今日はDeben Bhattacharyaをちょっと離れて、関連動画で気になった2本を上げておきます。1本目はウズベキスタン中西部のヒヴァ辺りのホレズムの歌と踊りで、歌と踊り共に素晴らしいです。美しい胡旋舞に、男性も最高のエンターテナー振り。Хорезмские песни и танции 2003 Израиль(ホレズムの歌と踊り2003イスラエル)とあるように、イスラエルでの演奏のようです。キパ(ユダヤ教の祈祷帽)を被った男性が見えます。と言うことは、演奏者もブハラ系ユダヤ人でしょうか?
2本目は解説にAfghan Music House partyとあります。アフガニスタンのどの辺りか不明ですが、伝統楽器の数々が後ろに見えます。コメントにありますが、もしかしたら危ない集まりなのかも知れません。この美女の涙は何故? 吸っているのは煙草なのかどうか、歌詞の内容も気になります。
まずは、一曲目のギチャク弾き語りとゼルバガリの伴奏で、アフガン・ペルシア語とも言われるダリー語の恋歌「Goftamash Ai Nazaneen」をどうぞ。録音は1970年で、ギチャクは1914年生まれの名手Muhammad Naim Mazari、ゼルバガリは色々な盤でもうお馴染みのマラン・ネジラビです。彼は1942年生まれのようです。
164回目の放送でも言いましたが、ウィーン少年合唱団と聞いて真っ先に思い浮かべるのが、ウェルナーの「野ばら(Heideröslein)」です。ウィーン少年合唱団が物語の中心になっている1957年のドイツ映画『野ばら』を見たのは、40年くらい前だと思います。月曜にも上げましたが、ウェルナーのこの大変に美しい旋律を歌っているシーンの映像がありました。更には山でヨーデルを歌うシーンも。オーストリアやスイスの民族音楽で一番有名なのは、シュランメルよりも、やっぱりヨーデルでしょう。ここで歌われている『ヨハン大公のヨーデル Erzherzog Johann Jodler』は、神聖ローマ皇帝フランツ2世の弟ヨハン大公を讃えるオーストリア民謡。スイスのヨーデルにはこの有名曲ではないユネスコの現地録音もあって、カウベルの音と一緒に街を練り歩くヨーデルの声を聴くと、アルプスの風景が目に浮かびます。
Michael Ande & Wiener Sängerknaben - Erzherzog-Johann-Jodler 1957
Michael Ande & Wiener Sängerknaben - Heideröslein 1957
ウィーン少年合唱団の歌唱で、「ウィーン我が夢の街」もありました。私の所属している弦楽合奏団で何回も弾いているお馴染みの曲です。1989年頃、六本木の某店のクラシック担当の頃に、当時売り出し中のメラニー・ホリデーの盤で最初に聞いたので、その印象が強い曲です。
ウィーンの作曲家、ルドルフ・ジーツィンスキー ( 1879 - 1952 )が、生涯愛してやまなかったウィーンへの思いをノスタルジックな賛美を込めて歌い上げたのがこの歌曲。今でもウィーンを訪れる多くの観光客やウィーン市民に愛されている曲でもあります。同時に、オーストリアの民俗音楽シュランメルの響きと、後期ロマン派以降の世紀末的なトロットロの甘美さを感じます。
ジャズのスタンダードとして知られる「朝日のごとくさわやかに」(Softly, as in a Morning Sunrise)や、「恋人よ我に帰れ」(Lover, Come Back to Me)で有名な、シグマンド・ロンバーグの「学生王子のセレナーデ」の弦楽合奏版を先に弾いて、そんなことを思ったので、「ウィーン我が夢の街」も久しぶりに弾いたのでした。ロンバーグはウィーンからアメリカに渡り、オペレッタからミュージカルの礎を築いたユダヤ系作曲家の一人です。
遂に見つかりましたので、日曜ですがアップしておきます。「塔吉克族 Tajik Girl Singing in China」で検索したら出てきました。今日の一本目の後半3分の1のタジク民謡の歌唱は、例の歌詞「Ay Pari(エ・パリーと発音)」で始まりますから、間違いないです。映像の前半にあるように、中国で少なくとも3回、映画と舞台になっているようです。以下Badakhshan Ensemble / Ay Pari(2本目に再度アップ)の解説で書いた部分です。バダフシャンらしいというか、ペルシア音楽のホマーユン旋法に似た印象です。それで惹かれるのかも知れません(笑)中国語は分からないので推測ですが、中国の軍人とタジク人女性の悲恋話でしょうか。何故3回も映画化等されたのか、バダフシャン音楽とホマーユン旋法との関連が、今後気になる点です。(同じ英題を10年前にも付けたかも知れません)
Ay Pari(妖精?)という曲が、中国のウイグル側のタジクの歌で聞いたようにも思った歌で、それはゼアミブログで10年余り前にこの辺りの特集をしていた頃にyoutubeで聞いたように思いました。この盤の解説には1950年代に初めてパミールの民族楽団によって演奏され、その後ポップチューンにもなった有名曲だそうです。旋律の印象はファラクとそれ程変わらない感じですが、こういう曲が一般大衆に支持され歌い踊られている状況が凄いと思いました。
Tajik Han Chinese Song - Gulbita Why are the Flowers So Red
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