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2019年6月

2019年6月27日 (木)

ホレズムの歌と踊り Beltoon wa Khomari House Party

今日はDeben Bhattacharyaをちょっと離れて、関連動画で気になった2本を上げておきます。1本目はウズベキスタン中西部のヒヴァ辺りのホレズムの歌と踊りで、歌と踊り共に素晴らしいです。美しい胡旋舞に、男性も最高のエンターテナー振り。Хорезмские песни и танции 2003 Израиль(ホレズムの歌と踊り2003イスラエル)とあるように、イスラエルでの演奏のようです。キパ(ユダヤ教の祈祷帽)を被った男性が見えます。と言うことは、演奏者もブハラ系ユダヤ人でしょうか?

2本目は解説にAfghan Music House partyとあります。アフガニスタンのどの辺りか不明ですが、伝統楽器の数々が後ろに見えます。コメントにありますが、もしかしたら危ない集まりなのかも知れません。この美女の涙は何故? 吸っているのは煙草なのかどうか、歌詞の内容も気になります。

Хорезмские песни и танции 2003 Израиль ,Фото Эли

Beltoon wa Khomari House Party Part 1

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2019年6月26日 (水)

Nomadic Tribal Song of Separation ギチャクとゼルバガリ

インドのバラモン階級出身の民族音楽学者バッタチャリア(Deben Bhattacharya)のアフガニスタン録音では、国民楽器の印象が強いアフガン・ラバーブよりも、Muhammad Naim Mazari(1914年生まれ。バーバー・ナイムと同一人物?)の擦弦楽器ギチャクとMalang Nejrawiのゼルバガリのコンビがとても多いというのは、意外な点かなと思います。Malang Nejrawiも、ドゥタールとの映像が比較的youtube上で前から(2008年頃ですが)知られていたように思います。
今日のNomadic Tribal Song of Separationという曲は、バッタチャリア音源を集めたイギリスのARC盤収録の曲ですが、23日放送のラストにかけたアーゴ盤のパシュトー語の「遊牧民の歌」からの抜粋と思われます。ですので、ARC盤を取り上げる30日放送分からは外しました。歌詞は以下の通り

「娘は結婚して、この種族から去る時に、母に“さよなら”を言いました。それから、彼女は母親から贈ってもらいたいと思っていた贈り物について語ります。そして遠くに去って行きます。」

ぱっと聞きは浪曲風にも聞こえるMuhammad Naim Mazariのギチャク弾き語りですが、確かにSong of Separationらしい、沁み入る歌唱です。

Nomadic Tribal Song of Separation


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2019年6月24日 (月)

バッタチャリア録音のアフガニスタン argo

ゼアミdeワールド166回目の放送、日曜夜にありました。26日20時半に再放送があります。よろしければ是非お聞き下さい。

アフガニスタンの音楽の6回目になります。今回はイギリスのargoから出ていたアーゴ民族音楽シリーズの11枚目「アフガニスタンの音楽」からご紹介します。手元にあるのは、98年リリースの同内容の日本ポリグラム盤です。インドの世界的な民族音楽学者のデベン・バッタチャリアが、1955年と70年にカブールで録音してきた音源です。大変お世話になった明治大学教授の故・江波戸昭先生監修のシリーズで、インド周辺だけでなく世界中の伝統音楽が網羅されています。これまでかけた中では一番古い音源で、伝統音楽がしっかり根付いていた頃の、より生々しい演奏が記録されています。一部重なるバッタチャリアの音源は、イギリスのARCからも出ておりまして、次回補足でかけると思います。

まずは、一曲目のギチャク弾き語りとゼルバガリの伴奏で、アフガン・ペルシア語とも言われるダリー語の恋歌「Goftamash Ai Nazaneen」をどうぞ。録音は1970年で、ギチャクは1914年生まれの名手Muhammad Naim Mazari、ゼルバガリは色々な盤でもうお馴染みのマラン・ネジラビです。彼は1942年生まれのようです。

<1 Goftamash Ai Nazaneen 6分16秒>

2曲目のBattle Tune(戦闘の音楽)は1955年の録音で、アフガニスタン北部のトルクメンやウズベクと同一系統の民族が伝えた非常に古い歌の旋律による曲とのことです。けたたましいダブルリード管楽器のスルナイと、両面太鼓ドールによる勇壮な音楽です。

<2 Battle Tune 2分13秒>


5曲目は1970年録音のルバーブの独奏です。やっぱりこの楽器の音色が、一番アフガニスタンらしいように思います。演奏はルバーブがウスタッド・ムハンマド、ドール伴奏がグル・アラームです。

<5 Rubaba 2分8秒>

6曲目はパシュトゥー語の恋歌で、これも1970年の録音で、ギチャクとゼルバガリの演奏者は1曲目と同じMuhammad Naim Mazariとマラン・ネジラビです。バッタチャリアの解説によると、パシュトー語はインドのサンスクリット(梵語)起源になっています。現在も支持される説かどうかは分かりませんが、例のパシュトゥーンのルーツに当たるサカ族と釈迦族が元は同じ民族という、ビックリ仰天の説を思い出します。この曲はアフガニスタン南部のカンダハールに住んでいたパシュトゥー人が伝えた民謡が元ではないかと言われているそうですが、そのカンダハールという地名も古代のガンダーラに由来する説があるようです。

<6 Pashto Love Song 5分36秒>


7曲目は1955年録音のダリー語の恋歌で、アブドゥル・カーデルによる切々とした男性の独唱です。

 
<7 Dari Love Song 2分50秒>


では最後に4曲目のパシュトー語の「遊牧民の歌」を聞きながら、今回はお別れです。ギチャクとゼルバガリの演奏者は、これまでの数曲と同じMuhammad Naim Mazariとマラン・ネジラビです。

「娘は結婚して、この種族から去る時に、母に“さよなら”を言いました。それから、彼女は母親から贈ってもらいたいと思っていた贈り物について語ります。そして遠くに去って行きます。」と連綿と歌われています。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<4 Tribal Song 8分33秒>

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2019年6月21日 (金)

Afghanistan Untouchedのカザフとトルクメン

今週は終活カフェの準備と本番があったので、ブログアップは2回になりました。今日はAfghanistan Untouched後半のカザフとトルクメンです。ディリ・トュイドゥクというのだけは、現物を見たことがないので、見てみたいものです。尺八やカヴァルを引き合いに出しましたが、ダブルトーンのカルグイ・トュイドゥクに一番似ているのは、バシコルトスタンのクライのように思います。弦楽器演奏はどちらも現在の本国のものよりは比較的地味で、これが古形ということかも知れません。

ソ連時代の1932年にカザフスタンの首都アルマトゥイから脱出したカザフ族も、やはりアフガニスタン北部に住んでいて、この盤にはドンブラの独奏と弾き語りが入っています。カザフスタンでは変化があっても、亡命者の演奏には30年代のまま変わってない面があるかも知れません。ロシアのバラライカのように左手の親指を上から巧みに使う独特なフィンガリングが見られるドンブラ独奏と、弾き語りの両方が入っています。

<11 Khandikhan / Kazakh Music: Dombra Pieces 1分20秒>



<12 Haji Birdali / Kokshetau 1分53秒>


やはりソ連を脱出してトルクメニスタンに近い北部に住んでいるトルクメン族の4曲は、ダブルリードと思われる管楽器のディリ・トュイドゥクと、尺八や東欧のカヴァルなどに近い音色のカルグイ・トュイドゥクの独奏で始まり、代表的な弦楽器のドゥタール弾き語りの吟遊詩人バフシーの音楽に移っていきます。独特な喉をひくつかせる歌唱の出てくるドゥタール弾き語りを聞かせるのは、バフシーの名をそのまま名乗る名人アフマド・バフシーです。

<13 Nur Mohamed / Turkmen Music: Two Dili-Tuiduk Pieces 2分26秒>



<14 Hamra Bakhshi / Waghelbeg (Karghy-Tuiduk Piece) 1分11秒>



<15 Akhmad Bakhshi / Ughulbeg (Song With Dutar) 5分8秒>

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2019年6月17日 (月)

Afghanistan Untouched~ハザラ、パシュトゥーン、カザフ、トルクメン

ゼアミdeワールド165回目の放送、日曜夜にありました。19日20時半に再放送があります。よろしければ是非お聞き下さい。曲が多いので、カザフとトルクメンのyoutubeは明後日以降に回します。

アフガニスタンの音楽の5回目になります。前々回に続いて今回もアメリカのTraditional Crossroadsから出ていた「往年のアフガニスタン(Afghanistan Untouched)」の2枚組からご紹介します。Untouched(無傷の)という副題通り、平和な頃の貴重な記録で、1968年にマーク・スロービンによってフィールド・レコーディングされた録音の集成です。前々回は1枚目のタジク族とウズベク族の音楽でしたので、今回は2枚目のハザラ族、パシュトゥーン族、カザフ族、トゥルクメン族の音楽をご紹介します。

モンゴル帝国時代の末裔と言われるモンゴル系のハザラ人の音源は、一曲だけ入っています。ハザラ人はアフガニスタンの中央部から首都のカブールなどかなりの広域に住んでいますが、2003年推計のパーセントで見ると、パシュトゥーン人が45%、タジク人が32%、ハザーラ人が12%、ウズベク人が9%ですから、少ない方の民族ということにはなります。それ以外のトルクメン人、アイマーク人、ヌーリスターン人、バローチ人、パシャイー人は、もっと少ない少数民族になります。

ハザラの曲を笛で演奏しているのは、ディルダルという人です。モンゴル系ですが、5音音階ではないのが分かります。

<1 Didar / Hazara Music: Flute Tunes 1分44秒>

Hazara Music: Flute Tunes


この後はパシュトゥーンの音楽が5曲、ヘーラートの音楽が4曲、カザフの曲が2曲、トルクメンの曲が4曲と続いて、最後はゼアミブログでも妙技を取り上げたMalang Nejrawiの片面太鼓ゼルバガリの独奏で締めています。プラヤ盤の冒頭もこの人の演奏でした。この曲はフェイドアウトしたくないので、先におかけしておきます。様々なリズムパターンをデモ演奏しています。解説にありませんが、彼はパシュトゥーン族でしょうか?

<17 Malang Nejrawi / Samples Of Drum Rhythms On Zirbaghali 5分14秒>

Samples Of Drum Rhythms On Zirbaghali


アフガニスタンの最大民族のパシュトゥーン族の使うパシュトー語は、古代にパルティアから圧迫されてイラン高原からガンダーラ地方へ移住したイラン系のサカ族の言語を起源としていて、『漢書』で塞(そく)と呼ばれる種族(サカ)と釈迦族がもとは同じ民族であった、という大変に興味深い説があります。パシュトゥーン人というのは狭義のアフガン人で、元々アフガニスタンは、ペルシア語とダリー語で「アフガン人(パシュトゥーン人)の国」という意味です。ガンダーラは、現在のアフガニスタン東部からパキスタン北西部にかけて存在した古代王国です。

タンブール弾き語りとタブラ伴奏の4曲目は、内戦の頃によく耳にしたマザリ・シャリフでの録音です。アフガニスタンのタンブールは、共鳴弦のたくさん付いた長い棹の弦楽器で、シタールのルーツ楽器と言われています。

<4 Abdul Mazari / Bulbulak-I Sangshekan For Voice And Tanbur 4分16秒>

Bulbulak-I Sangshekan For Voice And Tanbur


ヘーラートの弦楽器は、有名なルバーブではなく、ドゥタールの演奏が2曲入っています。ドゥタールは2本の演奏弦だけでなく、共鳴弦のものと思しきペグがたくさん付いたヘーラート・ドゥタールです。

<7 Mohamed Qasem / Herati Music: Ghori (Dutar Piece) 3分46秒>

Herati Music: Ghori


ソ連時代の1932年にカザフスタンの首都アルマトゥイから脱出したカザフ族も、やはりアフガニスタン北部に住んでいて、この盤にはドンブラの独奏と弾き語りが入っています。カザフスタンでは変化があっても、亡命者の演奏には30年代のまま変わってない面があるかも知れません。ロシアのバラライカのように左手の親指を上から巧みに使う独特なフィンガリングが見られるドンブラ独奏と、弾き語りの両方を続けておかけします。

<11 Khandikhan / Kazakh Music: Dombra Pieces 1分20秒>

<12 Haji Birdali / Kokshetau 1分53秒>

やはりソ連を脱出してトルクメニスタンに近い北部に住んでいるトルクメン族の4曲は、ダブルリードと思われる管楽器のディリ・トュイドゥクと、尺八や東欧のカヴァルなどに近い音色のカルグイ・トュイドゥクの独奏で始まり、代表的な弦楽器のドゥタール弾き語りの吟遊詩人バフシーの音楽に移っていきます。3曲続けておかけします。独特な喉をひくつかせる歌唱の出てくるドゥタール弾き語りを聞きながら、今回はお別れです。演奏は、バフシーの名をそのまま名乗る名人アフマド・バフシーです。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<13 Nur Mohamed / Turkmen Music: Two Dili-Tuiduk Pieces 2分26秒>

<14 Hamra Bakhshi / Waghelbeg (Karghy-Tuiduk Piece) 1分11秒>

<15 Akhmad Bakhshi / Ughulbeg (Song With Dutar) 5分8秒>

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2019年6月14日 (金)

ヨーデルと野ばら

164回目の放送でも言いましたが、ウィーン少年合唱団と聞いて真っ先に思い浮かべるのが、ウェルナーの「野ばら(Heideröslein)」です。ウィーン少年合唱団が物語の中心になっている1957年のドイツ映画『野ばら』を見たのは、40年くらい前だと思います。月曜にも上げましたが、ウェルナーのこの大変に美しい旋律を歌っているシーンの映像がありました。更には山でヨーデルを歌うシーンも。オーストリアやスイスの民族音楽で一番有名なのは、シュランメルよりも、やっぱりヨーデルでしょう。ここで歌われている『ヨハン大公のヨーデル Erzherzog Johann Jodler』は、神聖ローマ皇帝フランツ2世の弟ヨハン大公を讃えるオーストリア民謡。スイスのヨーデルにはこの有名曲ではないユネスコの現地録音もあって、カウベルの音と一緒に街を練り歩くヨーデルの声を聴くと、アルプスの風景が目に浮かびます。

Michael Ande & Wiener Sängerknaben - Erzherzog-Johann-Jodler 1957

Michael Ande & Wiener Sängerknaben - Heideröslein 1957

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2019年6月13日 (木)

シュランメル音楽

シュランメルとはどんな音楽かということで、2本上げておきます。前回オーストリアの辺りを当ブログで回ったのは、10年近く前になると思います。その時も上げたようにも思いますが、一本目はElisabeth Jess-Kropfitschの弾くストラディヴァリウスの美音と高い技巧もあって、一番惹き付けられる演奏です。ヴァイオリン2本だけでなく、チェロも柔らかい美音で聞かせます。ハンガリーのチャールダッシュや、南ドイツのバイエルンの音楽などは、近いのでかなり似ている部分があるように思います。

19世紀後半に2人のヴァイオリニスト、ヨハン・シュランメル(Johann Schrammel, 1850-1893)とヨーゼフ・シュランメル(Josef Schrammel, 1852-1895)兄弟が、民謡、行進曲、ワルツやポルカなどの舞曲をウィーンのホイリゲ(Heurige=ワイン居酒屋)で弾いて大人気を博し、「シュランメルの虜」になった中には大作曲家ブラームスやヨハン・シュトラウス2世もいたそうです。もっと後の現代音楽の祖、新ウィーン楽派のシェーンベルクも愛好したとか。そういえば、無調時代の彼の代表作「月に憑かれたピエロ」にも思い当たる部分があるように思います。

2本目は現在のホイリゲでのシュランメルの雰囲気がよく分かります。ちょっと飛びますが、キューピー3分クッキングの曲(レオン・イェッセルの『おもちゃの兵隊の観兵式』)もシュランメルに近い印象です(笑)

Elisabeth Jess-Kropfitsch crosses over to the famose "Schrammel Quartett"

Schrammel in Wien

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2019年6月12日 (水)

ウィーン我が夢の街

ウィーン少年合唱団の歌唱で、「ウィーン我が夢の街」もありました。私の所属している弦楽合奏団で何回も弾いているお馴染みの曲です。1989年頃、六本木の某店のクラシック担当の頃に、当時売り出し中のメラニー・ホリデーの盤で最初に聞いたので、その印象が強い曲です。

ウィーンの作曲家、ルドルフ・ジーツィンスキー ( 1879 - 1952 )が、生涯愛してやまなかったウィーンへの思いをノスタルジックな賛美を込めて歌い上げたのがこの歌曲。今でもウィーンを訪れる多くの観光客やウィーン市民に愛されている曲でもあります。同時に、オーストリアの民俗音楽シュランメルの響きと、後期ロマン派以降の世紀末的なトロットロの甘美さを感じます。

ジャズのスタンダードとして知られる「朝日のごとくさわやかに」(Softly, as in a Morning Sunrise)や、「恋人よ我に帰れ」(Lover, Come Back to Me)で有名な、シグマンド・ロンバーグの「学生王子のセレナーデ」の弦楽合奏版を先に弾いて、そんなことを思ったので、「ウィーン我が夢の街」も久しぶりに弾いたのでした。ロンバーグはウィーンからアメリカに渡り、オペレッタからミュージカルの礎を築いたユダヤ系作曲家の一人です。

Wiener Sängerknaben - Wien, Wien nur Du allein

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2019年6月10日 (月)

Wiener Sängerknaben 2019

ゼアミdeワールド164回目の放送、日曜夜にありました。12日20時半に再放送があります。よろしければ是非お聞き下さい。「ウィーンの森の物語」のみ、今回の来日メンバーの演奏です。

6月3日にウィーン少年合唱団の今治公演を聞きに行ってきました。正に「天使の歌声」の通りで、美しく透明感あふれる歌唱に魅了されました。少年合唱は声変わりするまでですから、もし何年か後に再度今治を訪れることがあっても、同じメンバーではないと思います。ギムナジウムに通う10歳~14歳の間の、僅か4年間だけの「束の間の幻影」のような儚い美しさに、心を持って行かれました。団員には日本人かと思われる子がいたり、名前や顔立ちからユダヤ系とかラテン系かと思う子がいたり、国際色が豊かになってきているようです。



という訳で、アフガニスタンの音楽巡りの途中ですが、一回だけウィーンに先回りしておきたいと思います。予定では、アフガニスタン、フンザ、ウイグル、トルコ、クルドと来て、その後はヨーロッパに渡ってギリシアから旧ユーゴ諸国、アルバニア、ブルガリア、ルーマニア、ハンガリー、ポーランドやチェコなど西スラヴの後にオーストリアを予定しておりますので、早くて1,2年後にはなると思います。レントラーやワルツ、ポルカなど舞曲に焦点を当てて現地音源を聞きながら、かけるのはクラシックが主になると思います。



1498年に神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世が、宮廷礼拝堂少年聖歌隊として創設したのがウィーン少年合唱団の起源で、「モーツァルト」「シューベルト」「ハイドン」「ブルックナー」という、合唱団やウィーンと所縁のある作曲家の名前が付けられた4つのグループに分けられていますが、今回やってきたのはブルックナー組でした。シューベルトは元宮廷少年聖歌隊員で、ハイドンは元シュテファン寺院少年聖歌隊員で、たびたび宮廷少年聖歌隊と共演したそうです。長大な交響曲で知られるブルックナーは元歌唱指導者でした。



今治公演で聞けなかった曲を、1988~89年の録音のCD「ウィーンの森の物語 ウィーン少年合唱団ベスト」からおかけします。ここで歌っている少年たちも、今は40過ぎのおじさんになっています。



モーツァルトの「春へのあこがれ」(ドイツ語原題 Komm, lieber Mai)は、15分枠の最初頃に5月の名曲としてかけたことがありました。クリスマスの時期には、この盤の「きよしこの夜」もかけました。「春へのあこがれ」は、「嬉しや五月~」と歌いだされる日本語歌詞でも広く知られ、中学の音楽の時間に歌った記憶がある方も多いと思います。元は民謡旋律のようですが、モーツァルト自身が最晩年の最後のピアノ協奏曲27番の終楽章に転用しています。



<7 春への憧れ 1分32秒>

Komm Lie Ber Mai





公演ではヨハン・シュトラウス2世の曲は、ワルツは「美しく青きドナウ」とポルカの「雷鳴と稲妻」を聞けました。皇帝円舞曲も是非!と思っていましたが、この曲は出て来ませんでした。ウィーン少年合唱団と言えば、まず思い出す名曲の一つです。



<18 皇帝円舞曲 6分15秒>

Kaiserwlzer - Johann Strauss II (1825 -1899) -Wiener Sängerknaben - 2018 Rein





次は、ウィーン少年合唱団が物語の中心になっている1957年のドイツ映画『野ばら』から広く知られるようになった、ウェルナー作曲の「野ばら」です。同じくゲーテの詩につけたシューベルトの同名曲もよく知られていますが、特にウェルナーのこの大変に美しい旋律は、映画の効果もあってウィーン少年合唱団のイメージと分かちがたく結びついています。



<9 野ばら 2分19秒>

Michael Ande & Wiener Sängerknaben - Heideröslein 1957





このベスト盤にはシューベルトの曲では、これまた有名な歌曲「ます」が入っています。ピアノ五重奏曲「ます」の第4楽章変奏曲の主題旋律で、「清流で元気に泳いでいるますを釣り人が水を濁らせ釣ってしまったので、私の心は傷んだ」と歌われます。今治西高の秋川先生の音楽の授業で歌った覚えがあります。



<15 ます 2分11秒>

Schubert: The Trout (Wiener Sängerknaben)





ジプシーの自由奔放な生活を共感を込めて歌う、シューマンの「流浪の民」も、よく知られた名曲です。



<8 流浪の民 3分2秒>

Zigeunerleben (Wiener Sängerknaben)





では最後に「美しく青きドナウ」「皇帝円舞曲」と並ぶ、ワルツ王、ヨハン・シュトラウス2世のワルツの代表作「ウィーンの森の物語」を聞きながら今回はお別れです。

時間が余りましたら、ウィンナ・ワルツの代表作「美しく青きドナウ」も時間までおかけします。



ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週



<4 ウィーンの森の物語 4分26秒>

J. Strauss II: Geschichten aus dem Wienerwald, Op. 325 - Arr. Helmuth Froschauer





<1 美しく青きドナウ 5分26秒>

Wiener Sängerknaben - An der schönen blauen Donau





Wiener Sängerknaben: Blue Danube

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2019年6月 9日 (日)

Why are the Flowers So Red

遂に見つかりましたので、日曜ですがアップしておきます。「塔吉克族 Tajik Girl Singing in China」で検索したら出てきました。今日の一本目の後半3分の1のタジク民謡の歌唱は、例の歌詞「Ay Pari(エ・パリーと発音)」で始まりますから、間違いないです。映像の前半にあるように、中国で少なくとも3回、映画と舞台になっているようです。以下Badakhshan Ensemble / Ay Pari(2本目に再度アップ)の解説で書いた部分です。バダフシャンらしいというか、ペルシア音楽のホマーユン旋法に似た印象です。それで惹かれるのかも知れません(笑)中国語は分からないので推測ですが、中国の軍人とタジク人女性の悲恋話でしょうか。何故3回も映画化等されたのか、バダフシャン音楽とホマーユン旋法との関連が、今後気になる点です。(同じ英題を10年前にも付けたかも知れません)

Ay Pari(妖精?)という曲が、中国のウイグル側のタジクの歌で聞いたようにも思った歌で、それはゼアミブログで10年余り前にこの辺りの特集をしていた頃にyoutubeで聞いたように思いました。この盤の解説には1950年代に初めてパミールの民族楽団によって演奏され、その後ポップチューンにもなった有名曲だそうです。旋律の印象はファラクとそれ程変わらない感じですが、こういう曲が一般大衆に支持され歌い踊られている状況が凄いと思いました。

Tajik Han Chinese Song - Gulbita Why are the Flowers So Red

Ay Pari (Oh, Fairy)

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2019年6月 7日 (金)

塔吉克族 Tajik Girl Singing in China

いくら探しても10年前に聞いたように思うバダフシャンらしいAy Pariらしき曲は出てこないので、中国のウイグル西部側のタジク族の歌を何本か上げておきます。このように、民族衣装を着た女性のポップスが結構盛んなようです。タジクらしさは残っているように思います。

一方バーバー・ケランは、タシュクルガンから来た吟遊詩人なのか、あるいはイスマイル派のスーフィー音楽家なのか、分からないままですが、ドイツのNetwork Medienで90年代から出ている「アフガニスタンの伝統音楽」のジャケットを飾っていたことに気が付きました。その動画がありましたので、貼っておきます。リズムとノリは女性のポップスとほぼ同じのようです。

塔吉克族 Tajik Girl Singing in China

塔吉克族女孩说唱 Tajik Girl Singing in China

Baba Gheran - Sabza Ba Naz Meaye

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2019年6月 5日 (水)

Baba Qeranとタシュクルガン

中国西部のウイグル側でタジク人の多いタシュクルガンから来たバーバー・ケランという人が気になっていました。タシュクルガンと言えば、タジキスタンの時に出てきたBadakhshan Ensembleなどが演奏していたAy Pariという曲を、10年余り前にブログでタジクを回っていた際に聞いたのが、確かタシュクルガンのタジク人(あるいはワヒー人)の動画だったように思うからです。その動画はまだ見つかっておりませんので、今日はバーバー・ケランの演奏を2本上げておきます。2本目は先日のTraditional Crossroadsの「往年のアフガニスタン(Afghanistan Untouched)」の1枚目の9曲目です。

Bangecha song

Dambura Medley

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2019年6月 3日 (月)

Afghanistan Untouched~タジク、ウズベク

ゼアミdeワールド163回目の放送、日曜夜にありました。5日20時半に再放送があります。よろしければ是非お聞き下さい。



アフガニスタンの音楽の4回目になります。今回はアメリカのTraditional Crossroadsから出ていた「往年のアフガニスタン(Afghanistan Untouched)」の2枚組からご紹介します。Untouched(無傷の)という副題通り、平和で農作物が沢山取れ、人々の間に音楽が生き生きと存在していた頃の貴重な記録で、1968年にマーク・スロービンによってフィールド・レコーディングされた録音の集成です。沢山の部族ごとの伝統音楽をたっぷり2枚に収めていますが、1枚目がタジク族とウズベク族の音楽、2枚目はハザラ族、パシュトゥーン族、カザフ族、トゥルクメン族の音楽が入っています。この盤が出た2003年はアフガニスタン紛争が始まって2年目でしたから、「このCDの売り上げの内、1$がレーベルから国際赤十字社に寄付されます」、とコメントが付いていました。素晴らしい音源が多いので、解説は最小限にして沢山かけたいと思います。



今回はまず1枚目のタジク族の音楽から行きます。アフガニスタン北部のタジク族と言うと、私はまず写真家の長倉洋海氏のドキュメンタリー番組で見たアフガニスタンの政治家マスードを思い出します。ソ連と戦い、その後の内戦で戦い、9・11の二日前に暗殺され、死後「アフガニスタン国家英雄」の称号を追贈されたマスードは、「アフガニスタンのチェ・ゲバラ」と形容されることもある「「賢者の風格」のある人でした。タジキスタン側の音源でもある意味そうですが、アフガンのタジク音楽を聞くと、当時の緊迫感溢れる状況を思い出します。



1曲目はドンブラとギチャクの二重奏で、Kataghan地方では最もポピュラーな曲とのことです。ペルシア四大詩人の一人、ルーミーの出身地でオマル・ハイヤームとも所縁のあるバルフでの録音です。ドンブラ奏者のBaba Qeranは、中国西部のウイグル側でタジク人の多いタシュクルガンから来たそうです。



<1 Kataghani Tune 2分55秒>





2曲目はドンブラ弾き語りのバダフシャンのファラクで、タジキスタン側と同じく「運命のメタファー(比喩)」というイメージを感じさせる曲調です。



<2 Felak Song From Darwaz Region Of Badakhshan 4分32秒>





3曲目はギチャクとゼルバガリによるファラクで、バーバー・ナイムは当時最も録音の多かったギチャク奏者だそうです。



<3 Felak For Solo Ghichak 3分6秒>





4曲目はバダフシャンの縦笛によるファラクで、演奏者はSafar Mahdiです。こういう独奏でかつフリーリズムのファラクが、最もファラクらしいように思います。お能の能管に似て聞こえる部分もあります。



<4 Felak For Flute 2分45秒>





6曲目はドンブラによるファラクで、この楽器の微細な右手のストロークには、鮮烈な印象を覚えます。



<6 Felak On Dambura 3分10秒>





7曲目は石のカスタネットQairaqを打ち鳴らしながら歌っています。伴奏に鐘のようなものとゼルバガリと思われる太鼓が入っています。



<7 Songs With Qairaq 2分45秒>





10曲目辺りからウズベク族の音楽に変わっていきますが、12曲目は枠太鼓ドイラを打ち鳴らしながら二人の女性歌手によって歌われる結婚の歌です。長いので抜粋でおかけします。



<12 Women's Wedding Song 5分44秒 抜粋>





13曲目からはウズベク族のドンブラや低音豊かなドゥタールの独奏や弾き語りが続きますが、ドゥタールの低音が心地良い17曲目をおかけします。

ドタール奏者Zia Khojaは、ソ連から1930年代初頭に移民してきた頃に13歳だったという名手で、トランスオクシアナのドタール演奏のスタイルを堅持していた人のようです。



ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週



<17 Sowt-I Miskin (Classical Uzbek Dutar Piece) 3分32秒>

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