コマネチが1976年頃に床運動に使った曲サニエ・ク・ズルガライについては、何度も書いていますが繰り返しておきます。サニエ・ク・ズルガライ(Sanie cu zurgălăi 鐘のあるそり)は、1936年にルーマニアのユダヤ系作曲家Richard Steinによって名歌手MariaTănaseのために作曲された、当時の民謡調の流行り歌と見ていいように思います。イスラエル・ゾハルの盤では、英語圏でカバーされて有名になったJohhnie Is The Boy For Meの曲名で出ています。この曲を探して20年ほど経ってイスラエル・ゾハルの盤で初めて耳にした件を、ルーマニア音楽巡りの際にお話しました。耳に残って忘れられなかった曲を、クレズマーを聞いていて20年振りに偶然見つけた喜びは、一言では言い表せません。
1本目はイスラエル・ゾハルのライブ映像からこの曲だけの部分、2本目はルーマニアの民謡歌手Maria Lătărețuの歌唱です。
Israel Zohar / Johhnie Is The Boy For Me
Sanie cu zurgălăi - Maria Lătărețu - melodia originala
ブレイヴ・オールド・ワールドの4枚目Bless the Fireでの中東音楽風でモーダルな(旋法音楽的な)ピアノ演奏は他の曲でも聞けました。中東のピアノと言えば直ちに思い出すはイランのモルタザー・マハジュビーですが、ペルシア音楽と言うよりは、アルジェリア辺りのアラブ・アンダルシア音楽系(モリス・エル・メディオニなど)に近く聞こえるので、おそらくセファルディ音楽経由でアラン・ベルンが取り入れたのではと推測します。マハジュビーのように、旋法ごとの微分音までは使っていません。
Bless the Fireを聞いて、それに次いで驚いたのが3曲目のMarmaroshでした。放送で言いましたが、タイトル通りムジカーシュの「トランシルヴァニアの失われたユダヤ音楽」=本題「マラマロシュ」(ルーマニア北部のマラムレシュのこと)を強く意識した演奏のように思います。ムジカーシュの盤での曲名はSzol a kakas marでした。ムジカーシュのこの盤が出たのが1993年、Bless the Fireは2003年で、ちょうど10年後です。ヴァイオリンはマイケル・アルパートだと思いますが、それまではほとんどがリズム・ヴァイオリン的な演奏だったので、これほど本格的な彼の独奏は余り聞き覚えがありませんでした。
この盤には歌詞のある曲以外の解説がありませんので詳細は不明ですが、ムジカーシュによって蘇ったトランシルヴァニアの往年のユダヤの秘曲から受けたインスピレーションを、マイケル・アルパートなりに10年間温めていたのではと思いました。と言うことで、ブレイヴ・オールド・ワールドのMarmaroshとムジカーシュ&マルタ・セバスチャンのSzol a kakas marを並べて上げておきます。
<3 Marmarosh 3分54秒>
Szól a kakas már - Muzsikás együttes, Sebestyén Márta
13曲目は原題がJocul cu bâtăとありまして、このタイトルでピンと来ましたが、これはバルトークの有名なルーマニア民族舞曲の1曲目の棒踊りの原曲に当たるようです。元の演奏はヴェルブンコシュ風、つまりハンガリーの勇壮な舞曲の影響があるロマの二人のヴァイオリニストによる演奏だったそうです。ムジカーシュの演奏がそのロマの演奏をそのまま再現しているのかどうかは不明ですが、バルトークのあの有名な旋律が途中から出てきます。バルトークがこの曲を採集した場所は、Voiniceniと言うムレシュ県の村です。ムレシュ県はクルージュ県の東側になりますから、トランシルヴァニアのど真ん中辺りです。
Muzsikás - Bota and Invertita / Bartók - Romanian Folk Dances with Danubia Orchestra
米Hannibalから1993年に出た「ムジカーシュ/トランシルヴァニアの失われたユダヤ音楽」(Muzsikás / Maramoros - The Lost Jewish Music of Transylvania)は、ハンガリー・トラッド界の雄、ムジカーシュの代表作の一つで、名歌手マルタ・セバスチャンが歌で参加して華を添えています。ホロコーストでユダヤ人楽士のほとんどが亡くなり、忘れ去られていたトランシルヴァニアのユダヤ人の音楽を、ハンガリーのユダヤ人音楽学者のZoltan Simonとムジカーシュが協力して再現した盤です。戦前にユダヤ人の結婚式で演奏していたジプシーの老フィドラーGheorghe Covaciが記憶していて、取材したムジカーシュによって現代に蘇った曲も収録されています。音楽の印象は、一般的なクレズマーではなく、ムジカーシュが普段演奏するハンガリーのヴィレッジ音楽とも少し違っていて、当時のハンガリーのユダヤ音楽を忠実に再現しているという評価が高い演奏です。基本編成は、リーダーのMihály Siposのヴァイオリンと、伴奏は3弦のヴィオラ奏者が二人、コントラバスが一人です。
タイトルに「トランシルヴァニア」とありますが、本題はマラマロシュと言いまして、ルーマニア北部のマラムレシュ地方のハンガリー語読みですので、トランシルヴァニアでも最北部になります。狭義ではマラムレシュはトランシルヴァニアに入れない場合もあります。
<1 Chasid lakodalmi táncok 4分33秒>
Muzsikas: Chasid Dances with Cioata
01 Chaszid lakodalmi táncok Khosid Wedding Dances
2曲目の物悲しく凄絶なまでに美しい旋律のSzól A Kakas Márは、この盤の白眉でしょう。英訳ではThe Rooster is crowingですから、「雄鶏は鳴く」となるでしょうか。ハンガリー系ユダヤ人のみならず一般のハンガリー人の間でも有名な旋律で、ハンガリー語の歌詞ですがユダヤの歌らしくヘブライ語の行が挿入されています。言い伝えでは、ある羊飼いが歌っていた旋律をハシディズムの指導者ツァディク(義人)のReib Eizikがいたく気に入って覚えていた旋律だそうで、後には宗教や民族を分け隔てなく寛容に統治した17世紀のトランシルヴァニア公Gabor Bethlenのお気に入りの歌だったという記録もあるそうです。
<2 De Petrecere (Asztali Nota) Es Amikor Atoltozik A Menyasszony 2分48秒>
<4 De Petrecere (Cigany, Roman Asztali Nota) 3分59秒>
<6 Hore A Mortului (Cigany Virraszto Enekek) 1分5秒>
Gabi Covaci de la Ieud tri patru pretini mi-as fa.mpg
7枚目のJod - Ieud(マラマロシュ/マラムレシュの農村音楽)から続けますが、11曲目はジプシーの哀歌で、14曲目はジプシーとマジャールのクリスマス・キャロルです。この盤の最後19曲目には、ほとんど唯一のハンガリー音楽Hosszumezei Magyar Csardasが入っています。3曲続けます。
<11 Cigany Keservesek 3分59秒>
<14 Cigany Es Magyar Karacsonyi Enek 2分32秒>
<19 Hosszumezei Magyar Csardas 1分57秒>
では最後に14枚目のSzasztancs (ムレシュ地方北部の農村音楽)から、6曲目のForduló, Csárdás, Korcsos És Cigánycsárdás. Four dance cycleを時間まで聞きながら今回はお別れです。ムレシュ地方北部と言うのは、ビストリツァの東、マラムレシュの南方に位置する場所で、音楽は素朴なハンガリー系になってきます。
ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週
<6 Forduló, Csárdás, Korcsos És Cigánycsárdás. Four dance cycle 11分41秒>
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