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2021年7月

2021年7月30日 (金)

Vjerujem 信じているの

「サラエボのバラード」のラストを飾っている「信じているの」Vjerujemは、1987年のこの映像の盤では最初に入っていて、私は初めて聞いたヤドランカさんの歌でした。曲調はセヴダと言うより、70年代のフォークを思わせる美しい歌です。平和を願う歌で、ユーゴ内戦の頃からヤドランカさんがとても大切にしていた歌だそうですが、曲が書かれたのは内戦前の84年か85年だそうです。
訳詞にある「私は信じる 愛は決して死に絶えない 私たちの戦争も 誰かが 永遠の結婚に作り替えてくれるだろう」「私は信じる 涙は必ず通り過ぎる 永遠への長いみちのり そこで涙は黄金に変わるだろう」と言う歌詞が、何と予言的に響いたことでしょうか。日本語歌唱の「限りある命、いつか別れる」の辺りも忘れられない一節です。
やっぱり彼女の歌でシュトテネーマと双璧かな、と思ったところで、ヤドランカさんの歌巡りを終えます。来週はクロアチア沿岸部のダルマチアの音楽ですが、ここはまたヤドランカさんが祖母の元で幼少時代を過ごした場所でした。2本目は、今年行われたヤドランカ メモリアル in 東京の映像です。日本で繋がりのあった音楽家等が次々登場します。

Jadranka Stojakovic - Vjerujem 信じているの

2021 JADRANKA MEMORIAL IN TOKYO-ヤドランカ メモリアル in 東京-

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2021年7月29日 (木)

「サラエボのバラード」の2,4,5曲目

今日は放送ではかけられなかった「サラエボのバラード」の2曲目sve smo mogli miのライブ映像も入れて3曲アップしておきます。こうしてみると、短調のもの悲しいメロディばかり取り上げた気がしますが、セヴダはやはり短調でないと、とも思います。その一方で、この盤のラストを飾っている「信じているの」Vjerujemは長調の美しい旋律ですが、平和を願う歌で、ユーゴ内戦の頃からヤドランカさんがとても大切にしていた歌だそうです。私も忘れられない一曲です。明日はこの曲で締めようかと思います。(以下一部改編した放送原稿を再度)

同じく「サラエボのバラード」では、2,4,5曲目が甲乙つけがたく、全てかけたいところですが、時間の都合で4曲目のGDJe Si Dusoと、5曲目のNa Drumovima Sremaをおかけします。4曲目はグディシ・ドゥーショと表記されていますが、「愛する人よ、どこに」と言う訳なので、ロシア語ならグジェ・シ・ドゥーショです。ボスニア語ではグジェがグディになるようです。5曲目は日本語タイトルが「丘につづく道」となっています。先週かけた没後5周年記念盤には、「サラエボのバラード」から一番多くセレクトされていますが、オリジナルのオーマガトキ盤の解説では「大地と空の境界線を西からドナウ川が流れ、まるで空に注ぎ込むよう。そんな懐かしいシーンを歌った曲です。」と書かれていました。

Jadranka Stojakovic - Sve smo mogli mi - live

<4 サラエボのバラード ~GDJe Si Duso 3分51秒>

<5 サラエボのバラード ~Na Drumovima Srema 3分37秒>

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2021年7月28日 (水)

マケドニアと予感

ヤドランカさんの歌を見て行くのも後3回になりました。マケドニアと言う曲はサズの音色が印象的で、詫び寂び感のある歌詞も含め好きな曲です。映像は、画家でもあったヤドランカさんの作品です。予感については、ボスニア、日本、アイルランドの要素をミックスした作品と、本人のコメントがあります。(以下放送原稿を再度)

94年に新星堂オーマガトキから出た「サラエボのバラード」は、一番古い時期の盤ですから、セヴダ風な曲が多く、特に私が気になったのが、8曲目のマケドニアと言う曲です。古い民謡をリメイクし、サズを弾き語っています。以下の訳詞がありました。「恋知るは彼の人 心あるかなきかまで されど運命の時来たりて あわれ 彼の人は倒れて病の床 尋ねて私も旅立った はかなきは我らが命 二人ともにあらんと あわれ この地上の園に」

<8 サラエボのバラード ~Makedonia 3分54秒>

13曲目に入っている「予感」は、コナミのゲーム「幻想水滸伝」のCM曲で、これも叙情的で非常に美しい曲です。夢を壊しては追う人間の営みが切なく歌われ、やはり祖国ユーゴスラヴィアが念頭にあるようです。

<13 フヴァーラ ~予感 Yokan 3分32秒>
【懐メロ】予感 ヤドランカ JADRANKA

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2021年7月26日 (月)

「誰かがサズを弾いていた」

ゼアミdeワールド269回目の放送、日曜夜10時にありました。28日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。大揺れに揺れる五輪ですが、始まると見るのがオリンピック。ヤドランカさんの歌も冬季五輪から注目されるようになりました。NHK「みんなのうた」になっていたので、他の曲は知らなくても「誰かがサズを弾いていた」は聞いたことがあるという人が多いようです。他の曲はまた後日。なお店の夏休みは、7/22~25、8/7~9、13~15です。

今回からクロアチアの予定でしたが、遅ればせながらヤドランカさんの盤を数枚聞いていて、素晴らしい曲が多いので、ボスニア・ヘルツェゴビナの音楽の6回目としてセヴダっぽい曲を抜粋してまとめてご紹介したいと思います。

まずは、5年前に出た追悼盤から、「誰かがサズを弾いていた」をおかけします。2011年の4~5月にNHK『みんなのうた』としてオンエアされた曲で、母国ボスニアの民族楽器名サズをタイトルに冠しています。追悼盤の「フヴァーラ」と言うのは、セルビア・クロアチア語で「ありがとう」の意味です。ボスニア語も方言程度の違いですので、同じ言葉になります。彼女の日本滞在中の最後の曲になるのではと思います。幻想的な詩も素晴らしく、叙情歌セヴダのカラーを強く感じます。

<1 フヴァーラ ~誰かがサズを弾いていた 4分46秒>

13曲目に入っている「予感」は、コナミのゲーム「幻想水滸伝」のCM曲で、これも叙情的で非常に美しい曲です。夢を壊しては追う人間の営みが切なく歌われ、やはり祖国ユーゴスラヴィアが念頭にあるようです。

<13 フヴァーラ ~予感 Yokan 3分32秒>

94年にオーマガトキから出た「サラエボのバラード」は、一番古い時期の盤ですから、セヴダ風な曲が多く、特に私が気になったのが、8曲目のマケドニアと言う曲です。古い民謡をリメイクし、サズを弾き語っています。以下の訳詞がありました。「恋知るは彼の人 心あるかなきかまで されど運命の時来たりて あわれ 彼の人は倒れて病の床 尋ねて私も旅立った はかなきは我らが命 二人ともにあらんと あわれ この地上の園に」

<8 サラエボのバラード ~Makedonia 3分54秒>

同じく「サラエボのバラード」では、2,4,5曲目が甲乙つけがたく、全てかけたいところですが、時間の都合で4曲目のGDJe Si Dusoと、5曲目のNa Drumovima Sremaをおかけします。4曲目はグディシ・ドゥーショと表記されていますが、「愛する人よ、どこに」と言う訳なので、ロシア語から類推するとグジェ・シ・ドゥーショと読むのではと思います。5曲目は日本語タイトルが「丘につづく道」となっています。先週かけた没後5周年記念盤には、「サラエボのバラード」から一番多くセレクトされていますが、オリジナルのオーマガトキ盤の解説では「大地と空の境界線を西からドナウ川が流れ、まるで空に注ぎ込むよう。そんな懐かしいシーンを歌った曲です。」と書かれていました。

<4 サラエボのバラード ~GDJe Si Duso 3分51秒>
<5 サラエボのバラード ~Na Drumovima Srema 3分37秒>

最後に、96年にオーマガトキから出た「ベイビーユニバース」から、同郷のギタリスト、ミロスラフ・タディッチが素晴らしいギター伴奏を聞かせる「あなたはどこに」を聞きながら、ボスニアのシリーズを締めたいと思います。やはりヤドランカさんの歌で一曲となると、サラエヴォ・オリンピックで披露されたこのシュトテネーマ(あなたはどこに)と言うことになると思います。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<1 ベイビーユニバース ~あなたはどこに 4分42秒>

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2021年7月23日 (金)

サラエヴォ組曲 Un Drame Musical Instantane、バラネスクSQ等

サラエヴォ組曲については、94年当時のライブ映像がありました。残念ながら放送でかけたLouis Sclavisは出てこないようですが、Un Drame Musical InstantaneやバラネスクSQはたっぷり見られます。アン・ドラム・ミュジカル・アンスタンタネ(インスタント音楽ドラマ)と言えば、92年頃池袋のアール・ヴィヴァンにいた頃に、フランスやオランダのフリージャズ系のマニアのお客さんの間で熱かったのを思い出します。この動画のサムネイルはUDMIです。ヤドランカさんの宿命は動画が見当たりませんでした。(以下放送原稿を再度)

ボスニアの音源は他に、同じくセヴダの女性歌手アミーラの盤や、VDE-Galloの「サラエヴォのスーフィー音楽」などがありますが、いずれも現物が手元に残ってなくて、ストリーミングにも見当たらないので、代わりにボスニア紛争の最中の94年に仏l'empreinte digitaleから出たSarajevo Suite(サラエヴォ組曲)から、ルイス・スクラヴィス他の演奏で、Ceux qui veillent la nuit(夜を見ている人)を時間まで聞きながら今回はお別れです。Un Drame Musical InstantaneやWillem Breukerなど、ヨーロッパのフリー系ジャズミュージシャンや、当時話題を集めていたバラネスクSQなどが集まったユニークなコンピレーションでした。Louis Sclavisのクラリネット演奏は、廃墟と化したサラエヴォの悲しみを表現した曲として私には一番リアルに感じられました。

<14 Sarajevo Suite ~Ceux qui veillent la nuit 6分26秒>
Sarajevo Suite (live 1994)

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2021年7月22日 (木)

ヴァンダルハーツ BHRT 映像 シュトテネーマの2000年ライブ

「誰かがサズを弾いていた」と予感、「サラエボのバラード」から数曲が次回の放送で流れますが、今日は没後5周年盤からかけてなかったヴァンダル・ハーツのテーマ曲と、晩年のインタビューと思われる映像の合間に昔のステージ風景などが次々流れるBHRT - Radiotelevizija Bosne i Hercegovineの番組映像、そしてシュトテネーマの2000年のライブ映像を上げておきます。日本にいらっしゃった時に度々共演されていた馴染の音楽家、ギタリストの鬼怒無月さん、薩摩琵琶の坂田美子さんとのステージです。私はゲームは全くしないので知りませんでしたが、ゲーム音楽にはびっくりするほどいい曲がたまにあります。この曲もヤドランカさんの東欧ユーゴの感性とぴったりのような気がします。2本目は見どころ盛り沢山ですが、晩年の声が変わってしまっている映像は余りに痛々しいです。

ヴァンダルハーツ〜失われた古代文明〜 「悲しみを燃やして」 full

In memoriam: Jadranka Stojaković

Jadranka Stojaković - Što te nema live 2000

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2021年7月21日 (水)

エミーナとモスタルの橋

この動画に写っているのは、異民族の居住地区を結んだ有名なモスタルの橋。このエミーナと言う曲も、この場所が舞台のようです。町の象徴である、このスタリ・モスト(Stari Most,「古い橋」)はボスニア紛争中に破壊されてしまいますが、2004年に再建され、2005年にはユネスコ世界遺産に登録されています。この歌が入っているヤドランカさんの94年の「サラエボのバラード」では、エミーナは「きらめく時」と言うタイトルが付いていました。個人的にシュトテネーマと並んで肺腑を抉られた歌です。(以下放送原稿を再度)

7曲目のエミーナという曲も、原詩はアレクサ・シャンティッチが1902年に発表した有名な愛の詩で、モスタルの町の実在したイスラム教徒の娘エミーナに、セルビア人のアレクサが思いを寄せるも、民族の違いで結ばれることはなかったが、民族を越えた彼の愛は歌になり、語り継がれることになりました。セヴダらしい切ない愛の歌です。

<7 シュトテネーマ~あの歌が聞こえる~  エミーナ 3分51秒>
Jadranka Stojakovic - Emina

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2021年7月19日 (月)

シュトテネーマ あなたはどこに

ゼアミdeワールド268回目の放送、日曜夜10時にありました。21日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。今日はシュトテネーマのみです。動画は没後5周年記念盤(原盤は2007年のドイツ盤)と同じ音源です。喜多直毅さんのヴァイオリン伴奏も最高。

ボスニア・ヘルツェゴビナの音楽の5回目です。ボスニアのラストは、前回の終わりにかけたヤドランカさんの歌を中心に聞いて行きたいと思います。(プロフィールについては前回の繰り返しになりますが)2011年まで日本を拠点にしていたサラエヴォ出身のヤドランカ・ストヤコヴィッチ(Jadranka Stojaković 1950-2016)は、1984年のサラエボ・オリンピックのメインテーマ曲を作詞、作曲、自らそのテーマ曲を歌い、一躍ユーゴスラビアの国民的歌手になった女性歌手で、祖国ボスニアの内戦が酷くなり、1988年以降は2011年まで日本を活動の拠点にしていました。2011年4月には、NHK『みんなのうた』において母国ボスニアの民族楽器名をタイトルに冠した「誰かがサズを弾いていた」がオンエアされました。2011年3月にクロアチアでの仕事のため帰国していた際、筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断され、そのまま日本には戻られることなく、2016年に故郷ボスニアで65歳の若さで亡くなっています。
2021年5月3日にボスニア大使館にて行われる追悼イベントに合わせて発売された没後5周年記念の「シュトテネーマ~あの歌が聞こえる~」を手に入れまして、その解説を参照しています。前回89年の「信じているの」と言う盤から「あなたはどこに」と言う曲を、とても印象的なユーゴ風な歌と言うことでかけましたが、この歌が正にサラエヴォ・オリンピックのテーマ曲でした。原題はシュトテネーマです。ボスニア・ヘルツェゴヴィナの有名な文学者アレクサ・シャンティッチの詩にヤドランカが曲を付け歌っています。帯に書いてある「天空の声 大地の祈り 人々の心に寄り添う流浪の歌姫ヤドランカ」と言うコメントに強く共感します。冒頭の美しいヴァイオリン・ソロは喜多直毅です。

<2 シュトテネーマ~あの歌が聞こえる~  あなたはどこに 5分30秒>
ヤドランカ / ŠTO TE NEMA あなたはどこに

7曲目のエミーナという曲も、原詩はアレクサ・シャンティッチが1902年に発表した有名な愛の詩で、モスタルの町の実在したイスラム教徒の娘エミーナに、セルビア人のアレクサが思いを寄せるも、民族の違いで結ばれることはなかったが、民族を越えた彼の愛は歌になり、語り継がれることになりました。セヴダらしい切ない愛の歌です。

<7 シュトテネーマ~あの歌が聞こえる~  エミーナ 3分51秒>

11曲目にはュトテネーマ~あの歌が聴こえる~のボーナス・トラック|デモ音源が入っていて、これがまた歌唱が非常に素晴らしいので、おかけしておきます。ヤドランカさん自身がメロディに合う日本語の歌にして欲しいと依頼し2007年に制作された音源です。彼女自身がリリースされることを強く望んでいた音源だそうです。

<11 シュトテネーマ~あの歌が聴こえる~(ボーナス・トラック|デモ音源) 4分27秒>

ヤドランカさんの歌のラストに、この盤の最初の「宿命」と言う曲をおかけします。NHKスペシャル「ローマ帝国」の挿入歌です。人が作った国家は、人によって滅びてゆく、その哀しい宿命と人間の不条理を見つめる「祈り」の曲であると、作曲者の渡辺俊幸氏のコメントがありました。

<1 シュトテネーマ~あの歌が聴こえる~  宿命 4分51秒>

ボスニアの音源は他に、同じくセヴダの女性歌手アミーラの盤や、VDE-Galloの「サラエヴォのスーフィー音楽」などがありますが、いずれも現物が手元に残ってなくて、ストリーミングにも見当たらないので、代わりにボスニア紛争の最中の94年に仏l'empreinte digitaleから出たSarajevo Suite(サラエヴォ組曲)から、ルイス・スクラヴィス他の演奏で、Ceux qui veillent la nuit(夜を見ている人)を時間まで聞きながら今回はお別れです。Un Drame Musical InstantaneやWillem Breukerなど、ヨーロッパのフリー系ジャズミュージシャンや、当時話題を集めていたバラネスクSQなどが集まったユニークなコンピレーションでした。Louis Sclavisのクラリネット演奏は、廃墟と化したサラエヴォの悲しみを表現した曲として私には一番リアルに感じられました。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<14 Sarajevo Suite ~Ceux qui veillent la nuit 6分26秒>

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2021年7月16日 (金)

モスタル・セヴダ・リユニオンのシュトテネーマ

モスタル・セヴダ・リユニオンがシュトテネーマ(あなたはどこに)をやっている映像がありました。イリヤ・デリッチは抜けた後のようですが、やはり沁みる歌です。この曲はセヴダの定番曲になっているのでしょうか。ヤドランカさんの歌は、また来週取り上げますので、今日はこちらとインタビュー番組を2本入れておきます。2001年の方はNHKのETVの番組映像、2013年の方はクロアチア国営放送の番組出演の映像のようです。12年経っていてALSを発症された後だと思いますが、日本での気さくな感じと違って、旧ユーゴの現地の人の顔に見えました。

Mostar Sevdah Reunion - ŠTO TE NEMA (English subtitles)

ヤドランカ on ETV 「音楽は国境をこえて 第2話」 2001/07/31

Jadranka Stojaković u emisiji Damin Gambit

Emitirano na prvom programu HRT-a, 24.02.2013.
Sva prava na emisiju zadržava Hrvatska radio televizija.

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2021年7月15日 (木)

ヤドランカさんの歌声

ヤドランカさんの名前を初めて聞いたのは、確か93年頃で、六本木ウェイヴ内のストアデイズにいた頃でした。同僚のE君が「何か怒られてるみたいですね(笑)」とか言っていたのを思い出しますが、ヤドランカと言う名前に「アドリア海」の意味が含まれていることを知ったのは最近です。ダルマチア(クロアチア共和国のアドリア海沿岸地方)育ちで、イタリア系の血も引いているとか。ちょうどボスニアの次はダルマチアのイタリア風男性合唱に向かいます。彼女の自著に、おごらない、急がない、争わない、足りている、愛されている…「アドリアティック タオ」は海辺の生き方、とありました。素晴らしいですね。サラエヴォ五輪の時、私は大学生で、確かヤドランカさんの歌もTVで聞いたはずですが、CDは入手したことがなかったので、「あなたはどこに」(シュトテネーマ)が正に五輪のメインテーマ曲だったことは、前回の放送の後で知りました。次回の放送では没後5周年盤をメインにかけましたが、その点もコメントを入れました。しかしユーゴ紛争の何年も前にこの悲しく美しい旋律。まるで祖国の宿命を予感していたかのようです。(以下放送原稿を再度)

ボスニアと言えば、忘れてはいけないのが、2011年まで日本に在住していたサラエヴォ出身のヤドランカさんです。ヤドランカ・ストヤコヴィッチ(Jadranka Stojaković 1950-2016)は、1984年のサラエボ・オリンピックのメインテーマ曲を作詞、作曲、自らそのテーマ曲を歌い、一躍ユーゴスラビアの国民的歌手になった女性歌手で、祖国ボスニアの内戦が酷くなり、1988年以降は2011年まで日本を活動の拠点にしていました。2011年4月には、NHK『みんなのうた』において母国ボスニアの民族楽器名をタイトルに冠した「誰かがサズを弾いていた」がオンエアされました。2011年3月にクロアチアでの仕事のため帰国していた際、筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断され、そのまま日本には戻られることなく、2016年に故郷ボスニアで65歳の若さで亡くなっています。
日本の歌謡曲を日本語で歌った歌唱も多かったのですが、その中ではユーゴ風に聞こえて特に印象的だった2曲をおかけします。89年の「信じているの」と言う盤から「あなたはどこに」と言う曲と、2011年のダレコーと言う盤からBentbašaと言う曲です。Bentbašaと言えば、Kad Ja Podjoh Na Benbašu「私がBenbašuに行った時」と言う意味の美しい叙情歌を前にかけましたが、同じ町だと思います。サラエヴォの人々にアンセム(聖歌)として親しまれている曲でしたが、こちらは少しセファルディ風にも聞こえます。ストリーミングでかけていて、現物が手元にないので詳細不明ですが、いずれもセヴダ風に聞こえました。

<5 ヤドランカ・ストヤコヴィッチ / 信じているの ~あなたはどこに 4分7秒>
Jadranka Stojakovic - Što Te Nema あなたはどこに

<4 ヤドランカ・ストヤコヴィッチ / Daleko ~Bentbaša 4分10秒>
Jadranka Stojaković-Bentbaša

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2021年7月14日 (水)

「ロマ音楽の帝王」の歌声 巴里祭

現物が残ってないので、シャバン・バイラモヴィチのこの盤のコンセプトはよく分かりませんが、「古いシャンソン」のような、で思い出しました。今日は巴里祭ですので、2本目に入れておきます。オリジナルのリス・ゴーティの歌唱です。85年に活動再開した頃のPhewがよくライブで歌っていました。当時何度もライブで見ました。二重に懐かしい曲です。フランスではパリ祭ではなく、カトーズ・ジュイエ(7月14日)としか言わないと大分前にも書いた気がします。(以下放送原稿を再度)

インドの故ネルー首相、インディラ・ガンジーの父娘に「ロマ音楽の帝王」と賞されたというセルビアの伝説的男性歌手シャバン・バイラモヴィチを捜し当て共演したモスタル・セヴダ・リユニオンの2作目もありました。生産中止になっていて現物も残ってないのですが、ストリーミングにありましたので、こちらから1曲おかけしておきます。タイトルは「伝説のバルカン・キング」となっている2008年の盤ですが、同じ音源かも知れません。古いシャンソンかジャンゴのマヌーシュ・スイングを聞くような1曲目「Shtar Luludja」と言う曲です。

<1 Mostar Sevdah Reunion presents Saban Bajramovic / Shtar Luludja 3分24秒>

LYS GAUTY - A PARIS,DANS CHAQUE FAUBOURG

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2021年7月12日 (月)

エスマとモスタル・セヴダ ヤドランカさん

ゼアミdeワールド267回目の放送、日曜夜10時にありました。14日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。今日はMostar Sevdah Reunionの2曲のみです。ヤドランカさんとシャバンは水曜以降に。

ボスニア・ヘルツェゴビナの音楽の4回目です。
まず、今後のルートですが、ボスニアが後2回、ダルマチア含むクロアチアが5回、スロヴェニア2回、セルビア5回くらいの予定です。その後はルーマニア、ハンガリーと進みますので、左回りの方がスムースだと判断しました。ちょうど梅雨が明ける頃に、カラッと明るいダルマチアのクラパ歌謡をかけられるのもいいと思いました。クストリッツァとブレゴヴィッチの映画「アンダーグラウンド」などのサントラですが、彼らの出身はボスニアですが、音楽的にはセルビアと繋げた方がスムースなのでセルビアの時に回します。
92~95年のユーゴ内戦のさなかに活動を始め、戦火のボスニアをくぐり抜け98年に再結成したモスタル・セヴダ・リユニオンの音源を前回かけていましたが、1999年のMostar Sevdah Reunionには、マケドニアの「ジプシー・クイーン」こと、名女性歌手エスマ・レジェポヴァが1曲参加していますので、その曲からおかけします。ロック的なアレンジですが、さすがのエモーショナルな歌声を聞かせます。後半リーダーのイリヤ・デリッチが出て来ます。

<6 Moj Dilbere (My Heartthrob) 4分31秒>

もう一曲この盤からイスラム教の礼拝への召喚のアザーン(エザーン)の引用から始まる1曲目のAsik Osta' Na Te Ociをおかけしておきます。8分余りある曲で、英訳はI Fell In Love With Your Eyesとなっています。

<1 Asik Osta' Na Te Oci (I Fell In Love With Your Eyes) 8分1秒>

インドの故ネルー首相、インディラ・ガンジーの父娘に「ロマ音楽の帝王」と賞されたというセルビアの伝説的男性歌手シャバン・バイラモヴィチを捜し当て共演したモスタル・セヴダ・リユニオン2作目もありました。生産中止になっていて現物も残ってないのですが、ストリーミングにありましたので、こちらから1曲おかけしておきます。タイトルは「伝説のバルカン・キング」となっている2008年の盤ですが、同じ音源かも知れません。古いシャンソンかマヌーシュ・スイングを聞くような1曲目「Shtar Luludja」と言う曲です。

<1 Mostar Sevdah Reunion presents Saban Bajramovic / Shtar Luludja 3分24秒>

ボスニアと言えば、忘れてはいけないのが、2011年まで日本に在住していたサラエヴォ出身のヤドランカさんです。ヤドランカ・ストヤコヴィッチ(Jadranka Stojaković 1950-2016)は、1984年のサラエボ・オリンピックのメインテーマ曲を作詞、作曲、自らそのテーマ曲を歌い、一躍ユーゴスラビアの国民的歌手になった女性歌手で、祖国ボスニアの内戦が酷くなり、1988年以降は2011年まで日本を活動の拠点にしていました。2011年4月には、NHK『みんなのうた』において母国ボスニアの民族楽器名をタイトルに冠した「誰かがサズを弾いていた」がオンエアされました。2011年3月にクロアチアでの仕事のため帰国していた際、筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断され、そのまま日本には戻られることなく、2016年に故郷ボスニアで65歳の若さで亡くなっています。
日本の歌謡曲を日本語で歌った歌唱も多かったのですが、その中ではユーゴ風に聞こえて特に印象的だった2曲をおかけします。89年の「信じているの」と言う盤から「あなたはどこに」と言う曲と、2011年のダレコーと言う盤からBentbašaと言う曲です。Bentbašaと言えば、Kad Ja Podjoh Na Benbašu「私がBenbašuに行った時」と言う意味の美しい叙情歌を前にかけましたが、同じ町だと思います。サラエヴォの人々にアンセム(聖歌)として親しまれている曲でしたが、こちらは少しセファルディ風にも聞こえます。ストリーミングでかけていて、現物が手元にないので詳細不明ですが、いずれもセヴダ風に聞こえました。この2曲を聞きながら今回はお別れです。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<5 ヤドランカ・ストヤコヴィッチ / 信じているの ~あなたはどこに 4分7秒>
<4 ヤドランカ・ストヤコヴィッチ / Daleko ~Bentbaša 4分10秒>

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2021年7月 9日 (金)

Mostar Sevdah Reunionとセヴダの歌手

繰り返しになりますが、Mostar Sevdah Reunionと言えば、イリヤ・デリッチのグループと言う印象が強かったのですが、2013年の彼の没後も入れ代わり立ち代わり歌い手が入れ替わって、熱いステージを聞かせているようです。セヴダの層の厚さを感じます。以前はサイド・ヴォーカル的な感じだったヴァイオリニスト(Vanja Radoja?)も、何と歌の上手いこと! 歌がなけりゃセヴダじゃないと思いますが、バックの器楽陣の演奏の上手さも、やはり特筆ものだと思います。エスマにも比せられるというロマの女性歌手リリアナ・バトラーとの共演や、人気歌手ハリド・ベスリッチなどとのステージを色々上げておきます。1本目は、イリヤ・デリッチがいた頃の2時間近い映像。

[KONCERT] - MOSTAR SEVDAH REUNION– Skenderija (2008)

Mostar Sevdah Reunion & Halid Bešlić - Dvore gradi Komadina Mujo

MOSTAR SEVDAH REUNINION - NEMA LJEPŠE CURE OD MALENE ĐULE

Ljiljana Petrović Buttler & Mostar Sevdah Reunion - Chororo

Ljiljana Petrović Buttler & Mostar Sevdah Reunion - Ciganine sviraj, sviraj

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2021年7月 8日 (木)

99年のMostar Sevdah Reunionから

イリヤ・デリッチがサングラスをかけて二人で写っているジャケットと、彼が歌っている横顔のジャケットの2種類がありますが、内容は同じのようです。いずれにしても、この99年のMostar Sevdah Reunionは、本当に名盤でした。Mujo Shoes Horses In the Moonlightは、横顔のビーンズ盤に「ムヨは月夜に馬の蹄鉄を付ける」と言う翻訳がありました。この人の歌声は誰かに似ていると常々思っていましたが、ハシディック・ソングのシュロモ・カルリバッハに似ていることを数日前に思い出しました。東欧系ユダヤではカリスマティックな歌手です。ユダヤの音楽をどこで出すか考え中ですが、ルーマニアとハンガリーの後位を考えています。これだけで、2,3年でも番組が出来る程音源があります(笑)(以下放送原稿を再度)

再結成後の99年に出たMostar Sevdah Reunionからは、2曲目のMujo Kuje Konja Po Mjesecu (Mujo Shoes Horses In the Moonlight)と4曲目のU Stambolu Na Bosforu (In Istanbul On the Bosphorous)を続けておかけします。2曲目は前回出てきた恋愛叙事詩「ムヨとニザマ」のムヨの名前がタイトルに見えますので、その関連のセヴダかと思います。こちらは現物が売り切れでないため詳細不明ですが、英訳のMujo Shoes Horses In the Moonlightと言うのが気になります。アップテンポでワラキアのロマ音楽に似た感じもあります。4曲目の英訳はIn Istanbul On the Bosphorousとなっていて、これも気になります。この曲は東欧系ユダヤのイディッシュ語の歌「ドナ・ドナ」に少し似て聞こえました。

<2 Mujo Kuje Konja Po Mjesecu (Mujo Shoes Horses In the Moonlight) 6分15秒>

<4 U Stambolu Na Bosforu (In Istanbul On the Bosphorous) 3分27秒>

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2021年7月 7日 (水)

「モスタルの町の悲しみ」の新旧

ボスニアのMostar Sevdah Reunionについては、2003年の「秘密の扉」以降、情報がほとんどなかったのですが、その前後から現在まで、ロマの女性歌手Ljiljana Buttlerの盤を含め8枚出ていることが分かりました。Snail Recordsの入荷が一時不安定になったように記憶していますが、そのためでしょうか。過去のメンバーとして、リーダーだったIlijaz Delićや、2010年に亡くなったLjiljana Buttler、ゲストとしてでしょうが、Esma Redžepova、Šaban Bajramovićの名もあります。最近の映像を数本見た限りでは、ロック色の強いインスト中心のように聞こえました。歌もイリヤ・デリッチほどの深い味わいはないように思いました。イリヤ・デリッチは、2013年9月8日に77歳で亡くなっていました。入れられてない言い訳になりますが、歌の無いセヴダなんて・・・、とも思います(笑) この映像ではヴァイオリニストが歌っていますが、現在のメンバーではNermin Alukić Čerkez (vocal and guitar)となっているので、今日の映像でギターを弾いている人でしょうか。チェルケスと言う名が気になります。

MOSTAR SEVDAH REUNINION - CUDNA JADA OD MOSTARA GRADA

Mostar Sevdah Reunion - Cudna Jada Od Mostara Grada

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2021年7月 5日 (月)

モスタル・セヴダ・リユニオン「秘密の扉」

ゼアミdeワールド266回目の放送、日曜夜10時にありました。7日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。今日は「秘密の扉」から。

ボスニア・ヘルツェゴビナの音楽の3回目です。今回は92~95年のユーゴ内戦のさなかに活動を始め、戦火のボスニアをくぐり抜け98年に再結成したモスタル・セヴダ・リユニオンの2003年の2作目「秘密の扉」と1999年のMostar Sevdah Reunionからご紹介したいと思います。オスマン時代以来のボスニアの民謡=フォークロアのセヴダを演奏するグループで、2003年の時点で48年の活動歴を持つと言う歌手イリヤ・デリッチを中心に、哀愁のバルカン的歌唱を聞かせるグループです。モスタルと言うのは、ヘルツェゴヴィナの首都の名前で、リーダーのイリヤ・デリッチの出身地です。古いシャンソンを聞くような趣もありますが、セヴダやセヴダリンカにはオスマン・トルコ時代以来の中東のムスリム文化を中心に、スペイン系ユダヤ人のセファルディ、ヨーロッパの要素が入り混じっていて、正に多宗教、多言語、多文化が共存する都市だったサラエヴォの縮図のような音楽です。ボスニア人の魂の歌と言われます。

モスタル・セヴダ・リユニオンの「秘密の扉」から、イタリア風にも聞こえるような旋律でしっとりと歌われるオープニングの「この胸の痛み」と、バルカン風なリズムと旋律の6曲目「モスタルの町の悲しみ」、恋愛叙事詩「ムヨとニザマ」のムヨが歌詞に登場する、珍しく女性の歌唱の7曲目「ムヨは白い馬を引く」の3曲を続けておかけします。女性歌手はAmira Medunjaninです。

<1 モスタル・セヴダ・リユニオン/秘密の扉 ~この胸の痛み 4分11秒>
Mostar Sevdah Reunion - Sto Li Mi Se Radobolja Muti

<6 モスタル・セヴダ・リユニオン/秘密の扉 ~モスタルの町の悲しみ 4分52秒>
Mostar Sevdah Reunion - Cudna Jada Od Mostara Grada

<7 モスタル・セヴダ・リユニオン/秘密の扉 ~ムヨは白い馬を引く 4分32秒>
Mostar Sevdah Reunion feat. Amira Medunjanin - Mujo Djogu Po Mejdanu Voda

セヴダについてゼアミブログの方で書いた解説を繰り返しておきます。セヴダはトルコ語のsevdaに由来し、元はアラビア語のsawda(黒い胆汁)に由来します。オスマン語では、トルコ語のsevdaは単に黒い胆汁を意味するのではなく、恋愛の状態を指し、恋の病と片思いの孤独な憧れを指します。「メランコリック」と「夢中」の両方を意味するペルシア語(سودازده)に関連しています。セヴダリンカの歌詞のメインテーマである、喜びと痛みの両方を意味します。
ボスニアの人々は、この音楽の名前として「セヴダリンカ」と「セヴダ」という言葉を同じ意味で使用していますが、セヴダという言葉は他の意味でも使用できます。ポルトガルのファドやブラジル音楽の中心的な用語であるサウダージは同じ起源であり、アル・アンダルース(レコンキスタ以前のイスラム教の影響下にあった中世スペイン)とオスマン帝国の両方で何世紀にもわたって使用されてきたアラビア語の医学的言説から生まれました。 メランコリーという用語は同様の起源であり、ギリシャ語で黒胆汁を表す元の医学用語であるメランコリーに由来しています。

再結成後の99年に出たMostar Sevdah Reunionからは、2曲目のMujo Kuje Konja Po Mjesecu (Mujo Shoes Horses In the Moonlight)と4曲目のU Stambolu Na Bosforu (In Istanbul On the Bosphorous)を続けておかけします。2曲目は前回出てきた恋愛叙事詩「ムヨとニザマ」のムヨの名前がタイトルに見えますので、その関連のセヴダかと思います。こちらは現物が売り切れでないため詳細不明ですが、英訳のMujo Shoes Horses In the Moonlightと言うのが気になります。アップテンポでワラキアのロマ音楽に似た感じもあります。4曲目の英訳はIn Istanbul On the Bosphorousとなっていて、これも気になります。この曲は東欧系ユダヤのイディッシュ語の歌「ドナ・ドナ」に少し似て聞こえました。4曲目を時間まで聞きながら今回はお別れです。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<2 Mujo Kuje Konja Po Mjesecu (Mujo Shoes Horses In the Moonlight) 6分15秒>
<4 U Stambolu Na Bosforu (In Istanbul On the Bosphorous) 3分27秒>

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2021年7月 2日 (金)

Emina Zečajの歌唱

セヴダリンカの名女性歌手、エミナ・ゼチャイですが、米Smithsonian Folkwaysの「Bosnia: Echoes From An Endangered World」の13曲目「トレベヴィチ山頂から山の精が叫ぶ」はアコーディオン中心の東欧風な伴奏、この盤のラストを飾る14曲目はサズの伴奏による「ムヨとニザマ」と言う恋愛叙事詩で、実に対照的な2曲でした。「ムヨとニザマ」は、ボスニア版「ロミオとジュリエット」あるいは「ライラとマジュヌーン」と言えそうです。Nizamaはペルシアの詩人ニザーミーに似ていますし、Emina Zečajと言う名前は、ユダヤ系に見えて仕方ないのですが(ミラ・ザカイと言うアルト歌手がいたのを思い出しました)、と放送で言いましたが、ムスリムでした。放送でかけたのとは別な曲ですが、素晴らしい生映像がありますので、1、2本目に入れておきます。オスマン時代に戻ったような映像です。放送ではアザーンとスーフィー音楽もかけましたが、気軽に書ける分野ではないので外しておきます。

EMINA ZECAJ uz saz S.Salihovica ... Pita Fata Halil mejhandziju

EMINA ZECAJ ... Pokraj Save bagrem drvo raste

<13 Emina Zečaj / Vila Viče Sa Vrh Trebevića 3分3秒>

<14 Emina Zečaj / Voljeli Se Mujo I Nizama 3分50秒>

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2021年7月 1日 (木)

女性のベチャラツとガンガ

動画で見る限り南部のヘルツェゴヴィナの方で盛んなように見受けられる山岳部の歌唱、ガンガとベチャラツ。ガンガのような歌は組織化されない音として、都市部の人々が遠ざける傾向があるのに対し、田舎の住民はそれを彼らの最も表現力豊かな音楽の形だと考えているとのことでした。狭い音域の、平均律から外れた音で叫びあうように歌われるガンガは、スラヴ世界に共通する地声合唱からも遠く感じる程です。一方ベチャラツの方は、幾分西欧の音楽の影響も入った新しいポリフォニー形式という事でした。確かに今日の2本の女性の三重唱で聞く限りでは、近くのダルマチアのクラパ歌謡やイタリア各地のポリフォニーなどとも共通性を感じます。3本目は静止画像ですが、女性のガンガを長尺に収めています。やはり明らかにベチャラツと違うように聞こえます。音域は狭く、音程関係が明確でない感じです。お能で言うなら、旋律のある弱吟と抑揚重視の強吟に少しだけ似ているでしょうか。

Bećarac Lastavice lagana

becarac o Nevesinju i Zaboranima od tri sestre

CRNAČKA GANGA

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