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2011年11月

2011年11月30日 (水)

マズレクとオベレク

純粋なマズルカであるマゾヴィア地方のマズレク、ですが、これだけ幾ら探してもマズルカで出てきます。一方、二本目のようなMazurというタイトルがかなりあって、これがマズレクと同一なのかどうかは今ひとつ分かりません。衣装や踊り自体も結構感じが違います。一本目は日本語表記も入った分かりやすい映像。オベレクも昨日と別な曲で上げておきます。
ポーランドと言えば、第二次大戦まで東欧系ユダヤ(アシュケナジーム)の中心地でもありました。ユダヤでは「おめでとう」をマズル・トーヴ(元は「良い兆し」とか運の意味)と言いますが、こちらはヘブライ語(のイディッシュ訛り)ですので、偶然の一致だと思います。でも一瞬、おやっ?と思う綴りではあります。
そろそろ記事数が1400に近づいてきました。

Mazurek マズルカ

Mazur

oberek

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2011年11月29日 (火)

オベレク

昨日は謎のまま閉じたクヤヴィヤククラコヴィヤクですが、それぞれウィキペディアの記事もありました。やはり全く別な舞曲でした。カタカナではそっくりですが、元のスペルではかなり違います。(表記としてはクラヴィアクとクラコヴィアクが一般的なようですが、どちらでもヒットするので、そのまま両方書いておきます(笑))
クヤヴィアクは、「シンコペーションが使われる3拍子の緩やかな舞曲で、輪をなして並んだ男女が舞曲に合わせてダンスを踊り、女声合唱が加わる場合もあり、女性だけのクヤヴィアクは舞台の演目になることもある。」とありました。正に昨日の動画で見た通りでした。
クラコヴィアクは、時に「突き踊り」とも呼ばれる、シンコペーションが特徴的な、急速な2拍子の舞曲で、ウィーンでは「クラカウアー(ドイツ語: "Krakauer")」と呼ばれたそうです。すぐに思い出すのは、クレズマティクスのクラリネット奏者のデヴィッド・クラカウアーの名ですが、元々クラクフ辺りで踊られていたので、この名前になったようです。彼の名はクラクフやクラコヴィアクから来ているのでしょう。
今日は、マズレクとオベレクの予定でした。それぞれの説明はクヤヴィヤクとクラコヴィヤク程には見当たらないので、取りあえずオベレクの動画を上げておきます。マルクジンスキのLP解説には、時に軽薄なまでに楽しいオベレク、とありましたが、今日の曲などは十分に哀感に富んでいて、クヤヴィアクとの差はテンポだけのようにも思えてきます。しかし、素晴らしい踊りと音楽です。

Oberek Opoczynski 1970

Oberek Opoczynski - Mazowsze 1963

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2011年11月28日 (月)

クヤヴィヤクとクラコヴィヤク

ショパンのマズルカでは、実は3つの踊りが取り上げられています。純粋なマズルカであるマゾヴィア地方のマズレクと、クヤヴィー地方のメランコリックなクヤヴィアク、楽しく陽気なオベレクの3つの踊りを、マズルカの名の下に自在に取り入れピアノ作品を書きました。
前から気になっていたのが、クヤヴィアクとクラコヴィアクという表記がある点。この二つは別ものなのでしょうか? 実はクヤヴィアク調のマズルカというのが、一番気になっていました。3拍子の物悲しいのがクヤヴィアクだとすれば、今日の動画で見る限り、クラコヴィアクは別な踊りになるのでしょう。
今日はクヤヴィアクとクラコヴィアク中心に、マズレクとオベレクはまた明日と言うことで。マズルカ関係ではないと思いますが、5本目にシュワジェベチカ(「森へ行きましょう」)の素晴らしい歌唱を上げておきます。

Mazowsze-Kujawiak(1986)

Kujawiak

Polish traditional folk dance 2: Krakowiak - national dance

Mazowsze Krakowiak

Mazowsze - Szła dzieweczka

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2011年11月27日 (日)

Witold Malcuzynskiのマズルカ

ポーランドのマズルカにこだわって色々な角度から見ていますが、今日は例のウィトルド・マルクジンスキの演奏です。youtubeが結構ありました。現在彼のまとまった録音がCDで手に入るかどうか調べてはいませんが、60年代頃が全盛期の人のようですし、割と地味な存在かも知れません。しかし、ショパンのマズルカに聞くメランコリックな味わいはなかなか他の演奏家では聞けないものではと思います。PhilipsからAlexander Uninskyのマズルカ全集(2CD)が出ていますが、何か整然とし過ぎていて(録音による部分も大きいかも知れませんが)、私はやはりマルクジンスキの演奏の方が生々しく素晴らしいように思います。
彼の録音が出ていた東芝のセラフィムシリーズ(LP)ですが、他にもバルビローリ&VPOのブラームス交響曲第4番、クリュイタンスのベートーヴェンのシンフォニー・シリーズ、コンスタンティン・シルヴェストリ指揮のシェヘラザードやショスタコの5番等、名盤や注目盤が色々ありまして、70年代には本当にお世話になりました。

Witold Małcużyński: Mazurka in C sharp minor, Op. 63, No. 3 (Chopin)

Witold Małcużyński: Mazurka in C minor, Op. 50, No. 3 (Chopin)

Witold Malcuzynski plays Chopin Mazurka in F minor Op. 7 No. 3

Witold Malcuzynski plays Chopin Mazurka in D Op. 33 No. 2

22日のゼスポール・ポルスキの演奏の原曲。
ゼスポールやマルクジンスキのスペルにはLに斜線が入ったポーランド文字が入っていますので、より正確な表記や発音は、ゼスポウやマウクジンスキとする方が近いでしょう。

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2011年11月25日 (金)

ブラジルのマズルカ

そして次はブラジルのマズルカですが、大分前にMPBのブラジル地方音楽シリーズの古い録音の中で聞いた覚えがあります。ワルツなどヨーロッパから入ってきた他の舞曲と混じり合い、現在のブラジル音楽の一部になっているのかなと想像します。ヴィラ=ロボスの頃には、まだ元のヨーロッパ的な味わいがより色濃く残っていたのではと思います。
マズルカは、ワルツと同じ3拍子系ですが、より粘るようなリズムと深い哀愁味に特徴があります。ブラジル初めポルトガル語圏のサウダーヂの感覚と上手く馴染むように思いますが、いかがでしょうか。MPB盤にマズルカの名を見つけて意外に思ったのを思い出しますが、案外ポーランド起源ということは現地では忘れられてたりするのでしょうか?

Banda da Casa Edison - Lourdes (1910-1917)

特に表記はありませんが、タグに入ってますし、曲調からしてマズルカでしょう。古い時代の録音に、こういうブラスの演奏が多いのは、軍楽というスタイルが媒介して色々な舞曲が各国に広まったからでしょうか。リオのノスタルジックなセピア色の写真と実にマッチしています。

São Paulo - Vintage Postcards / Postais Antigos

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2011年11月24日 (木)

ショパンとヴィラ=ロボスのマズルカ

マズルカは本来はポーランドの舞曲ですが、ブラジル音楽にもかなり入っていて、クラシック作品ではヴィラ=ロボスのギター曲、マズルカ=ショーロ(今日の3本目)などは有名でしょう。昔々ギターをかじっていた頃にサビの部分は暗譜して弾いたことがありました。非常に良い曲です。ただ、ブラジルにマズルカが渡った経緯については、よく調べたことがありません。(どなたかコメント頂けたら嬉しい限りですが・・)
ショパンのマズルカは、初期から最晩年まで書かれていて、作風の変化や色々な音楽の影響が聞き取れるとても興味深いサンプルでもあります。しかし、その中でも「死の予感」漂う最晩年のOp.68は特に耳について離れません。Mazurkaで検索すると、21900もの動画がアップされているので、捜索も容易ではありませんが、その中から最後のOp.68-4を、往年の巨匠アルトゥール・ルービンシュタインの演奏で。併せて、Op.59-1ですが、アルゼンチンの名ピアニスト、マルタ・アルゲリッチの若い頃の演奏を上げておきましょう。

Arthur Rubinstein - Chopin Mazurka Op 68, No 4

Martha Argerich, Mazurka Op 59 No 1, Chopin Competition 1965

Julian Bream: Mazurka-Choro, Suite Populaire Brésilienne No. 1, A. 20/1 (Villa-Lobos) - RCA, 1978

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2011年11月23日 (水)

Pola NegriのMAZURKA

Chansophoneから出ていたシャンソン関係の逸品(CD)に、ポーラ・ネグリとルドルフ・ヴァレンティノ、イヴォンヌ・ジョルジュとキキ・ドゥ・モンパルナスのカップリング盤がありました。いずれも戦前の音源で、現在はどちらも廃盤になっているのが残念ですが、そのポーラ・ネグリの歌唱にマズルカがあったことを、昨日の関連映像で思い出しました。
一般には女優として知られている人ですが、往年のドイツ語圏の女優に類稀な歌唱を聞かせる人が出ていることは、マレーネ・ディートリヒ他何人かが証明していると思います。ポーラ・ネグリも間違いなくその一人でしょう。(現代寄りでは、ヒルデガルト・クネフ辺りでしょうか) 同盤はほとんどがドイツ語の歌唱ですが、ロシア民謡も出てきて(とは言ってもユル・ブリンナーなどが歌った「二つのギター」「黒い瞳」のようなロシアのジプシー・ロマンスですが)異彩を放っています。その妖艶で退廃的な味わいを、現代の歌手が表現するのは難しいのではと思います。
今日分かりましたが、ポーラ・ネグリはポーランド出身でした。ですから、マズルカは祖国の音楽でもある訳ですね。ヴァレンティノとのロマンスもあったようです。

ルドルフ・ヴァレンティノ=夭折した戦前の二枚目俳優
イヴォンヌ・ジョルジュ=故・間章(Aquirax Aida)氏は、「家を売ってでも彼女のレコードを買え」と語ったそうで。
キキ・ドゥ・モンパルナス=マン・レイなどのシュルレアリストのアイドルとして有名

Pola Negri: MAZURKA, Odeon 1935

Pola Negri - Rudolph Valentino

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2011年11月22日 (火)

Zespol Polski マズルカ

他にポーランドのトラッド・シーンでよく知られているグループと言えば、ゼスポール・ポルスキでしょうか。こちらはぐっと古楽~クラシック音楽寄りになります。同じような楽器を使っているのに、ワルシャワ・ヴィレッジ・バンドのようにロック的になったり、ゼスポール・ポルスキのように古楽~クラシックになったりというのは、ポーランド・トラッドの特徴かも知れません。ゼスポール・ポルスキは2010年の「ラ・フォル・ジュルネ」音楽祭のショパン特集に出演していましたので、かなり知られてきているのでは。ショパンのピアノ曲を原曲的な解釈で演奏したアルバムが数枚出ています。舞曲のポロネーズやマズルカなどが目立ちますが、その中で特に農民の踊りであったマズルカの演奏が興味をそそります。ショパンのマズルカは、若い頃から最晩年(39歳の若さで夭折していますが)まで、生涯を通して書き続けられたジャンルで、遺作に近い辺りのマズルカの深い哀しみの表情は絶品と言う他なく、LPの頃にウィトルド・マルクジンスキの演奏などで親しんだものです。(東芝から廉価盤のセラフィム・シリーズで出ていました) 
ゼスポール・ポルスキにも入っていますが、一緒に昨日のチェロ奏法のオリジナルではと思われる弦楽器の演奏を。このジャーマン・ボウの弾き方はヴィオール系古楽器の奏法では。しかしそれをモダン・チェロでやると、ちょっとビックリします(笑)

Chopin mistyczny - Zespół Polski Marii Pomianowskiej

Horowitz plays Chopin Mazurka

一本目の原曲はショパンのマズルカですが、同じ曲ではなく、別なマズルカをホロヴィッツの名演で。

[Etno-Ritim "Poland"] Maria Pomianowska

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2011年11月21日 (月)

Warsaw Village Band

もう一つのポーランドのグループは、05年に来日したワルシャワ・ヴィレッジ・バンドです。05年の10月だったと思いますが、移転前の慌しい時期に浅草に見に行ったことをよく覚えています。彼らの音は、Caci Vorbaよりもずっとポーランドの音楽に根ざしたものだろうと思います。現代的なアグレッシヴさを表に出していますが、元はポーランドの古楽的な部分にも遡れるのかも知れません。
個人的に強く興味を持ったのは、センターで弾いている女性チェロ奏者の奏法で、左のくぼみを左腿に乗せ、弓は通常とは逆の逆手に持っています。コントラバスと同じ向きです。フレンチ・ボウに対して、ジャーマン・ボウと言いますが、ポーランドでは昔こんな弾き方をしていたのかと、非常に驚いたものです。左手も通常のチェロ奏法とは反対の、ヴァイオリンと同じ向きです。この向きなら、ヴァイオリン奏者が兼で弾くことも可能かなと思ったりもしますが。2本目はピチカートですが、ポーランドのイヴァ・ビトヴァか?とでも形容できそうな個性的な弾き語りを披露しています。

Kapela ze Wsi Warszawa (Warsaw Village Band) - Śtyry konie

TR Warszawa - KAPELA ZE WSI WARSZAWA, Serce

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2011年11月20日 (日)

Caci Vorba

ぐっと戻りまして、今日はポーランド。カシューブ~グダニスク(ダンツィヒ)やシュワジェベチカなどの話で終わっていましたが、最近注目のグループが幾つかありますので、2,3取り上げてみます。まずは、チャチー・ヴォルバから。
ドイツのレーベルOriente Musikからの2枚は、かなり興味深く聞きました。ポーランドだけでなく、広く東欧~バルカンのジプシー音楽を取り上げているという印象ですが、若手らしからぬ?筋金入りの内容に驚きました。東欧からはまだまだ注目のアーティストが出てくるなという印象を強くしました。Oriente Musikは、これまでにもルーマニアのマリア・タナセを数枚、クレタ音楽、クレズマー関係など、注目作を色々出してきた個性的なレーベルです。

Caci Vorba

Caci Vorba - Batuta

CACI VORBA koncert Wrocław klub ŁYKEND 20110224

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2011年11月18日 (金)

Morghe SaharとBote chin

今回はペルシア音楽はこれ位にしておきます。最後にシャジャリアン親子とアリザーデ、カルホール他の名演でモルゲ・サハル、そしてボテ・チンも。極上の2曲です。前者は当ブログ2,3度目の登場。2003年末にイランのバムで起きた大地震の犠牲者を追悼するチャリティー・コンサートのDVD「Hamnava ba Bam」収録の演奏ですが、何度見ても感動的な演奏。
ボテ・チンはCALTEXから出ていたシャジャリアンの横顔シリーズの一枚目に収録されていました。昔トンバク奏者のラリさんに聞いたところでは、「中国の美女」のような意味だと聞いたような覚えがあります。これはいかにもペルシア的なオリエンタル風味満点の一曲。テイク違いだったと思いますが、Mahoor Institutのシャジャリアンのアルバム「Golbang-e Shajarian 1 Bot-e Chin」に、この歌(タスニーフ)が収録されています。

Shajarian: Morghe Sahar

Mohammad-Reza Shajarian - Bote chin

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2011年11月17日 (木)

ライサダートのセタール弾き語り

イラン古典音楽の女性歌手と言えば、ファーテメ・パリーサーやマルジェなどの名がまず上がると思います。ラジオ・ダルヴィーシュではデルキャシュなどもよくかかりますが、彼女は軽古典の方でしょう。
セピデー・ライサダートはおそらくまだ30台でしょうか。一本目の初めの方に写真も出てきていますが、9歳の頃からパリサーの元でラディーフを習い始め、その後はメシュカティアンやロトフィに師事したということで、これは正にペルシア古典声楽の王道を行く若手歌手の登場と言って良いでしょう。一本目には弾き語りやインタビュー、彼女を中心としたグループ・レッスンらしき映像が確認できます。2本目では確かに往年のパリサーの歌唱を彷彿とさせます。
その後ボローニャ大学で民族音楽学を修めて以来、現在はイタリアを中心に活動しているようです。(それで昨日のアンサンブルのメンバー編成も納得) 現在探究されているのは、イスラーム以前のササン朝の頃のイラン音楽の伝統だとか。成果が発表されるのが楽しみです。
参照盤:例のBuda盤
個人的に、彼女の瑞々しいアーヴァーズとタハリールには、好感度☆☆☆☆です。

Sepideh Rais Sadat

Sepideh Raissadat London

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2011年11月16日 (水)

Sepideh Raissadatの歌唱で

例の3枚組のショウグナーメは実質マラギー作品集で、演奏はホマーユン・シャジャリアンを中心のAbdolqader Maraqi Ensembleとなっています。このAbdolqader Maraqi(イランでの表記)とAbdulkadir Meragi(トルコでの表記)が同一人物だと分かったのが、一昨日のことでした。現代に伝わるペルシア古典音楽は19世紀のカージャール朝の伝承が中心のようですので、それより何百年も前のセルジュク朝のイラン古楽は、かなり分かり難いものらしい、という噂を聞いていましたが、そこへメラギーの耳馴染みの旋律が飛び出したので、2重に驚いてしまったのでした。
やはりホマーユン氏の歌唱が見当たらず、代わりに最近Budaの「アンサンブル・モシュターク/14 Cheerful pieces」が出て注目のセタール弾き語り女性歌手セピデー・ライサダット(Sepideh Raissadat)が独唱、バックはEnsemble Maraghiという映像が見つかりました。アンサンブル名はそっくりですが、別なグループ。ライサダット以外はイタリア人でしょうか。清新な歌声による昨日と同じRast Naks Besteですが、イランではAmed Nesim-e Subh Demと呼ばれるようです。2本目には瑞々しいセタール弾き語りを。

Ensemble Maraghi: Amed Nesim-e Subh Dem (Rast Naks Beste)

Francesco Clera: drums a cornice bendir, drums a calice zarb
Giovanni Di Zorzi: flute ney, voice, conductor
Sepideh Raissadat: vocalist, Setar
Giovanni Tufano: lute a manico corto 'ud, drums bendir and def

Ze Farvardin

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2011年11月15日 (火)

Abdulkadir Meragi (1350-1435) の Rast Nakis Beste

ホマーユン・シャジャリアンのショウグナーメの映像が見つからないので、ショウグナーメの冒頭を飾っている例のHace Abdülkadir Meragiの Rast Nakiş Besteを見てみましょう。ラスト旋法らしい晴朗で大らかな表情を湛えたこの曲は、オスマン古典音楽の粋のような一曲と言えると思います。同時にイラン古楽の領域においてクロスしてくるというのが、非常に面白いです。注意深く聞くと、トルコ音楽特有の9分の1音の微細な音程が入っているのが分かるかと思います。
メーラギーと逆のパターンのようにも取れそうなのは、旋回舞踏で有名なメヴレヴィー教団を興したルーミーでしょう。ルーミーはペルシア語の偉大な詩人の一人ですが、彼の時代はオスマン朝より前のセルジュク朝の影響が残っていた時代。最大版図の11世紀には、現在のイランからトルコまでが、セルジュク・トルコでした。
メーラギーは歴史的な偉人の一人と見做されているのでしょうか、トルコ語のアニメーションがありました。

Hace Abdülkadir Meragi (1350-1435) - Rast Nakiş Beste, Kemençe Taksim

Muhteşem Türkler - Abdülkadir Meragi

Abdulkadir El Meragi

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2011年11月14日 (月)

シャジャリアン父子の歌声

最近は、ルーマニア~南コーカサス~チェチェンなどを巡って来ました。一見脈絡がないようにも見えますが、共通しているのは、いずれも旧オスマン帝国領だと言う事。いかにこの国が広大だったかが分かります。
最近ホマーユン・シャジャリアン他のCD3枚組で、ショウグナーメという大作がBarbadから出ました。実は、試しに入れた盤がたまたま不良盤でした(^^;(笑) 2枚目がダブっていて3枚目が入ってなかったのですが、2枚目まで聞いて気がついたのは、非常にオスマン音楽的に聞こえるという点です。特に一曲目はアブデュルカディル・メーラギー(Abdulkadir Meragi 1350-1435))作曲のRast Nakis Besteそのものでした。
この曲は、14~15世紀という古い時代ですが、オスマン古典音楽の名曲として知られていて、Kalan Muzikの「トルコ古典音楽の遺産(14~20世紀の作品) Miras」など、入っている盤はかなりあると思います。(余りに耳に残る名調子なもので、私も昔ウードでメロディをなぞって弾いたことがありました) 
それもそのはず、このショウグナーメは、セルジュク朝末期~ティムール朝期初頭にかけ、中世イラン音楽の音楽理論を書いた、ティムール朝期のアブドゥルガーデル・マラーギー(イランではこの表記が一般的なようで)の文献を、このアルバムの監修のMohammad Reza Darvishiが解釈した内容そのものでした。しかしメーラギーとマラーギーが一致していなかったため、その耳馴染みのラスト・ナキシュ・ベステが冒頭いきなり飛び出し、非常に驚いてしまった次第(笑) 
ジェム・ベハール著「トルコ音楽にみる伝統と近代」によると、メーラギーは14、15世紀の南アゼルバイジャン出身のトルコ系音楽家、となっています。この頃はティムール朝だったのでしょうが、オスマン初期の作曲家として知られている程、この時期のこの辺りの歴史は、イランなのかトルコなのか判別がつかない程、混沌としていたということでしょうか。
ペルシア音楽好きの方には周知の事実ですが、ホマーユン・シャジャリアンは、あの大歌手モハメド・レザ・シャジャリアン氏の息子さんです。アーヴァーズだけでなく、トンバクも巧みに叩き歌われることでも知られています。ショウグナーメ自体のyoutubeは現在探していますので、今日はシャジャリアン父子の絶品アーヴァーズ・ソロをたっぷりお聞き下さい。Rast Nakis Besteは、明日以降トルコ音楽枠で取り上げる予定です。

Homayun Shajarian

Homayoun Shajarian

Shajarian Bidad

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2011年11月11日 (金)

Хеда Хамзатова

チェチェンにはまだまだ人気の歌手がいて、今日のヘダ・ハムザトヴァも、その一人。この人は時に醤油顔寄りにも見え、ちょっと日本のアイドルのようなルックスです。この名前を聞くと、名曲「鶴」を書いたダゲスタンの詩人ガムザトフを思い出します。チェチェンはコーカサス系(人種的にはコーカソイド)とは言っても、ダゲスタンのクムクのようなアジア系民族もモザイク状に住んでいる所ですから、人々の顔立ちも実にヴァリエーション豊か。ヘダ嬢の歌声も、どこか優しく柔和に聞こえます。
なお、13日は地元文化祭の弦楽アンサンブルでチェロを弾くもので、土日とブログをお休みするかも知れません。m(_ _)m  曲目はコレッリのクリスマス協奏曲のパストラルと、J.S.バッハの無伴奏チェロ組曲第3番ブーレ(弦楽四重奏編曲)です。

Хеда Хамзатова

Хеда Хамзатова - Вышла Замуж

Хеда Хамзатова - Даймехкан Аз

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2011年11月10日 (木)

Тамила Сагаиповаの独唱

あるロシアのサイトによると、マッカ・サガイーポヴァの妹、タミラ・サガイーポヴァはまだ18歳のようです。確かに歌声にもまだ幼さが感じられますが、この優美で落ち着いた舞台姿はどうでしょう! 伝統的な衣装やレズギンカの激しいリズムが実にぴったり似合う人です。これから年齢を重ねて歌声が熟成されて行くのが楽しみです。曲名にはХьо бе вца сунаと、ロシア語ではありえない、不思議な綴りが見えますが、これはチェチェン語でしょう。沢山ありますが、代表曲と思われるХьо бе вца сунаのみにしておきましょう。
2本目は4年前にアップしたことがある動画で、一時削除されていたようですが、Тамила Сагаипова(タミラ・サガイーポヴァ)というタイトルで復活していました。戦災孤児の嘆き歌でしょうか、少女の哀しい歌声に皆涙しています。心を抉られる様な歌声です。何本か類似の動画(3本目も「サガイーポヴァ・タミラが歌う」となっています)が上がっていますが、どうもこれはタミラさんではないようです。

Тамила Сагаипова - Хьо бе вца суна _ special festival.

Тамила Сагаипова

Сагаипова Тамилка поёт

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2011年11月 9日 (水)

最近のマッカ2 レズギンカ

マッカと言うのはアラビア語でメッカのことで、彼女の名前はイスラームの聖地の名から取られています。更に何本か見た感じでは、やはり最近はチェチェンの伝統的な衣装に身を包んで歌っている図が増えてきています。タミーラという女性との2重唱がありますが、姉妹のようです。しかし、どの曲でもレズギンカのリズムが躍動しています。
ウィキペディアによると彼女が入ったのはモスクワ大学ではなく、アゼルバイジャンの首都バクーの国立大学でした。(やはりそうだったか、と言う感があります) 現在もバクーに住んでいて、幼少期からメンバーだったチェチェン舞踊アンサンブルのLovzarで踊ってもいるそうです。09年にチェチェン紛争は一応終結はしましたが、相変わらずテロや戦火の絶えない祖国には戻れない状態なのでしょう。

Макка и Тамила Сагаипова

マッカ&タミラ・サガイーポヴァ

макка сагаипова 2011

やはりこの辺が最近のマッカさんのステージのようです。

MAKKA SAGAIPOVA - CHECHEN ♫♫♫

これは数年前でしょう。彼女の歌にはロシア語歌詞も多いですが、この曲ではチェチェン語特有の喉の奥から搾り出すような発音がよく確認できます。子音の多いコーカサス諸語特有の音でしょう。

Тамила Сагаипова-нена ваша.wmv

妹?のタミラさんの独唱も一本。

Макка Сагаипова и Рамзан Кадыров.AVI

昔の歌唱ですが、こちらは元のDVDに近い画質です。

Лезгинка в исполнении знаменитостей!!!:)

レズギンカについては前に何度も書きましたが、ストリート映像を一本一緒にアップしておきます。

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2011年11月 8日 (火)

最近のМакка Сагаипова

チェチェンのポップ・クイーン、マッカ・サガイーポヴァの映像も大分増えていました。彼女の曲も4年ほど前にかなり取り上げました。モスクワ大学に進学するとかで、活動休止されるような話を聞きましたが、その後どうなっているのでしょうか。前にも書きましたが彼女の歌には、曲によって熱いカフカス・リズムが脈打っています。それに一曲目の「カフカス」などでのコブシは日本人にもぐっと来るものがあると思いますが、いかがでしょうか。レズギンカの急速な3連譜がビートを一層浮き立たせています。8分の6拍子(タンタ、タタタ)も究極まで早くすると、ロック的なリズムにも収まってしまいます。パルス・ビートとでも形容できるでしょうか。

Сагаипова макка Ревнивый Кавказ

Макка Сагаипова Нет жизни без тебя

タイトルのНет жизни без тебя(ニェット・ジーズニ・ビェズ・テビャ)はロシア語ですが、訳せば「あなたなしにはいられない」となるでしょうか。

Makka Sagaipova - Habibi

アラブのポップスでよく聞く「ハビービ」というタイトルに惹かれました。

Макка Сагаипова снова на сцене (2010-2011 год)

このチェチェンの伝統衣装に身を包んだ映像のみ、最近のものでしょうか。曲は前から歌っていた曲です。

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2011年11月 7日 (月)

ヨルダンのチェチェン人

ガイダイの映画「コーカサスの虜」の舞台が何処になるのかよく分かりませんが、北カフカスの辺りではと思ったりもします。
07年にこのブログを始めた頃に見ていたのが、カフカスやヴォルガ中流域でした。あの頃は今と比べるとまだあっさりしてましたので(笑)、北カフカスなどはいずれもっと発掘してみたいと思っています。4年の間にもっと動画も増えたでしょうし。
今日はヨルダンのチェチェン移民の映像をアップしてみました。大分前にも数本アップした覚えがあります。チェチェンは北カフカスの中心的な国で、紛争が一応終息した今も政情不安が続いています。

jordan chechens

Chechens dancing in Jordan

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2011年11月 6日 (日)

Кавказская пленница

今日は一昨日予告しました「コーカサスの虜」です。このタイトルは、ロシアの大詩人プーシキンの作品や、文豪トルストイの短編小説「コーカサスの捕虜」を原作に作られた映画「コーカサスの虜」で広く知られていると思いますが、同じタイトルのコメディ映画がソ連時代の1967年にレオニード・ガイダイ監督によって撮られていました。今日の歌はその中で歌われる主題歌。
プーシキンではКАВКАЗСКЙ ПЛЕННИК(カフカスキー・プレンニク)と男性形だったのが、Кавказская пленница(カフカースカヤ・プレンニツァ)と女性形になっているところからして、パロディになっているという訳です。この映画の正式なタイトルは「コーカサスの虜、あるいはシューリクの新たな冒険」です。コーカサスのフォークロアを集めに来ているシューリクが、ニーナという女子大生と出会い、山を歩きながら歌っているのがこの「熊の歌」。歌はアイーダ・ヴェジシチェワ(Аида Ведищева)です。
この映画と歌については、去年のNHKラジオのロシア語講座で知りましたが、レトロな印象ながら、チャーミングで甘酸っぱい歌声に耳が惹き付けられました。60年代当時は、まだコーカサスの政情は今より落ち着いていた頃と思います。最近の危険な状況では、こんな歌や映画は出てこないでしょう。youtubeでは、この映画だけでなく、ガイダイの映画の断片が色々見られるようになっています。

Кавказская пленница HQ / Kavkazskaya plennitsa HD

Аида Ведищева - Песенка о медведях (из к/ф "Кавказская пленница")

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2011年11月 4日 (金)

Nigaranamについて

カフカスと言えばロシア側からの視点の映画になりますが、L.ガイダイの映画「コーカサスの虜」の魅力的な主題歌をいつかアップしたいと思っていましたが、昨日の記事の訂正を兼ねて今日はもう一日Nigaranamという曲について書いておきたいと思います。ガイダイは日曜に。
Nigaranamをウズベクの歌姫ナスィバ・アブダラーエヴァの歌唱でアップしたのは、もう2年以上前でしょうか。一本目のコメントにThe composer of this song is Kamal and texs is Baba Vezirogluとありました。別なコメントにnice Azerbaijani muzik,Long Live Azerbaijan !と出ていたり、映像自体の参照URLもwww.open.azとなっていて、azはアゼルバイジャンですので、この曲はおそらくアゼリの曲なのでしょう。更に言葉について、昨日はペルシア語系のジュフロ(山岳ユダヤ)の言葉か、中央アジアはトランスオクシアナのペルシア語では?と書きましたが、アブダラーエヴァの歌をよく聞いてみると、どうもトルコ語的に聞こえます。更に作詞が Vezirogluと、トルコ風(アゼルバイジャン風)の名前なので、間違いないように思います。アーヤーンは、ジュフロの言葉もアゼリ語もどちらも話せるバイリンガルということなのでしょう。しかし、ウズベクの歌手がアゼルバイジャンの歌を歌っているのだとしたら、これはまた非常に興味深いものがあります。
と言う訳で、今日はアブダラーエヴァ(数年前にアップしたのと同じ映像2本)とアーヤーンの別クリップでどうぞ。

Nesibe A - Nigaranam (www.open.az)

Nesibe Abdullayeva Nigaranam

Mountain Jewish (Juhuri Music) Ayan - Nigaranam (Çal-Çağır ATV LİVE)

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2011年11月 3日 (木)

アゼルバイジャンのマウンテン・ジュー

最近iPhone4Sを導入しまして、PCのiTunesと繋いだところ、ブックマークが同期されて、世界中のライヴTVのサイトがアイフォンにも入りました。Quick Timeに対応しているからでしょうか、アイフォンでも見れまして、アゼルバイジャンのライヴ放送なども視聴可能です。ソ連崩壊の頃の、アルメニアとのナゴルノ・カラバフをめぐる凄惨を極めた争いなど、もう昔になったのかなぁと思うこともしきりです。
昨日の二人のユダヤ系歌手の内、アーヤーンの名前はAyan Babakishiyevaでした。お詫びして訂正いたします。ナスィバ・アブダラーエヴァが歌っていたNigaranamのライヴ映像もありました。他にもいくつかアップしておきますが、それらは上記のTVでも見られるのではと思います。午前11時台にAZTVを偶然見た時には、ムガームの番組をやっていました。カフカスのマウンテン・ジューは、アゼルバイジャンと北のダゲスタンに多いそうです。サリット・ハダッドがイスラエルで活動しているのに対し、アーヤーン嬢は活動舞台をアゼルバイジャンに置いているようです。しかし、二人とも・・・、まぁそういう話は止めておきましょう(笑)

Mountain Jewish (Juhuri) Music on Azad Azerbaijan TV

個人的にこのNigaranamという曲、かなりツボに嵌りました(笑) 良い曲です。言葉はJuhuroの言葉のようです。アゼルバイジャン語(トルコ系)のユダヤ訛り、かと思ったら、系統的にはペルシア系になるようです。ヘブライ語はこれらの大衆的な歌には入っていないように聞こえます。ナスィバ・アブダラーエヴァの場合も、トルコ系のウズベク語かと思いきや、確かトランスオクシアナのペルシア語だったように思いますから、アーヤーンも取り上げ易いのかも。

Ayan - Heç kime men seni verən deyiləm

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2011年11月 2日 (水)

Mountain Jewish - Sarit Hadad, Ayan Nigaranam

いきなり飛躍しますが、今日は黒海の対岸のカフカス系ユダヤの音楽です。この辺りは、大分前のカフカス・シリーズやユダヤ音楽シリーズの時にも見ました。きっかけは、数日前にマイミクのChさんのツイットで知った動画で、イスラエルの女性歌手サリット・ハダッドのダラブッカ独奏の映像(1本目)です。ウム・カルスームのインタ・オムリを見事に歌った映像は2年ほど前(09年11月24日)にアップしたことがあります。サリット・ハダッドはチュニジア系とカフカス系の両ユダヤ系のハーフのようです。歌唱の素晴らしさは言わずもがなですが、このノリの良い、ハイテクニックなダラブッカ・ソロには大変驚きました。
もう一人、Ayan Nigaranamもカフカス系ユダヤ(おそらくアゼルバイジャン)の女性歌手ですが、この人の歌はカフカスや中央アジアのポップス色が強く、アラブ色はほとんどないと言っていいでしょう。

روع إمرأة علي الدربوكة

Ayan Nigaranam (New Mountain Jewish song)

この曲は大分前にアップしたことがあります。確かウズベキスタンのNasiba Abdullayevaだったと思います。それをマウンテン・ジューの歌手が歌うとは! とても良い曲です。

Ayan - Shalom (Mountain Jewish song)

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2011年11月 1日 (火)

ロメーニャ・ロメーニャ

今日は、27日に「糸弾きに続いて、ロメーニャ・ロメーニャ(ルーマニア・ルーマニア)の一節も聞こえます。ヴァイオリンでは分かりませんが、歌ではニャロメ・ニャロメと聞こえる曲です(笑)」と書いた曲です。
イディッシュ・ソングやクレズマーのアルバムで頻繁に耳にする曲で、ラウタルの快速曲調がぴったり来ます。ルーマニアの地図はベッサラビア(元ソ連の一部、現在はモルドヴァ共和国)やブコヴィナも含まれてますが、イディッシュ文化の栄えた往時のルーマニア(特にブカレストでしょう)の様子が髣髴とされる賑やかな曲です。70年代以降のリヴァイヴァル・クレズマーの中心的グループの一つ、Klezmer Constervatory Bandと、イディッシュ版ザ・ピーナッツのようなバリー・シスターズの演奏で。

Klezmer Constervatory Band - Rumania, Rumania

Barry Sisters - Rumania, Rumania

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