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2026年9月

2026年9月30日 (水)

ヨーデル歌手アルレッテ・ウィスマー

ヨーデル歌手アルレッテ・ウィスマーは、ヴァイオリンを幼い頃から弾いていたそうですから、ヴァイオリン2人とアコーディオンの3人でのアンサンブル映像が上がっていますが、アルプホルンやクラリネット、アコーディオンまで挑戦している映像がありました。全てヨーデル歌手としての芸の肥やしになっているのでしょう。今日は独唱とデュエットを上げておきます。1本目は後半、ヴァイオリンを弾いています。おそらくコントラバス以外は家族だと思います。ヴァイオリンは姉妹でしょうか、余りにそっくりです。番組でかけたHa träumtのリリースは2014年のようですから15歳の頃でしょうか、現在は20代後半。これからが楽しみです。

Arlette Wismer Enseble: Windspiel | Potzmusig | SRF

Arlette Wismer & Nadine Studer De Abschieds Jodel

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2026年9月28日 (月)

Arlette Wismer

ゼアミdeワールド532回目の放送、日曜夜22時にありました。30日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。今日は取り合えずHa träumt(夢)の一曲目を。

スイスの9回目になります。スイスのヨーデルについては、民間で盛んでもアマチュアが多いようで、意外なことに余り音源情報がないという話をしていました。CDについても、ドイツ語圏の民族音楽(フォークミュージック)は、日本ではほとんど見かけることがありませんが、サブスク音源の中にArlette Wismerと言う女性歌手の音源を見つけましたので、こちらを中心に進めます。三重唱者のメンバーとしてMarie Theres von Guntenが参加していますので、それで出てきたのだと思います。

Arlette Wismerのオフィシャルサイトからプロフィールを抜粋します。
アルレット・ウィスマーは1999年生まれ。ルツェルン州リッケンバッハの上にあるシュティーレンベルクの農場で、4人の姉たちと共に育ちました。幼い頃から音楽と歌に情熱を傾け、5歳で母親のプリスカが率いるゲウエンゼー児童ヨーデル合唱団に入団。14歳からは同合唱団で歌い続けています。2013年、スイス青少年民俗音楽コンクールのヨーデル部門で総合優勝を果たしました。伝説的なトリオ・オイグスターのメンバー、アレックス・オイグスターと2枚のCDを制作し、スイス各地での公演活動で充実した日々を送っています。

アルバムバイトルのHa träumt(夢)から5曲続けます。タイトルだけ見ても分かりますが、スイスドイツ語のようで、標準ドイツ語と綴りが結構違うので、翻訳にかけても訳が余り出て来ません。3曲目は北川桜さんの師匠のMarie Theres von GuntenとArlette Wismerの母Priska Wismerとの三重唱、4曲目は母 Priska Wismerとの二重唱、5曲目はウィスマー家全員の合唱です。

<Ha träumt 3分23秒>

<Hütt bini z'friede und froh 3分3秒>
<Meitschi säg, wie isch es gsi (with Marie Theres von Gunten & Priska Wismer) 4分19秒>
<Zwei Liebi (with Priska Wismer) 3分34秒>
<S'Vreneli vom Guggisbärg  Familienchor Wismer 4分26秒>

この後は先週かけた北川桜さんの「Es Fascht fur mis Harz(私の心のお祭り)」から、2008年のスイス連邦ヨーデルフェストで北川さんが最高級クラス1級の判定を受けたE Bitt(神様)の歌唱と、グロッケンでエーデルワイスを演奏している曲を続けておかけします。これらの曲を聞きながら今回はお別れです。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<E Bitt(神様) 4分4秒>
<Edelweiss(エーデルワイス) 2分6秒>

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2026年9月25日 (金)

スイスヨーデルの名歌手Marie Theres Von Gunten

今日は北川桜さんのスイスヨーデルの師匠Marie Theres Von Gunten(マリーテレーズ・フォン・グンテン)さんの動画を見てみます。番組でかけたアルペンホルン(アルプホルン)との共演作は見当たらないのですが、生演奏がいくつもありました。Wunderschönというコメントばかりですが(笑)、確かに美しいです。オシュス・ディー・ドリッテンとは対照的に、クラシカルで優しい感じの歌唱と形容していました。今日は上げていませんが、マリーテレーズさんの作品の多声合唱の場合は、ヨーロッパのバロック以前の古楽の伝統と繋がっているのではと感じます。逆に古楽の時代にもヨーデルはあったと思いますので、裏声入りの曲が古楽作品にあったりするのだろうかと思いました。昔から余り古楽は聞いている方ではありませんが、記憶の範囲ではもしあっても極めて稀なような気がします。これは現在残っている古楽は宮廷音楽が基本で、ヨーデルが活躍するのは一般民衆の間だったからではと推測しますが。

Marie-Theres von Gunten - Hebs Chöpfli uuf - Archiv - Potzmusig Stammtisch vom 5.8.2017 | SRF

Jodelduett Marie Theres von Gunten und Franziska Meyer

Jodlerduett Marie-Theres von Gunten & Nadja Räss - Trotzchöpfli

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2026年9月24日 (木)

オクトーバーフェストでのヨーデル

北川桜さんは、2011年には本場ドイツ ミュンヘン オクトーバーフェスト6500人のHofbräuhaus 会場に、初アジア人ヨーデル歌手公式ゲストとして出演。以後2012年・2013年・2017年出演。2017年にはSpaten 会場にも出演。動画を続けて3本上げておきます。ものすごい盛り上がりで、何となくシムハット・トーラーを思い出してしまうのは私だけでしょうか(笑) オクトーバーフェストと言えば、世界最大のビール祭りとして有名。この催しを知ったのは確か2001年のTVドイツ語会話だったでしょうか、一遍行ってみたいと思いながら早四半世紀です。ビール祭りの盛り上がりに合わせて、ヨーデルも高速になっているようです。新宿と渋谷でもオクトーバーフェストが開催され北川さんがメインアクトだったのでしょうか。更に札幌とか方々で同様のビール祭りが開催されたようです。

オクトーバーフェスト ドイツ ミュンヘン 2012 ヨーデル 北川桜

オクトーバーフェスト ドイツ ヨーデル北川桜2013  バイエルンテレビニュース出演映像

オクトーバーフェスト ドイツ 2017 ヨーデル北川桜 出演映像!1

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2026年9月23日 (水)

北川桜とエーデルワイスムジカンテン

番組でかけたCDの音源は見つかりませんので、今日は「北川桜とエーデルワイスムジカンテン」の比較的長い映像を上げておきます。CDのラストに入っていたスイス民謡のホルディリディアは出て来ます。アルペンホルンとトロンボーンの四重奏もあり、見どころ豊富。クリスマスコンサートなので、後半はクリスマスソングに変わります。ドイツ語のクリスマスキャロル「きよしこの夜」は、グロッケン(カウベル)での演奏。
北川さんは、2008年にルツェルンで開催されたスイス連邦ヨーデルフェストに参加し、最高ランクである「1級」を取得。2011年には本場ドイツ ミュンヘン オクトーバーフェスト6500人のHofbräuhaus 会場に、初アジア人ヨーデル歌手公式ゲストとして出演。以後2012年・2013年・2017年出演。2017年にはSpaten 会場にも出演。オクトーバーフェストの歌唱映像も何本も上がっていますので、明日はその中から何本か見てみます。

アートにエールを!ステージ型 ヨーデル北川桜とエーデルワイスムジカンテン「アルプスのクリスマスコンサート」

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2026年9月21日 (月)

Es Fascht fur mis Harz(私の心のお祭り)

ゼアミdeワールド531回目の放送、日曜夜22時にありました。23日20時半に再放送があります。CD音源そのものはYouTubeにはなさそうですので、今日は北川桜さんのTVでの紹介映像を上げておきます。

531回目の放送になりました。スイスのシリーズに戻りまして、8回目になります。今回は519回目の放送でかけた日本人で初のプロ・ヨーデル女性歌手、北川桜さんの本場スイスでの初CD「Es Fascht fur mis Harz(私の心のお祭り)」と、北川桜さんのスイスヨーデルの師匠であるマリーテレーズ・フォン・グンテンの音源を特集します。北川桜さんのCDは、20年近く前にご本人から委託で預かっています。曲目はスイスヨーデルの巨匠マリー・テレーズ・フォングンテンの作品を中心に、マリーテレーズ・フォングンテンとのデュエットもあります。大体マリーテレーズさんが上声部を歌っているようです。1曲目はこの盤が出る前年に亡くなったルエディ・リーマン(Ruedi Rymann)の作ったナトゥアヨーデルとのことです。最後の曲は、有名なスイス民謡のホルディリディアですが、「ヨーデル王」と呼ばれたドイツのフランツル・ラングも歌っていたと思います。間の2曲.(人生は時に・・・)(夏の終わり)のデュエットも大変美しいです。

<Heech obe(秋) 2分51秒>
<Im Labe het di mangisch scho...(人生は時に・・・) 4分15秒>
<Spotsummer(夏の終わり) 4分23秒>
<Vo Luzern uf Weggis zue(ルツエルンからベッギスへ) 1分36秒>

jodel kitagawa sakura

再度北川桜さんのプロフィールをオフィシャルサイトから引用します。
国立音楽大学声楽科(ソプラノ)卒業で二期会オペラ会員。数多くのオペラ・オペレッタ・ミュージカルに出演をしながら、1992年より ヨーデルを中心とした ドイツ、スイス、オーストリアの民族音楽を勉強するために現地へ留学。
スイスヨーデルをマリーテレーズ・フォン・グンテンに、ドイツヨーデルを インゲ・フォッファー、マリア・ヘルビック、オットー・ピアサック、チロルヨーデルをアンニ・イエーガーの各氏に師事。1994年にヨーデルを中心としたアルプスの音楽隊「ヨーデル北川桜とエーデルワイスムジカンテン」を結成。

スイスのヨーデルについては、民間で盛んでもアマチュアが多いようで、意外なことに余り音源情報がないのですが、北川桜さんのスイスヨーデルの師匠であるマリーテレーズ・フォン・グンテンについては何曲か見つかりましたので、2曲続けておかけします。前にもかけましたが、一曲だけで終わったと思います。アルペンホルンとの共演作は、オシュス・ディー・ドリッテンとは対照的に、クラシカルで優しい感じの歌唱でした。

Marie Theres Von Gunten & Hans Albisser / Das grosse Alphornkonzert
<Musig verbindet 4分21秒>
<Luschtigi Älpler (Alphorn mit Jodel & Ländlermusik) 3分12秒>

では最後に北川桜さんとマリーテレーズさんのデュエットでStuune(感動、感激)と言う曲を時間まで聞きながら今回はお別れです。この盤にはグロッケンの演奏も多いのですが、今回はお二人の大変美しいヨーデル・デュオを中心におかけしました。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<Stuune(感動、感激) 4分46秒>

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2026年9月18日 (金)

Elton Britt Jimmie Rodgers Roy Rogers

もう一人の番組でかけたカントリーヨーデル歌手のエルトン・ブリットのYouTubeもありました。この人は西部劇のバラードとヨーデルの歌で最もよく知られていたそうです。かけたのはキャノンボール・ヨーデルと言う曲ですが、「砲弾のヨーデル」と訳せるかと思います。キャノンボールと言えば、真っ先にジャズのアルト・サックス奏者キャノンボール・アダレイを思い出しますが、こちらは「大食漢」の意味らしいです。
ジミー・ロジャースの生演奏動画も他にありましたので、2本目に上げておきます。この人の生没年は1897~1933年です。Blue Yodelの他の曲がなさそうなのが残念です。ジミー・ロジャースは戦後に活躍したブルース歌手に同姓同名の人がいて、結構紛らわしいです。この人は戦後に始まったエド・サリヴァン・ショーの映像などが上がっています。3本目はロイ・ロジャースの西部劇番組の映像です。ヨーデルが出て来るかどうかは分かりませんが。
この先アメリカのカントリー音楽を番組で取り上げるのは、来年か再来年あたりケルト音楽との比較であるかも知れませんが、南北アメリカ自体に辿りつくのは、早くて10年後、長いと20年後くらいになると思います。この後はベネルクス、北欧、イギリスとケルト、フランス、南欧、北アフリカ、中東以外のアジア、その後南北アメリカかブラックアフリカかは未定です。最後はオセアニアから日本へ。果たして生きているかどうか(笑)

Elton Britt : Cannonball Yodel!

Jimmie Rodgers - Waiting for a Train

Roy Rogers and Trigger The Roy Rogers Show Season 2 Episode 10

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2026年9月17日 (木)

山の人気者

オリジナルの中野忠晴「山の人気者」と、日本のカントリー歌手ウイリー沖山がこの曲をカバーしたライブ映像もありました。中野忠晴さんは1970年に60歳の若さで亡くなっているので、あまり知られてないのが残念です。服部良一、ディック・ミネとともにアメリカのポピュラーソングを戦前の日本に広め、和製ポップスの基礎を築いた人というのも、ほとんど知られてないと思います。菅原洋一の名唱で有名なコンチネンタル・タンゴ名曲の「小さな喫茶店」も、この人が日本で最初に歌っていました。(以下放送原稿を再度)

前にかけましたが、日本において「ヨーデル」を一般に紹介したのは、1933年(昭和8年)の中野忠晴による「山の人気者」が最初とされています。この曲はアルプスのヨーデルではなくカントリー・ヨーデルになるようです。この曲は日本のカントリー歌手ウイリー沖山もレパートリーにしています。中野忠晴による「山の人気者」を再度おかけしておきます。ウイリー沖山では音源が見つからなかったのですが、YouTubeにはありましたので、ゼアミブログでは取り上げる予定です。1909年生まれの中野忠晴は、服部良一、ディック・ミネとともにアメリカのポピュラーソングを戦前の日本に広め、和製ポップスの基礎を築いた人ということですから、同世代か少し年上のジミー・ロジャースやロイ・ロジャースのことも知っていたのではと思います。

<中野忠晴 / 山の人気者 3分10秒>

山の人気者 ウィリー沖山(Vo)

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2026年9月16日 (水)

Yodellin' CrazyとA Yodeling Hobo

ロイ・ロジャーズについては、Yodellin' Crazyというコンピレーションのサブスクデータで見つけまして、クレジットではロイ・ロジャースの歌唱となっていましたが、ジャケットをよく見ると彼だけでなく他の歌手も入っていまして、番組でかけた2曲については、Yodellin' CrazyがRex Allen、A Yodeling HoboがGene Autryの歌唱でした。YouTubeで曲名検索して判明しました。お詫びして訂正いたします。クレジットが不正確な時もある所がサブスクの欠点です。ロイ・ロジャースのヨーデルは今のところYouTubeでは見つかっていませんが、あったら上げる予定です。今日は取り合えず番組でかけた2曲を上げておきます。ヨーデルを歌うカントリー歌手が次々出てきていたことがよく分かりました。(以下放送原稿を再度)

ウェスタンブーツにウェスタンハットで、ギター片手に歌うカウボーイのイメージが、カントリー音楽と密接に結びつくようになったのは、1930年代に入ってからのことだそうです。ロイ・ロジャーズはヨーデルも入れて歌っていますので、2曲おかけしておきます。Yodellin' CrazyとA Yodelling Hoboです。この人は「キング・オブ・カウボーイ」と呼ばれ、アメリカの有名な歌手、俳優で、ロデオパフォーマーでもあったそうです。「歌うカウボーイ」がヨーデル入りで歌うので、相当なインパクトがあったのではと思います。2曲目のように、19世紀の終わりから20世紀初頭の世界的な不景気の時代、働きながら方々を渡り歩いた渡り鳥労働者ホーボーのライフスタイルに、ヨーデルの楽しくクレイジーな歌い方がマッチしたのではと推測しますが、どうでしょうか。

<Yodellin' Crazy 2分5秒>

<A Yodelling Hobo 2分58秒>

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2026年9月14日 (月)

カントリーヨーデル

ゼアミdeワールド530回目の放送、日曜夜22時にありました。16日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。何と1933年に亡くなっているジミー・ロジャースの代表曲の映像がありまして、びっくりしました。

スイスのシリーズに戻りますが、その前にカントリーヨーデルを一回聞いておきます。ハワイのヨーデル風歌唱は「レオ・キエキエ(Leo Kiʻekiʻe)」と呼ばれ、この歌唱法はドイツ系移民が直接持ち込んだものではなく、ハワイ古来の伝統的な歌唱をベースに、1830年代にやってきたメキシコ・スペイン系カウボーイ(パニオロ)の歌唱文化などが融合して生まれたということでした。

アメリカのカントリーミュージックのヨーデルについては、やはりスイスやオーストリアから来たドイツ系移民が持ち込んだようですが、きっかけとしては20世紀初頭、アメリカの寄席(ヴォードヴィル)などでスイスのヨーデルが披露され、面白い歌唱法が受けたため、カントリー音楽に取り入れられたようです。同じカントリーと言っても、東部のアパラチア山脈のカントリーはスコットランドとアイルランド系移民が多かったため、ブルーグラスなどでもヴァイオリンが特徴的で目立ちますが、ヨーデルは聞けないようです。この事実から判断すると、西部の方でドイツ系移民が多かったのかも知れませんが、ドイツ系のヴォードヴィリアンが披露したヨーデルを、非ドイツ系の人も真似たということかも知れません。

南部出身のジミー・ロジャース(Jimmie Rodgers)が黒人ブルースとヨーデルを組み合わせたスタイルを確立し、「カントリー音楽の父」と呼ばれています。まず彼の歌唱を何曲かおかけします。525回目の放送でブルーヨーデル第9をかけましたので、今回は副題のある1、2,4,8番の4曲をおかけします。ブルーヨーデル第9はロックの殿堂で1986年"アーリー・インフルエンス"部門に選ばれ、ロックンロールを形成した500曲の1つに選ばれたそうです。

<Blue Yodel No. 1 (T for Texas) 3分24秒>

<Blue Yodel No. 2 (Lovin' Gal Lucille) 3分17秒>
<Blue Yodel No. 4 (California Blues) 3分1秒>
<Blue Yodel No. 8 (Mule Skinner Blues) 2分57秒>

ウェスタンブーツにウェスタンハットで、ギター片手に歌うカウボーイのイメージが、カントリー音楽と密接に結びつくようになったのは、1930年代に入ってからのことだそうです。ロイ・ロジャーズはヨーデルも入れて歌っていますので、2曲おかけしておきます。Yodellin' CrazyとA Yodelling Hoboです。この人は「キング・オブ・カウボーイ」と呼ばれ、アメリカの有名な歌手、俳優で、ロデオパフォーマーでもあったそうです。「歌うカウボーイ」がヨーデル入りで歌うので、相当なインパクトがあったのではと思います。2曲目のように、19世紀の終わりから20世紀初頭の世界的な不景気の時代、働きながら方々を渡り歩いた渡り鳥労働者ホーボーのライフスタイルにヨーデルの楽しくクレイジーな歌い方がマッチしたのではと推測しますが、どうでしょうか。

<Yodellin' Crazy 2分5秒>
<A Yodelling Hobo 2分58秒>

前にかけましたが、日本において「ヨーデル」を一般に紹介したのは、1933年(昭和8年)の中野忠晴による「山の人気者」が最初とされています。この曲はアルプスのヨーデルではなくカントリー・ヨーデルになるようです。この曲は日本のカントリー歌手ウイリー沖山もレパートリーにしています。ここで中野忠晴による「山の人気者」を再度おかけしておきます。ウイリー沖山では音源が見つからなかったのですが、YouTubeにはありましたので、ゼアミブログでは取り上げる予定です。1909年生まれの中野忠晴は、服部良一、ディック・ミネとともにアメリカのポピュラーソングを戦前の日本に広め、和製ポップスの基礎を築いた人ということですから、同世代か少し年上のジミー・ロジャースやロイ・ロジャースのことも知っていたのではと思います。

<中野忠晴 / 山の人気者 3分10秒>

では最後に、もう一人カントリーヨーデルで見つけて選曲してありましたElton Brittの歌唱をおかけします。この人は西部劇のバラードとヨーデルの歌で最もよく知られていたそうです。曲はCannonball Yodel(砲弾のヨーデル?)です。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<Cannonball Yodel 2分58秒>

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2026年9月11日 (金)

市丸さんの深川

お江戸を離れて早21年。市丸さんの深川を聞くと、お江戸が懐かしくなってしまいます。「チョイナー」というお囃子、年寄り臭く聞こえるのでしょうが、98年の父の還暦祝いにカラオケでこの曲を歌ったら、従弟が爆笑していました(笑) 私は70年代に祖父と並んでキンカン素人民謡名人選を毎週土曜に見ていたので、懐かしさしかないのですが。今週番組でかけた曲では、野沢温泉小唄、デカンショ節、ダンチョネ節が残ってしまいました。またの機会に。(以下放送原稿を再度)

市丸さんは民謡調の流行歌より、まず何よりも小唄・端唄の名人だと思いますので、端唄名曲の深川をおかけしておきます。バックの「チョイナー」というお囃子は民謡系統のものかと思いますが、歌は江戸の花街ど真ん中の内容です。三味線の三下りの荘重な感じがぴったり来る曲です。

<端唄 特選 市丸 / 深川 4分18秒>

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2026年9月10日 (木)

木曽節と伊那節

市丸さんのCDは90年代以来、民謡、新民謡、小唄・端唄を何枚も聞いてきましたが、10年程前に出ていたJapanese Kayokyoku Starシリーズには、確かこれまでに聞いてなかった民謡「木曽節」と「伊那節」がありまして、どちらも裏声に返りながらの細かい節回しに聞き惚れました。民謡の粗野な歌い方とは一味違う、小唄・端唄仕込みの繊細な節回しだと思います。放送で木曽節を岐阜民謡ではと言ってしまいましたが、どちらも長野民謡でした。伊那節は「御嶽山節」の宣伝のために1916年に作られた新しい民謡だそうで、長野浅間温泉の半玉(芸者見習い)時代から市丸さんはこの曲を得意とし、この曲を引っ提げて浅草の検番に鞍替えしたとのこと。この2曲と「天竜下れば」は、いずれも昭和8年の録音で、気になるのが民謡2曲の三味線伴奏が誰なのか、あるいは弾き語りなのか、ですが記載はありませんでした。伊那節は「天竜下れば」と歌詞がかなり似ています。

木曽節

伊那節

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2026年9月 9日 (水)

「天竜下れば」のライブ映像

今週もコマ数が全く足りませんが、名曲「天竜下れば」のライブ映像を外して先には進めませんので、1969年の市丸姐さんの粋な艶姿の映像を2本上げておきます。この歌、最近の若い人が聞いたらどう思うのでしょうか? 69年当時の若者は古臭い歌と感じていたのかも知れませんが、昨今の「国宝」や「べらぼう」の人気で江戸の文化に目が向く人が増えて来たのに加え、民謡にも目が向く人が少し増えて来た状況では、変わってくるのではと期待しています。「天竜下れば」は「東京音頭」に似ているという意見を目にしましたが、確かに作曲者は同じで中山晋平です。「カチューシャの唄」「ゴンドラの唄」「波浮の港」「東京行進曲」などの流行り歌と、夥しい数の童謡名曲を書いた人です。69年当時の市丸さんの歌唱は、節の最後を下げる傾向があって、実は私もカラオケで必ず歌いますが、いつも真似しています。市丸さんの「天竜下れば」と神楽坂はん子の「芸者ワルツ」、高田浩吉「白鷺三味線」、東海林太郎「名月赤城山」「旅笠道中」「すみだ川」、村田英雄「無法松の一生」、数々の古賀メロデーなどがマイフェイヴァリットソングで、歌う度に生まれる時代を間違えたのではとよく言われます(笑) アラカンどころか、アラ110~120位の歌です。下の世代の歌手で関心があるのは、藤圭子くらいです。民謡にもよく挑戦しましたが、難し過ぎてまだまだです。

天竜下れば

天竜下れば 市丸

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2026年9月 7日 (月)

市丸さんの「天竜下れば」

ゼアミdeワールド529回目の放送、日曜夜22時にありました。9日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。まずは昭和8年のオリジナル録音から。

里帰りが長くなっていますが(笑)、今回はお盆の民謡特集の4回目として、市丸さん特集と民謡アンソロジーにしてみます。前々回にかけた「阿波よしこの」を歌っていたお鯉さんこと多田小餘綾(ただ こゆるぎ)さんは、昭和11年にタイヘイレコードと専属契約を結び、「東の市丸、西のお鯉」として全国に知られるレコード歌手、日本の「歌姫」として活躍したそうですが、この機会に東の市丸さんの歌を何曲かかけてみようかと思います。

前にもかけたかと思いますが、昭和8年の大ヒット曲の「天竜下れば」から始めます。1906年生まれの市丸さんとほぼ同世代の私の祖父が市丸さんのファンだったと父から聞き、それ以来、幼少時代に祖父に連れられて行った今治の奥座敷、鈍川温泉の渓谷を見ると、この曲が脳内再生されるようになりました。これも前に言ったかも知れません(笑) 行ったことのない天竜川の渓谷が目に浮かぶような名曲です。
祖父は新内節も好きだったそうで、近くにあった花街「移転地」に聞きに行ったのではと思いますが、何とそこに私の新内の師匠の母、宗家が営業に来ていたのではということを宗家がご存命の時にお聞きしました。祖父は宗家の芸を聞いたのかも知れません。このエピソードも前に言ったかと思いますが、民謡や新内など、何と歌の趣味が合うことでしょうか(笑) 生きていたら聞きたいことが山ほどあります。

<中山晋平の新民謡 市丸 / 天竜下れば 3分20秒>

市丸さんの故郷の長野県南部伊那地方の民謡だけでなく、近県の民謡の歌唱も大変素晴らしく、木曽節、伊那節の2曲を続けます。

<日本の流行歌スターたち(15) 市丸 / 木曽節 2分47秒>
<日本の流行歌スターたち(15) 市丸 / 伊那節 2分42秒>

野沢温泉小唄は「天竜下れば」と一緒に「中山晋平の新民謡」に入っています。昭和5年、雪の野沢温泉に中山晋平、作詞の時雨音羽、振り付けの藤間芳枝がそろって訪れ、興大いに湧いて創り上げた新民謡と言われています。昭和初期の鶯芸者三羽烏の最年長、藤本二三吉が最初に歌った歌です。
長野県北部に位置する野沢温泉と言えば、30年くらい前に道祖神祭りという荒々しい祭りの映像をTVで見て、大変強く印象に残っています。

<中山晋平の新民謡 市丸 / 野沢温泉小唄 3分12秒>

市丸さんは民謡調の流行歌よりも、まず小唄・端唄の名人として知られていますので、端唄名曲の深川をおかけしておきます。バックの「チョイナー」というお囃子は民謡系統のものかと思いますが、歌は江戸の花街ど真ん中の内容です。三味線の三下りの荘重な感じがぴったり来る曲です。

<端唄 特選 市丸 / 深川 4分18秒>

Traditional Folk Songs of Japanからデカンショ節をおかけしますが、この音源は1961年に米Folkwaysからアナログ盤が出ていて、最近は米Smithsonian FolkwaysからサブスクかDLかカスタムCDRで購入可になっています。歌い手が不明の江差追分と佐渡おけさや、今とは節が異なる五木の子守唄など、興味深い音源が色々あります。この中から最近は余りCD等では聞くことが少ないと思われるデカンショ節を選びました。

デカンショ節は、兵庫県丹波篠山市を中心に歌い継がれている江戸時代からの盆踊り唄で代表的な民謡です。江戸時代から唄われていた農作業の仕事唄・盆踊り唄である「みつ節」が変化したものとされています。曲名の由来は、囃子言葉の「ドッコイショ」がなまったという説や、哲学者のデカルト、カント、ショーペンハウエルに由来するという俗説などがあります。中学時分ショーペンハウエル好きだったので、私はそれで興味を持った面もあります。

<Group from Sasayama / Dekansho song 3分23秒>

では最後に八代亜紀の「舟歌」のアンコとして挟まれていることでも有名な「ダンチョネ節」をおかけします。この曲を時間まで聞きながら今回はお別れです。歌唱は三浦布美子です。
この曲は大正時代の作者不詳の流行歌ですが、神奈川県三浦市三崎町を中心に広まり、神奈川県の民謡とされています。
民謡としての「ダンチョネ節」は船乗りの悲哀を歌っており、その節を使って色々な替え歌が作られ、東京高等商船学校の学生によって愛誦され、また軍隊でも唄われるようになりました。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<艶唄芸者 三浦布美子 / ダンチョネ節 2分43秒>

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2026年9月 4日 (金)

秋田追分

秋田追分は「SP盤復刻 日本民謡の名人をたずねて(上)」に入っている鳥井森鈴の歌唱でした。鳥井森鈴(とりいしんれい)さんについて調べてみましたら、これ以上ないような素晴らしい解説が見つかったので、以下に抜粋します。今週かけた曲では、上州馬子唄と初代浜田喜一さんより40歳くらい年上の越中谷四三郎の江差追分が残りました。越中谷四三郎さんの頃は、何人かの名人がそれぞれ独自の節を磨いていた時期で、まだ松前追分と呼ばれていたようです。この2曲、来週出来たら取り上げたいと思います。

鳥井森鈴は、1899年生まれ1979年没。森鈴という芸名は、五城目町のシンボル的な里山である森山に生息するスズムシの鳴き声のような美しい歌声という意味。 戦前、戦後を通じ秋田県民謡界の大御所的存在で、『秋田追分』の父とも呼ばれた。『秋田追分』は、秋田民謡の中でも難曲中の難曲といわれる。
秋田追分は大正時代に秋田県で生まれた秋田民謡の代表曲の一つで、同県五城目町(ごじょうめまち)出身の民謡歌手・鳥井森鈴が考案しました。 五城目周辺にあった「在郷追分(ざんごおいわけ)」をベースに、当時大流行していた「江差追分」の上品な節回しを取り入れて作り上げられました。
秋田の四季、女性の愛と悲しみを題材として、全盛期には、森鈴が舞台に立って「秋田追分」を歌うと、その中に籠る女心の哀れさに、女性の観客は思わず目頭を抑え、中には声を上げて泣き伏す人もいたとも伝えられる。

秋田追分 鳥井森鈴/秋田県民謡【日本民謡 レコード】

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2026年9月 3日 (木)

秋田県南部の本庄追分

秋田県南部、由利本荘市に伝わる本庄追分の伴奏の三味線が、秋田三味線に似ていたので調べてみました。
本庄追分自体は、信州の追分節が秋田県由利本荘市に伝わり、お座敷唄として独自に変化した秋田県を代表する民謡ということですが、早間の三味線がどう聞いても秋田三味線なので、調べたらやはり秋田三味線の名人・浅野梅若などがそのスタイルを確立したそうです。津軽三味線に似ていますが、秋田らしさがそこはかとなく感じられます。
本荘追分は、信州の馬子唄である「信濃追分」が越後などを経て本荘に伝わり、もとは道中唄や馬子唄だったものが、本荘の遊郭などで唄われるうちに陽気で華やかなお座敷唄へと変化したとのこと。
由利本荘出身の沢悠佳さんの弾き語りを上げておきます。

「本荘追分」(秋田県民謡) 一尺八寸

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2026年9月 2日 (水)

越後追分

越後追分でも初代浜田喜一さんの歌唱がありました。この人は上手すぎて江差追分だけでなく他の人の歌唱を聞けなくなってしまう程なのですが、この曲に関しては、どうしても江差追分に引き寄せて聞いてしまうようにも思いました。以下の尺八修理工房「幻海」のコメントにあるように、歌い手によって別の歌かと思う程違うように聞こえます。越後は広いですから。その点が元唄の信濃追分の場合とは異なるように思います。市丸、藤本二三吉と並ぶ昭和初期の鶯芸者三羽烏の一人、小唄勝太郎さんの歌唱も、しっとりして素晴らしかったので、勝太郎、初代浜田喜一、櫛野節謡、「最後の瞽女」小林ハルさんの順に4本上げておきます。小林ハルさんはもちろん、勝太郎さんも新潟出身なので、地元の民謡になります。

越後地方(現 新潟県)に伝わっている民謡で、追分節の一つ。発生時期は江戸中期以降といわれているが、明確な起源・作曲者は不明。また、料亭のお座敷で芸者と三味線・太鼓などの伴奏で歌われる座敷唄の一つでもあった。
 もとは信州(現 長野県北部)で歌われていた馬子唄(信濃追分)が、越後へ伝わり越後追分となったといわれている。その後、それが北海道の江差に伝わって江差追分になったという。
 追分とは、道が二つに分かれるところの意味で、昔は「牛馬が追い、分ける場所」を差したが次第に街道などの分岐点を指すようになっていった。曲名につく場合は、その「分岐する地方周辺で歌われていた曲」といった意味あいになる。
 歌詞や曲調は、同じ越後追分でも地域によって微妙に異なる。

越後追分 小唄勝太郎 新潟県民謡【民謡 レコード】

[民謡] 越後追分:初代 浜田喜一

越後追分 櫛野節謡

小林ハル - 越後追分

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