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2026年8月27日 (木)

小諸馬子唄

来週の番組内容の「江差追分の源流」の先取りになりますが、今週かけた小諸馬子唄についての以下のウィキペディアの記事は、コンパクトにまとまっているので引用しておきます。北国街道というのは、中山道の追分宿から分岐して高田(新潟県上越市)さらに出雲崎に至る街道のことで、現在の軽井沢町から新潟県上越市までの区間です。善光寺を経由するため善光寺道(善光寺街道)とも言われます。さらに北の方に向かっては、冬場の日本海側は雪に閉ざされることもあって、北前船によるところがほとんどだったのでしょうか。
しかしコブシが入ると、すぐに馬子唄~追分調と安易に形容するのは、どうかとも思いますが、ナトゥアヨーデルのある部分は確かに似て聞こえました。追分に一番似ているのは、もちろんモンゴルのオルティンドーでしょう。(以下放送原稿を再度)

碓氷峠を中心に往来する馬子衆によって詠われた馬子唄が、中山道追分宿の飯盛り女によって、三味線の伴奏や囃子詞の入った座敷唄「追分節」に発展し、北国街道や北前船を経由して北日本へ伝播した。また小諸馬子唄(小室節)も江戸での流行歌となった。小諸馬子唄と小室節は歌い方が異なる。

スイスシリーズの中で参照した解説の中に「ナトゥアヨーデルが日本の馬子唄に似ている」との江波戸先生のコメントがありましたので、まず馬子唄の代表曲として長野県の小諸馬子唄をおかけします。決定版 日本の民謡に入っている江村貞一の歌唱です。

<決定版 日本の民謡 [Disc 2] ~小諸馬子唄 3分22秒>

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