ナツメロ

2009年1月 7日 (水)

ヴァイオリン演歌と晋平節

新内で他にも良いビデオがあれば良いのですが、一昨日の3本位のようです。中山晋平の重要な歌をアップしてませんでしたので、今日はまとめて追加しておきます。彼の歌は演歌師もよく取り上げていて、録音も残っています。一本目の「籠の鳥」は大正の演歌師、鳥取春陽の作曲。この頃の世相を表す歌としてよく取り上げられると思います。NHKの連ドラ「あぐり」に出てきたのを記憶しています。「船頭小唄」は代表的な晋平節ですが、3本目は何と鳥取春陽の歌声。これは凄い雰囲気を持ってますね。「ゴンドラの唄」と「カチューシャの唄」は、説明不要の名曲でしょう。どちらもロシア文学がらみで生まれた唄というのが、興味深いです。

籠の鳥

出品者による歌唱でしょうか? 節は正確ですし、レトロな映像がなかなか面白いです。大道楽レコードから鳥取春陽自身の貴重録音がありましたが(「街角のうた~書生節の世界」)、これも残念ながら廃盤。

船頭小唄 (埋め込み禁止)
最後の演歌師と言われた桜井敏雄による 「船頭小唄」。映像に出てくるのはソニーから出ていたCDのジャケットですが、残念ながら廃盤になっていたと思います。フォークシンガーのなぎら健壱との対談も楽しい一枚でした。

船頭小唄 鳥取春陽

雑音をアップするなと叱られそうですが、この船頭小唄が吹き込まれたのは大正十二年で、当然ラッパ録音であります。十年に野口雨情が作詞、中山晋平が曲をつけたものです。鳥取春陽は岩手出身、あの「籠の鳥」や「シーハイルの歌」の作曲者でもあります。また我が国最初の「レコード会社専属歌手」でもあります。音盤は三十年前に廃棄してしまいましたが、テープに保存しておいたものがあり、それをお聴きいただきます。 (出品者の解説)

ゴンドラの唄

これも中山晋平の歌で忘れてはいけない一曲。ツルゲーネフ『その前夜』の劇中歌で、詩は吉井勇。佐藤千夜子さんのオリジナル歌唱。演歌師もよくやっていましたが、残念ながらyoutubeは無し。

カチューシャのうた

中山晋平の唄で、おそらく一番有名だと思いますが、演歌師のyoutubeはありませんでした。こちらは関西のソウルフラワーモノノケサミットの演奏。彼らの演奏は10年位前に大変人気を博しましたね。私も97年にライヴを見に行きました。カチューシャの唄は、島村抱月と松井須磨子らが旗揚げした「芸術座」による、トルストイの『復活』に基づく公演の劇中歌。女優・松井須磨子の歌によって大流行しました。コロンビアに彼女の録音が残っていますが、そのぶっきらぼうとも思える歌い方にもの凄い存在感がありました^^

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2009年1月 6日 (火)

ゲイシャ・ワルツ

新内と言えば、思い出してしまう流行り歌が、昭和27年の芸者ワルツ。神楽坂はん子さんの最大のヒット曲でした。4番の歌詞の「遠く泣いてる 新内流し、 恋の辛さが 身にしみるのよ」の箇所をどうしても思い出してしまうのは、私だけでしょうか(笑) 「新内は究極の邦楽」(三味線音楽と言った方が良いかも知れませんが)と、よく私の師匠が言っていましたが、恋愛の艶と哀切さを粋に表現する点において、確かに並ぶ音曲はないかも知れません。それにあのフリーリズムと裏声を多用する難しい唱法は、確かにペルシア声楽に通じる難しさと美しさがあります。もちろんゲイシャワルツは、直接には新内と関係ないですが、新内にも通じる哀切さを、コミカルさと三拍子で包んだ秀逸な流行り歌だと思います。

この歌のビデオを見ていていつも不思議に思うのが、三拍子なのに聴衆が一拍ごとに手拍子していること。だから最初の小節では一拍目と三拍目、次は二拍目に手拍子が入ります(笑) 何で一拍目に入らないのか不思議でしたが、思えばこれは日本人にとって三拍子が把握し難いことの現われかも知れません。

[Geisya] ゲイシャ・ワルツ(神楽坂はん子)

ゲイシャ・ワルツ
【作曲】古賀政男【作詞】西条八十【歌手】神楽坂はん子

神楽坂はん子:東京都出身。両親の反対を押し切り、神楽坂で芸者をしていたところに作 曲家の古賀政男がやってきて、「私、芸術家って大嫌い」と発言したり、その竹を割ったような性格が気に入られ、コロムビアへスカウトされた。昭和27年に古賀作品の「こんな私じゃなかったに」でデビューする。同年の、江利チエミの「テネシー・ワルツ」に対抗して作られた「ゲイシャ・ワルツ」が大ヒット。一躍スター歌手となる。その後も「見ないで頂戴お月様」「こんなベッピン見たことない」などのヒット曲を放つ。ビクターからは神楽坂浮子という歌手も登場するほどの人気ぶりだったが、昭和30年に身許引受人 の意向で引退。公には結婚のための引退だと報道された。
(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
 
あなたのリードで 島田もゆれる
チークダンスの なやましさ
みだれる裾も はずかしうれし
芸者ワルツは 思い出ワルツ

空には三日月 お座敷帰り
恋に重たい 舞扇
逢わなきゃよかった 今夜のあなた
これが苦労の はじめでしょうか

あなたのお顔を 見たうれしさに
呑んだら酔ったわ 踊ったわ
今夜はせめて 介抱してね
どうせ一緒にゃ くらせぬ身体

気強くあきらめ 帰した夜は
更けて涙の 通り雨
遠く泣いてる 新内流し
恋の辛さが 身にしみるのよ

芸者ワルツ

映像は小暮美千代と若き日の若尾文子が主演した「祇園囃子」のようです。

ゲイシャ・ワルツ(1972)神楽坂はん子

神楽坂はん子(1972年、なつかしの歌声)

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2009年1月 4日 (日)

晋平節と古賀メロデー

皆さんは正月三箇日はいかがでしたでしょうか。どなたもやはり正月には大なり小なり日本のイメージが恋しくなるのでは。松の内くらいは、今年も和物で行こうかと思います^^  元旦に奈良光枝さんを取り上げましたが、今日は流行り曲の元祖と言えそうな中山晋平の代表曲4曲と、その後に続いて流行り歌の世界を確固たる物にした巨匠、古賀政男の名歌「影を慕ひて」を取り上げてみました。いずれも30年位前までなら間違いなく日本の愛唱歌のベスト10を占めるような名歌ばかり。現在はどういう結果が出るか分かりませんが(笑)  「影を慕ひて」は、中山晋平の唄を沢山歌って世に広めた佐藤千夜子(さとうちやこ)のオリジナル歌唱と、藤山一郎のリバイバル・ヒット・バージョンのカップリング。西洋的唱法を取り入れた千夜子さんの晋平節の歌声3曲、中でも「東京行進曲」は、モガ的イメージの歌唱と言えるのでは。

影を慕いて (埋め込み禁止)
佐藤千夜子の「影を慕いて」と、 藤山一郎の「影を慕いて」を続けてどうぞ。最近なら森進一版が最高峰でしょうか。この曲や、「酒は泪か溜息か」「湯の町エレジー」などの古賀メロの憂い節には、新内の影響が濃厚なように思います。新内の上調子の手に余りに似た箇所が目立ちます。

波浮の港

唄  佐藤千夜子(1928)

作詩 野口雨情
作曲 中山晋平

磯の鵜の鳥ゃ 日暮れにゃかえる
波浮の港にゃ 夕焼け小焼け
あすの日和は
ヤレホンニサ なぎるやら

船もせかれりゃ 出船の仕度
島の娘たちゃ 御神火ぐらし
なじょな心で
ヤレホンニサ いるのやら

島で暮らそうにゃ とぼしゅうでならぬ
伊豆の伊東とは 郵便だより
下田港とは
ヤレホンニサ 風だより

風は潮風 御神火おろし
島の娘たちゃ 出船のときにゃ
船のともづな
ヤレホンニサ 泣いて解く

磯の鵜の鳥ゃ 沖から磯へ
泣いて送らにゃ 出船もにぶる
明日も日和で
ヤレホンニサ なぎるやら 

さすらひの唄 佐藤千夜子

北原白秋:作詞、中山晋平:作曲。昭和九年。奈良光枝さんもカヴァーしていた名歌。トルストイの「贖罪」を戯曲化した「生ける屍」の劇中歌。

東京行進曲 佐藤千夜子

西條八十:作詞、中山晋平:作曲。昭和四年。晋平&千夜子コンビの最大のヒットの一つ。モボモガの時代を彷彿とさせる歌です。銀座の柳は今もありますね^^

天竜下れば

市丸(1969年)  去年の元旦にも取り上げた市丸さんの「天竜下れば」。これは中山晋平作曲の新民謡。

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2009年1月 1日 (木)

奈良光枝の名唱再び

明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。
東方教会を巡っていましたが、正月ですので、去年と同様に和物で行ってみたいと思います。去年の夏以来緊張と興奮の連続でしたので、ちょっと一息といった所(笑)  去年の正月も取り上げた往年の歌姫・奈良光枝さんのビデオですが、一度削除されていましたが、また復活していましたので、名唱再びと言うことで元旦の今日取り上げます。戦後間もない混乱の時代に愛唱された彼女の歌には、今の日本(の歌)が忘れてしまった何かが詰まっているように思います。

なお、2日と3日はブログをお休み致します。

悲しき竹笛

これは昭和21年に大ヒットした奈良光枝さんの出世作。古賀政男作曲。この録音は昭和40年代だろうと思いますが、若い頃よりも熟成された薫り高い名唱だと思います。音頭風ながら物憂く気だるいリズムに、ルバート気味に乗る歌唱が最高。テーマが被る現代の映画(五番館夕霧楼との意見あり)をあわせているようです。

影を慕いて(1949)

1949年製作映画「影を慕いて」からの抜粋。上原謙(加山雄三の父)の指揮で次々登場する名歌手の中に、昭和24年当時の奈良さんが「悲しき竹笛」で登場。全て古賀政男の曲で、歌手は伊藤久男、二葉あき子、藤山一郎、奈良光枝、近江俊郎、霧島昇の順。

青い山脈

この名歌は、藤山一郎&奈良光枝のコンビがオリジナルでした。奈良さんの1969年の独唱版。

シクラメン咲けど  奈良光枝

作曲者・古賀政男のギター伴奏でしっとり歌われた「シクラメン咲けど」。これも良い歌です。

秋草の歌

1954年に三越ホームソングとして放送された歌。作詩 西条八十、作曲 古関裕而。

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2008年1月 7日 (月)

白鷺三味線と・・

仕事始めでばたばたしている方が多いとは思いますが、一応今日までは松の内。
ナツメロ・シリーズの締めは、こーちゃんこと高田浩吉さん(1911-1998)。古臭いなんて、言わないで下さいねw  長唄や新内のフレーヴァーを感じさせる名曲2曲で、「大江戸出世小唄」が昭和10年、「白鷺三味線」は昭和30年の大ヒット曲。着流しに吉原被りの新内流しの格好が粋です。うちの祖父は市丸さんの、祖母は高田浩吉さんのファンだったそうです。生前に本人から直接聞いてもいないのに、孫も結局同じ歌手に興味を持っています。不思議ですね~。

白鷺三味線

大江戸出世小唄

美しき天然

おまけでもう一本。 サーカスの音楽や演歌師の演奏で有名な「美しき天然」です。日本初の3拍子の名曲とも言われるようです。往年のテノール歌手、田谷力三(1899-1988)さんの歌唱、強烈ですw

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2008年1月 6日 (日)

奈良さん映像追加

今晩も奈良光枝さんの秘蔵映像をいくつか。今の所11しかないので、ほぼこれで全部です。明日は公平に男性の歌手をアップして「松の内ナツメロ・シリーズ」を締める予定です^^

青い山脈

昭和44年大晦日の映像。映画以外で1970年以前のものは初めて見ました。若々しく溌剌として、とてもbeautifulです^^  この頃からか、よくルバートをかけるので、バックコーラスと所々ずれていますが、それも味。このビデオは昨年末にアップされていました。

白樺の宿/奈良光枝

昭和27年のラジオ歌謡。叙情味溢れる佳曲です。

悲しき竹笛

これが例の昭和21年の映画「或る夜の接吻」からの映像で、主題歌「悲しき竹笛」を歌うワンシーン。

雨の夜汽車/奈良光枝

近江敏郎のナンバーワンヒット「湯の町エレジー」のB面にカップリングされた古賀メロディ。昭和23年リリース。これと次の「愛の灯かげ」は、晩年に近い頃の映像のような気がします。すでに病魔(癌性腹膜炎)が忍び寄っていたのかもと思うと痛々しいです。

愛の灯かげ/奈良光枝

映画「愛よもう一度」の挿入歌。原作は舟橋聖一。主人公の若い戦争未亡人の心を歌った古賀メロディ。昭和23年リリース。

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2008年1月 5日 (土)

至上の「悲しき竹笛」

昨日は日本が誇るべきディーヴァの一人(と私は確信します)、奈良光枝さんの「悲しき竹笛」他、代表曲をアップしましたが、今日のビデオがまさにその近江敏郎とのデュエット(コロンビアトップさん、ジュエットって言ってますw)で、昭和46年の映像です。実はこの映像で、猛烈に奈良ワールドに惹き込まれたのでした。その後で昭和40年代のコロンビア盤を聞きました。

儚げに揺れる歌唱と、気品溢れる美しい立ち姿に驚愕しましたね。この歌手は一体誰?と。youtubeでは残念ながら映像がクリアではありませんが、何とこの映像、昨日アップされていました。何という偶然!

sabuichi67さんのナツメロ・サイト
http://www.youtube.com/profile_videos?user=sabuichi67

あの美空ひばりが、デビュー前にNHKのど自慢に出た時に「悲しき竹笛」を歌ったそうですが、「もっと子供らしい歌を」と言われ、鐘が鳴らなかったそうです。彼女の最初の大ヒットが「悲しき口笛」だったのは、その時の悔しさの表れではと言う見方もあるようです。

悲しき竹笛

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2008年1月 4日 (金)

悲しき竹笛

新年の邦楽第2弾です。松の内は邦楽で、と書きましたが、純邦楽の良いビデオが何とyoutubeには少ないことでしょうか。困ってしまいました。越中おわら節などの盆踊り関係とか、季節外れのビデオなら見つかりますが、プロの演奏で正月にふさわしいものは、ほとんど皆無です。
という訳で、またナツメロです。ナツメロはかなり充実してきています。

今回の奈良光枝さんは、戦後すぐに大流行した「リンゴの歌」の後に大ヒットした「悲しき竹笛」で一躍人気が出た女性歌手。歌声の素晴らしさは勿論ですが、美人歌手の誉れ高かった人です。

奈良光枝  1923年(大正12年)6月13日~1977年(昭和52年)5月14日

昭和21の「悲しき竹笛」は故・近江敏郎とのデュエット曲でしたが、昭和24年の「青い山脈」は、故・藤山一郎とのデュエットでした。佳人薄命そのもののような人生で、77年に53歳で亡くなったので、若い世代には「青い山脈」は藤山さんだけの歌だと思われているかも知れませんね。

出世作の「悲しき竹笛」は、作曲が古賀政男、作詞は西条八十という黄金コンビによる歌。いわゆる古賀メロディーの名曲の一つで、映画「或る夜の接吻」の主題歌でした。私はこの歌を昭和40年代の録音で最初に聞きましたが、佳人云々よりも、その歌声に一聴して魅了されました。若い頃のまだ固さの残る歌声よりも、40代の中年婦人になってからの何とも言えない深みのある美しさと哀しみの歌は、とにかく最高でした。98年の21周忌には、彼女の故郷の青森県弘前市まで夜行バスに乗って行き、お墓の前で奈良さんの同級生のお婆ちゃんたちと「青い山脈」を合唱してきました^^ 
そんな無謀なことをさせる程、魅力のある歌声でした。その時は、ついでに津軽民謡のライブハウス「山唄」にも寄って、名人山田千里と福士りつ夫妻の妙技も堪能。日帰りの強行軍で帰ったらフラフラでしたが、一生忘れられない思い出になりました。

悲しき竹笛/奈良光枝

冒頭が映画「或る夜の接吻」のラスト・シーン。ヒロインは奈良さん自身でした。

青い山脈

これは珍しい奈良さん独唱版の「青い山脈」

赤い靴のタンゴ

イギリス映画『赤い靴』の日本公開を記念して作られた昭和25年のヒット曲。グラシェラ・スサーナなど、後輩歌手たちもカヴァーしていました。

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2008年1月 1日 (火)

市丸姐さん

080101_07430001あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。
昨日までは長い間バッハ特集でしたが、正月ということで、いきなり転換します。松の内の間は「和」で行きましょうか^^ 
ていうか、2日3日はブログをお休みします。9月以来初です。ZeAmi自体ほぼ完全にお休みですので。
※写真は今朝撮った我が家から見た初日の出。雲の上からですが。
今朝も能の「翁」とのセットで見れました。2年連続^^

能で良いのがあればよかったのですが、祝儀ものでは意外に見つからないので、今日は昭和初期の鶯芸者の一人、市丸さん(1906-97)の昭和8年の大ヒット曲「天竜下れば」。
中山晋平作曲の名調子です。曲や節回しは勿論ですが、この歌詞も最高。流行り歌ではありますが、粋ということを強く感じる歌です。
市丸さんは、端唄~俗曲や小唄の名人でもあった粋筋の方ですが、あの「東京音頭」のオリジナルを歌った小唄勝太郎(女性)や、端唄の名歌手の藤本二三吉(ふみきちさんも女性^^)、赤坂小梅らと、戦前に「鶯芸者」として一世を風靡しました。この歌でビクターの看板歌手になりましたが、美人画のモデルにも起用されるほどの美貌でも有名。確かに^^
「天竜下れば」を聞くと、何故か昔々その昔に祖父に連れて行ってもらった温泉地の渓谷の風景を思い出し、今は亡き祖父を思い出してウルウルしてしまう節です。爺さん子でしたから。^^;
最近父に聞いた話では、若い頃市丸さんのファンだったとか。これには驚きました。

天竜下れば

天竜下れば

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