ジャズ

2023年9月14日 (木)

AlfieとClose To You

バート・バカラックの曲を聞いて思う事は、金管楽器やストリングスの印象的な使い方で、I Say A Little PrayerやAlfieはその代表曲でしょう。すかすかのトランペット(あるいはフリューゲルホルン?)の爽やかな音を聞いて「晴れた午後(放課後)の誰もいない校庭」を長年勝手に連想していました(笑) 究極のリラックス・サウンドと言えるでしょうか。独特なストリングスも、後のアメリカのTVドラマ(チャーリーズエンジェルとか)などで類似の音楽をよく耳にしたように思います。
彼はアカデミックな作曲技法をダリウス・ミヨー、ヘンリー・カウエルに師事したそうですが、そう言えば、ミヨーも金管を上手く使った作品がありました。ヘンリー・カウエルにも確か金管の曲がありました。今回調べて興味深かったのが、50年代に多くの曲を書きためながら不遇だった時期に大女優のマレーネ・ディートリヒがバカラックの才能を見抜いてバックに起用したことで、一緒に写っている写真も見かけました。余談ですが、マレーネ・ディートリヒは大阪万博にも来てコンサートを行ったそうです。これは聞きたかったです! リリアーナ・カヴァーニの映画「愛の嵐」の挿入歌も歌ったかも知れません。当時8歳ですから何も分からないでしょうが(笑) 
今日の2本は、トロンボーンによるジャズ風のアルフィーと、カーメン・マクレエによるClose To Youです。カーペンターズの歌唱の邦題は「遙かなる影」でした。明日Don't Go Breaking My Heartの動画が見つかって、上げる時間があれば良いのですが。

Alfie

They Long to Be Close to You (Live)

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2023年9月11日 (月)

バハラフからバカラックへ

ゼアミdeワールド376回目の放送、日曜夜10時にありました。13日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。マサダのバハラフを聞いて、バカラックだ!と気づいた人は、どのくらいいるでしょうか? バカラックは水曜以降に。

東欧系ユダヤ音楽の16回目になります。ジョン・ゾーン・マサダの死海文書をジャケットにあしらった10枚シリーズで1曲もかけてないのは、6枚目ヴァヴ、8枚目ヘット、9枚目テットの3枚です。前回の最後に言いました通り、9枚目テットに入っている「死後」の意味のAcharei Motや、6枚目ヴァヴに入っている聖書によく出て来る地名のベエル・シェバと言う曲がタイトルで気になります。他には8枚目ヘットに入っているミシュナーとタルムードにも表れるコダシームとトホロットなどがあります。ミシュナーの中では、コダシームが生贄の儀式に関する、神殿と食事の法、トホロットは祭儀的な潔・不潔等の法に関係する部分ですが、死海文書の頃は違う意味で使われていたのかも知れません。ジョン・ゾーンの英訳を参照したと思われる例の10枚完結後のライナーノーツ集によると、コダシームが「神聖な場」、トホロットは「清浄」「純粋」となっていました。6枚目ヴァヴのMiktavは現代ヘブライ語なら「手紙」ですが何の手紙なのかとか、10枚目ユドのAbrakalaはアブラカダブラと関係があるのかとかも気になります。これらの曲については、長くなりますので今回は省略して、ゼアミブログの方で取り上げられればと思います。

今回聞き直して非常に驚いた一曲で、マサダのシリーズは一旦締めたいと思います。それは前回ゼメルと言う曲をかけた7枚目ザインに入っているバハラフと言う曲で、ジョン・ゾーンの英訳を参照したと思われる10枚完結後のライナーノーツ集によると、「長子相続権」「優先権」「長女」となっていますが、Bacharachと言う綴りを見れば一目瞭然で、英語読みすればバカラックと読めます。10枚完結後のライナーノーツ集では触れられていませんでしたが、軽快な曲調は明らかにバート・バカラックを意識して作られているように聞こえます。これは7枚目が出た96年頃には私も気が付きませんでした。
バハラフと読むと、最初はタルムードの大部分を占めているユダヤ教の法律の意味の「ハラハー」の頭に、「~に」の意味のバが付いたのかと思いましたが、動詞の「歩く」の意味のハラフに由来するハラハーの3語根はH・L・Chですから、バハラフのB・Ch・R・Chとは子音が食い違うことに気が付きました。加えて同じ綴りのバッハラッハと言う地名がドイツにあることを知ったので、ドイツ系ユダヤ人のバカラックの名前は、死海文書以来の古いヘブライ語もしくは、このドイツの地名から来ているのではと思いました。バッハラッハの地名はケルト語に由来すると思われているようですが、何を意味しているかは不明だそうで、ユダヤ人の多い時代もあったそうなので、もしかしてヘブライ語起源の可能性もありでしょうか? 
ジョン・ゾーンは曲名とバカラックの名が同じ綴りであることに気が付いて、このバカラック風の曲を書いたのではないかと思います。ではその7枚目ザインのバハラフと言う曲をまずおかけして、その後はジョン・ゾーンのプロデュースのTzadikのラディカル・ジューイッシュ・カルチャーのシリーズから出ていたバカラックの2枚組から抜粋していきます。ラディカル・ジューイッシュ・カルチャーのシリーズもディスクユニオンからサンプルをかなり頂きまして、まだじっくり聞けてない盤も多いのですが、バカラックの盤は特に注目の一枚だったと思います。

<5 John Zorn Masada / 7 ~Bacharach 1分25秒>

ラディカル・ジューイッシュ・カルチャー盤に移る前に、一曲だけバカラック自身の楽団の演奏で、I Say a Little Prayer(小さな願い)をおかけしておきます。ディオンヌ・ワーウィックやアレサ・フランクリンの歌唱で有名ですが、ブラックミュージックのイメージは最近まで余りなくて、このしゃれた曲調から多分バカラック作品で個人的に一番好きな曲です。変な喩えですが、放課後の誰もいない校庭を長年勝手に連想していました(笑) 脱力感のあるトランペット(あるいはフリューゲルホーン?)の音が最高です。

<8 Burt Bacharach / Reach Out ~I Say a Little Prayer 2分27秒>

では同じI Say A Little Prayerをラディカル・ジューイッシュ・カルチャーのGreat Jewish Music: Burt Bacharachに入っているMarie Mcauliffeの演奏でおかけします。この盤ではバカラック・ナンバーをジョン・ゾーン周辺の先鋭的な演奏家が、様々な実験的アレンジで披露しています。

<2-3 Great Jewish Music: Burt Bacharach ~Marie Mcauliffe / I Say A Little Prayer 6分12秒>

おそらくバカラックの曲で、「雨にぬれても」と並んで最も有名な曲と思われるClose To Youを次におかけします。カーペンターズの歌唱の邦題は「遙かなる影」となっていました。演奏はWayne Horvitzです。ジョン・ゾーンのネイキッド・シティに参加したことで有名な人です。

<1-1 Great Jewish Music: Burt Bacharach ~Wayne Horvitz / Close To You 2分24秒>

アルフィーも大好きな曲ですが、この盤では何とマサダのJoey Baronのドラム・ソロで入っています。さすがに旋律が分りかねますので(笑)、再度バカラックの自作自演を続けておかけしておきます。

<1-7 Great Jewish Music: Burt Bacharach ~Joey Baron / Alfie 3分28秒>
<2 Burt Bacharach / Reach Out ~/ Alfie 3分5秒>

では最後にMarc Ribotのギター中心の演奏でDon't Go Breaking My Heartを時間まで聞きながら今回はお別れです。マーク・リボーもジョン・ゾーン周辺の最重要ミュージシャンの一人です。面白いことに、この曲はマーク・リボーで1枚目に2回入っています。1回目はマカロニ・ウェスタンの曲のような軽快な調子ですが、2回目はスロー・テンポに落として、ギターで韓国の琴、カヤグムのような音を出しています。2回目まで入ると思います。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<1-2 Great Jewish Music: Burt Bacharach ~Marc Ribot / Don't Go Breaking My Heart 2分52秒>
<1-9 Great Jewish Music: Burt Bacharach ~Marc Ribot / Don't Go Breaking My Heart 3分29秒>

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2023年9月 8日 (金)

カライーム

ジョン・ゾーン・マサダの10枚で他にタイトルから気になるのは、来週の番組用に話した内容ですが、9枚目テットに入っている「死後」の意味のAcharei Motや、6枚目ヴァヴに入っている聖書によく出て来る地名のベエル・シェバ、8枚目ヘットに入っているミシュナーとタルムードにも表れるコダシームとトホロットなどがあります。ミシュナーの中では、コダシームが生贄の儀式に関する、神殿と食事の法、トホロットは祭儀的な潔・不潔等の法に関係する部分ですが、死海文書の頃は違う意味で使われていたのかも知れません。ジョン・ゾーンの英訳を参照したと思われる例の10枚完結後のライナーノーツ集によると、コダシームが「神聖な場」、トホロットは「清浄」「純粋」となっていました。6枚目ヴァヴのMiktavは現代ヘブライ語なら「手紙」ですが、何の手紙なのかも気になります。
更にカライームと言う曲も目立ちました。カライームと言えば、モーセ五書(トーラー)のみを権威と認めるユダヤ教の一派[で、口伝律法のミシュナーやタルムードの権威は一切認めないカライ派を一般には指しますが、ミシュナーやタルムード成立前の死海文書の頃は違う意味だったのかも知れません。カライ派は、イスラエル、カイロ、イスタンブール、クリミア、ポーランド、リトアニアにコミュニティーが残っているようです。10年前後前だったか、確かハザンの動画が見つかったクリミアのカライームについて、テュルク系の言葉を話すことから、コーカサス北部からヴォルガ中流域にかけて存在したハザール帝国の遺民ではないかと言う話題を上げたことがありました。ハザールは支配層がユダヤ教に改宗していた事で有名です。
今日の動画ですが、1本目の演奏は別ユニットのバル・コフバでしょうか。2本目がマサダのカライームです。カライームは動画がいくつもありました。この曲で一応マサダ・シリーズを締めます。

John Zorn - Karaim

Masada - karaim

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2023年9月 7日 (木)

アブラカラとアブラカダブラ

来週はバカラックと同じ綴りの7枚目ザインに入っているBacharachをもってマサダの10枚シリーズを終え、ラディカル・ジューイッシュ・カルチャーのバカラック作品集に移りますので、番組でかけてないマサダの曲に触れられるのは、一応今週までとなります。昨日のゼヴルの前に入っているのが今日のアブラカラですが、静謐で神秘的なアブラカラとの組み合わせはシリーズ最大の聴きどころの一つだと思います。
最初この曲名を聞いた時、(ジョン・ゾーンが94年にお会いした時に着ていたTシャツにプリントされていた)カバラーの文句アブラカダブラの関連の言葉かと思いましたが、どうなのでしょうか。後半の、カは「のように」、ダブラはヘブライ語ならダヴァル(話す)で、後半はヘブライ語から容易に推測が効きます。前半のアブラはアラム語(シリア語)では「物事をなす」のようですから、近い言葉のヘブライ語に訳せば、I will create as I speak(私が話すように物事が創造する)と取れるようです。キリスト教の異端であるグノーシス派の内のバシリデス派 (2~4世紀) に端を発し、中世にユダヤ神秘主義のカバラーを通して、おそらくイスラム世界にも広まり、60年代にはハクション大魔王でも聞いたように思いますから(笑)、すっかり「おまじない」や手品の文句として日本でも知られた言葉になりました。日本ではイスラム圏がルーツの言葉と勘違いされているように思います。
アブラカラだと、「~のように創造する」と、動詞の部分が隠れた形になっているようにも見えます。死海文書にアブラカラと出て来るのか、ジョン・ゾーンが後半の動詞の部分を隠したのか、どちらなのでしょうか。

Abrakala by John Zorn

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2023年9月 6日 (水)

マサダ10枚目ユドのフィナーレ ゼヴル

今回久々にマサダの死海写本ジャケットの10枚を聞き返して、10枚目ユド、7枚目ザイン、5枚目ヘイが特に素晴らしく、選曲以外でも聞き返しています。特に最後の10枚目ユドのアブラカダブラを思わせるタイトルの静謐なドラミングが聞きもののアブラカラと、その後のフィナーレ、ゼヴルの組み合わせが最高で、月曜に上げたゼメルと今日のゼヴルは、今ではマサダのベストと思っています。ゼヴルを聞いて思うのは拍子の不思議さで、8分の6のようにも聞こえながら、数えると10拍のようですから、5拍子と取れるかも知れません。これはオスマン音楽くらいにしかない拍子だと思いますが、決してとっつきにくくはならず、旋律はヘブライ的で極めて美しいです。10枚目ユドは曲名の英訳を聞いてないので、アブラカラとゼヴルの意味が分からないのが残念です。
10枚目ユドの冒頭はRuachでしたが、この曲だけのYouTubeは見当たりません。全ての曲が上がっている訳ではないようです。放送でも言いましたが、ルーアフとは空気や風を意味し、旧約聖書の中では魂や霊魂、精神を意味することが多く、非常に重要な単語です。「神の霊」の意味のルーアフ・エロヒームと言う形で出て来る箇所が沢山あったと思います。この曲も映像があって欲しかったのですが、曲自体はアブストラクトでフリーなエナジー溢れる演奏なので、耳に残る哀愁の名旋律と言う点では、ゼメルやゼヴルに軍配が上がると思います。

Masada - zevul

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2023年9月 1日 (金)

Beeroth ベエロト

ジョン・ゾーン・マサダの5枚目ヘイから3日の放送用に選んだ1曲は、ホバーと言う曲でした。昨日のライブ映像の真ん中辺りで出てきたBeerothは、ヘイではホバーの前の曲です。ホーンセクションの咆哮が強烈なホバーのインパクトは、最初に聞いて30年近く経つ今でも覚えていましたので、番組用にはこの曲を流しました。Beerothはいかにもユダヤ的なハシディックな旋律の曲ですが、ドラムが躍動する曲で、ミドバルで検索しているのにベエロトの映像が沢山出てきました。4本上げておきます。特に1本目のドラムは凄まじいです。4本目はタイトルに5枚目ヘイのベエロトと出ているのに、ジャケットは何故か1枚目のアレフです。オーネット・コールマンと言うより、アルバート・アイラーとかエリック・ドルフィーの影響が頭をかすめるホバーは、再演が難しいのではと思う程の激しい長尺の曲なので、ライブのレパートリーとしてはドラムの見せ場のあるベエロトの方が定着したのかも知れません。

John Zorn - Masada - Live at Tonic 1999 - Beeroth

John Zorn - Beeroth - 12. - Live '99 (Masada)

Masada Sextet - Marciac 2008 - #3 Beeroth

John Zorn - Masada: Hei - Beeroth

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2023年8月31日 (木)

ミドバル(砂漠)がないので

今週の放送でかけた曲は、後はジョン・ゾーン・マサダの4枚目ダレドに入っているMIDBAR(ミドバル)でした。これは「砂漠」と言う意味で、現代ヘブライ語の場合と全く同じ意味です。この曲は、タイトルからそうしたのではと思いますが、リズム面では現在のアラブ音楽に通じるものがあるように思いました。この曲のYouTubeがあったら良かったのですが、見当たらないので、2006年のライブ映像を貼っておきます。4枚目ダレドは、3枚目までを買った人への特典盤だったからでしょうか。(その後発売もされたようにも思いましたが)
ミドバルは中東をイメージした演奏だったように思いますが、それがベリーダンスにも出てくるリズムを模したドラミングによく表れていました。今日のライブ映像を見ていると、ジョーイ・バロンのドラム演奏は、素手で叩いたり、ベースがソロの時はベースを生かすようなシンバル中心に変えたり、曲によって中東風、ラテン風もよく出てきます。とにかく凄いドラマーです。
最近のブログで、2つ訂正があります。昨日「マサダのレパートリーは、ジョン・ゾーンの元を離れ、アラブの音楽家の間でも弾かれ始めているようです。」と書きましたが、アラブの音楽家ではなく、(日本の)アラブ音楽家でした。FBでは訂正済みです。前者だとアラブのアラブ音楽家にもいるかのように聞こえるかも知れませんので。もう一つは25日のアブラカダブラ(右から左に綴る言語を間に入れると、改行が崩れるので別の行に書きます)

אבדא כדברא

ですが、これはウィキペディアで綴りを間違えていて(右から3文字目、R音のレーシュがD音のダレドになっています)、これだと「アブダー・カダブラー」になってしまいます。

John Zorn - Acoustic Masada Live Full Concert

0:29 Hath Arob
6:48 Tharsis
17:48 Rahtiel
26:02 Beeroth
31:10 Mibi
36:15 Tagriel
46:02 Rikbiel

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2023年8月28日 (月)

ベイト、ギメル、ダレドから

ゼアミdeワールド374回目の放送、日曜夜10時にありました。30日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。昨晩は白熱のジャズタウンから帰って、何とか自分の番組の録音も間に合いました。Rachabで検索すると、ジョン・ゾーンとルー・リードが並んで写っている映像がありました。そう言えば、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのルー・リードも、オーネット・コールマンから大きな影響を受けていました。どちらも80年代前半によく聞いたものです。ルー・リードは生では見れずに終わってしまいましたが、ジョン・ケール&ニコは1986年東横劇場のライブを見に行きました。Ravayahが入っているのはベイトですが、ギメルのジャケットで上がっています。

東欧系ユダヤ音楽の14回目になります。前回「灼熱の夏が終わる前に」としてジョン・ゾーン・マサダの1枚目アレフからおかけしました。94年にディスクユニオンのDIWレコーズからリリースされたこの盤について、ゼアミを立ち上げる2年前の94年に六本木ウェイブ4階のストアデイズに勤務していた頃によく来られていて、私が作ったユダヤ音楽コーナーをお褒め頂いたジョン・ゾーン本人から依頼されて、ライナーノーツを執筆した旨、先週お話しましたので、少しそのライナーノーツから抜粋して読み上げます。マサダの歴史について説明している最初の部分です。

 “マサダ”というのは、イスラエルの死海西岸にそそり立つ断崖で、周囲は険しいが、上部は平らなため、古来天然の要塞として利用されてきた。聖書には、サウル王に命を狙われた若きダヴィデが逃げ込んだ事や、“サロメ”のヘロデ王が宮殿を築いた事が記述されている。
 しかしマサダの名がユダヤ人に特別な意味を持つようになったのは、AD66~74年にかけて、古代ローマ帝国に対するユダヤ熱心党の反乱の舞台として登場してからである。AD70年に古代ユダヤ王国の都エルサレムが陥落するが、マサダに立てこもっていた約960人の熱心党員は、周囲を取り巻いた約1万のローマ軍と、驚くべきことに、その後更に4年間に渡って戦い続け、最後には、捕虜になるよりもと自決の道を選び、全員が互いに刺し違えて死んでいった。この自決はトーラー(律法)の道に従った名誉ある死として受け止められ、マサダは、以後1948年のイスラエル建国まで長いディアスポラ(民族離散)の時代を過ごすことになるユダヤ人にとって、まさに古代ユダヤ王国「最後の砦」として抵抗の最高の象徴でもある、特別な響きを持つ存在となった。
 その後ヨーロッパ史の裏街道を歩むことになったユダヤ人 / ユダヤ教は、常に迫害の対象となり、シナゴーグ(ユダヤ教会堂)を中心としてコミュニティごとの結束を固めた離散生活を強いられてきた。シナゴーグの生活は「家族の絆、ユダヤ人共同体を大切にし、ユダヤ教の信仰を守り、教育と文化を高め、民族性を守り、シオンへの憧憬を忘れない」の6項を基本とし、ヘブライ語聖書とその註解のミシュナーやタルムードは、この“ユダヤ性”を根底から支えている。
 そしてこの宗教の関係を根本から考え直させる文献が、1947年に死海西岸のクムランと言う地で発見された。ヘブライ語聖書の写本や註解書で構成される“死海写本”である。エッセネ派と言う禁欲的修道的な1セクトによるこれらの写本には、かつて知られる事が無かった多くの衝撃的な記述が含まれ、それ故に公開が遅れていたが、遂に1991年に全面的に公開され、欧米では「20世紀最大の考古学上の発見」として、「ベルリンの壁崩壊」に匹敵する事件として報道された。

前回の繰り返しになりますが、ジョン・ゾーン・マサダの音楽の特徴としてよく言われてきたのは、東欧系ユダヤのクレズマー音楽を、フリージャズのオーネット・コールマン風のスタイルで演奏するというものでしたが、死海の近くにある古代ユダヤ王国最後の砦だったマサダの要塞の名を冠している事、曲のタイトルは東欧系ユダヤのイディッシュ語ではなく、死海文書のヘブライ語の用語や人名から取られていて、曲のタイトルだけでなく音楽自体が、東欧よりもパレスチナの灼熱の砂漠を連想させることから、夏が終わる前に今回取り上げることにしました。編成はジョン・ゾーンのアルトサックス、デイヴ・ダグラスのトランペット、グレッグ・コーエンのベース、ジョーイ・バロンのドラムスの4人です。
では、ジョン・ゾーン・マサダの2枚目ベイトから、ユダヤ旋法の感じられる曲を2曲選んでみましたので、続けておかけします。RachabとRavayahです。訳はRachabが「緯度、地域」、Ravayahが「豊富」としていました。これらの曲に原曲があるのか、あるいはヒントになった曲があるのかどうか、気になるところです。

<Rachab 緯度、地域 4分47秒>

<Ravayah 豊富 3分20秒>

94年当時は「クレズマー」と言う発音が普及する前で、私のライナーノーツでもこの頃一般的な呼び名だった「クレッツマー」と書いています。マサダの演奏については、次のように書いていました。
クレッツマー音楽はクラリネットやヴァイオリンがソロを取ることが多いが、ここではアルト・サックスとトランペットがフロント楽器というのも新鮮で、フロントの二人の演奏はハシディック・ニーグン(東欧系の黒ずくめ髭面の正統派ユダヤ教徒の歌う母音唱法による賛歌)や、シナゴーグでの礼拝の祈りのようにヘテロ・フォニックに競い歌う。
ジョン・ゾーン・マサダの3枚目ギメルは、一部で評価が特に高いようです。おそらくジャズリスナーの評でしょうか。ギメルからも2曲選んでみました。ZiphimとHekhalです。訳はZiphimが「ペスト、疫病」、Hekhalが「王宮の大広間」としていました。

<Ziphim ペスト、疫病 9分19秒>
<Hekhal 王宮の大広間 3分4秒>

ジョン・ゾーン・マサダの4枚目ダレドにはMIDBAR(ミドバル)と言う曲がありまして、これは「砂漠」と言う意味で、現代ヘブライ語と全く同じです。リズム面では現在のアラブ音楽に通じるものがあります。この曲を時間まで聞きながら今回はお別れです。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<MIDBAR(ミドバル)=砂漠 6分21秒>

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2023年8月21日 (月)

ジョン・ゾーン・マサダの1枚目アレフ

ゼアミdeワールド373回目の放送、日曜夜10時にありました。23日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。http://www.baribari789.com/なら、どこででもお聞き頂けます。やっぱり個人的に一番鮮烈なのは、一曲目のヤイール。DELIN(デリン)は時間切れでかけられてないので、また後日上げます。

東欧系ユダヤ音楽の13回目になります。今回は灼熱の夏が終わる前に取り上げたい盤をおかけします。音源は、ジョン・ゾーン・マサダの1枚目アレフです。94年にディスクユニオンのDIWレコーズからリリースされました。何度かゼアミブログなどに書きましたが、ゼアミを立ち上げる2年前の94年に六本木ウェイブ4階のストアデイズに勤務していた頃によく来られていて、私が作ったユダヤ音楽コーナーを褒めて頂いたジョン・ゾーン本人から依頼されまして、ライナーノーツを執筆しました。もう30年近く前のことになり、CDも廃盤になって久しいようなので、ライナーノーツを文字起こしして、ゼアミのサイトに上げるつもりでした。初版は編集サイドで発生した要訂正箇所に私が気が付いて指摘したので、2版目が出ていたとしたら、訂正されていたのかも気になります。当時はまだインターネット時代より前で、確かワープロで打ってフロッピーでデータを編集者に渡したように思いますから、文字データも残っていませんでした。
ジョン・ゾーン・マサダの音楽の特徴としてよく言われてきたのは、東欧系ユダヤのクレズマー音楽を、フリージャズのオーネット・コールマン風のスタイルで演奏するというものでしたが、死海の近くにある古代ユダヤ王国最後の砦だったマサダの要塞の名を冠している事、曲のタイトルは東欧のイディッシュ語ではなく、死海文書のヘブライ語の用語や人名から取られていて、曲のタイトルだけでなく音楽自体が、東欧よりもパレスチナの灼熱の砂漠を連想させることから、夏が終わる前に今回取り上げることにしました。東欧系クレズマーの時系列で言えば、往年のウクライナ系のデイヴ・タラスやナフテュール・ブランドヴァインのような名人と、70年代以降のリヴァイヴァル・クレズマーのムーヴメントも取り上げた後にした方が自然なように思いますが、音楽の「熱さ」は今の時期にぴったりなように思います。20世紀最大の考古学的発見と言われた謎めいた死海文書ですから、英訳有とは言え、94年当時に訳出するのは非常に難しかったのをよく覚えています。

ジョン・ゾーン・マサダの1枚目アレフ(John Zorn Masada / Alef)から、最初の3曲を続けておかけします。編成はジョン・ゾーンのアルトサックス、デイヴ・ダグラスのトランペット、グレッグ・コーエンのベース、ジョーイ・バロンのドラムスの4人です。曲名の訳は、1曲目がヤイールで、マサダの反乱を指揮したエリエゼル・ベン・ヤイール、2曲目がベイト・アネトで「苦悩の家」、3曲目がツォフェーで「預言者」です。

<1 Jair 4分55秒>

<2 Bith Aneth 6分25秒>
<3 Tzofeh 5分16秒>

ジョン・ゾーンと言えば、マサダの前はコブラやペインキラー、ネイキッド・シティなどの自身のユニットでの活動が有名でした。近藤等則とも70年代にニューヨークでよく一緒に活動していたようです。お父様が亡くなってから自身のルーツに目覚め、マサダを結成し、ツァディク・レーベルを立ち上げたと本人からも聞きました。ツァディクはヘブライ文字の18番目ですが、東欧系ユダヤで「義人、正しい者」と言われる人を指します。
オーネット・コールマンは、アルトサックスとベース、ドラムのトリオ演奏のLP、At the 'Golden Circle' Stockholmの2枚などを81年頃に集中的に聞いたことがありまして、13年経って余りジャズは聞かなくなっていた94年に、ユダヤとオーネット・コールマンの両者がジョン・ゾーンの音楽で巡り会ったような形になりました。

前にイディッシュ・ソングのディレ・ゲルトとの類似を指摘して、ライナーノーツにも載ったTahahを次におかけします。訳は「混乱した」としていました。

<5 Tahah 5分42秒>

では最後に7曲目のDELIN(デリン)を時間まで聞きながら今回はお別れです。訳は「大きな壺」としていました。次回もう少しマサダの最初の10枚から抜粋したいと思います。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<7 DELIN 1分56秒>

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2021年7月23日 (金)

サラエヴォ組曲 Un Drame Musical Instantane、バラネスクSQ等

サラエヴォ組曲については、94年当時のライブ映像がありました。残念ながら放送でかけたLouis Sclavisは出てこないようですが、Un Drame Musical InstantaneやバラネスクSQはたっぷり見られます。アン・ドラム・ミュジカル・アンスタンタネ(インスタント音楽ドラマ)と言えば、92年頃池袋のアール・ヴィヴァンにいた頃に、フランスやオランダのフリージャズ系のマニアのお客さんの間で熱かったのを思い出します。この動画のサムネイルはUDMIです。ヤドランカさんの宿命は動画が見当たりませんでした。(以下放送原稿を再度)

ボスニアの音源は他に、同じくセヴダの女性歌手アミーラの盤や、VDE-Galloの「サラエヴォのスーフィー音楽」などがありますが、いずれも現物が手元に残ってなくて、ストリーミングにも見当たらないので、代わりにボスニア紛争の最中の94年に仏l'empreinte digitaleから出たSarajevo Suite(サラエヴォ組曲)から、ルイス・スクラヴィス他の演奏で、Ceux qui veillent la nuit(夜を見ている人)を時間まで聞きながら今回はお別れです。Un Drame Musical InstantaneやWillem Breukerなど、ヨーロッパのフリー系ジャズミュージシャンや、当時話題を集めていたバラネスクSQなどが集まったユニークなコンピレーションでした。Louis Sclavisのクラリネット演奏は、廃墟と化したサラエヴォの悲しみを表現した曲として私には一番リアルに感じられました。

<14 Sarajevo Suite ~Ceux qui veillent la nuit 6分26秒>
Sarajevo Suite (live 1994)

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