Peter Rohland / Jiddische Lieder
ゼアミdeワールド416回目の放送、日曜夜10時にありました。26日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。今日は最初のお馴染みの3曲からどうぞ。
東欧系ユダヤ音楽の54回目になります。今回はドイツのレーベルThorofonからLPの出ていたペーター・ローラントの音源、Peter Rohland / Jiddische Liederを取り上げます。前回同じトロフォンからLPが出ていた女性5人組のフライエ・ホルテ・アルカロンデの盤Freie Horte Alqualonde / Lomir sich iberbetn - Wir wollen uns versöhnenをおかけしましたが、彼女らが強く影響を受けていた歌い手の一人がペーター・ローラントでした。LPで出たのが1966年で再発が1977年のようです。長らくLPのみと思っていたら、91年にCD化もされていました。以下ドイツ語版のウィキペディアと故・阪井葉子氏の「戦後ドイツに響くユダヤの歌 イディッシュ民謡復興」を元にプロフィールをご紹介します。
ペーター・ローラントはドイツの歌手、ソングライター、民謡研究者で、1933年ベルリン生まれですが、この盤の出た1966年に33歳の若さで亡くなっています。1956年以降はベルリン自由大学で音楽学を学び、ヴォルフガング・シュタイニッツの作品に多大な影響を受けた彼は、浮浪者の歌や1848年の革命、イディッシュ語や外国の歌などを研究。1956年から民謡やシャンソン歌手としてソロギターで演奏しました。1960年に彼は学業を中退し、フリーの歌手としてフルタイムで演奏するのと同時にバス・バリトンの歌唱訓練も受けたそうです。
彼はセオドア・ビケルのイディッシュ・ソングのレコードに影響を受けて、ローラントはイディッシュ語歌番組「Der Rebbe sings」を作成し、1963年にベルリンのギャラリー・ディオゲネスで小規模のアンサンブルとともに初演しています。この曲は学生や学術界だけでなく、ドイツに住むユダヤ人コミュニティでも好評を博し、ツアー中に50回以上上演されました。この歌番組は、青少年ラジオのために録音されましたが、LPを制作する意欲のあるレコード会社はなかったそうです。「曲の信頼性についての明らかな懸念」があったとのことです。
ローラントは、フンスリュックのヴァルデック城で開催されたシャンソン・フォークロア国際フェスティバルでのパフォーマンス(1964/1965年)を通じて知られるようになりました。このフェスティバルは、ハインとオス・クレーハーやその友人らとともに始めました。ディーハルト・ケルブスとともに、「国際シャンソン民俗学 - 若いヨーロッパ人が歌う」というモットーの下で最初のフェスティバルが開催されました。ローラントはフェスティバル運営のメンバーでした。 1966年の春、彼はヴァルデック城のシュヴァーベンハウスに自分の「民族音楽とシャンソンのためのスタジオ」を設立する計画を思いつきましたが、急性脳出血のためわずか33歳で亡くなりました。
全24曲中、特に有名な8曲を選んでみましたが、まずは、Un As Der Rebbe Alimelech、Un As Der Rebbe Singt、Tzen Bridder(10人の兄弟)の3曲を続けておかけします。いずれもこれまでに他の歌手で取り上げた曲です。
<1 Un As Der Rebbe Alimelech 3分36秒>
<11 Un As Der Rebbe Singt 2分53秒>
<13 Tzen Bridder 3分47秒>
彼の評価についての記載ですが、以下のようにありました。
ハインツ・シーボルト:「ヴァルター・モスマンからヴォルフ・ビーアマンに至るまでの他の吟遊詩人たちは彼からインスピレーションを受け、数年後、ヴィルからヴァッカースドルフ、ボンからムートランゲンに至る新たな運動の中で、ドイツ語におけるシャンソンと民間伝承のルネサンスが確実に起こるようにした。そのアイデンティティ形成効果が明らかになった。」
前回フライエ・ホルテ・アルカロンドでおかけした2曲TumbalalalaikaとBaj Majn Rebben Is Gewenも入っていますので、続けておかけします。この2曲では女性歌手Gesine Köhlerも入っていますが、声がそっくりに聞こえるので、もしかしたらフライエ・ホルテ・アルカロンドのメンバーかも知れません。この頃20代だったとしたら、20年後に出たフライエ・ホルテ・アルカロンドでは40代ですから、ありえるかもと思いました。
<15 Tumbalalalaika 1分54秒>
<19 Baj Majn Rebben Is Gewen 1分55秒>
2006年には、ペーター・ローラント財団が設立されています。その主な目的は、「ペーター・ローラントの芸術的遺産をより幅広い人々に提示し、歌、歌唱、音楽制作を促進すること」にありました。この財団はペーター・ローラント展を主催しており、この展覧会は2007年の聖霊降臨祭のヴァルデック城で行われた国際歌謡祭で初めて披露され、その後2012年にドイツの歴史における自由運動の記念碑であるラシュタット城を含め、全国の他の場所でも展示されているそうです。音楽編集者のヘルムート・ケーニッヒの指導の下、ペーター・ローラントの歌集が「ピッターズ歌曲」というタイトルで出版もされました。
大分前にツプフガイゲンハンゼルでかけましたが、少女パルチザンの活躍を歌ったヒルシュ・グリック作の極めて美しい曲Shtil, Die Nacht Ist Ojgeshternt(静かに、夜には星が散りばめられ)と、モルデカイ・ゲビルティグ作のシュテトル焼き討ちを歌ったs Brent(燃えている)もありますので、続けておかけします。ホロコーストを主題にしたイディッシュ名曲のこの2曲が、アルバムのラストを飾っています。Hirsch Glickは、パルティザン活動の末にナチスに捉えられ亡くなった詩人で、何度かかけたSog nischt kejnmolも彼の作った曲です。
<23 Shtil, Die Nacht Ist Ojgeshternt 2分10秒>
<24 s Brent, Bridderlech, 's Brent 2分32秒>
ペーター・ローラント歌唱コンクールと言う催しもあるそうですが、これは歌手であり初期のヴァルデック城フェスティバルの共同発起人であったローラントにちなんで名付けられています。楽器として認められるのは、電源接続のないポータブル楽器のみとのことです。このイベントは、2000年以来、若者の旅行グループ、個人の歌唱、アンサンブル、歌唱サークルの分野でヴァルデック城で毎年開催されていて、最も優れた自作の政治ソングには、さらに特別賞が授与されるそうです。
それでは最後に18曲目のLo Mir Ale Singenを時間まで聞きながら今回はお別れです。この明るい曲もよく知られたイディッシュ・ソングです。
ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週
<18 Lo Mir Ale Singen 4分53秒>
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