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2011年9月11日 (日)

カシューブの踊り

カリーニングラードから西に100キロ余りバルト海沿いに行くと、ポーランドのグダニスクという町がありますが、ここが「ブリキの太鼓」の舞台となった町で、大戦中はダンツィヒとドイツ語で呼ばれていました。今ではポーランド人と少数のカシューブ人がほとんどだと思いますが、両大戦間に住んでいたのは大多数がバルト・ドイツ人で、後はポーランド人、カシューブ人でした。カシューブ語はポーランド語と同じ西スラヴ系なので、ポーランド語の方言と見ることも多いようです。
「ブリキの太鼓」の作者ギュンター・グラスは父がバルト・ドイツ人、母はカシューブ人で、この自身の複雑な来歴から「ブリキの太鼓」が生まれたようです。この作品は1979年にドイツのフォルカー・シュレンドルフ監督が映画化していますので、見られた方も多いと思います。(余談ですが、イギリスのニューウェーヴ・グループ、ジャパンのアルバム・タイトルにもなっていました。私も80年代当時よく聞いたものです。) 更には、バルト・ドイツ人というのが、バルト地方に東方殖民したドイツ人の末裔なのか、元プロシア語の話者なのか、その辺も気になるところです。
ポーランドのフォークダンスと言えば、日本ではシュワジェベチカ(森へ行きましょう)が一番有名でしょうか。カシューブも一見似ているように見えます。明日以降カシューブとポーランドの音楽の違いが見えてくればと思っています。

tańce kaszubskie

Tańce Kaszubksie

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