民謡

2026年9月11日 (金)

市丸さんの深川

お江戸を離れて早21年。市丸さんの深川を聞くと、お江戸が懐かしくなってしまいます。「チョイナー」というお囃子、年寄り臭く聞こえるのでしょうが、98年の父の還暦祝いにカラオケでこの曲を歌ったら、従弟が爆笑していました(笑) 私は70年代に祖父と並んでキンカン素人民謡名人選を毎週土曜に見ていたので、懐かしさしかないのですが。今週番組でかけた曲では、野沢温泉小唄、デカンショ節、ダンチョネ節が残ってしまいました。またの機会に。(以下放送原稿を再度)

市丸さんは民謡調の流行歌より、まず何よりも小唄・端唄の名人だと思いますので、端唄名曲の深川をおかけしておきます。バックの「チョイナー」というお囃子は民謡系統のものかと思いますが、歌は江戸の花街ど真ん中の内容です。三味線の三下りの荘重な感じがぴったり来る曲です。

<端唄 特選 市丸 / 深川 4分18秒>

| | コメント (0)

2026年9月10日 (木)

木曽節と伊那節

市丸さんのCDは90年代以来、民謡、新民謡、小唄・端唄を何枚も聞いてきましたが、10年程前に出ていたJapanese Kayokyoku Starシリーズには、確かこれまでに聞いてなかった民謡「木曽節」と「伊那節」がありまして、どちらも裏声に返りながらの細かい節回しに聞き惚れました。民謡の粗野な歌い方とは一味違う、小唄・端唄仕込みの繊細な節回しだと思います。放送で木曽節を岐阜民謡ではと言ってしまいましたが、どちらも長野民謡でした。伊那節は「御嶽山節」の宣伝のために1916年に作られた新しい民謡だそうで、長野浅間温泉の半玉(芸者見習い)時代から市丸さんはこの曲を得意とし、この曲を引っ提げて浅草の検番に鞍替えしたとのこと。この2曲と「天竜下れば」は、いずれも昭和8年の録音で、気になるのが民謡2曲の三味線伴奏が誰なのか、あるいは弾き語りなのか、ですが記載はありませんでした。伊那節は「天竜下れば」と歌詞がかなり似ています。

木曽節

伊那節

| | コメント (0)

2026年9月 9日 (水)

「天竜下れば」のライブ映像

今週もコマ数が全く足りませんが、名曲「天竜下れば」のライブ映像を外して先には進めませんので、1969年の市丸姐さんの粋な艶姿の映像を2本上げておきます。この歌、最近の若い人が聞いたらどう思うのでしょうか? 69年当時の若者は古臭い歌と感じていたのかも知れませんが、昨今の「国宝」や「べらぼう」の人気で江戸の文化に目が向く人が増えて来たのに加え、民謡にも目が向く人が少し増えて来た状況では、変わってくるのではと期待しています。「天竜下れば」は「東京音頭」に似ているという意見を目にしましたが、確かに作曲者は同じで中山晋平です。「カチューシャの唄」「ゴンドラの唄」「波浮の港」「東京行進曲」などの流行り歌と、夥しい数の童謡名曲を書いた人です。69年当時の市丸さんの歌唱は、節の最後を下げる傾向があって、実は私もカラオケで必ず歌いますが、いつも真似しています。市丸さんの「天竜下れば」と神楽坂はん子の「芸者ワルツ」、高田浩吉「白鷺三味線」、東海林太郎「名月赤城山」「旅笠道中」「すみだ川」、村田英雄「無法松の一生」、数々の古賀メロデーなどがマイフェイヴァリットソングで、歌う度に生まれる時代を間違えたのではとよく言われます(笑) アラカンどころか、アラ110~120位の歌です。下の世代の歌手で関心があるのは、藤圭子くらいです。民謡にもよく挑戦しましたが、難し過ぎてまだまだです。

天竜下れば

天竜下れば 市丸

| | コメント (0)

2026年9月 7日 (月)

市丸さんの「天竜下れば」

ゼアミdeワールド529回目の放送、日曜夜22時にありました。9日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。まずは昭和8年のオリジナル録音から。

里帰りが長くなっていますが(笑)、今回はお盆の民謡特集の4回目として、市丸さん特集と民謡アンソロジーにしてみます。前々回にかけた「阿波よしこの」を歌っていたお鯉さんこと多田小餘綾(ただ こゆるぎ)さんは、昭和11年にタイヘイレコードと専属契約を結び、「東の市丸、西のお鯉」として全国に知られるレコード歌手、日本の「歌姫」として活躍したそうですが、この機会に東の市丸さんの歌を何曲かかけてみようかと思います。

前にもかけたかと思いますが、昭和8年の大ヒット曲の「天竜下れば」から始めます。1906年生まれの市丸さんとほぼ同世代の私の祖父が市丸さんのファンだったと父から聞き、それ以来、幼少時代に祖父に連れられて行った今治の奥座敷、鈍川温泉の渓谷を見ると、この曲が脳内再生されるようになりました。これも前に言ったかも知れません(笑) 行ったことのない天竜川の渓谷が目に浮かぶような名曲です。
祖父は新内節も好きだったそうで、近くにあった花街「移転地」に聞きに行ったのではと思いますが、何とそこに私の新内の師匠の母、宗家が営業に来ていたのではということを宗家がご存命の時にお聞きしました。祖父は宗家の芸を聞いたのかも知れません。このエピソードも前に言ったかと思いますが、民謡や新内など、何と歌の趣味が合うことでしょうか(笑) 生きていたら聞きたいことが山ほどあります。

<中山晋平の新民謡 市丸 / 天竜下れば 3分20秒>

市丸さんの故郷の長野県南部伊那地方の民謡だけでなく、近県の民謡の歌唱も大変素晴らしく、木曽節、伊那節の2曲を続けます。

<日本の流行歌スターたち(15) 市丸 / 木曽節 2分47秒>
<日本の流行歌スターたち(15) 市丸 / 伊那節 2分42秒>

野沢温泉小唄は「天竜下れば」と一緒に「中山晋平の新民謡」に入っています。昭和5年、雪の野沢温泉に中山晋平、作詞の時雨音羽、振り付けの藤間芳枝がそろって訪れ、興大いに湧いて創り上げた新民謡と言われています。昭和初期の鶯芸者三羽烏の最年長、藤本二三吉が最初に歌った歌です。
長野県北部に位置する野沢温泉と言えば、30年くらい前に道祖神祭りという荒々しい祭りの映像をTVで見て、大変強く印象に残っています。

<中山晋平の新民謡 市丸 / 野沢温泉小唄 3分12秒>

市丸さんは民謡調の流行歌よりも、まず小唄・端唄の名人として知られていますので、端唄名曲の深川をおかけしておきます。バックの「チョイナー」というお囃子は民謡系統のものかと思いますが、歌は江戸の花街ど真ん中の内容です。三味線の三下りの荘重な感じがぴったり来る曲です。

<端唄 特選 市丸 / 深川 4分18秒>

Traditional Folk Songs of Japanからデカンショ節をおかけしますが、この音源は1961年に米Folkwaysからアナログ盤が出ていて、最近は米Smithsonian FolkwaysからサブスクかDLかカスタムCDRで購入可になっています。歌い手が不明の江差追分と佐渡おけさや、今とは節が異なる五木の子守唄など、興味深い音源が色々あります。この中から最近は余りCD等では聞くことが少ないと思われるデカンショ節を選びました。

デカンショ節は、兵庫県丹波篠山市を中心に歌い継がれている江戸時代からの盆踊り唄で代表的な民謡です。江戸時代から唄われていた農作業の仕事唄・盆踊り唄である「みつ節」が変化したものとされています。曲名の由来は、囃子言葉の「ドッコイショ」がなまったという説や、哲学者のデカルト、カント、ショーペンハウエルに由来するという俗説などがあります。中学時分ショーペンハウエル好きだったので、私はそれで興味を持った面もあります。

<Group from Sasayama / Dekansho song 3分23秒>

では最後に八代亜紀の「舟歌」のアンコとして挟まれていることでも有名な「ダンチョネ節」をおかけします。この曲を時間まで聞きながら今回はお別れです。歌唱は三浦布美子です。
この曲は大正時代の作者不詳の流行歌ですが、神奈川県三浦市三崎町を中心に広まり、神奈川県の民謡とされています。
民謡としての「ダンチョネ節」は船乗りの悲哀を歌っており、その節を使って色々な替え歌が作られ、東京高等商船学校の学生によって愛誦され、また軍隊でも唄われるようになりました。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<艶唄芸者 三浦布美子 / ダンチョネ節 2分43秒>

| | コメント (0)

2026年9月 4日 (金)

秋田追分

秋田追分は「SP盤復刻 日本民謡の名人をたずねて(上)」に入っている鳥井森鈴の歌唱でした。鳥井森鈴(とりいしんれい)さんについて調べてみましたら、これ以上ないような素晴らしい解説が見つかったので、以下に抜粋します。今週かけた曲では、上州馬子唄と初代浜田喜一さんより40歳くらい年上の越中谷四三郎の江差追分が残りました。越中谷四三郎さんの頃は、何人かの名人がそれぞれ独自の節を磨いていた時期で、まだ松前追分と呼ばれていたようです。この2曲、来週出来たら取り上げたいと思います。

鳥井森鈴は、1899年生まれ1979年没。森鈴という芸名は、五城目町のシンボル的な里山である森山に生息するスズムシの鳴き声のような美しい歌声という意味。 戦前、戦後を通じ秋田県民謡界の大御所的存在で、『秋田追分』の父とも呼ばれた。『秋田追分』は、秋田民謡の中でも難曲中の難曲といわれる。
秋田追分は大正時代に秋田県で生まれた秋田民謡の代表曲の一つで、同県五城目町(ごじょうめまち)出身の民謡歌手・鳥井森鈴が考案しました。 五城目周辺にあった「在郷追分(ざんごおいわけ)」をベースに、当時大流行していた「江差追分」の上品な節回しを取り入れて作り上げられました。
秋田の四季、女性の愛と悲しみを題材として、全盛期には、森鈴が舞台に立って「秋田追分」を歌うと、その中に籠る女心の哀れさに、女性の観客は思わず目頭を抑え、中には声を上げて泣き伏す人もいたとも伝えられる。

秋田追分 鳥井森鈴/秋田県民謡【日本民謡 レコード】

| | コメント (0)

2026年9月 3日 (木)

秋田県南部の本庄追分

秋田県南部、由利本荘市に伝わる本庄追分の伴奏の三味線が、秋田三味線に似ていたので調べてみました。
本庄追分自体は、信州の追分節が秋田県由利本荘市に伝わり、お座敷唄として独自に変化した秋田県を代表する民謡ということですが、早間の三味線がどう聞いても秋田三味線なので、調べたらやはり秋田三味線の名人・浅野梅若などがそのスタイルを確立したそうです。津軽三味線に似ていますが、秋田らしさがそこはかとなく感じられます。
本荘追分は、信州の馬子唄である「信濃追分」が越後などを経て本荘に伝わり、もとは道中唄や馬子唄だったものが、本荘の遊郭などで唄われるうちに陽気で華やかなお座敷唄へと変化したとのこと。
由利本荘出身の沢悠佳さんの弾き語りを上げておきます。

「本荘追分」(秋田県民謡) 一尺八寸

| | コメント (0)

2026年9月 2日 (水)

越後追分

越後追分でも初代浜田喜一さんの歌唱がありました。この人は上手すぎて江差追分だけでなく他の人の歌唱を聞けなくなってしまう程なのですが、この曲に関しては、どうしても江差追分に引き寄せて聞いてしまうようにも思いました。以下の尺八修理工房「幻海」のコメントにあるように、歌い手によって別の歌かと思う程違うように聞こえます。越後は広いですから。その点が元唄の信濃追分の場合とは異なるように思います。市丸、藤本二三吉と並ぶ昭和初期の鶯芸者三羽烏の一人、小唄勝太郎さんの歌唱も、しっとりして素晴らしかったので、勝太郎、初代浜田喜一、櫛野節謡、「最後の瞽女」小林ハルさんの順に4本上げておきます。小林ハルさんはもちろん、勝太郎さんも新潟出身なので、地元の民謡になります。

越後地方(現 新潟県)に伝わっている民謡で、追分節の一つ。発生時期は江戸中期以降といわれているが、明確な起源・作曲者は不明。また、料亭のお座敷で芸者と三味線・太鼓などの伴奏で歌われる座敷唄の一つでもあった。
 もとは信州(現 長野県北部)で歌われていた馬子唄(信濃追分)が、越後へ伝わり越後追分となったといわれている。その後、それが北海道の江差に伝わって江差追分になったという。
 追分とは、道が二つに分かれるところの意味で、昔は「牛馬が追い、分ける場所」を差したが次第に街道などの分岐点を指すようになっていった。曲名につく場合は、その「分岐する地方周辺で歌われていた曲」といった意味あいになる。
 歌詞や曲調は、同じ越後追分でも地域によって微妙に異なる。

越後追分 小唄勝太郎 新潟県民謡【民謡 レコード】

[民謡] 越後追分:初代 浜田喜一

越後追分 櫛野節謡

小林ハル - 越後追分

| | コメント (0)

2026年8月31日 (月)

江差追分のルーツ 信濃追分

ゼアミdeワールド528回目の放送、日曜夜22時にありました。2日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。江差追分のルーツとされている信濃追分と越後追分、共に結構地元の歌い手中心にまだまだ歌われているようで、YouTubeが結構ありました。今日の歌唱は2021年キングからのリリースがあったそうですが、おそらくご当地中心の販売で、全国にはあまり知られてないのではと思います。民謡に関しては地元の販売ルートがあるので、まだまだ点数は出ているようです。この2曲に限らず、日本民謡大観の古い音源はYouTubeには上がってないように思いました。簾田じょうと千代菊の歌唱は最高でしたが。

今回はお盆の民謡特集の3回目です。
前回は「民謡の王者」と称される北海道民謡の江差追分を、初代浜田喜一の極めつけの名唱などでおかけしました。

江差追分は、江戸時代中期以降に北海道の江差町で生まれた民謡です。信州の馬子唄が北前船の船頭らによって越後経由で蝦夷地に伝えられ、ニシン漁などで栄えた江差の遊興や生活の中で独自の哀愁を帯びた「民謡の王様」へと磨き上げられました。

江差追分の源流は、信州(長野県)の馬子唄や追分節が起源という説が有力で、北前船で船乗りや商人によって越後から北海道の江差へ運ばれたとされますが、盲目の女旅芸人の瞽女さんも一役買っていたのではと思います。

民俗学者、芸能研究者の三隅治雄さん他共著の日本民謡辞典によると、
信州浅間山麓の追分宿3つ(追分、沓掛、軽井沢)で、飯盛女が酒席の座興に歌い出したお座敷唄の信濃追分が越後に伝わって越後追分になり、さらに日本海を北上する途中、酒田追分や本庄追分を生んで、幕末の天保年間に北海道に入って松前追分(江差追分)になったというのが、他にも諸説ありますが、最有力とされています。

既に余り歌われなくなったのでしょうか、現在の民謡の音源には信州と越後の追分はほとんど見かけませんが、日本民謡大観の古い音源には何曲もありましたので、いくつかおかけします。信濃追分を歌っている1901年生まれの簾田(みすだ)じょうは、長野県を中心に活躍した昭和の芸妓で民謡歌手です。信濃追分は、碓氷峠の馬子唄を三味線に乗せた曲です。越後追分を歌う千代菊は、昭和期などに活躍した民謡歌手・三味線奏者ではないかと思います。小唄勝太郎らと共にレコードの録音(「東京音頭」の三味線など)や、数多くの民謡のレコード・CD音源(「米山甚句」「南蛮音頭」など)を残しています。

<信濃追分 簾田じょう 3分54秒>
<越後追分 千代菊 3分30秒>

信濃追分 小杉真貴子

 
日本海側を越後から北海道に北上する途中の山形や秋田の追分もありますので、2曲続けます。本庄追分の三味線は、秋田三味線や津軽三味線に少し似ているように思います。秋田追分は「SP盤復刻 日本民謡の名人をたずねて(上)」に入っている鳥井森鈴の歌唱です。

<本庄追分 加納初代 3分>
<秋田追分<前唄・本唄>(秋田県) 鳥井森鈴 5分44秒>

興味深いことに信州から越後のルートとは少し離れる群馬にも上州馬子唄という曲が残っています。日本民謡大観 関東篇 3にありますので、おかけしておきます。
尺八修理工房「幻海」のサイトに以下の解説がありました。
上総(かずさ)の高崎(上州、現 群馬県)から越後の長岡(越州、現 新潟県)まで続く三国街道で、馬を引いて人や荷物を運ぶ馬子(馬方、馬追)をしていた樺沢芳勝が博労(馬や牛を売買する仲買人。馬喰、伯楽とも)から習った唄を独自にかえて唄い始めたという。すぐれた節回しを残した面白みのある良曲。もとは信濃辺りの馬追い唄が同地に流れてきたのだと考えられる。

<上州馬子唄 樺沢芳勝 1分59秒>

「SP盤復刻 日本民謡の名人をたずねて(上)」という盤には、1917年生まれの初代浜田喜一さんより40歳くらい年上の往年の名人、越中谷四三郎(えっちゅうや しさぶろう)の江差追分が入っていますので、次におかけします。この人は1875年生まれ1961年没で、「江差追分」の三派の一つである「詰木石派」の立役者であり、その曲調の確立や普及に生涯を捧げた名人と称される人物とのことです。この頃は伴奏が三味線中心だったようです。音が低いので太棹かも知れません。

<江差追分(北海道) 越中谷四三郎 3分23秒>

前回予告していた市丸さんや、他に選曲していた民謡が洩れましたので、もう一回純邦楽シリーズを続けます。
では最後に、初代浜田喜一さんの江差追分を、前回とは別音源の「SP盤復刻 日本民謡の名人をたずねて(上)」に入っている方でおかけします。この曲を時間まで聞きながら今回はお別れです。

ゼアミdeワールド お相手は、ほまーゆんでした。有難うございました。ではまた来週

<江差追分(北海道) 初代浜田喜一 6分14秒>

| | コメント (0)

2026年8月28日 (金)

初代浜田喜一さんの江差追分

初代浜田喜一さんの江差追分は、これまでに何回上げたか数えられません。昭和50年くらいより前のことは分かりませんが、この曲が「民謡の王者」と称される程になった最大の立役者だったのではと思います。モンゴルのオルティンドーが追分に似ているとかのコメントを聞くようになったも、彼以降の話だったのでは。それ程の超名唱だと思います。今日の動画は「決定版 日本の民謡」と「江差追分 競演ベスト」とは別音源だと思います。(以下放送原稿を再度)

馬子唄と同様、あるいは更に複雑なコブシを聞かせる民謡ジャンルに追分がありまして、その代表格の江差追分はこれまでに何度かかけてきました。「民謡の王者」と称される尺八伴奏の北海道民謡です。前にもかけたかと思いますが、何人もの民謡歌手の江差追分を集めた「江差追分 競演ベスト」に入っている初代浜田喜一の極めつけの名唱です。初代は1917年生まれ、昭和60年に亡くなっています。

江差追分 初代 浜田喜一/渡部嘉章 尺八/北海道民謡【日本民謡 レコード】

| | コメント (0)

2026年8月27日 (木)

小諸馬子唄

来週の番組内容の「江差追分の源流」の先取りになりますが、今週かけた小諸馬子唄についての以下のウィキペディアの記事は、コンパクトにまとまっているので引用しておきます。北国街道というのは、中山道の追分宿から分岐して高田(新潟県上越市)さらに出雲崎に至る街道のことで、現在の軽井沢町から新潟県上越市までの区間です。善光寺を経由するため善光寺道(善光寺街道)とも言われます。さらに北の方に向かっては、冬場の日本海側は雪に閉ざされることもあって、北前船によるところがほとんどだったのでしょうか。
しかしコブシが入ると、すぐに馬子唄~追分調と安易に形容するのは、どうかとも思いますが、ナトゥアヨーデルのある部分は確かに似て聞こえました。追分に一番似ているのは、もちろんモンゴルのオルティンドーでしょう。(以下放送原稿を再度)

碓氷峠を中心に往来する馬子衆によって詠われた馬子唄が、中山道追分宿の飯盛り女によって、三味線の伴奏や囃子詞の入った座敷唄「追分節」に発展し、北国街道や北前船を経由して北日本へ伝播した。また小諸馬子唄(小室節)も江戸での流行歌となった。小諸馬子唄と小室節は歌い方が異なる。

スイスシリーズの中で参照した解説の中に「ナトゥアヨーデルが日本の馬子唄に似ている」との江波戸先生のコメントがありましたので、まず馬子唄の代表曲として長野県の小諸馬子唄をおかけします。決定版 日本の民謡に入っている江村貞一の歌唱です。

<決定版 日本の民謡 [Disc 2] ~小諸馬子唄 3分22秒>

| | コメント (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

J.S.バッハ New Wave-Indies アイヌ アメリカ アラブ アラブ・マグレブ アルゼンチン イギリス イスラエル イスラム教 イタリア イディッシュ イラン地方音楽 インディアン、インディオ インド インドネシア インド音楽 ウイグル ウラル・アルタイ エジプト エチオピア オペラ オーストラリア オーストリア キリスト教 ギリシア クルド クレズマー ケルト コンサート情報 コーカサス (カフカス) サハラ シベリア シャンソン ジャズ スイス スペイン スポーツ スーダン セファルディー ゼアミdeワールド チェロ チベット トルコ音楽 ドイツ ナイル・サハラ ナツメロ ニュース ハシディック ハワイ ハンガリー バルカン バルト語派 バロック パキスタン ビザンツ音楽 ピアノ フランス フランス近代 ブラジル ペルシア音楽 ペルシア音楽 トンバク ユダヤ ユダヤ音楽 ライブ情報 ルーマニア レビュー ロシア ロシア・マイナー ロマン派 ヴァイオリン 三味線 中南米 中国 中央アジア 仏教 仏教音楽 北アジア 北コーカサス(カフカス) 北欧 南アジア 南インド古典音楽 古楽 地中海 室内楽 尺八 弦楽合奏 弦楽四重奏 後期ロマン派 文化・芸術 文学 新ウィーン楽派 旅行・地域 日記・コラム・つぶやき 映画・テレビ 東アフリカ 東南アジア 東方教会 東欧 歌謡曲・演歌 民謡 沖縄 独墺 猫・犬 現代音楽 童謡、わらべうた 筝曲 純邦楽 西アフリカ 西スラヴ 韓国