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2025年5月

2025年5月30日 (金)

記事数4000は、シマノフスキの歌曲

記事数が4000になりました。ブログもラジオ番組も、デザインなどは1ミリも変えずに数十年やる方が面白いのではと言う信念のもとに続けております。どちらもあと30年は出来ると思いますが、93歳になりますから、果たして「こちら」にいるかどうか(笑) 1ミリも変えずに、と言いながら、どこかは変わっていると思います。しかし4000になると、さすがに全文コピベしようとする人もいなくなりました(笑) こちらでは、どういうアクセスがあるかは、全て分かっています。
シマノフスキの歌曲ですが、テーマがジェームス・ジョイスやハーフェズまで登場し、現代でも結構先端的なのではと思います。シマノフスキもパデレフスキもシュラフタ(ポーランド貴族)の出身と言う事で、当時の向こうのインテリのレベルの高さを感じました。ハーフィズの恋愛歌曲集を貼っておきますが、全曲です。(以下放送原稿を再度)

歌曲集の方には、6曲から成るハーフィズの恋愛歌曲集と、3曲のThree Fragments Of The Poems By Jan Kasprowicz、10曲のSomgs To The Words Of James Joyce、6曲のSong Of The Fairy-Tale PrincessとZuleikaが入っていますが、今回は「ハーフィズの恋愛歌曲集 第1集」作品24 (1911年)を取り上げます。
ハーフェズ(ハーフィズ)のペルシア語の詩に基づきハンス・ベートゲが創作したパラフレーズに曲を付けた作品で、第1集はピアノ伴奏で6曲からなっていて、その中から最初の数曲をおかけします。これらの曲を聞きながら今回はお別れです。因みに第2集 op.26は、オーケストラ伴奏で8曲からなっています。
交響曲第3番『夜の歌』作品27では、13世紀ペルシアの神秘主義詩人ジャラール・ウッディーン・ルーミーの「夜の歌」のテキストによっており、オリエンタリズムとドビュッシーやラヴェルの印象主義の音楽が融合昇華した作品と言う点で共通しています。

Karol Szymanowski - Love Songs of Hafiz

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2025年5月29日 (木)

シマノフスキとショパンのマズルカ

番組でかけたバルバラ・ヘッセ=ブコフスカは、1949年の戦後初のショパン・コンクールで2位を受賞、シマノフスキとほぼ同世代のアルトゥール・ルービンシュタインに師事した人ですから、シマノフスキ演奏の直系と言える名手です。彼女のシマノフスキのマズルカはYouTubeにはなさそうなので、1番だけですが他の人の演奏で貼っておきます。演奏も音もなかなか良いと思います。3本目はバルバラ・ヘッセ=ブコフスカによるショパンのマズルカの全曲です。全曲ですから2時間あります。後でよく聞いてみますが、大変素晴らしい演奏だと思います。(以下放送原稿を再度)

シマノフスキのマズルカ集は、全5巻20曲あり、1924-25年に作曲されています。シマノフスキのピアノ作品の代表作です。タトラ地方の民謡の特徴が活かされた野趣あふれる部分も聞き取れます。今回は1番と7番をおかけします。ピアノ独奏は、Barbara Hesse-Bukowskaです。シマノフスキは晩年にも「2つのマズルカ」作品62(1933-34)と言う、絶筆になった作品を書いています。

Szałucka/Szymanowski - Mazurka op.50 No.1 Live from Wigmore Hall

Chopin: Complete Mazurkas - Barbara Hesse-Bukowska, piano

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2025年5月28日 (水)

シマノフスキのシェヘラザード

アラビアン・ナイト(千夜一夜物語)の物語の語り手であるシェヘラザードと言えば、リムスキー=コルサコフが甘美な名曲を書いていましたが、数十年経って生まれたこのシマノフスキ作品は、何と難解なことでしょうか。アラビアン・ナイトのどこかをイメージした曲だとしたら、どこか気になります。書かれたのは1915年ですから、シマノフスキは33歳位です。月曜に上げた練習曲3番は、何と20歳頃の作品です。後で見つけましたが、練習曲3番はオーケストラ編曲がありました。仮面劇 op.34 (1915-16年)は、1. シェエラザード  2. 道化師タントリス   3. ドン・ファンのセレナーデ の3曲からなります。タントリスと聞くと、トリスタンを思い出してしまうのですが、関係ありでは? 
Andrej Stefanskiでは見当たらず、1本目はMatt Bengtson,と言う人のライブ映像です。有名なKrystian Zimermanのグラモフォン盤の演奏もありましたので、2本目に貼っておきます。(以下放送原稿を再度)

次に入っている「仮面劇」作品34(1915-16年)は3曲からなりますが、1曲目のシェエラザード をおかけします。標題からも推測されるとおり、オリエンタリズムと印象派が合わさったような作品で、ドビュッシーとラヴェルへのオマージュとも言われています。ピアノ独奏はAndrej Stefanskiと言う人で、長いので番組ではかけませんが、この後に入っている難曲として知られるピアノ・ソナタ2番も弾いています。

Szymanowski Sheherazade from Masques

Szymanowski: Masques, Op. 34 - I. Shéhérazade. Lento assai. Languido

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2025年5月26日 (月)

シマノフスキのピアノ曲

ゼアミdeワールド463回目の放送、日曜夜10時にありました。28日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。シマノフスキの練習曲第3番がマルクジンスキの演奏の楽譜付きでありました。シェヘラザードとマズルカは水曜以降に。

ポーランドの音楽の11回目です。今回はシマノフスキの手持ち音源の波Muza盤2枚からおかけします。シマノフスキは1882年生まれで1937年に亡くなっているポーランドの作曲家です。19世紀後半に生まれ、各国それぞれの民謡や舞踊などの民族音楽の視点から自国の音楽をラディカルに見つめ直した作曲家と言えば、ハンガリーにバルトークとコダーイ、チェコにヤナーチェクがいたように、ポーランドにはシマノフスキがいました。

ショパンやパデレフスキが主にポーランド北部低地地方の民謡に取材したのに対し、シマノフスキが影響を受けたのはポーランド南部のタトラ山地の民謡だったというのは対照的です。ショパンは早い時期から低地の音楽を栄養にして、独自の繊細で美しい音楽を19世紀前半にして既に生み出していたのは、やはり凄いことだと思います。シマノフスキになると、ショパンの影響も垣間見えながらも、ぐっと現代音楽寄りになる印象があります。

4つの練習曲 作品4 (1900-02年)の第3番変ロ短調は、パデレフスキが「この若さで" 第9 "を作曲してしまうとは、何と不幸なことか!」と絶賛し愛奏したことで、シマノフスキのピアノ曲中最も有名な作品となっているとのことです。ピアノ独奏は、ショパンのマズルカを前にかけたウィトルド・マルクジンスキです。

<Etude In B Flat Minor Op.4-3 4分2秒>
Karol Szymanowski: Etude in B flat minor Op. 4 No. 3 - Witold Malcuzynski, 1955

次に入っている「仮面劇」作品34(1915-16年)は3曲からなりますが、1曲目のシェエラザード をおかけします。標題からも推測されるとおり、オリエンタリズムと印象派が合わさったような作品で、ドビュッシーとラヴェルへのオマージュとも言われています。ピアノ独奏はAndrej Stefanskiと言う人で、長いので番組ではかけませんが、この後に入っている難曲として知られるピアノ・ソナタ2番も弾いています。

<No.1: Sheherazade. Lento Assai,Languido - Masques. Three Poems For Piano,Op.34 9分31秒>

シマノフスキのマズルカ集は、全5巻20曲あり、1924-25年に作曲されています。シマノフスキのピアノ作品の代表作です。タトラ地方の民謡の特徴が活かされた野趣あふれる部分も聞き取れます。今回は1番と7番をおかけします。ピアノ独奏は、Barbara Hesse-Bukowskaです。シマノフスキは晩年にも「2つのマズルカ」作品62(1933-34)と言う、絶筆になった作品を書いています。

<No.1: Sostenuto,Molto Rubato - Mazurkas From Op.50 1分56秒>
<No.7: Poco Vivace. Tempo Oberek - Mazurkas From Op.50 2分10秒>

歌曲集の方には、6曲から成るハーフィズの恋愛歌曲集と、3曲のThree Fragments Of The Poems By Jan Kasprowicz、10曲のSomgs To The Words Of James Joyce、6曲のSong Of The Fairy-Tale PrincessとZuleikaが入っていますが、今回は「ハーフィズの恋愛歌曲集 第1集」作品24 (1911年)を取り上げます。
ハーフェズ(ハーフィズ)のペルシア語の詩に基づきハンス・ベートゲが創作したパラフレーズに曲を付けた作品で、第1集はピアノ伴奏で6曲からなっていて、その中から最初の数曲をおかけします。これらの曲を聞きながら今回はお別れです。因みに第2集 op.26は、オーケストラ伴奏で8曲からなっています。
交響曲第3番『夜の歌』作品27では、13世紀ペルシアの神秘主義詩人ジャラール・ウッディーン・ルーミーの「夜の歌」のテキストによっており、オリエンタリズムとドビュッシーやラヴェルの印象主義の音楽が融合昇華した作品と言う点で共通しています。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<Love Songs Of Hafiz, 1 1分44秒>
<Love Songs Of Hafiz, 2 1分48秒>
<Love Songs Of Hafiz, 3 2分59秒>

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2025年5月23日 (金)

2010年のゼスポウ・ポルスキ

「5大陸のショパン」が見つからなかったのが、返す返すも残念です。インドのショパン(原曲は幻想即興曲 Op.66)がどんなだったか大変気になりましたが、よく思い出せません。20年前なので、MDには録ってあったような気がしますが。最後にゼスポウ・ポルスキの演奏を上げておきます。ここで農村音楽風に演奏している曲の原曲は、ショパンのマズルカだと思います。番号まではすぐに出て来ませんが、4分頃を聞くとはっきり分かるかと思います。
チェロを専攻したリーダーのマリア・ポミャノフスカが弾いているチェロに似た弦楽器(大型レベック? レベックの元は中世スペイン経由でヨーロッパに入った中東のラバーブ)は、ヴァイオリン属のように左手指は指板に押さえ込むのではなく、爪を横から弦に当てて指板から指が浮いた状態で発音するのは、ネパールやインドのサーランギと同じです。見たことはないのですが、トルコのケメンチェもおそらく同じです。ヴァイオリンも古楽器で、他にはハーディーガーディー(手回しヴァイオリン)やボドランに似たベンディールやダフ系の枠太鼓、ティリンカのような孔無し縦笛が見えます。

Chopin folk


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2025年5月22日 (木)

Cztery pory roku: sacrum & profanum

何故かゼスポウ・ポルスキのディスコグラフィに載っていなかったCztery pory roku: sacrum & profanumですが、YouTubeは全てありました。番組で言いましたように、後半がポーランドらしく聞こえました。改めて聞くとどうかなとは思いますが。タイトルと曲名通り、カトリック関連の曲が多いようです。前半は色々な国の楽器が登場するミクスチャーと言う印象で、テクニック的には非常に上手でも、個人的には余り得意ではないタイプです(笑)(以下放送原稿を再度)

CDでは見たことのなかった音源に「Cztery pory roku: sacrum & profanum」というものがありまして、翻訳するとすれば「四季:聖と俗」のような意味のようです。ストリーミングデータによるとリリースは2008年と言う事ですから、ラ・フォル・ジュルネ出演の2年前になりますが、ポーランド語のゼスポウ・ポルスキのウィキペディアにも何故か載っていない盤です。様々な民族楽器や倍音唱法まで巧みに操っていて、私はトンバクなどのペルシアの楽器が特に耳に止まりましたが、ポーランド音楽に深く降りて行った曲は後半に多い様に聞こえましたので、今回はそういう音源のみにしておきます。Nie zalecajże się (Adwentowa) 求愛しないで(アドベント)、Ruta (Sobótkowa)、Gwiazdo morza (Adwentowa) 海の星(降臨)の4曲を時間まで聞きながら今回はお別れです。

<Nie zalecajże się (Adwentowa) 求愛しないで(アドベント) 2分31秒>

<Ruta (Sobótkowa) 1分36秒>

<Ruta II (Sobótkowa) 1分23秒>

<Gwiazdo morza (Adwentowa) 海の星(降臨) 3分56秒>

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2025年5月21日 (水)

スケルツォ1番のキャロル

今日はスケルツォ1番の中間部のキャロルに焦点を合わせますので、番組でかけたMizerna cichaは外します。スケルツォ1番は、マウリツィオ・ポリーニで上げておきます。4分位からこの旋律が出て来ます。40年以上前の漠然とスケルツォを聞いていた頃は気付かず、ゼスポウ・ポルスキを聞いていて初めて知りました。(以下放送原稿を再度)

カトリックの国ポーランドは美しいクリスマス・キャロルが多く、ゼスポウ・ポルスキもポーランドの農民風に演奏した「ポーランド・クリスマスキャロル集」を2001年に出しています。この盤から「静かで細き Mizerna cicha」と「幼子イエスよ眠れ Lulajże Jezuniu」と言う2曲をおかけします。Lulajże Jezuniuは、ショパンが「スケルツォ第1番」の中間部に引用している「幼子イエスよ眠れ」の原曲です。

<Lulajże Jezuniu 4分34秒>

Chopin: Scherzo No. 1 in B Minor, Op. 20


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2025年5月19日 (月)

ショパンと民俗音楽 Muzyka Nizin

ゼアミdeワールド462回目の放送、日曜夜10時にありました。21日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。今日はMuzyka Nizinの3曲です。

ポーランドの音楽の10回目です。シマノフスキとワルシャワ・ヴィレッジ・バンドの音楽に行く前に、今回は前々回に取り上げたゼスポウ・ポルスキの他の音源を聞いてみます。ゼスポウ・ポルスキの意味は「ポーランドのグループ」と言うシンプルな意味です。ゼスポール・ポルスキと言う表記を多く見かけますが、前にも言いました通り、Lに斜線が入るポーランド文字は「ウ」に近い発音のため、ゼスポウ・ポルスキとする方が近くなります。日本では2010年のラ・フォル・ジュルネ音楽祭に参加したことで、よく知られることになったように思います。チェロを専攻したマリア・ポミャノフスカ率いるポーランドの民俗楽器集団で、ポーランド各地の伝承音楽のほか、ショパンほか作曲家の民俗的作品を元の農民舞曲の形態に戻すという斬新な発想で注目されました。ショパンやヴィエニャフスキは少年時代にこれらを生で聴き、自らの創作の源泉としていたそうです。
ニューオリンズのショパン(ワルツ Op.64の 1 「小犬」)やペルシアのショパン(前奏曲ホ短調 Op.28の 4)、日本のショパン(歌曲「二人の死」Op.74の 11)、インドのショパン(幻想即興曲 Op.66)など、ショパンの名曲を各国の音楽風に演奏した、斬新極まりない試みが聞けた「5大陸のショパン」と言う盤を取り上げたいと探していましたが、残念ながら売り切れていて、データやストリーミングもどうしても見つからないので、他の波Musartの2、3枚からおかけします。

まずは前々回ショパンのマズルカを数曲かけた「ショパンと民俗音楽」と言う盤ですが、原題はMuzyka Nizin: Music Of The Lowlandsですので、「低地音楽の精神」とでも訳せるかと思います。実際ショパンは南部の高地音楽に惹かれたシマノフスキと違って、マゾフシェなどの低地の音楽を主に聞いていたようです。当時は高地の音楽は知られてなかったのかも知れません。この盤から、前回漏れていたMazurka in G Minor, Op. 24 No. 1 (Lento)、Danse glissée、Kujawiak de nocesの3曲を続けておかけします。

<Mazurka in G Minor, Op. 24 No. 1 (Lento) 1分34秒>

<Danse glissée スライディング・ダンス? 1分34秒>

<Kujawiak de noces 結婚式のクヤヴィアク 2分4秒>

カトリックの国ポーランドは美しいクリスマス・キャロルが多く、ゼスポウ・ポルスキもポーランドの農民風に演奏した「ポーランド・クリスマスキャロル集」を2001年に出しています。この盤から「静かで細き」と「幼子イエスよ眠れ」と言う2曲をおかけします。2曲目はショパンが「スケルツォ第1番」の中間部に引用している「幼子イエスよ眠れ」の原曲です。

<Mizerna cicha 5分23秒>
<Lulajże Jezuniu 4分34秒>

CDでは見たことのなかった音源に「Cztery pory roku: sacrum & profanum」というものがありまして、翻訳するとすれば「四季:聖と俗」のような意味のようです。ストリーミングデータによるとリリースは2008年と言う事ですから、ラ・フォル・ジュルネ出演の2年前になりますが、ポーランド語のゼスポウ・ポルスキのウィキペディアにも何故か載っていない盤です。様々な民族楽器や倍音唱法まで巧みに操っていて、私はトンバクなどのペルシアの楽器が特に耳に止まりましたが、ポーランド音楽に深く降りて行った曲は後半に多い様に聞こえましたので、今回はそういう音源のみにしておきます。Nie zalecajże się (Adwentowa) 求愛しないで(アドベント)、Ruta (Sobótkowa)、Gwiazdo morza (Adwentowa) 海の星(降臨)の4曲を時間まで聞きながら今回はお別れです。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<Nie zalecajże się (Adwentowa) 求愛しないで(アドベント) 2分31秒>
<Ruta (Sobótkowa) 1分36秒>
<Ruta II (Sobótkowa) 1分23秒>
<Gwiazdo morza (Adwentowa) 海の星(降臨) 3分56秒>

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2025年5月16日 (金)

コルトーのマズルカ41とドビュッシー

ショパン作品を番組では色々聞きましたが、主眼はやはりマズルカですので、Mazurka No. 41 in C-Sharp Minor, Op. 63 No. 3をコルトーの演奏で上げておきます。70年代末にマルクジンスキで聞いて以来、どれが一番が迷いましたが、ショパンらしい哀切美の点で、個人的にはこの曲かなと思います。彼は何故かマズルカを余り録音してないようですが、数少ない中にこの曲があって良かったです。2本目は、今の所唯一見つかっているコルトーの動画です。これは大変貴重だと思います。1936年の映像で、曲はドビュッシーの「子供の領分」です。当時はカラーの動画を作るのは莫大な費用がかかったのではと推測します。もしかしたら、当時の玩具メーカーの出資でしょうか? 
最後に、実を言いますと、クラシックのピアノ作品は余り得意分野ではなく、リヒテルやケンプなど、ちゃんと聞いてない巨匠も多く、よく聞いたピアニストと言えば、バッハならグールドかニコライエワ、モーツァルトはハスキル、ベートーヴェンはバックハウスかイーヴ・ナット、シューベルトはブレンデル、D.スカルラッティはホロヴィッツ、ショパンはコルトーとホロヴィッツ、シューマンはホロヴィッツとコルトー、後期ブラームスはグールド、ショパンのマズルカはマルクジンスキ、ドビュッシーはベロフかギーゼキング、ラヴェルはモニク・アース、サティはチッコリーニ等、この位です。ヴァイオリンにのめり込んでいたのも大きいかと思いますが、完璧で特徴のないピアノ演奏は割と苦手で長く聞いていられませんが、コルトーの演奏はいつまでも聞いていられるのが不思議です。ミスタッチがありながらも、今では時代遅れにも思われるかも知れないテンポ・ルバートを多用して、ピアノと言う楽器で最大限に歌わせているからかなと思います。「ピアノの詩人」と言う形容は、言いえて妙です。そう言えば、最近上記リストに、ホーカン・アウストボのヤナーチェクが加わりました。あの演奏も素晴らしいです。

Mazurka No. 41 in C-Sharp Minor, Op. 63 No. 3

Alfred Cortot plays Children's Corner of Debussy (full color) 1936

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2025年5月15日 (木)

太田胃散のCMで有名な7番

ゼアミ29周年の今日は、この曲になりました。太田胃散のCMで有名なショパンの前奏曲7番で、コルトーの演奏です。この短く穏やかな曲を聞くと、70年代の古き良き昭和の頃を思い出すのは私だけでしょうか。ここに写っているのは、左からチェロのパブロ・カザルス、ヴァイオリンのジャック・ティボー、ピアノのアルフレッド・コルトーで、このカザルス・トリオでも沢山の名演を残しました。カザルスと言えば、大昔の名人のイメージがありますが、彼は1876年生まれで、コルトーが1877年、ティボーは1880年ですから、3人は同世代です。カザルスは1973年まで生きて96歳で亡くなりました。ティボーは、ジネット・ヌヴーが亡くなった4年後の1953年に、同じく飛行機事故で亡くなり、愛器のストラディヴァリウスも失われています。コルトーは1962年に亡くなっていますが、若い頃ワーグナーの作品に傾倒しワーグナーの『神々の黄昏』をフランス初演、ナチスの前で演奏したことなどの責を問われ、戦後はフランス国内での演奏の機会を完全に奪われるなど不遇だったそうです。
コルトーはショパンの弟子に教わったそうですから、ショパン自身の孫弟子と言う事になります。コルトーの門下生には、ディヌ・リパッティ、クララ・ハスキルなど、往年の名人が名を連ねています。コルトーが絶賛したディヌ・リパッティがコンクールで優勝できなかったので審査員を降りるという行動で擁護、と言うエピソードは、80年代のアルゲリッチとポゴレリッチを思い出しました。

Alfred Cortot plays Chopin Prelude Op. 28 N. 7

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2025年5月14日 (水)

Jane Birkin & Serge Gainsbourg / Jane B.

ジェーン・バーキンの歌うJane B.の原曲が、一昨日上げたショパンの前奏曲4番だと気が付いてない人は、結構いるようです。知人は昔「セルジュ・ゲンズブールは良いメロディ書くなぁ」と思っていたそうです(笑) たくさん動画はありますが、フランス語歌詞が画面に出て来るものにしました。自己紹介しているような歌詞ですが、「青い目のイギリス人で、年は20と21の間」と歌っているので、1946年生まれのジェーン・バーキンがその年と言う事は、1967年頃かと思います。私もさすがにリアルタイムでは聞いてなかったです(笑) 当時ちょうどゲンズブールは、フランス・ギャルやフランソワーズ・アルディに名曲を書いていた頃です。「夢見るシャンソン人形」と「さよならを教えて」は、編曲ではなく間違いなくゲンズブール作品です。今もフレンチ・ポップスの2大名曲と言って良いでしょう。二人の娘のシャルロット・ゲンズブールには、ショパンの練習曲「別れの曲」をシャンソンに仕立てたLemon incest(レモン・インセスト)を作ってデュエットしていて、1984年頃にこの盤「Love on the Beat」はリアルタイムで聞きました。ショパンのこの2つの名曲を、シャンソンに仕立て上げるという発想自体が凄いことだと思います。

Jane Birkin - Jane B. (Official Lyric Video)

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2025年5月12日 (月)

コルトーのショパン前奏曲4番

ゼアミdeワールド461回目の放送、日曜夜10時にありました。14日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。今日はMost Favoriteの前奏曲4番だけにしておきます。「雨音はショパンの調べ」も、少しだけ放送に入りました。

ポーランドの音楽の9回目です。ポーランドのシリーズですが、この後はシマノフスキの曲やワルシャワ・ヴィレッジ・バンドなどを予定していますが、今回用意しているのがGW中ですので、ショパン名曲集にしてみました。最近よく聞くのが一部の前奏曲とマズルカで、特に好きな演奏が、昔から往年の巨匠アルフレッド・コルトーですので、コルトーの演奏をおかけしてから、その一部のポピュラー編曲をかけてみようかと思います。

まず前奏曲ですが、最近は(と言うより昔からですが)4、7、15、20番が特にお気に入りで、4番はジェーン・バーキンによるシャンソン、7番は太田胃散のCMでよく知られていると思います。4番はショパンの葬儀の時に演奏されたそうです。7番はスペインの作曲家フェデリコ・モンポウが、この主題に基づいて「ショパンの主題による変奏曲」を作曲しています。15番はお馴染みの「雨だれ前奏曲」で、これ以上美しい曲があるのだろうかと思うほどです。20番はラフマニノフとブゾーニがそれぞれ変奏曲を書いていて、いかにもラフマニノフが好みそうな重厚感溢れる素晴らしい曲です。バリー・マニロウがこの曲に基づいて「恋はマジック」と言う曲を作っているそうです。
前奏曲に続けて、70年代にマルクジンスキで聞いて以来、Mazurka No. 41 in C-Sharp Minor, Op. 63 No. 3は、おそらくマズルカで一番の愛好曲です。先日ラフマニノフで聞いたのも、大きいと思います。その後は、練習曲から甘美極まりない「別れの曲」まで、6曲を全てコルトーのピアノで続けておかけします。

<Alfred Cortot  24 Preludes, Op. 28, No. 4 in E Minor 1分54秒>

<Alfred Cortot  24 Preludes, Op. 28, No. 7 in A Major 38秒>
<Alfred Cortot  24 Preludes, Op. 28, No. 15 in D-Flat Major 4分30秒>
<Alfred Cortot  24 Preludes, Op. 28, No. 20 in C Minor 1分24秒>
<Alfred Cortot  Mazurka No. 41 in C-Sharp Minor, Op. 63 No. 3 2分29秒>
<Alfred Cortot  ショパン: エチュード 第3番 ホ長調「別れの曲」Op. 10-3 3分56秒>

次に前奏曲4番をシャンソンに仕立て上げたジェーン・バーキンとセルジュ・ゲンズブールのJane B.と、セルジュ・ゲンズブールとシャルロット・ゲンズブール父娘の歌唱で練習曲の「別れの曲」をシャンソンに仕立てたLemon incest(レモン・インセスト)を続けておかけします。これらの曲を時間まで聞きながら今回はお別れです。時間が余れば84年に大ヒットした「雨音はショパンの調べ」も、この際入れようかと思います。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<Jane Birkin & Serge Gainsbourg / Jane B. 3分6秒>
<シャルロット・ゲンズブール&セルジュ・ゲンズブール / Lemon incest(レモンの近親相姦) 5分13秒>
<小林麻美 / 雨音はショパンの調べ>

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2025年5月 9日 (金)

ポーランドのフィドリング

VDE-Gallo音源のLoskot Stanislaw & Stefan Nowaczekで検索して出てきた映像ですが、特に面白く見たのがフィドラーStefan Nowaczekの演奏で、一番の注目点が、左手の手のひらが棹に付いている事です。これはクラシックの奏法的には全くご法度で、何故かと言いますと、速やかなポジション移動が難しくなるからです。その代わりに、狭い音域で細かい装飾が付いている事に注目で、これはルーマニアのタラフ・ドゥ・ハイドゥークスの名フィドラー、故ニコラエ・ネアクシュ爺と全く同じ構えと奏法です。古いスタイルのフィドリングでは、手のひらを棹に付け、狭い音域で細かい装飾のメリスマを聞かせた演奏を聞かせていたようで、これはルーマニアだけではなかったのだと思いました。これが長短(長調と短調)不明確になる秘密の一つかと思います。そして、それら全てにこそ、古いスタイルのヴァイオリン演奏の深い味わいが生まれるのだろうと確信しました。昨日の3本はテクニック的には遥かに上手ですが、音楽は長短すっかり整理されて、民俗音楽としての奥ゆかしい「味わい」の点で、古いスタイルのフィドリングには全くかなわないと思います。
ゼスポウ・ポルスキの他の曲について触れることが今週は難しくなりました。再来週にもう一枚の彼らの音源を取り上げる予定ですので、その際に一緒に見てみようかと思います。一つ訂正です。昨日のSzabasowka Polka ですが、ポーランド語のszは「シャ」に近い音ですので、サバソフカではなく、ヘブライ語と同じに「シャバト」として良かったようです。

Stefan Nowaczek i Jan Kmita – Powiślak | Folkowe Zapusty cz. 2 | Muzyczna Scena Tradycji

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2025年5月 8日 (木)

Szabasowka Polka (サバソフカ・ポルカ)

今日は無いと思ったユダヤのサバソフカ・ポルカがありましたので、何本か貼っておきます。タイトルがポーランド綴りで気付きませんでしたが、「サバトのポルカ」と言う意味で、シンプルに「シャバト(安息日)のポルカ」と訳せるようです。番組でかけたVDE-Gallo音源のサバソフカ・ポルカは、ポーランド化しているということでしょうか、ほとんどユダヤ音楽の痕跡が分からないようにも思いましたが、今日上げた何本かは、クレズマー風な演奏です。3本とも同じ曲のようでサバソフカ・ポルカは、この曲の固有名詞でしょうか。VDE-Gallo音源のLoskot Stanislaw & Stefan Nowaczekの演奏では、ヴァイオリン2本とコントラバス?だけのようなので明確に短調に聞こえませんが、よく聞くと同じ曲のようです。長短はっきり分からないのは、どこの古いスタイルの演奏も同じと言えば同じですが。Loskot Stanislaw & Stefan Nowaczekで色々出て来ましたので、また明日取り上げます。

Mistrz Sławomir Czekalski - Polka Szabasówka

Szabasówka polka - Kozaki Na Farnej

KAPELA DZIKIE WINO - Szabasówka

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2025年5月 7日 (水)

ランドフスカのホップとOj, chmielu

今週かけた中で一番驚いたのが、ゼスポウ・ポルスキの「ポーランド各地伝承の歌と踊り」の最後に入っている結婚式の歌Oj, chmielu(オイ、フミエル)で、この曲はポーランド出身のチェンバロの女王ワンダ・ランドフスカが魅力的な独奏曲に仕立てた「ホップ」の原曲でした。ランドフスカと言えば、クープランなどのバロック時代のチェンバロ曲を80年代に幾つか聞いたくらいでしたが、母国ポーランドの民謡関連の演奏も、この曲を含め何曲もありました。19世紀生まれの大昔の人と言うイメージでしたが、同じ1870~80年代には何人も自国の民謡を再発見した作曲家が生まれています。ハンガリーのバルトークしかり、ポーランドのシマノフスキしかりです。ヤナーチェクは少し前で1850年代ですが、当時はそういうラディカルな音楽家を生む時代背景があったのでしょうか。ランドフスカの音源を他にも聞いてみたら、ピアノでのモーツァルトなども非常に素晴らしかったので、2度驚きました。ランドフスカのホップを先に上げておきます。3本目はホップの別メロでしょうか。あるいは古風な正調かも知れません。

<Wanda Landowska / The Hop 3分44秒>

<Zespół Polski / Oj, chmielu 3分46秒>

Polish folk song "Oj chmielu" ("Oh, Hop")

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2025年5月 5日 (月)

ゼスポウ・ポルスキのショパンのマズルカ

ゼアミdeワールド460回目の放送、日曜夜10時にありました。7日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。マズルカ作品56-2は番組ではかけていませんが、生映像がありましたので、一本目に上げました。番組でかけた3曲は、2曲ありましたが、レベルが非常に小さいので33-2だけにしておきます。VDEはやはりYouTubeには見当たらないようです。

ポーランドの音楽の8回目です。前回ポーランドのムザ盤と並んで重要な音源のスイスVDE-Galloの「ポーランドの民謡と踊り」を取り上げました。最後に「少数民族の音楽」のカテゴリーから、ユダヤのサバソフカ・ポルカと言う曲と、ボスニアからの移民の伝えるバルカンのコロ・ダンス、ジプシーのオズヴォドナを予定していましたが、ユダヤの曲の途中で終わってしまって残念でしたから、その3曲から始めたいと思います。ユダヤの曲はポーランド化しているということでしょうか、ほとんどユダヤ音楽の痕跡が分からないように思います。

<Szabasowka Polka (Dance from the Jewish Repertoire) Loskot Stanislaw & Stefan Nowaczek 1分48秒>
<Kolo (Balkan Round Dance) 1分26秒>
<Ozwodna (Gipsy Melody) 1分33秒>

次にゼスポール・ポルスキの音源2枚からおかけします。Lに斜線が入るポーランド文字はウに近い発音のため、正しくはゼスポウ・ポルスキです。他にも数枚ありましたが、残念ながら売り切れでデータも探し出せずでした。このグループは2010年のラ・フォル・ジュルネ音楽祭にも参加しています。チェロを専攻したマリア・ポミャノフスカ率いるポーランドの民俗楽器集団で、ポーランド各地の伝承音楽のほか、ショパンほか作曲家の民俗的作品を元の形態に戻すという斬新な発想で注目されました。

Fryderyk Chopin - Mazurek op. 56 nr 2

「ショパンと民俗音楽」と言う盤では、ショパンの音楽の本来の姿を再現しています。ショパンのマズルカはポーランドの農民の舞曲に基づいているといわれますが、それを農民楽団の形態に戻した興味深い試みです。マズルカ ヘ短調 Op.68の 2、マズルカ ニ長調 Op.33の 2、マズルカ ハ長調 Op.24の 2の3曲を続けておかけします。

<Zespół Polski Chopin Mazurka Op. 68 No. 2 2分29秒>
<Zespół Polski Chopin Mazurka Op. 33 No. 2 1分34秒>

<Zespół Polski Chopin Mazurka Op. 24 No. 2 1分52秒>

「ポーランド各地伝承の歌と踊り」と言う盤では、ポーランド各地に伝わる民謡と舞曲のほか、17世紀から伝わるリュート曲まで演じたアルバムでした。ショパンやヴィエニャフスキは少年時代にこれらを生で聴き、自らの創作の源泉としていたそうです。
ジェシュフのポルカ/ポーランド舞曲(17世紀のタブラチュアより)の2曲を続けておかけします。前々回にかけたRzeszów(ジェシュフ)の曲では、中部ポーランドのように西ヨーロッパ的な明るい曲調でしたが、こちらはポーランド南東部らしいイメージの曲です。

<Zespół Polski Polka rzeszowska 1分53秒>
<Zespół Polski Chorea Polonica 2分50秒>

この盤の最後に入っている結婚式の歌Oj, chmielu(オイ、フミエル)は、ポーランド出身のチェンバロの女王ワンダ・ランドフスカが魅力的な独奏曲に仕立てた「ホップ」の原曲です。その原曲とランドフスカのホップの2曲を続けておかけします。

<Zespół Polski / Oj, chmielu 3分46秒>
<Wanda Landowska / The Hop 3分44秒>

それでは最後に「ポーランド各地伝承の歌と踊り」から「ノヴォグルード出身の娘」をおかけします。この曲を時間まで聞きながら今回はお別れです。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<Zespół Polski Dziewczyna z Nowogroda... 1分49秒>

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2025年5月 2日 (金)

ケーニグスベルク(現在はロシアのカリーニングラード)

かつてプロシア語を話すプロシア人がいたのは、東プロイセン(現在のポーランド北東部とケーニヒスベルク=カリーニングラード州)の辺りでした。「ブリキの太鼓」の舞台、ダンツィヒ(ポーランド名グダニスク)が西に位置するグダニスク湾の対岸で、意外に近くて150キロ程です。プロイセンの首都だったケーニヒスベルク Königsberg (ドイツ語で「王の山」の意)は、戦後のポツダム宣言によりソビエト連邦に併合され、カリーニングラードと改称されています。四国ほどの面積のロシア の飛び地ながら、不凍港を有する戦略的重要性のため、ほとんど閉鎖都市になっているのは、よく知られていることでしょう。ケーニヒスベルクの頃は、18世紀の哲学者イマヌエル・カントが生涯のほとんどを過ごした町としても有名で、数学者オイラーの「ケーニヒスベルクの橋の問題」もよく知られています。カントが住んでいた町、と言う点に、私は大変関心を持って来ました。こんな動画がありましたので、貼っておきます。

プロイセンの古いケーニグスベルク(現在はロシアのカリーニングラード)のノスタルジー

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2025年5月 1日 (木)

プロシアとスドヴィアの民謡

VDEの他の音源の手掛かりがYouTube上には見当たらないので、バルト系で続けます。リトアニアとプロシアの間にいたヤトヴァーグ(ヤトヴィンガ)人は、民族的にはプルーセン(古プロイセン)に最も近かったそうですが、リトアニア人、ラトビア人、ベラルーシ人、ポーランド人への民族的同化が進み、ヤトヴァーグの話すスドヴィア語は17世紀頃に死語になったとのことです。しかしプロシア語と同様、今もその言語で歌う人がいました。バルトの人々の間では、古謡を大事にする伝統があるのでしょうか。手にしているツィター系の弦楽器は、フィンランドのカンテレに似ていて、エストニアやロシア連邦内にも類似の楽器がありました。スドヴィアの歌を先に上げておきます。2本目はプロシア語の民謡です。

Sudovian folk song with Baltic zither/psaltery |

Authentic East Prussian folk song | Klaipėdos krašto lietuvininkų daina - Jau aušt aušružė

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