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2016年6月

2016年6月30日 (木)

遊女供養の新内流し

しばらく見ない間に、色々と新内やお能関係のyoutubeも増えていて、びっくりしました。岡本紋弥さんと杉浦千弥さんの新内流しもありました。艶っぽい歌声と、粋な二挺三味線。粋な着流しに、吉原被り。良いですねぇ。昔はよく時代劇で見かけたものです。(杉浦さんには邦楽ジャーナルの催しでお会いしたことがあります)
2007年の当ブログに、昨日と同じ「謡曲と新内」という題の記事がありました。(ダブったような気はしていました(^^;) こちらも是非ご参照下さい。96年刊の雑誌「Etcetera」に書いた拙稿です。当時の熱い気持ちが入っています。荷風忌に「生まれては苦界、死しては浄閑寺」の川柳で有名な浄閑寺にも行きました。

http://zeami-cd.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_ba6c.html

ビデオの解説から
東京大空襲から68年を迎えた3月10日、かつて遊郭があった吉原で三味線の音が鳴り響いた。遊女供養のため、古典芸能・新内浄瑠璃の太夫と三味線方が供養の意味を込めて町を練り歩いた。

吉原で遊女供養の新内浄瑠璃流し

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2016年6月29日 (水)

謡曲と新内

ゼアミdeワールド14回目の収録に行ってきました。
6月末からラヂオバリバリが新スタジオ、ハーバリーに移動しまして、今度から放送の3日前までに収録しないといけなくなりましたので、スケジュールの都合上22日に2回分収録しました。30日と来月3日に放送されるのは13回目の収録分です。今日は私のウード・ソロで新内流し(ちろりん出演時の録音)、加藤さんのウード・タクシーム、「ジャリラのラクス・シャルキVol.3」からアリフ・ライラ・ワ・ライラ(千夜一夜)をかけました。14回目の本放送は、7月7日七夕です。

フライヤーではチェロやヴァイオリンの生演奏もたまにはと書きましたし、純邦楽もかけると言いながら、これまでかけていませんでしたので、13回目は私の歌唱と演奏を拙演でお恥ずかしいですが、かけてみました。収録は一人で全て行っていますので、実際チェロなどの楽器を弾きながらというのはまだ余裕がない状態です。ミキサー操作に慣れてきたらトライしてみたいと思います。PCのソフトで録っていますが、若干デジタルノイズが入っております。また少しミスしている部分もあります。どうか、その点はご了承下さい。

去年の12月10日に木曜夜8時からの西川さんの番組「ぽれぽれちろりんごーるど」に呼んで頂いた際の録音ですが、ウードの新内流しを入れて3曲流しました。西川さんとの対話になっている部分もあります。youtube2本は歌った箇所とは違いますが、参考まで。

まず、能楽の詩の部分の謡曲からです。私が喜多流の謡曲を習ったのは、95年でもう20年以上経ちます。お能には昔からとても関心はありましたが、謡曲(謡い)に関しては、習うまでは「お爺さんのやる芸」というイメージが強かったのですが、やってみるとこれが大違いで、大和魂が呼び覚まされたとでも言えましょうか。古典文学のパッチワークのような美しい文句は、意外な程に頭にすっと入ってきて、無本(暗記)でやらせる先生でしたから、それがまた良かったと思います。小中学校で邦楽器を学ばせているそうですが、是非謡曲も取り入れたら、言葉の乱れも正せるし、精神修養にもなり、大きな声を出すので健康に良いです。

まず謡曲「経正」(つねまさ)からです。
平家の若き武将の経正は琵琶の名手でもありましたが、一の谷の合戦で討ち死にします。僧都行慶が彼の琵琶の名器「青山(せいざん)」を仏前に供えて管弦講(かげんこう)をしていると、経正の霊が現われ、弔いの有り難さを述べるシーンです。能の合唱にあたるような地謡で歌われる同音の部分です。「生をこそ隔つれども、我は人を見るものを」の辺り、とても切なく泣ける箇所です。

幻の常無き世とて経正の、常無き世とて経正の、もとの浮世に帰り来て、それとは名のれども其の主の、形は見えぬ妄執の、生をこそ隔つれども、我は人を見るものを、げにや呉竹の、筧の水はかわれども、住み飽かざりし宮の中に、幻に参りたり、夢幻に参りたり

金剛流 能「経正」 Noh performance TSUNEMASA


新内節については、民族音楽研究の大御所・小泉文夫さんが「死ぬ前に2曲聞けるなら、まずペルシアの歌、次に新内を聞きたい」と言っていましたので、ずっと気になっていました。謡曲をやったことで邦楽に目が向いていた時期でしたから、家元(富士松鶴千代さん)の音源を聞いて非常にはまりまして98年に入門しました。歌、三味線、上調子の3つとも教わりましたが、「あなたは三味線の音締め(ねじめ)も良いけど、笛(喉)が良いから歌を頑張んなさい」と宗家に言って頂いて、富士松千嘉太夫(ちよしだゆう)の名を頂きました。ZeAmiの業務の合間を縫って、よく広尾の料亭などの宴席でも新内流しをさせて頂いたものです。歌っている部分は新内一の有名曲「蘭蝶」の虫尽くし~四谷の段の部分で、一番のサワリの箇所四谷の部分は最近ほとんど歌ってないので、無理と思い、その前までです。江戸の庶民に愛された新内節は、吉原の遊女の悲恋、心中話が多く、正に江戸の粋の芸の極致です。

[Shin-nai]人間国宝・鶴賀若狭掾師 『蘭蝶』[Ranchou]


放送局 FMラヂオバリバリ
番組名 ゼアミdeワールド
パーソナリティ名 ほまーゆん
毎週木曜 17:15~17:30
再放送 毎週日曜 15:00~15:15

今治以外でも、スマホのアプリTuneinや、PCのサイマルラジオを使えば、世界中どこででも聞けます。よろしければ是非お聞き下さい。民族音楽、クラシック、純邦楽など、色々かけております。
サイマルラジオは以下になります。
http://www.jcbasimul.com/

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2016年6月28日 (火)

ハザラのgulli sad barg

22日にアップしましたナーゼリーのアルバム名のGole Sad Bargとは、そのまま訳せば「百の花(の葉)」となると思いますが、このタイトルで検索していると、アフガニスタンハザラ人のドゥタール弾き語りが出てきました。ハザラ人はアフガニスタン中部のバーミヤン辺りに住む人々ですが、13世紀のモンゴル帝国時代から残っていたモンゴル人に、元々この辺りにいるイラン系民族が混血したそうで、アジア的な風貌の人が多いです。ダリー語(アフガン・ペルシア語)を用い、宗教的にはイランと同じシーア派だからでしょうか、文化的にも共通の部分があるようです。この詩句Gole Sad Bargが入ってくるのも、その証しでしょうか。この言葉は、ルーミーの詩に出てくるのか、他にも共通してあるのか、その辺りは不明ですが。
そう言えば、ナーゼリーのGole Sad Bargには、Iranian Gnostici(s)m Music(イランのグノーシス主義の音楽)と、興味深い副題が付いていましたが、これはグノーシス主義がスーフィズムのルーツの一つだからでしょう。20年前のリリースの際には無かったのですが、10年ほど前の再発?盤にはこの副題があったのも、興味深く意味深です。しかし、ドゥタールは2弦とは思えない表現力があり、腹にも響きそうな低音が魅力の楽器です。厳かで爽やかな黎明を思わせるような始まりがとても印象的だったナーゼリーのGole Sad Bargとは対照的な音楽です。演奏者のShawkat Ali Saboorは、ハザラ人がほとんど全てのマリスタン出身のようです。

Shawkat Ali Saboor Malistani - gulli sad barg tabistan am a

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2016年6月24日 (金)

ナーゼリー&モラディinギリシア2008

この2008年のギリシアでのライブは、初めて見ます。その2年前の来日をリアルに思い出させる素晴らしい歌声。確かナーゼリーさんの黒地に赤いラインの入った衣装も同じです。アリ・アクバル・モラディのタンブールが、独特な指さばきで強靭な音を発しているのもよく分ります。ケマンチェに似ている弓奏楽器は、トルコの黒海の方の細身のケメンチェか、ギリシアのリラか、どちらかでは。そのどちらもかなり律動的なので、クルドの音楽にあうように演奏しています。

Ostad Shahram Nazeri and Ostad Ali Akbar Moradi Greece 2008

Ostad Shahram Nazeri and Ostad Ali Akbar Moradi Greece part2

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2016年6月23日 (木)

Motrebe Mahtab Rou

昨日の2本目に入れましたシャハラーム・ナーゼリーのMotrebe Mahtab Rou(月の顔の楽士?)の動画がありました。この映像と同じビデオを20年ほど前に確か持っていました。主にクルドで用いられる弦楽器タンブールの合奏とダフの伴奏で、例の独特なフラメンコのラスゲアードを逆回しするようなストロークもよく確認できます。シャムスのフェイゼバシプール他の面々とは、少なくとも90年代初め頃からは一緒に演奏していたと思われます。シャムスというのは、言うまでもなく、ルーミーの詩集「シャムス・タブリーズィ」を指していると思います。師である老ダルヴィーシュ(托鉢僧)のシャムス・タブリーズィを慕う熱い内容です。切々とした語り掛けるような熱い歌声は、とにかく最高です。40分頃から出てくるタンブール・ソロは、アリ・アクバル・モラディで、その超絶技巧はこの頃から冴え渡っていました。

Shahram Nazeri & Shams

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2016年6月22日 (水)

シャハラーム・ナーゼリー

ゼアミdeワールド12回目の収録に行ってきました。
6月末からラヂオバリバリが新スタジオに移動する事になりまして、今度から放送の3日前までに収録しないといけなくなりましたので、スケジュールの都合上22日に2回分収録しております。まだまだイランだけでもご紹介したい音源は無数にありますが、一応ナーゼリーでイランを終えます。次回からアラブに行く予定でしたが、収録の件は月曜に決まったばかりで準備不足ですので、30日の放送分は違う音源をかけました。

先週はホセイン・アリザーデの音楽を少しご紹介しましたが、今日は同じく93年頃に知ったクルド系のイランの名歌手シャーラム・ナーゼリーです。この人は1950年生まれですから、アリザーデとほぼ同世代で3枚ほどのアルバムでは「夢の共演」を実現しています。やはりこの人ほどの輝かしいタハリール唱法を聞かせる人はいないのではと思います。キングレコードのワールドルーツミュージックライブラリーの「シャハラーム・ナーゼリーの芸術」のライナーノーツ執筆を担当したことは前に言った事がありました。お持ちの方は是非ご参照下さい。イランに音楽留学されていた北川さんと慶九さんのご協力を頂いて、ヤルサンの独特な文化的背景や、ペルシア音楽とクルド・マカームの違いについてなどにも言及しております。2006年の来日公演の際には、CD即売に出るのと同時に、取引先のフリーマガジン向けにナーゼリーさん本人にインタビューも行っておりまして、その取引先は辞めてしまいましたが、以下のZeAmiブログに転載アップしてあります。こちらも宜しければ併せてご覧下さい。
http://zeami-cd.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_4be7.html

ナーゼリーのことも95年出版の雑誌Etceteraの「ペルシア古典音楽の昔と今」という記事に書いておりまして、その箇所↓を読み上げました。90年代初め頃に入手が容易だった仏Ocoraの「イラン伝統音楽の巨匠」の解説を参考にしております。

このイラン北西部クルディスタンの首都ケルマンシャー生まれの名歌手は、近年打楽器をザルブではなくダフ(フレーム・ドラムの一種)を使って録音している。これについて彼は、ダフの方が古い楽器で現在でもイラン西部のクルディスタンやケルマンシャーのスーフィー達に用いられていて、これこそ「ルーミー」の世界を喚起する物だと考え、ダフを使うクルド音楽をブレンドする事で、沈滞した(彼はそう考える)ペルシア古典音楽にエネルギーを与えると考えている。彼はイランで自身のレーベル「SHAHRAM」を持っていて、それを実践した作品をリリースしている。特にジャラール・ゾルフォヌーン(パリサーのバックでタールを弾いていた名人)作曲の「Gol-e-SadBarg」は、声楽、5本のセタール、ダフのための曲で、非常に透明感あふれる感動的な曲。

استاد شهرام ناظری _ گل صد برگ / آلبوم

何とyoutubeに丸々全曲出ていました。

先ほどご紹介しました「シャハラーム・ナーゼリーの芸術」のライナーノーツの拙稿からも少しご紹介します。

 イラン西部のクルディスタンの中心地の一つ、ケルマンシャーで1950年に生まれる。音楽家の家庭に育ち、幼少より音楽と文学を学び始める。 1971年頃からアブドゥッラー・ダヴァーミ(Vo)、ヌール・アリ・ボルーマンド(Tar,Setar)、マームード・キャリーミ(Vo)、アフマッド・エバーディー(Setar)と言った、錚々たる顔ぶれのペルシア古典音楽の巨匠たちに学ぶ。1974年には初めてジャラール・ッディン・ルーミー(モウラヴィー)の詩に独自の解釈を施して披露。1976年には古典音楽のコンクールで優勝。ペルシア古典声楽家としての地位を固めながらも、作曲を通してイランのスーフィー音楽によりラディカルに向き合うようになり、その後自身のルーツであるクルドの音楽を取り入れた作品を発表するようになる。現在のイラン古典声楽界では、同じく男性歌手のシャジャリアンと並び称される名歌手。繊細極まりないペルシアの古典音楽と、熱情的なクルド音楽と、どちらにおいてもトップの座に君臨するカリスマ的な存在である。
 クルド音楽へ目を向け始めてからは、スーフィー詩の極致とも言えるルーミーの神秘主義詩に大きなウェイトを置いた上で、クルド・マカーム志向をも見せるようになる。こうしてイラン革命前の伝統にはなかった彼独自のスタイルを確立した。ルーミーの神秘主義詩に見られる情熱を吹き込んで、古典音楽に新しい動きを加えたというのが、筆者が<東京の夏>音楽祭の公演の合間にインタビューした際、ナーゼリー本人から聞いた言葉だった。先述したように、クルド・マカームには「イラン系民族文化の古層」が現れていると言えるが、テキストにはスーフィー文学の華であるルーミーの詩を持ってくることで、より広くまた熱狂的な聴衆の支持を得る事に成功した。タンブール名人であるアリ・アクバル・モラディやアリー・レザー・フェイゼバシプールと組むことで、それがより大きく花開いたことも事実だろう。

やはり20年ほど前の私個人的にお気に入りのMotrebe Mahtab Rou(月の顔の楽士?)の冒頭を時間までかけて終わりにしたいと思います。
彼のアルバムはイランの大手古典音楽レーベルのMahoor Institutからはアリザーデとの共演作くらいしか出てなくて、ほとんどは小さいメーカーの作品が多いので、最近はCDが手に入りにくくなっているようにも思います。キング盤やBuda盤は手に入りやすいので、今日は現在入手困難と思われる音源をかけております。
一曲目はセタールが中心でしたが、こちらは主にクルドで用いられる弦楽器タンブールの合奏になっていて、これぞクルド・マカームの響きという感じがします。クルド・マカームとは旋法であると同時に、様々な祭礼に演奏されるレパートリー自体も指します。その奏法は独特でフラメンコのラスゲアードを逆回しするようなストロークが目を引きます。

مطرب مهتاب رو استاد شهرام ناظری

こちらは冒頭の17分だけyoutubeがありました。

放送局 FMラヂオバリバリ
番組名 ゼアミdeワールド
パーソナリティ名 ほまーゆん
毎週木曜 17:15~17:30
再放送 毎週日曜 15:00~15:15

今治以外でも、スマホのアプリTuneinや、PCのサイマルラジオを使えば、世界中どこででも聞けます。よろしければ是非お聞き下さい。民族音楽、クラシック、純邦楽など、色々かけております。
サイマルラジオは以下になります。
http://www.jcbasimul.com/

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2016年6月21日 (火)

ハ短調のチャールダッシュ

昨日のブラームスのハンガリー舞曲第1番の原曲について、コメント欄にこんな書き込みがありました。the original of this is called 'Isteni Csardas'  ( c.1848/59) by Miska Borzo which of course Brahms used, copied and plagiarised
大変興味深いのですが、youtubeなどは出てこないようです。似た雰囲気のチャールダーシュに、77年頃来日したハンガリー国立民族アンサンブルの「エチェル村の結婚式」(洪HungarotonからCD有)に入っていた「ハ短調のチャールダッシュ」(作者不詳)という曲がありました。これは最近もよく演奏されるようで、youtubeがありました。何年か前にも上げたと思いますが、再度。2本目のように、イ短調でも弾かれているようです。これはスロヴァキアのようですが。

c-moll csárdás

a moll csardas , slovakia

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2016年6月20日 (月)

Brahms Hungarian Dance No.1.

今週のラジオでは、ナーゼリーの音楽を予定しておりますが、今日はちょっと寄り道しまして、ハンガリー舞曲です。先日弦楽合奏団で5番を弾いたばかりで、次は1番にもトライしようとしておりますので。前に書いたかどうか分りませんが、ブラームスのハンガリー舞曲の1番は、1980年頃にチェリビダッケの心躍る名演を聞いて以来忘れられない曲です。ブラームスにジプシー音楽を教えたエドゥアルト・レメーニが採譜していたのかどうかが気になる曲で、おそらく19世紀のチャールダッシュの一つではないかと思います。ジプシーは楽譜を残さないので、現代のジプシーには忘れられたチャールダッシュになっているのでしょう。
とても有名になっている「モンティのチャールダッシュ」以外に、星の数ほどの無名のチャールダッシュがありますが、一度耳にしたら心を捉えて離さないメランコリックな旋律美の曲が少なからずあります。よくチャールダッシュは、本当のジプシー音楽(ケレマスキ・ジリやメセラキ・ジリなどの農村ジプシー音楽)でも、本当のマジャール音楽(「飛べよ孔雀よ」のようなアジア的な五音音階の民謡など)でもないと言われますが、だとしてもその音楽としての価値は、いささかも変らないだろうと思います。この映像のオーケストラは、ベーケーシュ地方の団体のようです。本場ハンガリーのノリが感じられる演奏です。(ブラームスの1889年の自作自演録音があることを最近知りました)

Brahms Hungarian Dance No.1.

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2016年6月17日 (金)

Badeh Toei

このアリザーデさんのBadeh Toeiというアルバムのリリースは把握していましたが、なかなか入れるのが難しく、そうこうしている内にApple Musicのストリーミングで聞けたり、このyoutubeも出てきていました。この映像で見る限り、弾いているのはシュールアンギーズでしょうか。まるで義太夫の太棹三味線を聴いているような、太い味わいがあります。高めの輝かしい声と、低めの弦楽器に、ネイも低めに吹いていて、良く合っていると思います。
歌っているのは、オコラ盤が出て注目株の男性歌手モハンマド・モタメディ です。1978年生まれの若手歌手で、シャジャリアンに似た声質のアーヴァーズ歌手の本格派です。影響を受けた歌手としてTaherzadeh、Taj Esfahani、Adib Khansariのような往年の大巨匠の名前が上がっていました。 頼もしい若手の登場です。

Mohammad Motamedi & Hossein Alizadeh - Masnavi

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2016年6月16日 (木)

鴬の声とドゥドゥクの美しき出会い

アリザーデさんの映像を久々に幾つか見ていて、アルメニアの名歌sari galinが目に留まりましたが、確かEndless Visionに入ってたなと思い確かめたら、やっぱりありました。ホセイン・アリザーデとアルメニアの至宝ジヴァン・ガスパリアンが組んだEndless Visionは、2006年グラミー賞ワールド・ミュージック部門にノミネートされた名盤。もう録音から13年も経つのですね。その事に驚きました。2004年の来日時には、アリザーデさん、アフサーネさん、ホルシドさんらの御一行に、金魚の糞のようについて歩いたことを思い出します(笑) Endless Visionのパーソネルは4人くらいはラーゼ・ノウをやった年の来日時と同じです。早稲田や芸大でのワークショップや昼食にも同行し、間近でアリザーデさんの妙技を目の当たりにした時は、感涙が流れました。アフサーネさんの優しい歌声も忘れられません。

hossein alizadeh sari galin

<Endless Visionの演奏者>
ホセイン・アリザーデ(Shourangiz)
ジヴァン・ガスパリアン(Duduk)
ハムアーヴァーヤーン
アフサーネ・ラサーイー(Vo)
ホルシド・ビアーバーニー(Vo)
M.アリ・アハディ(Vo)
アリ・サマドプール(Vo)
アリ・ブスタン(Shourangiz)
M.レザ・エブラヒミ(Oud)
ベーザード・ミルザーイー(Tombak,Daf,Naghareh)
アルメン・ガザリヤン(Duduk)
ヴァズゲン・マルカリアン(Bass Duduk)

<以下Endless Visionのレビュー拙稿>
アリザーデとアルメニアのドゥドゥクの巨匠の注目の共演盤。バックはRaze Noなどでお馴染みの、ハムアーヴァーヤーンのアンサンブル。その一見奇抜とも思える組み合わせに驚いていたが、聞いてみてそんな心配は吹き飛んだ。隣の国だから似た部分は元々多いのだろう。アルメニア語はペルシア系と思われていた時期もあった位だから。「東京の夏」で来日した女性歌手二人はアルメニアの歌も歌い、またこれが実に素晴らしい。また弦楽器シュールアンギーズの陰影に富んだ音色は、とてもアルメニア音楽向きに聞こえる。タンブールを更に内省的にしたような音色。弦楽器、ドゥドゥク、歌のいずれも哀感に溢れた絶美の演奏。2003年テヘランでのライヴ録音

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2016年6月15日 (水)

アリザーデの音楽

ゼアミdeワールド11回目の収録に行ってきました。
今日はタール、セタール、タンブールの名手でもあるホセイン・アリザーデの音楽について取り上げました。これまで往年の巨匠を中心に紹介してきましたので、1951年生まれのアリザーデさんは若い方ですが、現在30代以下くらいのタール、セタール奏者には彼に教わったという人がかなり多いです。演奏だけでなく、教育者としても第一人者のようです。私は93年頃の六本木ウェイブにいる頃から注目していて、アリザーデさんの紹介も兼ねて95年出版の雑誌Etceteraに「ペルシア古典音楽の昔と今」という記事を寄稿しました。この記事はZeAmiHPにリンクしてある会報のページに転載してあります。今でも「ペルシア音楽」でぐぐると、この記事が3件目に出てきていました。その箇所↓を読み上げました。

アリザーデも77年シーラーズでのコンサートで、パリサーのバックでタールを弾いていた人だが(現在はキング「イランの音楽~栄光のペルシア」に収録)、80年代以降、独創的な古典音楽作品を次々と発表していて、2本のタールとザルブによるハムナヴァーイ(「音楽表現において一つになること」)に始まる自身のレーベル、ケレシュメなどから出ている。私が最初に聞いたのは、ネイ・ナヴァー(ナヴァー旋法によるネイとオーケストラの協奏曲)という曲で、故五十嵐一氏の解説で90年頃FM放送された。「雅びということを感じますですねー」と言っておられたのを懐かしく思い出すが、弦の透明な響きの上にネイの音がたゆたう大変美しい曲である。彼はまたモーリス・ベジャールの「ゴレスターン」というバレエのための音楽も書いている。(ギリシア通のベジャールがペルシアに目を付けるのは慧眼と言えるだろう。その上アリザーデはベスト・キャストだと思う)最近では、フランスのBudaから2枚組みのオーソドックスなダストガー音楽を出しているが、パリサーの伴奏をやっていた時から共通した「アリザーデの音」になっていると思う。それは、何かを追い求めるような音で、現代イランの古典音楽家のなかでも異彩を放っている。今後の活動が非常に楽しみな音楽家である。

文中に出てきました2本のタールが鮮烈に対話するハムナヴァーイをかけました。(この曲のyoutubeは見当たらないので、替わりにネイ・ナヴァーを入れました。)
Hossein Alizadeh - Ney Navâ (Darâmad, Naghmeh & Dance Os Samâ)


この記事は書いたのがもう20年余り前ですので、「今後の展開」は色々と出てきております(笑) また、文中に出てきたBuda盤については、これまで何度か話しました音楽之友社の「世界の民族音楽ディスクガイド」のレビューでは次のように書きました。

「孤高の」という形容が似合う51年生まれの名手ホセイン・アリザーデが、マジッド・ハラジ(トンバク)と組んで行った94年パリでのライヴ2枚組。タールでナヴァー、セタールでホマーユンの即興演奏。西洋音楽も導入した80年代の作品等がKereshmehから出ていたが、ここでは古典の枠内で大胆な妙技を展開。ハラジもインスパイアされてハイテンションな超絶技巧を披露。ノーブルでノスタルジックな音を響かせるタールと、繊細で蠱惑的な音色のセタールがそれぞれの旋法に実に合っている。革命前の77年にはあのパリサーとも共演し、80年代初頭は一時欧米に活動拠点を移し、その後イランに戻り現在に至っている。時は変われど彼の胸に迫る表現は昔も今も同じ。

というようなことを書きました。「孤高の」というイメージは少し違ったのかなとも思いますが、2000年代からはアルメニアのドゥドゥク奏者のジヴァン・ガスパリアンと組んだEndless Visionで2006年グラミー賞ワールド・ミュージック部門にノミネートされたり、古い弦楽器サッラーネーを復原・蘇演したり、注目作を連発しました。しかし、彼の創造した最も特筆すべきスタイルは、4人ほどの歌い手が「タハリール合戦」を繰り広げるかのようなハムアーヴァーイー(「声をあわせて歌う」というような意味)を生み出したことだと思います。西洋の古楽からヒントを得たそうですが、これは「アーヴァーズ」からの造語で、ハムアーヴァーヤーン・アンサンブルとして2004年には日本公演も果たしました。彼は2002年と2004年に来日し、初回はホマ・ニークナムの歌、マジッド・ハラジのトンバクとのアンサンブル、二回目はハムアーヴァーヤーンを率いての公演が実現しました。
実は主催のアリオン音楽財団の担当者から、2001年頃からアリザーデさんについて色々聞かれていて、当時一時的に入手が難しくなっていた音源や映像資料をお貸ししたり、専門家やイラン協会をご紹介しまして、そんな経緯で来日が実現しました。その勢いで2006年にはナーゼリーも来日し、パイプが出来たことから、今ではイランに音楽留学する人も出てきて、帰国されてライブ活動も展開しているようです。ペルシア音楽について、ほとんど情報のなかった90年代前半とは、隔世の感があります。

最後に2004年<東京の夏音楽祭>でも披露されたアリザーデさんとハムアーヴァーヤーン・アンサンブルの演奏で、Raze No(新しい秘密)からダード・ビーダードをかけました。ラストのラーゼ・ノウよりも、これから4つのアーヴァーズがタハリールを交えながら合わさる、始まりの美しい瞬間を捉えている音楽だと思います。(以下のyoutubeは別な箇所です)
Mohsen Keramati Ft Afsaneh Rasaie Ft Homa Nicknam

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2016年6月14日 (火)

Здесь птицы не поют

今日はちょっとイランの音楽から離れます。前から気になっていたロシアの歌が耳について離れないもので。タイトルのЗдесь птицы не поют(ズジェース・プティツィ・ニェ・パユート)とは、訳せば「ここでは鳥は啼かない(歌わない)」になると思いますが、アイドルグループと思しきチェルスィと、ポップス歌手タチアナ・オヴシエンコの歌唱がなかなか良くて、何よりバックの赤軍合唱?がやっぱり凄い声で、しびれました。(日本でアイドル歌手がこういう軍歌っぽい歌を歌うでしょうか?(笑)) 対戦中のベラルーシでの苦しい戦況を歌っているように思います。作詞作曲は、ロシアの吟遊詩人ブラート・オクジャワと分りましたが(2本目の解説にмузыку и слова Булата Окуджавыとありました)、この曲についてもっと知りたいものです。何か情報をお持ちの方がいらっしゃったら、宜しくお願いします。

Татьяна Овсиенко и "Челси" "Здесь птицы не поют..." 9 мая

Татьяна Овсиенко и гр. Челси «Здесь птицы не поют» («Песни весны и Победы») 08.05.2009 год.

Нина Ургант - Здесь птицы не поют.mp4

Здесь птицы не поют.wmv

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2016年6月13日 (月)

ムーサヴィーとオムミのネイ

ネイという笛は演奏が難しいからでしょうか、とても演奏家が少ないように思います。スーフィー音楽で最重要な楽器なのに、トルコではネイ奏者が多いのとは対照的です。名手ハッサン・キャサイの弟子の二人、モハンマド・ムーサヴィー(・シューシタリー)と、ホセイン・オムミが現代のネイ奏者では突出して有名で、録音も多いです。ムーサヴィーは、78年のパリサー&ラザヴィーの東京ライブで一緒に演奏していました。オムミの録音がNimbusから多いと言うことは、イギリスを拠点にしているのでしょうか? オムミは名歌手でもあります。2本目ではパリサーとのデュエットを聞かせています。古典の枠内ですが、それぞれに個性的な活動も目立ちます。ムーサヴィーの後のアルバムでは、東欧のカヴァルのようなダブル・トーン吹奏が飛び出したりもしていました。

Persian Ney - Mohammad Mousavi

Parisa & Hossein Omoumi - Rohavandi

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2016年6月 9日 (木)

ハッサン・キャサイのセタール

ネイの巨匠ハッサン・キャサイは、セタールの名人でもあり、歌も巧みに歌う人でした。昨日のネイ演奏の映像を見ると、右手の人差し指だけ爪を長く伸ばしていましたが、これはセタールを弾くためです。セタールはほとんど右手人差し指だけで弾きますので。今日の長尺の一本は録音もクリアで、味わい深いセタール弾き語りを聞かせています。グーシェが変るところで、グーシェの名前を読み上げているのも有難いです。
キャサイの他にもアボルハサン・サバーのようにヴァイオリンとセタールを弾く人もいました。メシュカティアンも、サントゥールだけでなくセタールも弾いていました。音量があって華やかなタールではなくて、セカンド楽器(というより基本楽器と言った方が良いかも知れません)としてセタールが選ばれることは多いようです。

مجموعه ستارگان درخشان سه تار نوازی حسن کسایی شمار

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2016年6月 8日 (水)

ネイとセタールの巨匠

ゼアミdeワールド10回目の収録に行ってきました。イランの楽器紹介シリーズに戻りました。
今日は葦で出来た縦笛のネイと、弦楽器のセタールですが、実はどちらも98年頃入手して手元に一本ずつあります。セタールはタールと違って全て木製なので、日本の気候でもある程度大丈夫かと思い、タールにも心惹かれながらセタールを入手しました。開放弦を鳴らすだけでも、うっとりするような繊細で魅力的な音の楽器です。フレットが一部微分音の位置についているのと、アリザーデさんの教本の記譜(実際の音よりかなり低く書かれています)にもなかなか慣れず、独習は進まないままです。ネイの方は11年前の引越の際に荷物の中で割れてしまいまして、何とかオクターブ鳴らせるくらいにはなっていたので、残念至極です。
今日はペルシア音楽で最も代表的なダストガーのシュール旋法で揃えてみました。<>内がかけた音源ですが、youtubeにはないようですので、別の演奏です。エバーディーの動画は初めて見るように思います。動画があったのか!と驚愕しました。夢のような一本です。

<Hassan Kassai / Dastgah Shour - Pishdaramad>

Hassan Kasaei


中世ペルシアの神秘主義詩人ルーミーの「葦笛の歌」に歌われている通り、ネイはトルコの旋回舞踏のようなスーフィー音楽にとっては最も重要な楽器です。ルーミーの時代には今のトルコからイランまで一つの国だったので、ルーミーが興したメヴレヴィー教団はトルコのコンヤに本拠地があります。ネイは、ただの筒状の葦に真鍮の筒をはめただけの歌口になっています。ただの筒状なので、鳴らすのさえ難しく、前歯の隙間と舌を有効に利用して音を作ります。トルコのネイと似ていますが、吹き口が違います。日本の尺八のように侘び寂感を強く感じさせますが、その細さからは信じられないような多彩な音を出せる笛です。
昔からイランの古都イスファハーンに名手がいて、現代最高の名人ハッサン・キャサイもイスファハーンの出身です。1928生まれでしたが、2012年に亡くなっていたことは、今日知りました。彼のシュール旋法の演奏を初めて聞いたのは、1980年に柘植元一氏がイランから帰国されて初めてのNHKFM「世界の民族音楽」出演の際でした。オープニングにかかりましたが、その深い音色に、いきなり圧倒されました。トンバク伴奏はジャハンギール・ベヘシュティです。柘植先生は小泉文夫氏の教え子の一人で、2001年から芸大の名誉教授をされています。

続いてかけましたセタールの名手、アフマッド・エバーディー(1907-1992)は、カージャール朝ペルシアの伝説的な大音楽家ミルザー・アブドゥッラーの最後の息子で、故に彼は19世紀のペルシア古典音楽を最も正当に継承していた一人とされている巨匠です。おそらく晩年の録音。

<Ahmad Ebadi / Shur>

Ahmad Ebadi plays Setar


タールの紹介の際に少し名前が出ていましたが、セタールはタールよりはずっと細身で、表に皮も貼ってなくて全て木で出来た楽器です。Tarはペルシア語で「弦」の意味ですが、ペルシア語のイェク・ド・セ・チャハール(1,2,3,4)のセが頭に付いたセタールは、その名の通り三絃の意味で、三味線のルーツとも言われますが、現在のセタールは四弦あります。タールと同じで三味線の二上がりの調弦(ドソド)ですが、低い方から2番目に一番高い弦と同じ音の弦を入れています。これは掻き鳴らしに有利なためと思われますが、どうでしょうか。北インドのシタール(Sitar)だけでなく、アラブを介してスペインに生まれたギター(Guitar)の名にもTarは入り込んでいます。13世紀頃北インドがイスラーム王朝支配下だった頃にイランから入ったセタールが、ヴィーナなどインド古来の弦楽器の影響で徐々にインド化してシタールが生まれたと考えられています。パキスタンなどに、シタールとセタールの中間のような楽器が残存していますが、それらはまた追々取り上げたいと思います。

放送局 FMラヂオバリバリ
番組名 ゼアミdeワールド
パーソナリティ名 ほまーゆん
毎週木曜 17:15~17:30
再放送 毎週日曜 15:00~15:15

今治以外でも、スマホのアプリTuneinや、PCのサイマルラジオを使えば、世界中どこででも聞けます。よろしければ是非お聞き下さい。民族音楽、クラシック、純邦楽など、色々かけております。
サイマルラジオは以下になります。 http://www.jcbasimul.com/

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2016年6月 7日 (火)

バーラム・マンスロフの動画

アゼルバイジャンのタールの巨匠バーラム・マンスロフの、動画もありました。数年前にブログで取り上げた際にはなかったと思いますが、2011年前後にアップされていたようです。現地にはこんなお宝映像が沢山眠っているのでしょう。しかし、このライフル銃を構えているかのような持ち方は、タールを高く構えるアゼルバイジャンでも最高では(笑)
幾つかありますが、イランの古典音楽との比較で、ホマーユンとバヤーテ・エスファハーン、シュールも上げておきます。イランのアスガール・バハーリーのケマンチェなどとバヤーテ・エスファハーンを聞き比べてみるのも一興だと思います。この人のタールを聞いていると、あのペルシア音楽のグーシェ(伝統的旋律型)にそっくり!と思うことが少なくないです。シュールは63年の映像で、特に「歌うタール」になっていて凄いです。シュールはペルシア音楽で一番重要なダストガー。アゼルバイジャンではどうなのでしょうか。

Bahram Mansurov - "Houmayun"

Bahram Mansurov - "Bayati-İsfahan"

Bahram Mansurov - "Shur" (1963)

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2016年6月 6日 (月)

Bahram Mansurovのタール

オランダPhilipsのユネスコ・コレクション(LP)に残された、アゼルバイジャンのタールの巨匠バーラム・マンスロフの録音がありました。同じユネスコ・コレクションでも、90年代中心にCDで出回ったフランスのAuvidisやドイツのMusicaphonとは内容のダブりはほとんどなく、先日ラジオでかけましたイランや南インドなど、CD化されていない往年の名手の貴重音源が多いレーベルです。バーラム・マンスロフは、アリム・カシモフの伴奏をしていたマリク・マンスロフの父かどうか未確認ですが、そうだったかも知れません。ここで聞けるチャハールガーのムガームのタール・ソロは、ペルシア音楽からの影響をとても濃厚に感じさせる部分があります。Chant du monde盤など、CDというメディアが出始めてすぐの頃には、彼の録音がまだ少しありました。

Bahram Mansurov (Azerbaijan) - Mugam "Chahargah"

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2016年6月 3日 (金)

Turkish Mugham of Azerbaijan

極上のケマンチェのソロを見ましたので、元々この楽器が使われるアゼルバイジャンのムガームを少し見てみましょう。数年前に取り上げた頃より、はるかに動画が増えているようです。ムガームは大体タール、ケマンチェ、歌とダフの3人編成が多く、何よりもトルコ系らしい吟唱がまずあって、それをケマンチェやタールが模倣しているように聞こえます。弦楽器はどちらもペルシア由来ですが、出ている音はテュルクが勝っていると思います。タールの高く構えて独特な装飾を入れて激しく奏でるところや、ケマンチェの高音から低音までの音色の多彩さは、アゼルバイジャン音楽独自のもの。むしろ、タハリールの入る歌声の方がペルシアの音楽に似ていると言えるでしょうか。以上のようなことが、今日の動画などを見るとよく分ります。しかし、タイトルがTurkish Mughamとなっていると言う事は、レパートリーがトルコとペルシアに分れるのかも知れませんが、その辺よく吟味してみたことはないです。久々に来日もした国宝級歌手アリム・カシモフでも傾聴してみましょうか。

Turkish Mugham of Azerbaijan

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2016年6月 1日 (水)

追悼特番2

ゼアミdeワールド9回目の収録に行ってきました。
先週に続きまして5月16日に亡くなられた音楽プロデューサーの星川京児さんの追悼特集です。放送は2日木曜午後5時15分、再放送は5日日曜午後3時からです。宜しければ是非お聞き下さい。今回は2曲かけましたが、どちらも90年代前半のNHKFM「世界の民族音楽」の星川さん司会の回で放送された録音です。この2曲を聴く時、私はいつも星川さんのことを思い出します。改めて、ご冥福をお祈り致します。

まず、前回終わりに少しだけかけました、アゼルバイジャンのケマンチェ演奏からです。
南コーカサスの国の一つ、アゼルバイジャンは言語的にはトルコ系ですが、音楽や楽器の面では南隣のペルシアの影響を強く受けていて、ケマンチャもドゥンベクも楽器名からしてそっくりです。アリエフ・ガビリがイランの古都シーラーズの名を冠した哀愁の名旋律を聴かせます。この曲は、90年代前半のNHKFM「世界の民族音楽」の星川さん司会の回でテーマ曲に使われていました。星川さんは、83年の小泉文夫さん逝去の後、この番組を引き継いだ内のお一人です。

<「カスピ海の旋律」から バヤーテ・シーラーズ>

2曲目は、インドのデリーのニザーミ・ブラザースが歌うカッワーリです。カッワーリと言えば、90年前後に度々来日し97年に亡くなったヌスラット・ファテ・アリ・ハーンの歌唱で一躍有名になり、ワールドミュージックブームを牽引したインド・イスラームの神秘主義(スーフィー)の宗教歌謡ですが、ヌスラットやサブリ・ブラザースなどパキスタン勢が一般によく知られている中で、インドのデリーのグループと言うところが珍しいです。リーダーのナズムッド・ニザーミはムガル王朝最後の皇帝バハードゥル・シャー・ザファルの宮廷楽士に連なるムシュタク・フセイン・カーンの息子で、北インド古典音楽の名門シカンドラ・ガラナに声楽のルーツを持つ由緒あるカッワールです。更には、このナアト(預言者ムハンマドへの賛歌)で歌われているラーガが、ムガル宮廷に縁のある夜のラーガ「ダルバリ」と言うのも興味深いです。

<Nizami Brothers / Na`at Cherif (Nabi Muhammad Sallu Alayh)>

SAMEENA STAGE SHOW /Qawwali-Nizami Brothers

この曲のyoutubeは見当たらないので、別な曲ですが、一本上げておきます。

演奏時間は20分ほどありまして、後半はカッワーリらしく聞き手をトランス状態に導くような盛り上がりを見せています。
この曲が収録されているのはフランスのIneditの「アジアのイスラーム音楽」ですが、CDリリースは91年で、その直後から個人的にかなりこの曲にはまりまして、当時池袋のアール・ヴィヴァンによく来られていたカッワーリ・フリークのラジャスタン出身のモハメド・アリさん(ムガル絵画の画家兼カレー屋さんでした)と仲良くなり、93年に彼の娘さんの誕生日パーティーでこの曲を歌ったことがあります。アリさんから歌詞の大意を教わり、アリさんのタブラ、知人のハルモニウムとハンド・クラッピングの伴奏で、原語のウルドゥー語で歌いました。

これまでの放送を聞き逃したと言う方には、2,3回前からですが、放送原稿をほとんどそのままか、少し加筆してこのZeAmiブログやFBに上げておりますので、是非併せてご参照下さい。「民族音楽」で検索すると1ページ目にZeAmiHPが出てきますが、その上の方にブログをリンクしてあります。星川さんから99年に頂いたシャハラーム・ナーゼリー関係の記事も会報のページに載せております。

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