イタリア

2016年1月27日 (水)

Historia de los Cataros

一昨日はうっかり日付を跨いでしまいまして、昨日もアップすると1日2件になるためお休みしました。カタリ派関連の動画は余りに多くて困るほどですが、今日のスペイン語版「カタリ派の歴史」は、南フランスだけでなくスペイン北東部やイタリア北西部にも広まった歴史を紹介しているようです。中世音楽の華であるトゥルバドゥール(吟遊詩人)の音楽も、カタリ派抜きには語れないようです。

Historia de los Cátaros.wmv

Historia delos Cátaros2.wmv

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2012年1月 6日 (金)

シチリアのハチロク

シチリアのハチロク・リズム、ありました。すぐに見つかりました。現在歌われている民謡や、現代化した中にもフォーク調を感じさせる歌は、かなりの頻度で8分の6拍子や8分の12拍子です。思えば、対岸の南イタリアに伝わるタランテラも、3/8または6/8拍子でした。イタリア南部は昔からこの跳ねるようなリズムが多い所のようで、ルネサンス~バロック期にもその流れが当然あって、バロック音楽はイタリアから始まりましたから、シチリアーナもイタリア経由でヨーロッパ中に広まった、ということでしょう。
2本目の頭には、ブラスによる葬送音楽のようなのが聞こえますが(後半はスカ調?)、これもハチロクとも取れ、メロディはどことなくスペインのサエタに似ています。シチリアのハチロクの歌には哀感があって、しっとりとたゆたうように聞かせるタイプが目立ちますが、これなどはシチリアーナの直系と言えるのかも。長靴の爪先に当たるカラブリア地方の歌(5本目)にも、そんな印象があります。

mi votu e mi rivotu

Roy Paci & Aretuska - Cantu siciliano (2002)

Sicilia - Salvatore Giuliano - Il Siciliano

Sciuri Sciuri

Traditional Calabrese Song

Rosa Balistreri - Mafia e Parrini

La canzone "Mafia e Parrini" (mafia e preti) della cantante folk siciliana Rosa Balistreri

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2012年1月 5日 (木)

色々なシチリアーナ

フォーレのシシリエンヌに続いて、今日は色々な作曲家のシチリアーナを拾ってみました。お聞き覚えのある曲も多いはず。ぱっと思い出した作曲家の国籍は、本家のイタリア、フランス、ドイツが中心でした。他の国にはシチリアーノを書いた作曲家は、ほとんどいなかったかも知れません。(今日は特にJ.S.バッハの作品が多くなりました)
シチリアーナはバロック時代に大流行した舞曲で、その後ほぼ忘れ去られていたのを、フォーレが独自の感覚で復活させました。しかし、19世紀に復活した曲は、シチリアと言うより、パリの町並みが似合うような音楽かも知れません。
現在のシチリア島にシチリアーノは残っているのか、というのが気になります。何かあったらまた取り上げます。

Siciliana - Ancient Airs and Dances No. 3 - Respighi

このレスピーギのシチリアーナは、古今の作品で最も有名な曲の一つでしょう。

JS Bach / Edith Picht-Axenfeld, 1968: Goldberg Variations, BWV 988 - Variations 7, 8, 9

グレン・グールドのピアノで一般に広く知られるようになったゴールドベルク変奏曲の中のシチリアーノ(第7変奏)と第8,9変奏。エディト・ピヒト・アクセンフェルトの素晴らしいチェンバロ演奏で。最近はドイツ語に忠実に「ゴルトベルク」と表記されることが多いようです。

バッハ シチリアーノ フルート演奏 Bach Siciliano Flute

このフルート・ソナタ中のシチリアーノは、昔クリープか何かのTVCMに使われていたことがありました。テニスコートで雨宿りするカップルが映っていたような・・。 美しい一曲です。

BWV 1001 III.- Siciliano

この曲は無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ1番のシチリアーノのギター編曲版。

13.シチリアーノ/パラディス(siciliano/Paradis)

パラディスのシチリアーノは、チェロでもよく演奏されます。

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2010年12月16日 (木)

レジアの踊りとフィドル

寒波到来です。伊予でも現在気温が1度。ストーブの真ん前にいても暖まらず、寒すぎて腰掛けたいくらいです(笑) 今日もレジアの映像ですが、フォークダンスとフィドル奏法について少し分かるものがありました。言葉や歌はスラヴ的ですが、踊りや基本的な楽器については、やはりイタリア寄りかな、と思います。
余りに寒いし、時間もないので、本日は短文にて失礼します。

Folklorna skupina Emona - Rezija (35 obletnica 2002)

Etno Histria '08 - Little Promo Concert @ Škocjan, Aug 6

Resian folk song 5

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2010年12月15日 (水)

レジア渓谷の音楽

イタリア内スラヴの地、レジア渓谷の音楽、色々見つかりました。イタリア北東部のフリウリ・ジュリア地方になるのだろうと思いますが、レジア渓谷にはスラヴ系のスロヴェニア人が住んでいて、豊かな民族文化を残していました。女性の叫ぶような交唱、チティラ(ヴァイオリン)とブンクラ(3弦のチェロ)の組み合わせ(例のジョン・ゾーンのレーベル、DIWからの「レジア・ヴァレイ・ミュージック~スマルナミーザ」にも入っていました)など、驚きの映像の連続です。イタリアの地域別音源と言えば、アメリカの民族音楽学者アラン・ローマックスのシリーズが余りに有名で、フリウリ・ジュリアもあったと思いますので、よく探すとレジアの音楽も入っていたかも。場所的にはアルプスに近いのですが、レジアはやはり直でスラヴに繋がる部分を強く感じます。

Slovenski Ljudski Plesi, Rezija (part one), RTV Ljubljana 1988

ナレーションはスロヴェニア語だと思います。ロシア語に似ています。1988年に出たビデオからの映像とのこと。

Slovenski Ljudski Plesi, Rezija (part two), RTV Ljubljana 1988

Resian folk song 1

-rezijanska svatbena pesem- very very ancient and very hard to get; Resian wedding song, from resia valley old original recording. on the extreme western border of the slavic world high in the julian alps, in opposite to other places of the alps where slovenes live, resia valley has been cut from the outter world for centuries thats why it maintains its orthodox authentic slavic character.
if the Resians are Slovenians is left to the debate we certinly got same ancestors, but today our cultures are very diffrent. Officialy they are recognized as slovenian minority in italy but few of them fell Slovenian, they rather advocate Resia being a separate slavic micronation on its own.

Resian folk song 2

アニメも独特

Resian folk song 3

景色だけでなく、町並みや建物も美しいです。

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2010年7月23日 (金)

恋する兵士 (ナポリターナ名曲)

ナポリターナのついでに、最も有名なナポリターナ(「ナポリ語の歌」の意味ですが)の一つ、「恋する兵士」(原題はO Surdato 'Nnamurato)を見てみます。この歌は84年頃のモーリス・ベジャールのバレエ「エロス・タナトス」に使われていて、私はそれで初めて知りましたが、この曲を70年代に大ヒットさせたマッシーモ・ラニエリは69年のサンレモ音楽祭のグランプリ受賞者でした。日本でもジリオラ・チンクエッティの雨(ラ・ピオッジャ)とカップリングされてドーナツ盤が出ていました。確かチンクエッティが1位で、ラニエリは2位だったと思います。このドーナツ盤を70年代前半に叔母から譲り受け、意味も分からずイタリア語の歌詞を覚えて歌ったりしたものです(笑)
と、ここまで書いた所で、大分前にもこの件書いたかも知れないと思いましたが・・(^^; 
  この歌、女優のアンナ・マニャーニが最初に歌ったんですね。ロッセリーニ監督の無防備都市は見たい見たいと思いながらまだでした。彼女の歌唱のyoutubeがありましたので、併せて上げておきます。

それから、21日の1000号記念ブログへの追記になりますが・・
「同じように、そっくりなリズムのレズギンカとタランテッラも、他人の空似とは思えませんでした」云々と書きましたが、ふぁどさんのツイットに以下のように出ていて、ますます驚きました。こんなエピソード、日本ではほとんど知られてないでしょうね。

ふぁどさんの談話
  以前チェチェン人のおばちゃんに食べ物と何かの観点から「イタリア人チェチェン人同起源説」をきいたことがあり、そのときは軽~く流したわけだが、もしや・・w

Massimo Ranieri - 'O surdato 'nnammurato

マッシーモ・ラニエリの「恋する兵士」。ベジャールの舞台で流れていたのも彼の歌唱だったと思います。何とかというイケメン・ダンサー(名前は失念)が踊っていました。この歌、個人的にも大好きなもので。

Massimo Ranieri - Quando l'amore diventa poesia

これがサンレモ音楽祭の受賞曲にして上記ドーナツ盤のB面、「愛の詩」(愛が詩に変わる時)。

Anna Magnani attrice romana. Foto tratte dai suoi famosi film "O surdato nammurato"

アンナ・マニャーニの歌う「恋する兵士」。

Maradona Singer - Canta "o surdato nnammurato"

マラドーナ=現アルゼンチン・サッカーチーム監督の映像もありました(笑) アルゼンチンでもメジャーな歌なのでしょうか。

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2010年7月22日 (木)

Favorite タランテッラ

タランテッラを色々見ていたら、個人的にかなり好きな曲が出てきましたので、今日はちょっとその辺りを上げておきます。素朴で哀愁味溢れ、鄙びた感じの旋律が多いです。しかし、この舞踊は南イタリアの各地方によって様々なカラーを持っていて、その多彩さには目を見張るものがあります。

tarantella napoletana

このナポリターナ(ナポリ民謡のことで、パスタではありません(笑))名曲も確かにタランテッラのリズムでした。よく耳にする曲です。フェリーニの映画とかに出てきそうなメロディです。

Tarantella Dance

massimiliano morabito e giancarlo paglialunga.flv

タランテッラで大活躍する枠太鼓パンデイロとボタン・アコーディオンの妙技。

Menuhin - Wieniawski Scherzo Tarantelle

名ヴァイオリニスト、ユーディ・メニューインの弾くヴィエニャフスキのスケルツォ・タランテラ。クラシック音楽に取り入れられたタランテラでは最も有名な曲でしょう。ラヴィ・シャンカルと共演し、オスタッド・エラーヒを高く評価したのは、メニューインです。

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2010年7月21日 (水)

1000号記念 タランテッラとレズギンカ 2

ようやく今日でこのブログも1000ページになりました。900過ぎてから長く感じました(笑) もう少しギリシア周辺で続けようと思っています。昨日に続けてエピルスで行こうかとも思いましたが、1000号ですので、心躍るテーマにしておきます(笑)
先ほど19日のブログ(南イタリアのタランテッラ、あるいはタランテラと、コーカサスのレズギンカ、あるいはイスラメイの類似性についてちょっと書きまして)へのふぁどさんのコメントへの返信で書いたことと重複しますが・・。
前にコルシカの時に書いたと思いますが、コルシカのポリフォニーは、グルジアのポリフォニーの影響を受けているという記述を見かけますから、明らかな事実のようです。同じように、そっくりなリズムのレズギンカとタランテッラも、他人の空似とは思えませんでした(笑) ビザンツ帝国時代にギリシア人が媒介したのでは、とも思いますがどうなのでしょうか。どちらのケースも、ビザンツ帝国の西と東の端での事象のようなものですから。当初グルジアとコルシカは余りに遠いのでは、と思ったりしたものですが、最大版図の時はほぼ両方がすっぽり帝国内に収まっています。
皆様からのご意見をお待ちしております。

タンタ、タタタという急速な6/8拍子(通称ハチロク)は、人々を踊らさずにはいませんが、終始飛び跳ねるように踊るタランテッラに比べると、そっくりなリズムでも、レズギンカでは何と女性は優雅、男性は勇壮なことでしょう。

Tarantella Calabrese - Malandrina - VERY RARE!

イタリアの爪先部分に当たるカラブリア地方のタランテッラの古い映像。

Tarantella Calabrese - U Zu Cicciu D'America

カラブリアのタランテッラ。ダンサーはアメリカ人?

Tarantella Calabrese - Gitana (Gypsy)

ジプシーのタランテッラ映像もありました。

Tarantella

こちらはイタリアの踵部分に当たるプーリア地方のタランテッラ。

Lezghinka, emozioni a passo di danza

ダゲスタンの舞踏団によるレズギンカですが、タイトルがイタリア語になっているところに惹かれました(笑) イタリア公演の模様だとしたら、タランテラを聞きなれたイタリア人はどう思ったのでしょうか。ロシア連邦内の北コーカサス諸国の一番東に位置するダゲスタンは、レズギンカ発祥の地と言われることも多いそうです。

taraf de haidouks live

おまけで、何度も来日してすっかり大人気のタラフ・ドゥ・ハイドゥークスによるレズギンカ。これは「剣の舞」で有名なハチャトゥリアン作曲のレズギンカです。アルバム「マスカレード」収録。4回彼らのライブを見ましたが、レズギンカはまだです。というか最後に行ったのが04年なので、レズギンカはまだレパートリーになる前でした。

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2010年7月19日 (月)

タランテッラとレズギンカ

見れば見る程、謎が深まるマグナ・グレキアです。いくつか音楽面で手がかりになりそうな映像をアップしておきます。タランテッラのリズムをよく耳にしますが、もしかしたらこのリズム自体がギリシア系住民のもたらしたものなのでしょうか。おそらく急速な6/8拍子だと思いますが、これはコーカサスのレズギンカのリズムに似ています。コーカサス南部にはギリシア文化の影響が強かった訳ですから、もしかしたら?などと妄想が膨らみます(笑)

Magna Grecia Mare

「マグナ・グレキアの海」というタイトルのシリーズ。音楽は完璧にタランテッラ系。

Top Italian Folk Music - Tarantella Pugliese - Music of Italy

典型的なタランテッラですが、解説にGrecia Salentina - Torchiarolo (PUGLIA)とあります。ますますあやしいです(笑)

lezginka

07年の暮れに集中的に取り上げましたが、コーカサスのレズギンカの踊りの映像を一本上げておきます。これは北コーカサスのサーカシアン(チェルケス、アディゲ辺り)でしょうか。ハチャトゥリアンのバレエ音楽「ガイーヌ」の中のレズギンカで一般に広く知られるようになったと思います。

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2010年7月18日 (日)

南伊のアルベレシュの歌

マグナ・グレキアの音楽事情を探るには、まずギリシア系住民の映像を見たいところですが、意外にもギリシア系よりもアルバニア系の方が豊富なようです。南イタリアのいわゆるマグナ・グレキア辺りに住むアルベレシュ(アルバニア系住民)の歌を中心に今日もアップしてみます。一本目の器楽部分ではタランテッラのリズムなども出てきますし、独唱もかなりイタリア化しているかなという印象を受けました。3本目のシチリアの映像が今日の目玉で、こんな驚きがあるからブログは止められません(笑) あと数日で通算1000ページに到達します。

Αρμπερέσηδες - Arberesh, Δεν Ξεχνάμε Magna Grecia (Part 1)
この映像にアルベレシュについてのよくまとまった解説がありましたので、ペーストしておきます。
ABOUT ARBERESH

The Arberesh that form the Arvanites communities of southern Italy, left Greece (Peloponnese) in 1534 after the fall of the castle of Koroni and their surrender to TurkAlbanians and settled in Southern Italy and Sicily.
In the Arberesh traditional songs the word home is identified with the word Moré= Morias in Peloponnese. Cities like Nafplio, Corinth and Crete are also mentioned.
As with the Arvanites of Greece, words like Albania or Albanian are not found in their songs
The Arberesh communities in southern Italy maintained and still do, their Greekness through the church masses and the rituals of the orthodox church. They made many struggles with the Italians who tried to force them to become Catholics.
Their presence stimulated the Greek Orthodox faith of the Arvanites and other Greeks who had already settled earlier in southern Italy and particularly in 1468, after the death of Georgios Kastriotis , were they almost latinized.
Efforts to dehellenize the Arvanites continues until today. An example is the renaming of the village Piana dei greci to Piana dei albanesi in 1939 by Mussolini's regime, although until today it is called HORA. Today the Albanians are in charge for the dehellenization of the Arberesh people, trying to convince them that they are Albanians and not Greeks. However history speaks through the Arberesh tradition and this will never change.
We already hear the crerub (herouviko) hymn, chanted by the Contess Kuchma in August 1981 in the cathedral of pianan dei greci of Sicily, in the original Greek language, the liturgical language in the Arberesh Orthodox faith.
The official Greek language has always been the language of the Arberesh -Arvanites in Italy and Greece in writing and in their Greek-Orthodox worship, while the Arberesh and Arvanitika idiom used only in everyday life.
Proof of this is the lament folk song we will hear. It talks about the expatriation of the Arberesh people from Koroni in Peloponnese to southern Italy. Father Giuseppe Farako sings from the village of Agios. Dimitrios Koronis in Calabria in 1981 the following song:
We left behind in Coron(Pelopnnese-Greece) our possessions and our goods, but have taken Christ with us, oh my beautiful Morea (Peloponnese). Deeply sad,with tears in our eyes,we grieve for you Arberia. My swift-flying little swallow,when you return once more to Coron, you will not find our homes,nor our handsome lads,but only a dog(the Τurks),may a death come upon him. When the ships spread their sails and our lands was lost to the eyes,all the men with a sigh and the women with a wail cried out: Get out Ghost, devour us. oh my Morea. oh Arberia!

Arberesh songs - I bukurithi shesh

これはアルバニア本国のポリフォニーを想起させるような重唱です。

Arbëresh Villages in Sicily

シチリアのアルベレシュ・コミュニティーの映像もありましたので、併せてアップしておきます。シチリアの楽器を使ったりしてイタリア化している部分はありますが、言葉はアルバニア語で、リズムにはバルカン的な面が目立ちます。Horaという村ではアルバニア語によるビザンツ典礼を保っているのに対し、Sëndastinaではラテン語によるカトリックの典礼に変わっているのがこの映像から分かるようです。

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