シャンソン

2016年4月 1日 (金)

ブラッサンス「オーヴェルニュ人に捧げる歌」

フラメンコ・ギターの巨匠マニタス・デ・プラタが1921年セート生まれ(カマルグではなく)だったと言うことで、思い出しました。同じ1921年にセートに生まれた名歌手に、ジョルジュ・ブラッサンスがいました。後に「フランス人の〈生まれ変わったらなりたい人〉のベスト1」に選ばれたと言うブラッサンスも、南仏の地中海岸の町セートからパリに出てきた頃は、まだ世に認められてなくて、飢えや渇きの心配なく詩の勉強にいそしむことが出来たのは、下宿先のオーヴェルニュ人夫婦のくれた僅かな薪とパン、「悲しげな微笑」の有り難さだったことを、しみじみと歌っています。

Georges Brassens - Chanson Pour L'Auvergnat

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月 8日 (金)

スラバヤ・ジョニー  ジャワの原子爆弾

中部ジャワのガムラン音楽の細部に分け入ってみようという試みでしたが、見ている内に更に分らなくなってきました(笑) 一つ分ったことと言えば、「クラトン」はスラカルタでの固有名詞のように使われることもあったように思いましたが、単に王宮の意味でも使われるようで、「ジョクジャカルタのクラトン」と言う場合はその意味になります。
そろそろ中部ジャワを離れて他に目を向けたいと思っています。今日はちょっと寄り道です。ジャワの東の方に目を向けるとスラバヤという町があります。スラバヤと聞くと、ほとんど反射的に思い出すのが、クルト・ワイル&ベルトルト・ブレヒト・コンビの「スラバヤ・ジョニー」。ジャワとどう関係があるのか、劇自体を聞いてないので何とも言えませんが、何か東洋への憧れの反映なのかも知れません。この曲、フランスではボリス・ヴィアンがフランス語の歌詞を付け、カトリーヌ・ソヴァージュが歌っていますが、ボリス・ヴィアンと言えば「原子爆弾のジャワ」(あるいは「ジャワの原子爆弾」?)という歌も歌っていたのを思い出しました。遠い異国への憧憬(か何か)を思わせる2曲です。
クルト・ワイルの妻ロッテ・レーニャと、ボリス・ヴィアン自身の歌唱で。

Lotte Lenya - Surabaya Johnny

Boris Vian - La java des bombes atomiques

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月23日 (水)

Pola NegriのMAZURKA

Chansophoneから出ていたシャンソン関係の逸品(CD)に、ポーラ・ネグリとルドルフ・ヴァレンティノ、イヴォンヌ・ジョルジュとキキ・ドゥ・モンパルナスのカップリング盤がありました。いずれも戦前の音源で、現在はどちらも廃盤になっているのが残念ですが、そのポーラ・ネグリの歌唱にマズルカがあったことを、昨日の関連映像で思い出しました。
一般には女優として知られている人ですが、往年のドイツ語圏の女優に類稀な歌唱を聞かせる人が出ていることは、マレーネ・ディートリヒ他何人かが証明していると思います。ポーラ・ネグリも間違いなくその一人でしょう。(現代寄りでは、ヒルデガルト・クネフ辺りでしょうか) 同盤はほとんどがドイツ語の歌唱ですが、ロシア民謡も出てきて(とは言ってもユル・ブリンナーなどが歌った「二つのギター」「黒い瞳」のようなロシアのジプシー・ロマンスですが)異彩を放っています。その妖艶で退廃的な味わいを、現代の歌手が表現するのは難しいのではと思います。
今日分かりましたが、ポーラ・ネグリはポーランド出身でした。ですから、マズルカは祖国の音楽でもある訳ですね。ヴァレンティノとのロマンスもあったようです。

ルドルフ・ヴァレンティノ=夭折した戦前の二枚目俳優
イヴォンヌ・ジョルジュ=故・間章(Aquirax Aida)氏は、「家を売ってでも彼女のレコードを買え」と語ったそうで。
キキ・ドゥ・モンパルナス=マン・レイなどのシュルレアリストのアイドルとして有名

Pola Negri: MAZURKA, Odeon 1935

Pola Negri - Rudolph Valentino

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月14日 (火)

巴里祭+ファニー・リビアン・ダンス

関東は梅雨も明けたそうですが、もう少しの伊予でも前倒しの夏の到来で猛暑の毎日です。4日後には宮古の民謡(神歌と古謡)を聞く機会があって、ちょっと聞いてみたかったのですが、今回も上京は果たせず。先日偶然に知りましたが、何と最後の<東京の夏>になってしまったようで、残念至極です。今後は更に上京の足が遠くなってしまいそうです。

ところで今日は7月14日、巴里祭です。去年に続いて今年もパリ祭関係を見て、その後リビアを一本。パリ祭については去年の同日の記事をご覧下さい。やはりPhewさんの歌唱のものが見つからず、残念でした。代わりに日本のシャンソン歌手のかなり古そうな映像と、東急文化村のカフェ、ドゥ・マゴのCM映像。サルトルなどの文化人も集ったと言うカフェ・ドゥ・マゴの日本版のような店ですね。

Bunkamura ドゥ マゴ パリ祭 2009

「Bunkamura ドゥ マゴ パリ祭 2009」のテーマ曲&告知CMです。制作は「アトリエ・シエスタ」。「アトリエ・シ エスタ」オリジナル・キャラクター「ポンポンズ」と「ポン・マッシロ」がお届けします 。 http://atelier-siesta.cdx.jp/

パリ祭―上月晃(宝塚)//ラ・メールー芦野宏

司会の松坂さんの若さに何よりも驚きました。

funny libyan dance

連日リビア関係を見ていたので、推薦ビデオとして上がってきました(笑) 何とも言えず楽しそうです(^-^)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月 8日 (月)

短歌はウード、夏はナイ

もう二曲ブリジット・フォンテーヌの「ラジオのように」から、タンカとレテ・レテ(夏)。タンカは日本の短歌をテーマにした歌のようでしたが、面白いことにアレスキーが伴奏で弾いているのはウード。カーヌーンの音も聞こえます。これはアルジェリアのベルベル辺りの音楽に近いと思います。アンダルシア系ではないでしょう。ブリジットのサラヴァのシリーズは、故・間章(あいだあきら、またはAquirax Aida)氏の素晴らしい解説で思い出される方も多いことでしょう。我が家のブリジットのサラヴァからの4枚のLP(いずれも絶品)は、どこに入れたか見つからないため、残念ながら詳細を今すぐ再確認することができません。余り古物をいじり回しているとカイカイに襲われそうなので、止めておきます(笑) 「ラジオのように」はCDも持っていたはずなのに、これまた行方不明(笑) こちらには間章氏のライナーはなかったように思います。

久しぶりに聞いてみて、やはり北アフリカの乾燥した空気感がぴったりくる歌(シャンソン)です。夏、ではナイを模したような?サックスの音が、蚊取りの音に聞こえなくもないです。と言う事で、一足早く、夏らしい2曲が並びました。

Tanka Ⅰ(短歌Ⅰ)/ Brigitte Fontaine

L'été L'été(夏) / Brigitte Fontaine

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月 7日 (日)

ラジオのように

今日は少し大胆な仮説めいた話を一つ。  前衛的なシャンソン歌手として、一部のリスナーにカリスマ的な人気を集めたブリジット・フォンテーヌですが、3,4枚目以降の共演者はアルジェリア系のアレスキーでした。今日のビデオの曲「ラジオのように」を収めた同名アルバムはSaravahからの2作目で、彼女の代表作として知られています。共演しているのは前衛ジャズ集団のアート・アンサンブル・オブ・シカゴ(略称AECだったと思います)。フォンテーヌとのコラボでアレスキーやAECがやっている音楽、特に後者はブラック・アフリカがルーツと見られていたように思いますが、実は熱帯雨林系ではなく、サバンナより北の、昨今人気のエリア「砂漠のブルース」の世界に近いものに聞こえます。昨日のビスクラのディワンも、もしかしたら少し重なる世界かも、と思った次第。
因みに、80年代にブリジット・フォンテーヌ、AEC共にそれぞれ来日公演があって、両方行って来ました。

Brigitte Fontaine - Comme à la radio 1969

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月14日 (月)

巴里祭とPhew

またまた突然ですが、今日はシャンソンの巴里祭
7月14日と言えば、フランス革命記念日。フランスでは単にカトーズ・ジュイイェ「Quatorze Juillet(7月14日)」と呼ばれるだけですが、日本では戦前にルネ・クレール監督の映画『QUATORZE JUILLET』(1932)が邦題『巴里祭』として公開されヒットしたため「パリ祭(ぱりさい)」と呼ばれるようになりました。しかしこれは日本だけの呼び名のようで、フランスでは通じないようです。主題歌のA Paris, dans chaque faubourg(ここだけ直訳すると「どの場末でもパリへ」でしょうか?)は、パリのベルエポックを髣髴とさせる良い歌です。

A Paris, dans chaque faubourg - Lys Gauty

この往年の名歌手リス・ゴーティの歌唱でまず知られている曲。

À Paris, dans chaque faubourg (France 1933)

上のリス・ゴーティのクリップの接続が良くないので、もう一本上げておきます。歌手についてなど全く分かりませんが、悪くない演奏。(下記フランス語の歌詞はこのビデオの解説から)

À Paris dans chaque faubourg
Le soleil de chaque journée
Fait en quelques destinées
Éclore un rêve d'amour
Parmi la foule un amour se pose
Sur une âme de vingt ans
Pour elle tout se métamorphose
Tous est couleur de printemps
À Paris quand le jour se lève
À Paris dans chaque faubourg
À vingt ans on fait des rêves
Tout en couleur d'amour

Ils habitaient le même faubourg
La même rue et la même cour
Il lui lançait des sourires
Elle l'aimait sans lui dire
Mais un jour qu'un baiser les unit
Dans le ciel elle crut lire
Comme un espoir infini

À Paris dès la nuit venue
À Paris dans chaque faubourg
À toute heure une âme émue
Rêve encore à l'amour

実はこの「巴里祭」、私が最初に聞いたのは80年代のニューウェーヴ~インディーズの歌手Phewの歌唱でした。85年の活動再開の頃、よくステージで 歌っていたものです。同じ頃に(Aunt Sallyの頃からかも知れませんが)フランスのレジスタンス・ソングchant des marais(「泥濘の兵士」 綴り自信なし)をドイツ語訳(Die Moorsoldaten)で歌ったりもしていました。どちらも20年以上経った今でも鮮烈に覚えています。
京都のAfter Dinner(VoはHACO)は、オリジナル以外に意外な曲として小泉今日子(曲名失念 エスニックなナンバーでした)だけでなく、キルギス民謡やバルトークのルーマニア 民謡(原曲はあの有名なPf曲)も歌うし、あの頃のインディーズ・シーンはやっぱり面白かったなぁと思います。
彼女の代表曲のクリップは以下。パリ祭のyoutubeは残念ながら見当たらなかったです。
(民族音楽と関係がないためリンクでアップしておきます。当時ほとんどおっかけに近いPhewのファンだった私にとっては、80年代を思い出してしまうナツメロのような曲ですw)
終曲 Phew - 坂本龍一 / 1980
坂本龍一との共演。名曲でした。(坂本さん、キングのWRMLの推薦文で数日前に出てきました)
Phew: Circuit / Signal (With Holger Czukay)  
イランの歌手ゴルパの歌などをスーパーインポーズ(と言うかパッチワークでしょうか?)した名曲「ペルシアン・ラヴ」を書いたホルガー・チューカイ他、ジャーマン・ロックの雄、カンのメンバーとの共演盤から。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年1月28日 (月)

バルバラ

昨日名前が出ましたので、今日は名歌手バルバラ(1930-97)のビデオを見てみましょう。寄り道は一応今日までの予定です^^
バルバラと言えば、日本ではシャンソン歌手クミコがカバーした「我が麗しき恋物語」で一番広く知られている人でしょう。 youtubeに往年の名唱が何本か出ていましたので、一挙にアップします。昔からのファンとしては、動くバルバラを見れて、ちょっと興奮してしまいました^^
いずれも、黒ずくめの衣装、モノクロ・フィルムなど、イメージ的にバルバラの世界を見事に表している映像だと思います。しかしこうして見るといかにもユダヤ系の面立ちですね。そのために戦時中は筆舌に尽くせない辛酸をなめたようで、しばしば歌の中でも歌われています。「私は朝から晩まで絶望している女ではない。黒い服は喪服ではない。」と繰り返していたようですが、過去の辛い体験が彼女の歌に暗い影を落としていることは間違いないようです。
最近1954年のブリュッセルでの無名時代の録音が登場しました。まだ「黒の美学」?が確立する前ですが、語るように歌う歌唱を聞くと、後のバルバラの歌の萌芽が見えると共に、やはりイヴェット・ギルベール(ロートレックの絵にも描かれた名歌手)など、往年の大歌手たちの流れを汲む人なんだなぁと改めて思いました。まだ蕾ではあるのでしょうが、若き日の瑞々しい歌声には、やはりファンとしてはとても感動しました。(近々HPにアップ予定)
※以下の曲目の解説では、LP「黒いワシ」の永田文夫氏の解説文と、蒲田耕二氏の近著「聴かせてよ、愛の歌を」を参照しました。

Barbara - Ma Plus Belle Histoire d'Amour 我が麗しき恋物語

初恋の思い出がしみじみと歌われる1966年の名歌。歌手と聴衆の関係を恋愛にたとえ、恋の相手は彼女の聴衆。よく知りませんが、クミコ版はテーマが少し違ったような・・・

Barbara - Göttingen パリとゲッティンゲン

バルバラのピアノ弾き語りに、アコーディオン、コントラバス(ブラッサンスの伴奏者だったピエール・ニコラのようです)、チェロという、バルバラらしい低弦室内楽編成はこの頃から。1965年発表のバルバラの美学満開の名曲。

Barbara - Nantes ナントに雨が降る

父親の死を物語る、悲しくも美しい1964年の名歌。

Barbara - L'Aigle Noir 黒いワシ

1970年の大ヒット曲で、岸洋子他のカヴァーでも有名。彼女の№1ヒットはやはりこの曲。

Maurice Bejart

故モーリス・ベジャールの20世紀バレエ団の舞台から。テーマはバルバラの「黒いワシ」。もしかしたらバルバラ追悼公演の映像かも。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年1月27日 (日)

ブリジット・フォンテーヌ

昨日のカンプローヴァの記事で引き合いに出しましたので、ロシアから離れますが、今日はそのブリジット・フォンテーヌを見てみましょうか。カンブローヴァの歌は、フォンテーヌやバルバラのロシア版に聞こえて仕方ありません。私的には前に取り上げたブラッサンスやバルバラ、フォンテーヌ辺りは、シャンソンの中では一番思い入れの強い歌手です。
ブリジット・フォンテーヌと言えば、70年前後に出たSaravahからの4枚のアルバムが特に有名で、その中でも2枚目の「ラジオのように」の登場は衝撃的でした。間章(Aquirax Aida) 氏のライナーノーツも鮮烈な印象を残しました。(私が初めて聞いたのは83年頃ですが)

2本目のEternalは、地元のSNS、イマソウにアップしていた記事をミクシィに転載したものの再登場。ミクシィの設定を変えたら前の記事が消えてしまいましたので。

Brigitte Fontaine - Le Nougat

1988年のアルバム「フレンチ・コラソン」から。1989年の初来日は聞きに行きましたが、このヌガーでは特に盛り上がっていました。

faun fables - eternal @ London & Krishenbaum

60~70年代にブリジット・フォンテーヌという歌手がいました。
ピエール・バルーのSaravahレーベルに代表作がある女性歌手です。
前衛的なシャンソンを歌う人で、フリージャズのアート・アンサンブル・オブ・シカゴや、アルジェリア出身のアレスキー(Vo, Perc.)との共演が有名ですが、eternal(永遠の)は1枚目の「Brigitte Fontaine est...」から。まだエキセントリックな世界は萌芽の状態ですが、返って瑞々しくリリカルな躍動感が溢れ出るような、素晴らしい曲です。
ユーチューブにもフォンテーヌ自身の昔の映像はほとんどないので、eternalをアメリカ西海岸のFaun Fablesというグループが演奏したものをアップしました。ヒッピー・カルチャーの新種か? そんな雰囲気を感じます。2007年3月のイスラエル・ツアーでの映像。
これ演奏自体なかなか楽しいし、イスラエルの放送局の司会者がノリノリで笑ってしまいますw

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 5日 (金)

悪い噂

ブラッサンス特集、ひとまず今日までにします。
7曲目は、デビュー当時の代表曲「悪い噂」を2ヴァージョン。これは絶対忘れてはいけない曲。

La mauvaise reputation - Georges Brassens (Live)

La mauvaise reputation - Georges Brassens

画一的でない、自由な生き方を愛するブラッサンスの所信表明のような曲で、最初のアルバムの表題にもなっています。20年ほど前にLPを手に入れて一番最初に聞いたのがこの曲でしたが、それ以来忘れられないシャンソンです。
「ローマへは通じない道を歩いているだけなのに~」の高い音に上がる辺り素晴らしいです。

 悪い噂          La mauvaise reputation   1952

゙  村じゃ どうういう訳か
  俺は評判良くない
  何かにつけて
  えたいの知れない男で通ってるらしい            
  俺は誰も欺かずに
  平凡な善人で生きてるつもりだが
  律義な連中は
  そこが変わり者だとご機嫌ななめだ
  みんな俺を悪し様に言う
  無論 口のきけない人は別だが

  七月十四日の祭りの日                   
  パレードの楽隊なんて
  関係ないと
  ベッドにふかふか寝そべって
  俺は誰も欺かずに
  けたたましいラッパにウンザリしてるだけなのに
  律義な連中は
  そこが変わり者だとご機嫌ななめだ
  みんな俺に後ろ指をさす
  無論 手のない人は別だが

  百姓に追っかけられている
  ヘマな泥棒に出くわして
  正直なとこ足で一寸かばったら
  追手が地面にひっくりかえった
  俺はだれも欺かずに
  リンゴ泥棒を逃がしてやっただけなのに
  律義な連中は
  そこが変わり者だとご機嫌ななめだ
  みんな俺におどりかかる
  無論 歩けない人は別だが

  ジェレミじゃなくったって
  自分の行く末は解る
  手ごろな縄が見付ったら
  奴等は俺の首に掛けるだろう
  俺は誰も欺かずに
  ローマへは通じない道を歩いているだけなのに
  律義な連中は
  そこが変わり者だとご機嫌ななめだ
  みんな俺が吊るされるのを見に来る
  無論 目のみえない人は別だが

 1952年から53年にかけて、パタシュの店にブラッサンスなる男登場。そして初めての客演がトロワ・ボーデ。歌い出した、いやむしろブチかましたのが 『悪い噂』だった。舞台へ出る態度が独特。この男、内心とはうらはらに傲慢無礼で、「気にいらなきゃドアは開いてるよ。閉めたきゃ勝手にどうぞ。プログラ ム?そんなものはないよ」といった具合。<俺は誰も欺かずに リンゴ泥棒を逃がしてやっただけなのに>
 <七月十四日の祭りの日 ベッドにふかふか寝そべって>まさにむくつけき仏頂面。<村じゃどういう訳か俺は評判良くない> これがトロワ・ボーデの小さなホールで妙に受けた。帰ったお客がまたやって来る。そして無論『悪い噂』をご所望と来た。 解説:ルネ・ファレ

(注)
・「パタシュの店」 モンマルトルのテルトル広場の近くにある、小さなレストラン
・キャバレー。菓子屋のおかみだったパタシュが余技の唄で始めた店。歌わないお客のネクタイをチョン切って、世界中の著名人のネクタイのコレクションで有名。パタシュは下町風の伝法な歌手で、ブラッサンスの発見者の一人。
・「トロワ・ボーデ」 三匹の驢馬の意。モンマルトルにあったシャンソンの小屋。経営者のジャック・カネッティがパタシュの店で歌うブラッサンスを見出して出演させた。
・「ジェレミ」 イスラエルの四大預言者の一人、エレミア。

"Au village, sans pretention,
J'ai mauvaise reputation.
Qu'je m'demene ou qu'je reste coi
Je pass' pour un je-ne-sais-quoi!
Je ne fait pourtant de tort a personne
En suivant mon chemin de petit bonhomme.
Mais les brav's gens n'aiment pas que
L'on suive une autre route qu'eux,
Non les brav's gens n'aiment pas que
L'on suive une autre route qu'eux,
Tout le monde medit de moi,
Sauf les muets, ca va de soi.

Le jour du Quatorze Juillet
Je reste dans mon lit douillet.
La musique qui marche au pas,
Cela ne me regarde pas.
Je ne fais pourtant de tort a personne,
En n'ecoutant pas le clairon qui sonne.
Mais les brav's gens n'aiment pas que
L'on suive une autre route qu'eux,
Non les brav's gens n'aiment pas que
L'on suive une autre route qu'eux,
Tout le monde me montre du doigt
Sauf les manchots, ca va de soi.

Quand j'croise un voleur malchanceux,
Poursuivi par un cul-terreux;
J'lance la patte et pourquoi le taire,
Le cul-terreux s'retrouv' par terre
Je ne fait pourtant de tort a personne,
En laissant courir les voleurs de pommes.
Mais les brav's gens n'aiment pas que
L'on suive une autre route qu'eux,
Non les brav's gens n'aiment pas que
L'on suive une autre route qu'eux,
Tout le monde se rue sur moi,
Sauf les culs-de-jatte, ca va de soi.

Pas besoin d'etre Jeremie,
Pour d'viner l'sort qui m'est promis,
S'ils trouv'nt une corde a leur gout,
Ils me la passeront au cou,
Je ne fait pourtant de tort a personne,
En suivant les ch'mins qui n'menent pas a Rome,
Mais les brav's gens n'aiment pas que
L'on suive une autre route qu'eux,
Non les brav's gens n'aiment pas que
L'on suive une autre route qu'eux,
Tout l'mond' viendra me voir pendu,
Sauf les aveugles, bien entendu."

訳詩とルネ・ファレ氏の解説はジョルジュ・ブラッサンス全集より
原題の横の数字は、発表年
http://www7a.biglobe.ne.jp/~k_ogawa/

(本稿は、地元のSNS、イマソウにアップしていた記事の転載)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

J.S.バッハ | New Wave-Indies | アイヌ | アメリカ | アラブ | アラブ・マグレブ | アルゼンチン | イギリス | イスラエル | イスラム教 | イタリア | イディッシュ | イラン地方音楽 | インディアン、インディオ | インド | インドネシア | インド音楽 | ウイグル | ウラル・アルタイ | エジプト | エチオピア | オペラ | オーストラリア | オーストリア | キリスト教 | ギリシア | クルド | クレズマー | ケルト | コンサート情報 | コーカサス (カフカス) | サハラ | シベリア | シャンソン | ジャズ | スイス | スペイン | スポーツ | スーダン | セファルディー | ゼアミdeワールド | チェロ | トルコ音楽 | ドイツ | ナイル・サハラ | ナツメロ | ニュース | ハシディック | ハンガリー | バルカン | バルト語派 | バロック | パキスタン | ビザンツ音楽 | フランス | フランス近代 | ブラジル | ペルシア音楽 | ペルシア音楽 トンバク | ユダヤ | ユダヤ音楽 | ライブ情報 | ルーマニア | レビュー | ロシア | ロシア・マイナー | ロマン派 | ヴァイオリン | 中南米 | 中国 | 中央アジア | 仏教 | 仏教音楽 | 北コーカサス(カフカス) | 北欧 | 南アジア | 南インド古典音楽 | 古楽 | 地中海 | 室内楽 | 弦楽合奏 | 弦楽四重奏 | 後期ロマン派 | 文化・芸術 | 新ウィーン楽派 | 旅行・地域 | 日記・コラム・つぶやき | 映画・テレビ | 東アフリカ | 東南アジア | 東方教会 | 東欧 | 歌謡曲・演歌 | 民謡 | 独墺 | 猫・犬 | 現代音楽 | 童謡、わらべうた | 筝曲 | 純邦楽 | 西アフリカ | 西スラヴ | 韓国