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2025年6月

2025年6月30日 (月)

アルメニア通りで

ゼアミdeワールド468回目の放送、日曜夜10時にありました。2日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。今日は「アルメニア通りで」だけにしておきます。ロシア語でも「通り」はウーリッツァです。Pe Uliţă Armeneascăはロマンス諸語に属するルーマニア語ですが、結構ロシア語中心にスラヴ系の単語も入っていると聞いた事があります。

ポーランドの音楽の16回目です。今回はポーランドのグループながら、バルカン半島各地やルーマニアのジプシー音楽などを聴かせるチャチー・ヴォルバ(Čači Vorba)の独Oriente Musikから出ていた2作目の「秘密の婚礼  Tajno Biav - Secret Marriage」、3作目のŠatrikaから抜粋していきます。
チャチー・ヴォルバの中心であるマリア・ナタンソンは2002年にこのバンドを結成、ファーストアルバムリリースの2008年当時まだ23歳だったという女性アーティストですが、ポーランドからルーマニアにまでまたがるカルパティア山脈周辺を14歳から5年の歳月を費やして旅し、ジプシーの旅芸人とも行動を共にしたという筋金入りの人で、音によくそれが現れていると思います。主にジプシー、バルカン、カルパチア音楽に取り組んでいて、バンドのメンバーは、ルーマニアのコブザ、トルコのケメンチェ、ギリシアのブズーキなどの伝統的な楽器を巧みに演奏しますが、一番の聞きものは、やはりマリア・ナタンソンのヴァイオリンの超絶技巧と味わい深い歌声だと思います。

2作目の「秘密の婚礼  Tajno Biav - Secret Marriage」は2011年に出ていますが、まず最初に2曲目のPe Uliţa Armeneascaをおかけします。この曲は前回最後にかけて途中までになった曲です。ファーストのラストを飾っていましたが、セカンドでも再度演奏しています。再録するほどですから、チャチー・ヴォルバの十八番の曲かと推測しました。タラフ・ドゥ・ハイドゥークスのアップテンポの曲のようなノリで、曲名のPe Uliţa Armeneascaとは、ルーマニア語では「アルメニア通りで」の意味です。

<2 Pe Uliţă Armenească アルメニア通りで 4分45秒>

8曲目に飛びまして、Sevdano Le, Lube Leと言う曲名は「愛しきセヴダーノ」と国内盤で訳されていました。この名の通りで、オスマン時代以来のボスニアの民謡セヴダのスタイルで歌っています。

<8 Sevdano Le, Lube Le 愛しきセヴダーノ 3分4秒>

無伴奏の印象的な哀歌風の詠唱を聞かせる11曲目のIoane, Ioane!も、おそらくセヴダではないかと思います。この曲に続くラストナンバーのTe Aştept(あなたを待っている)が、実に自然に繋がるので、おそらくIoane, Ioane!が元歌だと思います。

<11 Ioane, Ioane! イオアーネ、イオアーネ! 1分52秒>
<12 Te Aştept  あなたを待っている 3分51秒>

これまでかけたチャチー・ヴォルバの1,2枚目はリリース当時に入ったことがありましたが、3枚目のŠatrikaは最近ストリーミングでリリースを知りました。2015年に出たこの盤以降はリリースがないようです。10年経った今も活動が続いているかどうかは、ゼアミブログで探ってみたいと思います。この3作目は、前の2作よりはギリシアのレベティカなどに近づいている部分が目立つように思います。それと北インドのサーランギを使っている部分も、Pre Stepo Zamardoと言う曲にありました。
ギリシア風と言うことで2曲続けますが、最初のTrecut O-Doru Codruと言う曲は、2分位からギリシア本土と言うより、クレタ島やカルパトス島などエーゲ海の島の、ミニマルなフレーズを畳みかける弓奏楽器リラと、規則的な力強いリズムを刻む撥弦楽器ラウートの音楽を思い出させます。次のYasemi Mouも、ハリス・アレクシーウが歌っていそうなメロディで、タイトルもギリシア語だと思います。

<2 Trecut O-Doru Codru 4分26秒>
<3 Yasemi Mou 4分33秒>

後ろの方もギリシア寄りの音が目立つように思いますが、一曲だけブルガリアかマケドニアの音楽を意識したような変拍子の激しい曲もありますので、そのKopanistaを時間まで聞きながら今回はお別れです。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<5 Kopanista 2分32秒>

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2025年6月27日 (金)

チャチー・ヴォルバ 2011年のライブ ブズク? ケマンチェ?

29日の放送で取り上げているチャチー・ヴォルバの2,3枚目の先取りになりますが、今日の映像を見ると、3枚目が出る4年前の2011年の時点で、結構ギリシア色が強く出て来ているように思います。弦楽器はブズーキとありますが、レバノン~シリアの兄弟楽器ブズクのように見えなくもないと思いました。どちらも現物は見たことはないのですが、ブズクの方が低音が豊かなように思います。このライブの冒頭からギリシア的なフレーズが出て来ますし、6分辺りから出て来る曲(おそらく3枚目のTrecut O-Doru Codru)は、ギリシア本土と言うより、クレタ島やカルパトス島などエーゲ海の島の、ミニマルなフレーズを畳みかける弓奏楽器リラと、規則的な力強いリズムを刻む撥弦楽器ラウートの音楽を思い出させます。この曲の数曲後で弦楽器奏者Peter Majczynaが弾いているのは、マンドリン系のmandoleでしょう。擦弦の方は、トルコのケメンチェではなくイランかコーカサスのケマンチェだと思います。バルカン系の変拍子もあり、Marija Natansonは何を弾いても歌っても素晴らしいとしか言いようがないです。それと、この頃はタラフに似たワラキア風は控え目のように思います。23分位からの独唱は、ボスニアの民謡セヴダと思われる2枚目収録のIoane, Ioane!です。

Caci Vorba, live au Festival Voix de Femmes 2011

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2025年6月26日 (木)

Joc'n'Rollとケリマスキ・ディリ風

今日の2曲も大変面白いです。ロックン・ロールと読み間違えそうなジョックン・ロールと言うタイトルからして攻めてるなと思います(笑) 今週聞いても、やっぱりカリウにそっくりと思いました。ラストにかけたPe Uliţa Armeneascaは、セカンドでも再演しているので来週に回します。明日はチャチー・ヴォルバのライブを見てみます。
しかしタラフ・ドゥ・ハイドゥークスは、味のある芸を聞かせた古老たちは皆亡くなり、ヴァイオリンの2トップの一人だったコスティカまで60代の若さで亡くなって、カリウとアコーディオン、コントラバス奏者だけになってしまいました。最近はタラフ・ドゥ・カリウと名乗っているようです。寂しい限りですが、若手の芸が上がってくるまで、このままなのでしょうね。(以下放送原稿を再度)

チャチー・ヴォルバの演奏は、曲によって、ギリシア、ブルガリア、アルメニアなどの音楽までが入れ代わり立ち代わり現れますが、やはりファーストの1曲目のDoar O Mamaのようなルーマニアのワラキアっぽい曲調に一番惹かれます。歌では往年のルーマニアの歌姫マリア・タナセにも少し似ているように思います。
7曲目に飛びまして、Joc'n'Rollと言う曲も、20年ほど前のタラフ・ドゥ・ハイドゥークスを彷彿とさせるような演奏です。終わりの辺りはタラフのトップヴァイオリニストのカリウのヴァイオリンを聞いているのかと錯覚しそうです。9曲目のKe Somas Meは、ハンガリーの農村ジプシーのケリマスキ・ディリのような歌が聞けます。ルーマニア経由でバルカン、ギリシア方面の音に近い曲が多いので、この曲は異色のようにも思いました。

<Joc'n'Roll 3分50秒>

<Ke Somas Me 4分19秒>

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2025年6月25日 (水)

BatutaとBesena Rovena

来週取り上げるチャチー・ヴォルバの3枚目はギリシア色が増しているように思いますが、ファーストでも見事なブズーキプレイを聞けました。しかしポーランド人の彼らが、かくも見事にカルパチアからルーマニア、バルカン、ギリシアの音楽を手掛けるのは何故なのか、ハンガリー方面は何故余り手掛けないのか、全ては何か母国の音楽と関係を感じてなのかが気になっています。今日は今週かけた最初のブロックのDoar O Mama以外の2,3曲目です。(以下放送原稿を再度)

チャチー・ヴォルバの中心であるマリア・ナタンソンは2002年にこのバンドを結成、ファーストアルバムリリースの2008年当時まだ23歳だったという女性アーティストですが、ポーランドからルーマニアにまでまたがるカルパティア山脈周辺を14歳から5年の歳月を費やして旅し、ジプシーの旅芸人とも行動を共にしたという筋金入りの人で、音によくそれが現れていると思います。主にジプシー、バルカン、カルパチア音楽に取り組んでいて、バンドのメンバーは、ルーマニアのコブザ、トルコのケメンチェ、ギリシアのブズーキなどの伝統的な楽器を巧みに演奏しますが、一番の聞きものは、やはりマリア・ナタンソンのヴァイオリンの超絶技巧と味わい深い歌声だと思います。1枚目の2曲目までを続けておかけしますが、特に一曲目を聞くと、私は真っ先にルーマニアのタラフ・ドゥ・ハイドゥークスを思い出します。3曲目はブズーキとダラブッカが入って一気にオリエンタルな曲調に変わりますが、ギリシアのレベティカかバルカン南部の音楽か、どちらかの範疇ではないかと思います。

<Batuta 2分57秒>

<Bešena Rovena 5分12秒>

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2025年6月23日 (月)

チャチー・ヴォルバ(Caci Vorba)

ゼアミdeワールド467回目の放送、日曜夜10時にありました。25日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。今日はタラフ・ドゥ・ハイドゥークスを思い出させるDoar O Mamaだけにしておきます。

ポーランドの音楽の15回目です。今回はポーランドのグループながら、バルカン半島各地やルーマニアのジプシー音楽などを聴かせるチャチー・ヴォルバ(Čači Vorba)の独Oriente Musikから出ていた「ジプシー、バルカン&カルパティアン True Speech - Szczera Mowa」から抜粋しておかけします。ポーランドも長くなっているので、2作目の「秘密の婚礼」、3作目のŠatrikaも入れようと思いましたが、ファーストは捨て曲がないくらいの充実作ですので、今回はファーストだけにしておきます。
チャチー・ヴォルバの中心であるマリア・ナタンソンは2002年にこのバンドを結成、ファーストアルバムリリースの2008年当時まだ23歳だったという女性アーティストですが、ポーランドからルーマニアにまでまたがるカルパティア山脈周辺を14歳から5年の歳月を費やして旅し、ジプシーの旅芸人とも行動を共にしたという筋金入りの人で、音によくそれが現れていると思います。主にジプシー、バルカン、カルパチア音楽に取り組んでいて、バンドのメンバーは、ルーマニアのコブザ、トルコのケメンチェ、ギリシアのブズーキなどの伝統的な楽器を巧みに演奏しますが、一番の聞きものは、やはりマリア・ナタンソンのヴァイオリンの超絶技巧と味わい深い歌声だと思います。1枚目の2曲目までを続けておかけしますが、特に一曲目を聞くと、私は真っ先にルーマニアのタラフ・ドゥ・ハイドゥークスを思い出します。3曲目はブズーキとダラブッカが入って一気にオリエンタルな曲調に変わりますが、ギリシアのレベティカかバルカン南部の音楽か、どちらかの範疇ではないかと思います。

<Doar O Mama 4分31秒>

<Batuta 2分57秒>
<Bešena Rovena 5分12秒>

彼らの演奏は、曲によって、ギリシア、ブルガリア、アルメニアなどの音楽までが入れ代わり立ち代わり現れますが、やはりファーストの1曲目のDoar O Mamaのようなルーマニアのワラキアっぽい曲調に一番惹かれます。歌では往年のルーマニアの歌姫マリア・タナセにも少し似ているように思います。
7曲目に飛びまして、Joc'n'Rollと言う曲も、20年ほど前のタラフ・ドゥ・ハイドゥークスを彷彿とさせるような演奏です。終わりの辺りはタラフのトップヴァイオリニストのカリウのヴァイオリンを聞いているのかと錯覚しそうです。9曲目のKe Somas Meは、ハンガリーの農村ジプシーのケリマスキ・ディリのような歌が聞けます。ルーマニア経由でバルカン、ギリシア方面の音に近い曲が多いので、この曲は異色のようにも思いました。

<Joc'n'Roll 3分50秒>
<Ke Somas Me 4分19秒>

最後に入っているPe Uliţa Armeneascaと言う曲を聞きながら今回はお別れです。またタラフ・ドゥ・ハイドゥークスのアップテンポの曲のようなノリに変わってこの盤を終えています。曲名のPe Uliţa Armeneascaとは、ルーマニア語では「アルメニア通りで」の意味のようです。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<Pe Uliţa Armeneasca 4分58秒>

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2025年6月20日 (金)

Hop Sa Saから「4頭の馬」

番組では最後にかけて冒頭の打楽器だけで終わってしまったFour Horsesを、ワルシャワ・ヴィレッジ・バンドのシリーズの最後に入れておきます。1998年に出た彼らの実質上のファーストアルバムHop Sa Saの2曲目です。この盤はイギリスとアメリカ限定のリリースで、この頃はKapela ze wsi Warszawaとポーランド名をそのまま名乗っていたようです。最初の頃の勢いが強く感じられるスラヴの民謡らしい曲です。他もスラヴらしい曲が目白押しで、選曲に迷った末に、この「4頭の馬」にしました。ホップ・シャ・シャとは、ワールドミュージックの音源でもよく聞く掛け声ですが、レゲエの曲名や、ビールの注ぎ方、バンド名など、様々な文脈で使われているそうです。

<Four Horses 4分39秒>

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2025年6月19日 (木)

In the Forestのライブ他

明日はファーストアルバムHop Sa Saに一回かけたいので、今日は『ヴィコルゼニエニエ(根こそぎ)』から番組でかけた残り4曲を入れておきます。その前に月曜に上げたIn the Forestのライブ映像がありましたので、1本目に入れました。この頃はチェリストが中央にいて、やはり2005年にライブを見た記憶から、この頃の音が一番しっくり来ます。胴の左のくぼみを左ももに乗せて楽器を45度に傾け、弓はコントラバスのように逆手(ジャーマン・ボウ)で弾いているのが、よく分かります。この人は、以前はコントラバスを弾いていたのかも知れません。(以下放送原稿を再度)

In the Forest - Warsaw Village Band - Dublin 2006

11曲目のカペラ・マリアナ・ペウキとある曲は、祭りの音楽のようにも聞こえますが、12曲目のWhen Johnny Went To Fight In the War(ジョニーは戦場に行った)は、世界中で起きている戦争の破壊力についての歌とあります。戦争は参加した本人はもとより、その人に関係するすべての人を殺し、その後何世代にも渡って人々の心に悪魔の足跡を残す。たとえ小さな一地方の争いであれ、それは全世界に破壊をもたらすものであり、しかもその争いには敗者も勝者もない。戦争は単なる戦争だけで終わることはなく、涙とカオス、そして荒廃が待っているだけで何の解決にもなり得ない。戦争は人類最大の過ちであり、コントロールしていると思っている我々がコントロールされているのだ、と言う内容のようです。

<...Kapela Mariana Pełki 38秒>

<When Johnny Went To Fight In the War 2分47秒>

フィッシーと言う最後の曲はマゾフシェ(マゾヴィア)地方の民謡で、愛とシンボリズム、そしてエロチシズムに満ちた歌、とあります。ある男の子から逃げ出した女の子。からかいながら自分はこれから色んなものに生まれ変わるという。魚になって男の子に網で捕まえられる。鳩になったら剣で空からひきずりおろされる。星になったら男の子が月になって彼女をその光で包み込む。でもどんなに女の子が頑張ってももう駄目だ。男の子は別れを告げるためにドアの前で待っている、と言う内容のようです。

<...Kazimierz Zdrzalik 46秒>

<Fishie 3分56秒>

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2025年6月16日 (月)

ヴィコルゼニエニエ(根こそぎ)

ゼアミdeワールド466回目の放送、日曜夜10時にありました。18日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。所用のため、今週は水曜にブログアップが出来ないので、5曲目まで今日入れておきます。収録も明日行きますので、Xでの速報も明日になります。水曜は店の営業も3時までですm(__)m

ポーランドの音楽の14回目です。前回は見つかってなかったワルシャワ・ヴィレッジ・バンドの手持ち資料が出て来ましたので、今回は2つの音源からピックアップしておかけします。

まず2004年の『ヴィコルゼニエニエ(根こそぎ)』ですが、前回解説を入れた通り、「ポーランド中を旅し、ほとんど忘れ去られたスタイルの音楽を演奏しているベテランミュージシャンを探し出し、その録音とそれらのメロディーを新しい曲に取り入れ解釈を加えた」という数曲を続けておかけします。最初に30秒前後で各地のフィールドレコーディングと思われる音源が入って、おそらくその直後の曲が「それらのメロディーを新しい曲に取り入れ解釈を加えた」曲になるのだろうと思います。内容的には原曲とかけ離れた場合もあるように思いました。
1,2曲目を最初におかけします。現地録音は、曲名の初めに...が必ず付いていて、その後2曲目だとJózef Lipińskiと表示されていて、おそらく演奏者の名前と思われます。その後の「森の中で」と言う曲は、夢と現実の違いに立ち向かう歌で、ある男と女が結局お互いに疑いとジェラシーに行きつく様を描く、と解説にありました。

<...Józef Lipiński 19秒>

<In the Forest 3分30秒>

次は7,8曲目ですが、フィドル弾き語りがJanina Zdrzalikで、続いてワルシャワ・ヴィレッジ・バンドが歌うLet's Play Musicians!は、自然に繋がるように思いました。Let's Play Musicians!は「楽士の出番だ」と訳されていますが、若い花嫁が家を出る時に歌う伝統的なお祝いの歌とあります。Suwalskie地方の民謡で、リプスク女声合唱団が歌っています。
次のフクロウと言うマゾフシェ(あるいはマゾヴィア)地方の民謡では、例の45度傾けてジャーマン・ボウで弾かれるチェロが活躍しています。この曲は「知識と知恵の象徴とされるフクロウに因んだ歌で、ある恋人同士の会話をフクロウが盗み聞き、女の子にそんなに先を急がない方がいいと忠告。ところがせっかくの忠告に彼女は耳を貸そうとしなかった。結局女の子は身ごもって、フクロウの忠告に従わなかったことを後悔するが時すでに遅し」と言う内容です。

<...Janina Zdrzalik 38秒>

<Let's Play Musicians! 4分14秒>

<The Owl 4分39秒>

11曲目のカペラ・マリアナ・ペウキとある曲は、祭りの音楽のようにも聞こえますが、12曲目のWhen Johnny Went To Fight In the War(ジョニーは戦場に行った)は、世界中で起きている戦争の破壊力についての歌とあります。戦争は参加した本人はもとより、その人に関係するすべての人を殺し、その後何世代にも渡って人々の心に悪魔の足跡を残す。たとえ小さな一地方の争いであれ、それは全世界に破壊をもたらすものであり、しかもその争いには敗者も勝者もない。戦争は単なる戦争だけで終わることはなく、涙とカオス、そして荒廃が待っているだけで何の解決にもなり得ない。戦争は人類最大の過ちであり、コントロールしていると思っている我々がコントロールされているのだ、と言う内容のようです。

<...Kapela Mariana Pełki 38秒>
<When Johnny Went To Fight In the War 2分47秒>

フィッシーと言う最後の曲はマゾフシェ(マゾヴィア)地方の民謡で、愛とシンボリズム、そしてエロチシズムに満ちた歌、とあります。ある男の子から逃げ出した女の子。からかいながら自分はこれから色んなものに生まれ変わるという。魚になって男の子に網で捕まえられる。鳩になったら剣で空からひきずりおろされる。星になったら男の子が月になって彼女をその光で包み込む。でもどんなに女の子が頑張ってももう駄目だ。男の子は別れを告げるためにドアの前で待っている、と言う内容のようです。

<...Kazimierz Zdrzalik 46秒>
<Fishie 3分56秒>

では最後に1998年に出た彼らの実質上のファーストアルバムHop Sa Saから、Four Horsesと言う曲を時間まで聞きながら今回はお別れです。この盤はイギリスとアメリカ限定のリリースで、この頃はKapela ze wsi Warszawaと名乗っていたようです。最初の頃の勢いが強く感じられるスラヴの民謡らしい曲です。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<Four Horses 4分39秒>

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2025年6月13日 (金)

Sun Celebration(太陽の祭典)からFly My Voice

2015年に出たワルシャワ・ヴィレッジ・バンドのŚwięto Słońca Sun Celebration(太陽の祭典)から、スペイン北西部ガリシア地方の女性歌手メルセデス・ペオンとの共演で、Fly My Voiceと言う曲を番組の最後にかけました。同じFly My Voiceから始まる、その前年のライブ映像がありました。メルセデス・ペオンはガリシアのバグパイプ、ガイダを吹きながらロングトーン中心にハイテンションで歌っています。今でもスペイン内のケルトの地ガリシアと、昔々ケルト民族もいたとされるポーランドは、深い部分で繋がると確信しているかのようなプレイです。この映像の冒頭で、例の17世紀ポーランドの民族楽器スカも確認できます。指ではなく爪の腹で押さえる楽器で、ブルガリアのガドゥルカ、インドのサーランギ、ヨーロッパの古楽器レベックに似ているのが、よく確認できるかと思います。類似の楽器では、ネパールのサーランギを持っていますが、ヴァイオリンのようには簡単に音程が取れない楽器です。残念ながら、この2014年頃には中央にいた女性チェリストが見えないので、脱退したのかも知れません。

Warsaw Village Band & Mercedes Peón - Woodstock 2014

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2025年6月12日 (木)

Kapela ze Wsi Warszawa \ Warsaw Village Band

今日は2010年代以前と思われるWarsaw Village Bandのライブ映像を上げておきます。Kapela ze Wsi Warszawaは、ポーランド語のグループ名です。例の「中央に座っていたチェロ奏者が、通常の両足で挟む構え方ではなく、胴の左のくぼみを左ももに乗せて楽器を45度に傾け、弓はコントラバスのように逆手(ジャーマン・ボウ)に持って弾いていて、これはチェロを弾く者にとっては、目が飛び出るほどびっくりする構えでした。」と言うのが確認できる映像です。曲も番組で最初にかけた2作目のWiosna Ludu (People's Spring)のTo You Kasiuniaから始まっています。17世紀のポーランドの民族楽器であるスカ(指ではなく爪で押さえる楽器で、ブルガリアのガドゥルカ、インドのサーランギ、ヨーロッパの古楽器レベックに似ています)も同時に見られれば良かったのですが、これはまた探してみます。

Kapela ze Wsi Warszawa \ Warsaw Village Band

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2025年6月11日 (水)

「クヤヴィアクの悪魔」と「ユダヤ女のポルカ」

Nord(ノルド)からは、曲名が気になる2曲を選びました。2012年のこの盤以降、ドイツ盤を入れていた業者がやめていたこともあって、このバンドについては見失った感がありましたが、最近もリリースはあるようです。番組の解説で「『ヴィコルゼニエニエ(根こそぎ)』の中で、ポーランド中を旅し、ほとんど忘れ去られたスタイルの音楽を演奏しているベテランミュージシャンを探し出し録音しました。そして、それらのメロディーを新しい曲に取り入れ、さらに解釈を加えました。」と入れていた該当盤の2004年リリースの『ヴィコルゼニエニエ(根こそぎ)』の現物を見つけましたので、次回はこの盤中心になっております。やはり彼らの最重要盤だと思いますし、2005年のライブで聞いたのは、その中からが多かったかと思います。(以下放送原稿を再度)

それでは、2012年に独Jaroから出た彼らの6枚目のNord(ノルド)から、「クヤヴィアクの悪魔」と「ユダヤ女のポルカ」の2曲を続けておかけします。ユダヤ人が欧州で一番多かった戦前と大きく異なり、第二次大戦後はユダヤ人が激減している訳ですが、現代のポーランドの音楽にユダヤの名残があるのかどうかが気になるところです。先ほどかけた2作目のWiosna Ludu (People's Spring) のハシディック・ダンスも、ユダヤ音楽の一種でした。戦前は、世界のユダヤ人の70%がポーランドに住み、ポーランド文化に影響を与えていますが、20世紀に入っても古くからのユダヤ教の教えを実践しながら生活していた伝統的なユダヤ人の多くは、ホロコーストにより虐殺されています。

<Kujawiak the Fiend クヤヴィアクの悪魔 4分44秒>

<Jewesse Polka ユダヤ女のポルカ 5分2秒>

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2025年6月 9日 (月)

ワルシャワ・ヴィレッジ・バンド

ゼアミdeワールド465回目の放送、日曜夜10時にありました。11日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。今日はPeople's Springの2曲を上げておきます。

ポーランドの音楽の13回目です。今回はワルシャワ・ヴィレッジ・バンドの3つの音源からピックアップしておかけします。
ポーランドが誇るラディカルなトラッド・バンドと言えば、このワルシャワ・ヴィレッジ・バンド(Warsaw Village Band)が有名です。私が彼らのライブを見たのは、確か2005年に某取引先が東京で催したフェスティヴァルでだったと思います。女性メンバーが多かったように記憶していますが、演奏のエネルギッシュさと共にびっくりしたのは、中央に座っていたチェロ奏者が、通常の両足で挟む構え方ではなく、胴の左のくぼみを左ももに乗せて楽器を45度に傾け、弓はコントラバスのように逆手(ジャーマン・ボウ)に持って弾いていたことでした。これはチェロを弾く者にとっては、目が飛び出るほどびっくりする構えでした。因みに順手の持ち方は、フレンチ・ボウと言います。
2作目のWiosna Ludu (People's Spring) は2002年に出ていますが、エレクトロニクスを控えて、ほとんどトラッドのまま演奏していて、私はこの路線の頃は非常に注目していました。2005年の東京でのライブもこの頃の「音」でした。現物は行方不明なのですが、ストリーミングにありましたので、この盤から2曲続けておかけします。

<To You Kasiunia 5分13秒>

<Chassidic Dance 4分11秒>

以下ワルシャワ・ヴィレッジ・バンドの英語版ウィキペディアの翻訳に少し手を入れたものを中心に解説を進めます。

彼らのマニフェストによると、このバンドは「人間の尊厳の破壊につながる」大衆文化と偏狭な考え方への反発として結成されました。ベルリンの壁崩壊と、旧ワルシャワ条約機構加盟国の大半への欧州連合(EU)拡大後、ポーランドの経済は飛躍的に成長し、多国籍企業による投資も増加しました。しかしこれにより、グローバリズムの下でポーランドの文化的アイデンティティが失われるのではないかという懸念が高まっています。
ワルシャワ・ビレッジ・バンドは、この潮流への対応として、ポーランドの音楽的伝統を探求し、それを新たな資本主義経済に適応させることを目指して結成されました。メンバーのヴォイチェフ・クルザクは、「共産主義の悪夢の後も、私たちは依然としてアイデンティティのために闘わなければなりません。そして、美しさとアイデンティティは依然として私たちのルーツにあることを私たちは知っています」と述べています。

クルザクはさらに、「現代のショービジネスとは異なる方法で、若者のための新たな文化的提案を生み出そうとしている」と述べています。バンド名自体が、ポーランドの新たな資本主義についてクルザクが抱く懸念を想起させるようです。ポーランドの多くの大都市には伝統的な意味での郊外がなく、都市から野原への不安な移行を招いているのです。このため、バンドは『ヴィコルゼニエニエ(根こそぎ)』の中で、ポーランド中を旅し、ほとんど忘れ去られたスタイルの音楽を演奏しているベテランミュージシャンを探し出し、録音しました。そして、それらのメロディーを新しい曲に取り入れ、さらに解釈を加えました。

それでは、2012年に独Jaroから出た彼らの6枚目のNord(ノルド)から、「クヤヴィアクの悪魔」と「ユダヤ女のポルカ」の2曲を続けておかけします。ユダヤ人が欧州で一番多かった戦前と大きく異なり、第二次大戦後はユダヤ人が激減している訳ですが、現代のポーランドの音楽にユダヤの名残があるのかどうかが気になるところです。先ほどかけたハシディック・ダンスもユダヤ音楽の一種でした。
戦前は、世界のユダヤ人の70%がポーランドに住み、ポーランド文化に影響を与えていますが、20世紀に入っても古くからのユダヤ教の教えを実践しながら生活していた伝統的なユダヤ人の多くはホロコーストにより虐殺されています。

<Kujawiak the Fiend クヤヴィアクの悪魔 4分44秒>
<Jewesse Polka ユダヤ女のポルカ 5分2秒>

バンドが使用している17世紀ポーランドの民族楽器スカについての記述がありまして、先日取り上げたゼスポウ・ポルスキが使っていた楽器もおそらく同じものだろうという事が分かりました。その部分を読み上げます。

ワルシャワ・ビレッジ・バンドは、ポーランドでほぼ失われていたいくつかの音楽的伝統を復活させたことで知られている。バンドは、現代ではあまり聞かれない楽器、フレームドラム、ハーディガーディ、そして17世紀のポーランドの民族楽器であるスカ(指ではなく爪で押さえる楽器で、ブルガリアのガドゥルカ、サーランギ、レベックに似ています)を使用します。スカは、メンバーのシルヴィア・シフィャントコフスカがバンドのコンサート、そして後にアルバムで演奏し始めるまで、ポーランドの人々にとってほとんど知られていませんでした。
さらに、バンドのボーカルの多くは、ブルガリア音楽の「オープン・スロート」と呼ばれる歌唱スタイル、ビアウィ・グロ(白声)に非常によく似た、力強い歌唱スタイルで歌われています。この歌唱スタイルは、ポーランドの山岳地帯の羊飼いたちが、遠くまで聞こえるようにするために用いていました。

それでは最後に、2015年に出たŚwięto Słońca - Sun Celebration(太陽の祭典)から  スペイン北西部ガリシア地方の女性歌手メルセデス・ペオンとの共演です。この曲を時間まで聞きながら今回はお別れです。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<Fly My Voice (feat. Mercedes Peón) 4分50秒>

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2025年6月 6日 (金)

エルマン・トーン

甘美なヴァイオリンの美音に「エルマン・トーン」と言う形容が付いていた往年の名人ミッシャ・エルマン(1891~1967)は、戦前には亡くなっていた昨日アップした2人の巨匠と比べると、同じく19世紀生まれでも1967年までご存命だったので、色々と状態の良い録音が残っています。番組でかけたヴィエニャフスキのヴァイオリン協奏曲 第2番 ニ短調の2楽章のライヴ映像がありました。この緩徐楽章のロマンス楽章は変ロ長調で、8分の12拍子のたゆたうような旋律が大変美しいです。
今週ブログで取り上げたヴァイオリニストでは、メニューイン、パールマン(番組のみですが)、カール・フレッシュ、ミッシャ・エルマンはユダヤ系です。ウクライナ出身のミッシャ・エルマンの祖父はクレズマーのフィドル奏者だったそうです。同じくユダヤ系のヤッシャ・ハイフェッツと世代が近く、この「ヴァイオリンの帝王」の影に隠れがちではあったようですが、地味に精力的に活動し、その甘美なストラディヴァリウスの「エルマン・トーン」で親しまれました。

MISCHA ELMAN, violin. H. Wieniawski - Romance (Violin Concerto No.2, 2d movement)


<Violin Concerto No. 2 in D Minor, Op. 22: II. Romance. Andante non troppo 4分53秒>
<Violin Concerto No. 2 in D Minor, Op. 22: III. Allegro con fuoco - Allegro moderato, à la zingara 7分4秒>

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2025年6月 5日 (木)

イザイとカール・フレッシュのマズルカ

イザイとカール・フレッシュが弾いたヴィエニャフスキのマズルカは、両方ともありましたが、イザイの方は「2つの性格的なマズルカOp.19」の2曲とも弾いていますので、そちらで上げておきます。長髪のイザイの有名な写真がジャケットになっています。欲を言えば、イザイでスケルツォ・タランテラを聞きたいものですが、今の所音源は見つかっていません。(以下放送原稿を再度)

現物では聞いた事がなかった貴重音源がストリーミングの中には続々と見つかりますが、往年の名手の歴史的録音はクベリーク以外にも色々ありまして、ヴィエニャフスキ作品ですと、ベルギー出身の19~20世紀初頭の大ヴァイオリニスト、ウジェーヌ・イザイ(1858~1931)と、ヴァイオリン教本で有名なカール・フレッシュ(1873~1944)の演奏がありますので、2曲続けておかけします。まさかイザイやカール・フレッシュの演奏を聞けるとは、見つけた時は信じられなかったです。イザイは、ヴュータンやヴィエニャフスキに師事した、いわゆる「フランコ・ベルギー楽派」の名人で、弟子にはナタン・ミルシテイン、ウィリアム・プリムローズなどがいます。曲はイザイがマズルカ「オベルタス」、カール・フレッシュはマズルカ「旅芸人」ですが、この2曲はちょうど「2つの性格的なマズルカOp.19」の2曲です。

2 Mazurkas, Op. 19

2 Mazurkas, Op. 19: No. 2. Le menetrier, "Dudziarz"

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2025年6月 4日 (水)

ヤン・クベリークとジル・アパップの演奏で

ご覧の通りでスケルツォ・タランテラはとにかくテンポが速いし、長調に変わって出て来る1本の弦で駆け上がって最後の3つの音は、指板ギリギリのところまで使ってのフラジオレットの際に、親指を何とか棹の下に残さないといけないので、左手がつりそうになるし、大変な曲です。しかし、あの朗々とした美しい旋律と超絶技巧が絡まる部分は、最高の聞かせどころだと思います。何本も見ましたが、技術的に余裕があって曲の深みまで表現している現代の演奏としては、今回は貼りませんが大分前に上げたポーランドのコンスタンティ・クルカが素晴らしいと思います。
今日は名指揮者ラファエル・クーベリックの父、ヤン・クベリークとジル・アパップの音源を貼っておきます。クベリーク(1880年生まれ1940年没)の頃はテンポがさほど速くないので、この位ならその内何とか届くだろうかとも思っています。SP音源の特色はあるかと思いますが、彼の演奏を含め往年の巨匠の温かみのある音色は、いつ聞いても素晴らしいです。現代の演奏家には出せない何かがある気がします。
3本目はジル・アパップの2007年の映像ですが、2006年に来日した頃もこういう感じで聞けたのかと思うと、返す返すも残念です。あの年の<東京の夏>音楽祭は、シャハラーム・ナーゼリーの本番を聞きインタビューをして物販に出ただけで終わりました。これを見ると、クラシックだけでなく、ジプシー音楽、スウィング、アイルランド音楽、ブルーグラスまで幅広く演奏する現代の鬼才、と言うのは納得して頂けるのではと思います。ジル・アパップのスケルツォ・タランテラの実演も見てみたかったです。

Jan Kubelík - Wieniawaski: Scherzo-Tarantelle

Scherzo-Tarantelle

Apap, amazing cadenza _ 2

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2025年6月 2日 (月)

スケルツォ・タランテラ

ゼアミdeワールド464回目の放送、日曜夜10時にありました。4日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。スケルツォ・タランテラですが、番組でかけたパールマン、アパップ、クベリークの動画はなさそうですので、ユーディ・メニューインの古い映像で上げておきます。フィンガリングとボウイングがよく分かります。ハイフェッツの演奏は前に上げたと思います。

Yehudi Menuhin: Henryk Wieniawski - Scherzo tarantelle, Op.16 (with Adolph Baller)

ポーランドの音楽の12回目です。「ヴァイオリンのショパン」とも呼ばれたヴィエニャフスキを忘れていましたので、今回はヴィエニャフスキ特集にしたいと思います。1835年生まれで1880年に亡くなっているので、さすがに録音は残っていないようですが、華麗な超絶技巧とスラヴ的情緒のある作品は、現在も愛されています。ショパン程ではないと思いますが、この人も甘美なメロディをたくさん作った人だと思います。
私は何と言ってもスケルツォ・タランテラが好きなもので、自分でも何とか弾こうと取り組んで何年かになります。この曲は80年前後にはパールマンで耳にすることが多く、当時は名人芸を披露するヴィルトゥオーソ・ピースにはそれほど関心はなかったのですが、最近になって中間部の朗々と歌うように弾かれる名旋律に猛烈に惹かれるようになりまして、それ以来部屋の譜面台に乗ったままになっています(笑) 
イツァーク・パールマンとジル・アパップとヤン・クベリークの演奏を3つ続けておかけします。パールマンのピアノ伴奏はサミュエル・サンダース、ジル・アパップの方は、現物がないので伴奏者は不明ですが、珍しくアコーディオン伴奏です。クラシックだけでなく、ジプシー音楽、スウィング、アイルランド音楽、ブルーグラスまで幅広く演奏する現代の鬼才です。ヤン・クベリークは名指揮者ラファエル・クーベリックの父で、1880年生まれ1940年没ですから歴史的な録音です。これも現物がないので伴奏者は不明です。

<イツァーク・パールマン & サミュエル・サンダース Scherzo-tarantelle in G Minor, Op.16 (1987 Remastered Version) 4分32秒>
<Gilles Apap  Scherzo-Tarantelle 4分52秒>
<ヤン・クベリーク Scherzo-tarantelle, Op. 16 3分34秒>

現物では聞いた事がなかった貴重音源がストリーミングの中には続々と見つかりますが、往年の名手の歴史的録音はクベリーク以外にも色々ありまして、ヴィエニャフスキ作品ですと、ベルギー出身の19~20世紀初頭の大ヴァイオリニスト、ウジェーヌ・イザイ(1858~1931)と、ヴァイオリン教本で有名なカール・フレッシュ(1873~1944)の演奏がありますので、2曲続けておかけします。まさかイザイやカール・フレッシュの演奏を聞けるとは、見つけた時は信じられなかったです。イザイは、ヴュータンやヴィエニャフスキに師事した、いわゆる「フランコ・ベルギー楽派」の名人で、弟子にはナタン・ミルシテイン、ウィリアム・プリムローズなどがいます。曲はイザイがマズルカ「オベルタス」、カール・フレッシュはマズルカ「旅芸人」ですが、この2曲はちょうど「2つの性格的なマズルカOp.19」の2曲です。

<ウジェーヌ・イザイ 2 Mazurkas, Op. 19: No. 1. Obertass 2分5秒>
<カール・フレッシュ 2 Mazurkas, Op. 19: No. 2, Le menetrier, "Dudziarz" 3分43秒>

次にこれも美しい旋律に心惹かれる曲ですが、ヴァイオリン協奏曲 第2番 ニ短調の2楽章と3楽章です。緩徐楽章のロマンス楽章は変ロ長調で、8分の12拍子のたゆたうような旋律が大変美しいです。その後は「ハンガリー風の」ジプシー様式によるロンドの終楽章ですが、2楽章の途中までになるかも知れません。
甘美なヴァイオリンの美音に「エルマン・トーン」と言う形容が付いていた往年の名人ミッシャ・エルマン(1891~1967)の演奏です。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<Violin Concerto No. 2 in D Minor, Op. 22: II. Romance. Andante non troppo 4分53秒>
<Violin Concerto No. 2 in D Minor, Op. 22: III. Allegro con fuoco - Allegro moderato, à la zingara 7分4秒>

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