月曜に上げた「美しのチロル(das schonste auf der welt)」は、戦中を連想させる映像がありましたが、ゲルニカのこの曲も、どこかヒトラーユーゲントを思い出させるようにも前から思っていました。しかし実際は「ナチスはワンダーフォーゲル、スカウティング、ユンゲンシャフト、ブント青年団など、ヒトラーユーゲントとは独立した青年の集団のほとんどを違法化した」そうですから、ほっと一安心です(笑) ゲルニカ以降も右すれすれ感の歌がありまして、「レインボー戦隊ロビン」の主題歌の替え歌では、軍歌風な曲を印象的に聞かせていました。1本目は11PMに出た際のライブだそうです。2本目はLPで出た時以来のジャケットと音源です。(以下放送原稿を再度)
ゼアミdeワールド503回目の放送、日曜夜10時にありました。4日20時半に再放送があります。宜しければ是非お聞き下さい。今回の番組の準備をしていて、一番耳に残って気が付くと鼻歌で歌っていた(笑)のが、「美しのチロル(das schonste auf der welt)」です。タイトル通り「世界で一番美しい場所チロル」と歌われる故郷讃歌ですが、映像によってはネオナチ関連かもというようなものもありました。今日の歌唱のように穏健な範囲で留まって欲しいものですが。番組でかけた音源のようにヨーデル入りなら嬉しかったのですが、おそらくそういうタイプは上がってないようです。
最後にレントラーについて音源を探していたら、ハープの演奏でありましたので、Ellmauer Stubnmusigという、チロル地方の伝統的な室内音楽(ストゥーベンムジーク)を奏でるグループのSo klingt's bei uns - Echte Volksmusik aus Tirol, Folge 2という音源からレントラーを2曲続けておかけします。チロルのレントラーとキルヒェンタールのレントラーです。このようにドイツではクラシック作品にも余り見当たらなかったレントラーが、オーストリアでは民族音楽の形で割と簡単に見つかります。Kirchentalはザルツブルクから南西50キロほどの場所でした。
DAFは80年代前半に最もよく聞いたジャーマン・ニューウェーヴのユニットで、一番よく聞いたDie Kleinen und Die Bösenを上げておきます。4本目はDAFのレクチャー映像で、来日していたこととか、ガビ・デルガドが2020年に亡くなっていたことなど、色々初めて知ることがありました。昔はディー・エー・エフと呼んでいましたが、ダフと読むのが一般的なようです。
DEUTSCHE AMERIKANISCHE FREUDSCHAFT : "Die Kleinen und Die Bösen"
じゃがたら等のメンバーだった篠田昌已率いるコンポステラの音源からも、クレズマー関連の曲を2曲おかけしておきます。クレズモリームから影響を受けたそうです。90年リリースのコンポステラのpuff up盤が出た頃は、まだ「クレッツマー」と呼ばれていました。コンポステラやベツニ・ナンモ・クレズマーのプロデューサーのNさんが、90年前半に勤務していた池袋の店によく来られていたので、私もクレッツマーからクレズマーへの改名に立ち会いましたし、当時は合同で雑誌ラティーナなどに寄稿しました。コンポステラのチンドンを取り入れたスタイルが当時は斬新でした。「プリパ」など、クレズマー曲以外にも素晴らしい曲が目白押しです。「しあわせなユダヤ人」と「イディッシュ・ブルース」の2曲を聞きながら今回はお別れです。もし入れば「プリパ」まで入れます。この曲は、古いアイルランドの民謡説がありますが、南北戦争時代のアメリカで「ジョニーが凱旋する時」(When Johnny comes marching home)として改作して歌われ、その後は韓国の民主化運動の中でも歌われた旋律だったそうです。
<12 コンボステラ / プリパ 3分35秒>
<2 コンボステラ / しあわせなユダヤ人 5分35秒>
<3 コンボステラ / イディッシュ・ブルース 2分38秒>
"YIDDISH BLUES /イーディッシ・ブルース" 〜 篠田昌已ユニット at MANDA-LA2, September 25, 1988
今日のChant des Marais(泥濘の歌)と言う曲を初めてCDで聞いたのは、90年前後にAuvidisから出ていた「フランスのボーイスカウトの歌集」でしたが、この旋律は80年代中頃の日本のインディーズの歌手Phewが、当時Die Moorsoldaten(ディー・ムアゾルダーテン)という曲名でよくライブで歌っていました。ヨーロッパの代表的なプロテスト・ソングの一つなのですが、Phewのファンであったのと同時に、こういう深い悲しみを含んだ曲調が昔も今も個人的に好きなもので、フランスに回ってきた機会にChant des Maraisで検索したら、夥しい数のyoutubeがありました。ドイツのニーダーザクセン州の泥炭地にあったナチスの強制収容所で囚人によって作曲されたそうです。原題がDie Moorsoldatenで、フランスに伝わってChant des Maraisとなったようです。英語ではPeat Bog Soldiersと言うそうです。
Devoir de mémoire: Chant des Marais( hymne européen de la déportation)
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