湯の町エレジー
次は父が好きだった近江俊郎の「湯の町エレジー」です。父は若い頃演歌ギターを弾いていたことがあり、この曲などを歌い手と二人で演奏しながら、酒場を流したことがあったそうです。やくざの親分から、「兄ちゃん、上手いのぅ」と小遣いを貰ったこともあったと聞きました。私もさわりをクラシック・ギターとウードで練習したことがあります。
「湯の町エレジー」は近江俊郎のナンバーワンヒットで、次いで有名なのが奈良光江さんとの「悲しき竹笛」でしょう。しかし、何分昭和24年の歌ですから、近江さんと言えば多くの人が覚えているのは、欽ちゃんが司会していた「オールスター家族対抗歌合戦」での軽妙洒脱な審査員としてでしょう。それも昭和50年前後の話ですが。
98年に父の還暦祝いをしましたが、その際にウードで弾いたのが、「湯の町エレジー」「影を慕いて」「酒は涙か溜息か」などの古賀メロディでした。私のウード伴奏で父が歌っている写真が残っています。97年に手に入れたトルコ製のウードでは、主にオスマン・トルコの古典音楽を楽譜で弾いていましたが、同時に「ウード演歌」と称して当時古賀メロもよく弾きました。ウードには懐メロや民謡、新内などの和メロも似合います。
98年にゼアミは2歳、私は36歳でしたが、それから24年経って父は84歳で亡くなり、今度は私が「赤いちゃんちゃんこ」の年です。父の祭壇の前で久々に「ウード演歌」も弾いてみようかと思います。「鳥の歌」より喜ぶかも。
<近江俊郎全曲集 湯の町エレジー 4分14秒>
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