9番と7番、マーラーは「大地の歌」、9番、3番を個人的には一番愛好していましたが(もう20年以上前ですので)、晦渋でヘビー級なイメージの内容ながらブルックナーの5番もクナッパーツブッシュやシューリヒトなどの名演が記憶に残っています。

Anton Bruckner - Sinfonie Nr. 5 in B-Dur - 3. Satz

第3楽章スケルツォの第2主題がレントラー風なメロディ。バレンボイム指揮シュターツカペレ・ベルリンの演奏。

Anton Bruckner - Sinfonie Nr. 9 in d Moll - 2. Satz

ブルックナーのシンフォニーのスケルツォでは、個人的には9番2楽章のスケルツォが一番好きでした。大昔にシューリヒト&ウィーン・フィルのLPで聞いて以来です。スケルツォだけでなく全3楽章の全てですが、こんな凄い音楽はなかなかありません。しかし、この曲はレントラーではないようです。

Gustav Mahler - Symphony No.9 in D-major - II, Im Tempo eines gemächlichen Ländlers

バーンスタイン指揮コンセルトヘボウO.の演奏によるマーラー第九の2楽章。1楽章と4楽章の深淵も、2楽章があることでより深まります。

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2011年9月25日 (日)

レントラー 民俗音楽とクラシック

ちょうど今はバイエルンの州都ミュンヘンでビール祭、オクトーバーフェストをやっている時期ですので、もう少しドイツで続けようかと思います。レントラーは3拍子のフォークミュージックで、ウィンナワルツとも兄弟(レントラーが兄?)のような舞踊音楽。ワルツのようなすました所はなく、もっと南ドイツ的な人懐っこさを感じます。ツィターだけでなく、ボタンアコーディオンでの演奏も多いようです。
レントラーと言えば21日に書きましたようにクラシック作品でよく聞きますが、現在では元の民族舞踊はそんなに演奏されることもないのか、と思っていましたら、とんでもなかったです。クラシック作品では高度に磨き上げられたレントラーになっていると思います。ブルックナーやマーラーの作品では、スケルツォ楽章(大体第3楽章)でレントラーのリズムがよく使われていました。

Anton Karas - Ländler (Zither)

映画「第三の男」のテーマ曲で有名なアントン・カラスのツィターによるレントラー。

Mosibuebä - Frävler-Ländler

楽しげなアコーディオン・トリオが聞きものですが、コントラバスはほとんどダウンボウだけなのが不思議(笑) 上げ弓も使えば楽な気がしますが。

The Sound of Music - Ländler
ミュージカルSound of Musicでレントラーが出てくるシーン。東欧系ユダヤ出身のロジャース&ハマースタインがレントラーを書いている点に注目でしょう。

Alfred Cortot plays Franz Schubert Ländler, op. 171

フランスの往年の名ピアニスト、アルフレッド・コルトーの弾くシューベルトのレントラー。

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2011年9月23日 (金)

Nathaniel Rosen Plays Schumann

昨日はナサニエル・ローゼンというアメリカのチェリストの演奏を聴いて来ました。道後で震災チャリティー演奏をされているTV放送を先月偶然に見たもので、急いでチケットを手配して、最前列で素晴らしい弓さばきを見ることが出来ました。愛媛出身の方と結婚されて松山に住まれることになったそうで、義姉に当たる俳人の夏井いつきさんもいらっしゃっていました。
演目の中には、例の3つの音のアウフタクトのあるアルマンドの入ったJ.S.バッハの無伴奏チェロ組曲3番を初め、ベートーヴェンのチェロ・ソナタ3番などが演奏されました。今日の一本目シューマン「幻想小曲集」は昨日の演目ではありませんが、個人的に好きな曲ですし、ローゼンさんの最近の境地に近いものを感じます。テープの状態が悪いのか、ピッチが揺れるのが少々残念ですが。彼は20世紀のチェロの大巨匠の一人グレゴール・ピアティゴルスキーの弟子で、チャイコフスキー国際コンクール第6回大会の優勝者(2位はあの藤原真理さん)。英文プロフィール 大きく包み込むような芸と暖かい音色は、確かに師匠を思わせるものがありました。

Nathaniel Rosen Plays Schumann Fantasy pieces

Nathaniel Rosen performs Dvorak Cello Concerto

このドヴォコン(ドヴォルザークのチェロ協奏曲の通称)は若い頃の演奏のようです。

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2011年9月21日 (水)

アウフタクトありのドイツ舞曲とレントラー

12号も今回の台風も、伊予は西側に入ったため、それ程でもなかったのですが、12号では紀伊半島、15号では名古屋より東で大きな災害になりました。被災されました皆様にお見舞い申し上げます。大震災、台風と、災害列島の様相を呈していますが、どうか今後は穏やかな日が戻るように祈るばかりです。
さて、アルマンドについては、ウィキペディアに簡潔にまとめられていました。
16世紀のフランスでは「地面に足をつけた中庸の遅さ」の2拍子のダンスで、組になった男女が列を作って進みながら踊るダンスだったこと、16世紀には中庸のテンポの2拍子の舞曲としてドイツで流行したこと、17世紀になってフランスの作曲家によってアルマンドはテンポにある程度の自由度がある4拍子の舞曲に改良されたこと、など目から鱗の内容が記されています。確かにJ.S.バッハの無伴奏チェロのアルマンドでも、ゆっくり弾く人、速めに弾く人、色々です。カザルスは、この組曲を忘却の彼方から復活させた人ですが、1番のアルマンドなどはかなり速いテンポで弾いています。
今日の動画1本目冒頭には、例のアウフタクトが聞こえます。かと言ってアルマンドと直接関係はないと思いますが。2本目は4拍子ではありませんが、ドイツ舞曲の代表格のようなレントラー。古今のクラシック作品にも度々登場した3拍子の南ドイツの舞曲です。色々な編成がありますが、カンテレやグースリなど最近ツィター系の楽器が頻繁に登場しましたので、今回もツィターでアップしておきます。
レントラーは、ベートーヴェンなど古典期の作曲家だけでなく、マーラーの交響曲や、アルバン・ベルクのオペラ「ヴォツェック」の第2幕などにも使われました。元々は素朴な舞曲ですが、精緻に洗練された現代曲にまで使われています。病的な響きが苦手と言われることの多い?曲ですが(個人的には新ウィーン学派は大好きなもので)、久々にヴォツェックを聞きたくなりました。
明日は所用のためブログをお休み致します。m(_ _)m

traditional German dance

これも南ドイツ、バイエルンの踊りのようです。途中3拍子になりますが、これはレントラーになるのでしょうか?

Zither: Berchtesgadener Ländler

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2011年9月20日 (火)

アルマンドにはアウフタクトあり

かなりラフで刺激的な意見が続きましたので(笑)、ここで正確な情報を確認しておきたいと思います。
アルマンドという舞曲はドイツ風とされていますが(フランス語でドイツのことはアレマーニュと言いますので)、バロック期に元の舞曲から発展して器楽的に発達し、今では元々どういう風に踊られていたのか分からなくなってしまったようです。アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグがバロック音楽の組曲の中心ですが、冒頭にはプレリュードが、サラバンドとジーグの間にはメヌエット、ブーレ、ガヴォットのいずれかが入ることが多くなっています。中核の4曲は、おおむね緩急緩急のテンポ設定になっていると思いますが、冒頭のアルマンドが一番抽象的な性格を早くから持ち、これが後に交響曲のスタイルにまで繋がって行くようです。アウフタクトから始まる(後述)ことに加え、標準的に思える4拍子ですが、アクセントのつき方も特徴があったように思います。
アルマンドの特徴として、アウフタクトで始まる、というポイントがありました。「タターン」という感じに、頭の小節から前にはみ出た8部音符1個、もしくは16分音符1個のアウフタクトが付くのが特徴です。J.S.バッハの6曲の無伴奏チェロ組曲の第2曲アルマンドの中で、3番だけが三つの音のアウフタクトがあります。これは無伴奏チェロ組曲に限らず、例外的なものでした。参考書籍:鈴木秀美著「無伴奏チェロ組曲」東京書籍 (指番号なしのスコア付き 全6曲詳解書)
昨日はソルブ民謡との比較のために、明朗快活な調子の無伴奏3番と4番のアルマンドを選びましたが、今日は対照的な短調のアルマンド3曲で揃えました。明日以降、ソルブに限定せず東独のフォークミュージックで、アウフタクトで始まる曲がないか、探してみたいと思います。見当たらなければ、またポーランドに戻る予定です。

Bach - Cello Suite No.5 ii-Allemande

5番のアルマンドも、この通りアウフタクトから。しかしマイスキーの5番は最高!

J. S. Bach: Partita in d minor, 1. (Itzhak Perlman)
終曲のシャコンヌで有名な無伴奏ヴァイオリンのパルティータ2番冒頭のアルマンド。やはりアウフタクトから始まります。イツァーク・パールマンの往年の名演。

Bach, BWV 1013, Allemande, Galway-Flute

無伴奏フルート・パルティータの冒頭のアルマンドの場合も、アウフタクトから始まっています。ゴールウェイの見事な演奏で。

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2011年9月19日 (月)

Daj mi jadno jajko アルマンド

ソルブは昨日までの予定でしたが、耳について離れない曲がありましたので、もう一日。1,2本目はDaj mi jadno jajkoという民謡ですが、低地ソルブのブランデンブルク州辺りの歌になるようです。イメージしがちなスラヴ民謡の哀愁などは感じられない、底抜けに明るい歌です。
昨日は強引な比較をしてみましたが、ここでJ.S.バッハの明るいアルマンドを二曲並べてみます。大分前にもアップしましたが、ミッシャ・マイスキーの演奏で、無伴奏チェロ組曲3番と4番のアルマンドです。6曲のアルマンドの中で特に軽快な舞曲本来の味わいのある2曲だと思います。検証は不可能に近く難しいことだとは思いますが、18世紀の作曲当時、何かモデルになった舞曲があったのでは、と想像するのは楽しいことではあります。

Daj mi jadno jajko - Bórkowy 2007 - Spreewald/Błota - Dolna Łužyca

Daj mi jadno jajko

Lusatian Dances - Lausitzer Tänze

Bach - Cello Suite No.3 ii-Allemande

Bach - Cello Suite No.4 ii-Allemande

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2011年9月18日 (日)

ソルブのアンセム

金曜は10時頃にちょっと横になったらすっかり寝てしまって、目が覚めたら1時でした(笑) 昨日はブログお休みデーで最早エンジンがかからない状態です(笑)ので、二日お休みになりましたm(_ _)m 暑かったり涼しかったりで、ちょっと変な感じですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
旧東独のスラブ系、ソルブについて、もう一回当てておきます。前回の参照記事にあったように、セルビアとソルブは同語源では?という意見がありました。確かにそう思いますが、更に言えばセルビアだけでなく、スラヴとも似ているように思います。スラヴ祖語の段階での類似なのか、今の所は不明ですが。(しかし、よく見るとbとvの違いは大きいので、違うかも知れません(^^;)
旧東独圏の例えばクラシック作曲家と言えば、真っ先にJ.S.バッハが思い出されるでしょう。彼の作品の中にスラヴ的な部分が入り込んでいたりするのか、というのが、個人的にはかなり興味がある部分ですが、今回は掘り下げずもし見つかったら先で取り上げてみたいと思います。舞曲で言えば、アルマンド(ドイツの舞曲)、クーラント(フランスの舞曲)、サラバンド(スペインの舞曲)、ジーグ(イギリスやアイルランドの舞曲)というのがお決まりの組曲のパターンですが、その中には直接的なスラヴ系はありません。強いて言えばアルマンドが怪しいかも、と言った所です(笑) 当時のドイツにもクレズマーやソルブの音楽はあったのでは、と思いますから。

Rjana Łužica - Beautiful Lusatia

ソルブのアンセム。「美しいウジツァ(ソルブの地)」を歌っています。

long intro to short Sorbian song

終わりの辺りで、女性のソルブ語コーラスが出てきます。この髪飾りのような独特な帽子?が特徴的。

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2011年9月15日 (木)

ソルブの歌と音楽

ゲルマンの中のスラヴ言語島状態にあるソルブ人の音楽を更に、言葉が聞こえる映像を中心に追ってみました。音源としてはソルブだけの盤は記憶にありませんが、ドイツのフォルクスムジークを丹念に当たっていると、何曲かは見つかったりするかも知れません。
旧東ドイツ辺りにはドイツ化した元スラヴ人がどうも結構いるようです。(参考サイト)逆に東欧にいながら、東欧化せずドイツ文化を保持している人々(トランシルヴァニアのザクセン人が有名でしょう)もいて、これもまた興味深い文化ですので、いずれまた取り上げる予定です。

Přezpólni - Za Čěskimi horami

弦楽トリオの伴奏で男声合唱が歌っています。かなり東欧的な印象の歌です。
ドイツ語解説
Die Männergesangsgruppe "Přezpólni" und Musikanten des Sorbischen Folkloreensembles Wudwor mit dem Lied "Za Čěskimi horami".
ソルブ語解説
Muska spěwna skupina "Přezpólni" a hercy Serbskeho folklorneho ansambla Wudwor ze spěwom "Za Čěskimi horami".
www.wudwor.de

Sorbische National Ensemble - Serbski ludowy ansambl (1)

Hochzeitstänze 2003 - Sorbische Volkstanzgruppe Wudwor

Sorbisches Männerquartett Bautzen/Budysin
こちらはドイツ的なソルブ・コーラスと言えそうです。

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2011年9月14日 (水)

旧東独のスラヴ系

ブランデンブルク州やザクセン州など、旧東ドイツの中部以南に住むソルブ人は、西スラヴ系の民族ですが、現在ではソルブ語のみ話す人はいなくなって、ドイツ語とのバイリンガルだそうです。しかし、色々なところにスラヴの痕跡があり、標識などもドイツ語とソルブ語の両方で記されている模様。ソルブ語には、上ソルブ(高地ソルブ)と下ソルブ(低地ソルブ)があって、それぞれポーランド語、チェコ語に近いという意見もあります。ポーランド語に特徴的な、Lに斜め線が入った文字は、ソルブ語にもあります。例えば、作曲家のルトウワフスキ(Lutosławski)のワの部分などに使われ、線が入るとラ行ではなくワ行に近い音になります。
しかし、ブランデンブルクと言えば、一般の日本人がまず思い浮かべるのは、J.S.バッハのブランデンブルク協奏曲という人が多いのでは。J.S.バッハの頃にもスラヴ系のソルブ人が近くにいた(のだろうと思いますが)というのは少し不思議な感じです。

Discover Germany | Recommended three trip tips for the Spr

Bernd Pittko Pittkunings,Sorbian poetPittko Pittkunings is a Sorbian poet,cabaret artist and singer-songwriter who uses his art to keep the language and culture of the Sorbs,the Spreewalds original Slavic folk,alive. Today,about 7,000 people around the Spreewald speak Sorbian,and more than half of all residents there have Sorbian forefathers. Pittkunings shows Discovery Germany three of his favorite places in the Spreewald.

Hanka

Sorbisches Folkloreensemble Wudwor - Sorbische Suite

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2011年9月13日 (火)

ポメラニアとカシューブ

カシューブ人の住む北ポーランドからドイツ北東部にかけての地域はポメラニアとも呼ばれ、この名からすぐに推測できますが、犬のポメラニアンの故郷です。ポメラニアは英語で、ポーランド語ではポモージェとなります。そして、何とカシューブ語自体がポメラニア語とも呼ばれるようです。後日回る予定ですが、旧東ドイツ中部以南には、ドイツ語圏のスラヴ人、ソルブ人がいます。大分前に予告しましたように、カシューブやソルブのような少数派スラヴについては興味があって、機会があれば調べてみたいと思っていました。カシューブは、ポーランド人より先に(6世紀頃)この地に入ったスラヴ人のグループということのようです。
例のポーレチケについては、ポルカの系統の舞踊音楽であることが分かりました。ポーランド語では名詞に指小辞を付けて「小さい」とか「少し」といったニュアンスを出すそうですが、「ポルカ(polka)」に対しての「ポレチュカ(poleczka)」が格変化して「ポレチュケン(poleczkę)」となり、それが日本で訛って「ポーレチケ」となったようです。ロシア語の「チカ」が付く表現と似ています。(ママとマーマチカ、パパとパーパチカ等)
そしてポルカのルーツは、と言うと、チェコにあるそうです。ヨハン・シュトラウスのワルツ作品などで有名ですが、元はチェコというのは余り知られていないことかも。チェコやスロヴァキア中心にポーランドなど西スラヴ圏に広まっていったようです。大分前にDIWからガイ・クルセヴェックのポルカ・アルバムがありましたが、彼はスロヴァキア移民ですから、あれは正調ポルカの現在形ということだったのでしょう。
今日の動画はカシューブ語がよく聞こえるものを選んでみました。

Hymn kaszubski

Kaszubski "Jożin z bażin"

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2011年9月12日 (月)

SZLA DZIEWECZKA

昨日の2本目にメドレーされている一曲に、日本で「楽しいポーレチケ」という名で知られている曲があったように思いました。カシューブは英語綴りのKashubではほとんど何も出て来ず、ポーランド語のKaszubksieかkaszubyで検索する必要がありました。カシューブの音楽は、ポーランド北部のバルト海沿岸らしい、寒冷地らしからぬ海洋的な大らかさがあるように思います。南の山岳地帯でハンガリー~カルパチア的な翳りが出てくるのとは大違いです。
「ブリキの太鼓」の主人公の成長が止まってしまったオスカルもカシューブ人だったのでしょうか? 今日は1,2本目にカシューブの伝統音楽と踊り、例の「森へ行きましょう」を3、4本目に。原題のカタカナ表記はシュワジヴェチカが近いでしょうか。ポーランドのレーベルMuzaの現地録音で原曲を聞いたことがありますが、日本で知られているメロディとは相当雰囲気が違っていて、喩えるなら荒削りな木彫りのままという印象でしたが、素朴でともて良い感じでした。

Kaszuby - Tu Je Naszo Ziemia (Górol dlo Kaszeba)

aszuby kaszuby xD

ZLA DZIEWECZKA .................. Biesiadne

ダークダックス『森へ行きましょう』

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2011年9月11日 (日)

カシューブの踊り

カリーニングラードから西に100キロ余りバルト海沿いに行くと、ポーランドのグダニスクという町がありますが、ここが「ブリキの太鼓」の舞台となった町で、大戦中はダンツィヒとドイツ語で呼ばれていました。今ではポーランド人と少数のカシューブ人がほとんどだと思いますが、両大戦間に住んでいたのは大多数がバルト・ドイツ人で、後はポーランド人、カシューブ人でした。カシューブ語はポーランド語と同じ西スラヴ系なので、ポーランド語の方言と見ることも多いようです。
「ブリキの太鼓」の作者ギュンター・グラスは父がバルト・ドイツ人、母はカシューブ人で、この自身の複雑な来歴から「ブリキの太鼓」が生まれたようです。この作品は1979年にドイツのフォルカー・シュレンドルフ監督が映画化していますので、見られた方も多いと思います。(余談ですが、イギリスのニューウェーヴ・グループ、ジャパンのアルバム・タイトルにもなっていました。私も80年代当時よく聞いたものです。) 更には、バルト・ドイツ人というのが、バルト地方に東方殖民したドイツ人の末裔なのか、元プロシア語の話者なのか、その辺も気になるところです。
ポーランドのフォークダンスと言えば、日本ではシュワジェベチカ(森へ行きましょう)が一番有名でしょうか。カシューブも一見似ているように見えます。明日以降カシューブとポーランドの音楽の違いが見えてくればと思っています。

tańce kaszubskie

Tańce Kaszubksie

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2011年9月 9日 (金)

Калининград

東プロイセンの首都だったケーニヒスベルク(現在はカリーニングラード)は、哲学者のカントや詩人のE.T.A.ホフマンなどの出身地として知られていますが、現在はロシア連邦の飛び地として、ポーランドとリトアニアの間にあります。バルト海に面していますから、ロシアにとっては軍事拠点として、また不凍港として重要な地域のようです。
前からどんな所なのか興味がありました。数学好きの方には、数学者オイラーの「ケーニヒスベルクの橋」の問題でも知られている町でしょう。また、カリーニングラード州は琥珀の産地としても有名で、世界のコハクの90%以上を産するそうです。

про город КАЛИНИНГРАД

Калининград (Königsberg)

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2011年9月 8日 (木)

プロシア語

一ヶ月前までは追分ロードを辿って大陸へ出て、アルタイ~ウラル諸族の音楽を巡ってシベリアを西進、ハンガリー・ルーツの地を当たった後は、ウラル・アルタイではなく古い印欧語族の一つ、バルト語派のラトヴィアのコクレやリトアニアのカンクレなどを見ておりました。
往年の東プロイセンの先住民族プロシア人は、ドイツ語やロシア語ではない、バルト語派のプロシア語を話していたと言うのは前に見た通りです。この死語になっているプロシア語の聞ける興味深い映像がありました。確かにゲルマン、ラテン、スラヴのいずれでもない微妙な音です。
ドイツ語圏のバルト語やスラヴ語(カシューブなど)をこの後少し巡ってみようかと思っています。映画「ブリキの太鼓」や哲学者カントの生まれた町ケーニヒスベルク(現カリーニングラード。 ロシア連邦の飛び地)を思い出させる土地です。

Old Baltic prussian languageListen

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2011年9月 7日 (水)

締めはヴィラ=ロボス

今日でブラジル・シリーズの締めとします。モライスはギターを弾く人ではなく、あくまで詩人にして歌手であったことなど、ちょっと不正確で散漫な内容になったかなと振り返っています。ボサノヴァの詩というのはどんなレトリックがあるんだろうか、とか色々興味深い点もありますが、それはさておいて、締めはやはりヴィラ=ロボスでしょう。
ハバナ葉巻をくわえた粋な姿の写真は余りに有名で、ギター独奏の名曲を沢山残していますが、自身チェロも愛奏し、代表作のブラジル風バッハ(バッキアーナス・ブラジレイラス)を初めとして、結構チェロの登場する良い曲があります。一番有名なのは2本目の5番のアリアですが、一本目の1番の冒頭Emboladaも、80年代に「ベルリン・フィルの12人のチェロ奏者たち」の演奏で注目を浴びて以来、人気の曲だろうと思います。この曲も私が昔参加していた大学オケのチェロの先輩たちが団内演奏し、優勝したことで私の内では憧れの曲であり続けました。チェロをいじっている昨今、いつか弾いてみたい曲の一つです。

H. Villa-Lobos: Bachianas Brasileiras No. 1 (I. Introduction), cello ensemble

Galina Vishnevskaya:Villa-Lobos: Bachianas brasileiras No.5

ソプラノ歌手ガリーナ・ヴィシネフスカヤの独唱。伴奏のチェロは夫君のロストロポーヴィチでしょうか? 余談ですが、彼の1955年のJ.S.バッハ無伴奏チェロ組曲全曲の秘蔵ライヴが最近出ました。若さ溢れる素晴らしい演奏でしたが、特に後半の4,5,6番に結構ミスが多くて驚きました。しかし、2番や5番では収録当時27歳とは思えぬ芸の深みを聞かせていました。この短調の2曲は80年代にメロディアからLP(録音は確か70年代)が出ていました。

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2011年9月 6日 (火)

ヴィニシウス・ヂ・モライス

夏の名残の・・とはもはや言えないほど、伊予でも朝晩は涼しくなってきましたが、もう少しブラジル関係を続ける予定です。先日「もう一人のモラエス」と書いたヴィニシウス・ヂ・モライスは、何よりもまずボサノヴァの代名詞のような曲「イパネマの娘」を書いた人として知られていると思います。しかし、1913年生まれですから、大分前の人ではあります。アントニオ・カルロス・ジョビンが作曲し、モライスが作詞した「イパネマの娘」(1962年)は、ジョアン・ジルベルトとスタン・ゲッツの共演やアストラッド・ジルベルトのアンニュイな歌などによって世界的なヒット曲となりました。私事ですが、80年代前半の大学オケ時代にメンバーがトリオ演奏(ヴァイオリン、ピアノ、コントラバス)していたのを聞き、このコード進行は何?と思ったものです。その頃でも十二分に洒落た響きに聞こえました。
ジョビンやモライスのボサノヴァは、ヌーヴェルヴァーグ期のフランス映画に使われたり、ブリジット・フォンテーヌの衝撃作を出したサラヴァ・レーベルなど、当時のフランス文化の先鋭的な部分と深く繋がりました。世代的なものでしょうか、近年のフレンチ・ボッサについてはよく知らないのですが、やはり60年代以来の流れを汲んでいるのでしょうか?

Samba da Benção

この曲はクロード・ルルーシュ監督の映画「男と女」にも出てきました。

Tom Jobim+Vinicius de Moraes+Toquinho+Miúcha

途中からテーブルで歌っている白髪の男性がモライス

The Girl From Ipanema by Astrud Gilberto

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2011年9月 5日 (月)

ホセ・バレンス・ディアス

ブラジルのギタリスト、二人目はホセ・バレンス・ディアス(ポルトガル語に忠実に表記すればジョゼ・バレンセ・ディアス)ですが、バーデン・パウエル程には知名度は高くない人でしょう。フランスのAddaからソロが90年頃出ていて、その時に注目していました。アッダはフランスのリュック・フェラーリなどの現代音楽も沢山出していたレーベルですが、大分前ですのでもうやってないかも知れません。他にも何枚か聞きましたが、アッダ盤が一番良かったように思います。ゴッホの絵をブラジルの土着的な漫画風にしたようなジャケット画も秀逸でした。(実はこの盤もどこかに行ってしまいましたが(笑)) 彼の演奏にもサンバが中心にあるように思いますが、パウエルより泥臭いブラジルの民族色が出ているように聞こえます。2曲目ではサンバの揺籃の地、ブラジル北東部のバイアについて弾き語っているようです。
この人の演奏、スタイリッシュなパウエルよりもアフロ色が強いように思いますので、ボサノヴァではなくサンバのギタリストと言えるように思いますが、どうなのでしょうか。

Jose Barrense-Dias

Jose Barrense-Dias: Bahianada

jose barrense dias.wmv

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2011年9月 4日 (日)

バーデン・パウエル

続いて、サンバやボサノヴァのギタリストを何人か見てみたいと思います。ブラジルのサウダーヂをたっぷり感じさせる演奏を中心に選びたいと思っていますが。まずは大御所バーデン・パウエルです。以下ウィキペディアの重要ポイント(太字)を抽出して、その後にコメントしてみました。

非常に技巧的なギター演奏をするギターの巨匠として知られており、特に、ヴィニシウス・ヂ・モライスとの共作であるアルバムアフロ・サンバなどの作品で知られる。
19歳で作曲した「悲しみのサンバ(Samba Triste サンバ・トリスチ)」がヒット、一躍有名となる。

今日の一本目です。

アントニオ・カルロス・ジョビンなど多くのボサノヴァ・アーティストたちとクラブでの共演を行っていた24歳の頃、ヴィニシウス・ヂ・モライスと出会い、その後アルバムアフロ・サンバや映画「男と女」のサウンドトラックの製作などで共作を持つ。

そう言えば「男と女」のサントラにも関わっていました。大好きな映画の一つです。映像が音楽的、音楽が映像的でもある、と言えましょうか。もう一人の「モラエス」も、この後取り上げる予定です。

1967年にベルリンで開催されたGuitarworkshopでは大御所バニー・ケッセルやジム・ホールを抑え、楽曲に対するその独特のアプローチと奏法で聴衆の度肝を抜き、その名がヨーロッパ中に知れ渡ることとなる。

あのジム・ホールを抑えたとは! ジム・ホールと言えば、ビル・エヴァンスとのデュオUndercurrentはもう30年余り愛聴盤でした。

70年代にはヨーロッパに活動の拠点を移し、ヴィニシウス・ヂ・モライスと産みだした土着的宗教をテーマとした世界観やブラジル民謡、バッハなどクラシックを取り入れた作曲をさらに追求し、ボサノヴァの範疇に納まらないギター奏者として活躍する。

J.S.バッハに傾倒するブラジルの音楽家はヴィラ=ロボスだけではないということですね。そう言えば、今日の2本目は平均律クラヴィーア曲集のブラジル版のようなイメージです。ブラジル民謡もどの地方のどういう曲をどういう風に・・まで辿っていくと面白いでしょう。

また1970年と1971年には来日を果たしており、当時ギターリストを目指していた日本の若者に強烈な印象を与え、一大ブームを巻き起こした。この頃に影響を受け、その後日本で活躍しているギターリストは少なくなく、その中でもバーデンの影響が演奏に顕著に見られるアーティストに佐藤正美等が挙げられる。

私もレコード屋の棚で70年代から彼の名を目にしていましたが、実際聞いたのは大分後でした。あの頃出会っていたら・・と思う音楽家の一人です。

Baden Powell - Samba Triste - Europe by Loronix

Baden Powell - Prelude in A minor

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2011年9月 2日 (金)

バトゥカーダの打楽器

前回のように停電することは今の所ありませんが、段々風雨が激しくなってきました。おわらは開催できたのでしょうか。気になります。台風の進路方向の方も、そうでない方も、十分にお気をつけ下さい。
バトゥカーダの各種打楽器のワークショップ的な映像が色々ありまして、なかなか興味深いので、今日はそれらをアップしておきましょう。小技を駆使して叩いていることがよく分かります。特に右手にマレット、左は素手で叩くスネア?は、昨日の映像からも分かりましたが、全体の中心になる重要な太鼓のようです。一本目を見てみて思いましたが、ここまで行くと、例えばイランのトンバクのリーズの入った奏法と大差ないくらい技巧的です。どこまで装飾音を入れるかは、奏者の腕にかかっているのだろうとは思いますが。

brazilian samba Workshops

DVD PERCUSION BRASILEIRA,BATUCADA! - BRAZILIAN PERCUSSION DVD

Video Aula Oficina de Batucada Tribo do Tambor Baiao 1 Demo

surdo !samba pagode llamada y respuesta!

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2011年9月 1日 (木)

バトゥカーダ

9月に入りました。今日から富山では風の盆が始まっていますが、当ブログでは昨日に引き続き行く夏を惜しむサンバ。打楽器隊バテリアの演奏するバトゥカーダを中心に。こうして並べてみると、やっぱり本場の演奏は凄いです。地方ではサンバチームの生演奏を見る機会もないと思いますので、初めて見られる方は結構カルチャーショックかも知れません(笑)

 

batucada

もっとアップで見たいものですが、バトゥカーダの浮き立つリズムのノリがよく分かる一本です。

Batucada brasilera

この強烈な裏打ちリズムは、いつ聞いても良いです。勇壮なマーチがベースにあるように思いますが。

Batucada do Rio - Carnaval 2010 España - Brasil

3人でバトゥカーダのリズムを叩き出してしまう超絶トリオ、と言って良いのでは。後半はブラジルの格闘技カポエイラ。ビリンバウは出てきませんが。

2010年浅草サンバカーニバル『G.R.E.S. リベルダージ』

いつも松戸の夏祭りに来ていたG.R.E.S. リベルダージの最近の映像がありました。個人的に懐かしい響きです。チームの先頭から末尾まで全て見られる定点映像。真ん中辺りにバテリア隊が出てきます。見覚えのある方が何人か・・。

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