イディッシュ語と言うのは、東欧のユダヤ人の間で話されていた(いる)ドイツ語に近い言葉で、ドイツ語の一方言と言われる程、音はそっくりですが、語彙はユダヤの宗教語であるヘブライ語や、周囲のポーランドなどのスラヴ系言語の単語も入っています。バルカンの時に出てきたスペイン系ユダヤはヘブライ語でセファルディーでしたが、東欧系ユダヤはアシュケナジームと呼ばれます。
イディッシュ・ソングの「懐かしい2枚」と言うのは、フランスのオコラから89年に出ていたChansons Yiddish - Tendresses et Rage(優しさと怒り)と、ドイツのプレーネから出ていたZupfgeigenhanselのJiddische Liederです。どちらも購入してから30年以上経った盤で、先週のドハーニ街シナゴーグの盤が一部上手くトレースしなかったので、こちらも心配ではありますが、データも取ってあるので大丈夫です。オコラのChansons Yiddishは、2011年頃に再発されていました。この盤も1999年に音楽之友社から出た「ユーロルーツポップサーフィン」にレビューを書きました。ジャケットには戦中のクラクフ・ゲットーの有名な写真が使われていますが、切なく美しく物悲しい歌が多いイディッシュ・ソングのイメージ通りとも言えそうです。
オコラのChansons Yiddishの演奏者ですが、前にルーマニアの時にエネスコのヴァイオリン・ソナタ3番をかけたアミ・フラメールがヴァイオリンを弾いているのがまず注目です。ヘンリック・シェリングやナタン・ミルシタインにも師事した名手が、クラシックではない音楽を演奏するのも聞きものです。イディッシュ語のギター弾き語りはモシェ・ライサー、アコーディオンはジェラール・バローです。バロー以外の二人はユダヤ系で間違いないと思います。モシェ・ライサーはアントワープのシナゴーグの合唱団で幼少期から歌っていたという経歴があり、アミ・フラメールはルイ・マルの映画「さよなら子供たち」にも出ていました。フランスがナチス・ドイツの占領下にあった頃のカトリックの寄宿学校が舞台で、偽名でかくまわれていたユダヤ人の少年が連れ去られてしまうシーンで終わったと思います。
ではこの盤から、ラビが歌う時など、同じようなフレーズが繰り返されるところにハシディック・ソングの影響が見えるようなAz der rebbeと、戦時中のパルティザンの歌Partizanenliedの2曲を続けておかけします。
<Yiddish Songs (Chansons yiddish) Az der rebbe 4分46秒>
Kol Nidoreiの「ei」の部分がドイツ語の場合、通常「アイ」と発音するので、コル・ニドライと言う発音がよく知られていますが、ヘブライ語本来の発音はコール・ニドレイです。ユダヤ新年(ローシュ・ハシャナー)の贖罪日(ヨム・キプール)の初めに歌われる厳粛な祈祷歌で、ユダヤ旋律らしいエキゾチックな増二度音程が特徴的です。カディッシュ同様、通常はアラム語で唱えられます。コール・ニドレイとは「すべての誓い」のような意味です。
Bruch: Kol Nidrei ∙ hr-Sinfonieorchester ∙ Mischa Maisky ∙ Paavo Järvi
長く続いたハンガリー・シリーズも、ブログで取り上げるのは後2回になりました。年間放送回数が大体50回ちょっとですから、1年の8割ほどを費やしたことになります。来週はドハーニ街シナゴーグのユダヤ音源ですから、純ハンガリー音楽としては後2回です。いつも後ろ髪を引かれる思いで次に行きますが、ハンガリーは40回続いて自分としては、かなりやり切った感はあります。
Dudoltamも選曲に迷う程、良い曲揃いでした。Fújnak a fellegekを翻訳にかけると、「雲が吹いている」と出てきましたが、余りにも「飛べよ孔雀よ」に似ています。カロタセグの方も、放送ではフェイドアウトでしたので全曲入れておきます。ジャケットとは違う写真が出ています。
「飛べよ孔雀よ」は、ハンガリー西部バラトン湖の南に位置するショモジ県の民謡になるのではと思います。前にサローキ・アーギの歌唱でこの旋律が出てきた時も、曲名がショモジでした。このサローキ・アーギの音源では、曲名が同時に地方名でもあったので、おそらくそうだろうと思います。(以下放送原稿を再度)
もう一枚のDudoltamは、マルタ・セバスチャンとムジカーシュの1987年リリースのアルバムで、1993年に再発されています。彼女のCDの中でも特にシンプルで古典的な演奏が集まった一枚でした。この盤にも「飛べよ孔雀よ」の替え歌のような曲がありまして、その9曲目のFújnak a fellegek - Somogyと、度々これまでに出てきたカロタセグの曲を歌っている5曲目のHajnali nóta - Kalotaszegをおかけします。
ハンガリー音楽の39回目になります。次回で遂に40回になりますので、いよいよハンガリーの音楽も40回目のドハーニ街シナゴーグで最後にしたいと思います。ハンガリートラッドも、まだまだと言いますか、ダンスハウス後にはそれこそ星の数ほどグループが出来ていますが、きりがないのでマルタ・セバスチャンとムジカーシュの音源を持ってラストにしたいと思います。今回は80年代のワールドミュージック・ブームの少し後の91年に出たプリズナー・ソング(Muzsikás: Nem arról hajnallik, amerről hajnallott...)と、それより前の87年に出たDudoltamを中心におかけします。
プリズナー・ソングが出た前年の1990年前後だったと思いますが、確か渋谷のクラブクアトロで来日公演がありまして、聞きに行って来ました。ムジカーシュの活動開始はダンスハウス運動直後の1973年ですので、既に20年近いキャリアがあったと思いますが、西側で手に入るCDは、当時はプリズナー・ソングと、そのすぐ後で同じハンニバルから出たBlues for Transylvaniaだけだったように記憶しています。ベースギターやブズーキが入った若干ポップなアレンジも一部に施されていますが、聞き覚えのある民謡断片が随所に確認できます。初来日公演では生演奏ですので、アレンジの入ってない、生のままのトラッド音楽が展開されていたように思います。少し上体を前に乗り出し気味でヴァイオリンを弾くミハーイ・シポシュが、往年の俳優の大泉滉に似て見えて仕方なかったのも、よく覚えています(笑)
13曲目は原題がJocul cu bâtăとありまして、このタイトルでピンと来ましたが、これはバルトークの有名なルーマニア民族舞曲の1曲目の棒踊りの原曲に当たるようです。元の演奏はヴェルブンコシュ風、つまりハンガリーの勇壮な舞曲の影響があるロマの二人のヴァイオリニストによる演奏だったそうです。ムジカーシュの演奏がそのロマの演奏をそのまま再現しているのかどうかは不明ですが、バルトークのあの有名な旋律が途中から出てきます。バルトークがこの曲を採集した場所は、Voiniceniと言うムレシュ県の村です。ムレシュ県はクルージュ県の東側になりますから、トランシルヴァニアのど真ん中辺りです。
Muzsikás - Bota and Invertita / Bartók - Romanian Folk Dances with Danubia Orchestra
13曲目は原題がJocul cu bâtăとありまして、このタイトルでピンと来ましたが、これはバルトークの有名なルーマニア民族舞曲の1曲目の棒踊りの原曲に当たるようです。元の演奏はヴェルブンコシュ風、つまりハンガリーの勇壮な舞曲の影響があるロマの二人のヴァイオリニストによる演奏だったそうです。ムジカーシュの演奏がそのロマの演奏をそのまま再現しているのかどうかは不明ですが、バルトークのあの有名な旋律が途中から出てきます。バルトークがこの曲を採集した場所は、Voiniceniと言うムレシュ県の村です。ムレシュ県はクルージュ県の東側になりますから、トランシルヴァニアのど真ん中辺りです。
<13 Botos Tánc (Jocul Cu Bata) 5分16秒>
15曲目のバルトークの蝋管録音は縦笛フルヤの独奏だと思いますが、16曲目にはこの曲に基づく44. Duó (feat. Alexander Balanescu) [Erdélyi Tánc]が入っています。やはりアレクサンダー・バラネスク他の演奏です。二つのヴァイオリンの44の二重奏曲のフィナーレを華やかに締め括るトランシルヴァニアの踊りです。2曲続けます。
「ムジカーシュ/トランシルヴァニアの失われたユダヤ音楽」(Muzsikás / Maramoros - The Lost Jewish Music of Transylvania)の3曲目のMáramarosszigeti tánc(マラマロシュシゲティの踊り)は、ゾルタン・シモンの採譜で知られていて、ツィンバロム奏者のアルパド・トニをフィーチャーした、これもトランシルヴァニアとハシディックが入り混じった感じの曲です。Máramarosszigetiの地名は、マラマロシュとシゲティに分離できると思いますが、ヴァイオリニストのヨーゼフ・シゲティを思い出す曲名だと思ったら、この国境の町でシゲティは少年時代を過ごしたそうです。因みにハンガリー語のszigetiは「小島」の意味でした。
Szól A Kakas Márについては、2007年にブログを始めて以来、何度も書いていると思います。やはり今回はマルタ・セバスチャンで聞きたいと思いますが、ムジカーシュとのライブ映像が見当たらないので、前にも貼ったことがありますが、クレズマー・グループのディ・ナイェ・カペリエとの歌唱を1本目に入れておきます。2本目が番組でかけた音源です。(以下放送原稿を再度。その下は文のみですが去年の記事から)
2曲目の物悲しく凄絶なまでに美しい旋律のSzól A Kakas Márは、この盤の白眉でしょう。英訳ではThe Rooster is crowingですから、「雄鶏は鳴く」となるでしょうか。ハンガリー系ユダヤ人のみならず一般のハンガリー人の間でも有名な旋律で、ハンガリー語の歌詞ですがユダヤの歌らしくヘブライ語の行が挿入されています。言い伝えでは、ある羊飼いが歌っていた旋律をハシディズムの指導者ツァディク(義人)のReib Eizikがいたく気に入って覚えていた旋律だそうで、後には宗教や民族を分け隔てなく寛容に統治した17世紀のトランシルヴァニア公Gabor Bethlenのお気に入りの歌だったという記録もあるそうです。
Sebestyén Márta és a Di Naye Kapelye - Szól a kakas már
Szól a kakas már - Muzsikás együttes, Sebestyén Márta
今週の番組で2曲目にかけた名曲Szol a kakas mar (Rooster is Crowing)については、2010年にZeAmiブログに書いていました。下の方にペーストしておきます。2010年の時点でも沢山動画がありましたが、最近調べたら、ブダペストのドハーニ街シナゴーグでのカントールの独唱もありまして、これは見たことのなかった映像です。初めて見る会堂内です。1989年の映像のようで、カントールの熱唱に聞き惚れ、辛い戦時中を思い出すのか、涙を流す老婦人を何人も見かけます。方々で書いているように、ドハーニ街シナゴーグのカントールと合唱のフンガロトン盤を1989年に聞いて民族音楽に舞い戻ったので、その点でも見過ごせない映像です。Szol a kakas marは、YouTubeで上位に上がっているように、2000年代に入ってからは、Palya Beaの歌唱でも有名になりました。
Sol o Kokosh
ハンガリアン・ジューの名曲Szol a kakas marは、まず何よりMuzsikasの名盤「Maramaros - Lost Jewish Music of Transylvania」(Hannibalから初出 後にハンガリーのMuzsikasからもリリース)の2曲目の、マルタ・セバスチャンの歌唱で有名になったと思います。その悲愴美は筆舌に尽くせないほど印象的で、きーんと冷えたトランシルヴァニアの空気感も運んでくるかのような、更には匂いも感じさせるような曲でした。これぞハンガリー系ユダヤの秘曲と唸らせるものがありました。90年頃来日を果たしたムジカーシュの演奏も非常に素晴らしいものでしたが、この盤の出る前だったようで、このアルバムからは聞いた記憶がありません。ハンニバル盤が出たのは93年と、もう大分経ってしまいましたので、そちらでは最近入り難くなっているのが残念です。ハンガリー現地盤(ムジカーシュ自身のレーベル)は生きていたと思います。
この曲名、和訳すれば「雄鶏が鳴いている」となりますが、そのメロディ・ラインで思い出すのは、ユダヤ宗教歌で最も名高いKol Nidreでしょうか。コル・ニドレ(ドイツ語風に読むとコル・ニドライ)は、典型的なユダヤ旋法の一つ、Ahavo Rabo(「大いなる愛」の意味)旋法の歌。エキゾチックな増二度音程が悲しみを最大限に醸し出しています。いずれもユダヤ民族の運命を歌ったような悲劇的な調子ですが、そんなSzol a kakas marがハンガリーのユダヤ人の間では最も人気があったようです。この透徹した悲しみの歌については、まだ分らないことが多いです。また何か分ったら書いてみたいと思います。そう言えば、往年のシャンソン歌手ダミアが歌った「暗い日曜日」の原曲は、ハンガリーの歌でした。この歌のムードに似たものがあるようにも思います。
米Hannibalから1993年に出た「ムジカーシュ/トランシルヴァニアの失われたユダヤ音楽」(Muzsikás / Maramoros - The Lost Jewish Music of Transylvania)は、ハンガリー・トラッド界の雄、ムジカーシュの代表作の一つで、名歌手マルタ・セバスチャンが歌で参加して華を添えています。ホロコーストでユダヤ人楽士のほとんどが亡くなり、忘れ去られていたトランシルヴァニアのユダヤ人の音楽を、ハンガリーのユダヤ人音楽学者のZoltan Simonとムジカーシュが協力して再現した盤です。戦前にユダヤ人の結婚式で演奏していたジプシーの老フィドラーGheorghe Covaciが記憶していて、取材したムジカーシュによって現代に蘇った曲も収録されています。音楽の印象は、一般的なクレズマーではなく、ムジカーシュが普段演奏するハンガリーのヴィレッジ音楽とも少し違っていて、当時のハンガリーのユダヤ音楽を忠実に再現しているという評価が高い演奏です。基本編成は、リーダーのMihály Siposのヴァイオリンと、伴奏は3弦のヴィオラ奏者が二人、コントラバスが一人です。
タイトルに「トランシルヴァニア」とありますが、本題はマラマロシュと言いまして、ルーマニア北部のマラムレシュ地方のハンガリー語読みですので、トランシルヴァニアでも最北部になります。狭義ではマラムレシュはトランシルヴァニアに入れない場合もあります。
<1 Chasid lakodalmi táncok 4分33秒>
Muzsikas: Chasid Dances with Cioata
01 Chaszid lakodalmi táncok Khosid Wedding Dances
2曲目の物悲しく凄絶なまでに美しい旋律のSzól A Kakas Márは、この盤の白眉でしょう。英訳ではThe Rooster is crowingですから、「雄鶏は鳴く」となるでしょうか。ハンガリー系ユダヤ人のみならず一般のハンガリー人の間でも有名な旋律で、ハンガリー語の歌詞ですがユダヤの歌らしくヘブライ語の行が挿入されています。言い伝えでは、ある羊飼いが歌っていた旋律をハシディズムの指導者ツァディク(義人)のReib Eizikがいたく気に入って覚えていた旋律だそうで、後には宗教や民族を分け隔てなく寛容に統治した17世紀のトランシルヴァニア公Gabor Bethlenのお気に入りの歌だったという記録もあるそうです。
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