« 「ロマ音楽の帝王」の歌声 巴里祭 | トップページ | モスタル・セヴダ・リユニオンのシュトテネーマ »

2021年7月15日 (木)

ヤドランカさんの歌声

ヤドランカさんの名前を初めて聞いたのは、確か93年頃で、六本木ウェイヴ内のストアデイズにいた頃でした。同僚のE君が「何か怒られてるみたいですね(笑)」とか言っていたのを思い出しますが、ヤドランカと言う名前に「アドリア海」の意味が含まれていることを知ったのは最近です。ダルマチア(クロアチア共和国のアドリア海沿岸地方)育ちで、イタリア系の血も引いているとか。ちょうどボスニアの次はダルマチアのイタリア風男性合唱に向かいます。彼女の自著に、おごらない、急がない、争わない、足りている、愛されている…「アドリアティック タオ」は海辺の生き方、とありました。素晴らしいですね。サラエヴォ五輪の時、私は大学生で、確かヤドランカさんの歌もTVで聞いたはずですが、CDは入手したことがなかったので、「あなたはどこに」(シュトテネーマ)が正に五輪のメインテーマ曲だったことは、前回の放送の後で知りました。次回の放送では没後5周年盤をメインにかけましたが、その点もコメントを入れました。しかしユーゴ紛争の何年も前にこの悲しく美しい旋律。まるで祖国の宿命を予感していたかのようです。(以下放送原稿を再度)

ボスニアと言えば、忘れてはいけないのが、2011年まで日本に在住していたサラエヴォ出身のヤドランカさんです。ヤドランカ・ストヤコヴィッチ(Jadranka Stojaković 1950-2016)は、1984年のサラエボ・オリンピックのメインテーマ曲を作詞、作曲、自らそのテーマ曲を歌い、一躍ユーゴスラビアの国民的歌手になった女性歌手で、祖国ボスニアの内戦が酷くなり、1988年以降は2011年まで日本を活動の拠点にしていました。2011年4月には、NHK『みんなのうた』において母国ボスニアの民族楽器名をタイトルに冠した「誰かがサズを弾いていた」がオンエアされました。2011年3月にクロアチアでの仕事のため帰国していた際、筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断され、そのまま日本には戻られることなく、2016年に故郷ボスニアで65歳の若さで亡くなっています。
日本の歌謡曲を日本語で歌った歌唱も多かったのですが、その中ではユーゴ風に聞こえて特に印象的だった2曲をおかけします。89年の「信じているの」と言う盤から「あなたはどこに」と言う曲と、2011年のダレコーと言う盤からBentbašaと言う曲です。Bentbašaと言えば、Kad Ja Podjoh Na Benbašu「私がBenbašuに行った時」と言う意味の美しい叙情歌を前にかけましたが、同じ町だと思います。サラエヴォの人々にアンセム(聖歌)として親しまれている曲でしたが、こちらは少しセファルディ風にも聞こえます。ストリーミングでかけていて、現物が手元にないので詳細不明ですが、いずれもセヴダ風に聞こえました。

<5 ヤドランカ・ストヤコヴィッチ / 信じているの ~あなたはどこに 4分7秒>
Jadranka Stojakovic - Što Te Nema あなたはどこに

<4 ヤドランカ・ストヤコヴィッチ / Daleko ~Bentbaša 4分10秒>
Jadranka Stojaković-Bentbaša

|

« 「ロマ音楽の帝王」の歌声 巴里祭 | トップページ | モスタル・セヴダ・リユニオンのシュトテネーマ »

バルカン」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「ロマ音楽の帝王」の歌声 巴里祭 | トップページ | モスタル・セヴダ・リユニオンのシュトテネーマ »