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2026年7月

2026年7月31日 (金)

セント・バーナード犬を称えるヨーデル

スイスシリーズの華々しい中締めとして、番組ではオシュス・ディー・ドリッテンのKu-Ku-Jodel (Live)とJodeln ist cool (Live)のライブ音源をかけましたが、ゼアミブログではメインヴォーカルのメラニー・オシュをフィーチャーした曲から、個人的にとても(実は一番)気に入っていた曲Die Helden vom grossen St. Bernhardを上げておきます。彼らの楽曲には、テンポがゆったりで、じっくりとヨーデルを聞かせる曲は余りないようですから、この曲はメラニー・オシュの美声を存分に堪能できる数少ない一曲だと思います。
直訳すれば「偉大なるサン・ベルナール峠の英雄たち」と訳せますが、今回もDie Helden vom grossen St. Bernhardについてジェミニに聞いてみました。今回も素晴らしい回答でした。

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スイスの人気民族音楽グループエシュズ・ディー・ドリッテン(Oesch's die Dritten)などが歌う『Die Helden vom grossen St. Bernhard(グラン・サン・ベルナール峠の英雄たち)』は、アルプス越えの難所と、そこで多くの旅人を救ったセント・バーナード犬(犬種名:セント・バーナード / ドイツ語:Bernhardiner)を称える楽曲です。

曲の背景となっている歴史や舞台には、次のようなストーリーがあります。

1. 舞台:過酷なグラン・サン・ベルナール峠
標高約2,470メートルに位置するグラン・サン・ベルナール峠(Großer St. Bernhard)は、スイスとイタリアを結ぶアルプス越えの要所です。古くから多くの旅人や修道士、軍隊が往来していましたが、冬は猛吹雪や雪崩が頻発する極めて危険な難所でした。

2. 修道士と「英雄」である救助犬たち
11世紀頃、この峠に旅人のための避難所(ホスピス)が建てられ、修道士たちが過酷な環境の中で遭難者の救出活動を行っていました。
17世紀後半から18世紀頃になると、修道士たちは優れた嗅覚と力強さを持つ犬を救助に同行させるようになります。これが現在のセント・バーナードのルーツです。彼らは深い雪をかき分け、吹雪で道を見失った旅人を発見し、修道院まで導いたり救出したりしました。

3. 伝説の救助犬「バリー」
この曲が描く「英雄たち」の象徴として特に有名なのが、19世紀初頭に実在した救助犬バリー(Barry)です。バリーは生涯で40人以上もの命を救ったと伝えられており、スイスでは国民的なヒーローとして語り継がれています。  

楽曲の特徴とメッセージ
歌の中では、苛烈なアルプスの自然の厳しさと、その中で命をかけて人間を助けた「セント・バーナード犬たちの誇り高き姿と勇気」が誇り高く讃えられています。明るく伸びやかなヨーデルの旋律に乗せて、スイスの伝統的な歴史的誇りを表現した名曲です。

Oesch's die Dritten / Die Helden vom grossen St. Bernhard

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2026年7月30日 (木)

おおブレネリ

スイスの歌で昔から有名な曲と言えば、「おおブレネリ」と「ホルディリディア」でしょう。70年代に「家族そろって歌合戦」などでよく耳にした記憶があります。あれは「うたごえ喫茶」ブームの名残かとも思います。スイスの歌は「アルプス一万尺」もあるでしょうという意見もあるかと思いますが、あの歌の原曲はアメリカの民謡です。ヨーデルと同じでドイツ系移民からの伝承かも知れません。アメリカのドイツ系移民(ドイツ、旧オーストリア帝国、スイスのドイツ語圏からの)の分布が、アメリカ東北部に集中しているイングランド系やアイルランド系より遥かに広いのは、見落とされ勝ちなように思います。
番組で言いましたが、「おおブレネリ」はスイス本国では歌われなくなってしまい、来日した合唱団の日本向けLPを作る時に、日本側からの要望に応え急遽練習して収録したというような逆転現象が起こっていたそうです。これも70年代のエピソードかと思います。

~おぉブレネリ~ NHK東京児童合唱団

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2026年7月29日 (水)

干し草刈り機やチーズのヨーデル等

先週途中までになっていた1958年録音のMountain Songs and Yodeling of the Alpsの後半から、Emmentaler Song、Wild Haycutter Yodel(干し草刈り機のヨーデル)、Gadmer Song、最後はYodelと言う男女の重唱の曲までの4曲を番組でかけました。ヨーデルにこだわって選曲してみました。男声ヨーデルの素晴らしさは、もちろん歌唱の巧みさはありますが、男声の場合、一人で低い音から高い音まで網羅しているからではと思います。
EmmentalerとGadmerというのが何か不明でした。エメンタール(Emmentaler)は、アニメ「トムとジェリー」に登場するような、大きな穴(チーズアイ)があいたスイス原産のハードタイプのチーズだろうと分かりましたが、Gadmerは「20世紀を代表するドイツの哲学者」とも出てきました。これは違うと思います(笑)

<12 Emmentalerlied (The Emmentaler Song) 1分34秒>

<14 Wildheuryutz (Wild Haycutter Yodel) 1分23秒>

<16 Gadmer Liedli (Gadmer Song) 2分44秒>

<18 Yodele (Yodel) 2分5秒>

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2026年7月27日 (月)

1953年のSongs and Dances of Switzerland

ゼアミdeワールド524回目の放送、日曜夜10時にありました。29日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。今回かけた1953年の録音は、サブスクでは3曲だけでしたが、YouTubeには全15曲上がっています。その3曲はアルペンヨーデル以外の2曲は、何故かフランス語圏の歌だけでした。

スイスの7回目になります。予告通り米Smithsonian Folkwaysの1950年代の2点の内の古い方、1953年の録音から始めます。DLデータにはフルアルバムがありますが、サブスクで聞けるのはシングルでリリースされていたかと思われる3曲だけになります。この時期の録音を聞くことは他ではまずないので、かなり貴重な音源だと思います。英文解説の和訳をまず読み上げます。

1953年にローラ・ボルトンによって録音されたこのコンピレーション・アルバムは、フォークダンス、村の楽団、ヨーデル、合唱、ハックブレット(打弦楽器)、アルプホルン、ベル・ツリーなど、スイスの伝統音楽の数々を収録しています。ライブ録音ならではの楽しげな雰囲気が捉えられており、時折聞こえる観客の笑い声や、踊る演者の足踏みの音が、楽曲にさらなるリズムの深みを与えています。特に興味深く美しいのは、牛を呼び寄せるためにアルプホルンで奏でられる「山の呼び声(マウンテン・コール)」です。ボルトンは、このホルンの演奏について、山のこだまと調和させる必要があると述べています。ライナーノーツには、ローラ・ボルトンによるスイス音楽の解説に加え、歌詞(フランス語、ドイツ語、英語)や写真が掲載されています。

曲は、Alpine Yodel、En Revenant de Noces (Love Song)、Faisons a Petite Pas (Dance Song)の3曲です。

<Alpine Yodel 45秒>

<En Revenant de Noces (Love Song) 結婚式から帰ってきたとき 1分19秒>

<Faisons a Petite Pas (Dance Song) 小さな一歩を踏み出そう 1分36秒>

次に前回途中までになっていた1958年録音のMountain Songs and Yodeling of the Alpsの後半から、Emmentaler Song、Wild Haycutter Yodel(干し草刈り機のヨーデル)、Gadmer Song、最後はYodelと言う男女の重唱の曲までの4曲です。ヨーデルにこだわって選曲してみました。

<12 Emmentalerlied (The Emmentaler Song) 1分34秒>
<14 Wildheuryutz (Wild Haycutter Yodel) 1分23秒>
<16 Gadmer Liedli (Gadmer Song) 2分44秒>
<18 Yodele (Yodel) 2分5秒>

この後はスイスシリーズの最初に聞いたオシュス・ディー・ドリッテンのメインヴォーカルのメラニー・オシュをフィーチャーした曲から、個人的にとても気に入っていた曲Die Helden vom grossen St. Bernhardをおかけしておきます。「偉大なるサン・ベルナール峠の英雄たち」と訳せるようです。彼らの楽曲には、テンポがゆったりで、じっくりとヨーデルを聞かせる曲は余りないようですから、この曲はメラニー・オシュの美声を堪能できる数少ない一曲だと思います。
更にスイス民謡と言えば、おそらく日本で一番有名な「おおブレネリ」を後に続けます。この曲は現地では歌われなくなってしまい、来日した合唱団の日本向けLPを作る時に、日本側からの要望に応え急遽練習して収録したというような逆転現象も起こっていたそうです。NHK東京児童合唱団の歌唱です。

<Oesch's die Dritten / Die Helden vom grossen St. Bernhard 3分3秒>
<おおブレネリ 2分48秒>

この後はオシュス・ディー・ドリッテンの曲を時間まで聞きながら今回はお別れです。Ku-Ku-Jodel (Live)とJodeln ist cool (Live)のライブ音源です。この2曲をもってスイスシリーズの華々しい中締めとします。
8月は毎年恒例のお盆の純邦楽に移りますが、その中でスイスやオーストリアの時に出てきたカントリー・ヨーデルやハワイアンのヨーデル風な歌唱、ホーハイ節など裏声を使う日本の民謡、ナトゥアヨーデルの比較で出てきた日本各地の馬子唄などを取り上げる予定です。
おそらく9月からになると思いますが、数少ないスイスのクラシック作曲家の作品も少し考えています。エルネスト・ブロッホのチェロ曲「祈り」なども予定しております。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<Oesch's die Dritten / Ku-Ku-Jodel (Live) 2分30秒>
<Oesch's die Dritten / Jodeln ist cool (Live) 3分53秒>

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2026年7月24日 (金)

アルプスの山の歌とヨーデル

1958年のMountain Songs and Yodeling of the Alpsは、フォークウェイズ時代にアナログ盤で出ていた音源かと思います。CD化はされず、今の時代になってDLかカスタムCDRとサブスクで復活する古い音源は、スイスに限らずこのレーベルにはたくさんあります。今週は一コマ減ってしまいましたので、今週かけた残りの9曲を全て入れておきます。オーストリアの時もそうでしたが、特に男性のヨーデルが素晴らしく、耳が惹きつけられます。(以下放送原稿を再度)

1958年に録音されたこのアルバムは、トゥーン出身のフリッツ・リーヒティとその家族によって演奏されています。当時、屈指のヨーデル歌手と評されたリーヒティの才能は、スイスの山岳音楽の長い伝統を体現するこの楽曲集の中で遺憾なく発揮されています。アコーディオンの伴奏に乗せて歌われる楽曲は陽気で、その歌詞には山や牧草地への敬愛の念が込められています。ライナーノーツには、ドイツ語の歌詞と英訳が掲載されています。

Chumm mit I D'Berge (Come with Me to the Alps)

Hueterbueb von Ummel (The Shepherd Boy)

Dert Anet dem Bargli (There over the Mountain in the Valley)

Morge Frueh (Early in the Morning)

Hueterbueb von Herzog (The Shepherd)

Zwanggrind, Der (Stubborn Face)

Jhr Manne es Taget (It's Dawning)

Gugger (The Cuckoo)

17曲目のMarch (Accordian Solo)は、ドイツ~スイスのマーチとだけ解説にありますが、これはウィーンの音楽シュランメルの名曲「ウィーンはウィーン」の旋律だと思います。当時はSPの時代で、今のように簡単に他国の音楽を耳にするのは難しかったのではと思いますが、有名な曲は国を越えて広く知られるようになって、耳コピでカバーされていたのではと思います。演奏者が原曲について知らないケースもあったのかも知れません。

March (Accordion Solo)

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2026年7月23日 (木)

アペンツェルのレントラー・フェスト

昨日は何故かネット接続できずブログアップも何も出来ずでした。4200余りの記事中で休みと告知した日以外では多分初に近いかも知れません。原因が判明しましたので、今日先ほどから接続できてほっとしております。原因はニフティのパスワード変更関連でした。
今週番組でかけた1958年の録音とは関係はありませんが、今日の動画を見ると、レントラーとヨーデルの関係とは?と改めて思います。ベートーヴェンの曲などでもお馴染みの古い舞曲レントラーが踊られている横では、ヨーデルが普通に聞こえて来る環境だったのでしょう。ナトゥアヨーデルで有名なアペンツェルのレントラー・フェストのようですが、レントラーと言いながら、美しいナトゥアヨーデル三昧の映像です。見ていると夢見心地になってきます(笑)

Ländlerfest Appenzell 2017 Teil 1

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2026年7月20日 (月)

Mountain Songs and Yodeling of the Alps

ゼアミdeワールド523回目の放送、日曜夜10時にありました。22日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。今日はレントラーと「牧童のヨーデル」の比較から。

スイスの6回目になります。スイスの民族音楽の音源ですが、先週の「アペンツェルのツォイエリ」だけが手元にありますが、類似の音楽の国内盤は買い逃してしまっていたので、他には米Smithsonian Folkwaysの1950年代の2点くらいです。現地のクラシカルなヨーデル関連の音源はいくつかありますが、ドイツやオーストリアと違って、スイスはクラシック音楽の有名な作曲家も少ないので、トータル回数は減ると思います。

まず1958年のMountain Songs and Yodeling of the Alpsから取り上げますが、フォークウェイズ時代にアナログ盤で出ていた音源かと思います。CD化はされず、今の時代になってDLかカスタムCDRとサブスクで復活する古い音源は、スイスに限らずこのレーベルにはたくさんあります。解説文の和訳を以下に入れておきます。

1958年に録音されたこのアルバムは、トゥーン出身のフリッツ・リーヒティとその家族によって演奏されています。当時、屈指のヨーデル歌手と評されたリーヒティの才能は、スイスの山岳音楽の長い伝統を体現するこの楽曲集の中で遺憾なく発揮されています。アコーディオンの伴奏に乗せて歌われる楽曲は陽気で、その歌詞には山や牧草地への敬愛の念が込められています。ライナーノーツには、ドイツ語の歌詞と英訳が掲載されています。

前にちょっとお話ししましたが、この音源の5曲目のLandler (Accordian Solo)という曲が、前に「ヨハン大公のヨーデル」からかけた「牧童のヨーデル」と同じ曲でしたから、2曲続けておかけします。オーストリアとスイスで同じ旋律という稀な例かも知れません。ナトゥア・ヨーデルの一種なので、メロディがスイスに流れていったか、あるいはその逆でしょうか?

「牧童のヨーデル」の解説は以下の通りでした。
山の牧場アルム(スイスではアルプ)に登って、家畜の番をしたり草刈りをする牧童はセンナーと呼ばれ、アルムで生まれた本来のヨーデル(ナトゥア・ヨーデル)は、合図用・連絡用の掛け声として歌詞を持たなかったのですが、そういうセンナー・ヨーデルをエディット・ディーポルトが巧みに歌っています。

<Landler (Accordian Solo) 2分7秒>

<牧童のヨーデル 2分46秒>

17曲目のMarch (Accordian Solo)は、ドイツ~スイスのマーチとだけ解説にありますが、これはウィーンの音楽シュランメルの名曲「ウィーンはウィーン」の旋律だと思います。当時はSPの時代で、今のように簡単に他国の音楽を耳にするのは難しかったのではと思いますが、有名な曲は国を越えて広く知られるようになって、耳コピでカバーされていたのではと思います。演奏者が原曲について知らないケースもあったのかも知れません。

<March (Accordian Solo) 2分9秒>

この後は5曲目のレントラーと17曲目のマーチを外して、1曲目からピックアップしておかけします。ドイツ語と英語の歌詞対訳だけで、各曲の解説がないので、特徴だけ入れます。オーストリアの時もそうでしたが、男性のヨーデルが素晴らしく、耳が惹きつけられます。1曲目は「私とアルプスに行きましょう」、2曲目は「羊飼いの少年」、3曲目は「山の向こう、谷間には」、4曲目は「早朝」、6曲目が「羊飼い」まで、5曲続けておかけします。

Fritz Liechti / Mountain Songs and Yodeling of the Alps
<1 Chumm Mit I D'Berge (Come With Me to the Alps) 1分37秒>
<2 Hueterbueb Von Ummel (The Shepherd Boy) 2分20秒>
<3 Dert Anet Dem Bargli (There Over the Mountain In the Valley) 1分40秒>
<4 Morge Frueh (Early In the Morning) 2分7秒>
<6 Hueterbueb Von Herzog (The Shepherd) 2分12秒>

以下とことんヨーデルにこだわって選曲してみました。少年と思われる歌い手の「頑固そうな顔」と言う曲に始まり、夜明け、カッコー、Emmentaler Song、Wild Haycutter Yodel(干し草刈り機のヨーデル)、Gadmer Song、最後はYodelと言う男女の重唱の曲までの7曲を時間まで聞きながら今回はお別れです。途中までになると思いますが、続きは次回に回して、もう一つの1953年の音源の後で入れます。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<7 Zwanggrind, Der (Stubborn Face) 1分29秒>
<8 Jhr Manne Es Taget (It's Dawning) 1分48秒>
<10 Gugger (The Cuckoo) 1分36秒>
<12 Emmentalerlied (The Emmentaler Song) 1分34秒>

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2026年7月17日 (金)

スイスの「なまはげ」

「なまはげ」を連想させる映像がありました。草木に隠れるような蓑のようなものを着た上で、顔には確かに不思議な木の仮面を被っています。頭の上がまた賑やかに色々なものが載っています。スイスの中でも最も古き良きスイスの伝統を維持していると言われたのが東北部のアペンツェルで、日本の「なまはげ」に相当する悪魔払いのツォイエリが記録されたのは、「芸能の宝庫」として知られたウルネシュ村という所、というのが「アペンツェルのツォイエリ」の紹介文でした。月曜にかけた1曲目の「シルヴェスター・クロイゼ」に相当するのがSilvesterklausenのようです。結局クラウスたち(クロイゼ)というのが何かは不明のままですが。Mystical Men Yodeling in Appenzellというタイトル通りの不思議な光景です。「泣ぐ子は居ねがー」「悪い子は居ねがー」と奇声を発しながら練り歩く、有名な秋田の「なまはげ」のように子供が泣き出す感じではなく、一緒に楽しんでいるようです。

Silvesterklausen - Mystical Men Yodeling in Appenzell Switzerland - Travel and Culture - New Year

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2026年7月16日 (木)

馬子唄調のナトゥアヨーデル

「アペンツェルのツォイエリ」の江波戸先生の解説には、ヨーデルについて「アルプスの山人が奇声を発する記録は古代ローマ時代からあって、19世紀に出版された牛集め歌の民謡集では、ほとんど歌詞を持たないナトゥアヨーデルは、ゆったりとした馬子唄調のような歌だった」という記述がありました。今日の1本目の独唱の歌い出しなどを聞くと、本当に日本の民謡とそっくりに感じる部分があります。いくつかある似た歌唱の中では、これが一番「馬子唄」風に聞こえます。木遣り歌にも少し似ているように思います。2本目はもっとベテランに見えるメンバーの大変素晴らしいナトゥアヨーデルで、1本目と3本目の中間のような内容と言うと近いでしょうか。メンバーが赤いチョッキを着た典型的アペンツェルのナトゥアヨーデルのスタイルの3本目は、ヨーデルがしっかり入ってくるのもあって、はっきりとアルプスの音楽に聞こえます。甲高い牛の声?を模しているのが、後ろの年配?のおじさんなのが意外でした(笑) 全体的には、段々イタリア各地やダルマチアの男声合唱との境が不明確になっていくのではという気もしました。

Chlause Schuppel Schwarzbären Zäuerli

aescher yodel "Zäuerli"

Appenzeller-Naturjodel Tradition, Bergwaldchörli Enggenhütten

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2026年7月15日 (水)

男声合唱としてのヨーデル

「アペンツェルのツォイエリ」について、「盛んな、と言いましたが、盛んだった、と過去形になっているのかも知れません。こういう無形文化遺産的な各国の音楽は段々と消えて行っているようですが、出来るだけ各国固有の文化が残って欲しい、たとえ消えたとしても知って欲しいと思っているのが、この番組を続けている大きな理由です。」と番組で言いましたが、どうやら杞憂だったようです。ライブ映像が次々と見つかりました。もっとも現地で今もそのまま「ふるさとの伝承」として残っているかどうかは分かりませんし、これらの映像は保存会的なグループなのかも知れません。しかしドイツ語圏の伝統音楽はCD以外ほとんど日本に情報が来てないなと改めて思います。
こうしてステージ化された歌唱を聞いていると、イタリアの周辺で盛んな男声の多声合唱(安易に「ポリフォニー」と言われ勝ちなのが気になりますが)の流れを汲んでいるようにも聞こえてきます。共通項はカトリックでしょうか。コルシカ、サルディニアやイタリアの沿岸部各地の音源は豊富ですし、アドリア海の対岸のクロアチアの沿岸部ダルマティアにも見事な男声合唱がありますが、その中でスイスは北限でしょう。ドイツ以北にはそういう民族的な多声合唱はほとんどないと思います。スイスに何度も行ったとお聞きしていた江波戸先生がお元気な内に、もっとスイスの音楽について聞いておけば良かったと思う今日この頃です。

Jodlerklub Männertreu Nesslau-Neu St.Johann - de Looser

EJV-Jodlerfest Brig 24.06.2017 Chor

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2026年7月13日 (月)

アペンツェルのツォイエリ

ゼアミdeワールド522回目の放送、日曜夜10時にありました。15日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。

スイスの5回目になります。今回は原初的な通信手段としての自然ヨーデル:Naturjodel(ナトゥアヨーデル)が盛んなスイス東北部アペンツェルでの1979年の現地録音を取り上げます。「アペンツェルのツォイエリ」というタイトルの仏Unesco盤の音源ですが、現在は米Smithsonian FolkwaysでDLかカスタムCDRで購入するか、サブスクでも聞けるようになっています。この盤は80年代末頃からのワールドミュージックブーム全盛時代にCDが出た懐かしい一枚です。「盛んな」と言いましたが、「盛んだった」と過去形になっているのかも知れません。こういう無形文化遺産的な各国の音楽は段々と消えて行っているようですが、出来るだけ各国固有の文化が残って欲しい、たとえ消えたとしても知って欲しいと思っているのが、この番組を続けている大きな理由です。

スイスの中でも最も古き良きスイスの伝統を維持していると言われたのが東北部のアペンツェルで、日本の「なまはげ」に相当する悪魔払いのツォイエリが記録されたのは、「芸能の宝庫」として知られたウルネシュ村という所です。山上の牧草地アルプ(あるいはアルム)で活動する牧童たちが歌い継いできた伝統歌に、牛集めの歌クーライーエンと悪魔払いの歌ツォイエリがありますが、何故「悪魔祓い」かと言いますと、山人にとって山々は災害をもたらす悪魔やもののけの潜む恐ろしいところという畏怖の念があって、恐ろしさを紛らわそうとグロッケン(鈴)などを鳴らしながら声を張り上げ奇声を発したためとも言われます。このようにヨーデルが生まれた背景に、牛の呼び集め、村々や隣のアルプへの伝達手段に加えて、悪魔祓いがありますが、何も知らずに聞くと、ここで聞けるのは大変美しいポリフォニックな男性合唱になっています。ソロの男性歌手がヨーデルの主旋律を歌って、他のメンバーは持続音ドローンなどの和声を付けています。

まずは旧暦の大晦日(シルヴェスター)の1月13日に行われるウルネシュの悪魔払いの行事から「シルヴェスター・クロイゼのツォイエリ」をおかけします。クラウスたち(クロイゼ)は、正に「なまはげ」を思わせる大きな面と独特の衣装に身を包んで、村の一軒一軒を廻り、特大の鈴を鳴らしながらヨーデル交じりの歌を歌うそうです。

<シルヴェスター・クロイゼのツォイエリ 9分1秒>

2曲目がミルク絞りのツォイエリ、3曲目はアルプ登りのツォイエリです。ミルクを絞る時も悪魔祓いが必要なのか、不思議ではありますが(笑)

<ミルク絞りのツォイエリ 5分47秒>
<アルプ登りのツォイエリ 2分36秒>

この後は時間の都合で4曲目の「シェッレシェッテ付きのツォイエリ」は飛ばして、5~12曲目まで続く「はたごでのツォイエリ」を時間まで聞きながら今回はお別れです。今回はなるべく解説を少なくして、この貴重音源を長くかけようと思っていました。今回の解説は江波戸昭先生のライナーノーツを参考にしました。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<はたごでのツォイエリ 2分20秒>
<はたごでのツォイエリ 3分49秒>

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2026年7月10日 (金)

Jodel en français(フランス語のヨーデル)

スイスのフランス語圏やイタリア語圏、それにロマンシュ語圏もだと思いますが、ドイツ語以外はラテン系の言語です。大体ですが、スイスの中でフランス語圏は西部、イタリア語圏は南部、ロマンシュ語圏は南東部に位置します。それらの地方では、泥臭いアルプスのドイツ語圏の特殊発声入りの民謡より、流麗で美しいメロディを重視する洗練されたラテン系民族の音楽文化に向かう傾向が強いというAI回答でした。スイスは九州程の面積ですが、その中に4つの言語がひしめいているという状況自体が、まず驚くべきことだと思います。オーストリアにしても北海道とほぼ同じくらいの面積です。
AIの回答では、「フランス語圏でもまったくゼロというわけではなく、現在ではスイスヨーデル連盟などを通じてフランス語の歌詞がついたヨーデル(Jodel en français)なども作られていますが、やはり歴史的・文化的な土壌の違いから、圧倒的にドイツ語圏の文化として認識され、親しまれ続けています。」ということでした。そこでヨーデル・アン・フランセ(Jodel en français)で調べてみました。1本目は間違いなくスイスのフランス語ヨーデル、2本目のManon Bédardはカナダ東部のフランス語圏ケベックの歌手のようですが、フランス語でもそれほど違和感はないように思いました。余談ですが、ドイツ語の方言のスイスドイツ語は、Merciなどフランス語の語彙もかなり入っているようです。スイスドイツ語は、アレマン語(ドイツ南西部の地方言語)系ですが、アレマンと言えばバッハなどの組曲で有名なアルマンド(ドイツ風舞曲)の語源です。

Suisse yodle chanson 4

Manon Bédard - il m'a montré à yodler

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2026年7月 9日 (木)

チキン・アタック~鶏攻撃の術~ ヨーデル伝説 (タケオ・イシイ伝説)

今日は石井健雄さんのコミック・ヨーデルと秀逸なけっさくドキュメンタリーを上げておきます。ドイツでの人気のほどがよく分かりました。撮影当時46歳ということは、2本目の放送は93年頃と思われます。たけしもさんまも皆若い(笑) 1本目も同じ頃です。2本目の解説に「今 巷で人気の「チキン・アタック ~鶏攻撃の術~」」とありますが、1本目がこれでしょうか。そして今も東京で人気なのでしょうか? 田舎にいるもので、分かりません(笑) この曲、Altes Volkslied aus Österreich(オーストリアの古い民謡)と解説にありました。

Takeo Ischi - New Bibi Hendl (Mei Bibihenderl) - 1993

ヨーデル伝説 (タケオ・イシイ伝説)

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2026年7月 8日 (水)

Einen Jodler hör i gernの聞き比べ

石井さんのHappy Yodeling - Ein Jodler zieht hinaus in die Weltの冒頭に入っていたこのEinen Jodler hör i gernが、石井健雄さんとフランツル・ラングの二人とも歌っている曲です。Einen Jodler hör i gernは「私はヨーデルを聴くのが好きです。」と訳せます。フランツル・ラングの歌唱は色々な面でいかにもバイエルン風な味わいですが、石井さんの裏声の方が、素人耳には完璧に聞こえます。この曲についてのAI回答(独文の和訳)は以下の通りです。
陽気な歌「ヨーデルを聴くのが大好き」は、日本のヨーデル歌手、石井健雄の独特なバージョンのおかげで特に有名です。心温まる伝統的なメロディーで、喜びを広め、山への愛を称えています。
背景と情報:この歌は、日本の生きる喜びとアルプスの民謡を融合させたものです。「日本のヨーデル王」と呼ばれる石井健雄は、この曲で真のクラシックを生み出し、SpotifyやAmazon Musicで頻繁にストリーミングされています。

Takeo Ischi - ヨーデルを聞くのが好きです

Franzl Lang - Einen Jodler hör i gern

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2026年7月 6日 (月)

ヨーデルについてAIに聞きました。+Takeo Ischi

ゼアミdeワールド521回目の放送、日曜夜10時にありました。8日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。

スイスの4回目になります。今回は南ドイツ、バイエルン地方で活躍する日本人ヨーデル歌手、石井健雄さんの若い頃の録音ではと思われる素晴らしい歌声を中心に聞いてみます。先週かけた「ヨーデル王」バイエルン州出身のヨーデル歌手フランツル・ラングの影響を強く受けたようです。ほとんどの現地の歌手よりも上手いのではと思うほどの歌唱です。

前々回とダブりますが、ウィキペディアのプロフィールから抜粋します。

機械工学を学ぶ余暇にツィターやハックブレットに夢中になり、東京でこの楽器を教わった。フランツル・ラングのヨーデルのレコードから自力でヨーデルを学んだ。1973年26歳のとき、ドイツで機械工学を学びたいと両親に直談判し半年間の予定でドイツ・バイエルンに渡る。はじめ、誰も彼の歌声に耳を傾けることは無かったが、たまたま旅行先のスイス・チューリヒの酒場に誘われたときに披露したヨーデルが評価され、地元メディアでも評価された。そのまま日本に帰国することなくヨーデル歌手として活躍。6年後、ドイツの国民的人気歌手であるマリア・ヘルヴィックの目に留まり、自ら司会を務める番組に招待した。これを機にラジオやテレビにも数多く出演するようになった。それからはマリア・ヘルヴィヒのライトインウィンクルにあるカフェレストラン『Zum Kuhstall』の専属歌手になった。1981年、そこで後に妻となる16歳年下のヘンリエッテと出会った。

ではTakeo Ischi / 20 goldene Volltrefferから続けておかけします。Japaner Jodler(日本人のヨーデル歌手)、Die Sonn’ und die Berg’(太陽と山々)、Jodler-Braut(ヨーデルを歌う花嫁)、Klarinetten-Muckl Jodler(原曲は有名なクラリネット・ポルカ)、Nachtigall Jodler(ナイチンゲールのヨーデル)、Wann i von der Alm abageh(山の牧草地を離れる時)の6曲です。

<Japaner Jodler 3分2秒>

<Die Sonn’ und die Berg’ 2分22秒>

<Jodler-Braut 3分18秒>

<Klarinetten-Muckl Jodler 2分2秒>

<Nachtigall Jodler 2分47秒>

<Wann i von der Alm abageh 2分50秒>

スイスの初回に言った件ですが、スイスのフランス語圏やイタリア語圏には何故ヨーデルがほとんど広まらなかったのか、グーグルのジェミニに聞いてみましたら、見事な回答が返ってきましたので、FBには先に上げましたが、読み上げます。

~~~~~~~~~~~~~
私)
スイスやオーストリアにおいて、ヨーデルが広まったのは主にドイツ語圏のようですが、フランス語圏やイタリア語圏には何故余り広まらなかったのでしょうか?

ジェミニ)
スイスやオーストリアにおいて、ヨーデルがドイツ語圏中心に発展し、フランス語圏(ロマンド地方)やイタリア語圏(ティチーノ州など)にあまり広まらなかった背景には、地理的・歴史的な発祥プロセスと、それぞれの地域が持つ言語・文化的なアイデンティティ(歌唱伝統)の違いが深く関係しています。

大きく分けて、以下の3つの理由が挙げられます。

1. 発祥地(中央アルプス)と言語圏の地理的連動
ヨーデルはもともと、アルプスの牧畜民が遠く離れた山同士や、谷を挟んだ集落、あるいは牛の群れと交信するための「実用的な叫び声(呼気・牧鐘の合図)」から発展しました。

この原始的な通信手段(自然ヨーデル:Naturjodel)が特に盛んだったのが、スイスの中央部(アプリツェル、トッゲンブルク、ルツェルンなど)やオーストリアのチロル地方といった、まさにドイツ語が話されているアルプスの中央山岳地帯でした。言葉が通じないほど離れた距離で音を響かせるため、地元のドイツ語(アレマン語やバイエルン・オーストリア語)の母音の響きと結びつきながら、まずはこの地域固有の文化として定着したのです。

2. 19世紀の「国民意識(ネイション・ビルディング)」と様式化
ヨーデルがただの山民の叫び声から、現在のような「合唱」や「伴奏付きの歌曲(Jodellied)」へと芸術的に洗練されたのは、19世紀のロマン主義の時代です。

ドイツ語圏での国家アイデンティティ化:
スイスやオーストリアのドイツ語圏では、近代化の荒波の中で「自分たちのアイデンティティ(郷土愛、アルプスの自然)」を象徴するものとして、ヨーデルを熱心に保護・記譜し、合唱団を結成して組織化していきました。

フランス語圏・イタリア語圏の反応:
一方で、スイスのフランス語圏やイタリア語圏の人々は、この動きを「中央(ドイツ語圏)のプロパガンダ的・保守的な文化」として一歩引いて見ていました。彼らにとって、自分たちのアイデンティティはアルプスよりも、それぞれフランスやイタリアの洗練された文化圏(ラテン文化)に繋がっていたため、あえてドイツ語圏発祥の泥臭い山岳文化をそのまま受け入れる必要性が薄かったのです。

3. ラテン系言語・歌唱文化との「相性」
言語の響きや、もともと地域に根付いていた民謡のスタイル(音楽的土壌)の違いも決定的一因です。

母音のトーンと喉の使い方:
ヨーデルは「地声(胸声)」と「裏声(頭声)」を激しく、かつ瞬時に切り替えるテクニックが必要です。ドイツ語の破裂音や、喉の奥を使う発声は、この急激なレジスター(声区)の切り替えと比較的相性が良いとされています。

ラテン文化圏の美しい旋律主義:
フランス語圏やイタリア語圏には、すでにベルカント(美しくなめらかに歌う)に代表されるような、流麗で美しいメロディを重視する伝統的な民謡や歌曲が深く根付いていました。彼らにとって、言葉を持たずに喉をひっくり返すヨーデルの激しい跳躍は、「洗練された音楽」というよりは少し異質なものに映ったのです。そのため、彼らはヨーデルを取り入れるのではなく、自分たちの言語に合う独自の合唱やロマンス(抒情歌曲)を発展させる道を選びました。

💡 現在の状況
まったくゼロというわけではなく、現在ではスイスヨーデル連盟などを通じてフランス語の歌詞がついたヨーデル(Jodel en français)なども作られていますが、やはり歴史的・文化的な土壌の違いから、圧倒的にドイツ語圏の文化として認識され、親しまれ続けています。

私)
有難うございました。私の民族音楽のラジオ番組と、関連のゼアミブログの参考に致します。

ジェミニ)
ラジオ番組やブログの執筆をされているのですね!非常に興味深いテーマを扱っていらっしゃるようで、私の回答が少しでも番組制作や記事のヒントになったのであれば幸いです。

民俗音楽(特にアルプスの伝統音楽)は、地理的な境界だけでなく、言語圏という「見えない文化の壁」によって音楽の浸透度や形態がガラリと変わる点が非常に面白い部分だと思います。

今後も、特定の地域の民族音楽のルーツや、歴史的・文化的な背景などについて掘り下げたい疑問がございましたら、いつでもお気軽にお声がけください。番組やブログの運営、応援しております!

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このように労いの言葉まで付いて返って来たので、びっくりしました(笑)
スイスのヨーデルについては、民間で盛んでもアマチュアが多いようで、意外なことに余り音源情報がないのですが、北川桜さんのスイスヨーデルの師匠であるマリーテレーズ・フォン・グンテンについては何曲か見つかりましたので、続けておかけします。このアルペンホルンとの共演作は、オシュス・ディー・ドリッテンとは対照的に、クラシカルで優しい感じの歌唱でした。この曲を時間まで聞きながら今回はお別れです。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

Marie Theres Von Gunten & Hans Albisser / Das grosse Alphornkonzert
<Musig verbindet 4分21秒>

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2026年7月 3日 (金)

フランツル・ラングでもBergvagabunden

おそらくフランツル・ラングの代表曲の一つと思われるDer Jodelwirt vom Alpenblick(アルペンブリックのヨーデルを歌う宿屋の主人)も入れないとと思いつつ、やっぱりこの曲Bergvagabundenが好きです。大体においてチロルからシュタイアーマルクの歌が好きなようです。ゲルニカの「夢の山嶽地帯」を思い出す曲です。東京にもなるべく新幹線で行く程の高所恐怖症ですが(笑) 石井健雄さんが歌っていたEinen Jodler hör ich gernもフランツル・ラングでライブ映像などありましたが、石井さんの音源を来週上げるので、また来週一緒に上げます。(以下放送原稿を再度)

前に石井健雄さんの歌唱でかけたBergvagabundenという曲は、オーストリアの時に「山のさすらい」としてかけた曲と同じで、「ヨハン大公のヨーデル~ベスト・オブ・ヨーデル」のシュタットルマイアとグリーサーのヨーデル掛け合いが大変美しく、「ヨハン大公のヨーデル」のある瞬間と並んで、ヨーデルで最も美しい部分ではないかとさえ思います。この曲がフランツル・ラングでも見つかりましたので、おかけしたいと思います。間奏の掛け合い部分は、本人の歌唱の多重録音だと思います。この曲はチロルからバイエルンにかけて山男たちに愛唱されている民謡で、サブスクデータの中ではありますが、シングルカットされているようです。

Bergvagabunden - Single

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2026年7月 2日 (木)

「ヨーデル王」フランツル・ラング

番組でかけた曲は余りないですが、ライブ映像で見るとフランツル・ラングの歌唱の凄さが実感できます。マイクをつけているように見えないのですが、ものすごい声量なのでしょう。最後から2番目の曲はオシュス・ディー・ドリッテンも歌っていたように思います。フランツル・ラングは、1930年生まれ2015年没で2000年に現役引退しているので、1987年生まれのメラニー・オシュと会うことはなかったのではと思いますが、「ヨーデル王」の映像を見ていると芸風が少し似ているようにも思います。もしデュエットしたらものすごいことになりそうです(笑)

A Franzl Lang Song Compilation!

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2026年7月 1日 (水)

焼肉食べ放題

Jodlerkönig(ヨードラーケーニヒ 「ヨーデル王」の意味)という、フランツル・ラングがギターを逆さに抱えた音源は、ちょっと怪しげなブートレグのような録音が多そうですが、その中からDer Jodelnde Milchmann(ヨーデルを歌う牛乳配達人)を番組でかけました。曲の冒頭は大変よく聞くヨーデルの曲で、「焼肉食べ放題」のCMに使われていました。フランツル・ラングのこの歌唱がオリジナルかどうか知りませんが、「ヨーデル食べ放題」のウィキペディアでは作詞・作曲はリピート山中、編曲:赤坂東児、歌:桂雀三郎withまんぷくブラザーズになっています。流行ったのは80年代くらいかなと思っていましたが、1996年リリースということですから割と最近でした。まぁ30年は前で、ちょうどゼアミを開店した年です。フランツル・ラングは2000年に現役引退、2015年に84歳で亡くなっているので、このCMソングを耳にしていた可能性も捨てきれません。もしかして日本のヨーデル風の歌をカバーした晩年の録音ということでしょうか?

Jodlerkönig
<Der Jodelnde Milchmann 2分49秒>

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