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2020年3月23日 (月)

「ハーレムの歌」Ensemble des Femmes d'Istanbul

ゼアミdeワールド205回目の放送、日曜夜にありました。25日20時半に再放送があります。よろしければ是非お聞き下さい。「ハーレムの歌」からEnsemble des Femmes d'Istanbulの演奏で1曲目と、放送でかけられなかった2曲目が見つかりました。

トルコの22回目になります。今回はトルコの古典音楽の範疇になりますが、90年代にフランスのAl Surから「ハーレムの歌」という音源が出ていましたので、こちらをご紹介したいと思います。演奏しているのは、イスタンブール女性アンサンブルというオスマン音楽の器楽と声楽のグループです。カーヌーン2台、ウード、タンブール、ケメンチェ各1本に、女性歌手4人という編成です。

ハーレムと言うと官能的なイメージがありますが、元々はイスラム社会における女性の居室のことで、その場所にいる女性の夫・子や親族以外の男性は、立ち入りが禁じられた場所を指します。ほぼ同じ意味の「後宮」は世界中に存在し、皇帝や王などの后妃が住まう場所を指し、日本なら江戸城の大奥や平安京内裏の七殿五舎が該当します。

ハーレムはトルコ語に近い音で発音すればハレムとなります。トルコ語のハレムは、アラビア語のハリーム、ないしはアラビア語では聖地を指す語であるハラームがなまった言葉です。ハリーム、ハラームとも原義は「禁じられた(場所)」という意味があります。オスマン帝国のハレムについてのウィキペディアの記事を引用してみます。興味深い情報が色々書かれています。

「オスマン帝国の君主は4代バヤズィト1世以来、キリスト教徒出身の女奴隷を母として生まれたものが多く、そもそも君主権が絶頂化して有力者との婚姻が不要となった15世紀以降には、ほとんど正規の結婚を行う君主はいなかった。オスマン帝国のハレムには美人として有名なコーカサス出身の女性を中心とする多くの女奴隷が集められ、その数は最盛期には1,000人を越えたとされる。
戦争捕虜や、貧困家庭からの売却によって奴隷身分となった女性たちはイスタンブールで購入されると、イスタンブールの各所に置かれた君主の宮廷のひとつに配属され、黒人の宦官によって生活を監督されながら、歌舞音曲のみならず、礼儀作法や料理、裁縫、さらにアラビア文字の読み書きから詩などの文学に至るまで様々な教養を身につけさせられた後、侍女として皇帝の住まうトプカプ宮殿のハレムに移された。ムラト3世の治世では本だけ絶対に持ち込むことができなかった。
ジャーリヤ(女奴隷)と呼ばれる彼女らの中から皇帝の「お手つき」になったものはイクバル(İkbal、幸運な者)、ギョズデ(Gözde、お目をかけられた者)と称され、私室を与えられて側室の格となる。やがて寵愛を高めたものはハセキ(Haseki、寵姫)、カドゥン(Kadın、夫人)などの尊称を与えられ、もっとも高い地位にある者はバシュ・カドゥン(Baş Kadın、主席夫人)の称号をもった。さらに後継者となりうる男子を産めばハセキ・スルタンと呼ばれるが、皇帝は原則として彼女らと法的な婚姻を結ぶことはなく、建前上は君主の奴隷身分のままであった。スレイマン1世の夫人ヒュッレム・スルタン(ロクセラーナ)は元キリスト教徒の奴隷から皇帝の正式な妻にまで取り立てられた稀有な例である。」

この盤は作者不詳の曲がほとんどで、たおやかで優美な音楽が続きます。全10曲入っていますが、ウードのタクシームに続いて有名なウスクダラが出てくる8曲目からまずおかけしたいと思います。トルコでの例を知ると、日本の後宮である大奥でどんな音楽が奏でられたのかも気になってきますが、おそらくトプカプ宮殿などのハレムで演奏されたのだろうと想像しながら、聞いてみて下さい。

<8 Ud Taksim [Ille de Mavili / Üsküdar'a Gider İken Aldı da Bir Yağmur] 6分43秒>

このグループは何と18世紀に結成されたという女性のみのアンサンブルで、ハレム内でオスマン古典音楽のファスルを演奏してきたようです。伝統保護のため、ほとんど門外不出と思われ、そのようにおそらく今も男子禁制の音楽が、中東や地中海世界の伝統音楽に強いアル・スールのおかげでなされた録音だったと思います。

こちらも現物が売り切れているので取り上げていませんが、米Traditional Crossroadsからは「スルタン、スーフィー、ハーレムの音楽」という4枚のシリーズがありまして、オスマン音楽には歴代スルタンの作曲家が多いのと、ハレムもオスマン音楽の重要な場所だったことが窺えます。ハレムや後宮は、欧文ではSeraglioという語が当てられることも多いです。余談ですが、モーツァルトのオペラ「後宮からの誘拐」もセラリオが舞台でした。

次の9曲目はケメンチェのタクシームに始まり、女性のたおやかな独唱が続きます。

<9 Kemençe Taksim [Dönülmez Akşamın Ufkunda] 6分25秒>

ラストを飾っている10曲目「私の愛に微笑むためにこの世界に来た」という曲では、4人の歌手が揃い、華やかに盛り上げています。

<10 Dünyaya Geldim Gülmek Için 4分29秒>

この後は、1曲目に戻ってかけてみますが、アルバム全体の雰囲気は最初の曲に表れているように思います。英訳を邦訳すれば「あなたの魅力は、まだ私の心の中にあります。私の師よ」と言う曲です。

<1 Çikmaz Derunu Dilden Efendim Muhabbetin 3分25秒>

Ensemble des Femmes d'Istanbul - Cikmaz Derunu Efendim Muhabbettin


2曲目の「来てこれらの薔薇の顔(かんばせ)を楽しみ、そのワインを味わって下さい」では、4人の歌唱で始まった後で、メリスマを効かせたとても美しい独唱が続きます。
この曲を聞きながら今回はお別れです。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<2 Gül Yüzlülerin Sevkine Gel Nus Edelim Mey 6分26秒>

Ensemble des Femmes d'Istanbul - Gül Yüzlülerin Sevkins Gel Nus Edelim Mey

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