シャンソン

2009年7月14日 (火)

巴里祭+ファニー・リビアン・ダンス

関東は梅雨も明けたそうですが、もう少しの伊予でも前倒しの夏の到来で猛暑の毎日です。4日後には宮古の民謡(神歌と古謡)を聞く機会があって、ちょっと聞いてみたかったのですが、今回も上京は果たせず。先日偶然に知りましたが、何と最後の<東京の夏>になってしまったようで、残念至極です。今後は更に上京の足が遠くなってしまいそうです。

ところで今日は7月14日、巴里祭です。去年に続いて今年もパリ祭関係を見て、その後リビアを一本。パリ祭については去年の同日の記事をご覧下さい。やはりPhewさんの歌唱のものが見つからず、残念でした。代わりに日本のシャンソン歌手のかなり古そうな映像と、東急文化村のカフェ、ドゥ・マゴのCM映像。サルトルなどの文化人も集ったと言うカフェ・ドゥ・マゴの日本版のような店ですね。

Bunkamura ドゥ マゴ パリ祭 2009

「Bunkamura ドゥ マゴ パリ祭 2009」のテーマ曲&告知CMです。制作は「アトリエ・シエスタ」。「アトリエ・シ エスタ」オリジナル・キャラクター「ポンポンズ」と「ポン・マッシロ」がお届けします 。 http://atelier-siesta.cdx.jp/

パリ祭―上月晃(宝塚)//ラ・メールー芦野宏

司会の松坂さんの若さに何よりも驚きました。

funny libyan dance

連日リビア関係を見ていたので、推薦ビデオとして上がってきました(笑) 何とも言えず楽しそうです(^-^)。

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2009年6月 8日 (月)

短歌はウード、夏はナイ

もう二曲ブリジット・フォンテーヌの「ラジオのように」から、タンカとレテ・レテ(夏)。タンカは日本の短歌をテーマにした歌のようでしたが、面白いことにアレスキーが伴奏で弾いているのはウード。カーヌーンの音も聞こえます。これはアルジェリアのベルベル辺りの音楽に近いと思います。アンダルシア系ではないでしょう。ブリジットのサラヴァのシリーズは、故・間章(あいだあきら、またはAquirax Aida)氏の素晴らしい解説で思い出される方も多いことでしょう。我が家のブリジットのサラヴァからの4枚のLP(いずれも絶品)は、どこに入れたか見つからないため、残念ながら詳細を今すぐ再確認することができません。余り古物をいじり回しているとカイカイに襲われそうなので、止めておきます(笑) 「ラジオのように」はCDも持っていたはずなのに、これまた行方不明(笑) こちらには間章氏のライナーはなかったように思います。

久しぶりに聞いてみて、やはり北アフリカの乾燥した空気感がぴったりくる歌(シャンソン)です。夏、ではナイを模したような?サックスの音が、蚊取りの音に聞こえなくもないです。と言う事で、一足早く、夏らしい2曲が並びました。

Tanka Ⅰ(短歌Ⅰ)/ Brigitte Fontaine

L'été L'été(夏) / Brigitte Fontaine

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2009年6月 7日 (日)

ラジオのように

今日は少し大胆な仮説めいた話を一つ。  前衛的なシャンソン歌手として、一部のリスナーにカリスマ的な人気を集めたブリジット・フォンテーヌですが、3,4枚目以降の共演者はアルジェリア系のアレスキーでした。今日のビデオの曲「ラジオのように」を収めた同名アルバムはSaravahからの2作目で、彼女の代表作として知られています。共演しているのは前衛ジャズ集団のアート・アンサンブル・オブ・シカゴ(略称AECだったと思います)。フォンテーヌとのコラボでアレスキーやAECがやっている音楽、特に後者はブラック・アフリカがルーツと見られていたように思いますが、実は熱帯雨林系ではなく、サバンナより北の、昨今人気のエリア「砂漠のブルース」の世界に近いものに聞こえます。昨日のビスクラのディワンも、もしかしたら少し重なる世界かも、と思った次第。
因みに、80年代にブリジット・フォンテーヌ、AEC共にそれぞれ来日公演があって、両方行って来ました。

Brigitte Fontaine - Comme à la radio 1969

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2008年7月14日 (月)

巴里祭とPhew

またまた突然ですが、今日はシャンソンの巴里祭
7月14日と言えば、フランス革命記念日。フランスでは単にカトーズ・ジュイイェ「Quatorze Juillet(7月14日)」と呼ばれるだけですが、日本では戦前にルネ・クレール監督の映画『QUATORZE JUILLET』(1932)が邦題『巴里祭』として公開されヒットしたため「パリ祭(ぱりさい)」と呼ばれるようになりました。しかしこれは日本だけの呼び名のようで、フランスでは通じないようです。主題歌のA Paris, dans chaque faubourg(ここだけ直訳すると「どの場末でもパリへ」でしょうか?)は、パリのベルエポックを髣髴とさせる良い歌です。

A Paris, dans chaque faubourg - Lys Gauty

この往年の名歌手リス・ゴーティの歌唱でまず知られている曲。

À Paris, dans chaque faubourg (France 1933)

上のリス・ゴーティのクリップの接続が良くないので、もう一本上げておきます。歌手についてなど全く分かりませんが、悪くない演奏。(下記フランス語の歌詞はこのビデオの解説から)

À Paris dans chaque faubourg
Le soleil de chaque journée
Fait en quelques destinées
Éclore un rêve d'amour
Parmi la foule un amour se pose
Sur une âme de vingt ans
Pour elle tout se métamorphose
Tous est couleur de printemps
À Paris quand le jour se lève
À Paris dans chaque faubourg
À vingt ans on fait des rêves
Tout en couleur d'amour

Ils habitaient le même faubourg
La même rue et la même cour
Il lui lançait des sourires
Elle l'aimait sans lui dire
Mais un jour qu'un baiser les unit
Dans le ciel elle crut lire
Comme un espoir infini

À Paris dès la nuit venue
À Paris dans chaque faubourg
À toute heure une âme émue
Rêve encore à l'amour

実はこの「巴里祭」、私が最初に聞いたのは80年代のニューウェーヴ~インディーズの歌手Phewの歌唱でした。85年の活動再開の頃、よくステージで 歌っていたものです。同じ頃に(Aunt Sallyの頃からかも知れませんが)フランスのレジスタンス・ソングchant des marais(「泥濘の兵士」 綴り自信なし)をドイツ語訳(Die Moorsoldaten)で歌ったりもしていました。どちらも20年以上経った今でも鮮烈に覚えています。
京都のAfter Dinner(VoはHACO)は、オリジナル以外に意外な曲として小泉今日子(曲名失念 エスニックなナンバーでした)だけでなく、キルギス民謡やバルトークのルーマニア 民謡(原曲はあの有名なPf曲)も歌うし、あの頃のインディーズ・シーンはやっぱり面白かったなぁと思います。
彼女の代表曲のクリップは以下。パリ祭のyoutubeは残念ながら見当たらなかったです。
(民族音楽と関係がないためリンクでアップしておきます。当時ほとんどおっかけに近いPhewのファンだった私にとっては、80年代を思い出してしまうナツメロのような曲ですw)
終曲 Phew - 坂本龍一 / 1980
坂本龍一との共演。名曲でした。(坂本さん、キングのWRMLの推薦文で数日前に出てきました)
Phew: Circuit / Signal (With Holger Czukay)  
イランの歌手ゴルパの歌などをスーパーインポーズ(と言うかパッチワークでしょうか?)した名曲「ペルシアン・ラヴ」を書いたホルガー・チューカイ他、ジャーマン・ロックの雄、カンのメンバーとの共演盤から。

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2008年1月28日 (月)

バルバラ

昨日名前が出ましたので、今日は名歌手バルバラ(1930-97)のビデオを見てみましょう。寄り道は一応今日までの予定です^^
バルバラと言えば、日本ではシャンソン歌手クミコがカバーした「我が麗しき恋物語」で一番広く知られている人でしょう。 youtubeに往年の名唱が何本か出ていましたので、一挙にアップします。昔からのファンとしては、動くバルバラを見れて、ちょっと興奮してしまいました^^
いずれも、黒ずくめの衣装、モノクロ・フィルムなど、イメージ的にバルバラの世界を見事に表している映像だと思います。しかしこうして見るといかにもユダヤ系の面立ちですね。そのために戦時中は筆舌に尽くせない辛酸をなめたようで、しばしば歌の中でも歌われています。「私は朝から晩まで絶望している女ではない。黒い服は喪服ではない。」と繰り返していたようですが、過去の辛い体験が彼女の歌に暗い影を落としていることは間違いないようです。
最近1954年のブリュッセルでの無名時代の録音が登場しました。まだ「黒の美学」?が確立する前ですが、語るように歌う歌唱を聞くと、後のバルバラの歌の萌芽が見えると共に、やはりイヴェット・ギルベール(ロートレックの絵にも描かれた名歌手)など、往年の大歌手たちの流れを汲む人なんだなぁと改めて思いました。まだ蕾ではあるのでしょうが、若き日の瑞々しい歌声には、やはりファンとしてはとても感動しました。(近々HPにアップ予定)
※以下の曲目の解説では、LP「黒いワシ」の永田文夫氏の解説文と、蒲田耕二氏の近著「聴かせてよ、愛の歌を」を参照しました。

Barbara - Ma Plus Belle Histoire d'Amour 我が麗しき恋物語

初恋の思い出がしみじみと歌われる1966年の名歌。歌手と聴衆の関係を恋愛にたとえ、恋の相手は彼女の聴衆。よく知りませんが、クミコ版はテーマが少し違ったような・・・

Barbara - Göttingen パリとゲッティンゲン

バルバラのピアノ弾き語りに、アコーディオン、コントラバス(ブラッサンスの伴奏者だったピエール・ニコラのようです)、チェロという、バルバラらしい低弦室内楽編成はこの頃から。1965年発表のバルバラの美学満開の名曲。

Barbara - Nantes ナントに雨が降る

父親の死を物語る、悲しくも美しい1964年の名歌。

Barbara - L'Aigle Noir 黒いワシ

1970年の大ヒット曲で、岸洋子他のカヴァーでも有名。彼女の№1ヒットはやはりこの曲。

Maurice Bejart

故モーリス・ベジャールの20世紀バレエ団の舞台から。テーマはバルバラの「黒いワシ」。もしかしたらバルバラ追悼公演の映像かも。

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2008年1月27日 (日)

ブリジット・フォンテーヌ

昨日のカンプローヴァの記事で引き合いに出しましたので、ロシアから離れますが、今日はそのブリジット・フォンテーヌを見てみましょうか。カンブローヴァの歌は、フォンテーヌやバルバラのロシア版に聞こえて仕方ありません。私的には前に取り上げたブラッサンスやバルバラ、フォンテーヌ辺りは、シャンソンの中では一番思い入れの強い歌手です。
ブリジット・フォンテーヌと言えば、70年前後に出たSaravahからの4枚のアルバムが特に有名で、その中でも2枚目の「ラジオのように」の登場は衝撃的でした。間章(Aquirax Aida) 氏のライナーノーツも鮮烈な印象を残しました。(私が初めて聞いたのは83年頃ですが)

2本目のEternalは、地元のSNS、イマソウにアップしていた記事をミクシィに転載したものの再登場。ミクシィの設定を変えたら前の記事が消えてしまいましたので。

Brigitte Fontaine - Le Nougat

1988年のアルバム「フレンチ・コラソン」から。1989年の初来日は聞きに行きましたが、このヌガーでは特に盛り上がっていました。

faun fables - eternal @ London & Krishenbaum

60~70年代にブリジット・フォンテーヌという歌手がいました。
ピエール・バルーのSaravahレーベルに代表作がある女性歌手です。
前衛的なシャンソンを歌う人で、フリージャズのアート・アンサンブル・オブ・シカゴや、アルジェリア出身のアレスキー(Vo, Perc.)との共演が有名ですが、eternal(永遠の)は1枚目の「Brigitte Fontaine est...」から。まだエキセントリックな世界は萌芽の状態ですが、返って瑞々しくリリカルな躍動感が溢れ出るような、素晴らしい曲です。
ユーチューブにもフォンテーヌ自身の昔の映像はほとんどないので、eternalをアメリカ西海岸のFaun Fablesというグループが演奏したものをアップしました。ヒッピー・カルチャーの新種か? そんな雰囲気を感じます。2007年3月のイスラエル・ツアーでの映像。
これ演奏自体なかなか楽しいし、イスラエルの放送局の司会者がノリノリで笑ってしまいますw

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2007年10月 5日 (金)

悪い噂

ブラッサンス特集、ひとまず今日までにします。
7曲目は、デビュー当時の代表曲「悪い噂」を2ヴァージョン。これは絶対忘れてはいけない曲。

La mauvaise reputation - Georges Brassens (Live)

La mauvaise reputation - Georges Brassens

画一的でない、自由な生き方を愛するブラッサンスの所信表明のような曲で、最初のアルバムの表題にもなっています。20年ほど前にLPを手に入れて一番最初に聞いたのがこの曲でしたが、それ以来忘れられないシャンソンです。
「ローマへは通じない道を歩いているだけなのに~」の高い音に上がる辺り素晴らしいです。

 悪い噂          La mauvaise reputation   1952

゙  村じゃ どうういう訳か
  俺は評判良くない
  何かにつけて
  えたいの知れない男で通ってるらしい            
  俺は誰も欺かずに
  平凡な善人で生きてるつもりだが
  律義な連中は
  そこが変わり者だとご機嫌ななめだ
  みんな俺を悪し様に言う
  無論 口のきけない人は別だが

  七月十四日の祭りの日                   
  パレードの楽隊なんて
  関係ないと
  ベッドにふかふか寝そべって
  俺は誰も欺かずに
  けたたましいラッパにウンザリしてるだけなのに
  律義な連中は
  そこが変わり者だとご機嫌ななめだ
  みんな俺に後ろ指をさす
  無論 手のない人は別だが

  百姓に追っかけられている
  ヘマな泥棒に出くわして
  正直なとこ足で一寸かばったら
  追手が地面にひっくりかえった
  俺はだれも欺かずに
  リンゴ泥棒を逃がしてやっただけなのに
  律義な連中は
  そこが変わり者だとご機嫌ななめだ
  みんな俺におどりかかる
  無論 歩けない人は別だが

  ジェレミじゃなくったって
  自分の行く末は解る
  手ごろな縄が見付ったら
  奴等は俺の首に掛けるだろう
  俺は誰も欺かずに
  ローマへは通じない道を歩いているだけなのに
  律義な連中は
  そこが変わり者だとご機嫌ななめだ
  みんな俺が吊るされるのを見に来る
  無論 目のみえない人は別だが

 1952年から53年にかけて、パタシュの店にブラッサンスなる男登場。そして初めての客演がトロワ・ボーデ。歌い出した、いやむしろブチかましたのが 『悪い噂』だった。舞台へ出る態度が独特。この男、内心とはうらはらに傲慢無礼で、「気にいらなきゃドアは開いてるよ。閉めたきゃ勝手にどうぞ。プログラ ム?そんなものはないよ」といった具合。<俺は誰も欺かずに リンゴ泥棒を逃がしてやっただけなのに>
 <七月十四日の祭りの日 ベッドにふかふか寝そべって>まさにむくつけき仏頂面。<村じゃどういう訳か俺は評判良くない> これがトロワ・ボーデの小さなホールで妙に受けた。帰ったお客がまたやって来る。そして無論『悪い噂』をご所望と来た。 解説:ルネ・ファレ

(注)
・「パタシュの店」 モンマルトルのテルトル広場の近くにある、小さなレストラン
・キャバレー。菓子屋のおかみだったパタシュが余技の唄で始めた店。歌わないお客のネクタイをチョン切って、世界中の著名人のネクタイのコレクションで有名。パタシュは下町風の伝法な歌手で、ブラッサンスの発見者の一人。
・「トロワ・ボーデ」 三匹の驢馬の意。モンマルトルにあったシャンソンの小屋。経営者のジャック・カネッティがパタシュの店で歌うブラッサンスを見出して出演させた。
・「ジェレミ」 イスラエルの四大預言者の一人、エレミア。

"Au village, sans pretention,
J'ai mauvaise reputation.
Qu'je m'demene ou qu'je reste coi
Je pass' pour un je-ne-sais-quoi!
Je ne fait pourtant de tort a personne
En suivant mon chemin de petit bonhomme.
Mais les brav's gens n'aiment pas que
L'on suive une autre route qu'eux,
Non les brav's gens n'aiment pas que
L'on suive une autre route qu'eux,
Tout le monde medit de moi,
Sauf les muets, ca va de soi.

Le jour du Quatorze Juillet
Je reste dans mon lit douillet.
La musique qui marche au pas,
Cela ne me regarde pas.
Je ne fais pourtant de tort a personne,
En n'ecoutant pas le clairon qui sonne.
Mais les brav's gens n'aiment pas que
L'on suive une autre route qu'eux,
Non les brav's gens n'aiment pas que
L'on suive une autre route qu'eux,
Tout le monde me montre du doigt
Sauf les manchots, ca va de soi.

Quand j'croise un voleur malchanceux,
Poursuivi par un cul-terreux;
J'lance la patte et pourquoi le taire,
Le cul-terreux s'retrouv' par terre
Je ne fait pourtant de tort a personne,
En laissant courir les voleurs de pommes.
Mais les brav's gens n'aiment pas que
L'on suive une autre route qu'eux,
Non les brav's gens n'aiment pas que
L'on suive une autre route qu'eux,
Tout le monde se rue sur moi,
Sauf les culs-de-jatte, ca va de soi.

Pas besoin d'etre Jeremie,
Pour d'viner l'sort qui m'est promis,
S'ils trouv'nt une corde a leur gout,
Ils me la passeront au cou,
Je ne fait pourtant de tort a personne,
En suivant les ch'mins qui n'menent pas a Rome,
Mais les brav's gens n'aiment pas que
L'on suive une autre route qu'eux,
Non les brav's gens n'aiment pas que
L'on suive une autre route qu'eux,
Tout l'mond' viendra me voir pendu,
Sauf les aveugles, bien entendu."

訳詩とルネ・ファレ氏の解説はジョルジュ・ブラッサンス全集より
原題の横の数字は、発表年
http://www7a.biglobe.ne.jp/~k_ogawa/

(本稿は、地元のSNS、イマソウにアップしていた記事の転載)

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2007年10月 4日 (木)

公衆ベンチの恋人たち

ブラッサンス第6弾、この曲も耳に残る良い曲です。

一体いつまで続けるんじゃい、という声が聞こえそうですがw (あと数曲!)

幾分童謡的にも聞こえるメロディに乗せて、恋愛の真実をブラッサンスらしいニヒルさでもって、さりげなく歌っています。

Georges Brassens - Les amoureux des bancs publics

公衆ベンチの恋人たち   Les amoureux des bancs publics  1952   

   歩道でよく見かけるあの緑色のベンチ
   あれは足の不自由な人や腹の出っぱった人のために
   置かれてるんだと
   はためには見える
   だがそれは見当違いだ
   と言うのは実は
   あれがあそこにあるのは まぎれもなく
   うぶな恋人たちを暫くもてなすためなのだ

   ルフラン あの公衆ベンチでそっと接吻しあう恋人たち
         公衆ベンチで 公衆ベンチで
         乙に澄ました通行人にじろじろ見られる         
         バツの悪さなさなど気にしないで
         あの公衆ベンチでそっと接吻しあう恋人たち
         公衆ベンチで 公衆ベンチで
         感じのいい可愛いい顔をして
         「好きだ」 「好きよ」と言い交わしながら

   彼等が手を取り合って
   話すことと言えば未来のこと
   寝室の壁に貼るのは
   空色の壁紙がいいとか
   夢見心地で話はつきない
   きちんとした幸せな暮し
   縫い物してる彼女 煙草ふかしてる彼
   初めての赤ん坊の名前まで選んだりして

   ルフラン

   信心に凝り固まったみたいな家族連れが
   通りすがりに二人を見て
   やれ慎みのないことと
   聞こえよがしに言葉を投げかける
   家族だれでも
   親爺もお袋も娘も息子も
   彼等みたいに振舞えたらと
   内心思ってるはずなのに

   ルフラン

   何年かが過ぎ
   燃え上がってた
   美しい夢が消えた時
   彼等の空をどんよりした雲がおおう時
   彼等はしみじみ気付くだろう
   二人が一番素晴らしい恋をしたのは
   あの道端にあった
   素敵なベンチに腰掛けてだったのを

   ルフラン

 1939年にパリに出てルノーの工場でしばらく働いてた頃、ブラッサンスはよく街をぶらついた。彼のシャンソンのいくつかには、十四区つまりモンパルナス界隈の訛りが感じられる。『公衆ベンチの恋人たち』もまさにそのひとつだ。このベンチがパリ以外のものとは、まず考えられない。追悼者の頭文字「行け兄弟よ」の足許では、昔も今もつつましい恋が生まれる。だがブラッサンスが描く恋人たちには、ペイネの絵の恋人たちが夢みる幸せな未来はない。<乙に済ました通行人にじろじろ見られるバツの悪さなど気にしないで>どんなに固く抱き合ったところで、その恋は彼らの手すり抜けて行く。トレネの「パリの小鳥達」は、ブラッサンスの空の下で翼を失う。

(注)
・「行け兄弟」 パリのどこかの街角にある何かの記念碑かも知れない。友人のパリジェンヌは知らないと言っていた。
・「ペイネ」  レイモン・ペイネ (1908-1999)フランスのイラスト画家。若い芸術家とその恋人を描くナイーブでロマンチックな作風で知られている。日本でも人気が高くて、彼の生前に世界で始めてのペイネ美術館が軽井沢に出来た。
・「パリの小鳥達」 シャルル・トレネのシャンソンの一つ。小鳥に寄せてパリへの郷愁を歌っている。


訳詩とルネ・ファレ氏の解説はジョルジュ・ブラッサンス全集より
http://www7a.biglobe.ne.jp/~k_ogawa/

(本稿は、地元のSNS、イマソウにアップしていた記事の転載)

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2007年10月 3日 (水)

Il n 'y a pas d 'amour heureux

ブラッサンス特集の第5弾。今日のはビデオとしてはこれまでで一番の傑作だと思いますが、余りにもペシミスティックな歌詞。 訳を載せて良いものかどうか・・・躊躇いました。
ルネ・ファレ氏の解説で、あの「暗い日曜日(Sombre Dimanche)」が対比されるほど。
なので、フランス語だけにしようかと思いましたが、、、訳詩も載せてしまいましたw
シュールレアリストのアラゴンが、こんな詩を書いていたとは驚き。

Georges Brassens - Il n'y a pas d'amour heureux

 <ギターのひと節にどれだけすすり泣かずには居れないことか> 
ブラッサンスが舞台で『幸せな愛はない』を歌うと、我々はジーンと胸を締め付けられたものだった。彼はアラゴンのこの詩に、あまりにもぴったりの様子だった。「あれは演技なんだろうか、それとも?」ひどく悲しげな彼の大きな眼を見て、演技ではないと、ひとは思うのだった。『幸せな愛はない』、この絶望は「暗い日曜日」のように、この唄のどの節でも繰り返される。悲哀の詩がこれ程切々と歌われたことは無かった。だがそれはディスクの上だけのことにして、彼が誰のために歌ったのかは詮索しないことにしよう。さもなくば男女を問わず誰もが疑念の対象になりかねない。  解説:ルネ・ファレ

幸せな愛はない   Il n 'y a pas d 'amour heureux 1954

         ルイ・アラゴン詩
   人間に得られるものは何もありはしない
   その強さもその弱さもその心も 
   自分では腕を広げていると思っても落とす影は十字架を描いている
   幸せを掴もうと思いながらそれを引き裂いているのだ
   生きるということは奇妙な苦しい別れなのだ
   幸せな愛はない

   生きるということは武器のないこの兵士たちに似ている
   あらぬ運命のために服を着せられ
   朝起きることが彼等の何に役立つというのだ
   夕方には捕らわれの身となりなすことも無く寄る辺ない彼等
   「我が人生」とそう呟いて涙をこらえるがいい
   幸せな愛はない

   私の美しい愛よ いとしい愛よ 私の痛みよ
   私はお前を傷ついた小鳥のように私の中に持ち運ぶ
   そんなことも知らずに彼等は私たちが通り過ぎるのを眺め
   つきまとうように私の編み出した言葉を繰り返す
   お前の大きな目に見つめられてたちまち死に絶えたあの言葉を
   幸せな愛はない

   生きることを学ぶにはもう時が遅すぎる
   声を合わせて私たちの心は夜もすがらどれだけ泣くことか
   何でもないない小唄にどれだけ心痛み
   喜びに震えた償いに悔恨がどれだけ身を攻め
   ギターのひと節にどれだけすすり泣かずには居れないことか
   幸せな愛はない

(注)
・「ルイ・アラゴン」 (1897-1982)パリ生まれの詩人・作家。シュールリアリスムを離れてコミュニスムに徹し、のちに抵抗派の国民詩人として大成した。妻に捧げた詩「エルザの瞳」はシャンソンとして歌われ有名。

Rien n'est jamais acquis a l'homme. N... Rien n'est jamais acquis a
l'homme. Ni sa force
Ni sa faiblesse ni son coeur. Et quand il croit
Ouvrir ses bras son ombre est celle d'une croix
Et quand il croit serrer son bonheur il le broie
Sa vie est un etrange et douloureux divorce

Il n'y a pas d'amour heureux

Sa vie elle ressemble a ces soldats sans armes
Qu'on avait habilles pour un autre destin
A quoi peut leur servir de ce lever matin
Eux qu'on retrouve au soir desarmes incertains
Dites ces mots ma vie et retenez vos larmes

Il n'y a pas d'amour heureux

Mon bel amour mon cher amour ma dechirure
Je te porte dans moi comme un oiseau blesse
Et ceux-la sans savoir nous regardent passer
Repetant apres moi les mots que j'ai tresses
Et qui pour tes grands yeux tout aussitot moururent

Il n'y a pas d'amour heureux

Le temps d'apprendre a vivre il est deja trop tard
Que pleurent dans la nuit nos coeurs a l'unisson
Ce qu'il faut de malheur pour la moindre chanson
Ce qu'il faut de regrets pour payer un frisson
Ce qu'il faut de sanglots pour un air de guitare

Il n'y a pas d'amour heureux

Il n'y a pas d'amour qui ne soit a douleur
Il n'y a pas d'amour dont on ne soit meurtri
Il n'y a pas d'amour dont on ne soit fletri
Et pas plus que de toi l'amour de la patrie
Il n'y a pas d'amour qui ne vive de pleurs

Il n'y a pas d'amour heureux
Mais c'est notre amour a tous deux

訳詩とルネ・ファレ氏の解説はジョルジュ・ブラッサンス全集より
http://www7a.biglobe.ne.jp/~k_ogawa/

(本稿は、地元のSNS、イマソウにアップしていた記事の転載)

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2007年10月 2日 (火)

通行人

今日のブラッサンス、ボードレールの「悪の華」の中の「通り過ぎる女」にも似た、アントワーヌ・ポル作の詩に付けられたシャンソンです。詩に対して少々映像は刺激的かも知れませんが。 このビデオ、フランスの放送局で放送されたもののようです。

Georges Brassens - Les passantes

Georges Brassens - Les passantes

2つ目は同曲のライヴ・ヴァージョン。白いジャケットの人はマフィア役なんかで出ていたリノ・ヴァンチュラか? ベースの弓弾きもしみじみとして良いですね。日本人は「神田川」を連想してしまうかも知れませんが。
しかし、ブラッサンスがまた渋くてカッコイイですね。ブラッサンスは、フランス人の「生まれ変わったらなりたい人」のベスト1だったとか。

通行人   

この詩を捧げたい
神聖なしばしの瞬間
愛される全ての女に
知り合ったかと思うと
異なる運命が運び去って
二度と会うことのない女に

窓辺に束の間
現れては
たちまち姿を消した女
でもそのすらりとした姿が
とても優美で華奢で
後々までも心喜ばせてくれる女に

旅の道連れの
その瞳が魅力的な景色となって
道のりを短く思わせ
解ってあげられるのはきっと僕だけなのに
手に触れることもないまま
降りて行った女に

既に誰かのものになって
およそ合わない人の傍らで
灰色の時を生き
徒らなことなのに 
どうしようもない未来の
メランコリーを垣間見せてくれた女に

一瞬見かけた愛しいイマージュ
空しく終わった或る日の希望
明日は忘れてしまってもいい
思い掛けぬ幸福が僅かでも訪れてくれるなら
通りすがりのエピソードを
滅多に思い出しはしないのだから

でも人生をやり損なうと
少しは本気に思ってみる
そうした束の間の幸せを
しないでしまった口付けを
今も自分を待っているはずの心を
二度と見なかった眼差しを

そして疲れた夜などに
追憶の幻で
孤独をふくらませながら
今はない唇を惜しむのだ
引き留めることの出来なかった
あのすべての女たちの

翻訳:油谷耕吉

(本稿は、地元のSNS、イマソウにアップしていた記事の転載)

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