純邦楽

2025年8月25日 (月)

鶴の巣籠

ゼアミdeワールド476回目の放送、日曜夜10時にありました。27日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。弱音と「間」の多いこの素晴らしい2曲が無事かかってホッとしています(笑) 不思議なのは虚無僧尺八で、何故ジャケットがウイグル?と言うことでした。そう言えばリリースは98年でゼアミは2年目、善養寺さんもまだ若手でした。

盆と正月は日本に帰ろうという事で、大体いつも日本の音楽を取り上げております。一回増やして今回は4回目です。前回の最後に先日人間国宝に認定された善養寺恵介さんの虚無僧尺八をかけましたが、ラジオを通して聞いてみて、改めてその素晴らしさに感銘を受けました。根笹派錦風流「松風」をかけましたが、7分の曲が何とか全曲入りました。
更に弱音と「間」が多い曲ですが、今回は有名な「鶴の巣籠」を思い切って入れてみたいと思います。間は10秒以内に収まっているようですが、弱音部分が多いので多少心配ではあります。鶴の鳴き声、羽ばたき、舞い、巣作り、出産、子別れ、回想までを、様々な技巧を駆使して表現しています。自分でいじってみてよく分かりましたが、この容易に鳴らせない難しい笛で、ここまでの表現が可能なのだろうかと言う信じられない気持ちです。更には微細で生々しい鶴の描写を通して表現するものは何か、そこが気になります。

<善養寺恵介 / 鶴の巣籠 ―虚無僧尺八ー ~蓮芳軒・喜染軒「鶴の巣籠」 17分31秒>

善養寺さんのプロフィールをウィキペディアから少し引用しておきます。
根笹派錦風流の神如道(じんにょどう 1891-1966、絶滅の危機に瀕していた数々の虚無僧尺八曲を、積極的に収集し伝承した古典尺八界の草分け的存在と言われる)のもとで尺八を学んでいた父昭三と岡崎自修より虚無僧尺八の手ほどきを受け、神如道の息子の神如正(じんにょしょう)に師事。東京芸術大学に進み学部、大学院を通して山口五郎(人間国宝)に師事。

尺八の音楽は、ゼアミでは海童道祖が飛び抜けて人気がありました。その大きな理由に、タルコフスキーの遺作になった映画「サクリファイス」に使われたことと、武満徹の代表作を初演した横山勝也氏の師匠であったことがあるように思いました。色々な尺八奏者の同名曲の聞き比べもしてみたいものですが、またの機会にします。

では最後に最も古い伝承曲の一つ「虚空」を時間まで聞きながら今回はお別れです。善養寺さんの端正な音に耳が吸い寄せられました。音数は少ないのですが、深淵な表現には絶大な魅力があります。その表現するものは何か、次回尺八を取り上げるまでに少しでも近づけたらと思っています。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<善養寺恵介 / 虚空 ―虚無僧尺八ー ~「虚空」12分30秒>

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2025年1月17日 (金)

船弁慶の義経と静

船弁慶は七五調の能の文句の美しさに最初に目覚めた曲です。番組でかけた「その時静は立ち上がり」の箇所は、30分位からです。今日の動画は前段ですが、ここでの前シテは義経(子方が演じています)の愛妾の静御前、同じ役者が後段の後シテでは義経の船を沈めようとする平知盛の怨霊を演じます。美しい白拍子と恐ろしい怨霊という、前後で全く異なった役柄になっています。(以下放送原稿を再度)

謡曲を習ったのは半年と言う短い間でしたが、ほとんど西洋と中東の音楽だけに目が向いていた私に、コペルニクス的転回をもたらすには十分でした。これがゼアミと言う店名の由来でもあります。
最初に習ったのが、歌舞伎にもなっていて大変有名な「船弁慶」でした。おかけするのは、義経と静御前の別れのシーンを、美しい七五調の名文句で謡う部分で、兄弟子と並んで謡ったのを懐かしく思い出します。謡曲は他流の音源も色々聞いてみましたが、節回しがそれぞれ少しずつ異なっている中で、喜多流は比較的観世流に近いようにも思います。

能 船弁慶〜前半〜(舞台全景)

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2025年1月16日 (木)

幻の常なき世とて経政の

経正(つねまさ)は、喜多流では「経政」と書きます。番組でかけた観世流では見当たりませんが、ちょうど喜多流の映像が2つありました。1本目の厳島神社の御神能の3分30秒頃からが「幻の常なき世とて経正の」の部分の地謡です。2本目は全曲です。能舞台で地謡で謡ってみたかったです。(以下放送原稿を再度)

次に、観世流謡曲で「経正(つねまさ)」の一部「幻乃常なき身とて経正の~」をおかけしますが、この地謡の部分は95年に喜多流謡曲を習った際に、暗記して銕仙会での発表会に出て独吟した部分です。大変思い出深い一節で、30年経った今でも暗記しています。一の谷の合戦で討ち死にした平家の若き武将、経正は生前琵琶の名手でもあったので、愛用していた琵琶・青山(せいざん)を供えて僧・行慶が弔っていると、経正の亡霊が現れ、礼を述べ、花鳥風月を愛で詩歌管弦に親しんだ在りし日を懐かしむという感動的なシーンです。平経正は、平清盛の甥にあたり、能「敦盛」の主人公、平敦盛の兄でもあります。喜多流では「幻の常なき身とて経正の」の部分は、身とて、ではなく、世とて、でした。

厳島神社 御神能「経政」厳島神社

能 [経正] 平清盛の甥 平家物語『経正都落』の後日譚 喜多流 大島能楽堂 現代語訳字幕付き 日本語版

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2025年1月15日 (水)

氷口御祝

先日の2007年の映像から8年後の氷口御祝です。メンバーは同じ様にも見えますが、これから10年経ちました。現在の50,60代がこの芸を継承しているのかどうかがとても気になります。以下少し先日の解説を再度入れておきます。

柳田国男の著書でも有名な岩手県遠野市。その氷口(すがぐち)地域に江戸時代から伝わる秘謡「御祝」は、左右に分かれた男女のグループが、男衆は謡曲を、女衆は民謡「萬鶴亀節(まがきぶし)」を、異なる旋律と歌詞を同時に合唱するという非常に珍しい芸能。孫が誕生した機会、あるいは新居が出来た機会などに、お祝いとして演奏される。

氷口御祝1511

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2025年1月13日 (月)

岩手県遠野市の秘謡「御祝」

ゼアミdeワールド444回目の放送、日曜夜10時にありました。15日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。DVDと同じ音源はないので、2007年のライブ映像を上げておきます。

8日に続いて新年の音楽特集です。せめて盆と正月は日本に戻ろうということで続けております。前回は、ほとんど毎年かけている「春の海」ではなく、お能の「高砂」の金春流祝言謡曲と、観世寿夫の名演で春らしい演目の「羽衣」の一部をおかけしました。
今回は岩手県の民謡「御祝(ごいわい)」を取り上げます。男性がお能の謡いを、女性が民謡を同時に歌うという大変珍しい芸能で、岩手県指定無形民俗文化財になっています。第21回<東京の夏>音楽祭2005」のライブ収録のDVDから音を拾っておかけします。紀尾井ホールでの公演で、監修/解説は、民族音楽学者で放送大学教授の徳丸吉彦氏です。

日本伝統文化振興財団のHPから解説を引用しておきます。一部補足してあります。

柳田国男の著書でも有名な岩手県遠野市。その氷口(すがぐち)地域に江戸時代から伝わる秘謡「御祝」は、左右に分かれた男女のグループが、男衆は謡曲を、女衆は民謡「萬鶴亀節(まがきぶし)」を、異なる旋律と歌詞を同時に合唱するという非常に珍しい芸能。孫が誕生した機会、あるいは新居が出来た機会などに、お祝いとして演奏される。作曲家・柴田南雄氏はこれを聴いて感動し、複数の遠野民謡が同時に歌われるシアターピース作品『遠野遠音』(1991)を作曲している。またシンセサイザー・ユニット「姫神」の故・星吉昭氏も、1991年に国立劇場公演を実現させるなど、その調査と普及に尽力した。

ではDVDのオープニングから始めて解説部分を少し省略して、高砂、四海波の2曲までを続けておかけします。

<御祝(ごいわい) 34分の内、20分までで3~8分までは削除 15分位>

2007神楽御祝と氷口御祝の共演(氷口御祝)

次に、観世流謡曲で「経正(つねまさ)」の一部をおかけしますが、この地謡の部分は95年に喜多流謡曲を習った際に、暗記して発表会に出て独吟した部分です。大変思い出深い一節で、30年経った今でも暗記しています。一の谷の合戦で討ち死にした平家の若き武将、経正は生前琵琶の名手でもあったので、愛用していた琵琶・青山(せいざん)を供えて僧・行慶が弔っていると、経正の亡霊が現れ、礼を述べ、花鳥風月を愛で詩歌管弦に親しんだ在りし日を懐かしむという感動的なシーンです。平経正は、平清盛の甥にあたり、能「敦盛」の主人公、平敦盛の兄でもあります。喜多流では「幻の常なき身とて経正の」の部分は、身とて、ではなく、世とて、でした。藤井徳三他の演奏です。

<観世流謡曲名曲撰(2  経正 21)幻乃常なき身とて経正の 1分51秒>

謡曲を習ったのは半年と言う短い間でしたが、ほとんど西洋と中東の音楽だけに目が向いていた私に、コペルニクス的転回をもたらすには十分でした。これがゼアミと言う店名の由来でもあります。
最初に習ったのが、歌舞伎にもなっていて大変有名な「船弁慶」でした。おかけするのは、義経と静御前の別れのシーンを、美しい七五調の名文句で謡う部分で、兄弟子と並んで謡ったのを懐かしく思い出します。謡曲は他流の音源も色々聞いてみましたが、節回しがそれぞれ少しずつ異なっている中で、喜多流は比較的観世流に近いようにも思います。観世元昭他の演奏です。時間まで聞きながら今回はお別れです。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<観世流謡曲名曲撰(七)船弁慶  その時静は立ち上がり~ 11 2分54秒>
<観世流謡曲名曲撰(七)船弁慶  傳へ聞く陶朱公は~ 12 3分50秒>

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2025年1月10日 (金)

観世寿夫の「羽衣」 金春流「高砂」

観世寿夫の「砧」と「羽衣」は、まだ廃盤ではないようですが、YouTubeがありました。昨日の「高砂」も、何と金春信高氏も出た舞台の全曲映像がありました。どちらも最高の名演だと思います。中国語字幕が目障りですが、こんな「高砂」が見れるとはと言う驚きの一本です。(以下放送原稿を再度)

この後は、「現代の世阿弥」と称せられた不世出の能役者、観世寿夫の「砧」と「羽衣」の舞台を記録した盤から、羽衣の一部を時間まで聞きながら今回はお別れです。 今回おかけする「少女(おとめ)は衣を着しつつ」の場面までのあらすじをウィキペディアから引用しておきます。

三保の浦で海に漕ぎ出していた漁師の白龍たちは、春になった美しい三保の松原の景色を嘆賞しつつ、その三保の松原に戻ってくる。すると虚空より花が降り音楽が聞こえ妙なる香りが立ちこめる。これはただ事ではないと思っていると、松に美しい衣がかかっている。白龍はその衣を手に取って持ち帰ろうとしたが、天女が現れ、それは私の衣ですので返してほしいと告げる。白龍は、天人の物であるなら国の宝として地上においておくべきだと言い戻そうとしない。天女は衣が無ければ飛ぶ事もできず、天上に帰る事ができないので、そういわずに返してほしいと言う。しかし白龍は、ますます返そうとせず、立ち去ろうとする。天女は、天上界の事を思い出して哀しみ、なげいている。白龍は、その姿を見て痛々しく思い、衣を天女に返す事を告げる。ただし、天女の舞を舞って欲しいという。天女は喜び、舞を舞うことを約束するが、衣を着ないと舞えないので先に衣を返して欲しいと告げる。白龍は、先に衣を返せば舞を舞わずに帰るつもりであろうと天女に言うが、天女から、そのような疑いは人間界のものであり、天には偽りは無いと諭される。白龍は、恥ずかしい事を行ってしまったと思い、衣を天女に返した。
天女は衣を着て舞い始めるが、その姿は雨に濡れた花のような美しさであった。

<観世寿夫 羽衣 ~4.少女は衣を着しつつ 22分14秒>
「羽衣」〔物着のアシライ〕

能 高砂 Nō: Takasago (Full Japanese Noh play: "Takasago")

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2025年1月 9日 (木)

高砂 四海波と千秋楽

ゼアミdeワールド443回目の放送、水曜夜8時半にありました。今回は一回のみの放送です。FBやXには何度か書いていますが、ブログは今年初です。改めまして、明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。30年前、古風な金春流には憧れがありました。同じ音源はないので、別なものを貼りました。今日の動画の大島輝久さんは、喜多流の職分の方のようです。今回かけた高砂の三か所は、全て強吟の部分で、初心者には大変難しかったのをよく覚えています。弱吟は旋律が割と明確、強吟には旋律はなく抑揚と声の勢いで謡います。

西スラヴのチェコ・シリーズの途中ですが、再放送枠が1月8日に当たっていますので、お正月の音楽特集です。ほとんど毎年かけている「春の海」ではなく、今回は「高砂」の祝言の謡曲と、春らしい演目の「羽衣」の一部をおかけします。

直接正月がテーマではありませんが、結婚式でよく歌われる世阿弥作のお能「高砂」の、高砂やこの浦船に帆を上げて、の部分と、四海波静かにて、千秋楽は民を撫で、の3か所は祝言の謡いとして非常に有名です。この番組を始めた時にお話ししましたが、謡曲を95年に少し習ったことが大きな転機になりまして、96年の開店時にゼアミと言う店名にしました。私が習っていた喜多流の往年の大名人・喜多実の独吟を数年前にかけましたが、今回は古風な節回しが聞かれる金春流の謡いです。能楽最古の歴史を有する流儀です。

<金春流 祝言小謡集 金春信高  高砂 四海波静かにて 1分22秒>
<金春流 祝言小謡集 金春信高  高砂 高砂やこの浦船に 1分34秒>
<金春流 祝言小謡集 金春信高  高砂 千秋楽は民を撫で 57秒>

大島輝久_小謡「四海波」

大島輝久_小謡「千秋楽」

この後は、「現代の世阿弥」と称せられた不世出の能役者、観世寿夫の「砧」と「羽衣」の舞台を記録した盤から、羽衣の一部を時間まで聞きながら今回はお別れです。 今回おかけする「少女(おとめ)は衣を着しつつ」の場面までのあらすじをウィキペディアから引用しておきます。

三保の浦で海に漕ぎ出していた漁師の白龍たちは、春になった美しい三保の松原の景色を嘆賞しつつ、その三保の松原に戻ってくる。すると虚空より花が降り音楽が聞こえ妙なる香りが立ちこめる。これはただ事ではないと思っていると、松に美しい衣がかかっている。白龍はその衣を手に取って持ち帰ろうとしたが、天女が現れ、それは私の衣ですので返してほしいと告げる。白龍は、天人の物であるなら国の宝として地上においておくべきだと言い戻そうとしない。天女は衣が無ければ飛ぶ事もできず、天上に帰る事ができないので、そういわずに返してほしいと言う。しかし白龍は、ますます返そうとせず、立ち去ろうとする。天女は、天上界の事を思い出して哀しみ、なげいている。白龍は、その姿を見て痛々しく思い、衣を天女に返す事を告げる。ただし、天女の舞を舞って欲しいという。天女は喜び、舞を舞うことを約束するが、衣を着ないと舞えないので先に衣を返して欲しいと告げる。白龍は、先に衣を返せば舞を舞わずに帰るつもりであろうと天女に言うが、天女から、そのような疑いは人間界のものであり、天には偽りは無いと諭される。白龍は、恥ずかしい事を行ってしまったと思い、衣を天女に返した。
天女は衣を着て舞い始めるが、その姿は雨に濡れた花のような美しさであった。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<観世寿夫 羽衣 ~4.少女は衣を着しつつ 22分14秒>

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2024年9月13日 (金)

初代篠田実の「紺屋高尾」

今日じゅうさんち(笑)の金曜で「夏の純邦楽特集」は終わりです。初代篠田実の関東大震災後に100万枚売れたという「紺屋高尾」ではと思われる音源がありましたので、大取として上げておきます。番組でかけた戦後の録音と思われる音源とは、同じ演目でもかなり雰囲気が違います。どこか長調が強調されて聞こえるのですが、何故でしょうか。ちょうど100年ほど前の録音になると思いますが、当時のSP時代に40分の演目と言うのは、SP12枚組とかになるのでしょうか。それが100万枚と言うのは凄い事です。「紺屋高尾」の原話は落語で、四代目金原亭馬生から教わったと言われています。1898年生まれですから、20歳過ぎ位でこの曲の節付けをしたのだろうと思います。凄い人です。以下はウィキペディアのプロフィールからの引用です。

1909年(明治42年)12歳で名古屋の早川浅吉に見出されて親にも知らさず巡業に出かけてしまった。名前を「早川浅右衛門」とし、天才少年浪曲師として名を馳せる。一年目浜松で父親に発見され、連れ戻されたが結局浪花節を続けることになり本名の「篠田実」を芸名とする。師匠の浅吉は実への愛着を絶ち難く、自ら浅右衛門と改名、ここに前代未聞の師匠が弟子の名を継ぐという珍事が起きた。初上京は1910年(明治43年)12歳、初代木村重勝の手引きだった。その後、中堅どころとして活躍するが、1923年(大正12年)9月に、レコード吹込みの埋め草にと既に録音していた「紺屋高尾」が、震災後ひょんなことから発売され、100万枚(1組2枚で)を突破し空前の大ヒットをする。関東大震災で経営が傾いたレコード会社(ヒコーキレコード、のちに日蓄に合併)が一気に盛り返すほどであった。実自身もこの一作で大看板となる。

紺屋高尾 初代篠田実

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2024年9月12日 (木)

伊丹秀子、国本武春の「紺屋高尾」

「紺屋高尾」は名曲として浪曲界の後輩も歌い継いでいて、中でも面白いと思ったのが、初代篠田実の10歳余り下で1909年生まれの伊丹秀子さんの音源でした。七色の声で一世を風靡したと言われる伊丹秀子(二代目天中軒雲月)の語りでは、初登楼の時と思われる艶っぽいエピソードが挟まれています。これは男の浪曲師では語れないのではと言う内容で、おそらく伊丹秀子さんの創作なのではと思いますが。あるいは落語の別バージョンにはあったのでしょうか。艶笑系の。初代篠田実さんも聞いたはずですが、どのように思われたか気になります。
国本武春さんは、若手浪曲界の旗手として活躍されていましたが、2015年に55歳の若さで亡くなっています。語りはもちろん凄いのですが、曲師・沢村豊子さんの三味線の凄さ(引き出しの多さ)にも耳が釘付けになりました。

伊丹秀子 紺屋高尾

国本武春 紺屋高尾  曲師・沢村豊子

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2024年9月11日 (水)

落語版「紺屋高尾」 圓生、歌丸、圓楽、談志

「紺屋高尾」は元々落語の演目ですので、そちらのYouTubeの方が沢山ありました。一本目の三遊亭圓生さん(1900-1979)の「紺屋高尾」が完全版のようです。花魁の由来から説き起こしています。最後の猫を藍染めする話は、さすがに浪曲にはありません(笑)
そこはかとなく江戸の粋を感じさせた桂歌丸さんは「紺屋高尾」を得意演目にしていたそうです。同じく笑点の懐かしいメンバーの三遊亭圓楽さん(五代目)の語りもありました。立川談志さんのライブ映像も上げておきます。それぞれ特徴があります。

紺屋高尾 三遊亭 圓生

紺屋高尾

【落語】紺屋高尾

【落語のピン】立川談志 紺屋高尾

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